任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第八話 感じた絆

真子の部屋。
真子は、そわそわしていた。
夕食が待ち遠しいのではない。
八造との時間が待ち遠しいのだった。
早く、土産話を聞きたい。
八造の手紙にも書いていた。だけど、その事を八造の口から、直接耳にしたい。
真子は、ちらりと時計を見た。
夕食まで、あと10分。
ソファから立ち上がった。

「お嬢様?」

真子の様子を見ていた政樹が、突然の真子の行動に驚いたのか、声を掛けた。

「あっ、ごめんなさい。その…」
「そろそろ、むかいんが呼びに来るでしょう」
「そうだよね。…でも……お父様への報告が長引いたら…」
「それは、大丈夫ですよ。先程、真北さんが慶造さんの
 様子を伺いに行きましたから」
「うん……」

真子の表情が、少し暗くなった。

「猪熊さんのご子息……八造さんの事が気がかりですか?」

政樹が真子の前にしゃがみ込み、優しく尋ねた。

「だって……一年…。たった一年だよ。…くまはち……、
 一生懸命頑張っていたのに。えいぞうさんに聞いていたように
 凄く張り切って、須藤さんって方にも誉められていたのに。
 ……どうして、もう…帰ってきたの? ねぇ、まさちんっ!」

お嬢様……。

真子の目は、潤んでいた。
政樹は、真子が何を心配しているのかが、真子の表情で解ってしまった。
真子の頭をそっと撫で、そして、優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ、お嬢様。八造さんは、叱られて帰ってきたのでは
 ありません。予定の仕事を早く終わらせてしまったので、こうして
 予定よりも早く帰ってきただけですよ」
「本当?」

真子が、首を傾げて尋ねてきた。

「えぇ。慶造さんから、八造さんの仕事っぷりはお聞きしてます。
 期待以上の力量を発揮して、計画以上の事を始めて、
 それも終わらせてしまったと。そして、これから、他のみんなが
 動きやすいように、まとめてしまったと」
「……どうして、そこまで…まさちんが知ってるの?」
「お嬢様が寝静まった後に、慶造さんとお話したんですよ」
「縁側で?」
「えぇ」
「くまはち……そんなに凄かったの?」
「そのようですよ。そして、これからも時々、向こうに出掛けるらしいです」
「真北さんのお仕事を手伝いに?」
「えっ? 真北さん、大阪で仕事してたんですか?」
「うん。お父様の代わり……」
「そうだったんですか。それで…」

時々、日帰りで大阪に…。

真子の部屋がノックされた。

『お嬢様、お食事の時間ですよ。くまはちが待ってますよぉ』

ドア越しに、向井の声が聞こえてきた。
その言葉を聞いた途端、先程まで心配げな表情だった真子に、笑顔が戻っていた。

「では、行きましょうか、お嬢様」
「うんっ!」

とびっきりの笑顔で応える真子。そして、部屋のドアを開けた。
そこで待機していた向井が、真子に笑顔を見せた。
真子も笑顔で応えて、向井と一緒に歩いていく。
今まで、観たことのない笑顔。
政樹は、なぜか、寂しさを感じていた。

俺にも…あの笑顔…見せてくれてもいいのにな…。
…って、俺……何を考えてる?!

フッと過ぎった自分の考えに、政樹は焦ってしまう。
気が付くと、食堂に入っていた。
すでに、慶造と春樹、そして、八造が食卓に着いていた。いつもなら、二つのテーブルになるのだが、この日は、二つのテーブルが一つにくっつけられている。慶造の前に春樹が座り、慶造の隣には、八造が座っていた。その八造の前に真子が腰を掛けた。
しかし、政樹は、どこに座って良いのか解らずに、立ちつくしていた。

「まさちんは、ここ」

料理を運んできた向井が、政樹の躊躇いに気付き席を勧めた。
そこは、真子の隣。

「いや、俺は……」
「気にするな」

慶造の一言で、政樹は一礼して、真子の隣に腰を掛けた。

「いただきます! …むかいん、凄い量だけど…」

テーブルに並んでいく料理の数に、真子はちょぴり驚いていた。

「久しぶりの大食らいが居ますから、ついつい」
「まだ、出てくるの?」
「えぇ。楽しみに待っていてくださいね」
「はい!」

向井と真子の会話を聞いていた慶造は、フッと笑みを浮かべて箸を運ぶ。
八造は、久しぶりの向井の料理で、今までの疲れが吹き飛んでいく気分だった。

「……って、こら、くまはち」
「はい」
「それは、真子ちゃんの分」

八造が箸を運ぼうとした料理は、真子の前に置いてある。

「すみません…」
「いいよぉ、くまはち、食べて!」

真子が、八造に料理を差し出す。

「あっ、いや、それは…お嬢様の分…」
「久しぶりなんでしょう、むかいんの料理!」
「えぇ」
「大阪では、どうしてたの?」
「虎石くんの手料理がほとんどでしたよ」
「むかいんとどっちがおいしい?」

と話している時だった。

「真子ちゃん、食事中」

春樹が言った。

「すみません」

そう言って、真子は口を噤む。

「真北。今日くらいは、いいだろが」
「ご飯の後に思う存分…時間があるだろが」
「…ったく」

慶造が静かに言った後、春樹は、慶造を睨み上げた。
慶造は、ちょっぴり口をつり上げる。
どうやら、テーブルの下で、慶造の蹴りが春樹の脛に、素早く入ったらしい。
そんな中、静かに食事が進んでいった。



「それで、どうなったの?」

食後、ソファの場所で真子と八造が語り合っていた。

「それからは、もう、私が驚くようなことばかりで…」

八造は、真子宛ての手紙にも書いた内容に更に加えて、細かく語っていた。
真子の表情が、凄く和らいでいる。
向井がデザートを持ってきた。

「お嬢様、猫電話の時間までですよ」
「はい。ありがとう、むかいん。いただきます」
「ぺんこうにも、くまはちが帰ったことを伝えてくださいね。
 安心すると思いますから」
「ちゃぁんと伝えます! くまはちの、大阪での楽しいお話も!」
「お嬢様、それは、困ります! ぺんこうには内緒にしてくださいっ!」

真子の言葉に、なぜか八造は焦ったように言った。

「駄目なの? ぺんこうも、くまはちのお仕事の話を
 気にしてたもん」
「……もしかして、お嬢様…猫電話で……??」
「話してたけど…」

八造、絶句……。





慶造の部屋。
春樹と慶造は、八造が用意した資料に目を通していた。

「…ほんと、細かく丁寧に、まとまってるよな」

春樹が言った。

「取り敢えず、全部報告受けたけど、…期待以上の働きっぷりだな。
 そりゃ、須藤が嘆くわな」
「まぁな」

何やら、解っていたような雰囲気で返事をする春樹に、慶造は、

「…真北、お前……解っていたのか? 八造の行動」

静かに尋ねた。

「ん? ま、まぁな」

慶造と春樹の前に、お茶が差し出された。

「あぁ、ありがとう」
「まさちんは、一緒に居なくて良かったのか?」

春樹が尋ねると、

「一緒には…無理です。八造さんからのオーラが…」

政樹は静かに応えた。

「それで、どうする、地島」

慶造は、お茶を一口飲んだ後、政樹に言った。

「……お嬢様の意見を待ちます」
「どういうことだ、慶造」
「ん? そういう事には、疎いんだな」
「なんとなく、解るけどな、くまはちは、大阪での仕事を
 続けるだろが。俺も付いていくけどな」
「お前は、やめとけ。まだ謹慎」
「もう、解けた」

春樹は、お茶を飲む。
その表情で解る。凄く、凄く美味しいのだという事が…。

「そうか。…でも、向こうにも心配かけるような行動は、慎めよ」
「言われんでも、わかっとる」

冷たく応える春樹だが、慶造の奥に秘められた思いには気付いていた。

「屋敷内では、八造から離れないかもしれないぞ。その間は、
 自分の好きな時間として過ごしておけ」
「ありがとうございます」

そう応えた政樹に、ちょっぴり寂しさを感じた。

「寂しいのか?」

春樹が尋ねる。

「いいえ、その…お嬢様の笑顔が、いつも以上に輝いていたので…。
 やはり、お嬢様には、八造さんが一番なのかと…そう考えただけで
 ……なんだろう…胸の辺りが…」
「大丈夫か?」

春樹と慶造が、同時に口にした。

「まさか、例の影響が?」

慶造が言った。

「その辺りは、俺は詳しくないから、彼にでも聞いてみる」

春樹が言うと、

「あぁ、そうしてくれ。そういう経験は、経験者に聞いた方が
 いいだろうからな」

慶造が真剣な眼差しで応えた。

「そうだな。まさちん、無理はするなよ。体調が少しでも
 おかしく感じたら、美穂さんに診てもらえ」
「は、はい…」

春樹と慶造は、政樹の体調を心配していた。
例の抗争で、政樹は、真子の特殊能力である『青い光』を受けている。
その影響は、どのような『後遺症』として、現れるのか、全く解らない。
ただ、その能力・青い光を受けた人物は、他にも一人居る事が、唯一、救いとなるのだが…。

政樹の胸の痛みは、別の物。
それらに気付くはずもない、慶造と春樹。
やはり、そちら方面の話は、疎いらしい。

政樹は、二人の会話を耳にして、自分の胸の痛みは、男としての思いじゃなく、その能力の影響だったんだと、納得していた。




「お嬢様、今日のお話は、ここまでですよ」

八造が切り出した。

「ん? あっ、そうだね。これから、ずっとここにいるんだもんね」
「えぇ。いつでもお話できますよ」
「ありがとう、くまはち! そして、お疲れ様でした」
「私の方こそ、本当にありがとうございました。良い経験でした。
 新しい世界に一歩、踏み込んだ経験は、これからも生かしていきます。
 お嬢様のためにも」

凛とした表情で、八造が応えた。
その表情が、いつも観ていた八造とは違った雰囲気に感じる。
一回りも、二回りも成長した、八造の姿が、そこにあった。

「では、お部屋に戻りましょう、お嬢様」

八造が立ち上がると、真子も立ち上がる。そして、テーブルの上にある食器を片付けようと手を伸ばした二人。

「…………くまはち……」

真子が静かに呼んだ。食器を片付ける手を止めて、八造は、真子に振り向いた。

「はい」

真子は、八造を見つめている。

「お嬢様、どうされましたか?」
「くまはち………身長……凄く伸びてるんじゃない?」
「えっ? ま、まぁ…いつも観ていた高さが低く感じてますから、
 恐らく、伸びたと思います。お嬢様も、伸びましたよね」
「うん。胸も膨らむみたいだよ」

と、普通に話す真子。

「あっ……そ、そうですよね」

何故か、焦ったように言う八造。

「どれくらい伸びたの?」

真子は爛々と輝く眼差しで尋ねてくる。

「どうでしょう。お嬢様は、5センチ…いや、10センチですか?」
「うん! 急に、グンと伸びたみたい。でも、これ以上は伸びないかも…。
 八造さんに追いつかないかもしれないな…」
「私を追い越したら、それこそ、高すぎますよ」
「そうなの?」
「えぇ。女性は、男性より低い方が好みですから」
「…………????」
「わっ! あっ、いや、その……戻りましょう」

八造は、自分の口にした言葉に、焦り、顔を真っ赤にしながら、真子を部屋へと連れて行く。

「まさちんは、お父様のところみたいだね」
「えぇ、そのようですね」

真子の部屋の隣にある、政樹の部屋からは、人の気配を感じない。
真子は、自分の部屋のドアを開けた。

「では、くまはち! お休みなさい」
「お休みなさいませ」

真子が部屋に入っていった。と同時に、八造は大きく息を吐く。

俺…何を言ってるんだか…。
お嬢様の発言の影響だな…こりゃ。

ポリポリと頭を掻きながら、食堂へと戻る八造。
テーブルの上の食器を、向井が片付け始めていた。

「あっ、すまん」
「向こうじゃ、遊びまくってただろ」

向井が言うと、

「ま、まぁな」
「だからって、お嬢様に、あんな発言は、怒られるぞ」
「反省してる」
「それにしても、お嬢様は、まだ知らないから、良かったなぁ。
 ここの連中って、ほんと、色恋に関しては、疎いよなぁ」
「ま、そうだけど、それにしても、俺も焦ったって。お嬢様の発言にも」
「今じゃ、一人でお風呂だからさ。ぺんこうでも無理。もちろん、
 真北さんも一緒に入らないから」

添い寝はしてるけど…。

「そりゃそうだろ。あの人、体は、まだ傷だらけだろうし」
「らしいな」

食器類を洗い場に持って行く向井。八造も一緒に付いてきた。

「しかし、これから、どうする?」

水道のコックを捻り、食器を洗い出しながら、向井が尋ねるが、八造は暫く何も応えなかった。

「お嬢様の意見を待つよ」

静かに応える八造だった。





ニャーゴ、ニャーゴ……。
猫のだみ声が、真子の部屋に響き渡った。
真子は嬉しそうに笑みを浮かべて受話器を手にした。

「真子です」
『こんばんは、お嬢様』

その電話の相手こそ、芯だった。

「こんばんは、ぺんこう! あのね、あのね!!」

真子の声が弾む。それだけで、芯には、真子にとって、嬉しいことがあったと、解る。
芯は受話器から聞こえてくる真子の話に耳を傾けた。

『くまはちが、帰ってきたの!! それでね、さっきまで、
 大阪での事を、たくさん話してくれたの!! それでね!』
「お嬢様、落ち着いて話してくださいね」
『落ち着いてるもんっ!』

その口調で、真子がふくれっ面になった事が、芯には解った。
思わず笑みを浮かべた芯。
その様子を、芯と同居している航と翔が見ていた。

「それは、その須藤さんも大変だったでしょうね」
『そうみたい!』
「ところで、これからも、くまはちは大阪へ?」
『一段落したから、後は週に一度様子を見に行くだけだって』
「そうですか。それでは、これからは、お嬢様の側に?」
『どうだろう。そのことは、まだ話してないの。お父様の
 指示は、まだだと思うし……』
「お嬢様は、どうしたいんですか? くまはちを側に…」
『今は、まさちんが居るけど…くまはち…側に居てくれるかな』

真子の声が、少し沈んだ。

「お嬢様が望めば、くまはちは、側に居ますよ」
『私の側に居たら……』

真子が急に話を止めた。

「…お嬢様?」
『くまはちが、来たけど、話す?』
「噂をすれば、なんとやら…ですが、私は結構です」

と応えたものの、受話器の向こうでは、真子が強引に八造と電話を替わろうと話しているのが解る。八造が、困ったような口調で、電話を替わっていた。

『すまん、ぺんこう』
「別に、怒っちゃいねぇけどよぉ」

って、めっちゃ怒っとるやないか…。

と言いたいことをグッと堪えて、八造は話し続ける。

『お嬢様に、何か聞いたか?』
「色々とな。向こうじゃ、困らせてばっかりだったらしいな」
『ほっとけ』
「で、どうした? あいつに取られないようにと側に来たのか?」
『ぺんこう、お前…』
「俺としては、その方が、安心できるんだが……無理なのか?」
『それは、まだ決まってない』
「で、どうした?」
『向こうで預かった品物を、お嬢様に渡しそびれたから、来ただけだ。
 まぁ、お前の邪魔…も、するつもりだったけどなぁ』
「くまはち」

芯は静かに名前を呼ぶ。

『ん?』
「お前……変わっただろ。…というよりも本来のお前か、それが」
『なんのことだか、解らんな』
「という口調を真似るなっ!!」

八造の口調は、春樹にそっくりだった。
それには、芯は怒りを覚え、怒鳴ろうとした途端、

『くまはち、帰ったよ』
「って、お嬢様ぁ……」

真子に電話を替わっていた。

『虎石さんと竜見さんから、早いけど卒業祝いと
 入学祝いだって。何が入ってるのかな…』
「中学生でも使えるものかもしれませんね。…そうですね、お嬢様は
 もうご卒業ですね」
『ぺんこうも卒業でしょ? そして、念願の教師になる!!』
「えぇ。…ありがとうございます」
『ぺんこうの卒業式…行けなくて御免ね』
「いいえ、その日は、そちらにお伺いしますから」
『いいの? 卒業パーティーあるんじゃないの?』
「それは、後日になりますよ」
『そうなんだ。でも、良かった。私……嬉しい』
「…お嬢様……」

芯は、それ以上、声にならなかった。
声にすると、震えそうで……。

「そろそろ、お休みの時間ですよ、お嬢様」

気を取り直して、そっと言った。

『ほんとだ! くまはちのお話、また明日ね!』
「えぇ。楽しみにしてますよ。それではお休みなさいませ」
『お休み、ぺんこう』
「良い夢を」

そう言って、芯は受話器を置いた。
その手は、ちょっと震えていた。

「おいぃ、芯、大丈夫か?」

翔が声を掛けてきた。

「泣いてるんか?」

航も声を掛けてくる。

「う…うるせぇ……」

そう言うものの、声は震えている。

「それだけ、くまはちさんの帰宅が嬉しかったってことかぁ」
「解る解る。芯にとって、くまはちさんは、特別だったもんなぁ」
「……かぁけぇるぅぅぅう…わぁたぁるぅぅぅうぅぅ……てめぇらぁ」
「おっと!! 芯が怒ったぁ!」
「俺達の勝ちだぁ!」
「な、なっ!! ちっ!」

何やら、勝負事に発展?
卒業まで、二人のからかいに怒らない事。
そういう勝負をしていた三人。
喧嘩っ早くては、教師になれない。
その意気込みが、三人にそうさせていた。

「卒業式の後は、お前のおごりな」

翔が言うと、

「解ったよっ。ったく……笹川な」

芯が即答。

「………って、芯、そこはぁ…」
「俺が一番知っていて、安心できる場所だから、いいだろがっ!」
「まぁ、いいけどぉ」
「笹崎さんの料理、おいしかったし、それに、息子さんの料理も
 素敵だったもんなぁ。むかいんさんの料理もあるんかな」

何やら楽しむかのように、翔が言った。

「それは、その日のお楽しみにしとけ」

ちょっぴり嬉しそうに、それでいて、何かを企んでいるかのように、芯が言った。




猫電話を切った後、真子は八造が持ってきた虎石と竜見のプレゼントを開けた。
そこには、丁寧に包まれている何かが入っていた。
真子は、そっと取り出す。

「…猫ぉ〜」

小さく呟いた真子は、嬉しそうに微笑んでいた。
包みを丁寧に取り除くと、現れたのは、時計型ペン立ての猫グッズ。猫の手が時計の針になっていて、文字盤には猫の足跡が描かれている。そして、時計の文字盤を包むかのように、かわいい猫が付いていた。更に、その猫の尾っぽの部分が、一つのペンが立てるような形になっていた。
箱には手紙が入っていた。
とても丁寧に毛筆で書かれた文字が、そこにある。

『猫電話の横に置くと、電話のメモも
 楽に書くことができますよ!
 真子お嬢様。
 ご卒業、ご入学、おめでとうございます!
 竜見・虎石より』

真子は、その手紙を両手に持ち、

「ありがとうございます」

と丁寧に頭を下げて、話には聞いたことはあるが、まだ、逢ったこともない二人に届くかのように、お礼を言った。そして、時計の時刻を合わせてから、猫電話の前に、そっと置く。
ソファに腰を掛け、嬉しそうに猫電話と猫時計ペン立てを見つめる真子は、そのままソファで寝入ってしまった。



八造と春樹が、真子の部屋へ入ってきた。

「わっ、そのまま眠ってしまわれた!!」

八造が慌てて真子に駆け寄り、抱きかかえようとしたが、その手が止まる。

「気にすることないだろが」

春樹は、八造が、『真子に触れるな』という慶造の言葉を思い出して、手を止めたと思い、声を掛けたが、

「いいえ、その…」

何かを遠慮するかのように応えた八造が気になり、春樹も近づいた。

「あらら…」

真子は、その手に竜見と虎石からの手紙を持っていた。
手紙には、他の言葉も書かれている。

「………くまはち……そこまで、話していたのかよ」

手紙の内容が見えたのか、春樹が呆れたように言った。

「あっ、その………」

どう答えて良いのか解らない八造は、言葉を濁し、真子の手から手紙をそっと抜き取った。

ったく、あいつら……。

フッと笑みを浮かべ、真子を抱きかかえる。そして、ベッドに寝かしつけた。そっと布団を掛け振り返ると、春樹が、猫電話を見つめている事に気付く。

「どうされたんですか?」
「いや…増えてるな…と思ってな」
「そういえば、その時計のペン立て…」
「もしかして、これがお祝いか?」
「中学生が使うような物を選んだと聞いたんだけどなぁ」
「まぁ、電話でのメモに使えるけど……鉛筆は、俺が」

春樹が言った。

「鉛筆なら、たくさんあるのでは?」
「こないだ、猫の姿が付いているのを見つけた」
「……真北さん???????」
「筆箱には入れにくいと思って遠慮したんだが、これになら
 使うことできるだろ」
「…………でも、ぺんこうとの電話にメモは必要ないかと…」
「それもそっか。…まぁ、ええやん。気にすんな」
「では、私は、メモの方を…」

と応える八造を見る春樹は、

「くまはちも、何を考えてるのかと思えば……」

呆れたように口にした。

「私は常に、お嬢様の事しか考えておりませんよ」
「そうだった、そうだった。…で、休みの間だけで、いいのか?」
「暫くは、一緒に。学校内は、地島が側に居ると聞いてます。
 送迎の運転だけは、させていただきますよ」
「しばらくの間…頼んだぞぉ。…二人のやり取りに、運転ミスるなよぉ」

春樹は、八造に言いながら、真子の隣に身を沈める。

「…って、真北さん……まだ、御一緒されているんですか?」
「いいだろが」
「お嬢様の年齢をお考え下さい」
「まさと同じ事を言うなっ」
「いつまでも、御一緒されるつもりですか?」
「あかんのか?」
「駄目…とは言えませんが……」
「何か言いたいのか?」
「言えません」

きっぱりと応える八造を見て、春樹は何を言いたいのかが解った。

「大丈夫だって。手は出さないから。…俺の娘だしぃ」
「四代目の怒りを感じるんですが………」
「気にせんけどな。…ほな、お休みぃ。明日から宜しくな」
「はっ。では、失礼します。お休みなさいませ」

八造は深く頭を下げてから、真子の部屋を出て行った。
その途端、春樹は、真子を腕の中に抱きしめて、眠り始めた。



真子の部屋を出た八造は、廊下で様子を伺っていた慶造に気付いた。

「ったく……」

そういう慶造の側には、政樹の姿があった。

「四代目……一体…」
「出掛けるが、八造はどうする?」
「私は、明日の準備がございますので、遠慮致します」
「向こうじゃ、遊んでいたんだろ? 須藤たちと」
「え、えぇ…まぁ……」
「今日は、ゆっくりしとけよ。行ってくる」
「四代目!! 護衛は…」
「大丈夫や」

慶造は、政樹を指さしていた。

「はっ。お気を付けて」

心配ながらも、それ以上、何も言えない八造は、深々と頭を下げるだけだった。
慶造と政樹は、二人で出掛けていった。

四代目……地島に何を……?

疑問に思うものの、逆らうことは出来ない八造は、護衛に行きたい思いをグッと堪えて、自分の部屋に入っていく。やはり、気になるのか、暫くドアの所に佇んでいた。

もしかしたら、地島の力量を確かめているのかもしれない…。

そう考えた八造は、気を取り直して、次の日の準備に取りかかった。




慶造と政樹は、夜の街に来ていた。
そして、例の店へと入っていく。
そこは、恵悟が経営する色っぽい看板の店だった。
まるで常連のように入ってきた慶造と政樹は、そのまま、奥の部屋へと入っていった。

「待ってたよぉん」

と迎えるのは、隆栄。もちろん、慶造は…、

「お前は呼んでないっ」

冷たく声を掛ける。

「ほんま、冷たいなぁ……。で、まっさちぃん」
「は、は、はい…な、なんでしょう…」

まだ、隆栄に慣れていない政樹は、妙な呼び方をされて、思わず緊張する。

「遊んでいかんでも、ええんか?」
「あっ、その………まさか、この店に、このような場所があるとは…」
「企業秘密やけど……ここを知ったということは、本当に…」
「俺の決意は固いです」

隆栄の言いたいことが解ったのか、政樹は力強く応える。

「こりゃ、阿山にとっては、戦力になるけど……ええんか?」
「俺とは別だよ」

何やら企んだように応える慶造に、隆栄は何も言わなかった。

「それなら、ここへの出入りは、表だけにしてくれよぉ。
 こういうことしてるって、真北さんに知られたら、俺の首が危ないぃ」
「そう言いながら、お前自身、栄三に何を言ってる? 俺が知らんとでも
 思ってるんかぁ?」
「あれは、栄三の思いやから、俺は知らん」
「はいはい。……それで、恵悟さん」
「こちらです」

恵悟は、自分が扱っているパソコンの画面を慶造に見せた。

そこに書かれている内容こそ………。



全てを読み終えた慶造は、大きく息を吐いた。

「これじゃぁ…真北が再び……」
「極秘にしておきます」
「すみません。お願いします」
「っつーことで、俺、来月から再び海外ぃ〜」
「……隆栄、お前なぁ…」
「八っちゃんも戻ってきたことやし、猪熊を連れてくで」
「……八造に知られたら、それこそ…」
「大丈夫やって。それに、こっちには目を向けないように
 気をつけとくから」
「信用ならん」

慶造の一言に、隆栄は項垂れる。

「ほんま、冷たぁ」
「……無理して、小さな箱で帰ってくるなよ……。
 それだけは、絶対に……守ってくれ」

慶造が、ゆっくりと、何かを抑え込むかのように言った。

「解ってらぁ」

そう応える隆栄の眼差しの奥に隠された思いに、慶造は感謝していた。

「今回も、桂守さんは、こっち。和輝さんを連れて行くから」
「……真北に知られない事を…祈るよ」
「ありがとさん」

慶造と隆栄の語り合いを見ていた政樹は、この時、二人…いや、修司を含めた三人の見えない絆の強さを感じていた。

これを見せたい為に、俺を?
俺にも、そのようになれと…いうことか?
一体、誰と……?



慶造が望む政樹の絆の先にいる男達は………。


芯は、卒業試験に向けて勉強中。
向井は、明日に備えて既に熟睡。
そして、八造は……。

「なるほど……」

小さく呟いた。

「そういう事やけど、八やん、知らん顔しとけよ」

八造の部屋には、栄三の姿があった。

「解ってる。…真北さんの向こうでの行動は、耳に入ったから。
 だからって、親父が行って、足手まといにはならんよな…」
「大丈夫やぁって。おじさんやで」
「……体の具合は…」
「俺の親父より、ましやん」
「それでもな……」
「ったく、いつまでも、心配すんなって」

そう言って、八造の頭をくしゃっと撫でる栄三。もちろん、八造は嫌がる素振りを見せて、栄三に拳をぶつける。

「やめれって!」
「じゃかましっ!」

再び鈍い音が……。



八造が眠りに就いた頃に、慶造と政樹が帰ってきた。


そして、春樹に気付かれる事無く、隆栄達が海外に旅立った二月がやってきた。
二月こそ、あの男のこれからの生活に向けて忙しい月。
まさか、あんな激突があるとは……。



(2006.10.15 第九部 第八話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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