アルバム 2 街の一角にある幼稚園。 そろそろ夏の気配を感じ、緑が青々と元気な頃、この幼稚園では、参観日を迎えていた。 ビシッと着こなしたスーツで大人達が、次々と門を通っていく。それぞれが軽く挨拶を交わし、立ち話をし…。そんな中、一際目立つ集団が門をくぐってやって来た。 「……またしても、こんな大所帯で……」 そう言って呆れたように息を吐いたのは、父親らしき人物。 「どうしても情報が漏れるみたい……」 それに応えるかのように呟いたのは母親だった。 そして、二人は振り返る。 「はぁ………。……真子、やっぱり反対だっ」 「…解ってるけど、これだけは……」 「真北さん、えいぞう、健までは許す。……だけど、なんで、また水木が居る!!!」 静かに怒鳴る父親・ぺんこう。その目線の先には、ビシッとスーツを着こなして、いかにも家族です!という感じで歩いている水木の姿があった。その隣には水木の妻・桜の姿もある。 「また、言うんかぁ、ぺんこう」 どうやら、真子とぺんこうの会話が聞こえていたらしい。 「ええやんかぁ。うちらも呼ばれたんやし」 そう応えたのは、桜だった。 「関係者なん解ってるっ。だけどな、何も俺達に 付いてくる事、ないやろがっ!」 「まぁ、まぁ、芯〜」 「真子も、どうして、断らないっ!」 「断るも何も、知ってるって、知らなかったもん」 「あがぁ〜っ、もぉ〜」 と叫ぶぺんこうを見つめながら、苦笑いするのは、えいぞうだった。その横では、真北が幼稚園内を観察するかのように、見渡していた。 「…って、真北さん、停めなくて良いんですか?」 「あん?」 「だから、ぺんこうを」 「更に機嫌が悪くなるだろが。…解ってて言うんか?」 「えぇ。……って、やっぱり、ここでも?」 「あり得るからな」 真北は、少し離れた所を歩く、くまはちに目をやった。 くまはちは、軽く頷いた後、別の場所で待機しているキルに合図を送る。 キルは、頷くやいなや、姿を消した。 すぐに、木々のざわめきが聞こえ、何かが落ちる音がした。 真子達が建物へと入っていった。 この日、娘の美玖、そして、むかいんと理子の息子・光一が通う幼稚園では、家族参観が行われる。入園してから三ヶ月。子供達がどれだけ成長し、色々と楽しく過ごしているのかを、家族に観てもらおう!という事で、こうして、園児達の家族が、ぞくぞくと集まっていたのだった。 園児達の居る教室では、それぞれの家族がやって来る事に、緊張した雰囲気が漂っていた。いつもは明るい表情の園児も、この日は、ちょっぴり緊張している様子。 美玖と光一の教室でも同じだった。 「そろそろ、みなさんの御家族が来ますよぉ。 みなさん、準備はいいですか??」 担任の桃華が園児達に声を掛けると、 「はい!」 元気よく返事をした。 それと同時に廊下に人が集まり始めた。園児達は、自分の家族を探すかのように廊下に目をやった。家族を見つけ、手を振る園児達。桃華は、廊下に集まった人達の中に、桜の姿を見つけ、慌てたように廊下へと出て行った。 「って、桜っ! 何しにきたん?」 その慌てっぷりを観た、ぺんこう。こめかみがピクピクと……。 「園長先生に招待されたんやけどぉ。桃華、知らんかったん?」 桃華は目一杯頷いていた。 教室の後ろに、大人達が並んでいた。たくさんの眼差しの中、園児達は、桃華先生の話に一生懸命、耳を傾けている。大人達は、自分の子供が家では見せない姿に、感心していた。 先生が良いというまで、絶対に振り向かないように! 桃華は、前日まで何度も何度も、何度も言い聞かせていた。その為、園児達は、振り返ることなく、真っ直ぐ、桃華先生を見つめている。普段行儀が悪い園児も、この日ばかりは、姿勢良く、真っ直ぐに桃華先生を見つめていた。 音楽の時間。 園児達は、それぞれが楽器を手に、桃華先生の声に合わせて奏でていく。 カスタネットの音が弾んでいる! 鈴の音が心地よい〜。 太鼓の音も軽やかで、桃華の歌声が人々の心を和ませていく。 美玖の姿を見つめている真子は、微笑んでいた。 美玖は、楽しそうに、それでいて一生懸命、カスタネットを叩いている。 この日の為に、頑張ったもんなぁ、美玖は。 真子の時間がある時は必ず、真子と一緒にカスタネットの練習をしていた美玖。美玖に合わせて、光一も練習していた。 始めはぎこちなかったリズムも、真子との時間が増えていく度に、軽やかなリズムへと変わっていた。 それが、数日、抜けることになる。 その後、この日まで約二週間、毎日のように練習に付き合っていた。そして、その日がやって来る。 この日の事は、ぺんこうは知らない。 真子達の楽しい雰囲気が気になっていたぺんこうは、美玖に、それとなく尋ねるが、いっつも 『ないしょ!』 という言葉しか返ってこなかった。 こりゃ、内緒だわなぁ。 ぺんこうは、そう思いながら、愛娘の姿を見つめていた。 もちろん真北も、美玖を見つめる二人を見つめながら、心を和ませていた。 桃華…張り切りすぎ…。 口にしたくても出来ない桜。 園児達を見守りながら唄う桃華だが、時々、『なんでおるねん』オーラを発している…。 それは、桜にしか解らないオーラだった。 園児達が立ち上がり、後ろに集まっている家族を椅子に招く。五人の園児が、椅子に座った大人達に園児達が折った折り鶴を手渡していく。 「ありがとう」 真子は笑顔で言った。 その笑顔は、真子に折り鶴を渡した園児の心を和ませていたのか、今まで緊張していたような表情だったのが、明るいものへと変化した。そして、照れたように笑い、隣に座るぺんこうにも手渡した。 ぺんこうも笑顔でお礼を言う。 園児の表情が嬉しそうになった。 「園児キラー…」 と呟いた、ぺんこうの隣に座っているえいぞう。 誰にも解らなかったが、言った瞬間、ぺんこうの肘鉄を頂いていた……。 拍子木の音が聞こえた。 「かみしばい、はじまります!」 という声と同時に、園児達が描いた絵で、紙芝居が始まった。 読み上げるのは、園児達。 紙芝居の絵は、桃華が描いた紙芝居の絵を見本に、園児達が一生懸命描いたもの。 ひらがなを読めるようになった園児達は、紙芝居の後ろに書いている文字を読みながら、絵を交換していく。 美玖と光一の番が来た。 二人は仲良く絵を次の絵に替え、美玖が読み上げる。 他の園児より、はきはきと、時には感情がこもった語りに、真子は驚いていた。 語り終わった美玖は、真子の隣に座るくまはちに目をやった。 くまはちは、『OK』という合図を美玖に送っていた。 美玖は嬉しそうに微笑む。そして、光一の語る番になった。 光一も、美玖と同様、はきはきと、時には感情をこめて語っている。 もちろん、語り終えた後、くまはちに目をやった。 同じように合図を送ったくまはち。 ……くまはち……相手の年齢…考えろって…。 ぺんこうとえいぞう、そして、カメラマンの健が同時に思う。 なるほどぉ〜。懐かしいわけだぁ…。 そう思った真子は、くまはちに軽く肘鉄し、見上げる。 組長も、そうでしたでしょう? 真子を見つめる、くまはちの目は、そう語っていた。 真子は笑顔で応え、次の園児の語りに耳を傾けていた。 「はぁい、それでは、終わりですよぉ。みなさん、良かったよぉ。 練習していた時以上に、素敵だった。先生は、安心した!」 桃華の言葉に、園児達は嬉しそうに声を挙げた。 「家族参観、終わります」 桃華の声と同時に、園児達は、さよならの挨拶をする。 「パパ、ママぁ!」 園児達は、それぞれの家族に駆け寄っていく。もちろん、美玖と光一は、真子の居る場所へと駆けてきた。 真子と理子は隣に並び、他の園児の母親と語り合っていた。 「ママ、りこママ!」 「ママ、まこママ!」 そう言って、二人がやって来る。 「ねぇ、ねぇ、かみしばい、どうだった? どうだった??」 美玖は真子に、光一は理子にしがみついて、感想を促すように飛び跳ねながら尋ねた。 「素敵だったよぉ〜」 笑顔で美玖を抱き上げる真子。 「楽しかった!」 理子も光一を抱き上げながら言った。 「くまひゃち! やった!!」 美玖と光一は、少し離れた場所に居るくまはちに、喜びの声を掛ける。 「くまはちさんって、幼稚園の先生に向いているかも…」 理子が言うと、 「そりゃぁ、真子さんの世話係してたらなぁ」 と母親の話に入ってきた、えいぞう。 「マスター、また、そのお話ですかぁ」 ……他の園児の母親が、えいぞうと親しげに話し始めた。 「????? …ど、どういう……こと?」 真子が首を傾げる。 「えいぞうさんの喫茶店の常連さん」 「えっ? …あっ、そうですね。近くにある百貨店にパートに 行ってるんでしたっけ…」 真子が、母親に声を掛けた。 「そうですよぉ。だから、真子さんの顔は知っとったけど、 まさか、あの真子さんが、真子さんとは、驚きましたよぉ」 「……ちょぉぉっと、待ってください…それ…どういう…」 「健ちゃん、喫茶店のメニュー冊子に真子さんの……」 と、そこまで口にした途端、目の前の真子の姿が無く、理子が美玖と光一を抱きかかえてる姿があるだけだった…。 「あ、あれ?」 「……あれ……」 えいぞうが指を差したところでは、健が、必死に逃げ回っている姿が…。 「……内緒……だったんですか……マスター」 「まぁ…そうですね…」 「メニューの話だけで良かった……。健スペシャルを頼むと 真子さんの写真入りのマグカップが…なぁんて事、言うたら…」 「それこそ、健が、真北さんに怒られてますね……」 えいぞうが口にした途端、真子から逃げる健は、真北に足を掛けられて、宙を舞っていた……。 「はぁはぁ……ったく……健はぁ…。すみません…急に」 恐縮そうに言いながら真子が戻ってきた。 健は真北に怒られているのか、シュン…となっている。 「健ちゃんって、本当に真子さんの事が好きなんですね」 園児の母が、真子に話しかけた。 「へ?! …ま、まぁ……それは、どうなのかは解りませんが いっつも困ってます〜」 照れながら言う真子は、健と真北の方を観た。 健は真子の目線に気付いたのか、立ち上がり、腰をフリフリ……。 真北の蹴りが、見えない速さで、健のおしりに入っていた…。 それを観ていた真子は笑い出す。 「解る気がするわぁ…」 園児の母は呟き、えいぞうを観た。 えいぞうは、ウインクで返事をする。 「園児の母キラー……」 むかいんとぺんこうが同時に呟いた。 「ねぇ、パパぁ、りょうパパ、どうだった? かみしばいぃ!」 「パパぁ、しんパパぁ、かみしばい、どうだったぁ?」 理子の腕に抱きかかえられている美玖と光一が、同時に尋ねる。 「素敵だったぞぉ〜」 ぺんこうが、美玖を受け取りながら、優しく応える。 「楽しかったぞぉ!」 むかいんも応えながら、光一を抱きかかえた。 「えいぞぉしゃん、どうだった、どうだった??」 美玖と光一は同時に尋ねる。 「紙芝居屋さん、始めるかぁ?」 へにゃぁ〜とした表情で、えいぞうが応えた。 それには、側に居た園児の母も驚き、 「マスターも、幼稚園の先生に向いてるかも…」 口にした。 「そりゃぁ、くまはちよりも先に、真子の世話係してたもんなぁ」 ぺんこうが言うと、むかいんが大きく頷く。 二人を真似したように、美玖と光一も頷いていた。 「あっ、いや……かわいいですからねぇ〜」 そう応えて、えいぞうは遠い昔を思い出すかのように、笑みを浮かべていた。 真子に折り鶴を手渡した園児が駆けてくる。園児を追いかけるように家族も近づいてきた。 「みくちゃんのママ!!」 「折り鶴、ありがとう」 真子が笑顔で言うと、園児は嬉しそうに笑う。 「すみません、真子さん。挨拶するって、五月蠅くて〜」 折り鶴園児の母が真子に言うと、 「気になさらないでください。紙芝居、楽しかったよぉ。 お話も上手かったね。トライアングルも、気持ちよかったよぉ」 真子は、折り鶴園児の前にしゃがみ込み、頭を撫でていた。 「わはぁ〜ありがとう!」 真子の言葉が嬉しかったのか、折り鶴園児は、声にもならない嬉しそうな声を挙げて、真子にお礼の言葉を言った。それを観ていた美玖と光一が、負けじと 「パパ、カスタネット、どうだったぁ!!」 ぺんこうとむかいんに、声を張り上げていた。 「心が弾んだぞぉ」 「リズム、良かったぞぉ」 それぞれが、それぞれの頭を撫でながら応えると、美玖と光一は、嬉しそうにはしゃぎ出す。 「真子さん…ご覧になっていたんですか?」 折り鶴園児の母が驚いたように尋ねた。 「えっ?」 「いえ…ほら、観ると言っても、自分の子供しか観ないでしょ。 他の子供達まで、観る余裕が無いですよ、特に音楽の時は…」 「ハラハラドキドキしてたんでしょう? 他のお母さんも そんな表情でしたから……」 「えぇ、まぁ…。家で練習しているのを観ていたら、本当に 心配で心配で…」 「でも、練習するたびに、上手になっていたでしょう?」 真子は笑顔で言った。 「えぇ」 「だから、本番は、大丈夫! …と思っていたとおりでしたよぉ」 「それでも、他の子供を観ている余裕は無かったわぁ〜。 真子さんって、ほんと…すごい…」 感心する母。 そして、真子と理子、園児の母達が話し始めた。 真子達を傍らで見守る、ぺんこうとむかいん、そして、えいぞう達が静かに語り出す。 「そりゃぁ、組長は特別だもんなぁ」 えいぞうが呟く。 「子供達を見つめるのは、母親になる前からだし…」 えいぞうは、続けた。 「そうやわなぁ。園児よりも厄介な男達が多いし、 今もそうだからなぁ〜」 真北が加わった。 もちろん、えいぞうたちの表情が変わる…。 真北の言いたいことは解っている………。 「まきたん、まきたん!」 「はいぃ、美玖ちゃん、光ちゃん、なぁんだぁ?」 えいぞうに話しかけた時の表情とは一変して、とろけた表情で、美玖と光一に話しかける真北。 「どうだった? どうだった??」 「素敵だったぞぉ、楽しかったぞぉ〜」 ぺんこうとむかいんの腕から、美玖と光一を奪い取って、ぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅと抱きしめて、頬ずりしながら、真北が応える。その仕草に喜ぶ美玖と光一。その三人を見つめるぺんこうたちは、呆気に取られたように、口を半開きにしたまま突っ立っていた。 「…そういや、美玖と光ちゃんの描いた絵…妙にリアルだったよな」 ぺんこうが、思い出したように口にした。 「そうだったな…。子供の絵…って雰囲気じゃなかったよな…」 むかいんが応えると、 「…でも、なんとなく……記憶にあるぞ……」 ぺんこうが遠い昔を思い出したように言った。 「そうやでぇ〜。美玖ちゃんも光ちゃんも、妙にリアルな絵を 描いていたんだけど…まさか、宿題に手を出してませんよねぇ、 お父様方ぁ??」 桃華がやって来た。 「紙芝居の事…というか、家族参観の内容は詳しく 聞いてませんから、出せる訳ないでしょぉっ!」 反論するぺんこうだが、 「でも、描いていた時に、側に居た人物には、心当たりがありますよ」 そう応えて、真北を見つめた。 「真子が小学生の頃……まるで生きているような鯉を 描いていた時がありましたからねぇ」 「そっか、まきたんも真子ママの教育を…」 「…桃華、言葉…うつってるって…」 桜の言葉で、桃華は、真北と真子の呼び名を美玖達と同じように呼んでいることに気付く。 「わっ、ごめん…なさいっ。子供達のお話を聞いていたら つい……その呼び方に…」 「まぁ、ぺんこう、むかいん…って呼ばないだけでもましか…」 呆れたように桜が言った。 「芯パパ、涼パパですからねぇ…って、桜、あんたなぁ。 今日は家族参観。いくら水木組が関係してるからって こういう日は呼ばないやろがぁ」 「ええやんかぁ。私は真子ちゃんの家族やもぉん」 「桜だけなら解るけど、なんで、龍ちゃんまで来るん?」 桜の側に居る水木は声を掛けられると、 「そりゃぁ、組長の家族やし……いや、家族のようなもんやし …えっとぉ…その……なんだなぁ。俺達も…その…」 鋭く突き刺さる何かに反応して、言葉を濁す。 「もぉ〜ぺんこうに睨まれるから、やめときぃ言うたやんかぁ」 「お前だけって、なんとなくだなぁ……」 「…知らんで…」 桜が冷たく言って、見下ろしていた。 そこには、水木がしゃがみ込む姿が…。 「関係者は呼ばれてないじゃありませんか、桜さん」 ぺんこうが、水木の側に立っていた。 「ええやんかぁ。私だって美玖ちゃんと光ちゃんの成長を 見守りたいんやもん」 「桜さんなら解りますが、水木さん…」 そう言って見下ろすぺんこうの眼差しは、とても鋭く…。 「…って、緑…てめぇ、いつ、そんなオーラを身に付けた…」 「あん? どういうオーラでしょうかねぇ〜。解りかねますよぉ」 「それや、それやっ!! その眼差しで、穏やかなオーラ出すなや!」 「はぁ〜? どういう事ですかぁ、水木さん」 「だから、眼差しとオーラの差や、差!!」 「こういう時の為…ですよ…?」 にやりと口元をつり上げた、ぺんこう。その先に起こる出来事は、誰もが予想されるが、ぺんこうは、行動に出なかった。しゃがみ込む水木の襟首を掴み、立ち上がらせただけ。 それには、当の水木も驚いた。 「…美玖と光ちゃんに感想…述べてくれよなぁ」 耳元で低く言うぺんこうに、水木はたくさんたくさん頷いた。 「みじゅきさぁん、どうだった? どうだった??」 ぺんこうの後ろから、美玖と光一が駆けてくる。 もちろん、水木の表情も、弛んでしまう…。 「楽しかったでぇ〜。美玖ちゃん、上手!! 光ちゃん、かっこいい!」 「やったっ!」 喜ぶ二人を見つめる水木は、心を和ませていた。 「…我を失ってますね…あれは…」 えいぞうが真北に、そっと告げた。 「まぁ、せいぜい、和んでおけって。これからが…なぁ、えいぞうぅ?」 怒りを抑えているのが解るほど、真北の声は低い…。 「すみません……」 「ったく…あの後からの動きが激しいからってなぁ〜お前らは」 「…その…お前らの『ら』には、真北さんも含まれてるんですよね?」 えいぞうが言うと同時に、鈍い音…。 「すみません〜」 口を尖らせて言う、えいぞう。 「それより、…あれ…停めろ…」 「……無理ですね」 「事あることに、あれじゃぁ、ほんと…」 「…俺も困ってますよ。益々拍車が…」 「メニューに使うな」 「私ちゃいますって…」 「部屋の中だけなら文句は言わんがなぁ」 「しゃぁないですやん。キャラクターって言われたら 健の奴、組長って言うから…」 「それなら、AYAMAのキャラクターにしとけって」 「そちらも組長でしょう?」 「…そうだったな…」 沈黙…。 「それにしても、美玖ちゃんと光ちゃんの絵…リアルすぎますよ」 「あれが普通だと思ったが…」 「真北さんだって、御存知でしょう〜。年相応の描き方」 「まぁ…なぁ。芯の時に、観たっきりだけどな」 「相当昔ですか…」 「俺が学生の頃…な」 「……すんごい昔ですね…」 「その頃の懐かしさもあるんだよ」 そう言って、真北はえいぞうの頭を小突き、真子の所へと向かっていった。 他の園児の母に挨拶をして、真北も一緒に話し込む。 真子が時々照れたように真北を叩き、頬をふくらせる姿を観ているえいぞう。真北が何を話しているのかが、手に取るように解っていた。目線を美玖たちの方に向けると、水木の弛んだ顔は続いていた。健は、真子達の写真を撮りまくっている。むかいんとぺんこうは、桜と桃華と話し込んでいた。 くまはちは…………。 居ない…。 気を集中させるえいぞうは、何かのオーラに気付き、素早く姿を消した。 幼稚園の裏手に回ると、そこでは、キルが敵の最後の一人を倒した所。 「くまはちは?」 「外です」 短い応えに反応して、えいぞうは、幼稚園の敷地から外へと出て行った。 そこでは、くまはちが、敵の最後の一人を倒した姿があった。 「ったく…。組長が心配するだろが」 えいぞうがくまはちに言うと、 「お前が居ない方が心配するって」 くまはちが冷たく応えた。 「俺…一応…」 「それは、緊急時だけだろ。…まだ、傷も完治してない野郎が…」 「あの傷は、とっくに治ってる」 「その後は? 更に悪化させて、組長に内緒やろが。…真北さんにもなぁ」 「そういうお前こそ…なぁ」 「なんやぁ?」 くまはちは、敵を倒した時のオーラのまま、えいぞうを睨み上げる。 「…お前とは、やらんと言ってるだろが」 そのオーラには全く応えず、えいぞうは、そう言うだけだった。 「いつになったら、本気になる?」 「……組長の身に、危機が迫った時…だな」 「そういうことか…。…俺との勝負は?」 いつになく、くまはちが好戦的な言葉を吐く。 「…せん…と言ってるだろが」 くまはちのオーラを拒絶するかのように、えいぞうが応えた。 「戻るぞ」 くまはちは、何かの声を耳にした様子。 「そうだな」 もちろん、えいぞうも耳にしていた。 そして、二人は、幼稚園の敷地へと入っていった。 「もぉ〜どこに行ったのかと思ったらぁ〜。二人でやりあってないよね?」 真子が、二人を呼んでいたらしい。 真子の声には素早く反応する二人。 当たり前の事だが…。 真子は、二人に何やら楽しい話をしている。真子は、くまはちの行動に気付いていない様子だが、真北は気付いていた。 真子に気付かれないように、くまはちが振る舞っている。 手の甲を隠すかのように手を後ろに回していた。 「ほな、帰るよぉ!」 真子の声と共に、団体さんが歩き出す。 「……だから、なんで、一緒なんですかっ!」 ぺんこうが、水木に言った。 「ビル行くんやろぉ。俺達も行くんやからぁ」 「あのねぇ〜」 「車はちゃうんやから、文句言うな」 水木が反抗すると、鈍い音が聞こえた。 水木が歩みを停めて座り込んでいた。 「うちは、ぺんこうと一緒ぉ〜」 そう言って、桜がぺんこうに腕を回す。 「………つめたぁ……」 ぺんこうは、桜にも容赦ない眼差しを向けていた。 「もう…せん…って言ったやんかぁ〜もぉ。冗談やのに」 「桜さんの冗談は、冗談に聞こえないんですからねっ!」 ぺんこうは静かに怒鳴る。 「ぺんこうには、本気やもん」 「あのね……」 呆れたように項垂れるぺんこう。 そして、団体さんは、駐車場へとやって来る。 一緒に乗ると思われた真北は、車に乗る素振りを見せない。 「真北さん、行かないの?」 真子が声を掛ける。 「仕事は午後からですからね」 「そうだったんだ…って、休み取ったって言ってなかったっけ?」 「休暇を頂いた時は、忙しくなかったんでね。美玖ちゃん、ごめんなぁ」 真子の足下で、美玖が寂しげな表情をしていた。 美玖の前にしゃがみ込み、笑顔で頭を撫でる真北は、美玖の耳元で何かを言った。 その途端、美玖の表情が明るくなった。 「楽しくお話してねぇ、美玖ちゃん」 「うん! まきたん、おしごと、がんばってね!」 「おー!」 真北は、真子達の車を見送った。 車が見えなくなった途端、その表情は厳しくなる。 真北の背後に、キルが姿を現した。 「ありがとな、キル」 「私の方こそ、申し訳御座いませんでした。まさか…」 「それを言うな。…ここにまで姿を現したとなると、向こうもやばいな」 「そちらは、どういたしましょうか…」 キルの言葉に、真北は暫く考え込む。 ポケットに手を突っ込み、口を尖らせる。 「暫くは、こっちで手が離せないやろな」 そう呟いた真北は、とある一点を見つめていた。 そこには、銃を持った男の姿がある。 真北は、素早く懐に手を入れ、そして……。 五台の車が去っていく。 それを見届ける真北は、大きく息を吐いた。 こんな日くらい…、大人しくしてくれよな…。 真北の腕にハンカチが巻かれた。 「治療してからでも、大丈夫でしょう?」 キルが声を掛けた。 「橋に…怒られるから、キルがしろ」 「一式持ってますが、報告しないと、俺が怒られます。橋先生に怒られるのは 真北さんの方が慣れているでしょう?」 そう言ったキルの眼差しは、とても優しく温かい。 真北のオーラが、消える瞬間。 「…あぁ……そうだな。…向かう…か」 そして、真北とキルは、橋総合病院へと向かう為、車に乗り込んだ。 「……それにしても、真北さん」 「あん?」 「益々…素早くなってませんか?」 助手席に乗るキルが、恐る恐る尋ねる。 「何が?」 「銃ですよ。…あいつが撃ったのは、一発。なのに、真北さんは、 一瞬のうちに、全弾命中させて…」 「キル」 「はい」 赤信号で車が停まると、真北はキルに振り返った。 「俺…銃も得意なんだけどなぁ」 「……銃は苦手だから、持ち歩かなかったとお聞きしてますが…」 「それは、色々とあったからでだなぁ〜、本来は、得意だぞ」 「知らなかった…。…でも、相手に撃たれるとは…」 「それは、狙わせただけだ。その方が、敵を撃ちやすい」 「銃弾の動きが見えているなら、避けてください」 「俺が避けたら、お前に当たってただろが」 「私は避けられます!!」 「……そっか…」 青信号になり、真北はアクセルを踏んだ。 「ほな、次からは、避けたるわ」 「そうしてください」 …世間的に耳にすれば、凄い会話なのだが、この二人は、いつの間にか平気になっていた。 それは、真子が嫌う世界なのだが、ここ数日は仕方がない。 橋総合病院に着く頃、真子達は、むかいんの店で楽しんでいた。 もちろん、そこには、水木と桜の姿もあるのだが、ぺんこうは、嫌な表情をせずに、真子達と楽しんでいた。 「真北さんも来れば良かったのにな…」 真子が呟く。 「無理ですよ」 ぺんこうが応えた。 「どうして?」 「ここ……苦手なものがありますからね」 「……でも、むかいんの店は二階だよ?」 「…………そうですね……あれれ?」 真北の苦手なものは解っている。 だからこそ、仕事と言って来なかったのだろうと、ぺんこうは考えていた。 ちらりとえいぞうに目をやると、えいぞうは、 気付かせるな…。 という眼差しを返してきた。 それで、何が起こっているのかを把握するぺんこうは、 「もしかして、二階も駄目になったかも…」 と話を続けた。 「わちゃぁ、それやったら、部屋を換えな、大変ちゃうん?」 「そうでしょうねぇ」 ぺんこうは、話を逸らしていった。 楽しい食事風景に、むかいんの料理が加わって、更に明るさが増していく。 まさか、この後、真北とキルが口にした、『向こう』に住むあの男にも危機が迫るとは…。 その事が、真子の耳に入るとは知らず、真北は橋に治療を受けながら、思いっきり怒られていた。 (2006.4.10 『極』編・アルバム 2 改訂版2014.12.23 UP) |