その考えは、極道<1> 真北の職場。 真北は、デスクワークに励んでいた。 ……眉間にしわが寄っている……。 「……森川ぁ〜。」 そう呼ばれた若い刑事が、素早く真北のデスクに歩み寄る。 「はい。」 「…ちょっと来い。」 真北のドスの利いた声に、固唾を呑みながら、真北の後ろを付いていく森川。 ドアが閉まった。 「こりゃぁ、一波乱あるな…。」 「しゃぁないやろ。でも、森川は、あれで頑張ってたんだけどなぁ〜。 真北さんにとっては、怒りに触れる行動だもんな。」 「第二の真北さん…ってとこだな。」 「…原先輩、どうされますか?」 「………って、俺にふるな。真北さんは、若手を育てるのに必死なんだから。」 「そうですね。どれだけの人間が真北さんに育てられて出世してるか。」 「真北さんには、誰も頭が上がらへんもんな。」 「そんな真北さんが唯一弱いのが……。」 真北と同じ職場の刑事達が、話し込んでいた。 別室。 真北と森川が机を挟んで向かい合って座っていた。 真北が大きく息を吐く。 「お前の気持ちは解るけどな、これは駄目だろ。」 「しかし、真北さん。あの場合は、この方法しか…。」 「その方法の他には思いつかなかったのか?」 「はい。これが一番ベストだと判断しました。」 「その結果は?」 「…申し訳御座いませんでした。予想を上回ってました。」 「ったく…。俺らの仕事はな、縦社会。上の命令無しに動く事は、許されない事だ。 だけどな、俺の場合は違う。その時の状況次第で自分で判断して動くように 教えている。この場合は、他に方法があっただろうが。」 「解りませんでした。」 「落ち着いて考えていれば解ることだろう? 今、考えてみろ。」 森川は、一点を見つめながら考え込んでいた。 「…思いつきません。」 「そうか…。」 諦めたような真北の口調に、森川は、唇を噛みしめた。 「まだ、現場には、早かったな。もっと、資料に目を通せ。」 「…どんな方法があったと言うんですか?」 怒りを抑えるような感じで、森川が尋ねる。 「さぁな。自分で考えろ。もっと、頭を使えっ。」 「…頑張ってます。だけど……。」 「その結果は、負傷三名、犯人は取り逃がした。未だに逃亡中だろう?」 真北の強い口調に、森川は首をすくめる。 「勝手な行動は慎む事。俺の下で動きたいのなら、もっと資料に目を通せ。 そうすれば、自然と判断できるようになる。」 「それなら、真北さんの側に居させてください。」 「駄目だ。…俺は、誰にも無茶はさせたくないからな。」 「それでも、真北さんの力に…なりたいです。」 「上の命令なしで行動をしても許されるからか?」 「…そ、それもあります。習ってきた事とは全く違う事ができる。だからです。」 「それだけか?」 冷静に尋ねる真北。その言葉で、森川は、何も言えなくなった。 「宿題だ。他の方法が三つある。それらを全て書き上げろ。」 「三つ…。」 「それが出来てから、これからの事を考えるよ。」 「かしこまりました。」 ふと、真北が顔を上げ、ドアの方を見つめた。真北の仕草に森川が気付き、同じようにドアを見つめる。 「ったく…。原、どうした?」 ドアの向こうに感じる気配に、真北が反応する。 『その…』 真北は、立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。そして、そっとドアを開けた。 「どうしたんですか。」 優しく声を掛ける真北。その真北が見つめる先には、深刻な表情で突っ立っている真子が居た。真北は、原の耳元で言う。 『森川を頼んだよ』 『はっ』 真北と入れ替わりに原が入ってきた。きょとんとした表情で座っている森川に原は声を掛ける。 「宿題、もらったんやろ?」 「は、はい。…例の事件でとった行動…他に方法が三つあると…。 それを考えるように言われました。」 「そうだな。…まぁ、三つというのは、大雑把にだけどな。」 「もっとあるんですか?」 「たくさんあるよ。ようするに、自分で考えろってことだ。」 「なんなんですかぁ、それはぁ〜。」 項垂れる森川。ふと、顔を上げる。 「どなたか、来られたんですか?」 「ん? …まぁな。緊急なんだろうな。家では話せないこと…だとしたら。」 「…誰?」 「それに気が付かないようじゃぁ、本当にやばいな。どうした、森川。 お前は、そんなんじゃなかったろ? まさかと思うが、引っかかってるんか?」 「…俺の行動…判断ミスで、仲間が怪我して、犯人は…。」 「犯人なら、真北さんが捕まえてるよ。それに、みんなは怪我で 済んだんだ。そんな小さな事で落ち込んでいたら、これから やっていけないぞ。…真北さん関連では、もっと激しいからな。」 「それでも…。」 「まぁ、兎に角、真北さんに言われたことを終わらせればいいんだよ。」 「解りました…。…で、どなたが?」 「真子ちゃん。」 「そうでしたか…。」 「ほら、早く。」 「はい。」 森川は、考え始める。原が、ちらりとドアの方に目をやった。 ドアの向こうでは……。 「…私が行っても、気にすると思うし、それに、くまはちは、無理でしょう? だから、相談しにきたの…。」 「どこからの情報ですか?」 「健から、くまはちに。」 真北は、ちらりとくまはちを見つめる。くまはちの恐縮そうな表情で、真子の行動を把握する真北。 「しゃぁないな、くまはちだもんな。」 「すみません。」 「真北さん、どうしよう…。」 「真子ちゃんの気持ちも解りますが、私が行っても同じことですよ。」 「そんなん、真北さんが考えてよぉ。」 「…って、真子ちゃぁん…。」 真北の携帯電話が、かわいい音を奏でる。懐に手を入れ、携帯電話を手に取り、電源を押した。 「…なんだ?」 『大変な情報なんですけど…』 相手は健だった。 「くまはちに言ったことなら、すでに知ってるぞ。」 『その通りなんですが…』 「で、どうする?」 『…と私に聞かれましても…』 「こっちは、それで悩んでるんだ。」 真子が真北の電話をふんだくる。 「…けぇぇん〜〜。」 『うわっ! 組長っ!!!!!』 「くまはちと真北さんだけに伝えて、私に言わないって、それ、どういうこと?」 『あの、その…組長、お元気そうで!!』 「話を誤魔化すなぁっ!!!!」 真北は、真子から電話を取り返し、くまはちに合図をして、少し離れた所で健と話し始めた。くまはちは、真子の視界から真北の姿を消すように立っていた。 真北が居た部屋のドアが開き、原と森川が出てきた。 「こんにちは。」 真子が挨拶をする。森川は軽く会釈をするだけだった。 恐れているのだった。 あの真北が唯一頭の上がらない人物が目の前に……。 「真北さんのお説教?」 何かに恐れるような表情をしている森川を見て、真子が原に尋ねる。 「それに近いものですよ。」 「そんなに恐れなくても大丈夫ですよ。真北さんの言葉があるなら、 期待されてる証拠だもん。それに、真北さんは、誰にでも優しいから。 ちゃぁんと言う事を聞いて、判断力を身につけたら、立派な刑事に なれるって。……ねっ! 原さん。」 「真子ちゃん、なんで、私に、ふるんですか?」 「原さんって、そうだったもん。」 あっけらかんと言う真子だった。それには、流石に、原は項垂れた。 「組長、原さんに失礼ですよ。本当のことを言っては…。」 くまはちが、追い打ちをかける。 「くまはち…。」 「あっ…。」 真子は、原の手から、一冊のファイルを取り上げ、それを読み始めた。 「あらぁ〜。これは、真北さん、怒るよ…。なんで、こんな無謀な行動に 出たんですか? この場合は、まず、相手の出方を見てからの方が 賢明なのになぁ。まぁ、相手が、こっちの手を伺ってるようなら、 仕掛けるしかないし…。それには、まず、相手を怒らせるとか、 相手が手を出すようにし向けるとか…。こっちが先に手を出したら それこそ、相手の思うつぼですよ…。ね、くまはち。」 「そうですね。この相手には、懐柔策が通用しないようですから、 私の場合は、一発で倒してみますけど。」 「それは、くまはちの場合でしょう? 森川さんには、無理だって。 ほら、まだ、体は鍛えたりないし。」 「そうですね。もう少し、腕力を付けないと。」 「……って、真子ちゃん、勝手に見ない。」 電話を終えた真北は、真子の手からファイルを取り返す。 「それに、答えを述べないっ!」 「へっ?」 「森川は、この方法しか思いつかなかったから、こんな行動に出たんですよ。 他の方法を考えるように宿題を出した所なんですから。」 「ありゃ、そうだったんだ…。ごめんなさい。今の三つは、書けないね…。」 「…ど、どうして、そんなに簡単に答えが出るんですか? 現場に居たわけでもないし、 ただ、報告書を見ただけで…。」 「そこまで、細かく書いてたら、誰でも解りますよ。…ムキになりすぎなんですよ。 肩の力を抜かないと、出来る事も出来なくなりますよ。現に、これが、 そうなんでしょう? ね、真北さん。」 「そうですよ。」 「それなら、休暇が一番やん。…休みなしで働かせてるんやろ?」 「立て続けに起こりましたから…。」 「そうだもんね、真北さん、一週間程帰ってこないもん。」 「真子ちゃん、私は、ちゃんと帰ってますよ。」 「……また、夜中に帰ってきて、夜が明ける前に出てたんだ…。」 真子、ふくれっ面。 「どれだけ忙しくても、必ず真子ちゃんと美玖ちゃんの寝顔は見てますから。」 「くまはち…知ってたんなら、言ってよ。」 真子の蹴りが、くまはちのスネに入る。 「すみません…。」 「と、いうことで、真北さんに任せるから。後は、自分で考えてね。」 冷たく言う真子。 「ま、真子ちゃん。私は、まだ、残ってるんですからぁ〜。」 「デスクワークは、原さんに任せるつもりなんやろぉ。私が来なくても 健からの情報で、そうする癖に。」 よぉく、御存知でぇ〜。 真北は、自分の行動を真子に言われて、困ったように頭を掻いていた。 「解りましたよぉ。なんとかしますから。」 「…本当に……。」 真北は、真子を抱き寄せ、自分の腕に優しく包み込んだ。 「大丈夫ですよ。私に任せてください。その代わり、真子ちゃんは、 絶対に、くまはちから、離れないこと。相手の作戦かもしれませんから。」 真北の腕の中で、そっと頷く真子だった。 「くまはち、頼んだぞ。」 「解っております。」 「真北さん…。」 心配そうな表情で、真北を見上げる真子。 「ご心配なく。」 優しい眼差しで真子に応える真北だった。 「じゃぁ、帰る。連絡は入れてよ。」 真子は、真北から離れて、そう言った。 「って、それじゃぁ、今からってことですか?」 「善は急げ…でしょ?」 「はぁ〜。そうしますよぉ。気を付けて帰ってくださいね。」 「大丈夫。くまはちが居るから。」 「芯に伝えててくださいよ。当分帰らないって。」 「喜ぶ顔が目に浮かぶ。」 真子は、そう言いながら、去っていった。くまはちは、真北と原、森川に一礼して、真子を追うように走り出す。 「…って、真子ちゃん、また、交通課で足を止めそうだな……。」 優しい眼差しのまま、振り返る真北。そこには、驚く表情の森川が…。 「簡単なことだろ?」 「はい……。それよりも、真北さん…本当に……阿山真子さんには、 頭が上がらないんですね…。」 「ん? そりゃぁ、な。」 ちょっぴり照れたように真北は応えた。 「じゃぁ、原、後は頼んだで。」 そう言い残して、真北は、コンピュータルームへ入っていった。 「……また、デスクワークを放ったらかしですか…。いつものことだけどなぁ。」 原が嘆く。 「私もお手伝い致します。」 森川がハキハキと言った。 「いいのか?」 「少しでも、真北さんに近づきたいですから。」 「真北さん関連のものは、デスクワークでも難しいぞ…。」 「そ、そうなんですか…?」 「真子ちゃんに何を頼まれたのかは知らないけど、長引きそうだから、 戻ってくるまでに、他の方法を考えたらいいよ。」 「それにしても、本当に、スラスラと出てきたことには、驚きました…。」 「実戦が物を言うだけだよ。経験、経験。それと、リラックスも大事だな。」 「…真子さんの笑顔…。それを見ただけで、心に引っかかっていたものが 取れたようです。なんだか、体が軽くなりました。」 「…じゃぁ、これ、持っておくか?」 「はい?」 原が、懐から出したもの。それは、警察手帳。そこに挟まれている一枚の写真。それを森川に手渡した。 真子が、素敵な笑顔を見せている写真。 「………あの……原さん…。」 「懐に入れてるだけで、落ち着くぞ。」 「それだと、原さんの分が…。」 「大丈夫だって。これは、真北さんからもらったもの。後で健ちゃんに 頼めば、たっぷりと好きなのを選べるから。」 「健ちゃんって、あの喫茶店の?」 「そうやで。まぁ、帰りにでも寄るか?」 「そうします。じゃぁ、早めに仕上げないとっ!」 急に張り切り出す森川。 ここにも、真子の笑顔の虜になった男が一人………。 一台の高級車が駅のロータリーに停まった。運転席から降りてきたのは、まさちんだった。トランクから、大きな荷物を取り出す。後部座席から降りてきたまさちんの母にそれを手渡した。 「政樹、本当に大丈夫なの?」 「大丈夫ですよ、お母さん。ご心配なく。」 「本当に、いいの?」 「既にお待ちですよ。」 まさちんが見つめる所には、同じように大きな鞄を持ったおばさんが三人立って、こっちを見つめていた。 「お母さん、楽しみにしていたでしょう? 私の事は、本当に心配いりませんよ。 いつまでも、子供扱いしないでください。」 まさちんは、笑顔でそう言った。それでも、心配顔の母。 「…ったく。」 まさちんは、車のキーを抜き、車の鍵を掛ける。そして、荷物を持って、母の手を引きながら待ち合わせしているおばさんの所へと歩き出した。 「おはようございます。すみません、遅れまして…。」 「いいえ〜。時間より十分早いですよ。政樹くん、飛ばした? その様子だと 政恵ちゃん、しぶったでしょ?」 優しい眼差しをしたおばさんが言った。 「その通りです。ほら、お袋ぉ〜。」 「…解ったよぉ、ったくぅ…。」 ちょっぴりふくれっ面になりながらも、まさちんから荷物を取り上げる母。 「では、ごゆっくり楽しんで来て下さい。」 「政樹くん、ありがとぉ。目一杯楽しんで来るからね。」 「お気を付けて。」 「政樹。」 「大丈夫ですから。」 友人に手を引っ張られながら駅舎へ入っていく母は、心配そうに何度も振り返っていた。そんな母に笑顔で手を振って見送るまさちんだった。 「ったく、お袋は〜。」 まさちんは、そう呟いて車に戻ってきた。運転席に乗り込み、エンジンを掛け、ウインカーを右に上げてから、アクセルを踏む。 車は、街から田畑が見える場所へと抜けた。少し走ると、そこには、広大な自然が広がり、そして、まさちんの自宅がある一本道へと……。 まさちんがブレーキを踏んだ。 自宅の前には一台の高級車が停まり、一人の男の人が車にもたれ掛かりながら、まさちんの方を見つめていた。 まさちんは、窓を開け、顔を出す。 「何してるんですか、人の家の前で。邪魔ですよ。」 「そう、邪険に扱うなって。久しぶりに顔を見に来たってのによぉ。」 「あのね…。ガレージに入れるんですから、どけてくださいよ、真北さん。」 「ったく、解ったって。」 真北は、車に乗り、少し前へ動かした。まさちんは、巧みに車を動かし、ガレージに入れる。エンジンを切り、車から降りてくるまさちんは、ちらりと外を覗く。真北が運転席から顔を出し、後ろを見ていた。 「俺も停める。」 「…あのね…。何しに来たんですか?」 「だから、遊びに来た……って、俺だけやで。悪かったなぁ。」 まさちんは、辺りを見渡していた。 まるで誰かを探すかのように。その仕草に気が付いた真北は、空かさず、そう言っていた。 「そうですか。」 「ちゃぁんと食料品も買ってきたから。今夜は、鍋な。」 「お袋、四泊五日の旅行に出ましたよ。」 「そうなんか…。ほな、お前と二人っきりか…。」 「そうなりますよ。よろしいんですか?」 「ええで。」 「で、目的は?」 そんな話をしながら、まさちんの自宅のガレージに車を入れ、降りてくる真北。服を整え、自分の荷物を手に取りながら、まさちんの質問に応える。 「犯人を追ってたら、近くまで来たからな、寄ってみただけや。」 「それにしては、荷物が多いですね。」 「ホテル代、浮かせようと思ってな、暫く厄介になるで。」 「まだ、…良いとは言ってませんよ。」 そう言った、まさちんの表情が、急変する。そして、別の方を見つめていた。 そこには、いかにも、そうですと言わんばかりの車が停まっていた。思わず警戒する真北。 「何度も申してますように、お断り致しますよ。」 まさちんが、車に乗っている人物に話しかけた。車の窓が開き、一人の男が顔を出す。 来生会の奥村だった。 「親分から言われてるんですよ。北島さん、もう一度お考えください。」 「私は、大丈夫ですから。」 「それでも…。………。」 まさちんと奥村の会話を聞いていた真北は、何かを悟ったのか、奥村に近づき、懐から手帳を出した。 「警視庁の真北だが、この北島に、何のご用かな?」 警視庁の真北って…げっ…あの真北じゃねぇかよ…。 「あっ、いや、その…うちの親分が、一緒に食事でも…って…その…。 失礼しました。」 慌てたようにアクセルを踏んで去っていく奥村だった。 まさちんは、ため息を付く。 「…って、いつから、警視庁なんですか。」 「ん? 昔からだけど?」 「あのね…。いい加減に、自分の役職は、はっきり言ってくださいね。」 「いいんだって。あるようでないんだから。」 「ほっんと、いい加減な人ですね。」 「うるさい。…で、来生会の奥村は、何を?」 「なんでも、最近、変な連中がうろついていて、阿山の地島を捜してると 言ってるらしいんですよ。その護衛をって言われてね。…私は違うと 何度も言ってるんですけどね、須藤さんが五月蠅いらしくてね。」 「諦めてないんだな、須藤の奴は。……それで、お袋さんを旅行に出して、 一人で解決しようと思ったわけか。」 「はぁ? 何を言ってるんですか。…で、どうされますか? 泊まられるんでしょう? ただとは、言いませんからね。仕事、手伝ってもらいますよ。」 「…仕事って、まさか…。」 「そのまさかです。ちゃぁんと耕してくださいね。ぺんこうに負けないくらいに。」 少し嫌味っぽく言うまさちんだった。 暫くして、まさちんの畑に、まさちんと真北の姿があった。 ちょっぴり、へっぴり腰の真北と、手慣れたまさちん。二人は、何やら言い争いながら、畑を耕していた。 来生会事務所・会長室。 奥村が、会長の来生に、まさちんの事を報告していた。 「真北が、来ている? ということは、真北も気が付いたってことか。」 「そのような雰囲気では無かったのですが…。」 「真北は、阿山組の五代目と親密な仲だろうが。おおかた、五代目に何かを 頼まれたか、五代目の事を考えて、行動に出たかのどっちかだろな。」 「須藤親分には、連絡をした方が、よろしいですね。」 「そうだな。俺からしておくよ。五代目に知られたら、それこそ…な。」 「そうですね。しかし、北島の身の安全は、須藤親分に言われてることですし、 気付かれない範囲で、見守っておきます。」 「真北に気付かれると、厄介だからな、気を付けろよ。」 「はっ。」 奥村は、会長室を出て行った。来生は、大きく息を吐き、受話器を手に取った。 まさちんの自宅前・畑。 真北は、土の上に腰を下ろし、くたばっていた。 「真北さん、あと少しですよ。」 「五月蠅い。なんで、ここまでせなあかんねん!」 「宿泊代ですよ。」 「それなら、出す!」 「金は必要ありませんから。」 「あのなぁ〜。始めっから、このつもりやったんやろが。」 「さぁ、それは〜。」 慣れた手つきで耕し終えたまさちんは、真北におしぼりを渡して、お茶を煎れる。 「ぷはぁ〜。ほんと、うまいな。」 お茶を一口飲んだ真北が言った。 「ここで毎日過ごしていたら、すっきりしそうだな。」 自然を眺めながら、しみじみという真北に、まさちんは、微笑んでいた。 「和みますよ。組長には負けますけどね。」 「そりゃぁな。」 真北は、お茶を一口飲む。 「引退したら、ここに住もうかな…。」 「引退? 誰が?」 「俺。」 「しそうにありませんよ。」 「真子ちゃんが普通の暮らしをし始めたら、そうなるだろが。」 「もうすぐなんですか?」 「……わからん。…そうあって欲しいけどな。」 「そうですね。」 まさちんもお茶を飲む。 「お元気なんですか?」 「相変わらずだ。…それにしても、クリスマスは、おかしなもん送ってきやがって。 暫く、笑いが止まらなかったで。」 「写真、見ましたよ。親子で着ると、……本当に、おもろいですね。」 真子と美玖の猫の着ぐるみ姿を思い出したのか、まさちんは、笑っていた。 「あれ以来、美玖ちゃんも光ちゃんも、気に入っててな、大変だぞ。 別の着ぐるみを欲しがってなぁ〜。」 「組長もですか?」 「大当たり。…まぁ、芯が停めてるけどな。」 「今度、ぺんこうの分まで送っておきますよ。」 「そうしてくれ。親子で着る姿、健に撮ってもらうから。」 「…健のやつ、パネルにして飾ってるんじゃありませんか?」 「本部にも配ってた。」 「いいんですか?」 「気が付いたのが、遅かったんだよ。山中がな、連絡くれて知った。」 「相変わらずなんですね。」 「まぁな。」 二人は、お茶を飲み干した。 「昼から、鍋…ですか?」 まさちんが尋ねる。 「街で食べるだろ? 今日は、あの日だろが。俺も付き合うって。」 「珍しい。…ってか、真北さん、仕事は?」 「だから、犯人を追って、近くまで来たと…。」 「その途中なんですか?」 「一週間の休暇や。」 「それを早く言ってくださいっ!!」 「悪かった。」 思わず謝る真北だった。 まさちんと真北は、真北の車で、街までやって来た。いつもの駐車場に車を停め、商店街へと入っていく二人。商店街の人々と挨拶を交わしながら、映画館へとやって来る。一階にあるレストランへ入っていく二人。そこで軽く食事を済ませた後、映画館へと入っていった。 「こんにちは。」 「こんにちは、いらっしゃいませ、北島さん。いつもの席、用意してるから。 そちらの方は?」 「遠い親戚です。近くまで来たからと顔を見せにね。」 「初めまして。いつも政樹がお世話になってます。」 真北は、一礼する。 「いえいえ。こちらこそ。これだけ、たっぷりと映画を観て下さるお客は 居ませんからね。それに、経営まで助言して下さるから、こちらとしては 助かってますよ。」 「そうですか。そういう方面は、政樹の得意分野ですから、目一杯 こき使ってやってください。」 「こき使うなんて…そんなことはぁ〜。お役に立ちますから。おっと、 そろそろ始まりますね。どうぞ。」 「ありがとうございます。」 館長に案内されて、まさちんと真北は、いつもの席へと腰を下ろした。 「お楽しみください。」 館長は、出て行った。 「こき使うって、あのね…。」 「ええやないか。それより、ほんまに、自分の趣味には、五月蠅い奴だな。」 「ほっといてくださいよ。」 「ったく、じっとしてられない性分だな。」 「いつの間にか、身に付いたものですからね。誰のせいでしょうねぇ〜。」 「俺のせいだと言いたいんか?」 「よく御存知でぇ〜。」 「性格、変わらんなぁ〜。」 映画が始まった。 帰路に就く車の中。 「あかん…久しぶりの映画は、体に応える…。」 助手席で体をほぐしながら、真北が言った。 「あれをオールナイトって、お前も、すごいなぁ。」 「そうですか? 一本って、軽いものなんですけどね。」 「あれをおもしろ可笑しく話すんか…。そりゃぁ、真子ちゃんも飽きないわな。」 「で…?」 「少し眠らせろ。」 「自宅に戻ってからにしてください。」 「解った解った。…そや。橋から預かってたもんがあった。後で渡す。」 「もう、大丈夫なんですけどね。」 「定期検診、受けてへんやろ? 真子ちゃんの時みたいに、後からきたら 厄介やから、紹介状も兼ねてるんやけどな。」 「やはり、必要ですか? 強い衝撃もありませんし、なにせ、自然豊かなので、 空気も良いですし、体に悪い事はしてませんから。」 「それでもなぁ〜、真子ちゃんが心配してるから。」 「ご心配なく…とお伝えください。」 組長はぁ〜。 嬉しさを隠しながら、冷静に応えるまさちんだった。 「それは、そうと、腹部は?」 「それこそ、心配いらないことですよ。ほんと驚きました。あの傷が、 全く消えてしまったことには。…流石ですね、ニーズの薬は。」 「橋の研究に応用を利かせたらしいよ。傷跡消えることに、患者も大喜び。」 「そうでしょうね。須藤さんだって、服をめくって、傷を確認したんですから。 出来れば、この頭の方も治して欲しいですよ。」 まさちんの額には、まだ、弾痕があった。 それは、真子と同じ場所…。 「無茶言うな。それは、一番難しいんやで。真子ちゃんだって残ってる。」 「そうですか…。」 しまった…言ったら、あかんかったか…。 真北は、それっきり、まさちんの自宅に着くまで、口を開かなかった。 客間に布団を敷いて、真北は、眠りに就く。 時刻は、午後の四時。 「暫く眠っておられなかったんですね。ったく、いつまでも無茶ばかり…。」 静かに電気を消し、部屋を出て行くまさちんだった。 雑音も聞こえない程、静かな部屋。 心が落ち着く……。 真北は、深い眠りに就いていた。 おいしそうな香りで目を覚ました真北。香りに釣られて部屋を出て行った。 キッチンへ来ると、まさちんが、夕食の用意をしていた。 「お目覚めですか?」 「ん? …ま、まぁな。お袋さん仕込みか?」 「むかいんに習ってたら、誰でも出来ますよ。もちろん、味は、その人 それぞれですけどね。」 「そうだな。」 真北は、食卓に着く。 「そろそろか?」 「良いタイミングでしたよ。たっぷり食べますか?」 「たぁっぷりとな。こき使われた分なぁ〜。」 ジトォっとした目で、まさちんを見上げる真北だった。 夕食後、まさちんと真北は、リビングでくつろいでいた。何話すことなく、ただ、テレビを見つめているだけ。テレビの横の棚に目をやる真北。そこには、AYAMAのゲームソフトが並んでいた。もちろん、まさちんをモデルにしたゲームソフトもある。 「あれ、やったんか?」 「はい? ……あぁ、あれですか。発売延期になっていたソフト。 そうですよ。まさか、隠れシーンもあるとは思いませんでしたね。 試作の段階では、無かった話が、たっぷりと入ってましたよ。 駿河さん、その為に、延期してたんですね。すごい売れ筋だとか。」 「そうらしいな。」 こいつ、気付いてないのか? 話は、それっきりになり、就寝時間となった。 「今夜の星は?」 真北が尋ねる。 「ご覧になられますか?」 「のんびりしたいんでな。」 「準備しますよ。」 そう言って、まさちんは、天体観察の準備をしてから、真北と例の場所へと向かっていった。 敷物を敷いて、そこに寝ころぶ二人。しかし、何話すことなく、ただ、広大な星空を眺めているだけだった。 次の日。 この日も、真北に仕事の手伝いをさせているまさちん。たった一日手伝っただけなのに、真北は、もう、慣れた手つきで畑を耕していた。それには、流石のまさちんも、驚いていた。 真北が、突然訪ねてきて三日目。 その日は、あいにく雨が降っていた。そんな日こそ、まさちんは、映画館へ。 「留守番しとくで。同じやつ、二度も観る気がせんからな。」 「新作ですよ?」 「遠慮しとく。」 「荒らさないでくださいね。」 「せんわい。」 「行ってきますよ。」 「気を付けろよ。」 「ありがとうございます。」 まさちんは、出掛けていった。 他人の家に一人残った真北は、懐から携帯電話を取り出し、連絡を入れる。 「俺だ。健、どうや?」 『今のところ、新たな情報は入ってません。どうですか? 様子は』 「大丈夫や。須藤が手を打ってるらしいな。来生会が動いてる。」 『そうでしょうね。くまはちから、聞いたんですが、組長、怒ってるそうです』 「須藤にか?」 『それもありますが、真北さんにですよ。連絡が入らないってね。 入れようにも、入れられないでしょう? だから、待ってたんですよ』 「あちゃぁ〜そうか。連絡するって言ったっけ。すまん、和んでた。」 『あとで、組長にも連絡してくださいね。俺、口利いてもらえませんから』 「それは、健が悪いんやろが。俺に当たるな。取り敢えず、行動に出る前に 阻止するから。キルにも頼んでくれるか?」 『組長が別件を依頼してますから、無理ですよ』 「そっか、解った。なるようになるやろ。ほななぁ。」 『…って、真北さぁん!!』 健の叫び声が聞こえている中、電源を切る真北だった。 ふと時計を見る。 そろそろ映画館に着いたころか…。 そう思いながら、寝ころぶ真北。 耳に飛び込む急ブレーキの音。真北は慌てて体を起こし、玄関へと歩き出した。鍵が開き、ドアが開く。 「…まさちんっ!!」 雨に濡れた、まさちんの体が、倒れ込むように、玄関から入ってきた。 (2004.1.19 『極』編・その考えは、極道<1> 改訂版2014.12.23 UP) next |