〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



子煩悩教師

「じゃぁ、行ってきます!」
「気を付けて」
「…くまはちが一緒やんか…」
「いつものことでしょう? 文句言わない」
「…芯、怒ってる?」
「いいえ」
「良かった…。じゃぁ、あと、よろしくね」
「ごゆっくり」

そんな会話が真子の自宅から聞こえてくる。
玄関の扉が開いた。
真子と理子、そして、くまはちが出てきた。その足は、公園の方へと向かっていく。
賑やかな二人と、一人の男が去っていった真子の自宅。
静けさの中、子供のはしゃぐ声が響き渡った。

「こら、美玖っ!」
「きゃはは!」

リビングで、美玖が走り回っていた。ぺんこうが座るソファの周りをぐるぐると走り回る美玖。元気さが有り余っている様子。そこへ、離れから光一とむかいんが、やって来た。

「やっと泣きやんだ」

むかいんが、ホッとしたような表情で言う。

「気にせんと、連れてこいって言ったやろ」

ぺんこうは、微笑んでいた。そして、美玖を捕まえる。

「光一が泣いたら、美玖ちゃんもつられて泣いてまうやろが」
「そうやな…。美玖が泣いてたら、光ちゃんも泣くもんな…」
「以心伝心…??」
「どうやろ…」

いつの間にか、美玖と光一が、一緒に遊んでいた。
ぺんこうが、座るソファの周りを走り回る二人の子供。

「まただ……楽しいのかな…」

ぺんこうは、自分の周りを走り回っている子供達を見つめていた。
その眼差しは、父親。

「楽しいんやろな」

同じように父親の眼差しで、むかいんが言った。



真子と理子、そして、くまはちは、電車に乗った。真子と理子が立つ場所を自分の体で隠すくまはち。

「なぁ、なぁ、くまはち」
「はい」
「久しぶりの電車も、楽しいやろ? 虎石さんと竜見さんは?」
「現地で待機してます」
「…二人とも忙しいのに…」

真子は、ちょっぴり意地悪そうな目をして、くまはちを見上げていた。

「気になさらないでください」
「でも、くまはちさん」
「はい」
「今は大丈夫なんやろ?」
「えぇ。落ち着いてますから」
「それなのに、ええん?」
「落ち着いてますから、時間が余ってるんですよ」
「二人、恋人おらんのん?」
「さぁ、どうでしょうか…」

くまはちは、首を傾げる。

「そういう、くまはちさんは?」
「興味ありませんから」
「真子一筋?」
「仕事一筋です」

理子の言葉に、はっきりと応えるくまはちだった。

「くまはち、…ほら」

真子が、くまはちにサングラスを掛けるように合図する。

「は、はい」

くまはちは、サングラスを掛けた。
ちらりと振り返ると、少し離れた所に居る女子高生達が、真子の方を見て、はしゃいでいた。
どうやら、くまはちの顔に見とれてしまったようで…。

「場所、替えようか?」

真子は、気を利かせて、くまはちに言った。

「いいえ。大丈夫です。慣れてますから」
「…あっそう」

くまはちの微笑みに、真子は、ちょっぴり呆れていた。

しゃぁないか…二枚目だから…。

真子は、気を取り直して、理子と話し込んでいた。




真子の自宅・庭。
むかいんが、美玖と光一を追いかけるように走っていた。どうやら、鬼ごっこをしている様子。
ちょっぴりぎこちない走り方に、気を遣いながらも、むかいんは、追いかけている。
美玖が、ぺんこうの方へと走ってきた。そして、ぺんこうの足にしがみつく。
光一も、美玖と同じように、ぺんこうの足にしがみついていた。

「って、こらっ、わぁっ!!」

ぺんこうは、バランスを崩して尻餅をついてしまった。

「おいおいぃ〜。足腰弱いなぁ」
「あほぉ〜。俺は、今日、激しい動きは出来ないと言っただろがっ!」
「そこまで無理するかぁ?」
「当たり前だっ。少しでも真子を守る為にだな…」
「はいはい。その話は聞き飽きました」
「それでも、聴け」
「じゃぁ、俺と理子の話も聞いてくれるんかぁ?」
「お前の話は、聞いているこっちが、照れる」
「なら、もう言うなぁ」
「言わん」

ぺんこうは、そう言って、美玖と光一を一緒に抱きかかえて立ち上がり、高い高いをする。
楽しそうにはしゃぐ二人。

「元気やないか…」
「足腰だけや」
「何もそこまで…」
「ほっとけ」
「いいや、ほっとけない」

真子とぺんこう。前の日に、何が遭った…?




真子と理子、そしてくまはちは、大阪の中心部へとやって来た。途中で、竜見と虎石と逢い、五人は、そこにある百貨店へと足を運ぶ。


子供服売り場。
バーゲンをしているのか、人だかりが出来ていた。

「…早い…もう、あんなに居る…」

理子が、ふてくされるように言った。

「しゃぁないやん。まぁ、ゆっくりしよ」

真子は、自分の立場を解っている為、人混みを避けるような行動を取る。理子も、真子の立場を理解してる為、真子の後を付いていった。もちろん、くまはちは、真子を守るように付いていく。竜見と虎石は、辺りの様子を見回っていた。

「こんなん、どう?」

理子が真子に尋ねる。

「どうやろ…。美玖って、真北さんが選ぶものしか喜ばないからなぁ〜」
「誰かとそっくりですね」

くまはちの腹部に、真子の肘鉄。

「くまはち、誰だと言いたいん?」
「すみません…。以前、ちらりとお聞きしましたので…」
「そりゃぁ、私が小さい頃は、真北さんが買ってきた服しか着ようとしなかったって
 お話を聞いたことあったけど…。美玖まで、似るとは…」
「育てておられるのが、同じ人物だからですね」
「ほんとに、真北のおっちゃん、子供好きやな。真子を育ててた時の姿が
 目に浮かぶで」
「浮かべんとって」
「自然と浮かぶんやもん、ええやん、なぁ、くまはちさん」
「あの…私に振らないでください」

真子の醸し出すオーラに恐れるくまはちは、理子に呟くように言った。
そして、二人は、子供服を選び始めた。

母…か…。

くまはちは、遠い昔を思い出すような表情をしていた。




真子の自宅・リビング。
ソファの上で、美玖と光一が眠っていた。
はしゃぎすぎて疲れたのか、ソファに座った途端、横になり、眠ってしまったのだった。ぺんこうが、二人の子供に、そっと布団を掛ける。そして、それぞれの頭を優しく撫でて、自分はダイニングのテーブルに着く。むかいんが、飲物を用意していた。

「ありがと」
「起きてからでいいか」

子供達の飲物も用意していたむかいん。それらを冷蔵庫へ入れた。

「ふぅ〜。…子育てって、楽しいな。何をやるか解らないだけに、
 その行動が、ほんと楽しい。…俺にも、こんな時期があったんだろうな」
「そうだな。…って、真北さんだろ?」
「あぁ。父親は、兄さんと同じ刑事だったから、家に帰る時間は遅かったらしいし。
 あまり、覚えてないもんなぁ、父親の顔。…父親を思い出そうとしたら、
 いっつも兄さんの顔だし…」
「…俺、少しだけ、思い出した。…父と母。優しさだけどな。…でも、俺、
 何をして、両親の元を飛び出したんだろな…」

むかいんは、自分の飲物に手を伸ばす。

「探そうと思わないんか?」
「あの料理店にさえ、行く気が起こらないもん」
「そんなに、嫌な店長だったんか? そう思わなかったけどなぁ」
「ぺんこうは、客だったからさ。あの店長、客には素敵な表情するけど、
 従業員には、でかい態度だったしなぁ。…なんか、思い出すと腹立つ」
「すまん」
「でも、それで、良かったかもな。…先代に連れてこられて、あの料亭で。
 そして、組長の笑顔、ぺんこうたち。…色々とあったけど、こうして、子供に
 恵まれて、今がある。…俺、幸せ感じてるもん」
「それでか。益々、心が和むのは」
「ん?」
「最近な、むかいんの料理を食べた後、すごく心が和むんだよ」

優しい眼差しをするぺんこう。

「ありがとな」

その眼差しに、むかいんは、思わず照れてしまう。

「やめれ。…なんか、勘違いする」
「えっ?!…す、すまん」

慌てて目を反らすぺんこうだった。




昼食タイム。
真子と理子、くまはち、そして、竜見と虎石は、AYビルへと足を運ぶ。そして、むかいんの店で昼食を取っていた。
むかいんは、休暇。

特別室で、食事を取る五人。真子と理子の会話に、笑いを必死で堪える竜見と虎石。もちろん、くまはちも笑いを堪えているが、それを悟られないようにしていた。
料理を口に運ぶ早さが違っていた…。

「ね、ねぇ、くまはち」
「はい」

真子に呼ばれて手を止めるくまはち。

「夕方まで、大丈夫なのかな…」
「私たちは、一向にかまいませんよ。それに、ぺんこうだって、ごゆっくりと
 言ってましたから」
「真子、何を気にしてるん?」
「美玖…泣いてないかな…と思って」
「……なんで?」
「最近、私の姿が無かったら、よく泣くみたいだからさ…。
 そりゃぁ、入退院が続いて、寂しい思いをさせてたけど…私だけじゃないやん。
 芯も居るし、真北さんも居る。くまはちもむかいんも…そして、理子だって…」
「それでも、母親が一番なんだって。…真子もそうやったんやろ?」
「う〜ん……」

真子は考え込む。

「そうだったかも…。でも、いつも真北さんが、遊んでくれてたから…」
「…真子って、真北さんっ子…」

理子が呟く。

「真北さんは、私の恋人なんだもぉん」

真子は微笑みながら言った。




リビングのソファにもたれかかって本を読んでいるぺんこうは、何やら、いやぁ〜な雰囲気を感じ取った。

…まさか…。

かなり離れたAYビルでの真子の言葉が、自宅でくつろぐぺんこうに伝わったのだろうか…。

「出来たでぇ」

むかいんが、昼食を作り終え、ぺんこうを呼ぶ。

「ほら、美玖、光ちゃん、ご飯だよ」

いつの間にか目を覚まし、ソファの後ろで、おもちゃで遊んでいる二人に、ソファの背もたれ越しに声を掛けるぺんこう。美玖と光一は、爛々と輝く目をして、ぺんこうを見上げていた。

「あい!」

二人は、元気よく返事をする。
そして、少し賑やかな昼食タイムが始まった。
かなりしっかりと食べられるようになった美玖と光一。
子供の成長は、早い…。




昼食を終えた真子達は、再び百貨店へと足を運ぶ。先ほど、目星を付けていた子供服のバーゲン。少し人だかりが減っていた。

「少し早めに昼食取って正解やったな」

理子が言った。

「そうやな」

真子は笑顔で応え、そして、二人は、バーゲンのかごに歩み寄り、色々と品定めをし始めた。


真子と理子の手には、たっぷりと紙袋が提げられていた。

「買いすぎたかな…」

真子が呟く。

「成長を考えて、大きめを買って正解かもぉ」

理子は喜んでいた。

「ほんと、みるみる大きくなっていくもんね。今で、こうなら、もっと先…
 四歳、五歳って、大変そうだなぁ」
「あちこちで遊びまわって、服を汚して、そして、怪我もして…。大変そう」
「その頃は、理子、仕事復帰?」
「幼稚園に行きだしたら、暇になりそうだもん。涼の手伝いかな…」
「ほな、ビルなんや」
「そう…なるかな…。真子は、変わらずなんやろ?」
「う〜ん。どうだろ。状況によるけど、仕事減らすかも。…ほら、幼稚園の
 送り迎え。母親居なかったら、寂しいやん」
「それもそっか。ずぅっと一緒やろな」
「そうかもぉ」
「高校は、やっぱり、寝屋里かな…」
「その頃にならんと、わからんなぁ。…それまで、芯、仕事してるかな…」
「………。考えるのは、やめとこ…」

どうやら、理子は、年齢を計算した様子。

「次、どこ行く?」

気を取り直して、理子が真子に尋ねる。

「グッズ……」

真子の癖、未だに変わらず。
二人の足は、グッズ屋へ向かった。




美玖は、靴を履かされる。光一も同じように靴を履かされた。

「じゃぁ、行くよぉ」

ぺんこうは、美玖と光一を連れて外に出る。むかいんが、外で待っていた。そして、ドアに鍵を掛けた。
美玖は、ぺんこうに、光一は、むかいんに手を引かれ、公園の方へと歩き出す。

「子供連れての商店街は大変やろうから、俺一人で行くで」
「ほな、荷物は?」
「商店街のおっちゃんらが、持ってくれるから。表の公園で待っとって」
「おっしゃ。ほな、二人と遊んどく」
「大丈夫なんか? 体調悪いんやろ?」
「昼食、何入れた?」
「特製に近いもん」
「だから、元気やで。ありがとな」
「どういたしまして」

そして、四人は、駅前商店街へとやって来た。


ぺんこう、美玖、そして光一は、商店街の入り口の横にある公園へと入っていく。むかいんは、商店街へと入っていった。
ぺんこうは、公園のベンチに腰を掛け、美玖と光一が遊ぶ様子を見つめていた。

…俺も歳かな…。

まさちんの所から帰ってきたのは、昨日の朝。
理子が、買い物に出掛けようと言い出したのは、今朝。
真子のあまりにも寂しそうな、それでいて、嬉しそうな表情を気にしての、理子の行動。ぺんこうが、この日、疲れ切っているのは、それもある。……が、まさちんの手紙の件で、ぺんこうの感情が高ぶったのもある。

「はぁ…。…ん?」

ため息を付いたぺんこうは、足に重みを感じた。

「…こらぁ、美玖」

美玖が、ぺんこうの足にしがみつき、ぶら下がっていた。
もちろん…。

「光ちゃんまでぇ〜。ったく、…ほぉらっ!」

右腕に美玖、左腕に光一を抱きかかえて立ち上がり、公園内を走り出した。
キャッキャとはしゃぐ二人は、すごく嬉しそうに笑っていた。

「……山本先生?」

商店街に向かった歩いていた女子高生三人組が、公園内のぺんこうたちを見て、近づいてきた。呼び止められたぺんこうは、立ち止まり、振り返る。

「…あっ、晴美トリオ」
「……先生、その言い方、止めてくださいよぉ」

ショートカットの女子高生が照れるように言った。

「いっつも一緒だから、いいだろが。その方が呼びやすい」
「それより、先生、こんなところで、どうしたんですか……誘拐?」
「…おいおい……」

そう応えたぺんこうだが、どうみても、誘拐犯にしか見えない状態。
小脇に二人の子供を抱えて走り回っていたから…。

「俺と友人の子供だって」
「先生の…子供っ?!????」」

驚いたように声を張り上げたのは、お下げの女子高生。

「えぇ〜、先生、結婚してたん…。だって、指輪してへんやん」
「あのなぁ、田中、仕事中は、危ないから外してるだけ」
「今もしてへんやん。…やっぱり、誘拐…」
「たぁなぁかぁ〜?」

ぺんこうは、すんごい目つきで田中という女子高生を睨み付けていた。
その雰囲気は、教師だが……。


ぺんこうは、膝の上に、美玖と光一を座らせて、ベンチに腰を掛けていた。そのぺんこうを囲むように、晴美トリオと呼ばれる女子高生三人が立っている。
ショートカットの女子高生・瀬野晴美(せのはるみ)、お下げの女子高生・田中晴美(たなかはるみ)、そして、スポーツ万能そうな女子高生・寺島晴美(てらしまはるみ)の三人。名字は、それぞれ違っているが、名前が同じ。それも出席番号も並んでいる為、この三人は、気が合い、常に行動を共にしていた。

晴美トリオ。

ぺんこうが付けたものだった。

「美玖が、俺の子供で、光ちゃんが友人の子供。あいさつは?」
「こんにちゃ」

美玖と光一は、同時に言って、頭を下げる。

「かわいいぃ〜っ!!!!」

三人は、同時に声を挙げた。

「ありがと」

嬉しそうに言うぺんこうだった。

「親ばか…」

寺島が呟く。

「ほっとけ。…で、何をしに、ここに?」
「えっ、ちょっとね」

先生が一週間も休んでたから…心配だったんだもん。

田中は、自分の気持ちを誤魔化すように言った。

「田中は、一つ向こうの駅だし、瀬野は、反対方向、寺島は、学校から徒歩だろが。
 何もここまで…って、田中の家に遊びに行くんか?」

ぺんこうが尋ねる。

「そう。その前に、ここの商店街で買い物…と思っってん」

寺島が応えた。

「ね、先生、一緒に遊んでいい? 私、将来、幼稚園の先生になりたいねん。
 その練習〜」

瀬野が言った。

「いいけど…厄介やで…」
「その方が、いい! 美玖ちゃん、光一君、お姉ちゃんとあそぼう!」

美玖と光一は、頷いて、ぺんこうの膝から地面に降りて、瀬野と手を繋いで走り出した。

「……様になってる……」

ぺんこうは、驚いたように呟いた。
ぺんこうの隣に田中が座る。寺島は、気を利かせたのか、瀬野と子供達の方へと走り出した。

「寺島まで…」
「先生」
「ん? 田中は、いいのか?」
「ええねん」
「何か相談か?」

ぺんこうは、真剣な眼差しで、田中に言った。
田中は、そっと頷いた。




ドスッ……。

竜見が、黒服の男の腹部に拳を入れ、ビルの影へと連れて行く。そして、そこで待機していた川原組の組員に引き渡した。

「ふぅ〜」

大きく息を吐いて、とある場所を見つめた。
そこでは、真子と理子が、両手一杯に荷物を持って、楽しく話しながら歩いている姿があった。

「先回りして正解だったな」

虎石が、少し息を切らしながら駆けてきた。

「あぁ。…他には?」
「あとは、その…キルが…」

遠慮がちに指をさした虎石。その指の先では、風が黒服の男達を囲み、バッタバッタと倒していく光景が…。

「……って、キル、仕事…」

竜見が、呆れたように呟く。

「組長を狙うあいつらのオーラに反応したんだとさ」
「また、ここまで、走ってきたんか…。やっぱり恐ろしいな…」
「あぁ。…やべっ、兄貴睨んでる……」
「行くぞ」

真子と理子の後ろを付いていく、くまはちは、未だに戻ってこない竜見と虎石の方に目をやっていた。

後は、キルに任せて、さっさと来いっ!

その目は、そう語っていた。




ぺんこうは、田中を見つめていた。

「ありがとな。別に、病気って訳じゃなかったんや」
「よかった。…だって、先生、休まないって噂なのに、いきなりやん。
 以前、体調を崩して、暫く休んでたやん…だから、またかと思って。
 でも、知らんかったぁ。先生、所帯持ってたって」
「…まさかと思うけど、他の生徒、そう思ってるのか?」
「山本ファンクラブの生徒は、そうやで」
「……なんじゃそらっ! 山本ファンクラブ?」
「うん。私は、そのファンクラブに入ってるし、瀬野っちは、内海ファンクラブで、
 寺やんは、空広ファンクラブ」
「…まさか、三人のファンクラブもあるんか?」
「そうやで。寝屋里教師トリオクラブ」

ぺんこうは、呆れたように頭を抱えた。

「なんやねん、それ…。クラブ活動とは別なんか?」
「別に決まってるやん。…どうしよぉ〜、先生、独身やと思ってたから、
 みんな卒業したらぁ〜って、雰囲気やのに…」
「あのなぁ〜ったく」

ちょっぴり照れたような表情をして、ぺんこうは、美玖と光一を見つめる。
二人の女子高生と楽しくはしゃぐ美玖と光一。

「美玖ちゃんも、光一くんも、人見知りしないんですか?」
「しないな…。まぁ、過ごす環境が、そうだからな」

AYビル。
そこで働く人々に、美玖と光一は、人気者。それもそのはず。あんなに派手な結婚式をしていたら……。

「先生の奥さんって、どんな方ですか?」
「…先生の元気の源」

柔らかい表情で、そう言ったぺんこう。
その表情から解る、ぺんこうの真子への思い。

「素敵な奥さんなんですね」
「まぁ、困った存在だけどな」

二足のわらじ、未だに履いてるし…。

「………って、ぺんこう、お前、何してる…」
「あん?」

買い物を終えたむかいんが、驚いたような表情で立ちつくしていた。

「お前……まさちんとちゃうねんから…。それも、そんな若い…」
「…勘違いすんなっ! この子は…」
「先生の愛人っ!」

そう言って、ぺんこうの腕にしがみつく田中。

「って、こらぁ〜、やめれぇ〜!!!」

滅茶苦茶真っ赤な顔をして、ぺんこうは、ベンチから立ち上がった。


「へぇ〜、ぺんこうの教え子か。…それにしても、騙していたとはなぁ」
「騙してない」
「ちゃんと指輪しないからだろが」
「…傷…付けたくないから…」

呟くように言うぺんこうに、むかいんは、微笑んでいた。

「向井さんは、先生とどれくらいのお付き合いなんですか?」
「何年になるだろ…。俺が本部の料亭に居た頃からだからなぁ。
 ……二十年以上か」
「そうだな」

真子も、そんな年齢になったか…。って、俺も歳取ってるよな…。

懐かしむような表情で、ぺんこうは言った。
美玖と光一、そして、寺島と瀬野が、ベンチまで戻ってきた。

「あっ、AYビルの料理長…」

寺島が、むかいんを見た途端、そう言った。

「よぉ知ってるなぁ」

感心したように、ぺんこうが応える。

「何度か食べに行ったもん。…ということは、噂は本当だったんだ」

納得するような表情で寺島が行った。

「噂?」
「先生の奥さん、阿山真子って」
「そうだよ」

隠さず応えるぺんこう。

「……阿山真子??? …って、確か、寝屋里高校出身の…あの人?」

瀬野が驚いたように言う。

「ほんまぁ〜????」

更に驚く田中。

「田中ちゃん、知らないこと、多すぎやでぇ。だから、言うたやん」
「そんなぁ、寺ちゃんのギャグやと思ったんやもん」
「ほんまのことやって言うたやん」
「…なんか、哀しいぃ〜っ!!!」

バタバタと足踏みする田中だった。

「…その噂って?」

むかいんが、寺島に尋ねた。

「あのね、その噂というのは…」




真子と理子、そして、くまはちが改札から出てきた。そして、歩道を歩き出した時だった。

「…あれ…?」

真子が、商店街の公園に居るぺんこうたち気が付き立ち止まる。

「涼も居る。…って、女子高生風な三人に捕まってるで…」
「あれは、子供をだしに、誘ってるようにしか見せませんよ、組長」
「まさちんじゃあるまいし…」

真子……。

真子の言葉に、理子は驚いていた。
そんなとこで、まさちんの名前が出るということは…。

ちらりとくまはちを見る理子。
くまはちは、優しく微笑んでいた。

だから、大丈夫だと申しましたでしょう?

その目は、そう語っていた。理子は、そっと頷き、微笑み返していた。
そして、三人は、ぺんこうたちの所へと足を運ぶ。



「マァ!」

そう言って、美玖が走り出した。

「あっ、こら、美玖っ! …って、真子…理子ちゃんに…。…なんですか、その荷物…」

ぺんこうが、呆れたように言う。

「いや、その……主婦の買い物…」
「…くまはちに持たせてないから、良しとしますよ」
「こんにちは」

晴美トリオが元気に挨拶をする。

「こんにちは」

真子と理子も挨拶した。

「私の教え子です」
「じゃぁ、寝屋里高校の生徒さん?」
「はい。…阿山先輩、瀬野晴美と言います」
「寺島晴美です」
「…田中晴美です」

躊躇いがちに挨拶する田中だった。

「……晴美トリオ……」

真子が呟く。

「御存知なんですか?」

瀬野が尋ねる。

「その…芯から、聞いてるから。クラスに、晴美という名前の生徒が三人居て、
 いつも一緒に過ごしてるから、晴美トリオと名付けてみたって」
「先生ぃ〜!!!」
「あっ、いや、その…なんだな……」

なぜか焦るぺんこうだった。
そして、真子達も加わって、高校の話で盛り上がり始めた……。




「それでは、失礼します」
「気を付けて帰れよぉ」
「先生もですよ! では、明日学校で」
「おう」

素敵な笑顔で晴美トリオを見送るぺんこう。晴美トリオは、駅の改札へと入っていった。

「お帰り」

ぺんこうは、言い忘れていたことを思い出したように言った。

「只今ぁ。…って、向こうから見てたら、子供をだしに、女子高生を
 誘ってるように見えてたけど…」

真子が、ちょっぴり怪しむような目をして、ぺんこうに言った。

「真子ぉ、言って良い事と、悪い事…ありますよ…」

腕を組んで、真子を見つめるぺんこう。その仕草を真似するのは、美玖と光一だった。

「あの…そろそろ帰らないと…、準備があるんですけど…」

恐縮そうに言うむかいん。

「ごめん、むかいん。じゃぁ、帰ろう」

そう言って、美玖を抱きかかえようとした真子。美玖は、くまはちに抱きかかえられた。

「くまはち?」
「組長、その荷物を持って、美玖ちゃんを抱えるんですか? 無茶ですよ」
「いいやんかぁ」
「昨日の疲れ、まだ残ってるんじゃありませんか?」
「…解ったよ…」

真子が素直に言った。
疲れが残っている。
それが解ったのは、黒服の男達が、真子を見張っていた時。
真子は、黒服の男達に、全く気が付いていなかったのだった。
くまはちは、敢えて、その事には触れなかった。
ぺんこうが、側に居たから……。

「じゃぁ、帰ろっか!」

理子が元気よく言った。
そして、真子達は、自宅へと向かって歩き出す……。



駅のベンチに腰を掛けて、ジュースを飲んでいる晴美トリオ。

「結婚して、子供も居たんだ…」

田中が嘆く。

「子煩悩なんだな〜。…かわいかったぁ」

瀬野が、ほのぼのとした雰囲気で言った。

「……見えなかったね…」

寺島が呟く。

「何が?」

田中と瀬野は同時に尋ねた。

「阿山真子先輩が……」
「阿山真子…先輩…が?」
「……極道に……見えなかった…」
「ご、極道?! …って、やくざ?」
「うん…阿山組五代目組長」
「ほんま?!???」

寺島は、驚く二人を横目に、ジュースを飲み干した。



真子の自宅・リビング。
真子と理子は、その日、購入してきた子供服を美玖と光一に、着せていた。

「似合うねぇ〜」

真子が、光一の服を見て言った。

「かわいいぃ〜」

理子が、美玖の服を見て言った。

「……って、うちら、親ばか?」

真子と理子が同時に呟く。
美玖と光一は、新しい服を着て、嬉しそうにはしゃいでいた。その光景を、ダイニングの椅子に腰を掛けて見つめるぺんこう。その笑顔は、とても輝いていた。
まるで、その光景を現すかのように…。

「…組長まで、同じように見てるやろ…」

むかいんが、テーブルに料理を並べながら言った。

「ん?」

むかいんの言ってる事が解らないのか、ぺんこうは、箸を並べながら首を傾げる。

「子煩悩」
「誰が?」
「お前が」
「…美玖のことなら、解るけど、なんで、真子まで?」
「真北さんだけでなく、お前も育てたんだろ? 組長の母親姿が
 嬉しいんとちゃうんか?」
「…当たり前のこと、言うな」

むかいんのスネを蹴るぺんこう。しかし、そのぺんこうの目の前に、むかいんの指先が……。
ゴクリと唾を呑むぺんこう。

「その目…だよ。ほんと、お前も欲張りだな」
「欲張り?」

再び、むかいんの言葉を理解できないぺんこうは、更に首を傾げてしまった。

「教師と父親、そして、夫。そして、…ボディーガードだよ。…抜けてないんやろ?」

真剣な眼差しで尋ねるむかいん。

「…まぁな。昔の……癖は、そう簡単に抜けないだろが。
 それは、お前も解ってることだろ?」

むかいんの眼差しに応えるように、ぺんこうも真剣な眼差しを向けていた。

「そうだな」

静かに応えるむかいんだった。

「組長、ご飯出来ましたよ!」

その場の雰囲気を変えるように、むかいんが、明るく、笑顔で言った。




「ねぇ、芯」
「はい…?」
「明日、ちゃんと…お礼言ってあげてね」
「誰にですか?」
「晴美トリオ。…田中さんに」

ぺんこうは、布団から顔を出し、体を起こす。ぺんこうの下に横たわる真子は、ぺんこうの首に手を回していた。

「田中に、お礼ですか?」
「芯のことを心配して、わざわざ、ここまで来たんでしょ?
 一人じゃ照れくさいから、友達を連れて来た…」

真子は、ぺんこうを見つめる。それに応えるように、ぺんこうも真子を見つめていた。

「あまり、特別に扱うと、後が厄介ですから」
「お礼を言うくらいは、大丈夫だって。…芯でしょ?」

にっこりと微笑む真子を、ぺんこうは、抱きしめた。そして、真子の首筋に顔を埋め…。

チュッ。

くすぐったがる真子を楽しむかのように、ぺんこうは………。

「あっ、美玖が起きた」

そう言って、真子は、体を起こし、服を整えて、少し離れた所で眠っている美玖の側へと近づいていった。
ぺんこうは、ベッドに腰を掛け、愛しの妻と娘を見つめていた。

まぁ、いいか…。

優しく微笑むぺんこうは、真子と美玖の側に寄り、二人を腕の中に抱きしめた。



(2003.12.12 『極』編・子煩悩教師 改訂版2014.12.23 UP)





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※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜任侠(?)ファンタジー小説〜光と笑顔の新たな世界・『極』編〜は、完結編から数年後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の本編、続編、完結編、番外編の全てを読まないと楽しめないと思います。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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