任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

復活の予兆 第四話
天地山ホテル支配人の……

原田が小屋に駆け込んできた。
慶造が小屋に運び込まれてから、三十分経っていた。

「容体は?」

駆け込むなり、勢い良く尋ねる原田に、

「急に苦しくなっただけだそうで、今は落ち着いてますよ」
「良かった」
「支配人が対策を練ってくださったお陰ですよ」
「役に立って良かったですよ。…………真北さんは?」
「側に」

そう言って、桂守は原田を寝室へ案内する。

「…………本当に……あなたがたはぁ〜っっ!!!!」

寝室に入った途端、目にした光景に、原田は怒りを露わにした。

「こいつが、あまりにも心配するからだっ」
「心配しない方が、おかしいだろがっ!」
「まぁきぃたぁ〜っ」
「けぇいぃぞぉうぅぅぅぅっ!!」

慶造と真北は、言い争いながら胸ぐらを掴み合う。

「……駆け付けない方が良かったですか?」

後ろに立つ桂守に振り返って、原田が呆れたように言った。

「診断では、本当に……。…だけど、真北さんの何が
 慶造さんを元気づけるんでしょうか……不思議な方ですね…」
「…それが、真北さんですから」

ホッとしたのか、原田は微笑んでいた。



その後、真北はベッドから起き上がれない慶造の側に付きっきりだった。
もしものときを考えて、原田も隣の部屋で過ごすことにした。

「なぁ、真北」
「あん?」
「あとは、頼んであるから、もう…いいぞ」
「一度、見送ってるから、気にしないんだが、嫌なのか?」
「いや……ジッとしてるのは、お前の性に合わんと思ってだな…」
「一人寂しく……逝くことないだろが」
「桂守さんが居る。俺が頼んでいる事だから」
「……なぁ、慶造」
「なんだよ」
「いくらなんでも、この方法は……腑に落ちないことが多すぎる。
 逝く前に、本当の事を打ち明けてくれよ……」

あまりにも落ち込んだ雰囲気で、真北が言うものだから、慶造は眉間にしわを寄せ、口を尖らせた。

「俺が二人を撃ち、同時に倒れる。その後、慶造だけが
 生き返る…そういう狙いだったんだろ?」

真北は話し続ける。

「お前が外さなければな。…でも、筋書きが変わった。
 竜次の方も用意をしていたって訳だ」
「まさか、慶造と同じ秘薬を?」
「いや…ちさとを失った頃から、あの日までに、竜次のことだ
 青い光に関する情報を手に入れていたんだろ。それを元に
 新薬を作っていた可能性がある。…現に、生き返ったんだろ?」
「あぁ。生きていた。生きて…真子ちゃんを狙って……」

まさちんを薬漬けにして、俺の目の前で、
真子ちゃんに銃弾を……。

真北は拳を握りしめた。

「真北たちを、真子の方へ向けた後、俺と修司だけになった。
 修司は俺を病院に連れて行ったよ。…あの傷で……。その時、
 俺は、もう……これ以上、修司を苦しめたくないと思った。
 だから、修司に…俺を殺せと命令したんだよ」
「猪熊さんから聞いたよ。でも、出来なかったと」
「あぁ。…あの状態で俺自身も、もたないと思ったんだよ。
 でも既に、秘薬を飲んだ後だったんでな、死にはしないと
 判断した。だからこそ、修司に命令したんだが……」

慶造は、両手を見つめた。

「竜次の行動は予想できた。だからこそ、生き返って、
 俺は、この手で……終止符を打つんだと、決意していた。
 でも、体は、思うように動かせなかった。まさか、竜次の
 銃弾に、薬が仕掛けられていたとは……気付かなかったよ」
「…それで、真子ちゃんの傷も治りが遅かったのか…。
 あの能力を術で封じ込めていても、傷の治りは早かったのに、
 不思議に思っていたんだよ」
「…でも……その傷が元で、真北と医者の寄りが戻ったんだろ。
 ………大阪で過ごすと決めたのは、なぜだよ…真北…」

今度は、慶造が質問をする。

「慶造が世を去ったら、俺が阿山組に縛られる理由は無いからさ」

真北は即答した。

「そうだよな。…で、本音は? その医者に会いに行くつもりだったのか?
 それとも……」
「真子ちゃんの為。……お前が残した者達の為だ」
「真子や組員の…為?」
「あいつら、報復だと言い続けるものだから、真子ちゃんは五代目として
 いつになく怒りを見せた。それは、慶造…お前を上回るほどの
 狂気だった。…このまま、本部に居ては、真子ちゃん自身が
 身を滅ぼすと、察しただけだ。だから、あの場所から連れ出して
 新たな世界を目指すため……」
「………ありがとな。…真子のこと…」
「黒崎家とのいざこざも、真子ちゃんなら、納めるよ。…黒崎…
 帰国して、真子ちゃんと会ってる」
「まさか、あのことを…?」
「……力になってくれてるんだよ」
「信じられん…。黒崎なら、狙いそうなのにな」
「あぁ。…だからさ、慶造」

真北は慶造が見つめている手をそっと握りしめる。
真北の手から伝わる思い。
それは、とてつもなく強くて、温かい。
心が、
落ち着いていく。

「間違っていない……」

そっと呟いた真北の言葉に、慶造は頷き、涙を流した。

「…なぁ、真北」
「ん?」
「…あれ……」

慶造が見つめる先に目をやる真北。
それは、ベッドの側にある棚に置いているもの。

「真子に渡して……くれ……」

慶造は真北の手を握り返す。

「……真子ちゃん、すごく気にしていたからさ。…ちさとさんの形見。
 慶造が初めてプレゼントした…オルゴールとネックレス。
 ……ちさとさんの部屋にあったとき、ちさとさんから話を聞いたよ。
 照れて、真っ赤になっていた。…その表情は、忘れられない」
「……あの日のこと……覚えてる。………もう、見たくなかった。
 …ちさとの涙は…。……真子の涙も……」
「慶造……?」

握っていた慶造の手が、スゥッと落ちた。

「…おい、慶造っ!」

真北は直ぐに頸動脈に手を当て、脈を確認する。
脈を感じない。

「まさっ!!!」

真北の声で、原田が寝室へ入ってきた。
真北が心臓マッサージをし始める。しかし、その手を原田に止められた。

「まさ、何を…。まだ…望みは…」

原田は、ゆっくりと首を横に振った。
その仕草で、何かを悟る真北は、慶造の体から手を放す。

「停まれば、後はもう…」
「いくらリスクがあるからと言っても、これは……っ!!!!」

真北は、壁をぶん殴る。

「慶造………本当に逝ってしまったんだな……もう…」

グッと拳を握りしめ、唇を噛みしめた真北の頬を、一筋の涙が流れ、静かに床へ、落ちた。






真北は、慶造に託されたオルゴールを手に、遠くに立ち上る煙を見つめていた。

「まだ…安心出来ないんだけどな…。こればかりは仕方ないか。
 既に死んだ男が生きていた。……まるで、何かを確認するかのように。
 …なぁ、慶造。俺に二度も哀しみを与えるなよ。…俺は、お前が
 考えている程、強くないんだぞ…? 自信…無くしてるんだからな…」

真北はオルゴールを見つめた。
そっと蓋を開ける。
時々、慶造がねじを巻いていたのか、開けた途端、オルゴールの中の猫たちが踊り始めた。
それは、真子があの日に欲しがって、クラスメイトからもらったオルゴールと、よく似ていた。
真子が何故、これを欲しがっていたのかが、解った。

真子ちゃん……。そうだったんだ。

猫が、真北を応援しているように見える。フッと笑みを浮かべた真北は、空を見上げた。

「…なぁ、慶造……。俺がどこまで出来るか解らんが、お前の夢、そして
 俺の夢…。思いは絶対に、達成してみせるから。…それが例え、
 危険な道でも、俺が修正してやる。…守ってやるから……。
 お前の大切な娘を…。俺の恋人を……」

草原に風が吹く。
草が激しく揺れた。
まるで、真北の言葉に応えるかのように。



「真北さん。戻りますよ」

原田が声を掛けた。
空を見上げていた真北は、ゆっくりと振り返る。

「あぁ、そうだな。誰にも言わずに来たから、心配してるだろうな」
「特にお嬢様が」
「怒られそうだなぁ〜」
「大丈夫ですよ、いつものことでしょう?」
「うるさいっ」

真北は、ちらりと目をやった。

「どうされますか?」
「片付けてから、戻りますよ」

桂守が応える。

「本当に、ありがとな…」
「慶造さんの思いでしたから。そして、私が頼まれたこと」
「新たに頼まれたんだろ?」
「その通りです」
「無茶だけは、なさらないでください。……真子ちゃんも心配してましたから」
「ありがたいことです」

桂守が微笑んだ。その微笑みに応えるように、原田と真北も微笑み返した。

「ここが、あなたの故郷ですか」
「えぇ。あの頃と全く変わらない…素敵な場所です」
「本当に素敵な場所ですね。慶造が今まで過ごせたのも、
 ここのお陰でしょう。………これからは、もっと…」
「えぇ。…達成するまで…いいえ、達成しても、私は
 いつまでも、守り続けます。…それが、私に課せられた業ですから」
「心強いです」



原田と真北が去っていった。
桂守は、二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。

空が高く、空気が澄んでいる。
いつになく、心が清々しい。

私の肩の荷が一つ…降りました。
次の重い荷物を降ろすため、
この身を削る覚悟で、動きますよ。
構いませんよね?
それが、あなたの次の思い。
私に願った……想いですから。
その為に、私は………。

天を掴むかのように、拳を握りしめた桂守。

「さてと」

踵を返して、小屋に戻っていく。
その桂守を追いかけるように、陰に隠れていた者達が、姿を現した。





「お嬢様には、伝えるんですか?」
「慶造が生きていたことをか?」
「えぇ」
「慶造は死んだんだ。…伝える必要は無いだろ?」
「そうですね。益々混乱なさいますね…」

そう言いながらも、原田の心は決まっていた。

「真子ちゃんに…渡さないとな…」

手にしているオルゴールを、真北はそっと撫でた。





阿山組本部。
真北が帰ってきた。…ということは、直ぐに真子へと伝わった。

「もぉ、真北さんっ!!」

真子が真北の姿を見た途端、膨れっ面になる。

「ただいま」

真北は優しく言った。

「おかえりなさい…じゃなくて、もう、どこに行ってたんよっ!!!
 !!! …真北さん?」

突然、真北は真子を抱きしめる。

「ごめん、真子ちゃん。…暫く……このままで…」

真子に、そっと呟いた。

「うん……。真北さん……」

真子は、真北の腰に両手を回し、そっと抱きしめる。
真北の激しい哀しみが、真子に伝わっていく。
真子の体が少し震え、そして、

「ありがとう……」

真子は、小さく呟いた。





食後、くつろいでいる真子と真北。
真北は躊躇っていた。
慶造に託されたオルゴール。それを、どのように渡せば良いのか。
いつになく、深刻な表情の真北を、真子は心配していた。

「真北さん」
「…あっ、はい、どうされました?」
「…どうされました? ……は、私の方なんだけど、
 もしかして………」

真子は、疑いの眼を真北に向けている。
真北は、思わず、ドキッと……。

「私に内緒で無茶な行動をしたんやろ?」
「あっ、いいえ、それは…」
「疲れてるんでしょう?」
「いいえ、その………」

真北は、意を決して、懐からオルゴールを取りだした。
目の前に差し出されたオルゴールを見た真子は、

「これ……探してたの……。どこにあったの?」

静かに尋ねる。
しかし、真北は何も応えず、そっと、真子に手渡して去っていった。

真北さん…?

真北が去っていった方向を見るが、既に真北の姿は無かった。



食堂から出てきた真北は、その足で、いまだに、そのままにしてある慶造の部屋へと入っていった。

「あほんだら……」

そう呟いた真北は、慶造がいつも座っていた場所を睨み付けた。
グッと拳を握りしめ、その拳の中に、『何か』を押し込める。

まだ…無茶が必要だよな…。
慶造…文句…言うなよ…。
俺のやり方に……文句は言わせんっ!!

握りしめた拳を突き出した。



真子は部屋に戻っていた。
ソファに座り、棚に飾る母の写真に目をやる。そして、テーブルの上にオルゴールを置いた。
ねじを巻き、蓋を開ける。
オルゴールが鳴り始め、猫たちが踊り出す。
真子は懐かしそうに眺め、色々と思い出していた。
母に聞いた、このオルゴールの事。まだ幼い真子には難しい話だったが、今なら解る。

母と父が、どれだけ凄い出逢いをし、そして、愛し合っていたのかが。

だけど、解らないこともある。

なぜ、自分を跡目に選んだのか。

そう考えながらオルゴールを見つめていると、違和感を感じた。
オルゴールの隙間が少し空いている。真子は、オルゴールを手に取り、隙間に目を凝らす。何かが挟まれていた。真子は、隙間を少し広げてみると、そこには、メモが挟まれていた。

もしかして……ママ……の?

見てはいけないと思いながらも、メモを取り出した真子。
そっと広げてみた。

!!!!!!!!

真子は突然、涙を流す。
そして、膝を抱き、顔を埋めて声を殺して泣き始めた。




夏休みも終わり、真子は、受験勉強だけでなく、組関係の仕事にも精を出していた。
その姿は、あまりにも『無茶』をしているように見えている。真子の周りにいる者達は、誰もが気がかりで仕方がなかった。


それは、紅葉が美しくなった頃に起こった。


真子と真北の行方が、突然、判らなくなった。
誰もが心配する中、二人の行方を捜していた男達が奮闘し、なんとか、二人を見つけ出す。
真北が真子の心を休ませるために、誰にも内緒で連れ出していたのだった。

それには、理由があった。




冬が、そこまで来ている頃。
真北は、とあるマンションへと足を運び、ある男を訪ねた。
呼び鈴を押すと、

『はぁい』

声と共に、その家の主がドアを開け、顔を出した。

「………」

主は何も言わずにドアを閉める…が、男に足で止められてしまう。

「まだ…怒ってるのかよ…」

男が静かに尋ねると、

「あったり前でしょう? 何の連絡も無しに、あのような行動は…」
「だから、真子ちゃんの為…」
「…組長の為であり、御自分の為でもあったんでしょうがっ!」

と言い合う二人。
主を訪ねてきたのは、ちょっぴり疲れを見せている真北だった。その真北がやって来た家の主とは、真子の担任の山本先生=ぺんこうだった。
何度もぺんこうの勤務先に足を運ぶが、紅葉の時期の事件以来、ぺんこうは真北の姿を見かけても、知らぬ顔をしていた。それも気になり、こうして、足を運んだのだが……、

「そう、冷たくあしらうなよ。…お茶な」

と言って、いとも簡単に、家へと上がり込んできた。

「ったく…そうやって、人の家に勝手に上がり込まないでください。
 そして、その癖は、勤務を外れたら、しないほうがよろしいですよっ」

ぺんこうは、嫌味を言いながらも、真北の靴を揃えて、玄関のカギを閉めて、お茶の用意をし始める。

「相手を確認してから開けろって。ここは、オートロックじゃ
 無いんだろが」
「大丈夫ですよ。気配で感じますから」
「気配を消していてもか?」
「それも感じますよ」
「一般市民が…」
「一般市民でも、格闘技マスターですから」
「それもそっか」

ぺんこうと語り合いながらソファにくつろぎ始める真北は、温かい眼差しをぺんこうに向けていた。

「それで、何のようですか?」

冷たく尋ねながらも、真北にお茶を差し出す。

「話し合い」
「はぁ?」
「これからのこと」
「これから?」
「あぁ。………いつまで、俺を避けるつもりだよ」
「避けてませんよ…。怒ってるだけです」
「だから、いつまで、怒ってるつもりだ?」
「ずっとです」
「……真子ちゃんが気にしていてもか?」

真北の一言で、ぺんこうは言葉に詰まり、何も言えなくなる。

「あのようなこと……これからも…するつもりですか?」

静かに、ゆっくりとした口調で、ぺんこうが言うと、

「同じようなことがあればな」

あっけらかんと応える真北だった。
ぺんこうは項垂れる。

「解っていて、尋ねる私が、馬鹿でした…」
「よぉ気が付いたなぁ」

と言った途端、ぺんこうの鋭い眼差しが!!

「……健在…か」
「あなたに対しては…ですよ」
「まぁ、その方が俺も安心や」

真北は、お茶を美味しそうに飲み干した。

「……真子ちゃんの気持ちも、ちゃぁんと解ったことだし」
「組長の気持ち?」
「なんで、無茶をしていたか…」
「それは、受験もあり、新たな事業もあって…」
「それをきっかけにして、忘れたかったんだろうな」
「……特殊能力のことですか?」
「それもある」
「あなたが隠していた事も含めて…」
「俺が隠していたこと?」

真北は首を傾げた。

「……私は、大変お世話になった身ですよ。解らない訳…
 無いでしょう? …でも、それはあり得ないことですから、
 気のせいにしていたのですが……」

ぺんこうは、何かを知っているかのような雰囲気だった。しかし、真北は敢えて、そのことについては、尋ねようとしなかった。だから、ぺんこうも、それ以上、何も語らず……、

「冬は行くんでしょう?」
「冬は行くだろうなぁ」

二人は同時に発した。

「………息抜きも必要ですから」

呆れながらも、ぺんこうは続ける。

「息抜き、したばっかりなのになぁ」

真北は嬉しそうな表情で、そう言うものだから、

「あなたという人はぁぁぁっ!!!」

ぺんこうの怒りに触れてしまった。

「って、治まったんちゃうんか!」
「怒りは治まってませんっ!!!」
「だから、それをだな…」
「だから、まだ、何も、あなたの口からは聞いてませんから!!」

どうしても、喧嘩腰になってしまう真北とぺんこう。
この二人の『隠し事』も、いつになったら、治まることやら…。





冬が来た。
この年も、天地山には、たくさんの雪が積もり、いつものように、いつもの場所で、一人の女の子が、素敵な景色を眺めていた。

そこへ、静かに舞い降りる人物が居た。

「……お礼……まだでしたね…」

女の子が静かに言った。

「それは、私のお話をお伝えした後で」

優しく応える舞い降りた人物こそ、あの桂守だった。
桂守は、女の子の側に静かに立つ。女の子が見上げた。

「お願いします」
「かしこまりました、真子様」

桂守は、そう言って、女の子の隣に腰を下ろした。

「真北さんから、オルゴール…渡されたんだけど、それって…」

真子が遠慮がちに言うと、

「棺に入っていたんですよ。オルゴールのことを知っている、
 山中さんでしょうね。…暫くの間、すみませんでした」

桂守の言葉に、真子は首を横に振る。

「これがあったから、お父様………。……でも……」
「苦しむことなく、静かに。……真北さんは、仰らなかったでしょう。
 真子様が御存知だということを、知らないようでしたから」
「どうだろう。…知っていても、言ってくれないと思う。…だって、
 真北さんは、私のことを一番に考えるから」
「そうですね。忘れてました」
「静かに……暮らしてると思ってたのになぁ。どうして?」

真子が五代目となってから、今まで感じていた桂守の気配を感じなくなった事で、真子は、桂守が、どこかで静かに暮らしていると思っていたらしい。もう、その手を赤く染めることをしないで良い生活を送っていると、そう思っていたのだった。

「慶造さんに、頼まれたことですから」
「…これからの事も?」
「はい。真子様の能力のことも」
「…もう、自分で出来るのに。…大学も、そのことに詳しい教授が
 居られるという所を選んだんだけどなぁ」
「そうでしたか。そこまでは、存じませんでした」
「自分のことだから。…だからね、桂守さん」
「はい」

真子は桂守に振り返り、ジッと見つめた。

「これからは、御自分の為に、過ごしてください。これは、
 阿山組五代目としての言葉です」
「真子様……」

真子の眼差し、そして、雰囲気に、桂守は何も言えなくなってしまった。
真子から感じるオーラ。それは、阿山組四代目を超えるものだった。
今まで、真子からは一切感じなかったオーラ。
そして、長い年月生きてきた中で、初めて感じるもの。

「ありがとうございます」

そう応えるのが精一杯だった。
人の足音が聞こえてきた。

「!! すみません。お話は、後程……」
「まささんに、お願いしておきます」

真子が言うと同時に、桂守は姿を消した。その直後、そこに現れたのは、

「組長!!! 探しましたよぉ」

まさちんだった。
受験勉強だけをする!と豪語していたにもかかわらず、真子は息抜きがてら、ゲレンデへ。それに気付いたまさちんが、真子を見つけて追いかけ回したものの、逃げられてしまった。真子が逃げ隠れた先は、頂上。その事に気付いたのは、真子を追いかけて見失い、休憩がてら中腹の喫茶店で珈琲を飲んでいたときのこと。

「珈琲飲んで、くつろいでたのに?」
「御存知でしたか…」
「当たり前でしょぉ。まさちんにも、自分の時間を作って欲しいんだもん。
 いっつも言ってるでしょぉ」
「私もいつも、申してますよ。私の時間は、組長の側に居ることだと」
「…私だって、一人で居たい時があるのに」
「心配ですから」
「………まさちん……」
「いつ、転んでしまうかと思うと…」
「まぁさぁちぃいぃぃんっ!!! それって、まだまだ、私は子供だと
 言いたいわけ? ねっ、そうなんでしょ!!!」
「その通りです!! あっ、口が滑りました!! スキー場だけに!!」
「もぉっ!!!」

真子は、まさちんに殴りかかる。その手を上手く受け止め、避けたりする、まさちんだった。


変わりませんね、お二人は。

少し離れた木の上から、真子とまさちんの様子を観ていた桂守。
跡目を継ぐ前と全く変わらない二人の様子を、安心した表情で見つめていたが、ふと感じるものに反応し、姿を消した。
桂守が舞い降りた場所は、

「…………窓は、やめてください」

天地山支配人・原田まさの部屋の窓だった。
桂守の姿に気付き、そっと窓を開けて、招き入れた。

「お久しぶりです。相変わらず…ですね」

原田が言った。

「真子様に会ってきましたよ」
「…頂上からですか…」
「えぇ」

普通に応対する桂守。
原田は、いつもと違った天地山を感じ、警戒した時に発したオーラを桂守が察知。すぐに飛んできたのだった。

「ここでは、私に断りもなく、過ごさないでくださいね」
「オーラは健在ですね」
「えぇ、当たり前です。特に、『今』はね」

原田は窓を閉めた。
『今』とは、真子が天地山で過ごしている時期のこと。
あの日以来、更に警戒している原田だった。

「真子様に、気付かれないようにしてくださいね」
「お嬢様だけでなく、真北さんにもですよ」
「そうでした」
「…それで、お嬢様に、どのようなご用件ですか?」
「慶造さんのことですよ」
「あれ? 真北さんが伝えたんじゃ…」
「真子様の事を考えて、伝えてないご様子ですよ。…伝える事すら
 出来ない心境なのかもしれませんね…」
「真北さん自身、ぐらぐらですからね…」

慶造が再び、この世を去ってから、真子以上に、無茶をしていた真北。
それこそ、何かを否定したいような雰囲気らしい…ということを、小耳に挟んでいる原田。
原田に真北の事を伝える…というか、必要以上に語っているのは、大阪に居座る医者・橋なのだが…。

「だからって、何も、お嬢様を連れ去ることないのになぁ」

呆れながらも、嬉しそうに言った原田だった。

「お話の最中に、まさちんさんが来られたので、
 真子様が、支配人にお願いすると仰ったのですが…」
「それなら、今…ですね」
「…そのようですね。…あれ? まさちんさんは…」
「組長命令で、自分の時間………。……ということは、
 何人か犠牲だな…」

原田は大きく息を吐く。
『犠牲』とは、天地山ホテルの女性客に、まさちんが手を出す……という事。真子が五代目を継ぐ前に、何度かそのような事件が起き、再三注意をしているのだが、それでも、まさちんの『癖』は、治まらないようで…。
真子には気付かれないのだが、原田には、ばれている。

ドアがノックされた。

「はい」
「失礼します。やはり、こちらでしたか」

真子が原田の部屋に入ってきた。そして、原田の側に居る桂守にも気付き、優しく声を掛けていた。

「お嬢様、まさちんは?」
「温泉に放り込んできた。湯川さんも一緒だから、
 長湯だと思う。…お酒は無しだからね、まささん」
「ありがとうございます。…まぁ、下戸に近いまさちんだと
 満も誘うわけにはいかないでしょうから」
「まささん、忘れてるよぉ」
「あっ……すみませんでした」

時々、昔の癖が出るのは、原田も同じだった。

「桂守さんと、お話してもいいかな…」
「えぇ。よろしければ、奥をどうぞ」

原田は、真子と桂守を奥の部屋へ案内する。
その部屋こそ、原田のプライベイトの部屋だった。ベッドの他、ソファやテレビ、ステレオなど、色々と揃っている。真子と桂守はソファに腰を掛けた。

「桂守さんは、何を飲みますか?」

原田は冷蔵庫を開けた。そこには、たくさんの飲物が用意されている。もちろん、真子用として、オレンジジュースもあった。

「真子様と同じで」
「かしこまりました」

原田は、飲物を用意し、真子と桂守の前にそっと差し出すと、部屋を出て行った。

「桂守さん。……お父様のこと…」

真子が尋ねると、桂守は、あの日から今までのことを、静かに語り始めた。
真子は、ただ、桂守の話に耳を傾け、一言一句、忘れないようにと頭に叩き込んでいた。




桂守は、窓から去っていった。
静かに見送った真子と原田は、原田の仕事部屋にあるソファに腰を掛け、語り始める。
それこそ、原田が知っている、慶造のことだった。
オルゴールの話になった時、真子が、オルゴールに挟まれていたメモのことを口にした。
その内容こそ、真子が本当に悩んでしまうこと。

「……解らなくなったの……だから、それを忘れようと、
 必死に……色々としていたら…、真北さんに気付かれて…」
「それで、紅葉刈りですか…」
「うん。………でも、良かった。私…間違ってないって解ったから。
 これから、どうしたら良いのかも、悩んでたの。…組のこともある。
 この世界のことも、まだまだ始めたばかりだし、それに……」
「お嬢様自身のことも」
「うん。…能力のこと、自分で調べて、対処したい。このことだけは、
 みんなに、これ以上……心配掛けたくないから…」
「お嬢様…」

原田は、思わず真子を抱きしめてしまう。

「何か御座いましたら、私にも、相談してください。力になります」
「…まささん……ありがとう…」

真子は原田の胸に顔を埋めた。



原田は、時間を忘れているのか、真子と長い時間、語り合っていた。

「冬休みが終われば、いよいよですね」

原田が言うと、

「うん。実はね、合格したら、言いたいことがあるんだ」

ウキウキした眼差しで、真子が言った。

「どんな事ですか?」
「っへっへぇん。…みんなには、まだ言ってないけど、まささんには
 教えてあげる!! それはね……」

真子は照れながら、原田に耳打ちする。原田は驚いた表情をして、

「大丈夫ですか?」

凄く心配そうに尋ねた。

「…わからないけど、言ってみるつもり」
「応援してます」

原田は笑顔で言った。

「ありがと」

真子が微笑んだ。

「まささんには、たくさん勇気をもらうよぉ。感謝してる!」
「それは、私の言葉ですよ、お嬢様。今、私が居るのは、
 お嬢様の、あの言葉のお陰ですから」
「ホテルのえらいひと!」
「はい」

和やかな雰囲気の中、突然、部屋のドアが開いた。

「組長、こちらでしたかぁ〜。捜しましたよぉ」

まさちんが飛び込んできた。

「もう見つかったぁ」
「ったく、まさは、仕事中ですよ」
「俺が良いと言ったんだよ」
「組長を、甘やかさないでくださいっ!!」

そう言って、まさちんは、真子を強引に引っ張って、部屋を出て行った。
真子の原田を呼ぶ声が、ドアの向こうへと遠ざかっていった。

「ほんと、あの二人は、変わらないなぁ」

優しく微笑みながら、グラスの片付けを始める原田。
その手が、ふと止まる。

慶造さん。…本当に、実行なさるとは…。

慶造は生前、原田に言ったことがある。
それは、酒を飲んでいる席でのことだった。酒の勢いで口にしていたと思っていたからこそ、原田は実行するとは思っていなかったらしい。

桂守さんも驚くほどの、五代目のオーラです。
これから、どうなるのか、私でも予測できませんよ。
それを見届けることなく、逝ってしまわれるとは…。
でも、あなたのことです。
きっと、今でも見守っているんでしょう?
…ちさとさんと一緒に、あの桜の下で。

目をやる方角こそ、阿山組本部があるところ。

ちさとと一緒に、見守ってるからさ。

逝くかもしれないと思った日、慶造が原田に、そっと言ったこと。
これからの、真子の成長を楽しみにしていることが、伝わった瞬間だった。


その優しさは、真子に伝わったのだろうか。
先程の、真子の言葉から考えると、伝わっていないかもしれない。
でも、真子には、どこかで伝わっているかもしれない。




それから、真子は大学に合格、そして、無事に高校を卒業し、原田に伝えた内緒事も見事に成功させ、更に願っていたことも、叶ったらしい。
楽しく通い始めた大学。真子は時々、原田に手紙を送っていた。
なのに、まさか……。
普通に暮らすことすら、出来ないのか、真子の身に降り注ぐ、数々の事件。
遠く離れた場所に居る為、ただ、見守るしかできない原田は、駆け付けたい思いを、グッと堪えながら、秋を迎え、そして………。






自然が美しい天地山。
この冬は、久しぶりのドカ雪で、一面真っ白銀世界。
その天地山にある高級ホテルこそ、『天地山ホテル』。
この冬も、常連客で賑わい、従業員も笑顔で応対している。その笑顔が、常連客の心も和ませていた。
その様子を、このホテルの支配人が、眺めている。
常連客に声を掛けられ、優しく応え、丁寧に挨拶をする。
時間を確認した支配人・原田まさは、

「四時には戻りますので、後をお願いします」

従業員に声を掛け、自分の車でどこかへ出掛けていった。
週に一回、足を運ばなければならない場所がある。
そこへ出掛けていった原田は、その帰りに………。



電車が、天地山最寄り駅に到着した。
原田は電車を降り、階段へ向かって歩いていく。
屋根のないホームの隅にあるベンチに座る女性が気になり見つめた。

えっ?

原田は、女性に歩み寄って声を掛けた。

「お嬢様、どうされました?」

真子だった。
真子の身に何かが起こったのだろう。いつになく、寂しげな表情だった。
心配ながらも、原田は真子を車に乗せて、天地山ホテルへ向かっていく………………。



(2010.1.31 復活の予兆 第四話 改訂版2014.12.29 UP)



著者より
誰もが驚くお話を四話続けて書いてみました。
そうなんです。そんなことがあったんです。
だからこその『任侠ファンタジー(?)小説』なのですよぉ、これは(#^_^#)
てなことで、お話の時期は、真子が高校生の三年間の時期です。
まささん中心として、書き始めたのですが、えっと………まぁ、いいか。
お話は、真子が大学一年生の冬までのお話です。
ちびっと、本編や組員サイド物語の内容を使っておりますので、
あぁ、あの、時期なのね〜…とお解りになると、思います。
まぁ、あれですね。外伝も読んでいないと、解らん人物出てきましたけど、
彼の方も、色々と……はい。
以上、著者でした!




任侠ファンタジー(?)小説・復活編 復活の予兆 TOP

任侠ファンタジー(?)小説・復活編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの連載期間:2009.12.1〜2010.1.31


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編・予兆〜は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の復活編が始まる前の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を読まなければ、登場人物などが解りにくいです。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
※別に解らなくても良いよ、と思われるなら、どうぞ、アクセスしてくださいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。
以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.