任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第十一話 それが始まり。

少し寂しげな表情をした真子の前に、向井がオレンジジュースを差し出した。
真子は、オレンジジュースを見つめるだけだった。




向井は、庭へ戻ってくる。
そこには、気が晴れたのか、二人の男が疲れ切った表情をして、地面に座り込んでいた。向井の足音に気付き、ハッと顔を上げた。

「むかいん…」

芯と政樹が同時に呟いた。

「…お嬢様、泣いてたぞ」

向井の言葉が、二人の心に突き刺さる。

「まぁ、何となく解るけど、原因は?」
「こいつの行動だよ。…組の裏切り…そして、お嬢様への行動」

芯が静かに口を開いた。

「あれ程、お嬢様を哀しませるなと言ったのに、その行動を…。
 お嬢様の気持ち、解ってる。そして、四代目が何を思って
 こいつをお嬢様の側に付かせるのかも……。だけど、
 何となく……許せなくてな。…顔を見たら、こみ上げてきた」
「だからって、殴ることねぇだろが」

政樹がふてくされたように言うと、

「気が済まなかったんだよ。あの事件から、ずっと……抑えていた。
 お嬢様の声を聞いても、気が収まらない。…お前の名前を
 耳にする度に、怒りがこみあげてくる。……お嬢様に対しての
 行動も気になっててな。…お嬢様に再び…そう思うと…」

珍しく、自分の心境を淡々と語っている芯。それには、向井も驚いていた。

「俺が細かく伝えていただろが…」

向井が言うと、政樹が驚いたように顔を上げた。

「むかいん……まさか…」
「すまんな、まさちん。…ぺんこうが、すごく気にしていたから、
 事細かく伝えていた。…それが、少しは怒りを抑えていたんだけど、
 ……やっぱり無理だったか…」
「やはり…俺は……」

俺は、ここでの居場所は無いのか…。

政樹の表情が、途轍もない哀しみに溢れていく。

「勘違いするなよ、まさちん」
「あん?」

なぜか怒りに満ちた返事になる……。

「そりゃぁ、お嬢様が熱を出したあの日…俺だって、
 他の組員と同じ気持ちだったんだからな。…でも、俺…
 お嬢様の専属料理人だし、怒ってられない立場なもんで、
 どうしても……なぁ」

ばれちゃった。そういう表情で向井が応えた。

「でも、今は、お嬢様と同じ気持ちだ。…このぺんこうに
 お前の事を素直に話していただけだ」
「素直って…」
「喧嘩っ早いだろ。お嬢様が居ないところで、組員の怒りのオーラを
 感じた途端、……何してたぁ?」

政樹をからかうように向井が言うと、

「わっ、お、そ、…それは…って…というよりも、むかいんの方が
 怖かったぞ……さっきのあの…表情。流石の俺でも、身が縮んだ」
「まさちんは知らないわなぁ。俺と健の事件」
「健との事件?」
「……俺な…、一度、健と取っ組み合いの喧嘩になりかけたんだよ。
 さっきのお前とぺんこうまでは行かなかったけど……」
「……健……と?」
「まぁ、お嬢様に停められたけどなぁ」

ニッコリ微笑んで言う向井が更に怖く感じる政樹は、

「初耳だ…」

静かに応えるだけだった。

「その時にお嬢様に怒られた。…この手は人を殴るために
 あるのか? 料理を作るためにあるんでしょう? ってね」
「そんな表情で心が和む料理は作れない……とも言われてたよな」

芯が付け加えた。

「笑顔を忘れるな。…そう言われたんだ、俺」
「それで、むかいんは、笑った顔しか見せないのか」
「そうだよ。俺だって、喧嘩っ早いほうだったんだよ。…って俺の昔話を
 話してどうするんだよ。だから…その、…まさちんのことって、確か、
 お嬢様の記憶から、消されているんじゃなかったのか?」
「消したというより、閉じこめたんだよ。真北さんが…」

芯が静かに言うと、向井は困った表情になり、

「じゃぁ、お嬢様の頭には、事件のあの記憶はないのか?」

そう尋ねた。

「あぁ」
「………ふぅぅぅ……どう伝えたらいいんだよ…」

向井は腕を組み、深く息を吐いた。

「………兎に角、お嬢様に謝れ」

力強く向井が言うと、

「そうだな…」

芯と政樹は、同時に応えた。
それが、二人の落ち着いた怒りを再び……。
ギッと睨み合う二人に背を向けたまま、向井が怒りを抑えたように………。
背中から感じるオーラに、芯と政樹は慌てて立ち上がる。


そして、真子の部屋の前に立った。

どう説明すれば良いんだろう…。

向井は、ドアをノックするのを躊躇っていた。

こんな日に…俺……何を…。いや、こんな日…だからこそ…。

芯が気を引き締める。

謝る……って、俺達の問題…。

政樹はグッと拳を握りしめた。

仕方ない。

意を決したのか、向井がノックをする。

「失礼します。二人…連れてきました」

向井は、芯と政樹を強引に真子の前に押し出した。
テーブルの上のオレンジジュースは、空になっている。
それは、少しばかり落ち着いた事を意味していた。

「お嬢様……先程は…」

芯が先に口を開いたが、

「ぺんこうは、これから、先生になるんだよ。人に教える立場なのに、
 そんな怖い顔をするなんて、だめだよ。人に、喜びや、怒り、哀しみ、そして、
 楽しいことを教えるのよ。その人には、その人の事情があるんだから。
 その事情をよく理解してからで、いいじゃない。まさちんは、私に会うまでの
 まさちんと違うんだよ。必要以上に暴力を振るうのは、絶対良くない!
 もう、暴力はしないで!」

真子は、一気に言いたいことを吐き出した。
その勢いに、圧された三人だった。

「お嬢様…申し訳ありませんでした。気を付けます」

芯が静かに言って、深々と頭を下げた。
その仕草で解る。
芯は、深く反省していると…。

怖い顔をしたまま、教壇には、立てない。
だけど、心のわだかまりを取り除かないと、
表情に現れてしまう。

グッと拳を握りしめた芯は、政樹への思いを拳にしてしまったことに対して、後悔じゃなく、むしろ、すっきりした気分になっていた。でも、真子を……。




その日の夕食。
芯と政樹の事は、帰宅した慶造や春樹、そして、八造たちには隠し通し、芯の卒業祝いと称して、楽しい時間を過ごしていた。
二人の頬や口元には、ちゃぁぁんと『証拠』が残っていた為、ばれているのだが…。


真子は笑顔で、芯にプレゼントを手渡した。




夜。
久しぶりに本部に泊まった芯。もちろん、真子に添い寝をする。
一緒に布団に潜った二人は、昼間の事を語り始めた。
あまりにもあっさりと話す真子を見て、芯は、ちょっぴり真子の変化を感じていた。

あいつと過ごすようになってから、
やはり…明るくなったよな…。

「ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「明日も一緒?」
「お嬢様は学校ですよ」
「…そうだった……」
「そうですね、久しぶりに、お送りしましょうか?」
「いいの?」
「三日間、時間がございますので」
「四日目から忙しくなるんだ」
「えぇ。準備がございます」
「準備? 教師の?」
「まだ、クラスの担任にはなりませんが、講師として、
 教壇に立つことを許されてます」
「…講師なの? 先生じゃないの?」
「一年間は見習い…となるみたいですね。…まぁ、学校によりますけど…」
「……私の学校……じゃないんだね…」

ちょっぴり寂しげに真子が言う。しかし、

「あっ、ごめんなさい。…言ったら駄目だったね…」
「お嬢様が学生の間に、一度、担任になりたいですよ。
 お嬢様の生徒っぷりも見てみたいですからねぇ。
 ここではなく、学校の教室で」
「私も、ぺんこうの先生っぷりを見てみたいぃ〜。ねぇ、
 見学しては、駄目??」

期待の眼で芯を見つめる。

うっ……お嬢様……その目は…。

「見学は出来ません」

と、きっぱりと断った。
シュンとなる真子だが、それは、眠くなる前触れ。

「そろそろ寝ましょうか」
「うん! …お休み、ぺんこう」
「お休みなさいませ、お嬢様」
「……今日は……ごめんね……」

と言いながら、真子は眠りに就いた。

「それは、私の台詞ですよ、お嬢様」

芯はニッコリ微笑んで、真子の額にチュッ。

わっ、俺……。

無意識のうちに、真子にチュッとした事に思わず焦ってしまった。




いつものように、いつもの縁側で、いつもの二人が、ボォッと腰を掛けて、夜の庭を眺めていた。

「隠しても、解るよなぁ、あれは」

片膝を立てて、慶造が言った。

「まさか、痣になるほど殴り合うとはなぁ。お互い、負けてないわけだ」

春樹が言うと、

「どっちが勝って欲しかった?」

少しからかうように、慶造が尋ねると、春樹は苦笑いをするだけだった。

「あれで、教師になれるのか? お前に似て、短気だよなぁ」
「俺とは違うよ。まぁ、ちゃぁんと割り切るだろうさ。ここでも、
 俺の前でも、…真子ちゃんの前でも、大丈夫だっただろ?」
「まぁ、そうだな」

ジッポーの音が聞こえ、煙が空に上っていく。

「それで真北ぁ、…結果は?」
「まだ、進行中」
「無茶するなよ」

そう言って、ゆっくりと煙を吐き出す慶造は、空を見上げた。春樹が寝転ぶ。

「慶造こそ……」
「俺は、大丈夫」
「どこがだよ」
「お前よりは、安全」
「……チッ。そうなるわけか」
「まぁなぁ。……でも、気をつけてるよ。真子に向けられないようにな」
「まさちんが、真子ちゃんの目の前で、本領発揮できるかどうかだな」
「あぁ」

慶造は、煙草をもみ消した。

「真子ちゃんが、怒ったらしいな」
「…そうだったのか。それで、山本の表情が、どことなく
 引きつった感じだった…って訳かぁ。…で、なんで、
 真北が知ってる? 向井に聞いたのか?」
「それとなぁ〜く」

軽い口調に変わる時は、自分の思いを隠している証拠。
それだけで解る。
どれだけ、最愛の弟の表情を気にしていたのかが…。

「思いをぶつけた事だし、これからは、向井の報告無しだろうなぁ」

春樹は、向井が芯に報告していた内容に薄々気付いていた様子。

「それは、どうだろな」

もちろん、慶造は知っていた。
知らぬは、政樹本人だけだった…?

「で、いいのかぁ、添い寝」
「仕事が始まれば、ここに来ることは難しいだろう?
 それまでは、良いんだって」
「ほぉ〜弟思いぃ〜」
「それを言うなっ」

仰向けの形で、慶造に素早く蹴りを入れた春樹。

「…って、行儀悪いぞ、真北っ!」

それは、相当、強かったようで………。




真子の添い寝をしていた芯は、カーテンの隙間から見えた、小さな灯りに気付いた。

ん? …まさかな…。

その灯りが気になるのか、真子を起こさないように気を配りながら布団から出て、部屋を出て行った。
八造の部屋の前にやって来た芯は、そっとノックをして、

「頼んでいいか」

ドア越しに声を掛けた。
直ぐにドアが開き、八造が顔を出した。

「ええけど、どこに行く?」
「気分転換」
「……耐えられないって訳か?」

八造が低く、凄みを利かせて尋ねると、芯は眉間にしわを寄せた。

「拳は、やめとけっ」

八造は素早く言った。

「解ってるなら、何も言うなっ」
「はいはい。…熟睡しておられるのか?」
「今日のことで疲れてるみたいだから」
「…ったく、次からは、お嬢様が居ない場所でやれよ」

芯は驚いた。

「知って…たのか?」
「顔は物を言う。……今日は、実感した。ほなな」

そう言って、八造は真子の部屋へと入っていく。

「顔……そりゃ、これは、消せなかったもんなぁ」

頬と口元のあざを気にしながら、芯はとある場所へと向かっていく。
そこは、高級鯉がたくさん泳いでいる池がある裏庭。そこに通じる廊下に、一人の男が、煙草を吹かしながら座っていた。
薄ら灯りの下にある庭を眺めていた。

「……吸い殻は、そこに捨てるなよ」

芯は、そっと声を掛けた。

「ちゃんと持ってる」

そう応えたのは、政樹だった。芯に、側にある灰皿を見せる。

「何してる? ここもお嬢様の庭…だけどなぁ」

そう言いながら、政樹の隣に腰を掛ける。

「夜の灯りでも、素敵に見えるんだなぁと思ってな」
「眠れないのか?」
「傷がうずく……」

ちょっぴり嫌味っぽく政樹が言うと、芯は苦笑い。

「お嬢様に…初めて怒られたよ」

芯が呟くように言った。

「今まで、怒られたこと、無かったのか?」
「守られてばかりだったかな…」
「そりゃ、良かった。初体験ってとこか」
「お前は、いつも怒られてるよな」
「それも、お嬢様から聞いたのか?」
「悩んでるぞ。…それが、お前の身についたものだろうけど、
 どこで身に付けたのかは言えなかったよ」
「……気を遣わせて…悪かった」

政樹は静かに言って、煙草をもみ消した。

「お前の口から出るとは、驚いた」
「………ほんと、その性格で教師…勤まるのか?」
「まだ、言うか……。…まぁ、確かに、四代目と杯交わしてる男が
 教師だなんて…滑稽だよな。…やくざが教師…か」
「……フッ…」
「笑えるってか…」
「いいや……充分、教師だよ。…お嬢様から聞いていた通りの姿に
 驚いたって。だけど、不思議なオーラがあるんだよな。人を寄せ付けない
 いや、誰も信じないっていう…」

芯は何も応えなかった。

「格闘技マスター…か。体を鍛える為だったんだろ」
「あぁ」
「組員達も一目置く存在」
「それは、どうだろうな」

芯は、政樹の側に置いている煙草に手を伸ばした。

「…吸う奴だったのか」
「まぁな。今日が最後にするけどな。煙草も喧嘩も」

芯が銜えた煙草に、政樹が火を付けた。

「サンキュ」

そう言って、味わうように煙を飲み込んだ。

「夢…実現して、良かったな」

政樹も自分の煙草に火を付ける。

「お前も夢くらい、あるだろ」
「この世界に入ると決めた時に……捨てた。過去も…な。
 本当は、未来も捨てた。だけど、…兄貴に救われた」
「砂山組の地島…。お前にとっては、素敵な兄貴だったんだな」
「あぁ。…でも……」
「すまんな………」
「は?」

芯は、政樹に対して謝罪の言葉を告げた。
その意図することが解らない政樹。
なぜ、自分に謝るのか。
それも、前に居た組の話の時に……。
芯は、それっきり口を開かず、政樹の煙草を立て続けに五本、吸った。
最後の一本を、政樹が口に銜えて、火を付けた。

「…ヘビースモーカーだなぁ、山本。…お嬢様に言われたのか?」
「お前も言われてるんだろが。今日限りにしとけ」
「あぁ、そうするよ」

政樹は、最後の一本を味わうように吸い終わった。

「明日から三日、俺が送迎するぞ」
「八造さんが怒らないのか?」
「四代目と同行するだろうよ」
「真北さんは?」
「知らん」

冷たく応える芯だった。




「なぁ、真北ぁ」
「あぁん?」

なぜか、だらだらとしている二人。いつの間にか慶造も寝転んでいた。

「明日の予定は?」
「芯が真子ちゃんを送迎するなら、お前に同行するぞぉ」
「俺は必要ないけどなぁ」
「俺は心配だからなぁ」
「そうかぁ」
「そうやぁ」

二人は寝転んだまま、そこから見える夜空を見つめていた。




「………四代目と同行する可能性は高いかな」

そう言った芯は、縁側から外に降りた。
政樹も同じように降りていく。そして、二人は池の側に立った。
鯉は、静かに眠っている様子。

「これ…高いよな」

政樹が鯉を見つめながら言うと、

「えいぞうからのプレゼントだよ」

芯が静かに応えた。

「むかいん……暴れん坊だったとは、驚いたよ」
「俺と一緒に暴れていた時期もあったよ。でも、お嬢様の一言で
 あいつは変わった。それまで、他人のことなんか何も考えていないという
 素振りを見せていたのにな…」
「俺にとっては、優しさ溢れる料理好きの人間だけどな。…俺に
 親しくしてくれた事の本意を知ってしまっても、俺にとっては…」
「すまんな」

向井に探ってもらうように頼んでいた事に対しての謝罪。
これは、政樹にも解った。

「気にするな。俺がお前の立場だったら…同じ事してる。
 そして、今日みたいに、ぶん殴ってるだろうなぁ」
「そりゃ、どぉもぉ」

ちょっぴり引きつった表情で、芯は応えた。




八造は、真子の部屋の窓に歩み寄り、カーテンの隙間から裏庭の二人の様子を眺めていた。
また、殴り合いを始めるかもしれない…と思うと…つい……。

「…くまはち…」
「!! お嬢様っ! すみません、起こしてしまいましたか」

真子が体を起こしたのが解り、八造は素早く真子に歩み寄った。そして、枕元の電気を付ける。

「まさちんとぺんこう…喧嘩してるの? 裏庭に居るんでしょう?」
「はい。大丈夫ですよ。昼間の反省をしてるみたいですから」
「それなら安心……」

そう言った真子は、寂しげな表情をする。

「お嬢様、どうされましたか? 何か悩み事でも?」
「……くまはち……」

八造を呼ぶ真子の声は震えていた。

「はい」
「…ぺんこうも…まさちんのこと…怒ってたんだね」
「えぇ。地島の行動は、お嬢様の側に居る者全て
 知ってますから。だからこそ、お嬢様に危機を及ぼした
 地島には、誰もが怒ってますよ」
「くまはちも?」
「…申し訳御座いません。その通りです」
「……お父様を助けるための作戦だと聞いたのに…」
「それでも、お嬢様に危機が…」
「…クラスのみんなが心配していたけど、…大丈夫だったもん。
 まさちんが、側に居たから……安心できたのに…」

やはり、術で記憶操作を…。

八造は、唇を噛みしめる。

「それでも、あの場所では、本当に危険だったのでしょう?」

真子は、そっと頷いた。

「だから、誰もが心配してるんです。……地島と一緒に居ると
 お嬢様の身に何かが起こるかも知れないと…そう思って…」
「…ありがとう、くまはち」
「お嬢様…」
「でも、もう大丈夫だから。まさちんは、本当に、この組のことしか
 考えてないもん」

ちょっぴりふくれっ面になる真子。

「それは、慶造さんからもお聞きしていますよ」
「それなら、どうして…まさちんの事…」
「…お嬢様には、まだ早いですよ」

八造の言葉で、真子は何かに気が付いた。

「もしかして、……男の事情???」
「えいぞうからですか?」
「うん…」
「ったく……えいぞうは、何を教えてるんですか…。
 その通りです」
「それなら…私、何も言えない。……でも、喧嘩は…」
「あの二人は、充分反省してますから、大丈夫ですよ」

八造が、力強く言うと、真子は納得したような表情に変わった。

「明日も学校ですよ。もう寝ましょう」
「……はぁい。…くまはちの明日の予定は?」
「慶造さんと同行します」
「無茶…しないでね。…お休みなさい」
「ありがとうございます。お休みなさいませ」

真子が布団に潜り、眠りに就いた。
八造は枕元の電気を消して、真子の頭をそっと撫でる。
やはり、心配なのか、再び窓に歩み寄り、カーテンの隙間から外を覗いた。
二人は、池の側に立ちつくしていた。




「…地島……」
「ん?」
「お嬢様のこと……どう思ってる?」

直球で、芯が尋ねた。
政樹は、芯の真子への思いに気付いていた。だから、答えによっては、昼間と同じようなことになるかもしれない。下手したら、目の前の池に沈められる可能性もある。
そう思うと、返す言葉を選ぶ政樹。

「俺の命を掛けても、お守りしたい大切な人…だな。
 恋愛感情……」

その言葉を聞いた途端、芯のこめかみが、ピクッとする。

「お嬢様は、まだ解らないと思う。それに、俺には、無いな。
 星の数ほど抱いた女性とも無かった。ただ、その時だけの…って、
 俺…何を言ってるんだ? ……お前は、どうなんだよ」

政樹が反対に質問する。

「いつの間にか、俺にとって……」

芯は真子への思いを静かに応えた。

「お嬢様は気付いてないだろうな。……俺自身……」

芯の答えは、予想通りだった。なのに、その答えを耳にした途端、心臓を何か小さなものが、突き刺す感じを覚えた政樹。自分の事を語ろうとしたが、それ以上、言葉にならない。
そんな自分に、少し苛立っていた。

「笑顔」

やっとのことで、口にする政樹。

「…お嬢様の笑顔を、いつまでも側で観て居たい。
 それだけだよ。…今の俺は、恋する暇なんか無いんでな。
 みんなに信用してもらうことに必死さ」

そう言って、政樹は夜空を見上げ、

「星……」

何かを懐かしむような表情になる。

「ここでは、星が見えないよな。天地山では、素晴らしかった。
 あの日に置いてきた感情が蘇っていた。……白紙に戻す…」

芯も夜空を見上げる。

「いつも見てる夜空と一緒なんだけどな。天地山は、違う。
 やはり、天地山は、心を落ち着かせる為の場所だよな……。
 ……それで、お前は、少しは落ち着いたのか?」

あの日、自分に問われた言葉を政樹に言う。しかし、芯の質問に、政樹は暫く応えなかった。
ゆっくり口を開き、そして、

「お嬢様の笑顔も加わって、元気を取り戻したさ。
 俺は、地島政樹。お嬢様の…まさちんだ」
「これからも、頼んだぞ」
「えっ?」
「お嬢様のお世話係だよ」
「あ、あぁ。俺には、それしか道は無いんでな」
「…跡目……。そうなったときは、どうするんだ?」
「お嬢様に付いていく。ただ、それだけだ」
「そうか…」

静かに応えた芯は、フゥッと息を吐いた。

「まぁ、その前に、お嬢様の言葉に従えよ」
「例のことか?」
「あぁ。敬われることを嫌うんだからな。お前自身、お嬢様の
 蹴りを楽しみにしてるのなら、何も言わないが、本当に…」
「それ以上、言わないでくれないか」

その言葉で解った。
政樹は、真子に怒られる事も楽しみにしているのだと言うことが。
芯は呆れたように笑みを浮かべ、

「程々にしないと、益々強くなっていくぞぉ、お嬢様は」

優しく応えた。

「護身術の先生が言うなら、気をつけよぉっと」

ちょっぴり軽い口調で言う政樹は、笑顔を見せた。
芯も笑顔で応える。

「じゃぁ、そろそろ俺は戻るぞぉ。くまはちの時間が迫ってる」
「八造さんの時間???」
「トレーニングだよ。じゃぁな、また、朝に!」

爽やかな笑顔を見せて、芯は真子の部屋へと戻っていった。

「朝…か。…てか、運転手が山本さん……ということは、
 …俺………また……」

と、政樹が心配したとおり…。


翌朝。
芯は春樹の車を借りて、政樹を助手席に、そして、真子を後部座席に乗せて、本部を出発した。
もちろん、政樹はドアを開け、真子は政樹に蹴りを入れ…。

「お嬢様、蹴るなら、こうですね」

芯が真子に蹴りのアドバイス。

「って、ちょっ! 山本っ!!!!」

芯の蹴りは、相当強かったのか、政樹の体は宙に浮いた。
突然の事で、防御すら出来なかった政樹。
その日一日、芯に蹴られた場所が、うずいていた。






真子を迎えに行った芯は、再び車に乗って、血相を変えて本部を出て行った。
政樹は真子を抱きかかえている。
その真子は………。

「お嬢様、大丈夫ですよ」
「でも……」

真子の声は震えていた。


本部に戻ってきた真子達が玄関をくぐった時だった。
北野が芯に近づき、そっと耳打ちする。
その途端、芯の顔が青ざめた。そして、真子に何も告げずに駐車場へと駆けていく。

「北野さん、何か御座いましたか?」

政樹が尋ねると、北野は言いにくそうな表情をする。
すると、真子が突然、芯を追いかけるように駆けだした。政樹は真子を捕まえて抱きかかえる。その直ぐ後に、芯の車が目の前に停まった。

「お嬢様を頼んだぞ」

窓を開けて素早く告げた芯は、急発進。
北野の表情、芯の行動。
それらから考えられることは、一つだけ。

狙われ、病院に…。

「まさちん……私も行く…」
「それは……」

政樹は事態が事態だけに、真子の言葉に従って良いのか躊躇い、北野に振り返った。

「お嬢様が外出するのは危険です」

北野が優しく応えると、真子は少し俯き加減になった。

「…解りました。出掛けません。…情報は…伝えてください。
 北野さん。お願いします」
「はい」
「無事…なのですか?」

真子が静かに尋ねると、

「はい。だから、ご安心を」

北野が応え、政樹に目配せをした。

早く部屋に行け。

「お嬢様、部屋に行きますよ」
「うん…」

真子を抱きかかえたまま、政樹は真子の部屋へと向かっていった。





芯運転の車が道病院に到着した。駐車場に停めると直ぐに建物へ向かっていく。
しかし、玄関先で……。

「おぉ、どうした。怪我でもしたのか?」

明るい声で春樹が尋ねてきた。
玄関先で、治療を終えた春樹達と、ばったりと逢った芯。春樹の口調で、大したことではないと解り、そっと胸をなで下ろす。それと同時に、芯は春樹を睨み上げた。

「あなたこそ……心配掛けるような行動は…」
「しゃぁないやろが。これが精一杯」
「だからって…何も、その体を…」
「勘違いするなよ、山本」

春樹の隣に立っていた慶造が口を挟む。

「四代目……御無事で…」
「…あぁ。真北と八造のお陰でな。…でも……」

その時、遅れて気付いた芯。
そこには、八造の姿が無かった。

「もしかして、くまはちが…」
「敵の攻撃じゃなくて……」

そう言いながら、慶造は、ゆっくりと人差し指で、誰かを差した。
その先に目線を移す芯。
慶造の指先は、春樹に向けられていた。

「……………あのね……ったく…」

呆れたように項垂れた芯だが、慶造が何かを言いたげな表情をしている事に気が付いた。

「山本には話してなかったよな」
「何を…ですか?」
「こいつの行動」
「えっ? 向こうで厄介な事をしたから、帰ってきたんでしょう?
 それ以外に何か?」
「やはり、栄三から聞いてたんだな……山本」
「いや、健からですけどね……事細かく……」

芯は、小さな声で言った。

「お嬢様が心配なさってます」
「何も伝えてないんだろう?」
「すみません。私の行動と北野さんの表情で…」
「……あれ程、伝えるときは気をつけろと言ったのになぁ〜。
 まぁ、屋敷内のオーラで気付くだろうがな」

慶造が諦めたように言うと、

「いや、心の声は聞こえなくなってるはずだぞ」

春樹が言った。

「えっ?」
「あの事件の後、術掛けただろ。その時に一緒に…」
「それは出来ないと言ったのは、真北だろ?」
「言ったよ。…でも今回は、本当に……俺も驚いて…って、
 こら、くまはちっ!! お前は一日入院と言われただろが!
 ほら、美穂さんが……」

玄関先で立ち話をしているその向こうから、八造が姿を現した。その八造を追いかけるかのように、鬼の形相で、美穂も駆けつけてくるのだが……。

「これくらいは、大丈夫です!」

春樹にも美穂にも聞こえるように八造が言った。

「駄目でしょう! もし、次に狙われたら、本当に…」
「見切ってます。そして、次はありませんし、それ以上に
 お嬢様の事が…心配ですから」

八造の言葉に、誰も反論できなかった。
確かに、一番心配するのは真子だった。だからこそ、真子に心配を掛けないように…笑顔が減らないようにと気をつけている。なのに、真子に心配を掛けたり、笑顔を失うような事をしてしまったりと、思いとは違うことが現実に起こってしまう。

「それなら、仕方ないよな。…美穂ちゃん、本部に来てくれよ」
「解ってるわよ、親分。ったく……修司くんに似て……」

ブツブツ言いながら、美穂は踵を返して去っていった。

「くまはち、すまんかった」
「私の方こそ、お気遣い…申し訳ございません。…気付くべきでした。
 あなたのオーラに…」
「天地山で効果があったと思ったんだが……無理なんだな…」

春樹は寂しげに呟いた。

「それなら……あなたは、お嬢様と行動をしてください。
 これ以上、四代目やくまはちに怪我させないように。そして、
 お嬢様が心配なさらない為に。…そうしてください。
 お嬢様の……為に……」

真子の為。そう口にしている芯だが、その言葉には、芯自身の思いも含まれていた。

私の教師としての姿を観て欲しい。

春樹に、もしもの事があれば、自分の晴れ姿を見せることはできない。だからこそ…。
春樹は芯の眼差しで、芯の思いに気が付いた。

「あぁ、そうする。…でもな、慶造が参加できる状態に
 しておかないと……更に真子ちゃんが哀しむだろう?
 だから、お前が居る間は、俺は慶造と共に行動する。
 それくらいは許してくれよ」

自信ありげな表情で言い切った春樹に、誰も何も言えなかった。しかし、

「そうですね。お嬢様が望んでおられますから。
 全力でお願いしますよ」

芯が春樹のやる気を促した。

「解ってらぁ〜」

春樹が応える。
二人の間に見える、…………怖ぁぁい程のオーラ………。
側に居る慶造と八造は、息を飲む。

動けない……。

「おっ待たせぇ〜。ついでに、その傷も診てあげようかぁ、
 ぺんこう先生ぃ〜」

その場の雰囲気をがらりと変える美穂がやって来た。

「結構ですっ」

短く応えた芯は、踵を返して駐車場へと向かっていく。

「あららぁ怒っちゃったぁ」
「…………流石…小島家の人間だな…」

呟くように言う慶造。

「えっ? 何??」
「なんでもない。ほら、帰るぞぉ。美穂ちゃん、よろしく」
「はいなぁ〜任せなさぁい!」

そして、道病院を後にした。



(2006.11.5 第九部 第十一話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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