任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第二章 哀しみ
第一話 久しぶり!

AYビル・真子の事務室。
真子は、久しぶりに組の仕事に没頭していた。
最後の書類の山に手を伸ばし、それぞれを確認し、書類に何かを書き込んでいく。
最後の一枚を読み終え、『確認済』の箱へと入れた後、

「終わった〜!!」

そう言って、椅子の背もたれにもたれ掛かりながら背伸びをした。

「お疲れ様でした」

くまはちが、良いタイミングで真子にオレンジジュースを差し出す。

「ありがと〜。思っていたより、穏便だったんだね。
 大変やったんちゃう?」
「そうですね…。逸る気持ちを抑えるのが必死でした」
「ほんと、お疲れ様でした。そして、ありがとう」

ニッコリ微笑んで、真子はオレンジジュースをグラス半分程の量を、一気に飲んだ。

「残りは、竜次の行動と、ライさんの復活かぁ…」
「竜次の方は、現時点では不明です。ライの体は
 少しずつですが、復活しているようです」

真子が確認した書類をファイルにまとめながら、くまはちは、状況を説明していく。真子は、くまはちの話を聞きながら、パソコンのスイッチを入れ、健のページへとアクセスしていた。

「少しずつ…か…。完全復活には時間が掛かりそうやね」
「はい。その間は、リックが動いているのですが、
 ここ一週間、姿を見てません」
「何か遭ったんかなぁ……あっ。………くまはち…」

真子の声が低くなる。

「はい」
「報告漏れ、無い?」
「全て報告してますが…何か、気になることでも御座いましたか?」

くまはちは、真子が見ていたパソコン画面を覗き込む。

「………その情報は、初めて目にしますね……」

真子の声よりも低い声で、くまはちが言った。

「少し、席を外します」

そう言って、くまはちは携帯電話を手に、隣にある自分の事務所へと入っていった。
真子は、直ぐに、健へと連絡を入れる。

『くまはち、怒!!!』
『遅かったです……すみませんっ!!』

健の返事と共に、隣の事務所から、くまはちの怒りの声が聞こえてきた。



くまはちは、真子の事務所と通じるドアを閉めた途端、健へ電話を掛ける。
直ぐに出た健の開口一発目が…。

『すまんっ! 忘れとったぁ!!』
「遅すぎやっ、こるるるらぁ、健っ!!
 報告は怠るなと、常に言うてるやろがっ!」
『今、病院やねんからっ!』
「……って、悪化か?」

思わず、小声で尋ねる くまはち。
隣の事務所に居る真子に、聞かれてはいけない内容で…。

『ちゃうちゃう。定期検査や。順調やから』
「それなら安心やけど、リックの情報は、いつになる?」
『それは、真北さんに聞いてや。逢ったらしいし』
「俺に連絡が無いということは、厄介なんやろなぁ」

諦めた感じで、くまはちは天を仰いだ。

『今の所は、組長に見せた内容だけや』
「そうか…ほな、直接、リックに尋ねるか…。あっ。
 そこに居るんやったら、リックも居るんちゃうんか?」
『……おった……。兄貴ぃ……』
「……栄三が直接か?」

健の言葉尻で、電話の向こうの様子が、何となく分かる。


橋総合病院へ定期検査に訪れた栄三が、診察後に廊下で出くわしたリックに、詰め寄っていた。

「兄貴ぃ……。あかんって。無茶したら悪化するやろぉ」

健は、くまはちとの電話を切ることを忘れるほど、慌てた様子で、栄三に駆け寄っていた。

「…リック。そっちの情報を全て言わんかいっ」

怪我の完治はまだだというのに、栄三は、目の前に居たリックの胸ぐらを掴んでいた。リックは、両手を挙げ、

「真北さんにも言いましたが、全ては無理です」

優しく言った。

「海外で、何を知った?」
「進展なし。ただ、それだけです」
「全ては無理なんだろ? それなら……!!!」

栄三は、異様な気配を感じ、振り返った。
そこには……。

「えぇいぃぞぉぉっっ!! 何しとんやっ!!」

鬼の形相で立ち、リックの胸ぐらを掴み上げている栄三の襟首を片手で掴み、リックから引き離すように、持ち上げた、橋の姿が、そこにあった。

「いやぁんっ!」

襟首を掴み上げられた栄三は、猫のように体を丸め、大人しくした。

「怪我、悪化させたいんか?」
「させたくないですぅ〜」
「ほな、大人しくするか?」

橋の言葉に、栄三は、細かく頷くだけだった。

「ライに進展ありやぞ。行ってこい」

栄三に向けた表情とは正反対に、凄く和かな表情で、橋はリックに話しかけた。

「ありがとうございますっ!!」

橋の言葉で、リックの表情に笑顔が現れた。そして、一礼し、踵を返して、ライが眠る場所へと向かって駆けていく…。

「ありゃ、いつもなら、瞬間移動使うのに、どうしたんやろ」

橋の言う通り、ライの体に進展があると耳にした途端、その場から消えるように、特殊能力を使って、瞬間移動してしまうほど、リックにとっては、ライの復活が、待ち遠しいらしい。
なのに、このときは違っていた。

「……橋先生〜、兄貴を離してや〜」
「おっ、すまん。…で、もう、無茶せぇへんな?」
「しませぇ〜ん」

栄三の返事を聞いても不満げだったが、橋は栄三から手を離した。

「悪化せんような持ち方せんといてや、ったくぅ」

そう言いながら、服を整える栄三だった。

「俺、医者やもぉん。それくらい、手加減できるわ〜」
「なんか、腹立つわ〜。………???」

栄三は、何かに気付いたのか、集中する、

「……なんか、聞こえへんか…?」

橋も、微かに聞こえる声に、耳を傾けた。

「………すまん……通話中のままやったぁ〜〜!!」

健が慌てたように、声を挙げ、手にした携帯電話を橋と栄三に見せた。

『どういうことか、説明しなさぁ〜〜いっ!!!』

健の携帯電話から聞こえてくる、真子の怒鳴り声。
どうやら、くまはちの話が途切れたことが気になり、くまはちの事務所に顔を出した時に、くまはちの携帯電話を取り上げ、そこから聞こえてきた会話を耳にしたらしく……。




真子は、健とのメールのやり取りが途切れた事が気になり、

 くまはちと…??

くまはちの怒鳴り声が聞こえた直ぐ後に、声が聞こえなくなったのが気になり、忍び足で、くまはちの事務所に通じるドアの前に立った真子。
聞き耳を立てるが、何も聞こえてこない。
思わず、気を緩めてしまい、くまはちの心の声を聞き取ってしまった。

『ったく、橋先生にばれるやろがぁ、栄三は〜』

聞こえてきた言葉が気になり、真子は、ドアを開けた。

「組長っ!」

くまはちが、真子の姿に気付いた時には、自分が持っていた携帯電話は、真子の手に渡っていた。
真子は、携帯電話を耳に当て、会話を聞き始めた。

『えぇいぃぞぉぉっっ!! 何しとんやっ!!」』
『怪我、悪化させたいんか?』
『させたくないですぅ〜』
『ほな、大人しくするか?』

聞こえてくる内容に、真子が、くまはちに振り返った。

「くまはち、隠してる事……これやろ?」
「なんのことでしょうか…」
「なんで、橋先生と栄三さんの声が聞こえてるんや?
 怪我を悪化とか、大人しくするとか、どういうことなん?
 まさか、栄三さん……怪我したんじゃ……ないやろねぇ?」

真子の言葉に、返す言葉を考える くまはち。しかし、良い言葉が浮かんでこない。

「…直接、聞くわ……。…で、健っ!!! こらぁ!!!
 栄三さんの怪我が悪化とか、どういうことなん?
 こらぁ!! 健っ!!! 聞こえてるんやろぉっ!! 健っ!!
 栄三さんが、橋先生のとこに居るのは、
 どういうことか、説明しなさぁ〜〜いっ!!!」

真子の怒鳴り声は、かなり大きかったらしく、くまはちは、思わず、耳を塞いでしまった。

 すまんっ!! 栄三っ!!

くまはちは、心で、強く強く、つよぉぉぉ〜〜く、謝った。




健は、持っていた通話中の電話を、栄三に渡し、栄三は、恐る恐る、真子と会話をし始めた。
怪我を負うことになった経緯を、事細かく、真子に説明する栄三。そして、竜次がヘリから銃撃したこと、ヘリの追跡を行ったが、途中で途切れてしまったこと、通信が途切れた先にあったのが、竜次の研究施設で、その施設が、爆破したことまで、全てを話していた。

真北が世話をしてくれた事、そのときに一服もられたことまで、話す栄三。
真子が少し落ち着いた事が、電話を通して伝わってくる。
だが、一つだけ、伝えなかったことがある。それは、敢えて避けたことであり…。

真子は、何も言わず、栄三の話に耳を傾け、そっと目を瞑る。

『現時点では、ここまでしか、判っていません』
「……報告を怠った理由は解るけど、それでも、
 怪我のことは、その時に教えて欲しかったなぁ」
『申し訳御座いませんでした』
「…それで、もう、大丈夫なん?」
『完治はしてませんが、動けますよ』
「リックさんを掴み上げる程まで?」
『攻撃は無理です』
「それ以上、悪化させたら駄目だからね。私だけでなく、
 私以上に、健が心配するやんか…」
『…痛いとこ突かないでくださいぃ…』
「私も、一服盛りたいわ…」
『それだけは、勘弁してください…』
「もう、隠してることは、ないよね?」
『全てです。リックからの情報は入手できませんでした』
「こちらに影響しそうな内容だけ教えてくれるんでしょ?
 それなら、無理に聞かない方が、足手まといには
 ならんと思うよ」
『そうですね。ありがとうございます』

栄三との会話で、真子は、落ち着いたらしい。

『……で、くまはちは、大丈夫ですか?』
「さぁ、どうやろ〜」

ちょっぴり嫌みったらしい言い方をして、真子は、くまはちに振り返った。
そこには、腹部を抑えて蹲る くまはちの姿があった。

『怒り任せに蹴るのは、駄目ですよ』
「栄三さんの分も受けたいみたいやったから、
 たぁっぷりと思いを込めただけやんか」
『……完治したくないですね……』

真子と話している間、栄三の耳には、電話越しに、微かだが、くまはちの呻き声が聞こえたらしい。

「気を付けて、真っ直ぐ家に帰ってね」
『ありがとうございます。では、失礼します』
「お疲れ様! お大事に!」

真子は電話を切り、くまはちに手渡した。

「申し訳御座いませんでした」

いつもと変わらぬ雰囲気で、真子から電話を受け取る くまはちだった。

「効いてへんね…やっぱし」
「手加減しすぎですよ、栄三には」
「しゃぁないやん。うちには、無理やもん」
「栄三の思いですから、これ以上は…」
「うん…分かってる。…でも、ほんと、教えてくれても
 良かったやんかぁ。知らん方が、余計に心配することも
 あるんやで」
「心得ております」
「でも、大事に至らんで良かった…。あの日の二の舞は…」

リックの下に居た、クレナイたちが起こした出来事。
その時に重傷を負った栄三。
真子にとって、今まで観たことの無い、栄三の姿だった。
真子の前では常に、いい加減さを醸しだし、本来の自分を更に隠す栄三だが、見舞いに行った時、ガラス越しに見た、栄三の悔しさ溢れる眼差しは、真子にとっては二度目だっただけに、目に焼き付いていた。

真子自身も、その時、誓っていた。

もう、その眼差しは、させないと…。

「…ところで、橋先生の言葉にもあったけど、
 ライさんに進展があったみたいだよ」
「そうでしたか…」
「内容までは分からないけど…。…ん?? 確か、その時
 瞬間移動とか言ってたような気がするんだけど……。
 リックさんって、そんな能力あったっけ???」
「詳しくは聞いてないのですが、能力を無効化するのは
 目の当たりにしてます」
「もしかしたら、全ての能力を使えるのかもしれないね」
「未知のことが多そうですね……」
「うん…」

真子と くまはちは、黙り込んでしまう。

「くまはち」
「はい」
「お腹空いた…」
「むかいんの店に行きますか?」
「気分転換に行くぅ〜」
「では、連絡しますので、準備してください」
「はぁい」

真子は、くまはちの事務室を出て、出掛ける準備を始めた…と言っても、ビルの二階に行くだけだが………。


真子と くまはちは、むかいんの店へ入っていった。





栄三と健は、橋総合病院のとある場所に通じる廊下に立っていた。
リックが、そこへ姿を現し、栄三の姿を見た途端、大きく息を吐く。

「お伝えすることは、もう御座いませんが…」

静かに言った。

「ライは、どうや?」

思っていた事と違った栄三の言葉に、リックは驚いたような表情を見せた。

「頭部は完全に戻りました。しかし、腕はまだですね」
「意識は?」
「眠ったままです」
「……リックは、こういう状況…何度目や?」
「数えたことは御座いません。しかし、今回のような状態は
 初めてでしたので、もう失ったと思ってしまいましたよ」
「そうか…」

ライが現れた、あの日の出来事については、栄三は聞いただけの為、それ以上は、口にしなかった。栄三の様子を伺っているリックは、何かを諦めたのか、そっと口を開いた。

「海外での情報については、途中で止められました」
「止められた? お前が仕切っているんだろ?」
「確かに、指揮を執れる立場ですが、海外は日本のように
 簡単には動けないこともありますよ。私共でも」
「確かに、そうだよな。……まさか…」
「私が調べていた時は、私共を含め、四つが動いてまして、
 それぞれが他の動きを妨害する形に発展してました」
「四つ…。残り三つもあるのか…」

栄三は、『他に』では無く、『残り』と口にした。
口にした言葉から、リックは、自分が答える内容によっては、栄三が動くということを予測した。
だからこそ、言葉を慎重に選び、そして、応える。

「一つは竜次を慕う者です。そちらは調べることは可能でした。
 しかし、残り二つに妨害されていまい、その時に、研究施設の
 爆破の情報が入ったので、やむを得ず、帰国したまでです。
 残り二つのうち、一つの方にお任せしてあるので、情報は、
 そちらに入りますよ?」

リックの言葉で、栄三は、あることに気が付いた。
なので、これ以上、詮索するのは辞めようとしたが…。

「……残り一つについては、判っているのか?」
「新たな組織です」
「…厄介やな……」

そう言って、栄三は口を尖らせ、頬を膨らませた。

「しゃぁないか。健、聞いといてや」
「はいな〜。……あと三日掛かるみたいやけど…」
「……はやっ…」

健の返事の内容を把握した栄三とリックは、同時に口にした。
リックの言葉で気付いたのは、栄三だけでなく、健もだった。だからこそ、直ぐに、連絡を入れ、速攻で返事が返ってきたらしい。

「誰の指示や?」
「親父」
「………ったくぅ……はぁ〜〜〜っ。俺、動けるっつーねん」

項垂れる栄三を見て、思わず笑みを浮かべたリックだった。

「この後、どうするねん、リック」
「三日の猶予があるようですので、その間は、
 私の留守中の出来事の処理の続きですね…」
「兎に角、連絡あったら、知らせるわ。それでええやろ?」
「お願いします」
「そっちの情報については、組長に禁止されたから、もうええで」
「真子様が禁止…ですか…」
「あぁ。今まで通りで、頼むで」
「はい。では、これで」

リックは一礼して、栄三の前から去っていった。
リックの姿が見えなくなってから、

「健、戻るで」
「はいな〜」

栄三と健は歩き出し、橋総合病院を出て行った。


三人の様子を、橋が伺っていた。
何事も無かった事を確認し、橋は、自分の事務所へ向かっていく…途中で、ポケベルが鳴り、

「急患やっ!」

やる気に満ちた表情に変わり、救急口へと向かっていった。





「…っつーこっちゃ」

橋は、この日の出来事を、夕暮れ時に橋の事務室へとやって来た真北に伝えていた。
真北は、大きく息を吐き、目を瞑る。そんな真北を見つめながら、橋は優しく声を掛ける。

「どうするんや?」
「暫くは、いつもの通り…かな」

軽い口調で言った真北だが、何かを企んでいることは確かである。
長年の付き合いから、橋には真北のこれからの行動が予測できた。

 しゃぁないなぁ。気合い入れとこか…。

何かが起こる前触れでもある。
それに備えておこうと、橋は強く思った。

「で、どうするんや?」

橋は再び、同じ言葉を投げかけるが、

「真子ちゃんと、芯に、詳しく言うつもりや」

真北が諦めたように応えた。
長年の付き合いだからこそ、同じ言葉で問われても、何を尋ねてきたのかは、真北も解っている。

「暫くは、本業やな。傷薬と痛み止め、増産しとくよう
 指示出すで」
「いつも、おおきに。ほな、帰るわ」

真北は立ち上がり、踵を返す。

「真子ちゃんが怒らんように、気を付けろよ」

ドアノブに手を伸ばした真北に声を掛けた橋に、

「それは芯に言うてくれ〜」

真北は振り向きざまに言って、橋の事務室を出て行った。

「知らんわ」

橋の言葉と同時に、ドアが閉まった。



真北は、橋の言葉を耳にしながら、携帯電話で連絡を入れる。

「夕飯には間に合うよう帰ります」
『予想通りやった! 気を付けて帰ってね!』
「真子ちゃんもですよ。それ以上、くまはちに
 攻撃しないようにしてくださいね」
『は〜い』
「返事は短くっ!」
『はいっ!』
「よろしい。では、後ほど」

真子と会話をしながら、駐車場へやって来た真北は、素早く車に乗り込み、帰路に着いた。
真子は既に大人。そして、子供も居る。それでも真北は、真子が小さい頃に行っていたようなやり取りをしてしまう。…というより、子供達とのやり取りは、真子が同じ年頃の時に行っていたことでもあり、ついつい、真子に対しても、同じ扱いになってしまう事が増えてしまったらしい。

真子とのやり取りに、思わず笑いがこみ上げた真北だった。


真子が夕食を作り終え、テーブルに並べ始めた頃、真北が帰宅した。

「お帰り〜」
「ただいま帰りました」
「まきたん、おかえり〜!」

美玖と光一が、リビングに顔を出した真北を出迎える。

「ただいま〜。久しぶりの学校、楽しかったか〜?」

話しかけながら二人を抱きかかえた真北は、そのまま、二人の学校での話を聞き始めた。

「先生は、遅くなるって。多分、涼と一緒に
 なるんちゃうかなぁ」
「いつも通りに戻りましたね」
「真子が忙しいらしいけどな」
「そうなんですか?」

美玖と光一を下ろして、真子に話しかけるが、真子は何も応えなかった。

「真北さん、着替えてくる?」

話がかみ合わないが、それは、真子が少し怒っていることを意味していた。

「ちゃんと、お伝えします。…っと、くまはちは?」
「えいぞうさんとこ」
「……修羅場になりますね……」
「なった後です」

真子が何に対して怒っているのかが、ありありと解った。


くまはちは、真子を自宅まで送った後、そのまま栄三の喫茶店へと向かっていった。
一向に届かない書類を直接受け取りに行ったのは良いが、栄三は、帰宅後、直ぐに眠りに就いていた。そこを無理矢理起こしたものだから、栄三と一悶着あり、その様子を健が真子に伝え、真子が、くまはちに怒りをぶつけ、言い合いに発展。
栄三の怪我のことを黙っていた くまはちに対しての怒りは、まだ納まっていない真子は、くまはちが一言も発することが出来ない程、矢継ぎ早に、色々と言ったらしい。

それを理子が止め、電話を切った後、夕飯の準備に取りかかり、今に至るようで……。

「栄三の気持ちも考えてください」

真北は真子に、優しく語りかけた。

「分かってるけど…」
「真子ちゃんの思いも分かってますよ。だからこその
 栄三の行動なんですから。愚痴なら、あとで、たくさん
 お聞きしますよ」
「……今夜は、愚痴らせてください」

真子が、ハキハキと言うものだから、真北は驚いた表情になった。

「着替えてきます」

その場の雰囲気を変えるかのように、真北はそう言って、リビングを出て行き、二階にある自分の部屋へと入っていった。着替えながら、携帯電話で、ぺんこうに連絡を入れ、通話をスピーカーにしてから、テーブルの上に置いた。

『なんですか?』
「今、どこや?」
『栄三んとこに向かってますよ。むかいんも一緒になりますね』
「お前らで、何を企んでるんや…ったく」
『言えませんね…。組長のことなら、伝えておきますよ』
「……ぺんこう、お前なぁ…」

ぺんこうの言葉で、栄三の喫茶店で何を話し合うのか、真北は勘付いた。
だからこそ、その雰囲気に合わせて、真北は呼び方を変えていた。

『着きましたけど、何か伝えることありますか?』
「その世界に戻ることだけは、許さんぞ。
 解ってるだろな? むかいんにも言っとけ」

真北の声色に、ぺんこうは思わず身構えた。
栄三の喫茶店の裏口のドアを開けた ぺんこうは、すでに到着していた むかいんに目線を送る。
むかいんは、ぺんこうの眼差しを見ただけで、言いたいことを悟っていた。

「組長には、どこまでお話するつもりですか?」

ぺんこうは、話し続ける。
その場に居る栄三、健、くまはち、そして、むかいんは、ぺんこうの電話の相手が誰なのか、すぐに分かった。

「ぺんこう、代われ」

栄三が手を伸ばすと、ぺんこうは、携帯電話を手渡した。

「怪我のことは、組長に話してありますよ。
 ライのことと、竜次の研究施設のことも
 話しましたが、その後のことは、情報収集中なので、
 組長も知らないはずです」

栄三の言葉に、健は頷く。
健の仕草は、
〜真北さんには内緒の情報も伝えてません〜
という意味である。

「詳しくお話するというのは、真北さん側の
 情報も含まれるんですよね?」
『あぁ。任務絡みになるけどな』
「その情報は、こちらに流してもらえると
 ありがたいのですが…無理ですか?」
『無理やな。盗聴も禁止や。直ぐに切れ』
「健、あかんって」

栄三が健に伝えると、健は直ぐにスイッチを切った。
真北が帰宅したと同時に、健はとあるスイッチを押していた。もちろん、真北は気付いていた。

『今回ばかりは、阿山組五代目には
 内緒というわけには、いかんのでな』

真北の言葉に、栄三の表情が曇る。

「栄三っ、返せっ」

ぺんこうは、栄三の手から携帯電話を取り返し、

「これ以上、組長に負担を掛けるのは…」

真北と会話を続けた。

『…てめぇらの行動が、一番負担になってるんだが?』

地を這うような声で真北が言うものだから、ぺんこうは、思わず身震いしてしまう。


真北は、いつの間にか、スピーカーを切り、携帯電話を耳に当てて話していた。

「てめぇらが、そのつもりなら、こっちも、
 それ相応の態度を取るべきだろが。
 それが、阿山組と特殊任務の規約だということは、
 充分理解してるはずだろ?」
『……そうですね。…でも、今夜限りですよ』
「解ってる。…その前に、こっちは、夕飯や」
『こちらもですね。むかいんが、作り始めました』
「ほな、帰りは、くまはちも一緒になるんやな?」
『九時頃には帰宅しますので、伝えてくださいね』
「今日は帰らんと、伝えとく。ほなな〜」

軽い口調で言って、真北は電話の電源を切る。そして、大きく息を吐き、電話を持った手を、ストンと落とし、項垂れた。

 あほが…。

ぺんこうとむかいんまで、栄三のところへ足を運んだということは、真北の立場=特殊任務とは別のもの。

阿山組組員としての立場そのものである。

真北は、それだけは避けたいものだったが、真子を守る男達は、真北の知らないところで、結束を強めていたことに、今、気が付いた。
そうなると、真北でも止められない。
もちろん、真子にも止められない。

だが、先のことだけは、予測できる……。

真北は、一点を見つめ、口を尖らせた。

 なるように、なるか。

何が起こっても、臨機応変に動くことは、可能である。
それこそ、長年の経験からくるものであり…。

『真北さぁ〜ん、先食べちゃうよぉ〜』

階下から、真子が呼びかけた声に、真北は、

「すぐ降ります〜」

いつもの優しさ溢れる声で、真子に返事をし、部屋を出て行った。




栄三の喫茶店。
すでに店を閉め、

「いっただきまぁ〜す!」

ぺんこう、むかいん、くまはち、そして、栄三と健の五人で夕食タイム。

「えいぞう、ええんか? 明日の店の分は?」

ぺんこうは、くまはちの食べっぷりを見ながら、少し心配げに、声を掛ける。

「大丈夫や。三日休みにするから、空っぽにしてや」
「すっかり、回復しとるやんけ」

嫌みったらしく、ぺんこうが言うと、

「いつになく、安静にしとったからやろな。回復力は、
 衰えてへんの、確認できたで」

これからの行動を予測できそうな雰囲気で、栄三は応えた。

「おかわりするか?」

くまはちの空になった茶碗を見て、むかいんが声を掛けると、くまはちは、そっと、茶碗を差し出した。

「おかずは?」

ご飯をよそいながら、むかいんは尋ねる。

「まだあるからええ」
「…って、それ、俺のんや」

くまはちが見つめた先は、健のおかず。取られないよう、思わず手で防御する健だった。

「…で、食材、空っぽにして、どこ行くつもりや?
 東守と西守は、本来の仕事なんやろ?」

ぺんこうの質問に、栄三は、何も応えず、食べる方に集中していた。

「まぁ、それは、あとで、たっぷり聞くで」

ちょっぴり怒りが見える雰囲気で言って、ぺんこうも食事に集中した。

食事中は静かに。

箸が茶碗に触れる微かな音と、自分でご飯をよそう音、お茶を飲み込む音が聞こえる静かな食事風景に、

 ほんま、この先が、怖いわ〜。

食後の事を考えると、気が重くなる健は、軽く溜息を吐いた。



むかいんと ぺんこうが、洗い物をし、栄三は、食後の飲み物を用意していた。
くまはちと健はカウンター席に座り、健のパソコンの画面を見つめながら、何かを話し込んでいた。

「終わったで〜」

洗い物を終え、食器類を棚になおしながら、むかいんが言うと同時に、栄三は、それぞれの飲み物をカウンターテーブルに並べていった。
ぺんこうは、健の隣に腰を掛け、パソコン画面に映る内容を見つめる。

「ぺんこうは、どう思う?」

健が尋ねる。

「そうやな…」

そこに書かれている内容は、組関連。
立っている場所は違うはずだが、ぺんこうは、すらすらと、意見を述べていく。

「ほんま、よぉ分からん男やな、ぺんこうは」

ぺんこうの意見を聞き終えた栄三が、カウンター越しに言った。

「まぁ、大体が、どなたに教わったのかが分かるよなぁ。
 真北さんが、しょっちゅう、四代目に怒りぶつけてたもんなぁ」

何かを懐かしむかのように、続けて話す栄三を睨む ぺんこうだった。

慶造は、事ある毎、ぺんこうに その世界のことを教えていた。
それは、関西極道との抗争時に交わした杯の前からで、真子の家庭教師として招き入れた頃から、徐々に、教えていたことは、真子の周りに居る男達なら、みんな知っていること。
本来なら、その世界とは違う世界に生きる者だが、それは、ぺんこう自身が望んだことであり、その時期、とある人物に反抗する意志が強かったことも、今に影響していた。
だからこそ、栄三は、大阪で過ごすことに決め、喫茶店の近くにある高校で働くことになった ぺんこうを監視しつつ、時々、ぺんこうに意見を求めて、それとなく、真北に伝わる方法を取っているのだが……。

「真北さんに伝える内容では無いな」

真北が絶対に栄三に伝えてこない内容を入手する為でもある。
ぺんこうは、反抗する意志もあるが、それは、大切にしたいという強い思いもある自分の兄である、真北の身をこれ以上、危険な目に遭わせない為の行動であるのは、誰にも内緒である。

「竜次の研究施設のことは聞いたが、その後は?」

なぜか、この場を仕切る ぺんこう。

「まだ、無理やな。行き先不明や」

栄三が応える。

「見当も付かんな…他に無かったか?」

くまはちが、静かに口を開いた。

「どこも空振りみたいやで」

健が、とあるページにアクセスしながら応えた。
むかいんが、珍しく何かを深く考え込んでいる。その様子に気付いたのか、ぺんこうたちは、むかいんに目線を移した。

「…ん? どうした?」

ぺんこうたちの目線に気付いたのか、むかいんは顔を上げ、声を発する。

「いや、なんか、考え込んでるみたいやし、
 雰囲気は、料理のことでも無さそうやし…」

ぺんこうが静かに応えると、むかいんは

「例の別荘ちゃうかなぁ…と思っただけや」

溜息交じりに、そう言った。

「そこも空振りやったで」

健が応える。

「その後って、思わへんか?」
「あ〜〜っ!!!」

タイミング的に考えると、あり得ることである。


竜次とスーツの男が研究施設から移動したと思われる場所は全て探ってみた。しかし、誰かが居るような気配は感じられず、温度を感知する機器にも反応が無かった。

例の別荘は、あの事件の後、黒崎が、新竜次達を安全な場所へ案内し、竜次が撃ち込んだ銃弾の後片付けと、割れた窓ガラスを修理してからは、誰も使用した形跡も無かった。
研究施設爆破の事件の直後にも確認したが、もちろん、居る気配は無かった。
だからこそ、どこも空振り……。

「こっちの動きに気付いていた可能性あり…か…。
 やられたな…」

くまはちが、そっと呟いた。

「竜次に付いている、あの男…曲者やな…」

栄三も呟く。

「真北さん側のデータを見たけど、知らん顔やった」

もちろん、健も呟いた。

「……お前らな〜。ちゃんと休んでへんからやで。
 初歩的なことやないけ……ったく」

呆れたように、ぺんこうが言うと、くまはち、栄三、そして、健の三人は、反省したように項垂れ、

「すんません……」

小さな声で、なぜか、ぺんこうに謝った。

「…で、どうやねん」

反省しながらも、パソコンで何かを探っている健に、ぺんこうが尋ねる。

「………ぺんこう、踏み込みすぎやで」

栄三が心配げに声を掛ける。

こっちの世界に関しての助言を求め、応えを参考にすることはあっても、栄三は、ぺんこうを絶対に踏み込ませないようにしている。だからこそ、そう言ったのだが、当の ぺんこうは、

「今夜だけや。真北さんの承諾ありやで。
 それに、俺も阿山組組員や」
「俺もやで」

ぺんこうの言葉に賛成するかのように、むかいんも言った。

「…しゃぁないな。阿山組組員やもんな。
 …だがな……」

栄三の雰囲気が、がらりと変わり、狂気を醸し出し、低い声で、

「今宵っきりやで。例え、四代目と兄弟の真北さんの
 お墨付きでも、俺は認めんからな。…俺の本来の立場、
 解ってるんやろ? お前らは」

むかいんと ぺんこうに言った。

「あぁ」

その栄三の雰囲気と匹敵する感じで、二人は応えた。
三人が話している、ほんの短い間に、健が結果を出したらしい。

「…ビンゴや」

栄三達は、健のパソコン画面に目をやった。
画面には、木々が生い茂る山が映っていた。山の中に、いくつかの別荘があるのも判る。そのうちの一軒に、吹き出しマークに『要』という文字が付いていた。
その別荘こそ、例の別荘だった。
二度も真子が連れ去られ、監禁された場所でもある為、小島家側で、監視対象となっていた。温度に反応する模様が、人の形を表していた。そのうちの一つが、横たわっている。その傍らにもう一つ、人の形があった。

横たわっている人の形に違和感がある。腕の部分が一つしか確認できない。
この別荘に居座り、片腕の人物。
この二つから予想できるのは、たった一人。
竜次である。
そう考えると、傍らに座る人物は、竜次の側に居た、スーツの男。

温度に反応しているが、横たわる人物の体温は低い結果を表している。だが、ある一部分だけ、高温を示していた。
腕の無い肩部分。
五人の男は、画面に見入っていた。
動く気配が無い。だが、ベッドの傍らに座る人物は、時々、動いている。

「……いつからや?」

栄三の言葉を聞いて、健は、画面を巻き戻してみた。

「一時間前…かな」

健は巻き戻しながら、二つの模様が別荘に入ってきた時間を見て応える。

「……抱えてきたな…。どういうことや?」

一つの人の形が、もう一つの人の形を抱きかかえて、車から別荘へと入っていき、そして、ベッドに寝かしつけた後、暫く、その場を離れ、乗ってきた車を駐車場へと移動させ、台所と思われる場所で料理をし、一人で食した後、片付けをし、別荘内の戸締まりを確認するかのように、動き回った後、再び、ベッドへと近づき、ベッドに横たわる人の形を見守るかのように、側に座った。

それらを早送りで確認した栄三たちは、首を傾げた。

「…これについては、リックに尋ねてみるか…」

栄三は、眉間にしわを寄せながら言い、話を切り替える。

「暫くは、動かへんっぽいな…。…で、どうする、
 くまはち」
「いつでも動けるように体勢を整えておく。
 動きが無さそうなら、先に…あっち側だ」
「健、どうや?」
「ん……リビングやなくて、真北さんの部屋や」
「ほんまか……それなら、無理やんけ」

栄三が諦めたように言った時だった。

「…任せとけ」

静かに言って、懐から小型のパソコンを取り出し、何かを打ち込んだ後、テーブルの上に置いた。
何やら、声が聞こえてきた。

『それくらいなら、大丈夫ですよ』

真北の声だった。どうやら、真北は、自分の部屋で、真子と話をしているらしい。
真子の声も聞こえてくる。

「ぺんこう……お前……大丈夫なんか?」

心配げに、栄三が尋ねると、

「誰に言うてるねん、俺やで?」

自信ありげに、ぺんこうが応えた。

「こういうの、ほんまに得意やな、ぺんこうは。
 こっちの戦力に欲しいくらいや」

小島家の戦力として、ぺんこうの腕が欲しいのは、昔っから。
しかし、ぺんこうは、真北の弟。
そんな男を巻き込むわけにもいかないため、栄三は諦めているのだが……。

「美玖は、理子ちゃんと光一くんと一緒や。
 むかいん、すまんな」

真北と真子の行動から、この日の夜のことは、考え込まなくても解る為、ぺんこうは、むかいんに、言った。

「気にするな」

むかいんが応える。

「組長、愚痴るみたいやけど…」

小型のパソコンから聞こえてくる会話に耳を傾ける健が、不安げに言う。

『久しぶりに、くまはちに怒りをぶつけたけど…』

真子の言葉に、くまはちの表情が引きつった。

「…まずは、くまはちへの愚痴やな…」

笑いを堪えながら、栄三が呟くと、くまはちの蹴りが、栄三の足に入った。

「……っー!!!! ほんまの事やんけ。
 なんで、怒るねんっ!」
「お前にだけは、言われたくないっ」
「ほんま、腹立つわ〜」
「………くまはち…、合わせる顔、あるんか?」

今度は、ぺんこうが心配げに声を掛けた。

「…………難しい質問や…」

溜息交じりに、くまはちが応えた。

珍しいことである。



(2023.8.10 第二章 哀しみ 第一話 UP)






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