任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第三話 決意

『阿山組の娘、誘拐される』

『敵対する砂山組組員・北島政樹、流れ弾に当たり死亡』

『一連の抗争に終止符か?!』

このニュースは、こんな所にも広がっていた………。



事件から一週間が経った。
真子の熱も下がり、一安心。
取り敢えず、医務室を出ても良いと許可をもらったら、もちろん、真子の口から出る言葉は決まっている。

「……ねぇ、まきたん」
「まきたんと呼ぶなら、返事しませんよ」

春樹はふくれっ面。
春樹の表情を真似て、真子もふくれっ面になる。そして…、

「…真北さん」
「はい」
「駄目?」

真子が上目遣いで春樹に尋ねる。
春樹は、その眼差しに弱い。
真子が言いたい事は解ってる。
その眼差しを観た途端、首を横に振る事でも縦に振ってしまいそうになる。
それをグッと堪える春樹は、思わず真子を抱きしめる。

「もう暫くは、我慢してください」
「でも…お勉強が遅れる…」
「その間は私が教えますよ」

と言いながら、真子を更に抱きしめる春樹。

「真北さん、痛いよぉ」
「駄目ぇ〜離しませんよぉ」
「うがぁん、まきたぁぁん〜」

真子の声が春樹の胸元で籠もる。

「駄目ぇ〜」

春樹は、何故か、真子に付きっきり……。
それもそのはず。
ほんの少しの間だが、真子から離れていた事が、拍車を掛けてしまったらしい。
帰国した途端、真子の身に起こった事件で、真子に対する思いは、更に強くなる。



「……本当に、離れないな…」
「仕方ないでしょ。謹慎と言われてしまったら、
 真北さんは、他にすることないでしょうからねぇ」
「だからって、真子を離さないのはなぁ」

真子と春樹の様子を見つめるのは、慶造と美穂。
事後処理を終えたのは、事件から五日後。その頃には、真子の体調も戻り、組内も少しは落ち着いていた。
その日、春樹は上からの命令で、謹慎処分を受けた。
それは、海外での事、そして、事件のことで春樹にかなりの負担が掛かったと判断した春樹の上司が、春樹のことを考えて、下した処分。
もちろん、春樹は怒りをぶつけた。
しかし、上司は、頑として意見を変えなかった。
根負けしたのは、春樹の方だった。
思いっきり肩の力を落として、阿山組本部に戻ってきた春樹。
組員が挨拶をしても返事をしない。
慶造が春樹に声を掛けても、何も応えない。
そこへ美穂が声を掛けた。

「真子ちゃん、たいくつしてるわよぉ」

真子の名前を耳にした途端、春樹の表情に生気が漲った。そして、そのまま医務室へ足が向き…。
真子が医務室から出ても良いと許可をもらうまで、春樹は真子の側から離れなかった。
……医務室を出ても、春樹は真子の側から離れない……。

「それでもなぁ……暫くは、動かないつもりだが…」
「…栄三を連れ戻して欲しいなぁ」

美穂が言った。

「今は無理だ」
「八造くんが、落ち着いて仕事できないでしょぉ?」
「その辺りは、話し合ったらしいから、心配いらん」
「…私は心配だけど…それ以上に……」

慶造と美穂は、少し目線を動かした。
そこには、政樹の姿があった。
真子と春樹が二人の時は、二人から、距離を取っている。
その時間が多くなり、政樹は暇をもてあましていた。

「これ以上、真北の行動が続くなら、地島を教育するしかねぇな」
「それは、真子ちゃんだけでなく、勝司くんも怒るわよぉ」
「仕方ないだろ。地島がここに居る条件は、真子の世話係だぞ。
 あれじゃぁ、仕事になってない」
「暫くは、いいんじゃない?」
「しかしだな…」
「真子ちゃんが愚図ってるのは、学校に行きたい…でしょぉ」
「まぁな」
「どうなの? 学校の方は」

美穂が静かに尋ねると、慶造は言いにくそうな表情をする。

「…応えなくても、その表情で解るわぁ…」
「…あのな…」
「慶造くんも、心配なんでしょ?」

美穂の言葉に、慶造は何も応えず、春樹と戯れる真子を見つめていた。

「そうだな…。俺のことで、真子に影響する可能性が高いからな。
 学校を楽しんでいるのに、…また、嫌な思いをさせるのは…。
 真北と同じで、学校に通わせるのは反対だな…」
「それだと、真子ちゃんの笑顔が減るわよ。…いいの?」

慶造は口を尖らせた。
それは、まるで、春樹の仕草のようで…。
何を思ったのか、慶造は政樹を呼び寄せる。
慶造の仕草に気付いたのか、政樹が素早く歩み寄ってきた。

「真子のことは、暫く真北に任せておけ」
「しかし、私の仕事は…」
「その間、お前に教える事がある。来い」
「は、はっ」

慶造は政樹を自分の部屋に連れて行った。

「あららぁ、ばれたら、それこそ、慶造君が大変でしょぉがぁ」

そう呟いて、美穂は、真子と春樹に目をやった。
二人は、慶造と政樹の行動に気付いていないのか、はしゃぎまくっていた。

まぁ…暫くは…いいか…。

美穂も仕事に戻っていった。




真子を寝かしつけた春樹は、真子の部屋からそっと出てきた。そして、隣の政樹の部屋を尋ねた。

「地島」
「はっ」

政樹が部屋から出てくる。

「……あれ? この時間はオールナイトじゃないのか?」
「暫くは、出掛けるのを控えております」
「もう、心配ないのに?」
「心配だからです。誰が襲ってくるか…そして、俺の事に気付くか…。
 その事を考えると、外出は控えるべきかと」
「大丈夫だって。俺が保証する」

経験済みの男が言うと、確信できるが…。

「あなたと私では、事情が違いますから…。俺には敵が…」
「ん???」
「あっ、いえ…すみません」

記憶…無いって、言ってたっけ。

政樹は言葉を濁した。

「真子ちゃんは眠ったから。暫く、ええか?」
「暫く…とは?」
「ちょっと、気になることがあるんでな。その間の暫くだ」
「かしこまりました」
「よろしく」

そう言って、春樹は去っていく。
政樹は、真子の部屋へと入っていった。
真子は静かに眠っていた。寝顔は、とても穏やかだった。
フッと笑みを浮かべた政樹は、真子が呼べば直ぐに動ける場所で待機する。
まだ、怖い夢を見ることがある。
そのときの事も兼ねていた。



春樹は、縁側にやって来る。
もちろん、そこには、慶造の姿があった。

「地島に何を教えてるんだ?」

春樹が尋ねた。

「組のこと」

慶造は即答する。

「それだけは、させないんじゃなかったのか?」

そう言いながら、春樹は慶造の隣に腰を下ろした。

「そのつもりだったが、暇かなぁ…と思ってな」

慶造は煙草に火を付ける。
そして、ゆっくりと煙を吐き出した。
空に登っていく煙を目で追う春樹。

「真子から離れろ」
「俺の方が暇…だからさぁ」

春樹は静かに言った。

「真子ちゃん…学校に行きたがってるぞ。…どうする?」
「世間の目は、真子に厳しすぎるだろ。…山本……」
「あいつは、教師になる男だ。もう無理だな」
「八造は…」
「大阪での仕事が終わってない。むかいんは、料理、栄三は無理。
 ……地島は、どうなんだろうな。…中学中退だろ」
「それでも、出来は良いみたいだな」
「そうだろうな。でも、教えるのは、無理だろ」
「かもな…」

慶造は、煙草をくわえながら、寝転んだ。

「跡目……。その事を考えると、地島にも教育が必要かと思ってな」
「……お前の代で終わりにするんじゃなかったのか?」
「その予定だったが、今回の事で狂ったさ…」
「くまはちが、奮闘してるんだろ? 安心しろって」
「……九州方面の動きが変化した」
「そうみたいだな」

春樹も慶造と同じように寝転んだ。

「それで……どうするつもりだ、慶造」

静かに尋ねると、

「…なるように…なるだろ」

そう応えるだけだった。

「はいはい。心配した俺が、あほだった」

軽い口調で春樹が言った。

「気…抜きすぎだ…」

慶造が呆れたように、そう言った。

「真子ちゃんの通学は……」
「ん?」
「…真子ちゃんに任せるつもりだが、……それでええか?」

春樹の質問に、慶造は煙草を吸い終わるまで応えなかった。
吸い殻を灰皿でもみ消し、そして、

「お前に、任せるよ」

静かに応えるだけだった。

あくまで、俺…なんだな。

そう思いながら、春樹は夜空を見つめていた。
慶造も同じように夜空を見つめている。
そのまま二人は、何話すことなく、朝を迎えていた。





春樹の車が街の中を走っていた。
助手席には政樹の姿があり、そして、

「ねぇ、ずっと一緒なの?」

後部座席には、制服を着た真子の姿があった。

「そうですね。学校内での事を考えると、校長先生も
 そうした方が良いだろうと、仰ってましたからね」

春樹が笑顔で応えた。

「でも……」

そう言って、真子は助手席の政樹に、ちらりと目線を送る。

「その方が安心ですから」

政樹は笑顔で応えた。

「…ありがとう、まさちん」

政樹の笑顔につられるように、真子も笑顔で言った。

「まきたん…」
「真北です」
「…………大丈夫…だよね……」

静かに真子が言う。
その言葉に、春樹も政樹も何も応えられなかった。

「真子ちゃん、到着ですよぉ」

雰囲気を変えるかのように、春樹が言った。
車は、真子が通う学校の門をくぐっていった。



車から政樹が降り、後部座席のドアを開け………。

「もぉぉぉっ!!」

真子がふくれっ面になりながら降りてきた。

「すみませんっ!」

と政樹が言うと同時に、真子の蹴りが政樹の脛に入る。

っつー!!

痛かったものの、それを我慢する政樹。

「ほな、地島、頼んだで。職員室が先やからな」
「かしこまりました」
「真子ちゃん、あまり無理しないように」
「大丈夫だもん。まきたん、行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」

真子は笑顔で春樹に手を振って、校舎に向かって歩いていく。政樹は春樹に一礼して、真子を追っていった。
真子は角を曲がるとき、春樹に振り返り、手を振る。春樹も手を振り返す。
そして、真子と政樹の姿は校舎へと消えていった。

「ふぅ……」

春樹は息を吐き、座席にもたれかかった。

「地島に……任せるか…」

そう呟いて、サイドブレーキを下ろす。そして、アクセルを踏んだ。




事件から十日が経った頃、真子の笑顔が更に減っていた。
真子は春樹にお願いし続ける。
しかし、春樹は、駄目だと言い続けていた。

真子は、学校に行きたくて仕方がない。
なぜ、駄目だと言われるのか、真子には理解出来なかった。
真子が理由を求めた。
春樹は、その理由を言いたくても言えない。
それを笑顔で誤魔化していたのだが………。

「…まきたん…嫌い…」

真子が小さく口にした。
その言葉に、春樹が激しく衝撃を受けたのは、言うまでもない。
その二人のやり取りを観ていた政樹が、業を煮やして、真子に告げた。

「事件のこと、お嬢様は御存知ですよね。その事件のことで
 お嬢様へのみんなの目が心配なんですよ」
「やくざの娘だから?」
「はい。お嬢様が一番嫌うこと。そして、周りの心ない言葉で
 お嬢様が傷つくのではないか…そう思って、真北さんは…」
「地島っ」
「本当のことでしょう? それを隠す必要はありません。
 隠せば、益々、お嬢様の笑顔が…減りますよ」

政樹の言葉に、春樹は何も言えなくなる。

「お嬢様。それでも、学校に行きますか? 今までよりも
 もっと、冷たく、心ない態度が、周りにあるんですよ?
 その事で、お嬢様の笑顔が更に減ると思うと……私も
 真北さんの意見に賛成なんです」
「…まさちん……」
「そんな思いをしてまで、学校に通うことは…」

真子の頬を、一筋の涙が流れた。

「解ってるもん。…まきたんの気持ちも……まさちんの気持ちも。
 事件の事で、周りが、どう思うのかも……解るもん。更に怖いのも
 解る……。でも……学校で学ぶ事は別だもん。…もっと…もっと
 色々なことを知りたいもん。………それでも………行きたい…」

真子の声は震えていた。

「!!! お嬢様っ!」

と、春樹の行動よりも先に、政樹が真子を抱きしめていた。

「お嬢様の気持ちも解ります。…学校が楽しいと仰った事も。
 ですが、それ以上に、周りの目が気になるんです。
 お嬢様に冷たく当たるような……」
「まさちん…」

だって、俺が……。

真子を抱きしめる手に力が入る。
それに気付いた春樹は、政樹の思いにも気付いていた。




春樹の車が本部に戻ってきた。組員達に出迎えられ、駐車場へと車を走らせる。
車から降り、玄関へ向かって歩いていくと、そこには、慶造の姿があった。

「何処に行く?」

慶造の服装を見て、春樹が嫌な表情をして尋ねた。

「私用だ」

そう応えて、目線を移した所には、修司と隆栄の姿があった。

「おはようございます。…暫くは外出を控えていただきたいのですが…」

春樹が言うと、

「私の自宅ですから」

修司が応える。

「それなら、何も言いませんが、あまり目立つような行動は
 私の手が届かない時期は、やめてくださいね」

笑顔で言う春樹だが、その表情は、ちょっぴり引きつっていた。

「心得てますよ」

修司も笑顔で応えた。

「真子は?」
「今は授業中」
「大丈夫なのか?」
「それを知るために、地島を同行させたんだろが。
 夕方まで待てや」
「それまで、戻らんからな。行くぞ、修司」
「…って、俺は無し??」

隆栄が言うと、

「オマケだろが」

そう言って、裏口へ向かって三人は歩いていく。

「ったく…」

春樹は踵を返して駐車場へ向かう。

「あれ、真北さん、どちらに?」
「仕事」

短く応えて、春樹は車に乗り、本部を出て行った。

「仕事って、四代目から謹慎って言われたはずなのに…」

春樹の本来の立場を知らない組員には、砂山組との抗争で、春樹が取った行動から、慶造が謹慎を下したと伝えている。
春樹が向かったのは………。





真子と政樹は職員室の前にやって来る。
真子は、立ち止まってしまった。

「お嬢様」
「大丈夫」

政樹の言葉を遮るように真子が言った。
グッと拳を握りしめ、そして、その拳をドアに向けて…。

「お嬢様」
「なに?」
「手の形が違います」
「えっ? …あっ!」

ドアをノックする形ではなく、殴る形になっていた。
真子は慌てて形を変えて、ドアをノックしようと……。
職員室のドアが開いた。

「!!! 先せ…って、うわっ!!」
「阿山さんっ!!!」

真子の声がドア越しに聞こえていたのか、真子の担任が勢い良くドアを開けて、真子の姿を見た途端、真子を抱きしめてしまった。
いきなりの事で、真子は驚いたものの、担任の気持ちは、以前、嫌と言うほど知ったので、何を思い、そして、このように抱きしめているのか、解っていた。

「良かった…本当に……良かった…」

担任の声は震えていた。
突然の行動に、政樹は目が点になっていた。

「あの…先生……その……」
「無事で良かった。…今日、来るってお父さんから聞いたから…」
「お父様が?」

真子は、後ろにいる政樹に目をやった。
政樹は首を横に振るだけ。

もぉ…。

慶造の気持ちが伝わった瞬間だった。

「あの…先生。授業の時間が…」
「あっ、そ、そうね。ごめんなさい。その……」

担任は、真子の後ろにいる政樹に気付いた。政樹は深々と一礼する。

「お父さんからお聞きしていますよ。授業中は、教室の
 後ろでよろしいでしょうか」
「あっ、いえ、その…直ぐに動ける場所で、授業に
 支障が出ない場所を希望します」
「ちゃんと用意してますよ」

にっこり微笑んだ担任は、素早く涙を拭いた。



真子と担任が並んで廊下を歩いていた。その後ろを政樹が静かに付いていく。
教室が近づくにつれ、真子の表情が少し強ばっていく。
政樹は心配だった。
クラスメイトが、真子に、何を言うか…言葉によっては、相手は小学生でも…。
真子の笑顔が減る事だけは、どうしても、避けたい。
その思いが更に強くなっていく。


真子は、後ろのドアから教室に入っていく。ドアを開けた途端、クラスメイトが一斉に振り返った。

「あっ…その…おはようございます……」

生徒達の視線が気になったものの、取り敢えず、挨拶を……。

「阿山さんだ!!」
「阿山さん!」
「来た!!」

生徒達は口々に真子の名前を呼び、真子へ駆け寄ってきた。

えっ? えっ?!

誰もが柔らかい眼差しで真子を見つめている。中には涙ぐんでいる生徒もいた。

「あの…その…」
「みんな心配してたのよ」

そう言ったのは、一人だけ席に着いたままの、桜小路麗奈だった。

「心配?」
「もう、逢えないのかと思ってたのよ」

冷たく言う麗奈だが、その眼差しは、とても温かかった。

桜小路さん…。

「ほらほら、席に着く! 授業始めますよ」
「はぁい」

担任の言葉で、生徒達は、それぞれ席に着いた。
真子は驚きながらも、席に着く。そして、政樹に振り返った。
政樹は、そっと真子に近づく。

「良かったですね」
「うん」

短い会話。
それは、二人の安堵の現れだった。
授業は静かに始まった。政樹は、教室の後ろに用意された椅子に座り、真子の様子を見つめていた。
慶造に報告しなければならないために……。





春樹の車が、とあるマンションの駐車場へと入っていく。
春樹は、マンションの一室にやって来た。
呼び鈴を押すと、

『はい………』

と静かな声が聞こえてきた。暫くして、ドアが開く。

「…なんですか?」

その部屋の主である芯が不機嫌な顔で出てきた。

「暇」

春樹は短く応えて、芯の横をすり抜けて部屋に入っていった。

「誰も、どうぞ…って言ってませんよっ!」
「気にするな」

と言いながら靴を脱ぐ春樹。

「気にするから、言ってるんですよ!」

春樹が脱いだ靴の隣に、靴が一足あることに気付く。

「客か?」
「むかいんですよ」

奥から向井が顔を出す。

「真北さん、どうされたんですか?」
「暇なんでな。むかいんこそ、今日は料亭じゃなかったのか?」
「ぺんこうに食料を頼まれましたので、買い物のついでに
 寄っただけです。これから、料亭に戻ります」
「そうか。いつもすまんなぁ」
「お嬢様に頼まれてますから」

にっこり微笑んで、向井は靴を履く。

「真子ちゃんからなんや、知らんかった」
「…真北さん」

芯が呼ぶ。

「ん?」
「関西に染まりすぎですよ」
「そうか??」
「お嬢様は無事に登校されたんですね」

そう言いながら向井は立ち上がる。

「なんとかな」
「疲れて帰ってきそうですね」
「かもしれん」
「では、力の付くものを考えておきますが、真北さんも
 御一緒にとりますか?」
「慶造も一緒な」
「あれ? 猪熊さんと小島さんと御一緒されるので、今夜は
 必要ないとお聞きしておりますよ」
「それなら、そうしてくれ。俺はそこまで、聞いてへんし」
「はい。では、これで。ぺんこう、ちゃぁんと休めよぉ」
「五月蠅いっ」

向井は笑顔で去っていった。
ドアが閉まる。
春樹は芯を睨んでいた。
芯も春樹を睨み付ける。

「珈琲しか煎れませんよ」
「あぁ」

そして、二人はリビングへと足を運んだ。



春樹の前にコーヒーカップが置かれた。
芯は自分のコーヒーカップを手に、春樹の前に座る。

「ったく、自分で体調管理くらいしとけ」
「してますよ」
「真子ちゃんに気付かれるなよ」
「そこは、不思議なんですよね……なぜ、解るのか」
「真子ちゃんの優しさだろな」
「嬉しいことです」

そう言った芯は、春樹の鋭い眼差しに恐れる事無く、珈琲を一口飲んだ。

「外出禁止じゃなかったんですか?」

芯が冷たく尋ねると、

「ほとぼりは冷めてきた」

春樹は素っ気ない感じで答える。

「だからって…」
「真子ちゃんの送迎担当だ」
「…例の男…地島は、常に側に居ると、むかいんに聞きましたよ」
「真子ちゃんのお世話係だからなぁ、そうなる」
「もう、大丈夫なんですか?」
「それが、地島の意志だ」

春樹の言葉に、芯は唇を噛みしめた。

「ったく。心配するな。だから、俺が離れないんだろが」
「それでも心配ですよ」
「俺が信用ならんのか?」
「なりませんね」

冷たく応えた芯は、珈琲を飲み干した。

「二人は?」
「研修」
「お前は?」
「結果待ち」

短い会話で、終了。
たったそれだけで、何を尋ねたいのか、解っている芯。そして、その短い会話だけで、芯の事が解る春樹。いつまでも、二人の絆は……。

「大丈夫なんですか?」
「…それは、夕方にならんと解らん」
「それまで、耐えられるんですか?」
「だから、地島が一緒なんだよ」
「お嬢様の行動を報告する為だけじゃないんですか」
「まぁな」
「なんか…悔しいですよ…」

芯が小さく呟いた。

「俺も…だよ」

春樹の言葉に、芯は驚いたものの、その感情は表に出さず、自分の珈琲を煎れにキッチンへ向かう。その間、春樹も珈琲を飲み干し、芯を追いかけるようにキッチンへ立った。
キッチンでは、芯が両手をテーブルに突いて、俯き加減で立っていた。
見ただけで解る程、顔色も悪い。

「あのな……」
「気になさらないでください」
「気になるから、言ってるんだろが」
「うるさい…」

怒鳴った途端、芯は座り込む。
春樹は素早く駆け寄り、芯の額に手を当てた。

少し熱っぽい。

「寝ておけ」
「大丈夫です。すぐに…」
「俺が来なかったら、一人で…」

芯は春樹の手を払いのけ、立ち上がった。

「いつものことです」
「芯っ」

一歩踏み出した途端、芯は力が抜けたように倒れる。
春樹が芯を支えた。

「ったく…」

春樹は芯を抱きかかえ、寝室へと連れて行く。
そっとベッドに寝かしつけ、布団を掛けた。

「無理するなよ…」

春樹の声に、芯は片目をそっと開けた。

だから…俺は…。

「……お嬢様を迎えに行く時間までには、戻ってます」

そう言った途端、芯は眠りに就いた。

「たまには……」

俺に甘えてこい…。昔のように…な。

春樹は、芯の頭をそっと撫でる。



芯が、フッと目を覚ます。
枕元の時計を見ると、午後一時を回っていた。

昼……。

体に、少しだるさが残っている。
再び目を瞑った。
寝室のドアが開くのが解った。そして、誰かが近づいてくる。
その気配は、幼い頃に良く感じていたものと同じだった。

兄さん……。



春樹は、氷枕の氷を新しく入れ替えて寝室へやって来た。
芯の頭をそっと抱え、氷枕を置く。

「兄さん……」
「ん? どうした、芯??」

芯は眠っている。

「寝言…か。……フッ。俺としたことが…今更、そういう
 呼び方をするわけないのにな……」

芯の寝言に反応した自分に呆れながら、ベッドの下に腰を下ろす。そして、そこに置いていた本を手に取り、読み始めた。
その本こそ、その昔に目指していた教師関連の書籍。
懐かしみながら、ページをめくっていった。



目が覚めた芯は、起き上がる。
既に、部屋には人の気配を感じなかった。
ゆっくりと体を起こし、寝室を出て行くと、キッチンのテーブルの上に、料理が並んでいた。
香りから解る。
それを作った人物は…。

ったく…。

テーブルの上に、そっと置いているメモに気付いた芯は、そっと手に取った。

『真子ちゃんにだけは、心配掛けるなよ。
 そして、真子ちゃんには、俺が付いてるから、
 お前は、自分のことだけを考えろ。
 ちゃぁんと免許取れよぉ』

「………言われなくても、取りますよっ」

…と、メモに反論する芯だった。





春樹の車が、真子の通う学校の門をくぐっていった。
今朝方、真子が降りた場所に目をやると、すでに真子と政樹の姿があった。
真子が春樹の車に気付いたのか、立ち上がり、笑顔で手を振った。
春樹は真子の近くに車を停める。
真子が車に駆け寄ってきて、自分で助手席のドアを開けて乗り込んできた。

「お姫様、お帰りなさい」
「ただいま、真北さん!」

朝とは違い、真子の声は弾み、表情は明るかった。
それだけで、春樹には解る。
心配することは、無かったのだろうと。

「あのね、あのね!」

真子が、学校であったことを話し始めた。
それは、初めて学校に通った頃に良く見られた事。
真子が話し始めた時、政樹が困ったような表情をしながら、後部座席に座る。

「気にするな」
「すみません」
「それでね、真北さん。まさちんにもね…」

真子の話を聞きながら、アクセルを踏む春樹。時々、後部座席の政樹に話かけて、からかっていた。

「明日からも、同じ状態かもなぁ、まさちん」

いつの間にか、『まさちん』と口にしている春樹。
その変化に、誰も気付いていなかった。

春樹の車が、本部の門をくぐっていった。




その日の夜
真子は、猫電話で芯と話した後、眠りに就いた。

「慶造が帰ってきたぞ」

春樹が真子の部屋に顔を出す。

「今夜も俺が一緒だから、自分の時間を有意義に過ごせよ」
「ありがとうございます。では、失礼します」

政樹は、一礼して真子の部屋を出て行った。
春樹は真子の隣に身を沈める。

「こうやって、一緒に寝るのも、これからは考えないとなぁ」

と言いながらも、真子の体を腕に包み込み、真子の額にピッタリと自分の額を付けて、微笑む春樹。

「安心した」

そっと呟いて、春樹は目を瞑る。



慶造の部屋。
慶造が服を着替えて、奥の部屋から出てきた。
政樹は、一礼して、真子の一日の様子を慶造に伝えていた。

「それなら、安心だな」

そう応えた慶造は、政樹が差し出したお茶を一口飲む。
悩みが吹き飛びそうな味がするお茶。

「明日からも、同じように致します」
「あぁ。よろしくな。……で、真北は?」
「お嬢様と一緒に…」
「はぁぁぁぁぁ…………」

慶造が長く息を吐く。

「まぁ、あれだな」
「はい?」
「そうやって、一緒に寝るのも、あと少しだな」

慶造はお茶を飲み干した。

「お嬢様が、驚いておられました」
「ん?」
「組長が、学校に連絡を入れていた事…御存知なかったようです」
「そうだろうな」

あの担任……黙っておけと言ったのになっ。

舌打ちをした慶造は、再び注がれたお茶に目線を移す。

「それで、結論は?」

慶造が突然尋ねると、

「もう少し…考えさせてください」

政樹は即答した。

「俺は薦めるけどな…」
「真北さんが反対しそうです。それに、山中さんが」
「それには及ばん。…勝司にも言ってある」

それだけは、させたくない…。

二人だけの秘密。
慶造は政樹に何を望んでいるのか。
そして、政樹は……?


二人の思惑を知っているのかいないのか、幸せそうな表情で、眠っている春樹。
その腕の中で眠る真子も、幸せそうな寝顔を見せていた。



(2006.9.17 第九部 第三話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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