〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



親子絆家族

橋総合病院・駐車場
一台の車が停まり、運転席から子供を抱えたぺんこうが降りてきた。抱えられた子供、美玖だった。美玖は、泣きはらしたのか、目を真っ赤にしていた。溢れる涙をそっと拭う父親・ぺんこう。

「行くよ、美玖」

美玖は、ぺんこうの腕の中で、そっと頷いた。

ぺんこうは、病院の建物へ入っていく。美玖の表情が少し和らいでいた。
少し体を動かす美玖。

「ん? 歩くのか?」

美玖は頷いた。ぺんこうは、そっと美玖を床に降ろした。美玖は、自分の足で立ち、そして、歩き出す。まるで、目的の場所を知っているように…。

「ったく…」

ぺんこうは、嬉しいような驚いたような表情で、美玖に付いていく。

「……美玖、エレベータ…」
「や」
「はいはい」

エレベータホールの隣にある階段を上っていく美玖だった。



真子の病室
真子は、ベッドに腰を掛け、そして、一人の男性と話し込んでいた。

「でもなぁ〜」

真子が言った。

「長年、待ちました。でも、今こそ、これを発売するべきですよ。
 確かに、真子ちゃんの思いは、解ります。…まさちんさんを参考に
 作り上げた作品ですから。だからこそですよ」
「駿河さん…。解ってる…でも…」

病室のドアが開いた。真子と駿河は、ドアに振り向く。ドアノブよりも背が低い女の子が入ってきた。

「ママ…!」

そう言って、美玖はベッドに駆けてくる。真子と美玖の間には、駿河が居た。美玖は、駿河の足にしがみついた。

「おっと、美玖ちゃん、ママはここだよぉ」

美玖を抱きかかえる駿河。

「すぅが!」
「駿河です」
「どっちでもいいでしょぉ、…って、美玖、一人?」

真子は美玖に手を差し出しながら尋ねる。

「パパ」
「…芯」

ドアの所にはぺんこうが立っていた。

「美玖が泣きやまなくて」
「ったくぅ、美玖ったら。ママは暫く帰れないんだけどなぁ」

美玖は、真子にしっかりとしがみついていた。

「こりゃ、離れないな。ママに逢いたがってたんだよ」
「…で、駿河さん、真子に、何のようで?」
「実は、例の作品…発売を延期して、約二年。あれだけ素晴らしい作品を
 滞らせるのは、ちょっとね…」
「…自分の気持ちを知られないように行動する…っつーやつか…。ちっ」
「芯…なんか、別の感情を感じるけど…」
「そうですかぁ?」

なんとなく刺々しい言い方をしてしまうぺんこうだった。


駿河が真子の病室を去り、真子、ぺんこう、そして美玖の三人が残っていた。ベッドの上で真子と遊ぶ美玖を優しく見守るぺんこう。

「……他に、何か話すこと…あるんやろ?」
「お見通しですか…」
「例のこと?」
「えぇ。やはり、考えて下さい」
「…ふぅ〜〜……。あのねぇ。…私に内緒でキルに何を頼んだん?」

ギクゥ……。

ぺんこうの表情が引きつる…。

「ぺぇんこぉ〜〜っ!!!」
「すみません!! しかし、その…あの……!!!」

ぺんこうの腹部に真子の拳が突き刺さる。美玖は、そんな二人を見て、キャッキャッとはしゃいでいた。


「まさちんの行方を捜させてるんです。ビルで芝山さんに逢った時にも
 尋ねてみたんです。まさちんの故郷を」
「まさちんが亡くなったと言われてからも、芝山さんは、まさちんのお母さんを
 時々訪ねてたんでしょ? ビルで逢った時、元気にしてると聞いたから」
「突然、連絡が取れなくなったそうです。それは、あの日…」
「まさちんが、私の前から去った日…」
「えぇ。近所の人の話だと、一人の男が数日一緒に住んで、それから、
 姿を消したそうです。その時のまさちんの母の表情は、とても嬉しそうだったと」
「まさちん…だね」
「恐らく。…しかし、芝山さんでも、まさちんの故郷は知らないと…」
「…そっと…しててよ…」
「真子?」
「これ以上、まさちんを巻き込みたくない…。まさちんを…」
「真子。どうして、そこまであいつのことを考えるんですか? もっと自分のことを
 私、そして、美玖のことを考えて下さい。…あなたは、阿山組の五代目です。
 だけど、その前に、私の妻であり、美玖の母親なんですよ。…どちらかを
 …選んでください。…お願いします。……これ以上、私は真子を傷つけたくない…」
「芯……」

ぺんこうの言葉に、真子はそれ以上何も言えなくなった。ただ、ベッドの上できょとんとしている美玖を見つめるだけ。美玖には、まだ、真子の生きる世界の事は解らない。それだけに……。

まさちん……。




まさちんは、母と商店街で買い物をしていた。

「………いい加減にしなさい、政樹」
「はい?」

呆れたように声を掛ける母。まさちんは、この日も、猫グッズを手にレジへ向かっていたのだった。


駐車場までやって来たまさちん。そこで、映画館のオーナーと出会う。

「北島さん、今夜も来るのかい?」

すっかり、まさちんと顔なじみになっている。

「そうですね、今夜は二本にしておきます」
「じゃぁ、いつもの席を用意しておくからね。待ってるよ」
「お世話になります」

笑顔で会話をし、車の側に立つまさちん。母が乗り込んだのを見届けて、運転席のドアを開けた。
目線を感じ、動きを止める。

「政樹?」
「……」

まさちんは、目線を感じた場所に目をやった。そこには、以前話しかけてきた須藤組系の組員が立っていた。まさちんを見て、軽く会釈をする。まさちんも軽く頭を下げて車に乗り込んだ。
まさちん運転の車が去っていくのを見つめる組員。

「…ばっちりか?」
「一応、納めたんですが……。須藤親分、考えてくれるんでしょうか…」
「さぁ、それは…。噂だからな。奴が生きているかもしれない…と」
「そうですね。親分…」
「直ぐに送れよ」
「はっ」

身を隠すように立っていた親分。どうやら、須藤から何かを聞かされたようで…。



AYビル・須藤組組事務所の組長室
封書の中に入っていた写真を手に取り、一枚一枚を確認するようにめくっている須藤。その側で、よしのが、資料を読み上げていた。

「週に一度、母親と買い物の為に商店街へ。そこにある映画館にも時々オールナイトで
 訪ねに来るそうです。そして、日頃は、街から少し離れた田園の側にある家で暮らし、
 田畑を耕しているそうです。野菜を主に作っているとか…。名前は北島政樹。
 これは、映画館の会員名簿から調べたそうですよ」

須藤は、写真をデスクに放り投げた。

「間違いないな。まさちんの本名は、北島政樹だ」
「そうですが、その…まさちんなら、傘下の組の連中の顔を知ってますよ。なのに、
 その組員の顔を見ても、知らないような素振りで、それも、危険なオーラにも
 全く反応しないとか…」
「…闇カルテを調べるしかないだろうが…。あの医者は、見せてくれないだろうな」
「ニーズなら、なんとか…」
「…ニーズやキルに頼むと、それこそ、組長に筒抜けだろが」
「そうですね…。どうしますか?」
「奴らの動きも、気になるからな。それに、ぺんこうが、キルに頼んでいたことと
 一致してるということは、ぺんこう自身も考えてることだと…そう思うんだが…」

須藤はため息を付き、背もたれにもたれかかった。

「どうしたもんかな……」
「…組長、まさちんが生きていること、御存知なのでしょうか…」
「知らないだろうな。知っていたら、すぐに連れ戻すだろ?」
「…組長に、この事実を突きつけてみては、どうでしょうか…」
「幹部会だ。これは、俺だけの問題じゃない。…招集しろ」
「はっ」

よしのは、すぐに組長室を出て、水木達に連絡を入れた。
須藤は、一枚の写真を見つめていた。それは、母と話すまさちんの笑顔…いつも真子に向けていたものとよく似ている。
まさちんの今の幸せを語っている、そんな笑顔だった。

これを壊すと…後が厄介だろうな……。

須藤は、腕を組み、目を瞑った。



会議室
くまはち進行の下、幹部会が進められていた。その日の課題も終わり、くまはちが締めくくりの言葉を発する。

「他に、ございますか? …なければ、終わりま……」
「くまはち。深刻な話がある。水木らも聞いてくれよ」

須藤の真剣な眼差しに、誰もが耳を傾ける。

「未だに、裏の組織の残党が組長を狙っているのは、知ってるよな」
「あぁ。先日…それも、普通の暮らしの中で…」

水木が即答する。

「実はな……とある男を、別の街で見つけてな…」

須藤は、一枚の写真をくまはちの前に差し出した。くまはちの目が焦ったようなものに変わる…。それを須藤は見逃さなかった。

「……知ってたな…、くまはち」
「…いいや、…その…この写真の男…まさちんに似てるな…と思いまして…」
「まさちん?!??」

まさちんという言葉を聞いて幹部達は席を立ち、くまはちの側に駆け寄ってくる。そして、奪い合うように写真を見つめ、呟く。

「似てる…」
「この男、名は、北島政樹。母と二人暮らしでな、日々、畑を耕している。
 週に一度は映画をオールナイトで観るそうだ。…誰に買うのか知らないが、
 猫グッズを購入する癖もあるそうだ…。……くまはち、どう思う?」
「世の中、似た者が居るというけど…」
「……誤魔化すなや、くまはち。…お前、このからくり…言ってもらおうか?」

須藤が怒りを醸し出す。幹部達は、思わず一歩下がってしまう……が、くまはちだけは違っていた。

「もし、この男が、まさちん本人だとしたら、…須藤さん、どうされるつもりですか?」
「…組長の夢…。叶えたいだろ?」
「夢……普通の………暮らし…」
「あぁ。組長が、阿山組五代目を続ける限り、命の危険も伴う。くまはち、
 お前が付いているなら、大丈夫だ。それは五代目として過ごしている時。
 しかし、先日のように、妻として、母として、親友家族と楽しんでいる時間に
 狙われたら、それこそ、組長が哀しむだろ? ぺんこうだって、組長を
 守ることを許されていない。本来の仕事なのにな。ぺんこうには、戻るなと
 強く言ってるらしいからな…」
「今回の事で、ぺんこうは、それを解禁してもらった。…組長を守るんじゃない。
 大切な妻を守るんだと…。それは、組長も納得した」
「今は未だ、美玖ちゃんは小さい。組長の立場、そして、極道というものを
 理解できない。しかしな、これから、大きくなるにつれ、その事も考え、そして、
 理解してしまうだろ。組長が、常に危険な目に遭うこと…それと共に、美玖ちゃんも
 危険な目に遭うことだって考えられる。くまはち、お前はそこまで、守れるのか?」
「私の仕事。…それとこれ、何の関係が?」
「組長の引退だよ」
「……!!!」

くまはちは、自分の思考にない言葉に驚く。

「…そっか…相談する相手を間違えたか。くまはち…猪熊家は、阿山家に
 仕える身。しかし、引退という言葉は、頭にたたき込まれてないんだっけ」
「そうですが…。真北さんに相談しないと…」
「そうだったな…。全てを仕切る男に言うべき内容だったな…。っとその前に、
 くまはち。応え方によっちゃぁ、わし、許さんで…。どうなんや? 知っとったんか?」

くまはちは、何も応えず、デスクの上にそっと置かれた写真を見つめていた。

まさちん…お前、幸せに暮らしてるんだな。

フッと笑うくまはちだった。




夜空一面に星が輝いている。
一つ、流れた。

「流れ星…か」

広大な敷地に大の字になって寝ころんでいるまさちんが呟いた。

「素敵な星空……お見せしますと約束していたよな…。組長……。
 元気にお過ごしですか…?」

まさちんは、懐から財布を取り出し、そこに挟んでいる写真を手にした。
あの日、真北からもらった真子のウエディングドレス姿の写真。いつも自分に見せていた笑顔よりも更に輝き、幸せを感じる笑顔。それを見つめるだけで、心が澄んでいく。
近くを流れる小川のせせらぎが聞こえる。まさちんは耳を澄ました。

「組長……。いつか…きっと……」

自分の事を……伝えたい…。

星が一つ、流れた……。




「ま、ま、真北さぁぁ〜ん!!」

大きな声が室内に響き渡った。誰もが振り返る。当の本人は…。

「…うるさいっ!!!」

それにも負けない声で怒鳴った。
室内に緊張感が漂いはじめる。
ここは、真北の仕事場。職場の誰もが声を掛けたくない人物・事務処理中の真北を大声で呼んでしまったことが、運の尽き。

「うがぁっ!!」

真北が吠えながらデスクの上にあるファイルの山を崩してしまった。

「あぁ〜あ。だから、言わんこっちゃない…」
「御自分ですると聞かなかったから……」

若い刑事達がそれぞれ呟いていた。真北の名を叫びながら入ってきた刑事が、真北の側にビシッと立つ。

「すみません、真北さん」
「なんだよ」

めっさ不機嫌。
それは当たり前。真子襲撃事件に、真子を襲った組織の人間を一網打尽(というより、真北一人で暴れまくった)。ほんの一週間の間に、真子関連の事件以外に、未解決事件まで、解決するほど休みなしで働いていた真北。残った仕事は、一番苦手なデスクワーク。その中に、始末書まで含まれているから、それは、もう、不機嫌極まりないのだが…。
真北の名を呼びながら入ってきた刑事の話す内容で、それに拍車を掛けてしまったのは、言うまでもない。

「その…阿山組の幹部が訪ねて来たんですが…」

入り口に目をやると、そこには、須藤をはじめ、水木、谷川、藤、川原、そして、滅多に幹部会に顔を出さない松本までが立っていた。それぞれが、来たくない場所である、真北の職場。
もちろん、威嚇している……。

「…あいつら……。おい、暫く、席を離れる。それ、片付けといてくれ。
 んー、暫くというか、長くなると思う。うん」

真剣な眼差しの中にも、なんとなく嬉しさが含まれているのは、気のせい……?
真北は、ゆっくり立ち上がり、須藤達に顎で合図を送り、事務室を出て行く。真北に付いていく須藤達。その姿が見えなくなるまで、室内の刑事達は、物音一つ立てずに、じっとしていた。
静かにドアが閉まる。

「はぁ〜〜…」

誰もが大きく息を吐いていた。


真北は、応接室にやって来る。須藤達も入ってきた。真北は、ソファにドカッと座り、懐から煙草を取り出し、火を付ける。

「なんだよ、お前ら揃って」

須藤は、真北が煙草を一本吸い終わるまで、見つめていた。灰皿でもみ消されると同時に、須藤は一枚の写真を真北に差し出した。

「…この男に見覚えありませんか?」
「無いなぁ」

須藤の質問に真北は即答した。

「誰かに似てると思いませんか?」
「そういや、どっかで観たことあるような…ないような…」
「北島政樹、趣味は映画鑑賞、日頃は畑を耕している、時々猫グッズを
 購入する。…なんとなく、この世に存在しないはずの男の生活習慣に
 似てませんか?」
「そうだな」
「…真北さん。本当の事をおっしゃってください。…生きているんでしょう?」
「誰が?」
「まさちんですよ」
「死んだだろが。俺の目の前で、息を引き取った。橋の腕でも無理だった」
「そうお聞きしてます。ですが、こうして、まさちんとうり二つの男…いいえ、
 まさちん本人だと言っても過言ではないでしょうね。そんな男が、こうして
 生きている。幻でも何でもないですよ。これは、本人…まさちん本人です」
「それなら、なぜ、まさちんは、真子ちゃんの前に姿を現さない? 生きているなら、
 真っ先に現れるはずだろ? 真子ちゃんと愛し合う仲だぞ。好きな女の前に
 ちゃんと現れるのが、筋だろが。なぜ、現れない? それは、この写真の男は
 まさちんじゃないからだ。狭い日本。そりゃぁ、似たような名前、趣味、境遇、
 そんな人間が居ても不思議じゃないだろが」

真北は、写真を手に取り、じっと見つめる。

「確かに、まさちんに似てるが、……違う…あいつは…俺の目の前で……」

真北の手が震えはじめる。グッと噛みしめる唇。血の気が引いていく。
そんな真北の仕草を観て、須藤達は、それ以上何も言えなかった。
真北の古傷を痛めつけるような感じを覚えていた。

「すみません。…ただ…、組長の幸せを考えて、このようなお話を…」
「真子ちゃんの幸せ?」

真北は、ちらりと須藤を観る。

「組長の夢を叶えたくて…。幸せな家族を築いて欲しくて…」
「須藤…お前、こいつが、仮にまさちんだとする。何をするつもりだ?」
「…六代目を…。そして、組長…阿山真子五代目には、引退を…」
「…なるほどな…。でも、無理だ。…真子ちゃん自身が望まない」

真北は、真子に引退の話を既にしていた様な口振りで、そう言った。

「真北さん……。あなたにも、これ以上無茶をして欲しくない」
「……あほがぁ。まだまだ、俺が必要だろが。何度も言うように、俺が居なかったら、
 お前ら、ほんまに、やばいんだぞ。あれから、何度だ、水木?」
「さぁ、数えてませんから」
「教えようか? 水木組のファイルだけで、真子ちゃんの治療日誌よりも多いぞ」
「そりゃ、大変ですね……うぐっ……」

真北の拳が、水木の腹部に突き刺さる。

け、健在…。

水木は、背中から壁にぶつかった。

「俺の仕事を取り上げるな」
「すみません」

真北は、写真をもう一度じっと見つめ、須藤に手渡した。

「このこと、真子ちゃんに言うな。…真子ちゃんが混乱する」
「どうしてですか? 組長、喜びますよ。まさちんが生きているって知ったら」
「もし、その男が、違っていたら、どうする? 真子ちゃんをぬか喜びさせるな。
 いいな、須藤」
「…わかりました」
「さっさと去れ」
「そうですね。…失礼しました」

須藤達は、静かに応接室を出て行った。
真北は、背もたれにもたれ掛かり、天井を仰いだ。目を瞑ると先ほどの写真が瞼に浮かぶ。
まさちんの笑顔。

すっかり、浄化されたんだな…まさちん。幸せ…掴んだか?

煙草に火を付けた。


駐車場に向かいながら、須藤達は、苛立ちを隠せない雰囲気で話し込んでいた。その雰囲気は、周りの人々を壁際に追いやるほど。

「須藤、どうするんだよ。真北さんが言うように、別人…」

水木が言った。

「いいや、本人だ。真北さんは、弟と娘のことしか考えない人だ。
 ぺんこうを混乱させたくないんだろな」
「…もし、ぺんこうも知っていたら、どうする?」

谷川が冷静に尋ねた。

「いつもの如く、トップシークレットっつーことか…。しゃぁない。組長に伝える」
「って、須藤、組長は入院中。病院には絶対に足を運ぶなと言われてるだろ。
 鉄拳、蹴り…もらいたくないぞ!」

谷川がいつになく、言葉を発した。それほど、事態は深刻なものに…。

「解ってるわい。そうならんように、対策練っとく」

須藤は、短く言って、よしのが迎える車に乗り込んだ。

「……で、なんで、須藤が躍起になってるんや?」

この時、やっと気が付く水木達。
須藤が、そこまで躍起になる理由は、ただ一つ…。

親子げんか……。


「おやっさん」
「あん?」

須藤家に向かう車の中、運転席のよしのが後部座席の須藤に声を掛けた。ルームミラーで須藤の表情を確かめながら、話を続けるよしの。

「一平坊ちゃん、まだ、怒っておられるんですか?」
「…まぁな」
「だからって、何も…」
「お前の案だろが」
「そうですが…。私は、まさちんが生きているとお伝えしただけです」
「解ってる。まさちんが、組長のことをまだ、思っているなら、話は通せるはずだ」
「…確か、頭を撃ったんですよね」
「あぁ」
「もしかしたら、むかいんのように、記憶を失ってるかもしれませんよ」
「……記憶…か…」
「猫グッズを購入したり、映画を観たりするのは、潜在意識であって、自分の
 意志ではないかもしれませんよ」
「…気になるんや」
「気になる?」
「…真北さん、くまはち、そして、ぺんこうの行動と表情がな…。ほんまなら
 喜んでもええ話のはずやろ? なのに、よく似た人物としか、言わない。
 それも、妙に落ち着いた雰囲気でな…」
「そう言われると、そう思いますね。……おやっさん?」

須藤が、深刻な表情をして考え込んでいる。

「なぁ、よしの」
「はい」
「…普通、死んだら、葬式するよな」
「そうですね」
「まさちんの葬儀……したっけ?」
「………してません。そのような話すら、出ませんでしたね」
「やっぱし、組長に伝えるか…。覚悟…決めとこ…」
「向かいます」
「あぁ」

よしのは、橋総合病院へ方向を変えた。




橋総合病院・駐車場
真子は美玖を抱きかかえて、車まで、やって来た。
名残惜しそうな表情で、真子を見つめる美玖。

「パパの言うことはしっかりと聞くこと。美玖は、良い子だもんね」

真子の笑顔につられるように、美玖も微笑んだ。そして、ぺんこうに手を差し伸べる。ぺんこうは、真子から美玖を受け取った。

「あまり、無理するなよ」
「んー…元気なんだけどなぁ。真北さんでしょ…恐らく」
「まぁ…はぁ」
「芯」
「はい」
「まさちんのこと…」
「もう、何も言いませんよ。いつかきっと、まさちんから連絡ありますよ」
「……うん」
「じゃぁ、帰ります」
「気を付けてね。理子によろしく」
「伝えておきますよ。真子、気を付けて病室に戻ること。…キルが来ました」

真子は振り返る。少し離れた所に、キルが立ち、真子に一礼していた。

「キルこそ、心配症だよね」
「それは、真子が悪い」

ぺんこうの言葉に、真子はふくれっ面になった。そんな真子を観て、優しく微笑み、額に軽くチュッとするぺんこう。美玖も真似して、真子にチュッ。
そして、ぺんこうは、美玖をチャイルドシートに座らせて、アクセルを踏んだ。駐車場を出て行く車を見送る真子に、キルが近づいてきた。

「戻りますよ」
「はぁい」
「痛みはありませんか?」
「少し痛みがあるかな…」
「無茶しないようにと、何度も申しておりますよ!」
「それは、キルにも言えること! ったく、無茶してからにぃ。こっちの仕事だけに
 しなさいとあれ程言ってるでしょうがぁ!!」
「すみません…」

そんな話をしながら、真子の病室へ向かう二人だった。



ぺんこうが信号待ちで美玖に気を取られている時、目の前を須藤達の車が通りすぎていた。ぺんこうは、全く気づかず、青になったことで、アクセルを踏んだ。

「美玖、明日も、ママに逢う?」

元気に頷く美玖だった。

んー、パパは仕事なんだけどなぁ〜。……くまはちに頼むか…。

いつの間にか、くまはちを頼りにしているぺんこうだった。



真子は、病室に戻り、ベッドに腰を掛ける。サイドテーブルに置いてある駿河が持ってきた資料が目に飛び込んだ。

「……まさちん…か…」

真子がベッドに寝ころんだ時だった。
病室のドアが勢い良く開いた。

「組長!」

真子は、勢い良くドアが開いた事に体を起こす。

「どうしたんですかぁ。いきなり。ここには来ないようにと何度も…」
「驚く情報を手にしたんです」
「驚く情報?」

須藤の言葉に、真子は首を傾げる。

「まさちん…生きてるようです」
「はぁ?」
「とある街で、まさちんを見たという話です」
「まさちんは、死んだでしょうがぁ。今更何を言ってるんよぉ」
「考えてみたら、可笑しいことだらけですよ。組長は、何かに吹っ切れた様子、
 そして、何事もないように過ごされておりましたが、…その中で一番
 引っかかること…。まさちんの葬儀ですよ。組をあげてするのが当たり前。
 だけど、まさちんの葬儀は、してませんよね。…どうしてですか?」

須藤が鋭い所を突っ込んだ。

「…そうだけど…あの時、色々とあったから、してないだけだよぉ」

真子は誤魔化した。

「もしかして、組長、我々に何か隠してませんか? …既にご存じだったとか?」
「知らないよ。…それに、仮にまさちんが生きていたとして、どうするの?
 その人は、似てるだけかもしれへんやん。もし、その人が、まさちん本人
 だったら、どうするん? 生きているのに私の前に現れないなんて、
 可笑しいことやんか」
「恐れているんですよ。極道の掟に…」
「自分の頭を撃ち抜いてしまった人間が生きてるとは思えないでしょぉ」
「組長は、生きてますよ。…頭を撃たれたというのに」
「そ、それは…」
「あの橋先生の別名、あの事件の後からです。…もしかしたら…」
「その件は、私が……私が調べる」

真子は、須藤の言葉を遮るように言った。

「退院は何時になるか、解らないんですよ? 私たちで…」
「須藤さん達に任せたら、大騒ぎになるから…これは、くまはちに頼む」
「組長!」

真子の言葉に一同、煮え切らない様子。しかし、真子は、それに恐れず五代目の威厳を醸し出した。

「勝手な行動は、許しません」
「…しかし…」
「もし、それが、まさちんなら、どうするんですか?」
「…そ、それは……」

須藤達は言葉を濁していた。

「……須藤さん。ここに来ないようにと申してますよ?」
「帰ります」
「…って、須藤!」

須藤に振り回される水木達幹部。須藤はドアに向かい、そして、立ち止まる。

「諦めません……」

そう呟いて、真子の病室を出て行った。廊下で待機していたよしのは、慌てたように須藤を追いかける。病室に取り残された水木達。その場に立ちつくすしかなかった。

「須藤さんに振り回されておられたんですね」

真子が優しく声を掛ける。

「今回のまさちんの件…。須藤が躍起になってるんですよ。…それは、
 組長の為でもありますよ」

水木が言った。

「私の為?」
「はい。組長の夢…ですよ」
「夢…か…」

真子は、壁にもたれかかり、水木達を上目遣いで見つめる。なぜか、色っぽく感じる真子の仕草に、誰もが何も言えずに佇んでいた。

「まだ、いいよ」
「えっ?」
「だから、私の夢は、まだ先でいいって言ってるの」
「組長、良くお考え下さい」
「考えてるよ。…だって、未だに、私の思いを理解しつつも応えてくれない
 人が目の前に居るというのに、…出来ないでしょぉ」

真子はふくれっ面になった。真子の言いたいことが解る水木たちは、思わず目を反らす。

「兎に角、私の退院許可が出るまで、大人しくしといてやぁ」
「解ってますよぉ」

今度は水木がふくれっ面になる。そんな二人のやり取りに、谷川たちは、入れない。しかし、そこに渇を入れる人物が来る……。

ガツッ!!!

「いてっ!!! 何するんですか、真北さん!!」
「てめぇ、ほんまにぃ〜…」
「引き上げます!」

真北が怒り出す前に、谷川達は、水木を真子の病室から連れ出した。
静かになる真子の病室。

「ったく、あいつは…」
「真北さぁん、まだ、根に持ってる?」
「溶けませんよ」
「…真北さんが来たということは、一件落着したってこと?」
「その通りです…」

とデスクワークは放ってきたけど…。

真北は、そう思いながら、真子をしっかりと抱きしめる。

「疲れた?」
「そうですね…」

真子の耳元で真北が呟く。

「ちゃんと休まないからぁ」
「休めなかったんですよ…」
「ごめんなさい」
「真子ちゃんは悪くない…」
「…真北さん…」

真子は真北の頭をそっと撫でていた。


夕日が病室に差し込んできた。
真北は、窓際に立ち、背に夕日を浴びながら、眠る真子を見つめていた。

「あいつら、真子ちゃんに直接…。真子ちゃんは知ってるんだよ…生きていること。
 だけど、それを言わないのは…。…まさちんの幸せを考えてるから…」

真北は、大きく息を吐きながら、目を瞑る。

「私は、真子ちゃんの幸せを一番に考えてるんですけどね…」

解ってくださいますか?

真北は、ゆっくりと真子の病室を出て行った。ドアが閉まる音で、真子が目を覚ます。

「…真北さん?」

真子は起きあがった。



真子は、薄暗い屋上へとやって来る。そして、仄かな赤い光を見つけ、そこへと近づいていく。

「復活してたんだ」
「真子ちゃん!」

真北は、慌てて灰皿で煙草をもみ消した。そして、漂う煙を手で追い払う。そんな仕草に、真子は微笑んでいた。

「…須藤さんがね…」

真子は静かに語り出す。

「私の職場にも来ましたよ」
「そうだったんだ」
「躍起になってるのは…」
「私の事を考えてるんでしょう?」
「……えぇ」

真北は、フェンスにもたれかかる。

「どうされますか?」

真北は、真子に静かに尋ねた。
真子は、真北と同じようにフェンスにもたれ掛かった。そして、一番星を見上げる。

「…素敵な星空…見せてくれるって約束した。…覚えてるか解らないけど…」
「あいつなら、覚えてますよ。真子ちゃんのことしか考えなかったんですから」
「……そうだね」

真北も一番星を見つめる。

「待つつもり。…十年でも二十年でも…。自分が年老いていても…。
 まさちんからの連絡を…待つつもり…。だから、今は…」
「退院許可…もらってますよ」
「じゃぁ、今から帰る」
「明日の朝にしなさい」
「いや」
「久しぶりに二人っきりで過ごしたいんですよ…私が」

真北の本音。

「なぁんだぁ。じゃぁ、一晩中、お星様について、語り合う?」
「まさちんから聞いたお話ですね?」
「うん」

真北は、真子とベンチに座った。真子の肩に、自分の上着を優しく掛け、そして、片手で真子を抱き寄せる。

「思い出しますね…」
「そう言えば、小さい頃…確か、お母さんが亡くなった後、くまはちが来た頃だよね」
「河川敷の草の上で寝ころんで…」
「星空…見つめてたよね。そして、真北さんは、私が哀しくないようにと
 楽しいお話をしてくれた」
「今度は、真子ちゃんが、私に?」
「そうだよ。…あの星座にまつわるお話」

真子は、あの日、まさちんに聞いた星の話を思い出しながら、真北に語っていた。心和む真子の声に、真北の疲れは、少しずつ取れていく……。
少し離れた場所で、橋が二人の様子を見つめていた。

「…昔を思い出すで…」

橋は、安心したような表情をして、そっとその場を去っていった。





遠く離れた場所にある広大な星空の下。草の上に寝ころび、星空を眺めているまさちん。
その横には、
愛しの真子が寝ころんでいた。

「やはり、連絡していたんですね、あの組員」
「うん。それでね、まさちんが幸せに過ごしているなら、自分の幸せを教えてあげた方が…。
 そうやって、須藤さん達がしつこくて…。でもね、…逢うのを躊躇った。…だって、ほら、私…」
「…ありがとうございます」
「まさちん、お礼って、…なんか、おかしいで?」
「そうですか?」
「うん…」

真子が話す昨日までの日々。まさちんは、真子を見つめる事が出来ずに、ずっと星空を見つめていた。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
それを真子に悟られない為に…。

しかし、真子は、言えなかった。

六代目…継いで欲しい…。

という言葉を……。
自分の幸せの為に、まさちんの幸せを奪いたくない。



(2003.11.13 『極』編・親子絆家族 改訂版2014.12.23 UP)





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