任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第十六話 まさちん、ピンチ!?

阿山組本部・会議室。
この日も幹部会が開かれていた。
誰もが深刻な表情で、深く考え込んでいる。
慶造が頭を抱え、椅子をくるりと半回転させて、幹部達に背を向けた。
慶造の動きに、幹部達は驚いた表情になる。

「四代目。それでは、我々に…」
「聞く耳持たん」
「四代目っ!」

慶造は再び幹部達の方を向き、矢を射るような眼差しを向けた。

「俺は自分の身は自分で守れる。栄三や健もそうだ。
 だがな、お前らは、どうなんだ? その昔、いくらかは
 その動きをしていたとしても、今はもう…」
「…見くびっては困りますよ、四代目」

今は歳を取ったが、現役である猪戸が慶造の言葉を遮るように口を開いた。
幹部会では、滅多に口を開かない古参の幹部が、口を開いた。

これは、本当に危機が迫っている…。

誰もが理解する。

「猪戸……」
「そりゃぁ、我々は、四代目の御意志に背かないようにと
 最近では、ほとんど……真北さんの方に任せっきりで
 そのような行動はしておりません。関西との抗争も
 四代目と本家だけで向かったようなものでした。
 ……阿山組系が腑抜けになったと言われるのも、
 解るような気もしますが、それは、こういう時の為にこそ
 潜めているものを表に出すのが…」
「本当に…俺の意志に背いていないのか?」
「えっ?」
「猪戸…背いていないのか…と聞いているっ」

慶造が怒鳴りつけた。

「日頃は…ですが、今回は…」
「今回も…だ」
「四代目っ!!!!」

猪戸が叫ぶ。しかし、それ以上、言葉に出来なかった。
慶造の哀しげな眼差しが、そうさせていた。

「狙いは、俺だ。…お前らには迷惑は掛けん。
 今日は終わりだ。解散」

そう言って、慶造は会議室を出て行った。
沈黙が漂う会議室。誰も、部屋を出て行こうとしなかった。

「そこまで…守ってもらう義理は…ないのにな…」

飛鳥が呟くように言った。

「失いたくない……ただ、それだけなんだろうな…」

拳を握りしめ、猪戸が呟く。

「お気持ちは、嫌と言うほど解ってる。……どうすれば…
 四代目を守ることが出来るんだろう…」
「それを考えるしか…ないか…」

飛鳥はそう言って、会議を再開した。




慶造は部屋に向かって歩いていた。
ふと耳に飛び込む真子の笑い声と政樹の嘆く声。

真子、楽しんでるんだな。

フッと笑みを浮かべて部屋のドアに手を伸ばした…ら、

「……だから、来るなっ」
「心配だからな…」

修司が、廊下の先に姿を現した。
ちらりと目だけを修司に向け、入るようにと合図をする。
そして二人は慶造の部屋に入っていった。



修司が慶造にお茶を出す。
慶造は何も言わずに湯飲みに手を伸ばし、お茶をすすった。
ドアの向こうに、真子と政樹の声が聞こえてきた。
ドアがノックされる。

『地島です』
「ん? なんだ?」

慶造が返事をすると、ドアが静かに開いた。

「お嬢様と買い物に出かけます」
「買い物?」
「!! い……」

政樹は修司の姿に気付き、挨拶をしようと口を開いたが、修司に『シィッ』と停められた。
軽く一礼して、慶造の質問に応える。

「クレヨンが、無くなりましたので、買い足しに…」
「商店街か?」
「はい」
「地島が買いに行けばいいだろう?」
「あっ、その………お嬢様がクレヨンの他の物も買いたいと
 仰ってるのですが、何を買うのかは教えてくださらなくて…」

困ったような表情になる政樹。

「ふぅ〜…。せいぜい、気をつけろ。お前んとこだけじゃなく
 他からも狙われてるからな」
「はっ。では行って参ります」

政樹は深々と頭を下げて、部屋を出て行った。

『お父様…怒ってた?』
『いいえ。笑顔で気をつけるようにと仰ってました』
『それなら大丈夫だよね!』
『はい。…それで、他に何を買うおつもりですか?』
『行ってからのお楽しみ!』
『お嬢様ぁ〜』

二人の会話が遠ざかる。

「真子は出掛ける準備をしていたみたいだな」
「そうだったのか…」
「いつまでも、気にするな。…修司の心の声を聞かれるぞ」
「だからこそ、見つからないようにと思ってるのになぁ」
「……それで、裏から来るのか……。あの扉…通行禁止だぞ」
「俺専用」
「はいはい」

冷たくあしらって、お茶を飲む。

「地島の本来の姿…お嬢様は、存じないのか?」
「それは解らん。地島は、真子の前では、まさちんだ」
「あ…そう」
「……で、何のようだ?」
「真北さんと小島の行動で、こっちにまで刃を向けた奴らの事だ」
「修司…お前には、関係ないことだろが」
「そうなんだけどな、……八造が知っていてな、気にして…」
「……珍しく、連絡してきたのか?」

困ったような表情で、修司が頷いた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…………すまんな、遠い国のことなのに
 八造にまで、気を遣わせてしまって…」
「お前の身の危険とお嬢様の心の事を気にしてるんだよ」
「…まぁ、あれだ。…栄三と健が、抑え込んだから良かったものの、
 新たな輩が揃うまでは時間が掛かるだろうな。…それよりも
 再び送り込んでくる可能性……低いだろうな」

慶造の言葉に含まれる意味。…それは…。

「向こうに連絡が入ったなら、……黙ってないな……小島も」

『小島も』の『も』を聞き逃さない慶造は、思わず笑い出してしまった。

「修司も考える事は同じか…」
「当たり前だ。何年、真北さんの行動を見てきたと思ってるんだっ!」
「そりゃ、そっか。…小島が不憫だな」
「あぁ」

修司も笑い出してしまった。

「それで、お嬢様は、地島との時間を楽しんでるんだな」
「あぁ。今は、地島にべったりだ。夏休みの間、ずっとな」
「お嬢様がべったり…というより、地島がお嬢様に、べったり…だと
 俺は思うけど……。……で、もし、二人が外出中に狙われたら
 地島は、どうするつもりなんだよ。…お嬢様の前では喧嘩嫌い
 格闘技出来ない…男なんだろう?」
「逃げるそうだ」
「逃げる???」
「あぁ。敵から真子を守りながら逃げ切るそうだぞ」
「喧嘩っ早い男が、逃げる体勢なんか、出来るんか?」
「どうだろうな。…まぁ、常に桂守さんが付いてくれてるけどな」
「そういう所は、抜かりないな…小島は」
「それが、小島…だろ?」

慶造が得意気に言うと、

「そうだよな…昔っから」

修司も得意気に応えた。





政樹の車が商店街専用駐車場に停まる。
政樹は素早く運転席を降り、助手席のドアを開け……た途端、真子に蹴りを入れられた。

「すみません!! つい…その…癖で…」

平謝りの政樹に、真子はふくれっ面。

「ドアは開けること出来るの!! もうっ!」
「すみません」

真子が車から降りてきた。
思わず身構える真子。

「どうされました? 安全ですよ?」
「ごめんなさい。…その…ここでね…昔…真北さんが狙われて、
 凄く大変な事になったから……思い出してしまって…」

震える真子に気付いた政樹は、真子の目線にしゃがみ込み、真子の頭をそっと撫でた。

「今は大丈夫ですよ。狙われやすい真北さんは、居ませんから」
「でも…私を狙って…」
「大丈夫です。どこから観ても、阿山真子とは気付きませんよ」
「本当?」

真子が潤んだ眼差しで政樹を見つめ、ちょこっと首を傾げて尋ねると、

やばい…。

政樹は何故か目を反らす。

「まさちん??」
「で、で、では、先に文房具屋へ…」

何かを誤魔化すかのように政樹は立ち上がり、真子の手を引いて商店街のアーケードへ向かって歩き出した。突然の政樹の動きに真子は驚いたものの、政樹の手から伝わる優しさに、真子は心を落ち着かせていた。
ギュッと握り返す真子。
政樹は真子に振り向き、笑顔を見せた。



真子と政樹は文房具屋で、クレヨンを買い、そして、必要な筆記用品も一緒に買った。
文房具屋を出た途端、

「次は、どちらですか?」

政樹が真子に尋ねる。

「クッション売ってるところ!」
「クッションですか………それでしたら、布団屋さんですね」

政樹は真子の手を引いて、商店街を歩いていく。

「猫柄…売ってそうにないですね」

布団屋の前に立った政樹が呟いた。

「…まさちん、青色が好きでしょう?」
「え、えぇ、まぁ」
「薄い色? 濃い色? それとも……」
「青系統なら、どんな色でも好きですよ」
「柄がある方が好き?」
「どちらかと言うと、無地が好みですね」
「無地……柄が無いものだよね?」
「え、えぇ」
「ふわふわした方が気持ちいいから……」

そう言って、真子は布団屋の中へと入っていく。

「あっ、お嬢様!!」

慌てて追いかける政樹。
この時、真子の思いに気付いていなかった。
いつもなら、鈍感ではないのだが…。
真子の言葉を女性が言うと、その女性が何を考えているのか解るものの、相手は真子だからなのか、それには気付くことが出来ずに居た。政樹が真子の思いに気付いたのは、レジで真子が会計を済ませた後に見せた、笑顔を観てからだった。

「お待たせぇ」
「お嬢様…まさか…」
「これ……お部屋で使ってね。…えいぞうさんから聞いたけど、
 部屋は殺風景で、何も揃えてないって…」
「必要な物は揃ってますよ?」
「クッションもあると思うけど……その……お礼…」

はにかんだ表情で、真子はクッションの包みを政樹に手渡した。

「いつもありがとう。これからもお願いします」

お嬢様……。

「……これくらいしか出来ないけど……その…」

真子が照れたように呟いた。

えっ???

その途端、真子は手渡したクッションの包み毎、政樹に抱きしめられていた。

「…こんな俺の為に……お嬢様……。ありがとうございます。
 俺なんか……お嬢様……」

本当の思いを告げられずに、政樹は言葉を詰まらせる。

「まさちぃぃん、みんなが観てるよぉ!」

真子の言葉に我に返ったのか、政樹は慌てたように真子から手を離した。

「す、す、すすすみませんっ!!」
「もぉ〜。……帰ろ!」
「はっ」

真子に促されて歩き出す政樹。
その腕には、真子からもらったクッションの包みが大切そうに抱えられていた。


商店街のアーケードを抜ける寸前、

「お嬢様、まさちんっ! 珍しい…」
「むかいん!」

食材の買い出し帰りの向井が二人の姿に気付き、声を掛けてきた。

「凄い量〜。それ、料亭の分なの? いつも届けてもらうんでしょう?」
「えぇ。それが、急な団体客が来られて、足りなくなったんですよ」
「歩いてきたの?? 送ろうか?」

真子が運転するわけじゃないが、ついつい、口にしてしまう。

「あっ、いえ…その…おやっさんと一緒なので…」

少し遠目になる向井。真子と政樹は向井の目線に合わせるように、目をやった。
そこには、八百屋の親父と話し込む笹崎の姿があった。

「お話…弾んでるみたいだね」
「えぇ。…というより、料亭に戻りたくないみたいでして…」
「どうして?」
「その…おやっさんが苦手な客なので…」
「ささおじさんにも、苦手な人が居たんだ…」

その言葉が聞こえたのか定かでないが、笹崎が真子達の方に振り返った。
真子の姿に驚いたような表情をして、八百屋の親父と話を直ぐに切り上げ、駆けつけてきた。

「涼、すまんな。真子ちゃん、まさちんと買い物だったんだ」
「はい。クレヨンが足りなくなったので…」
「絵日記のクレヨン?」
「はい。その………たくさん描きすぎてしまって…」

照れたように真子が言うと、笹崎は優しく微笑んだ。

「ささおじさんの運転なの?」
「そうですね。車でないと、この量は持って帰るのは
 疲れますからねぇ」
「でも、むかいんなら、持って帰りそうだよ? これの倍はいつも」
「お嬢様ぁ!!」
「そりゃぁ、本部の人数は、料亭のお客様よりも多いですからね」
「あっ、そっか……。むかいんの買い物が大変なのが解った…。
 ねぇ、むかいん」
「大丈夫ですよ。まさちんに運転…それは、慶造さんに怒られます」

………既に、使ってるくせに…。

政樹は、敢えて何も言わなかった。
笹崎が笑いを堪えている。
どうやら、笹崎も知っている様子。

真子が学校に行ってる間、買い出しの時は政樹に頼み、運転手をしてもらっていた。
特にすることは無い為、政樹は快く引き受けていたが…。
なぜ、真子に内緒なのか、まだ、理解できていない。

「…まさちん、それは?」

向井が、政樹の腕にある包みに気付き、尋ねると、

「お嬢様から……」

照れたように応えた。


四人は、駐車場へとやって来る。
笹崎と向井は、笹崎の車に、真子と政樹は、政樹の車にそれぞれ歩み寄り、向井は、トランクに荷物を積み込む。政樹は後部座席に真子からもらった包みをそっと置いた。
そして、それぞれが、車に乗り込もうとした。
その時だった。
向井の表情が急変し、何かに反応したように振り返った。

「涼っ」

笹崎も、その何かに気付いたのか、向井を引き留めるかのように、声を掛ける。

「おやっさんが行うと、慶造さんに怒られます」
「狙いはお嬢様だろう? お嬢様が怪我をしたら、そっちの方が
 俺は恐ろしいけどな」
「それは、解りますが……」
「涼が手を出したら、それこそ、お嬢様が怒るだろ!」
「しかし…っ!!!」

その何かの気配が消えた。

「桂守さんが…付いていたのか。…小島くんも抜かりないな」

笹崎は安心したような笑みを浮かべて、真子と政樹の方を見つめた。
しかし、その表情が険しくなる。
真子が、何かに怯えるかように体を横に振っている。政樹が落ち着かせようとしているが、それは全く効果を見せない。
笹崎は気を集中させた。

「敵の動きは、プロですね」
「桂守さんに気付いての行動か…」

向井と笹崎は同時に車を離れ、真子の方へと駆け出した。

二人を狙うかのように、何かが足下で弾けた。

サイレンサー…?

二人は咄嗟に避け、地面を転がった。
体を起こした時だった。

「まさちん、逃げてっ!!!」

真子の声が、辺りに響き渡った。




政樹は運転席に座ろうとした時、真子が突然、震えだした。

「お嬢様、どうされました?」
「……何かが居る……狙ってる…」
「えっ?」

政樹は、気を集中させた。
確かに、異様な気配を感じる。
しかし、すぐに、それは消えた。

例の男が…?

そう思ったのも束の間。真子が更に激しく何かに怯えてしまう。

「駄目……駄目……。もう……いやなの……やめて…」

真子の呟きが解らない。
政樹は、真子の肩を押さえた。
しかし、体を振って、それを拒まれる。
真子が顔を上げた。
その目からは、滝のように涙が流れていた。

「お…お嬢様……」
「もう、観たくない…私を守って………!!!」

真子は助手席のドアを開けて、外に飛び出した。

「お嬢様!」

政樹も助手席から上手い具合に飛び出し、真子を抱き留める。

「危険です」
「大丈夫! 自分のことは自分で守れる。でも、まさちんは…」
「私も、自分のことは自分で守れます」
「私も守るつもりでしょう!」
「それが、私の役目です」
「そんなの、私は嫌なのっ!!」
「お嬢様…。逃げる…それが、私の方法ですよ? 怪我なんか
 絶対にしません」
「それでも、この気配は……」

真子が、目を見開いた。そして、

「まさちん、逃げてっ!!!」

そう叫んだ途端、真子は何かにしがみつくかのように、腕を伸ばした。
政樹は、自分が押し退けられ、地面に倒れた事に気付いた。

えっ?

慌てて振り返ると、そこには、大柄の男が、真子に腕を押さえられている姿があった。

「お嬢様っ!」

自分の声と誰かの声が重なった。
ふと目をやると、向井と笹崎が駆け出す姿があった。

「むかいん、ささおじさんとまさちんをお願いっ!! 連れて逃げて!」
「できません!!」
「駄目! もう、誰も……誰も、血で染まって欲しくないのっ!!!」

そう言いながら、真子は大柄の男を、いとも簡単に背負い投げした。

なっ?!

政樹は驚いた。
どこにそんな力があるのか。
自分よりも大きな男の体を、自分よりも小さな体である少女が、背負い投げをした。
もちろん、驚いたのは、政樹だけでなく、投げられた男もだった。
背中から地面に着地し、直ぐに体勢を起こしたものの、真子のオーラに気圧されてしまう。
しかし、男は体が自然と動くのか、手にした銃を真子に向けていた。
引き金を引く。
放った銃弾は、何かに跳ね返された。
男は、目の前に来た人物に視線を移した。

「……てめぇ……俺を狙うとは……」

低い声で静かに言ったのは、笹崎だった。
そのオーラこそ、体の奥底に眠らせたもの。

「…そして、誰の命令だ? お嬢様を狙うとは……死に値する行為だが…」
「小島、息子…大切にする…この娘」

片言の日本語で応える男は、笹崎に銃を向けたが、その銃が急に軽くなった。

「(自分の武器は、ちゃんと身に付けておけ…)」
「(!!!)」

笹崎の手には、刃の長いナイフが!
それは、男が体に隠し持っていた武器だった。

「(身に付けていたものを、どうやって!!)」
「(秘密だ……。で、小島隆栄の息子である栄三が大切にしてる
  その娘を狙って、どうするつもりだ? …その娘に付いている
  別の男を撒いてまで、この街で…何をさらすつもりだ……あ?)」

笹崎の言葉に恐怖を感じたのか、男は、思わず尻餅を突いてしまった。

「おやっさんっ!!」

その声に我に返った笹崎は、背後に風を感じた。
足下で誰かが倒れる。
どうやら、他の男が、笹崎を狙ったらしい。
しかし、なぜ、倒れている?
ふと目線を移すと、向井が政樹を守りながら、何かに手を伸ばしていた。
向井が手を伸ばす先、そこには、小さな女の子の姿があった。

お嬢様…?

そう、それは、真子だった。
真子は、笹崎に向かっていく男に気付き、素早く拳と蹴りで敵を倒していた。
そのまま、別の所へと駆けていく真子。
その先に、新たな男が舞い降りた。
真子に振り下ろされた鉄パイプ。真子は簡単に避けて、男の腹部に拳を連打。
まるで、慶造の攻撃を観ているように、錯覚する。

やはり、血筋か…。

そう思いながら、笹崎は、話を聞いていた男に、目にも止まらぬ早さで蹴りを見舞う。
男は気を失った。
真子に目線を移す。
真子は、怒りと哀しみに満ちた眼差しで、倒れた男を見下ろしていた。

もう……いやだ…。

真子の口が、そう動いた。
笹崎は、真子を見つめていた。
その後ろ姿に、
懐かしさを感じていた。

「お嬢様っ!」

政樹が、向井の手を振り切って、真子の所へと駆け出した。

「来ちゃ駄目っ!」

真子が叫ぶ。
その時だった。

政樹は、真子を抱きかかえ、地面を転がり、車の影に身を隠した。
真子達を追いかけるように、地面で何かが弾けた。
真子は政樹の腕の中に居ることに気付いた。
目を開け、政樹を見上げる。
その眼差しこそ、今まで自分に見せたことのないものだった。

どうして…?

眼差しから感じる雰囲気に、何かが含まれている。
それは、守る者が発するオーラ。
八造から強く感じるものと同じものだった。

だって、この人は…。

政樹の腕に力がこもる。手のひらは、真子の頭を守るように広げられていた。

「まさちん…」
「まだ、駄目です」

政樹が強く言うと同時に、政樹の体で、真子の体が包まれる。

「やだ……まさちん……私を守らないで…」

その呟きは、政樹の耳に届いていなかった。
人が倒れる音、何かが飛び散る音が、聞こえてくる。
政樹は、それらの音を真子に聞かせないようにと、真子の体を包み込んでいた。
向井に言われた。


お嬢様は、俺のこの手は料理のためだと言った。
その思いは守りたい。それに、笹崎さんの手も
もう、血で染めたくない。…これは四代目の思いだ。
……敵は未だ、残っている。
そう言う場合は、俺が…そう心に決めている。
だから、お前は、お嬢様を守ってくれ。
そして、この後に起こる光景を見せないように…
聞かせないように……しておいてくれ。


向井の言葉の通りに行動する政樹。
真子の体を隠す為に、自分も俯いている。
周りで何が起こっているのかは、聞こえてくる音で解っていた。
自分も相手に向けたことがある行動。
人を人とは思えないほどの形に変えてしまう行動。
その行動を誰がしているのか、それは解らない。
人の足音に政樹は顔を上げた。

「終わったぞ」

向井だった。

「…あぁ」

向井の体は、綺麗だった。
ただ、土の汚れが付いているだけ。

「敵…は?」
「去っていった」
「えっ?」
「お嬢様は?」
「ここに………。……眠ってる…」

真子は、政樹の腕の中で、いつの間にか眠っていた。

「この状況なのに、どうして、穏やかな表情で…眠ってるんだ?」

政樹が不思議そうに尋ねると、

「それは、まさちんの心のお陰だ」

向井が、そっと応えた。

「俺の心…?」
「あぁ。お嬢様の思いを守ろうとした…その心に、
 お嬢様が安心されただけだよ」
「…そうか……。…それにしても、お嬢様は…」
「大柄の男を背負い投げ…そりゃぁ、お嬢様は護身術を
 身に付けてるし、格闘技もほとんど経験済み」
「だから、自分で自分を守れるという言葉が…」
「…守られてるんだよ…俺達が」

向井の言葉に、政樹は何も言えなくなった。

「ほら、早く帰れよ」
「…しかし、むかいんと料亭の御主人が…」
「おやっさんも大丈夫。……お嬢様を守る男達が
 ……駆けつけてだな……その…」

呆れたような眼差しで、ちらりと遠くを見る。
そこには、栄三と健の姿があった。

「あの二人…手加減知らんから…。…まぁ、お嬢様が
 眠られていて良かったよ。…あの姿を知られたら
 それこそ、…お嬢様の怒りが爆発するからなぁ」

困ったようにポリポリと頭を掻きながら、向井が言った。

「…まぁ、あれだ。四代目の怒りにだけは覚悟をしておけよ」
「すみませんでした」
「お嬢様の手を煩わせるなよ」
「……はぁ……では、これで」

政樹は、真子を助手席に座らせて、栄三達の方に振り向き、一礼する。
栄三は軽く手を挙げて、それに応え、いつにない真剣な眼差しをして、遠くを見つめた。
笹崎の車が駐車場を去っていく。それに続いて、政樹も駐車場を去っていった。
去り際、いつも付いてくる男の姿があった。
バックミラーで男の姿を確認する。
男は、栄三に何かを告げて、姿を消した。
政樹の車に付いてくるように走っている。

栄三の…知り合い?

政樹は、桂守の正体に疑問を抱きながら、駐車場での事を思い出す。
アクセルを踏む。ハンドルを握りしめる手が、汗ばんでいた。

向井の言葉の意味を理解した……。





政樹の車が本部の門をくぐってきた。
その途端、本部内がざわめき始める。
政樹は、玄関前に車を停め、助手席に回る。そして、真子を抱きかかえた時だった。

「まさか、お嬢様に…」

玄関に集まった組員達が口々に、真子のことを心配し始める。

「お嬢様には怪我は無い」

政樹は、短く応えて真子の部屋に向かって行った。



真子の服を着替えさせ、ベッドに寝かしつける。
布団を被せ、大きく息を吐いた。

あんな連中…初めてだ。
その連中に狙われてる阿山組に仕掛けても、
俺達の方が、やられてしまうんじゃないのか…?

政樹は真子を見つめる。ふと、向井の言葉を思い出した。

お嬢様の思いを守ろうとした…その心に、
お嬢様が安心されただけだよ。

ベッドに寝かしつけられても、真子の表情は穏やかだった。

それ程まで、俺のことを…。
俺の本当の姿を知ったら……。

再びため息を付き、立ち上がる。
その時、ドアがノックされ、

『地島、四代目がお呼びだ』

勝司の声だった。
その声は、今まで耳にしたものよりも低い。

「はい」

政樹は真子の部屋を出て行った。




慶造の部屋。
慶造の前には、政樹が深々と頭を下げて座っていた。ドア付近に座る修司は、二人の様子を見つめていた。

「お世話係が守られて…。それでも、暴れ好きの男か?
 いくら、何も出来ない男を演じていても、時と場合によるだろが」
「申し訳御座いませんでした」

畳に額を押しつけるように頭を下げる政樹を見つめながら、慶造は煙草に火を付けた。

「逃げる前に真子に守られた…か。…本当に、暴れ好きの
 北島政樹…なのか? 真子に腑抜けにされた訳でもないだろが。
 まさか……俺の怒りを買うために、真子を利用しようと…」
「それは御座いません。ただ、…あのような敵を初めて
 目にしたので、身構える前に…」
「あぁ、そうだ。俺達、阿山組はな、あぁいう連中を
 相手にしてるんだ。…砂山のような小さな組を相手に
 している状態ではない」

その言葉に、政樹はカチン…。

「お言葉ですが、組長。そのような連中だけを相手にして、
 他の組に目を向けないから、砂山親分に目を付けられるんですよ」
「…そうだな。小さな隙間を狙われる……だからこそ、真子の
 お世話係として、潜り込むことが可能だった…という訳か」
「ええ。…お嬢様に対しては、本当に無防備ですね。
 いつでも狙ってください…そう言ってるようなものですよ」
「いつでも狙えるなら、なぜ、直ぐに実行しない?」
「そ、それは…」

政樹は、それ以上何も言えなくなった。

「はぁ……。真子と過ごしている時間、地島は、何を考えている?」
「どうすれば、お嬢様が恐れずに日々…笑顔で過ごせるのか…」
「……そうか……」

そう言って、慶造は煙草をもみ消した。

「猪熊」
「はっ」
「誰も近づけるな」
「人払いしておきます」

修司は慶造の部屋を出て行った。

「…さてと。…真子が恐れない為には、必要な事がある。
 地島……解るか?」
「…今回のような事が無いように…」
「そうだ。いざというとき、今回のように、真子に守られてばかりでは
 …お前自身も苦しいだろが」
「はい」
「本来の自分を見せろ」
「しかし、それは」
「猪熊に道場から人払いを頼んである。誰も居ない。
 俺と地島の二人っきりだ。それなら、本領発揮できるだろう?
 遠慮することはない。…真子のお世話係続行を賭けて
 俺と手を合わせろ」
「……組長、それは、できません」
「親に手を挙げられないとでも言うのか?」
「その通りです。いくら、あなたの命を狙っているとはいえ、
 ここでは、親でございます」
「その親の命令に背くつもりか?」
「この場合は従えません」
「……なら……北島政樹としてなら、どうだ?」
「組長……」

政樹は膝の上で拳を握りしめた。



(2006.7.5 第八部 第十六話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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