任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第八話 偽りへの怒り

AYビル・真子の事務室。
真子は、久しぶりの組の仕事に張り切っていた。会議での意見もたくさん述べ、そして、例の試作品を楽しんでいる所だった。

「なるほどぉ〜。そういう手もあるんだ…。むむむ……」

真子がパソコンに向かって、勉強もそっちのけで真剣に取り組んでいるのは、これから、始めようとしている新事業には欠かせない物。

「結構楽しいんだなぁ。一平くんが、はまるのもわかるよなぁ。
 …作るのも楽しそうぅ〜!! ゲームって、楽しいんだぁ!」

ちまたで流行るかもしれない…いいや、今はかなり、流行っているはず!
そう言って真子が目を付けたゲーム関係の事業。色々と調べているうちに、プログラマーが必要ということを知り、いい人がいないか捜していた矢先、水木からの情報。そして、今、真子は、その人物を中心にして、会社を設立しようと考えているのだった。

「…資本金かぁ…。どれくらいがええんかなぁ。
 やっぱり、研究費とかいるんかなぁ。…ソフト生産には、
 それなりの会社も探さないとあかんしなぁ〜。
 上場企業は、話し合いにも応じそうにないやろなぁ。
 …う〜ん……。…まさちん!!」

真子は、隣の事務室にいるまさちんを呼んだ。
しかし、返事がなかった。不思議に思い、まさちんの事務室を覗いたが…誰も居なかった。

「ったくぅ〜どこで何してるんだろ…」

真子は、ふてくされながらも、ネットで色々な情報を集め始めた。

その頃、まさちんは……。

会議室で幹部会の真っ最中だった。それも、真子を抜いて。集まっているのは、まさちんの他、須藤、水木、川原、藤、谷川、そして、松本達関西の幹部だった。それぞれが、深刻な顔をして話し合っていた。

「本部には連絡してるんか?」

須藤が、まさちんに言った。

「連絡済みです。山中さんは、煮え切らない様子でしたけど」
「煮え切らないって、六代目を狙ってるとか?」
「その辺りは、わかりません。ですが…恐ろしいことを聞いてしまいましたよ…」
「恐ろしいこと?」

幹部達は、声を揃えて言った。

「本部の例の場所を再度使用するために、数年前から、
 組長の閉鎖プログラムを解読しようと試みているそうです」
「…例の場所って、…あの射撃場か?」

川原が驚いたように言った。

「えぇ。組長が、五代目を襲名した際の銃器類を禁止したと同時に
 閉鎖したところです。あの場所は、昔ながらの隠れスイッチがついてますが、
 先代の時にコンピュータシステムに切り替えてあったようです。
 そのプログラムを組長が書き換えて閉鎖したんですよ。
 それを解読しようとしているようですが、なかなか解読できないようですよ」

幹部達の声は聞こえているが、松本は、別のことを考えていた。

…あの二の舞に…ならへんのか?
こんなこと………許されないだろが…。

松本が急に立ち上がり、そして、会議室を出て行った。

「松本??? どうした? どこ行くねん!」

ドアが静かに閉まった。

「まぁ、松本は、本来こっちじゃないし…一応、あれでも
 この世界から遠ざかってる方なんだからさ…」

谷川が呆れたように言った。

「そりゃ、まぁ…な」

須藤達は声を揃えて、そう言うだけだった。
本来の松本の姿を知ってるだけに……。


松本が向かったのは、真子の事務室だった。

…あの悪夢が再び甦るようなことは、…避けなければ…。

そういう思いだけで、真子の事務室の前に立つ。
真北達が取った行動。
そう考えるのも解る。
だが、自分たちにとって、阿山組五代目である阿山真子は、親同然。
親の為だと、親に内緒で行うことは、許されないこと。
それも充分解っている。
松本は葛藤していた。
ドアノブに伸びる手が、その気持ちを表しているのか、震えていた。

これを伝えれば、何が起こるか、想像出来る。
その後の事も、解る。
だが、言わずにはいられない。

先代に…言われたことがある。

それは、後になって、自分の師である、とある人物に教えてもらった。
その時はもう、阿山慶造はこの世を去り、愛娘の真子が五代目を継ぎ、大阪に来ることになっていた。

勇気を…。

そう心で呟き、そして、ドアをノックした。
真子の声を聞いて、ドアを開けた松本は、深々と頭を下げる。

「失礼します」
「松本さん。どしたん? …なんか深刻な顔してるけど…」

真子は、退屈なのか、ソファーに座ってのんびりとしていた。
その表情からは、五代目を感じない。しかし、松本は、意を決して、ゆっくりと語り始めた。

「組長…実は、今、会議室で、組関係の事を話しているようなので、
 ご報告に…」
「…あれ? まだあったの? 会議は終わり言うてたやん。
 …何か、やばい話でもしてるとか?」
「えぇ。その…」

それ以上、言葉が出てこない松本は、息を飲む。しかし、真子は松本の態度と表情で、会議室で何を話しているのか、大体が予想出来た。真子の表情は徐々に五代目へ変わっていく…。
真子は立ち上がり、事務室を出て行った。
松本も後を追っていく……。




「桜島組の行動には、要注意だ。準備は怠るなよ」

須藤が言った。

「…やはり、我々には、こういう生き方が似合ってる…」

谷川が、何かを諦めたような表情をして話している時だった。
会議室のドアが勢い良く開いた。

「…どういうことか、説明してよね」

真子が静かに言って、ドアの所に立っていた。
ギロリと幹部達を睨み付け、

「私を抜いて、一体何の話なの? …それも、そんなやくざな表情で…」

と言う真子の方が、幹部達以上に、やくざを醸し出しているのだが……。
それに気付いた須藤達は、一斉に口を噤むが、真子を睨み付けてきた。

「…まさかと思うけど、ほ…」
「…組長には、関係ないことです」

須藤が本来の自分を表に出して、真子に言い切った。
それに怯む真子ではない。
自分には関係ないと言われれば、それ以上、尋ねる気も起こらない。
しかし、須藤達が企んでいる事は、目に見えて解る。だからこそ、この後の真子の行動は…。

「関係ないこと…あっそ」

真子は、踵を返して、事務室へ帰っていった。

バン!!!

真子の事務室のドアは勢い良く閉まった音が会議室まで響いてくる。
会議室のドアの所には、松本が立っていた。

「松本ぉ〜。何をしに出たのかと思ったら、組長にぃ〜!」

須藤が嘆くが、

「俺には、できないと言っただろ!」

松本は、少し怒り混じりで応えるだけだった。

激しい物音が、連続で続く。

「相当きてますよ…」

水木が、机の上の書類を片づけながら、静かに言うと、

「…行ってきます」

何かを決意したように言ったまさちんが、会議室を出ていった。


真子の事務室のドアを開けると…。

「あちゃぁ〜」

まさちんは、焦った。
事務室内には、書類が散乱している。真子が怒りをぶちまけたようだ…。姿が見えないことから、まさちんは、奥の部屋に歩み寄り、そっと覗き込む。
真子は、俯せに寝転んでいた。

「まさちん、どういうこと?」

俯せのまま、真子はまさちんに尋ねた。

「…明日は午前八時です」

まさちんは、顔色一つ変えずに、話を逸らす。

「そんなに、私に言えない事なんだね…もういい。帰る」

真子は、起きあがり、まさちんを押しのけて部屋を出て行った。荷物を持って事務室を出ていく様子に気付いたまさちんは、

「組長!」

真子を追いかけて廊下へ出てきた。
だが……。
真子が振り返り、ギッと睨まれる。そして、指をさされ、

「一人で帰る! 付いてくるな!!」

力強く言われた。
動くことが出来ないまさちんは、去っていく真子を見つめるだけしかできない。
会議室から、須藤達が出てきた。

「まさちん、仕方ないだろ…」
「あぁ」

まさちんは、懐から携帯電話を取り出し、電話を掛ける。

「くまはち、組長が一人で帰った…」
『怒ったんだろ?』
「そうなんだよ」
『それも予想していたから、任せておけ』
「頼んだよ」

携帯電話の電源を切り、懐に入れ、大きくため息を吐く。

真子を一人にしてはいけない。
今の状況を考えて、真北が強く言われていた事だが、これ以上、真子の側に居ると、更に怒りを買ってしまうことくらい、解る。
こういう時は、くまはちに頼むしかできない……。



真子は、自宅の最寄り駅に無事に着いた。そして、てくてくと歩いて、公園まで来る。脚は、自然と公園の中へ向いていた。

くまはちは、真子が公園へ入っていくところを見て、歩みを停めた。
自分が付いていることは解っているかもしれない。だけど、側に寄ると…。
そう思うと、真子の側に行くことが出来なかった。
木の陰に立ち、真子がベンチに腰を掛けたのを見届けると、辺りを警戒し始めた。
ふと真子に目をやる。
真子は空を見上げていた。
くまはちも、真子に釣られて空を見上げる。

曇り空…か…。

くまはちは、真子に目線を移した。
真子と目が合ってしまった……。

真子が歩み寄ってくる。

「…付いてきてたんだ」

真子が静かに言うと、

「当たり前ですよ」

くまはちは、優しく応える。

「まさちんから?」
「はい」
「頼んでた仕事は?」
「組長が無事に家に帰るのを見届けてから、仕上げます」
「…仕事…減らそうか?」
「いいえ。これくらい大丈夫ですから」
「無理したら駄目だよ」
「ありがとうございます」
「…ほな、帰ろっか」
「はい」

真子とくまはちは、少し重い足取りで家に向かって歩いていった。玄関先に立ち止まった真子は、言った。

「ねぇ、くまはち」
「はい」
「…みんなに、何かあったの?」
「何かとは?」
「…なんだか、みんなの雰囲気がね……」

そう言って、真子はくまはちを見つめる。
くまはちは、真子の目を見つめていた。
その眼差しを観て真子は、それ以上、何も言えなくなった。

「いいや、なんでもない」
「…組長…」

真子は、家に入っていった。くまはちも入っていく。

「もう、大丈夫だから」
「しかし…」
「…大丈夫だって」

真子は、笑顔でくまはちに言った。
くまはちは、心配しながらも、再び仕事へ戻る。玄関のドアの鍵を掛けた真子は、暫くその場に立ち止まったまま、何かを考えていた。

「気のせい…かなぁ」

真子は、気を取り直して、自分の部屋へ向かって階段を上っていった。

くまはちは、真子が部屋に入っていく様子を伺い、一礼してから、来た道を戻っていった。




本部へ出発する日。
大学生になったことで、冬休みが長くなった。少し早めに本部へ戻ると言い出したのは、なんと真子だった。
…もしかしたら、純一達とカラオケ??

「いつも通りに振る舞えよ…」

出発する日の朝、真北がまさちんとくまはちに言った事。本部にも真子への対応は伝えてある。山中達幹部の連中は兎も角、若い衆は、できるのだろうか…。
そんな不安にかられながらも、真子と一緒に、まさちんとくまはちも本部へ戻ってきた。

本部の門をくぐる。そして、玄関へと向かっていった。いつもは、かなりの若い衆が出迎えるが、この日は、数人だけだった。真子は、そんな様子を全く気にしていない様子。

「組長、いつもの場所ですか?」
「…解ってるなら、訊くな!」

まさちんが尋ねたが、真子の返事は冷たい…。
真子は、未だ怒っている。
しかし、くまはちには、いつもと同じように話している。くまはちと話して去っていく真子を、まさちんは、寂しげに見つめていた。

「そんな面すんなって」

まさちんの表情が、あまりにも酷かったらしい。滅多に笑わないくまはちは、笑いを堪えているのか、表情が弛んでいた。

「なんで、くまはちには、普通なんだよ…」
「知らん。それより、本当に気をつけてくれよ」
「あぁ」
「山中さんや純一達に、怒らなければええんやけどな…」
「それは、解らないな……って、くまはち、何処に行く?」
「いつもの通りだ」
「解った。無茶すんなよぉ」

まさちんに見送られて、くまはちは、何処かへ出掛けていった。
本部に戻り、真子がくつろいだら、必ずすることがある。
それは……。

まさちんは、自分の部屋にやって来た。
隣の真子の部屋には、誰も居ないのが解る。

…純一達の所……ですか…。

少し項垂れながら、自分の部屋に入っていった。


まさちんが思った通り、真子は純一達の部屋に向かっていた。


「組長…戻ってきたけど…俺……」
「山中さんが仰った通りにすれば良いんだって。それに、
 組長の為なんだから……」
「それでも…!!!」

部屋のドアがノックされた。
ドアの側に居る若い衆が、応対する。
そこには、真子の姿が!
誰もが息を飲む。

「純一いるかな?」
「あっ、はっ、くっ…その、仕事です!」
「そっか。そうだよね。あのね…」
「し、失礼します!!!!」

応対した若い衆は、焦ったようにドアを閉めた。

「って、お前、それは失礼だろがっ!」
「しかし、でも……俺……」

応対した若い衆は、思いっきり焦っていた。
誰もが、口を噤み、項垂れる。


真子は、くつろぎの場所で、くつろいでいた。
その様子を、まさちんは、窓から見つめていた。

組長……申し訳御座いません…。

深々と頭を下げ、まさちんは、山中の所へと向かっていった。



夜。

「できませんよぉ」
「絶対に、無理ですって」
「そんなこと…急に言われても…なぁ」
「組長のことを守るためには、この方法しかないなんて、
 そんなこと急に言われても…。それも組長には
 内緒で…だなんて…な…」
「純一さん、どうしたらいいんですか?」

純一が帰ってきた後、若い衆たちが、頭を抱え込んで話していた。

「…組長を組長と呼ぶなとは…ね…」
「難しいよな…」
「あぁ」

本部内の空気が少し違っていることを気になるのか、真子は、眠れなかった…。
そして、事態は、最悪な方向へと進んでしまう…。



朝…。
幹部達が集まって何やら話していた。

「…私に言われても、パスワードは、解りませんよ」
「お嬢様の事を一番知っているまさちんなら、解るかと思ったんだけどなあ」

山中が言った。

「…でも、山中さん。それだけは、私は反対ですよ。
 組長をこの世界から突き放すような事をしてますけど、
 再び銃器類で汚すのは…」
「…この世界には、必要だよ」

山中は冷たく言った。
そこへ、真子がやって来た。幹部達は、真子の姿を見た途端、去っていく。

「まさちん、何か隠してる? …企んでるでしょ? やはり、桜島組に…」
「いいえ、何も。…そのようなことはありません」
「…ほんとに?」

真子は、疑いの眼でまさちんを見ていたが、やはり何かを隠している様子。真子の怒りが頂点に達したのか、何も言わずに、まさちんの前から去ってしまった。

「…すみません、組長…」

まさちんは、真子が去っていった方向へ深々と頭を下げていた。



「組長が?!」

本部内は、突然、慌ただしくなった。
まさちんに背を向けた後、ぷっつりと真子の姿が消えてしまったのだった。門番も真子の姿を見ていない。
一体、真子は、どこに??



喫茶「森」。
開店準備をしている所へ、純一と川原が、いつもより遅れてやって来た。

「おはよう! えらい早い時間に…って…なんか暗くないか?
 そんな感じじゃぁ、お店が暗くなるだろ?」
「おはようございます、店長」

川原が少し明るい声で言った。

「…店長、俺達どうすればいいですか?」

純一が店長に嘆く。

「ん?」
「俺達には、無理です。聞いて下さい。…組長が、
 命を狙われたこと、御存知ですよね、店長」
「あぁ。確か、大学の友だちと飲み会をしたその後だったんだよな。
 でも、今はすっかり元気になったんだろ?」
「そうなんです。その時、一緒にいた水木さんが飲み会での組長、
 すごく楽しそうだったと。まるで、組長じゃなく、女子大生だったと」
「そりゃぁ、普通の暮らしをしてるから、そうだろう?」
「えぇ。 …だけど、あの一瞬の出来事で、その楽しさが…奪われてしまった。
 ほんの一瞬ですよ。その組長の楽しさがその一瞬で消えたと思うと、
 もうこれ以上、組長をしていただきたくないと…。組長の事を考えて、
 これ以上こんな危険な世界に生きて欲しくはない…」
「そんなこと、俺達、急に言われても、どうしたらいいのかわからない」

川原が言った。

「組長は、俺達に、命の大切さを教えてくれた。こうして、元気に
 毎日楽しく過ごせるのも、組長のお陰なんです。我々一人一人のことを
 いつも考えてくださるんです。ご自分のことを、夢を壊してまで…」

純一は、言葉に詰まってしまった。

「その組長の命を守るには、組長を辞めていただくしか、方法はないと…。
 阿山組組長というだけで命を狙われる…。だから、だから……」
「そういうことだったんだ……」

その声に驚いて、振り向いた。なんと、真子が、店の奥の部屋から出てきたのだった。

「く、組長! こちらでしたか!」
「本部では、探しておりましたよ!」

純一と川原は、真子の姿を見て、驚きと共に、安心していた。

「な、真子ちゃん、何か事情があっただろ?」

店長は、真子から、組員の態度がいつもと違うと相談を受けていた。そして、真子が眠そうだったので、店の奥なら、組のことを考えずに眠れるだろうと思い、奥の部屋へ通していたのだった。

事情があるんだろう。

店長は、そう真子に応えていた。
しかし、事情が事情でも、純一達の言葉を立ち聞きしてしまった真子は、哀しい目をして、店長をちらっと見て、そして店を飛び出していった。

「組長!」
「お前らなぁ、真子ちゃんに内緒でそんなことしたら駄目だよ。
 真子ちゃん、すごく悩んでいたんだぞ」
「店長……」
「…今日は、いいよ。真子ちゃんに付いててあげろ!」

真子の性格から、真子の次の行動が予測できたのか、店長は、純一と川原に強く言った。
その言葉に反応した純一と川原は、

「申し訳ありません、店長!」

声を揃えて、真子を追って店を出ていった。

「…ったく、その優しさが空振りしてどうするんだよ…」

店長は、ため息混じりに呟きながら、営業中の札を扉に下げた。



本部の門の前には、真子の行方を探そうと、組員が集まっていた。。その中の一人が、指をさす。その方向から、走ってくるのは、…真子だった。

「組長!」
「組長です!!」
「…後ろから、純一さんと川原さんも…?」

真子の後ろからは、純一と川原が真子を追いかけるように走っていた。二人とも、脚は早い方だが、なぜか、真子に追いつけなかった。
若い衆は、真子に歩み寄る。しかし、真子は、何も言わず、若い衆を押しのけて、本部へ入っていった。
そんな真子を、誰も、追いかけようとはしなかった。
真子の表情に誰もが、恐れてしまったのだ。

五代目組長

そんな雰囲気を醸し出していた。
純一と川原が息を切らして、門の前に立ち止まる。

「はぁ、はぁ…脚も早いとは…」
「…純一さん、組長の雰囲気が…」
「喫茶・森に居たんだよ…。俺が店長に話しているのを聞かれてしまった…」

その時、本部内から、若い衆が叫びながら走ってきた。

「大変です!! 組長と山中さんが!!」
「な、なに?!」

純一達は、驚くと共に、一斉に本部の庭へ向かって駆け出した。



庭では、真子と山中が刀を持って、向き合っていた…。
重々しい雰囲気が漂い始める。

「組長……」

まさちんは、やりきれない思いで真子を見つめていた。
真子と山中の気合いにまさちん、北野そして、純一達若い衆は、誰もが固唾をのんで、立っていた。


「…手を抜くなよ、山中さん…」
「お嬢様、私の腕は御存知のはず…なのに、刀で勝負ですか?
 先は見えてますよ。これを機に、引退なされては?」
「…やってみないと…わからないだろ?」

真子と山中が、お互い刀を手にして、向き合う。
真子が、静かに刀を鞘から抜いた。そして、刃先を山中に向ける。
山中も刀を抜いて、気合いを入れた。
真子の眼差しが変わった。その瞬間、山中に一太刀振り下ろした。
山中は、軽くそれをかわす。
真子は、容赦なく山中に刀を振り下ろす。しかし、山中は、簡単にそれをかわしていく…。
庭の隅まで追いつめられた山中は、真子の次の一太刀で、真子の後ろに廻った。真子は、振り向き様に山中を左下から斬り上げた。
山中は、寸での所でそれをかわした。その瞬間、自然と体が動き、真子へ攻撃してしまった。
真子は、上手い具合に山中の一太刀をかわした。

二人は、睨み合っていた…。

真子は、フェンシングのような感じで刀を突きに出た。
真子の気合いは凄かった。その突きには、隙がなかった。
山中は、見事にかわす。しかし、真子の気合いに反応してしまったのか、山中は、かわした時に体に染みついた何かが働き、一太刀を真子に浴びせてしまった!

「しまった!」

山中が呟いたが、遅かった。

バサッ……。

真子の手から、刀が落ち、真子が跪いていた。

「組長!!!」

まさちんが、叫ぶ。
なんと、真子の右腕からは、血が滴り落ちていた。真子の足下を真っ赤に染めていく血……。
山中の一太刀は、真子の右腕を鋭く斬りつけていた。
傷口を見つめ、動かない真子。

「…組長、今のうちですよ…降参は」

山中は、刀で空を斬り、そして、鞘に納めた。
まさちんが、真子に駆け寄ろうとした。そんなまさちんを北野が制止する。

「…北野ぉ、放せよ…」

まさちんの目は、邪魔する奴は許さないという感じだったが、北野の目線で、それは、直ぐに治まった。
まさちんは、再び真子を見る。
真子が、落ちている刀に目をやり、口元をつり上げていた。

「山中さん…本気を出せと…言ったよね…。今ので…
 斬り落とされて、当然だよな?」

真子は、冷静に言いながら、左手で刀を拾い上げて立ち上がった。
真子に見つめられるその視線に、一瞬、恐怖を感じ、身構えた山中は、再び鞘から刀を抜いた。真子は、左手で、山中に刃先を向けた。

カキーン!!

甲高い音が響き渡った。刀がぶつかり合った音だった。
お互い譲りもせず、睨み合う。
真子が一瞬、力を抜いた。その弾みで山中は、バランスを崩す。その一瞬の隙を真子は見逃さなかった。

カーン!! …ドス……。

「うっ……」

山中が、腹部を押さえ、その場にしゃがみ込む。
山中の刀は、真子の刀に弾き飛ばされ、山中の後ろの方の地面に突き刺さった。鈍い音は、山中の刀が地面に刺さる音と山中の腹部に真子が蹴りを入れた音だった。

フシュッ!

「組長!」
「山中さん!!!!!」

まさちんと北野は、叫びながら立ち上がった。
真子が、山中の首筋目掛けて刀を振り下ろしていた。
空を斬る音がきこえるほど、素早く振り下ろされた刀は、山中の首筋まであと数ミリというところで、ピタリと停まっていた。

「ま、参り…ました……」

一点を見つめたまま、震えた声で山中が言う。

「…馬鹿に…馬鹿にするな! 馬鹿にするな!!!私は誰だよ!
 阿山組組長だぞ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!!!」

真子が叫んだ。そして、刀を地面に突き刺し、庭に集まっている組員達を睨み、その場を去っていった。

「組長!!」

まさちんが、真子を追いかけていく。

「山中さん、お怪我は?」

北野は、山中に駆け寄った。力無く地面に座り込む山中。

「…俺は、大丈夫だ…。ふっ…俺も馬鹿だよな…。組長の言う通りだ。
 あの時…先代の葬儀の時に、勝負していれば、こんなこと……。
 こんなことは、起こらなかったのにな…。余計に怒らせてしまった。
 怒らせてしまったな…。そして……」

山中は、それ以上何も言えずに俯いてしまった。

お嬢様をこの世界から遠ざけるつもりが…。

山中の目から、一滴の涙が、地面に落ちていた。
そのことは、誰も気が付かれることはなかった。



「組長!!」

手に救急箱を持ったまさちんが、部屋に入ろうとしている真子を呼び止める。


まさちんは、真子の傷の手当てをしていた。
かなり深い切り傷。応急手当では難しいかもしれない。

「やはり、医者へ…」

まさちんが優しく声を掛けるが、

「行かなくて…いいよ」

真子は冷たく応えるだけ。
本部に戻る前の事をすっかり忘れているまさちんは、真子に語り続けていた。

「もう、こんな無茶はしないで下さい」
「……次は…誰が……いい?」

真子のあまりにも低い声に、まさちんは、驚き、真子を見た。
真子は、上目遣いにまさちんを見ていた。
まるで、殺人を楽しむような狂気の眼差し…。
「組、長……」

まさちんは、恐怖を感じ、それ以上言葉を発する事ができなかった。
今までに見たことのない眼差しをする真子…。
真子は、直ぐに目を反らした。

「…いけ…出ていけっ!!!」

真子が怒鳴ると、まさちんは、直ぐに部屋を出ていった。
ドアを閉め、その前に立ちつくすまさちん。そこへ、くまはち、北野、純一がやって来た。

「まさちん…」
「くまはち……どうしたら…どうしたら、いいんだよ…。
 組長を…怒らせてしまった…どうすればいいんだよ…。
 組長…暴走を始めるぞ…。俺には止めることできないよ…。
 どうすれば…」

まさちんは、憔悴しきっていた。そんなまさちんを観たくまはち達は、為すすべもなく、ただ立ちつくすしか出来ない。
思った以上に、厄介な方向へと事が進んでいく………。




「…山中さんは?」
「大丈夫ですよ。それより、組長の…傷の具合は?」

真子が五代目を襲名した時に、幹部達の前で大暴れした部屋に幹部達が集まっていた。
真子と山中の事を耳にして急いで集合していた。

「…傷は…かなり深いんですよ。ですから、医者に行くように
 申したのですが…。怒りは治まらず…」
「まさか、こんな事になるとはな…」
「…あの山中さんを恐怖に陥れるとはな…」
「それも、山中さんが、得意とする剣で…」
「わしらの組長の凄さ…更に身にしみたよな…」

幹部達は、何も言えなくなり、口を噤んだ。
静けさが漂う本部にいきなり足音が響き渡った。

「まさちんさん!!」

純一が、幹部達の集まる部屋に駆け込んできた。

「どうした、純一」
「…組長の姿が…どこにも…見あたりません…」
「組長が? 外に出たんじゃないのか? …笑心寺には?」
「…わかりました。心当たりの所には全て連絡してみます」
「あぁ」
「純一さぁん!!」

若い衆の一人が駆け込んできた。

「駅番からの連絡です。組長が、お一人で改札を…」
「駅か…。純一、あとは、任せておけ。組長の行き先は恐らく…」

まさちんは、何か思い出したような表情をして、部屋を出ていった。

「まさちんさん……」

純一、そして、若い衆は、まさちんの後ろ姿を見届けるしかできなかった。




天地山は、真っ白な雪に覆われていた。
一面、雪景色。
何もかもが白紙に戻されたような感じだった。
ここは、天地山最寄り駅。
電車が到着した。何人かの客が乗り降りし、そして、電車が去っていった。
誰も居なくなった駅に、ただ一人、のんびりと雪景色を眺めながら歩く一人の女性…右腕に巻かれている包帯が少し赤く滲んでいた。
真子だった。
屋根のないホームの端まで歩き、そして、ベンチに座る。背もたれに思いっきりもたれかかって、空を見上げていた。
雪が降ってきた。
真子の服に、雪がうっすらと積もっていく。
電車が到着した。何人かが乗り降りした後、電車は去っていった。
階段付近に立っていた男の人が、雪が降っている中、ベンチに座って空を見上げている真子を見つめていた。そして、ゆっくりと真子に歩み寄ってくる。

「お嬢様、どうされました? お一人で…それは…」

それは、天地山ホテルの支配人・まさだった。まさは、真子の右腕に気が付いた。

「…へへへ。別に襲われた訳じゃないから。大丈夫だよ。
 …この時間だったら、まさに逢えると…思ってね」

真子は、微笑んでいた。
真子の言葉に不安を感じたまさだったが、真子の微笑みに少し安心する。
真子が、まさを呼び捨てにするときは、必ず、真子自身にとって何か嫌なことがある時だった。

「あっ、お嬢様! まだ、退院して日が浅いのではありませんか!
 なのに、これからもっと寒くなるんですよ。お体に良くないですよ」

ちょっぴり厳しい声を掛けるまさ。真子は、少し寂しげな眼差しをする。

「……お嬢様、今日は私の車です。…行きましょう」

まさは、真子に優しく話しかけ、真子にうっすら積もった雪を叩いていた。

「ありがと」

真子は笑顔で言った。

まさ運転の車が、雪の中を静かに走っていく。
助手席に座った真子をちらりと観る。
真子は、ただ、窓の外の景色を眺めているだけだった。

お嬢様、また……。

真子が何を思い、一人で来たのか。
まさは、解っていたが、敢えて、真子には尋ねなかった。

車は、天地山ホテルに向かって、走っていく………。



(2006.2.1 第三部 第八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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