昔と今、繋がる想い(3)
水木が経営するスナック。店の看板の灯りは消え、やって来た客は、店が閉まっている事に残念がりながら、去っていく。その店には、一人の客が居た。 グラスの氷が溶け、氷が音を立てる。そのグラスに手が伸びる。 一口飲んだのは、ぺんこうだった。
「…その目……組長が観たら、嘆くぞ」
ぺんこうは、血に飢えた豹の眼差しで、水木を睨んでいた。
「解ってるよ……でもな…あんたの応えによっちゃぁ、このままだ」
ぺんこうは、アルコールを飲み干す。そして、空のグラスを水木に差し出した。水木は何も言わずに、グラスに注ぐ。
「…真子の行方…知ってるんじゃないのか?」
「………緑…考えてみろよ。…組長にあのような事をした俺だぞ。
そんな俺の所に組長が来ると思うのか? それも、この店に」
「…くまはち、キル…そして、俺……真子が行きそうな所全てを
当たってみた。だけどな、どこにも居ない。なら、誰も考えない
この店に来る可能性があるだろうが。……伊達に長年、
組長の世話をしてきてないぞ。…真北さん以上に、俺の方が
組長の考えを理解してる…そして、行動も解るよ」
「そんな男が、未だに組長と呼んでるし、…それに、あの時は
まさちんに先を越されただろうが」
ガン!!
ぺんこうは、テーブルを叩いた。その勢いは凄かったのか、置いているグラスが軽く宙に浮いた。
「まさちんの名前を言うな」
「す、すまん…」
思わず謝る水木だった。
「来て…ないのか?」
「……あぁ」
水木は、この日の片づけを終えた。
「何か…食べるか?」
「いいや、いい」
「何が遭ったんだよ」
ぺんこうは、目の前のグラスを見つめ、口を尖らせる。
うわぁ、同じ表情だなぁ〜ほんと……。
そう想いながら、水木は、ぺんこうの話に耳を傾ける。
「未だに真子を狙ってくる…。それをくまはちが身をもって
守っただけだ。…そりゃぁ、真子が怒るわな…」
「あぁ。…誰もが組長を守る立場なのに、俺達の方が守られている」
「それが、真子なんだよな……。慶造さんも同じだった」
「そうだよな。何度か助けられたよ」
水木は、居ても経っても居られなくなったのか、自分のアルコールを用意する。そして、ぺんこうのグラスに継ぎ足した。
「そのくまはちの行動が、真子の怒りに触れたらしいよ」
「何度言っても、くまはちは自然と体が動くから仕方ないだろ?」
「そうじゃないんだよ……」
ぺんこうは項垂れた。
いっ?!?!???
その仕草に驚く水木。
「お、おい、緑……」
未だに、ぺんこうの事を緑と呼んでしまう水木。
「真子が怒ってるのは、なんで攻撃に出ないのか…ということ…」
「くまはちが、攻撃に出ない?!」
知っている事を敢えて尋ねる水木だった。
「あぁ。真子を守るだけ。本来なら、真子を安全な場所に
連れて行ってから、思いっきり暴れるのにな、それをしないらしい」
「珍しいな…」
「……くまはちの行動には訳がある…それを知ってるんだけどな…」
「何となく検討は付くよ」
「それを真子に言えば、真子が更に気にするだろ……。くまはちは
言えなかったらしいんだよ」
「そうなのか…」
ビンゴ…。
水木は、ぺんこうに気付かれないように、奥の部屋に目をやった。
「なぁ、水木」
「な、なんだ?」
「俺……六代目に向いてないのかな……」
「…ぺ、ぺんこう…お前…何を言い出す? それは、真北さんが
怒るだろ? そして、組長が更に…。教師という職に就いたのは、
誰のお陰なんだよ。組長、嬉しそうに話していたぞ」
「なに?」
思わず睨み上げるぺんこう。
「あの事件より前だよ。まだ大学生の頃の話。時々飲みに来てたろ?
酒が飲める年齢になったからと言ってさ…。その時に、嬉しそうに
話してくれたんだよ。…ぺんこうには、教師が一番似合ってるって。
……俺はな、その時に知ったよ。…組長の心の奥には、ぺんこう…
あんたの事が一番なんだという事が」
「俺が一番?」
「まさちんの事は好き。だけど、ぺんこうの事も好き。一番気がかりなのは
ぺんこうだって。…そう言ってたさ…」
水木は、アルコールを一口飲む。
「俺が気がかり?」
「教師を薦めたのに、未だに戻ってこようとするって。…恐らく、
その時には知っていたんだろうな。…まだ、能力があった頃だろ?
その能力で、心を読んで……それで、お前と真北さんの関係を
知ったんだろうな」
「それは、無いだろ? 俺の心にある恐ろしいまでのモヤを
読み取って恐れていただけだから…」
「恐ろしいモヤ?」
「許さない…絶対に、許さない……。その想いは、慶造さんに対するもの。
だけど、兄さんの行動に対しても、沸々と湧いてきたさ……」
「復讐…か?」
「空しい事だけどな」
ぺんこうは、アルコールを飲み干して、グラスの中に残った氷を見つめていた。
「慶造さんに言われていた。…真北に復讐しても、何も残らないぞ…と。
だけど、困らせる事は、いくらでもある。…だから、俺は、あんたらとの
抗争に参加した。……確かに困っていたさ。…俺を思いっきり殴る程な」
「殴られた事…なかったのか?」
「弟を溺愛する兄貴だ。…真子を見ていたら解るだろ?」
「そうだな……」
真北の真子のかわいがり様は、誰もが知っている事。 真子の為に無茶をする事も…。
「確かに、困らせたい衝動に駆られるよな…」
だから、俺は……。
未だに震えが残る右手を見つめる水木。
「なぁ、水木」
「ん?」
「もし………………」
ぺんこうは、静かに水木に言った。
ぺんこうは、煙草の煙を吐き出した。
「お前も吸う男か…」
「まぁな」
くわえ煙草で応えるぺんこう。
「真北さんとどっちがヘビーだ?」
「兄さん」
「ふ〜ん」
先程まで漂っていた、異様な雰囲気は、今はすっかり無くなっていた。 いつの間にか打ち解けている二人。 水木も煙草に火を付けて、煙を吐き出した。
「もしかして、誰もが組長に禁煙を言われてたのか?」
「そうだな。…まぁ、願掛けに近いものだろな」
「願掛け?」
「…真子の幸せ」
「なるほど…」
「だけど、叶いそうで叶わない……。どうしてだろうな……」
灰皿でもみ消すぺんこう。側にあるジッポーを転がしていた。
「ぺんこう」
「ん?」
「お前、六代目に向いてないな」
「…水木も、そう言うのか…」
「…も…ってことは、他にも言われたのか?」
「兄さん」
「ふ〜ん」
静けさが漂う。
「俺の奥底に眠らせた本能は、六代目に向いていないそうだ」
「恐ろしいもんな、お前ら兄弟は。極道より厄介だぞ」
「そうらしいな。…慶造さんにも言われた」
「あの抗争の後か?」
「あぁ。兄さんと殴り合いしてな…その時に」
「四代目が停められない程、激しかったってわけか」
「さぁ、それは、どうだか」
惚けるぺんこう。それには、クールで通している水木も笑い出す。
「ほんま、そっくりやな、真北さんといい、お前といい。…そして、
組長もだな…三人とも、よく似た行動、そして仕草や表情。
観ていて、そう思うよ。本当は血が繋がってるんじゃないのか?」
「それは、兄さんが否定した。…俺は、真子を見たとき、兄さんの
子供だと思っていた。……あまりにも優しい表情をしていたからさ…。
だけど、それは違っていた。……慶造さんも考えた事があったらしいよ。
俺に打ち明けてくれたよ。……でも、真子は、慶造さんとちさとさんの
子供だった。……安心したよ」
「安心? …それは、奪おうとした女性と血が繋がっていないということに?」
「……あぁ…そうだ」
ぺんこうは、煙草に火を付ける。吐き出す煙に目を細め、背もたれにもたれかかった。
「なぁ、水木」
「ん?」
「……そろそろ帰るよ。ご馳走さん。…奢りな」
「いいよ、気にするな」
「…それと…」
灰皿で煙草をもみ消して立ち上がるぺんこうは、水木に静かに言った。
「真子が来たら、くまはちがちゃんと説明するから、帰るようにと
伝えてくれるか?」
「説明出来るのか?」
「それは、俺が説得するよ。…だから、よろしく…」
「いいのか、俺に頼んでも」
「さっきの返事が、本当なら、頼むよ」
「解ったよ。帰りは?」
「タクシー拾うよ。ほななぁ」
ぺんこうは、店を出て行った。
水木は、大きく息を吐いて、グラスを片づける。そして、扉の鍵を閉め、戸締まりのチェックをしてから、店の灯りを消した。
奥の部屋に入った水木は、その足で、風呂場へと向かう。 時刻は午前四時を回った所。 いつもなら、まだ店を開いている時間帯だが、この日は、なぜか早く切り上げていた。 シャワーで汗を流す水木。 さっぱりした後、体の水分を拭き、そして、パンツ姿でベッドへとやって来る。
えっと、明日は幹部会無しだっけ……。 久しぶりにマンションかなぁ〜。 誰呼ぼうかな…。
そう考えながら、布団に潜る。
……!!!!!!
水木は、慌てて立ち上がった。
すっかり忘れてた……組長…ここだった……。
真子は、熟睡している。 ぺんこうの姿を見た時は、奥の部屋に真子が居る事を、まだ、覚えていた。 ぺんこうの話を聞いているうち、真子が居る事をすっかり忘れてしまう程、緊張していた。 それは、ぺんこうが尋ねた言葉によって、拍車を掛けた。
『もし………もし、真子が抱いてくれと言ってきたら…、
お前は抱くのか? …もし、真子が側に居たら…手を出すのか?』
出すわけないだろが。…もう、出せないし、組長を困らせたくない。
水木は、即答していた。それも、力強く。
「だけど、守られそうにないんだよなぁ〜。このような姿を見ると…」
真子は、勝手にシャワーを浴びたのか、バスローブを身にまとったまま、眠っていた。
一体、いつ浴びたんですかぁ?
項垂れる水木。 上げ膳状態の真子の姿を見て、こみ上げるものがある。しかし、それは、二度と許されない事。 真子が寝返りを打った。
「…水木さん……」
「は、はいっ?!」
水木の声は、裏返る…。
「好きに…してもいいよ……」
色っぽく言う真子。 気が付くと水木はベッドの上に正座をしていた。
「いいえ、それはできません。…もう、あなたを抱くのは……」
「私が良いって言っても?」
「……組長、起きてますか?」
水木の問いかけに、真子は応えず、寝息を立てていた。
「寝言にしては、リアルというか……ったく……」
困った水木。寝ようとした場所には、真子が寝ている。隣に身を潜めると、自分が何をするか解らない。
う〜ん……店で寝よう。
そう思って、真子に背を向けた時だった。
えっ?!?!??!???
水木の視界には、天井が映っている。 自分が寝転んでいる事に気付くのに、時間は掛からなかった。
「って、組長! 駄目ですよ!!! 放してくださいっ!!!」
「側で寝るくらいは、いいでしょぉ〜」
「…酔ってるでしょう、組長っ!」
「酔ってないもぉん」
「あのね…その……。俺……」
真子の腕は、水木の体に絡みついてくる。
「く、く、組長?!?!?!!!!」
真子の唇が、水木の耳にちょっと触れる。
あ、あかんっ!!
真子と距離を取ろうとした時だった。
残りの……一日……。
真子が水木の耳元で呟いた。その事で、水木の体から力が抜ける。
「組長…それは……」
「……いいだろ……水木…」
本能……。
真子が日頃、『さん』を付けて呼んでいる人物を呼び捨てにするときは決まっている。 本能が現れた時…五代目としてのオーラを醸し出した時だけ…。
「組長、それは…」
「始まりもここ…終わりも……ここ……」
真子が、そっと目を開ける。水木は、驚いたように目を見開いていた。
「未だに残ってる気持ちだから…」
「できません!」
水木は拒む。
「水木さん………それで、終わりにしようよ……。いつまでも…引きずるのは
良くないから…。いつまでも、私に遠慮するでしょ? …だから……」
「組長……!!!」
真子の言葉で、水木が抑えていたモノが爆発する。 真子をギュッと抱きしめ、そして、唇を寄せていた。
組長……。これは、許されない事ですよ……。
唇を放した水木は、真子を見つめる。 真子は眠っていた。 それでも手を放さない水木は、真子の寝息を頬に感じながら、深い眠りに就いていた。
水木は、おいしい香りで目を覚ます。
「…ん? ……誰が?」
水木は、ベッドから降り、香りに釣られて店の方へ顔を出した。
「おはよ、水木さん。…早起きなんだね」
「く、く、く……組長っ!!!」
水木は、熟睡したからなのか、真子が隣で寝ていた事すら、すっかり忘れていた様子。姿はパンツいっちょ………。慌ててドアを閉める水木の仕草に、真子が笑っていた。ドアの向こうで、ドタバタと音がした後、服を着た水木が、再び、店に顔を出した。
「勝手に借りたよ。それと、冷蔵庫にある食材で作ったけど…。
良かったのかな?」
「はぁ、食材は、夕方までには揃いますから…というよりも、
朝から、それは……」
「ん? 多すぎる?」
「二人分ですか?」
「そうだけど…」
慣れた手つきで朝食の用意をする真子を見つめる水木。
「むかいん直伝ですか?」
「むかいん程じゃないけどね。はい、出来たぁ。ここで食べる?」
「は、はい」
返事に緊張がある水木は、カウンターに並べられる料理を、ただ見つめているだけだった。
「いただきます」
真子と水木は、料理を口に運び始めた。一口頬張った水木は、手が止まる。
「…もしかして、口に合わなかった?」
水木は、味わうように噛み、そして飲み込む。
「おいしいです。…朝から、これだと、今日一日、張り切れますね」
「張り切ってもらおうかなぁ〜」
「今日は休みですよぉ」
「解ってるよぉ、もぉ」
ふくれっ面になる真子を見て、水木は嬉しそうに微笑んでいた。
「朝ご飯、いつもどうしてるん?」
真子が尋ねる。
「店に出た翌朝は、事務所に戻って組員が作った物を食べてますよ」
「自宅では?」
「それも、食事担当の組員が作った物ですね」
「桜姐さんの手料理は?」
「月に一度は…」
「……じゃぁ、私が、こうして作るのって、やばかったかな…」
「そうですね………。こっそり帰っても良かったのでは?」
「お礼ぃ〜」
そう言って、真子はスプーンですくった料理を水木の口に運ぶ。水木は、真子の仕草に応えるように、それを口に入れた。
「お礼……って、組長、私は未だ、何も相談を…」
「……朝…目が覚めて、隣に寝てる水木さんを見て……解った。
夕べ、水木さんが考えろって言ったでしょ?」
「えぇ」
「…どうして、くまはちが、あのような行動に出るのか…私の為…。
私の為だったんだなぁ〜って」
「そうですよ。くまはちは、いつだって、どんな時でも、どんな所に居ても
組長の事を一番に考えて、そして、行動する奴ですから」
「そう教え込まれたから……。…私が恐れていたから……そうでしょ?」
真子は続ける。
「AYビルの地下駐車場で、荒川と糸山に襲われた時に見せた
くまはちの行動……あまりの残酷さに……私…恐かった…。
だって、くまはちは、私にとって、お兄さんみたいな存在だから…。
寂しい時、いっつも優しく語りかけてくれた」
真子は、懐かしむような眼差しをしていた。
「…私には、いつも優しくて……。それは、五代目となった今でも
変わらない。……いつでも気に掛けてくれる……」
「そこが、くまはちの良いところですね」
水木は、真子の料理をたいらげた。
「あの日の組長の表情が、くまはちにとって、衝撃だったんでしょう」
「それ程、恐れた表情をしていたのかな…」
「してましたよ」
「…そっか……」
真子も食べ終わる。
「二度と、あの表情を見たくないんでしょうね。…自分が怪我をした時の
心配する組長の表情よりも……」
「……水木さん」
「はい」
「どうしたら……いいのかな……」
真子は、カウンターに俯せる。
組長……。
水木は、真子の頭をそっと撫でる。
「どこまで守れるか。くまはちは挑戦してるかもしれませんよ」
「守る挑戦?」
「いかに敵を傷つけずに、組長を無傷で守れるか。そして、自分自身も
傷つかずに……」
「……何を考えてるんだろ……………」
真子は、訳が解らないという表情をしながら、顔を上げる。
「今までは、組長には、まさちんが付いていました。その間、くまはちは
組長の安全を守るために、影で動いていたこと…御存知ですよね」
「…知ってた。…みんな話してくれなかったけど、……健が…ね」
「組長の耳には、いっつも健から情報が入ってたんですか?」
「…健は嘘付かないもん」
いや…二割は嘘……。
「でも、今は…」
水木は、話し続けた。
「今は、組長の側には、くまはちだけです。だから、影での動きは
抑えられなくなっているんです。一人欠けた事、そして、組織の
残党の攻撃が増してきた事。マイナスに更にマイナスの面が
加わっているから、このような結果を招いてしまうんですよ」
「…それも…解ってるんだけど……」
「組長」
「ん?」
「何に吹っ切れないんですか?」
水木の尋ねる事に、真子は暫く考え込む。その間、水木は真子をジッと見つめていた。 真子が顔を上げる。
「………解らない……。どうして、くまはちに当たったんだろ…」
「何度言っても変わらない、くまはちの行動に苛立っただけですよ。
それも立て続けに起こったので、落ち着きを取り戻す前に、
苛立ちが来た。…それだけの事ですよ」
「……そうなのかな……」
真子は、口を尖らせる。
「組長、今日はどうされますか?」
水木は、空になった食器を重ねながら、真子に尋ねた。
「……何も考えてないよぉ…一日、ここに居たら駄目?」
水木は、食器を洗い始める。
「駄目ですよ。組長は、やらなければならない事があるでしょう?」
「やらなければ……ならない…こと?」
真子は首を傾げる。その仕草は、水木の鼓動を高鳴らせる。
落ち着け……落ち着けよ……俺……。
自分に言い聞かせながら、食器を洗い終え、拭き上げる水木だった。
朝日が昇り、ミナミの街を照らし出す。 夜の賑やかさは、どこへやら。 すっかり静けさが漂う街に変わっていた。
自動販売機から缶が落ちる音が二度響く。取り出し口から、缶コーヒーを二つ取り出す一人の男。 前髪が立っていた。その男は、一つの缶コーヒーを誰かに放り投げる。 受け取った男は、壁にもたれ掛かりながら、しゃがみ込んでいた。そして、大きく息を吐く。
プルトップを開けた男は、ごくごくと飲み始める。
「いつまで、ここに居るつもりだよ」
「真子が出てくるまで」
「表か裏か…どっちから出てくるか解らんぞ」
「裏」
「……ったく、まるで、やくざやないけ…。辞めろ、その雰囲気」
「ほっとけ」
「不機嫌やなぁ」
「あったり前だっ!」
珈琲を飲み干したのか、空き缶を放り投げる男。空き缶は、自動販売機の隣に設置している空き缶入れに、見事に入った。
「……なぁ、くまはち」
「なんだよ、ぺんこう」
「真子の事を考えてるのは、解ってる。…いっつも…いつも…。
だけどな、守るだけというのは、辞めてくれよ……」
「俺にも限度がある」
「お前にも……限度があったのか…」
「おいおいおいおいぃ〜。俺を何と思ってたんだよ」
「なんでもこなす、凄い奴」
「はいはい」
ぺんこうの言葉を冷たくあしらうくまはちだった。 この二人。一晩中、この場所に居た様子。 昨夕、自宅から飛び出したぺんこうが、連絡を入れた相手のくまはち。何処に居るのか尋ねたら…。
「くまはち、何処にいる?」
『ミナミ。……スナック桜の路地』
「はぁ? そんな所で何を?」
『組長を追って、たどり着いた所。店に入ったそうだ』
「……お前、もしかして、真子が出てくるまで待つつもりか?」
『落ち着きを失っている組長の前に、俺が現れると、どうなるか
検討付くだろが。…だから、こうして…』
「解った。俺が行くから、そこから動くなよ。……真子…出てきそうか?」
『…恐らく、飲み明かすかも…』
「……酒に関しては、俺は怒ってるからな……くまはち……」
『知らん。…待ってるぞ』
そして、ぺんこうがミナミへやって来る。水木の店の一軒隣の路地に身を潜めているくまはちに近づき、そして、店の様子を伺っていた。 客が出てくる。
「あの客で終わりか?」
ぺんこうが、くまはちに尋ねた。
「あと二人」
どうやら、くまはちは、客の出入りをチェックしていた様子。 最後の客が出て、暫くしてから、ぺんこうが、水木の店に入っていった。
水木と語ったぺんこうは、店を出た後、くまはちが待機している場所へとやって来る。
「真子……居なかった…。水木も知らない…そう応えたぞ」
「知っていて、はいと言う男じゃないからな、水木さんは」
「…奥の部屋に匿っている…そういうところかな…」
「……約束…反古か?」
「それはないな…。もう、抱けないと言ってた…」
「奴の言葉を信じるな」
「うるさい」
ぺんこうは、地面に座り込む。
「ぺ、ぺんこう?!」
「…あかん……俺の範囲を超えてる…。水木の店にある酒……
一番強いのを飲んだけど……ふらつく……」
「空腹に飲むからだろが」
くまはちは、上着を脱いで、ぺんこうの肩にそっと掛け、自分もぺんこうの隣に腰を下ろした。膝を立て、空を見上げる。
「……真子が出てきたら、起こしてくれよ…」
「あぁ」
ぺんこうは、くまはちの肩にもたれ掛かって、眠り始めた。
ぺんこうは、おいしそうな香りで目を覚まし、そして、今………。
「なぁ、くまはち」
「………組長の哀しい表情は、もう見たくないんだよ…。
俺が怪我をした時に心配する表情とは、全く違って……。
ぺんこうだって、知ってるだろ?」
「…あぁ。知ってるよ……。俺だって、もう、見たくないよ…あんな表情は…」
まさちんが死んだ…そう伝わっていた頃の真子の行動と表情。 それは、誰もが知っていた。 その時に言った、くまはちの言葉が…
『母のちさとさんが亡くなった頃と同じ…、だけど、それ以上に寂しい表情を俺は見た事がある…』
くまはちは、何かに気付き、振り返る。 その場所こそ、水木の店の裏口に通じる所。 ドアが開き、人の声が聞こえてくる。 真子と水木が出てきたのが解った。ぺんこうとくまはちは、そこへ向かって歩き出す。
「えぇ〜っ! 水木さんと須藤さんって、本当に仲が悪いんだぁ。
何もそこまで、躍起になる事、ないんちゃうん?」
「それは、須藤に言ってやってください。事ある毎に、私に文句を
付けてくるんですから。俺は、俺の思うように過ごしているだけなのに」
水木は、駐車場の扉を開けながら、真子と話し込んでいた。
「そういう所が、須藤さんにとって、嫌な部分に当たるんやろなぁ〜」
「そうみたいですね。さぁ、どうぞ、乗って下さい」
水木が車の助手席のドアを開け、真子を迎え入れた、まさにその時! 駐車場の入り口に、二人の人影が現れた。
「……くまはち…ぺんこう……」
水木の呟きに、真子が反応し、振り返る。 そこには、くまはちとぺんこうの姿があった。真子は、目を見開いていた……。
(2004.11.10 『極』編・昔と今、繋がる想い(3) 改訂版2014.12.23 UP)
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