任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第七話 桜に隠された秘密

四月。
阿山組本部にある桜の木も、咲き始めた頃。
真子と芯は、桜の木を見上げて、何かを語り合っていた。そこへ、向井もやって来る。

「むかいん、今日は料亭…大丈夫なの?」

真子が笑顔で尋ねると、

「今日はお休みですよ」

向井も負けじと笑顔で応えてくる。

「そっか。ねぇ、ぺんこうぅ〜」

甘えるような口調で芯を呼ぶときは決まっている。

「そうですね、良い天気ですし、慶造さんにお願いしてみますよ」

そう言って、芯は慶造の部屋に向かっていく。芯の姿を見送る真子の眼差しは、爛々と輝いていた。

「むかいんがお休みって解ってたら、朝から出掛けたのにぃ」
「すみません。おやっさんが急に休みを取られたそうで…」
「ささおじさん、具合…悪いの?」
「えっ?」
「だって、今朝、食堂で…」
「そのようなお話は耳にしてませんが……」
「むかいんには内緒なのかな」
「それはございませんよ。慶造さんのヒミツまで教えてくださるのに」
「…いいなぁ…みんな」
「いいな…とは?」

真子が少し寂しげに呟いた事が気になる向井は、優しく尋ねた。

「お父様のこと…色々と知ってるんだもん。…私には…」
「お嬢様が、慶造さんにお聞きすれば、色々と応えてくださりますよ」
「でもお父様…」

ったく…。

口を尖らせた真子の頭を、向井は優しく撫でた。

「ぺんこう、遅いですね…」
「駄目だったのかな」
「もう少し待ってみましょう」
「うん」

真子と向井が心配している事は、的中していた。
芯が慶造の部屋に入った時、そこには、春樹の姿もあり、二人は深刻な表情をしていた。

「駄目だ」

春樹の第一声。
芯が慶造に尋ねている途中で、言葉を遮るように言った。
もちろん、芯は春樹を睨み上げる。春樹も睨み付けてきた。

「兄弟喧嘩は、余所でやれ」

慶造がドスを利かせて言ってくる。

「慶造、考えて物を言え! どっちにしろ、お前は賛成だろが」
「真子のためなら、反対は言わん」
「今、報告した事、忘れたんかっ!」
「だから、ぺんこうとむかいんが一緒だから、大丈夫だと
 そう考えての言葉だろが」
「あのなぁ、どこで目を光らせてるか解らんだろが」
「その辺りも大丈夫だと、何度も何度も言ってるよなぁ」
「………慶造ぅ〜」

地を這うような春樹の声に、慶造は、ちょっぴり身構える。

「な、なんだよっ」
「行くのは、お嬢様とむかいん、そして私の三人です」

春樹が何かを言おうとしたが、それを遮るかのように芯が口を開く。
春樹の思いは、お見通し。
もちろん、慶造もお見通しだから、

「行ってこい。報告は忘れるな」
「はっ。ありがとうございます」
「絶対に、手を出すなよ」
「むかいんにも伝えておきます。行って参ります」

芯は深々と頭を下げて、慶造の部屋を出て行った。
沈黙が続く部屋。
真子の笑い声がドアの向こうから聞こえてくる。そして遠ざかっていった。

「慶造ぅ〜」
「一緒に行く……だろが」

図星。春樹の表情が引きつった。

「寝顔で我慢しとけ」
「でもな…」
「今のうちに時間を詰めておけば、先に伸びないだろ?」

意味ありげに言う慶造に、春樹は項垂れた。

「そうだけどな」
「お前まで離れたら、それこそ…」
「…すまんな。…九割で、そうなる可能性がある」
「新たなお世話係…探しとこか?」
「北野たちも無理か?」
「解らんがな…」

沈黙が続く…。



芯たちは、本部内の駐車場へとやって来た。芯の車の前に来た真子は、爛々と目を輝かせていた。

「どこが良いですか?」
「ぺんこうに任せる!」

芯に招かれて、後部座席に乗り込む真子。芯は優しくドアを閉めて、運転席に回った。助手席に乗ろうとしている向井に、芯は屋根越しに声を掛けた。

「手を出すなってさ」
「解ってるって。お前こそ、気を引き締めろよ」
「あがぁ〜、もう言うなっ」

芯の焦ったような表情を見ながら、向井は車に乗り込んだ。
駐車場係に何かを告げて、芯は運転席に座り、エンジンを掛ける。

「ねぇ、気を引き締めるって、何に?」

運転席と助手席の間から真子は顔を覗かせて、無邪気な表情で芯に尋ねた。

「運転ですよ!」

優しく応えて、芯はアクセルを踏んだ。
芯の返事に笑いを堪える向井は、目を反らすかのように、窓の外を見つめた。

芯の思いを知っている向井は、慶造からも耳にして、自分自身の事も尋ねられた。
真子のことを、どう思っているのか。
これからの事を考えると、お前の対応を考えないとな。
真剣な眼差しで質問された向井は、自分の思いを正直に応えた。

お嬢様の笑顔が増えるなら、いつまでも、お嬢様の為に
料理を作り続けたい。それが、俺の生き甲斐です。

真子への感情は…と尋ねられると、

恋愛感情は、今のところありません。
大切な方。守りたい、側に居たい。
笑顔が消えないように…。そして、
料理を作り続けたい。

そう応えていた。



慶造の部屋。
春樹は、お茶をすすりながら、ふと、何かを思い出したような表情になり、突然、慶造に怒鳴りつける。

「慶造。手を出すな…って、お前…やっぱり狙われてるやないかっ!」
「まぁな。色々な意味で」
「俺も行くっ…って、慶造、離せやっ」

慶造に腕を掴まれた。

「だから、二人なら安全だと言ってるだろがぁ」
「………狙われてるのは、俺??」

きょとんとした表情で、春樹が言うと、慶造が頷いた。
その仕草で、春樹は諦めたように座り込む。

「そりゃ、安全や」
「そうやろが」

沈黙が続く。

「そういや、真子ちゃん…」
「ん?」
「…いや、何でもない」
「言えよ」
「……なんとなく、雰囲気が変わってきたなぁと思ってな」
「そりゃなぁ、明後日から六年生だろ。小学生の中では
 一番上だろ。少しは大人びるもんだって」
「そうだなぁ」

しみじみと言って、春樹はお茶をすする。

……こいつも、気付いてないな…。

慶造は、ため息を付いた。

「慶造、隠してること…あるだろ?」
「いいや」
「何をため息付いてるんや…」
「自分で考えろ。応えるのが……めんどくさい」
「…ったく…」

沈黙が続く……。




芯運転の車は、安全に走行中。
車の中では、向井と真子が話を弾ませていた。
六年生では、どんなことをするのか。
真子は楽しみで仕方がない様子。向井に、あれやこれやと尋ねまくっていた。時々、芯も話に加わる。それ程、余裕を持って、運転できるようになっていた。

「では、とびっきりの場所へ〜」

芯が言うと、

「待ってましたぁ!」

真子が弾んだ声で応える。
真子とのドライブの為に、芯は常に素敵な場所を探していた。
芯の『とびっきりの場所』は、新たな場所を発見した事を意味している。
一度行った事のある場所なら、場所の名前を必ず応える芯だからこそ、真子にも解っていた。
芯の車に付いてくる、一台の車。
芯たちは、全く気付いていなかった。



芯の車が駐車場に停まった。
三人は同時に車から降り、目の前に広がる景色に見入っていた。
そこは、少し小高い場所。そして、その場所から見える景色は、一面ピンク色に染まっていた。
桜並木が一望できる所だった。

「すごぉ〜い」

真子の声が、感動に包まれている。

「ぺんこう、来たことあるの?」
「資料で観ただけでしたので、ここまで凄いとは…驚きました」
「俺も驚いた…。話には聞いたことあったけど、ここまでとは…」
「話って?」

真子が尋ねる。

「料亭のお客様から、お話を聞いたことがあるんですよ。
 お嬢様の桜の話をしていたら、ここの話が出てました」
「そのお客さんは、ここの近所の人?」
「とお聞きしましたが、どうでしょうねぇ…」

真子達だけでなく、他にも、たくさんの人が、桜並木を見つめていた。向井は、そんな人々を見つめていた。

「……あれ????」

その人だかりの中から、見覚えのある顔を見つめた向井。その声に、真子と芯が振り返る。

「あれれ??」

真子と芯まで、同じように声を挙げた。
三人が見つめる先には、見慣れた顔が…。その中の女性が振り返った。

「あら、涼ちゃん! と真子ちゃんと芯ちゃん」
「…女将さん、…芯ちゃんは止めて下さいと、何度も…」

そこには、料亭・笹川の女将・喜栄だけでなく、笹崎と料亭の料理人たちや向井が話した客まで…。

「こんにちは、女将さん。今日はどうされたんですか?」

真子が尋ねると、喜栄は気まずそうな表情をして、笹崎に目をやった。



珍しい場所で出逢ったものの、真子達は真子達だけで、笹崎達は笹崎達で合流することなく、桜を堪能していた。
喜栄の気持ち。
真子のことを慶造から聞いている笹崎が、気を利かせていた。
笹崎は、喜栄達と過ごしながらも、真子の様子を伺っていた。
芯と話す時は、笑顔が輝いている。向井と話す時もそうだった。
芯と向井が話している所を見つめる真子の目は、とても優しく、嬉しそうな眼差しをしていた。
もう一つ、気になる事があった。
料理人の一人が、笹崎の側にさりげなく近づく。

「砂山組の組員ですね」
「付けてきたのか…」
「行いますか?」
「いいや、それこそ狙われる事になる。直ぐに狙わないのは
 あの雰囲気を疑問に思ってるだけだろ」
「気をつけておきます」
「すまんな」

料理人は一礼して、少し離れた人気のない場所へと移動した。

「あんたぁ」

二人の雰囲気に、呆れたように喜栄が声を掛けてくる。

「大丈夫や。あいつらは、俺のことは知らん」
「解ってます。もう抜けたらどうなのよぉ。慶造くんに知られたら…」
「大丈夫だ。気にするな」

そこへ笹崎と喜栄の息子・達也がやって来る。

「親父ぃ、待たせたら駄目だろぉ」
「すまんすまん。喜栄、涼に挨拶しておけ」
「俺が行く!」

達也が嬉しそうに返事をして、真子達に近づいて行く。

「ったく…」

笹崎が呆れたように呟いた。



「真子ちゃん」
「達也兄ちゃん」

なぜか、兄ちゃんと呼んでいる真子。年齢的には父親以上だとは思うが…。

「親父達は別の場所に行くけど、あまり遅くならないように」
「心得てます! むかいん、良かったの?」

笹崎達と一緒にならなくて良かったのか。真子は気にしていた。

「親父達は仕事だから、むかいんを巻き込んだら駄目だろぉ」

達也が優しく声を掛ける。

「ごめんなさいぃ〜でも、みんな一緒の方が楽しいと
 思ったんだもん。お仕事なら仕方ないね。ありがとう、
 達也兄ちゃん」
「どういたしましてぇ〜。じゃぁ、またねぇ」
「気をつけてね」

真子は笑顔で手を振った。その笑顔に負けたものの、達也も笑顔で手を振って、笹崎の所へと駆けていく。喜栄も真子に手を振っている。笹崎は、照れたような表情を見せ、背を向けた。

「ささおじさん……仕事…嫌なのかな…」

笹崎が笑顔を見せなかった事を気にする真子。

「お仕事だからですよ」

向井が優しく応えた。

「料理以外の仕事……嫌いなんだ…」
「そうなりますね…」

首を傾げながら向井が言った。



「ったくぅ。笑顔で応えてあげなさいよぉ、あんたはぁ」

喜栄が呟く。

「うるさい」
「照れちゃってぇ」
「もう言うなっ」
「拗ねちゃってぇ〜」
「それは…そうだな…」
「あら、素直……」

笑いながら喜栄が言った。

「折角、この場所を教えてあげようと思ったのにな…」

笹崎が呟いた。

「芯ちゃんと涼ちゃんに任せておけば、大丈夫でしょう?」
「そうだな…」
「本当に…慶造くんに知れたら、もう相談してくれないかもぉ」
「それは困る…」
「…本当に…素直…」
「……似てくるんだな……と思ってな」

そう呟いて、笹崎は真子達が居る場所に振り返る。既に姿は見えないが、笹崎は、三人の何かを感じていた。

「そうね」

静かに喜栄は応えた。




「では、お嬢様、次へ行きましょうか?」
「まだあるの?」

爛々と輝く眼差しで、真子が言った。

「えぇ。まだ時間はありますからね!」
「こことは別なの?」
「この桜並木の下ですよ」
「下??」
「車で通ると、もっと凄いそうですよ」
「観たい観たい!」
「では、行きますよ!」

飛びっきりの笑顔で芯は真子を守るように車に乗せた。
向井も笑顔で車に乗る。
芯の車が去っていくのを見つめる三人の男達。

「おい、あいつら、違うんじゃないのか?」
「阿山組本部から出てきただろが」
「どうみても、普通の男と女の子だろ。それに、一般市民とも
 仲良く話してたし」
「そうだよな。でも本部から出てきたから、阿山組の人間だろ?」
「組の中に知り合いでも居たんじゃないのか?」
「何しに、本部に行くんだ?」
「借金を返したとか…」
「………かもな…」

自分たちの境遇で考え込む男達。

「じゃぁ、阿山慶造は?」
「本部だろ」
「!!! 戻るぞ!」

男達は慌てて車に乗り込み、その場を去っていった。
三人の会話をさりげなく聞いていた料理人は、笹崎達を追うように駆けていく。
追いついた所で、笹崎に伝えると、

「こりゃ、三人が哀れだな」

呆れたように笹崎が応えた。
その笹崎達の目の前を、芯の車が通りすぎていく。

「車から堪能…か。それも良かったな…」

ちょっぴり寂しげに、笹崎が呟いた。





砂山組組事務所。
真子達を付けていた男達が、その日の行動を幹部の地島に報告する。
地島は暫し考え込んだ。

「派手な行動は慎んでる…か。大阪への外出も減ったからな…。
 こっちに居る時に狙う方が確実だろ。向こうだと、水木が五月蠅い」

大きく息を吐いて、天を仰ぐ。

「今日は良い。御苦労さん」
「はっ。失礼いたします」
「…っと、政樹は?」
「政樹さんは、翔子(しょうこ)さんのところです」

と応えた別の若い衆。その言葉に地島は項垂れた。

「またかよぉ…。肩入れしすぎだな…」
「翔子さんに呼ばれたそうです」
「また…何をしたんだ、政樹はぁ〜。あぁ、ありがと」

組員と若い衆は去っていった。
一人になった地島は、煙草に火を付け、深刻な表情で考え込んでいた。

その頃、噂の政樹は……。
翔子と一緒に食事中。

「政樹くぅん、どう?」

自分が作った料理の味を、政樹に尋ねる翔子。

「もう少しですね」
「ほんとに、口うるさいんだから…。そうやって、先に延ばすつもり?」

甘い声で翔子が言うと、政樹は照れたように目を背け、

「いいえ。正直に応えただけですよ。…っと、そろそろ兄貴が
 戻ってくる時間なので、これで…」

政樹は空になった食器を手に持ち、台所へと向かっていく。

「片付けておくから、いいよぉ。地島さん怒らせたら大変でしょ?」
「すみません。お言葉に甘えます」
「もっと甘えて欲しいのにぃ」
「では、失礼します!!!」

翔子の言葉に応えず、政樹は素早く出て行った。

「!!! もうっ!!」

翔子は、自分が履いているスリッパを、政樹が出て行ったドアに向かって投げつけた。


政樹は、階段を駆け下り、外で待たせている若い衆の車に乗り込む。

「地島兄貴は、ゆっくりしろと…」
「…無理だっ。ほら、早く戻れっ」
「はっ」

若い衆はアクセルを踏んだ。



その日の夜。
地島と政樹が夜の繁華街を歩いていた。

「ったく、翔子が怒って電話を掛けてきただろが。
 いつも女を抱いてるように、翔子を抱いてやれよ」

地島が言うと、政樹は照れたように耳を赤らめた。

「本気になった女には、奥手が…女性に手が早いって、
 お前はぁ〜」
「もしもの事があったら……哀しいので」
「もしもって、政樹ぃ、どこまで先のことを考えてるんだ?」
「ずっと先……」
「将来の事か」
「はい」
「亡くして哀しくないように、大切なものは手元に置かない…か。
 その考えは解るけどな、大切なものを守るという気持ちも
 大切だろが」
「はい」
「まぁ、あれだ。大切なものを守る自信が無いなら、
 大切なものを側に置く必要…ないよなぁ。…政樹ぃ」
「はっ」
「お前は……」

と言おうとした時だった。地島の視野に、慶造と真北の姿が映る。地島と政樹は、思わず身を隠した。慶造達が向かうのは、いつもの店。二人の表情から、またまた夜の一時を楽しもう〜という雰囲気だった。

「兄貴?」
「今日の店は……あそこだ」

地島が指さした店こそ、慶造と真北が入っていった所だった。

「そういや、あの店は未だでしたね」
「色々とあって、避けていた所だからな。行くぞ」
「はいっ!」

返事が弾む政樹。
それこそ、心の現れ…。

「ったく、暴れるなよ」
「容易いことです」

そして、二人は、慶造達を追うように、店へと入っていった。
カウンターで受付嬢と軽く会話を交わす地島。さりげなく、慶造の事を尋ねる。

「お客様の事は存じませんね…」

受付嬢がそう応えた。

「でも、良く来るんだろ?」
「すみません〜、その方に関しては、タブーなんです」

そっと告げる受付嬢に、地島は疑問を抱く。

「タブーなら、常連は…」
「いえ、その…以前、事件を起こしまして…その時の
 詫びだと言って、こうして週に一度の割合で来られるんです」
「事件?」
「あっ、それは、言えません。すみません。…その代わりに、
 ナンバーワンをお呼び致しますが…」
「よろしく」

地島は、笑顔を見せた。

そして、地島は、店のナンバーワンと、政樹は、自分好みの女性を選んで、それぞれ部屋へ入っていった。


その頃、店の奥にある部屋では……。

「阿山ぁ、受付からの連絡やけど、砂山組の地島が
 探りを入れてるらしいで」
「そらそうやろ。わざと姿を見せつけたからな」
「ほんと、危険な行動は慎めよ」

隆栄が真剣な眼差しで慶造に言った。その眼差しに、慶造は口元をつり上げた。

「ったく。…恵悟さん、どうですか?」

話を切り替える隆栄。

「そうですね……やっぱり、巨大化するのと謎めいていくのが
 重なっていきますね…どうされますか、真北さん。
 危険だと解っていても、どうしても……」
「俺の気持ちは、変わらん」

短く応える春樹に、流石の恵悟も不安げな表情を見せた。

「霧原との連絡は?」

隆栄が尋ねると、

「付いてます」

素早く応えが返ってくる。

「それなら、話は早い。今月末に出掛ける」
「真北……お前…」

慶造が呼ぶと、春樹は笑みを浮かべるだけだった。

「ちゃぁんと伝えないと、心配するだろ?」
「ったく」

俺の愛しの人にぃ〜。

慶造は、見えないところで春樹に蹴りを入れた。

「……あちゃぁ、とうとう始まったか…」

隆栄が嘆いた。
その声に、その場の誰もが画面に見入る。
そこに表示された文字…。

『末端の組と砂山組の若い衆が争い始めた』

春樹は、大きく息を吐く。

「どこの系列や?」

怒りを抑えたように春樹が尋ねると、

「厚木ですね…」
「またかよ…ったく。武器ばかりに目をやって、末端は
 放ったらかしやからなぁ〜」
「真北」
「あん?」
「関西に染まりすぎ…」
「ほっとけ。ほな、恵悟さん、もっと細かくお願いします」
「任せて下さい」
「慶造は、小島さんと帰れよ」
「やだな」
「阿山…冷たいぃ〜」

春樹は部屋を出て行った。その足で、ネオンが輝く街を素早く出て行く。そして、少し離れた所で待機している阿山組組員に慶造の事を告げて去っていった。
更に歩くと、一台の車が近づいてきた。
街灯にちらりと光ったマークこそ、特殊任務のマークだった。

「真北さん、阿山組系列の組と砂山組が、やり合いましたよ」
「被害は?」
「かなり拡大したようですね」
「一般市民には?」
「影響は出てません」
「内か?」

『内』とは、規約内での事件かということ。

「そうですね。怪我人だけです。ただ、銃器類が使われました」
「厚木だな…」

そう呟いて、春樹は車に乗り込んだ。そして、現場へと急行する。
そこでは、既に現場検証が行われていた。その報告を車の中で受け、春樹は対策を練る。
眉間にしわが寄った。

「真北さん?」
「抗争…始まらなければ…いいんだが…」

春樹は呟いた。



春樹が事件の対応をしている真夜中。
真子の部屋では、芯が真子に寄り添って眠っていた。
芯の腕の中で、真子が寝返りを打つ。
ふと、目を覚まし、体を起こした。それに気付いた芯が声を掛ける。

「お嬢様、どうされました?」
「…目…覚めちゃった…」
「そりゃぁ、夜の七時から眠っていたらねぇ〜。だから張り切りすぎだと
 申したんですよぉ。明日…熱が出なければ良いんですが…」

芯は、真子の額に自分の額をくっつけた。

「少し…高いですね」
「大丈夫なのにぃ」

真子は少しふくれっ面。

「眠りましょう」
「眠くないぃ〜」

真子が、駄々をこねる。

「お嬢様。大人になるんでしょう?」
「今は、いいのぉ〜」

うっ……やられた……。

『いいのぉ〜』と首を振った仕草は、芯の心臓をヒット……。
芯は深呼吸する。

落ち着け…落ち着け……。

自分に言い聞かせた。

「では、眠くなる物語でも語りましょうか?」
「いいの?」
「えぇ。哲学…どうでしょう?」
「眠くなるなら、何でもいいよぉ」
「かしこまりました」

芯は、真子を寝かしつけ、自分は肘を立てて少しだけ体を起こし、真子を見つめながら、哲学の難しい話を始めた。相手は小学六年生になる少女。なのに、そんな難しい話をして……。誰もが思うことだが、真子も芯も全く気にしていない様子。
芯が行っている、この眠くなる物語。
それは、芯が真子と同じ歳の頃、春樹にも語ってもらっていた。
自然と、自分の経験を生かす芯。
その事は、真子だけでなく、春樹にも気付かれていなかった。



真子が再び眠りに就いた。
芯は、真子から目を反らすように、上を向く。

俺………これ以上は、耐えられないな…。

これ以上、真子と接していたら、芯の理性が吹き飛んでしまうかもしれない。
暫く、忙しくなる。
それを理由に、少し離れていた方が、良いかもしれない。
そう決意した芯。
しかし、この時、春樹のこれからの行動には、まだ気付いていなかった。

今以上に忙しくなる。

そう聞いているだけだった。




慶造が帰宅した。
部屋にあるテーブルの上に一枚の用紙が置かれてあった。
それを手にして、いつもの縁側に出る慶造。月明かりで、文字を読み始めた。

「先を越された…か」

その用紙こそ、真子と過ごした時間の芯の報告書。
笹崎から聞いていた桜並木の素敵な場所。
真子の為に…と笹崎にそれとなく頼んでいた。
ところが、同じ日に、芯が連れて行った。

「はぁ…あ」

そう言って寝転ぶ慶造は、足音が近づいてくる事に気付き、寝たふりをする。

「体壊すぞ」

疲れた表情を見せる春樹だった。春樹は、慶造の手にある用紙を取り上げ、目を通す。

「…先を越された……」

春樹が呟いた。

「はぁ? まさか、真北」
「任務の人間が、この場所の話をしていたから、俺……
 連れて行こうと思っていたのになぁ」
「…笹崎さんに頼んで様子を見に行ってもらったんだけどな…」
「それで、見かけた……となるんか…」
「誰もが真子の為に…」
「そうだな」

春樹は、慶造の隣に腰を下ろし、煙草に火を付けた。

「厄介なことを終える度に吸うな」
「それなら、厄介なこと…抑えておけ」
「それは、厚木に言え」
「俺の言葉に耳を傾けんのにか?」
「お前の言い方」
「これ以上は無理」
「それなら、知らん」

鈍い音が聞こえた。

慶造が腹部を抑えながら、のたうちまわる。

「真北ぁ…強すぎる」
「それ程、怒ってるんだ」
「すまん…って」
「許さん」
「ったく…」

慶造は体を起こし、空を見上げた。
月が、少しだけ雲に隠れている。

「砂山組の地島…あれから、俺のことを聞きまくったらしいぞ」

呟くように、慶造が言った。

「気になるんか?」
「頭脳派だろ…」
「確かにな」
「…どんな手を使ってくるか…直接、俺を狙うなら、それで良いさ」

沈黙が続く。
春樹は煙草をもみ消した。

「あまり表立って動くなよ。俺の手が届かなくなるからさ」
「本当に、いいのか?」

慶造が静かに尋ねる。

「ほどほどになぁ」

その口調は、誰かさんそっくり。

「…そりゃ、解らん…」

慶造は呟いた。


空が白々とし始めた頃、春樹は、真子と芯の寝顔を堪能してから、再び出掛けていった。
この日の活力のお陰で、春樹の行動は…………?



(2006.5.15 第八部 第七話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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