任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第三話 くまはちの旅立ち

天地山ホテルで毎年開催されるクリスマスパーティー。
常連さんも新規のお客様も、それぞれが豪華な衣装に着替えて、素敵な一時を過ごしていた。
厨房では、向井が張り切り、それに負けじとホテルの料理人達も腕を振るう。
この年も、店長は真子に誘われて、パーティーを楽しんでいた。
店長は、真子から離れない。…というよりも、真子が離してくれない様子。
運ばれてくる料理を見て、これは、こういう意味があるの、あれはね……と向井が作った事を自慢げに話している為、店長は、どうしても、どぉぉしても…離れることが出来ない。
それは、真子の思い。
少し目を離すと、すぐに厨房へと向かいそうな店長。それを引き留める為でもあった。
真子の話は尽きることが無い。

「あの…お嬢様」
「はい? あっ、その料理のこと??」
「その……」

困ったような表情で、真子を見つめる店長。
真子は、ちょこっと首を傾げ、

「なぁに?」

うっ……これは、…その……兄貴も参る表情……。
解る…解る………俺も……。

「あまり、立て続けに話すと、お嬢様が疲れますよ?」

と店長が言ったが、

「大丈夫だよ! 喉にも疲れにも良い料理だから!」

輝かんばかりの笑顔で、真子が応える。
流石の店長も、クラァァァ…とくる。

「店長さん??」
「あっ、いえ…その……」

言えない……お嬢様の笑顔に参ったなんて…。

と思った時だった。
背中に突き刺さるものが……。

1…2、……3、4、5、……6……7、8…。
解るけど……でも、…振り向きたくない……。

「どうしたの? 店長さん」
「あっ、その…向こうの料理が新しくなりましたよ、行きましょう!」

何かを誤魔化すかのように、店長は真子を促して、歩いていく。

「ほんとだ!! あっ、でも、あれは、料理長さんのだね!」
「そのようですね〜」

新たに運ばれてきた料理に向かっていく二人を見つめる眼差しが八つ……。

「…気付いてたよなぁ…」

少し低めの声がする。

「あぁ…」

ドスが利いている返事が…。

「それにしても、京介まで…」

呆れたような嬉しいような声がした。

「まぁ、当たり前だがなぁ」

やんわりと温かみのある声。

「…真北さん、よろしいんですか? 京介も…」
「大丈夫だぁって。お前に遠慮するだろが。なぁ、くまはち」
「私にふらないでくださいっ!」
「って、ぺんこう!! お前はぁ」

まさ、春樹、そして八造の言葉を無視して、芯は真子と店長の居る場所へと向かっていく。

「お嬢様が楽しいのなら、私は……」

真子と芯、そして、店長が楽しく話す姿を見つめながら、まさが呟く。

「……そうだな…」

春樹も呟いた。
……八造は……。
いつものように、女性客に声を掛けられて…。

「くまはちは、あぁいうのが嫌いなのですか?」

まさが尋ねる。

「騒がれるのが嫌なんだとさ。…それに…」
「お嬢様を守る……か…。ここに居ても、あのオーラを
 捨てきれないんだからなぁ、くまはちは」
「そうだな…」

二人が見つめる先は、真子が居る場所へと変わる。
そこには、地山一家の地山が、紳士のような扮装で、真子に話しかけていた。

「地山親分……今年も…」

まさと春樹が同時に項垂れる。
毎年パーティーに参加する地山は、真子に会うために…というより、真子と話す為に、変装をして来るのだった。今年も、紳士の扮装。真子は、毎年逢う、この紳士なおじさんとの話も楽しみにしているのか、笑顔を見せていた。

「ほんと………」

春樹は、誰にも聞こえないような声で呟いた。

「はい?」
「いいや、何も…」

真子ちゃんの為に、誰もが立場を忘れてるよな。




真っ暗な天地山の頂上に、雪を踏む足音が聞こえてきた。
その足音は、景色を堪能できる場所へと向かっていく。
足音が聞こえなくなった。その代わり、何かが雪の上に落ちる音が聞こえた。

春樹が、雪の上に大の字になって寝転んでいた。
口には、煙草が……。
煙が、空に上っていく。
その煙の向こうには、まばゆいくらいの星が輝いていた。

ちさとさん……。
俺、このまま続けて良いのでしょうか…。

再び、煙を吐き出す春樹。煙草を指に挟み、雪の上でもみ消した。
パーティーは、まだ終わっていない。
なぜか、その場の雰囲気から逃げたくなった春樹は、誰にも気付かれないように、会場を出て、そして、ナイトスキーの客に紛れて、頂上へとやって来た。スキー板は持っていない。頂上でリフトを降りた春樹は、ゆっくりと歩いて、この場所へやって来た。
それは、あの日…あの場所から逃げてきた時に、行っていたこと。

ちさとさん。
俺……心が揺らいでます。
真子ちゃんの為にと思っている行動……本当に…。
本当に正しいのでしょうか。
そして、俺の思い……。

春樹の思い…それは、一体……。




パーティー会場では、真子がキョロキョロと辺りを見渡して、誰かを捜していた。

「お嬢様、どうされました?」

まさが声を掛ける。

「真北さんは?」
「……そう言えば……姿が見えませんね…」

まさも一緒に会場内を見渡していた。
芯と八造は、女性客と話し込んでいる。
京介は、厨房に……(まさの命令で、強引に)戻った。
向井も、厨房に居る。
地山は帰宅した。
なのに、春樹の姿は……??

「何か、ご用ですか?」

思い当たることがあるまさは、真子にそっと尋ねた。

「気になったから…。この賑やかさ…嫌だったのかな…。
 私が一緒に居なかったから……怒ったのかな…」

怒ったというよりも、拗ねた…が正解かと…って、
そうじゃなくて…。

「お嬢様、探して来ましょうか?」

真子は首を横に振った。

「真北さんの時間だから……」
「そうですね。あっ、新しい料理が来ましたよぉ〜」

って、どれだけ作るつもりだぁっ!!

思いとは裏腹に、まさは、新たに運ばれてきた料理の前に、真子と歩み寄る。

「もう、お腹いっぱいなのにぃ〜」

と言いながらも、真子は料理に手を伸ばした。

「おいしぃぃぃ!」

真子の笑顔が輝いた。




真子は、お腹いっぱいになって、苦しそうな表情をしながらも、満面の笑顔を浮かべながら、眠りに就いた。
まさは、真子を寝かしつけ、八造に何かを告げた後、そっと部屋を出て行った。
八造は、真子が見える位置にあるソファに腰を掛け、仕事に入る。
まさは、部屋を出たその足で、頂上へと向かって行った。



雪が降ってきた。
ゆっくりと雪を踏みしめて、思い当たる場所へとやって来た、まさは、立ち上る煙を観て、思わず、

「自然を汚さないでくださいね」

と口走る。
その声に反応したのか、声を掛けられた人物は、雪の上で、慌てて煙草をもみ消した。

「………禁煙してる男が、一箱以上吸わないでくださいっ!
 それに、どこを灰皿にぃっ!!!!」
「後で片付けるっ!…てか、夜目も利くんだなっ!」
「当たり前です!!」

そう言って、まさは、雪に突き刺さっている吸い殻を拾い始める。
その手が、ふと止まった。

「…真北さん。お嬢様が、探してましたよ」
「そうだろうな」

その声に、少し寂しさを感じる。

「どうされたんですか? まさか、昔の思いが…」
「そうだな…。一人になりたかっただけだ」
「でも……」

そこまで言ったまさは、春樹の肩に積もった雪を、優しく払い落とした。

「激しく降ってきますよ」
「このまま……埋もれたいな…」
「……春に掘り起こしたくありませんから」
「ふっ……前にも聞いた台詞だな」
「そうですね」

まさは、春樹の隣の腰を下ろした。

沈黙が続く。
静かに降る雪が、辺りの音をかき消している。

「真子ちゃんの幸せ…」

急に春樹が口を開いた。

「……いつになるのかな…。いつになったら、心から
 昔のように…心から笑ってくれるんだろうな…」
「こちらでは、笑顔ですよ。…本当に…心から笑っておられます」
「ここだけだよ…。ここを離れたら…」
「そうですね…」
「でも…ずっと、ここに置いておけない」
「どうしてですか?…私は…」
「危険だからなぁ」
「……真北さぁん、どういう意味ですかぁ?」
「真子ちゃんに手を出しそうだろが。それに、仕事を忘れて、
 真子ちゃんの事ばかり考えて、一緒に過ごして……」
「本当なら、それで私は満足です。ですが、お嬢様の思いを
 大切にしたいですから」
「真子ちゃんの…想い…か」
「えぇ。…みなさんには、内緒ですけどね」

ちょっぴり(?)意地悪そうに、まさが言った。

「やっぱり、お前には、言ってるんだな…真子ちゃん」
「包み隠さず話す。…それが、お嬢様との約束ですから」
「そうか…」

と言いながら、春樹はポケットから一本取りだした……が、まさに取り上げられた。

「ったく…」
「…すまん……」

沈黙が流れる。
足音が聞こえ、二人は振り返った。

「ぺんこう…」
「すみません。お二人が居られるとは思わず…その…。
 戻ります」

と踵を返す芯。

「お前も、ここに座れって」

春樹の声に、芯は足を止めた。

「私は、戻りますよ」

そう言って立ち上がるまさの腕を掴む春樹。
まさは振り返った。

二人っきりにさせるなっ。
その方が、真北さんの為でしょう?
あのなぁ。二人が崖に落ちたら、誰が助けに来る?
……崖から落ちるまで、やり合うつもりですか?
そうなったらの話だ。…だから。
解りましたよぉ。連れてきますよ。

まさは、春樹の腕を振り解き、少し離れた場所に居る芯に歩み寄り、そして、芯の腕を引っ張って、戻ってきた。
まさを挟んで、左に芯、右に春樹が腰を掛け、目の前に広がる星空を……。

「雪…止みましたね」
「まさぁ、嘘付いただろ」
「いいえ。その…」

二人のオーラですよぉ〜きっと。

と言えないまさ。
芯がため息を付いた。

「ぺんこう、疲れましたか?」

まさが尋ねる。

「あっ、すみません。その……ホッとしただけですよ」
「やっぱり、心配で?」

まさの質問に、芯は苦笑い。その表情は、まさが影になって、春樹には見えていなかった。

「今日は本当に疲れましたよぉ」

芯は、嘆くように言った。

「あの二人、しつこかったですね。時々観ていたんですが、
 常に一緒だったでしょう?」
「えぇ。二人とも、くまはち目当ての癖に、俺に話しかけて…」
「それなら、くまはちに任せて…」
「出来てたら、してましたよぉ。ったく、くまはちは、あぁいう時でも
 お嬢様の事ばかり心配していたからなぁ〜。ほんとに…」
「ということは、今も部屋では、仕事中……??」
「部屋???」
「お嬢様が満腹で苦しそうだったから、ずっと付いてきて……。
 そう言えば、部屋に戻った時……」

そこまで言って、まさは、芯に振り返った。

言うなぁ。

芯の目は、そう語っていた。

散々探し回って、疲れただけですか…。

と言いたい言葉をグッと飲み込み、まさは、そっと微笑んだ。
春樹が、雪の上に寝転んだ。

「真北さん、そこで寝ると、風邪を引きますよ!!」

まさが慌てたように声を掛ける。

「大丈夫だっ」

短く応えただけで、春樹は、星空を見つめていた。その仕草が気になる芯は、春樹と同じように寝転んだ。
目の前に広がる幻想的な世界。
都会では滅多に見ることが出来ない星空に、芯は魅了されてしまう。
まさも寝転んだ。

「夜の頂上も…素敵でしょう?」
「あぁ。……何もかも、あの星に吸い込まれる感じだよ…」
「そうですね。心配してた事が、馬鹿らしく思えます」

春樹の言葉に、芯が、そっと応えた。

沈黙が続く。

そんな三人の目の前に、白い物が降り始めた。

「俺の………」
「はい?」

春樹の言葉に、まさが聞き返す。

「俺の……」

春樹は、それ以上、言葉が出てこないのか、口を一文字にしていた。

「…立場を忘れようとも、誰もが、自分自身の思いを
 貫こうとしてますよ。それは、お嬢様の為だけじゃなく、
 大切な人の為。……そうでしょう? 真北さん」
「まさ…お前…」

春樹は、少しだけ体を起こして、まさを見つめた。

「無茶な事をしても、気付かれないように振る舞う。
 それが、真北さんじゃありませんか」
「…俺の呟き……聞こえていたのか?」

その質問に、まさは微笑んで応えるだけだった。

「地獄耳……」
「真北さん程じゃありませんが、…まぁ、昔取った、なんとやら…ですね」
「ったく…」

呆れたように言った春樹。

「俺の心配より、真子ちゃんの事を考えろ」

その言葉は、芯に対しての言葉。

「考えての行動ですよ」

ふてくされたように、芯が応えた。

「誰もが、お嬢様のことを考える……という事ですね。
 まぁ、その思いは、真北さんが一番強いでしょうけど」

からかうように、まさが言うと同時に、鈍い音が聞こえた。

「ちっ…お見通しかよっ」

そう言って、春樹は体を起こした。
春樹の左拳は、まさの腹部に突き刺さっていた…が、その拳は、まさに握りしめられている。

「当たり前ですよ」

得意気に言って、春樹の手を離す。

「私は、戻りますが、お二人はどうされますか?」

体を起こしながら、まさが尋ねる。

「私は戻りますよ」

芯も体を起こした。

「俺は………」
「お嬢様がお待ちですよ」

優しく芯が言うと、春樹はフッと笑みを浮かべて

「戻るよ。…戻ったしな…」

春樹の言葉を耳にした二人は、立ち上がる。春樹もゆっくりと立ち上がり、そして、三人は、ゆっくりと雪を踏みしめる感じで、ゲレンデを降りて……。

「…って、歩いて降りるのかよっ!」

春樹が愚痴る。

「歩いて来たんですから、当然でしょう?」

芯が反抗する。

「店長の店にモービルありますから」

呆れたように、まさが応えた。
なぜか、喧嘩腰に歩く二人と、それを止めるかのように口を開く一人の男。
三人は、雪が激しく降り始めた頃、店長の店に到着し、そして、スノーモービルに乗って、ゲレンデを降りていった。




新年が来た!
正月ムード一色になる天地山ホテル。今年は、従業員は着物姿…。
それに紛れて、真子にも着物を着せている、まさ。

「はい、出来ましたぁ」

まさの声に、真子は目の前の鏡で自分の姿を映して、嬉しそうに微笑んでいた。

「可愛い??」

鏡に映るまさに語りかける真子。

「かわいいですよぉ〜〜っ!!」

まさの声が、いつもと違っている……。

「真北さん! どう?」

少し離れた場所で、ソファに腰を掛けている春樹、そして、芯、八造、向井。
まさの行動をずっと、ずっと見つめていた。
真子に声を掛けられた春樹は、真子と目が合った途端、呆れた表情から一変して、滅茶苦茶弛んだ表情になる。

「かわいいですよぉ〜〜っ!!」

まさと同じ口調に……。

ったく…。

呆れる芯は、項垂れた。

「まささん、まささん」
「はい」
「ぺんこうとむかいんと、くまはちには?」
「用意したんですけどね……嫌がられました」
「嫌がりますっ!!」

声を揃える芯、向井、そして、八造。

「どうしてぇ〜??」

真子が、寂しげに言った。
三人が嫌がる訳…それは…。

芯と向井、八造の三人は、揃えて目線を移した。
そこには、男物の着物が掛けられている。しかし…。

「かわいいのに」
「それは、お嬢様だから、かわいいのであって」
「私たちが着ても」
「かわいいとは言えませんよっ!!」

芯、向井、そして、八造は、それぞれが口にした。

「どうして、嫌がるの?? 猫柄…かわいいのにぃ〜。
 ねぇ、まささん」
「そうですよね…」

って、まさぁ〜っ。

鋭い何かが六つ突き刺さる。

「ねぇ、真北さん」
「そうですよねぇ〜。かわいいのにぃ」

という春樹は着物を着ていた。
もちろん、猫柄……。

「ぷぅっ……」

笑いを堪えていたのか、まさが急に噴き出すように笑った。

「お前が選んだんだろが。…お前も着るんだろ?」
「いいえ、私は、支配人としての…」
「……着る…んだろぅ? なぁ、まさぁ〜」

うわぁ〜怖いぃ〜〜。

真子は、芯と向井、そして、八造の側に寄り、着物を着て欲しいとせがんでいる。
その為か、春樹は、滅茶苦茶恐ろしいまでのオーラを、まさだけに発していた。

「着ます…」

そう言って、まさは慣れた手つきで着物を身につけた。

「かわいいぃ〜っ!!」

真子の目が、爛々と輝く。
その途端、なぜか、芯が、着物に手を出した。

わちゃぁ〜着る気だなぁ。
対抗意識強いよなぁ〜ぺんこうは。
くまはち、どうする?
俺は似合わない。むかいんは?
俺も駄目。似合わない。

静かに語り合う二人は、ふと目線を移した。

「プッ……」
「…くっくっく……」

笑いを堪えるのが必死。
八造と向井は、肩を振るわせながら、目を反らす。

「笑うなぁ〜っ!!」

まさ、春樹、そして、芯が、声を揃えて静かに怒鳴る。

「かわいいぃぃ!!!」

お嬢様…何か…間違ってますよ……。

という風に、正月が過ぎていく…。


天地山ホテルの庭で、真子とまさ、そして、芯と春樹が遊んでいた。
向井は夕食の準備で厨房に、八造は湯川と飲む為、湯川の部屋に居た。
というよりも、滑稽な四人と付き合っていると、笑いが止まらなくなりそうだったからであり……。
楽しく遊ぶ四人。
その光景は、なんとなく滑稽…。
かわいい猫の模様が入った着物を着た四人をホテルの客は、微笑ましく見つめていた。





真子達が帰る日。
まさは、いつもの如く、寂しげな表情で見送りに行く。
改札を通り、まさに手を振りながら階段を昇っていく真子を、まさはいつまでも見つめていた。

お嬢様、来年もお待ちしております。

真子の姿が見えなくなると、寂しげな表情が強くなる。
列車が到着し、そして、駅を離れていく。
遠ざかる音を耳にしながら、まさは車に戻ってくる。

「さてと!」

支配人としてのオーラを出し、そして、表情もがらりと変わる。
今年も目一杯楽しんだ。
そして、
滑稽な四人の写真も………。



「…まさの奴……楽しんでたよな…」
「写真に撮るとは…」

春樹と芯は、ため息混じりに呟いていた。

「まぁ、…俺は楽しかったけどな」

フッと笑みを浮かべながら、春樹が言うと、

「私もですよ」

素敵な笑顔で、芯は応えていた。
二人は同時に真子に目をやる。
真子の手には、滑稽な四人が写っている写真が握りしめられていた。





真子達が本部に戻ってきた。
いつものように、組員達は出迎えず、玄関先で会うと、挨拶をする程度。
まぁ、それは、真子の為なので、誰も文句は言わないが…。

真子と芯、八造と向井は、真子の部屋へと向かっていく。
春樹の足は、慶造の部屋へと向かっていた。

「では、真子ちゃん。ちゃぁんと休むこと」
「はい。お疲れ様でした」
「お前らも、自分の時間を作れよ」

と、一人に念を押すように言って、慶造の部屋をノックして、返事も聞かずに入っていく春樹。

『返事聞いてからにしろと、いつも言ってるだろがっ!』

もちろん、慶造の声が聞こえてくる。
それには、思わず、真子が微笑んだ。

「お嬢様?」
「あっ、ごめんなさい。…その……お父様の声が…ね」
「慶造さんの声?」
「やっと帰ってきたか。恐らく真北は、返事も聞かずに…って…」
「お嬢様ぁ、駄目ですよ、心の声は、内緒にしておくものです」

芯が言った。

「ごめんなさい。…でも、悪い言葉じゃなかったから」

真子の心は、まだ、落ち着いている様子。
そして、笑顔も消えていない。

「くまはち、どうするの?」
「そうですね。やはり、庭の手入れを致します」
「あまり、無理しないでね」
「ありがとうございます」
「むかいんは?」
「私は、夕食の準備がございますので。お嬢様、どんな
 料理がよろしいでしょう?」
「みんなの疲れが吹き飛ぶもの!」
「かしこまりました。では、時間になりましたら、お呼びいたします」
「おねがいします!」

そんな会話の中、八造と向井は、自分の部屋へと入っていく。
芯は、真子の隣の部屋に入ると思いきや、真子の部屋へと入ってきた。
真子の着替えや旅行の片付けを手伝うために……。

「ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「くまはちの事だけど……」

真子は、芯には相談していたらしい。
片付けの手を止め、芯は真子に振り返る。

「あの人に、任せておけばよろしいかと…。それよりも、お嬢様」
「はい」
「本当に、それでよろしいんですか?」
「…くまはちが本来の事以外の仕事をする……事?」
「えぇ。そうすることは、お嬢様の側から離れることになるんですよ?
 くまはちが居ないと、お嬢様はお一人になります。私は毎日
 電話で話してますが、お逢いする時間は、益々減りますから」
「でも、くまはちには、もっと違うことをしてもらいたいもん。
 ……って、ぺんこう、その言葉…まささんも言ってたよ」
「誰もが思うことですよ」
「……そっか。……くまはち……怒るかな…」
「怒るかも知れませんね…」
「どうしよう〜」

と芯の意地悪そうな言葉に、真子は少し焦りを見せた。

「あっ、お嬢様!! 大丈夫ですから〜」

真子が今にも泣きそうな、そんな表情になったもんだから、芯は真子以上に焦り…、と、その時!

「お嬢様、どうされましたか!!」

庭師の格好に似た姿で、八造が真子の部屋に駆け込んできた。





慶造の部屋。
慶造は、春樹から天地山での事を全て耳にした。
まさの言葉もあり、慶造は悩み始める。
春樹が煎れたお茶に手を伸ばし、そっとすする。
春樹は、自分が煎れたお茶を、優雅に飲んでいた。

ぷはぁ〜、疲れが吹き飛ぶ〜。
今夜は、真子ちゃんの寝顔だなぁ〜。

「……真北。それは、毎日観ていただろが」
「慶造…お前、俺の心が読めるのか????」
「その面ぁ見たら、誰だって解るわい」

春樹の表情は、弛みっぱなし……。
その表情が凛々しくなる。

「…で、慶造の意見は?」
「まぁ…俺の代行も見事だったらしいからなぁ。試してみるか…」

そう言って、ふぅっと息を吐く。

「ただ…」
「…ん?」
「八造本人が、どう思っているか…そして、修司が賛成するか…だな」
「それは、威厳で、どうにかなるんじゃないか?」

春樹はお茶を飲み干し、新たに煎れた。

「って、そういう所で威厳を使って…」
「そういう所だからこそ、使うべき………だろ?」

春樹の眼差しは、凛としている。その眼差しに、慶造は、

「やってみるか」

そう応えていた。

「八造は…庭……だな、この音から考えると…」

耳を澄ますと、庭木を切る軽やかな音が聞こえてくる。

「そうだな。呼んでくるよ」
「いや、手入れが終わってからでいい。お前に報告もあるしな」
「あぁ、そうだった。それを聞くのが一番だったなぁ、すまん」

慶造は呆れた眼差しで、春樹を見た。

「なんだよ……」
「……リフレッシュ……しすぎだっ」

春樹は苦笑い……。





八造が、庭の手入れを終えた頃、春樹が姿を現した。

「真北さん。何か…?」
「…ん? あ、あぁ…いつも以上に…凝ってないか?」
「そうですか?」
「軽やかな音だったしなぁ。くまはちもリフレッシュ…てか」
「私以上に真北さんでしょう?」
「ったく…何かあると、最近、突っかかってくるようになったなぁ。
 俺、くまはちの怒りに触れるようなこと、したかぁ?」
「いいえ、何も。いつもと変わらないと思いますが……」

そう言って、八造は頭を掻いた。

「慶造が呼んでる」
「四代目が? お嬢様のことは、真北さんから……まさか、親父…」
「くまはちの事だよ」
「私……ですか?」
「あぁ。行ってこい」
「はい。ありがとうございます」

八造は一礼して、自分の部屋へ向かい、素早く着替えて、慶造の部屋へと向かっていった。
ノックをし、

「八造です」

とドア越しに告げると慶造が、

『入れ』

と返事をする。それを聞いてから、八造は部屋へと入っていった。

「……これが、普通だよな…」

慶造が呟いた。

「真北さんは特別ですから」

春樹の部屋の入り方を語り出す二人。
そこから、天地山での真子の事、そして、まさの今の姿と、芯、向井の様子を語り出す八造。慶造は、春樹とは違う八造の観察力に、感心しながら耳を傾けていた。
そして、春樹が語らなかった、トレーニングルームでの話に、大爆笑する。

「ったく、そりゃぁ、言えんわなぁ」
「ほんと、困りました…」
「八造も大変だなぁ。いっつもお守り役、止め役だな…」
「慣れております」
「……実はな、お前に話がある」
「はっ」

四代目オーラを醸し出した慶造に応える八造。少し席をずれ、深々と頭を下げた。

「大阪で須藤達の手伝いをしてもらいたい」
「えっ?」

驚いたように顔を上げる八造。

「昨年の俺の代行っぷりを評価されててな。須藤が力を貸して欲しいと
 言ってきた。俺や真北では、どうしても難しいらしいな」
「あの内容から、これからの事を推測すると、確かにそうですが、
 私も同じだと思いますが……」
「それに、八造には、もっと視野を広げて欲しいと思ってな」
「…四代目…お言葉ですが、もし、仮に私が大阪で手伝うとしますと、
 本来の私の仕事と別の事になります。それは…親父にも…」

八造の言いたいことは解る。
しかし、慶造は、敢えて、その立場を利用する言葉を投げかけた。

「八造が仕えるべき人間は誰だ?」
「真子お嬢様です。しかし、四代目の言葉無しでは…」
「それなら、お前は、どう動く?」
「四代目のお言葉に従う…まででございます」

八造は静かに応え、何かを押し込めるかのように、拳を握りしめた。

「言いたいことがあるなら、言ってもいいぞ」

慶造の言葉に、八造は顔を上げる。もちろん、その表情は、何か言いたげである。それは、口元が微かに震えている事でも解った。

「……お嬢様のガードは…どうなさるつもりですか? 私が居なくなると
 誰も……居ません。…ぺんこうは、大学の方が忙しくなる。
 むかいんは、いつものように料亭に…。えいぞうと健は、それぞれが
 全国を飛び回っているというのに。…真北さんも常に忙しい方です。
 それに、山中さんと北野は、お嬢様とは、あまり……それなのに、
 本当に……よろしいのですか? お嬢様の笑顔が…」
「…真子から……離れたくないのか?」

その言葉に含まれる意味。それは、八造も解っている。
許されないこと。
八造は覚悟を決めた。

「八造には、もっと視野を広げて欲しい。そして、色々なことを
 身に付けて、更に大きくなって欲しい。もっと色々なことを
 真子に教えて欲しい。だから、この仕事を手伝ってもらいたい」
「四代目…それは、やはり、お嬢様のこれからの事を考えて…」
「真子の事を想うなら、真子の為の仕事になるんだが……どうだ?」
「四代目は、跡目をお嬢様にというお考え…まだ」
「捨てる気は無い。真子を支えて行くつもりなら、予習も必要だろ?」

慶造の優しい言葉に、八造の表情に輝きが現れた。

「かしこまりました」
「まぁ、あれだ。俺が頻繁に出掛けなければ、真子の身も安全だ。
 その辺りは真北が動いてくれるそうだ。来週からだぞ」
「……四代目」
「ん?」
「既に決めておられたんですね」

行動の速さに含まれた意味を理解する。

「まぁな」
「もし…私が断れば…」
「頷くための手段は、たくさん用意してある」

その言葉に、半ば呆れながらも、八造は微笑んだ。

「あぁ、それと」

慶造は付け加えたように口を開く。

「はい」
「…真子には、きちんと話してくれよ」
「それは、四代目から仰ってください」

八造は、少しばかり口答え?

「これ以上、嫌われたくない」

慶造の本音…。

八造は深々と頭を下げ、そして、慶造の部屋を出て行った。


静かに閉まったドアを見つめる慶造は、

「…とは言ったものの……真子の意見なんだがなぁ…
 どうしたもんか……な」

と呟いた。



(2006.4.18 第八部 第三話 改訂版2014.12.12 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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