〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



再来<4>

……まさちん………助けて…。


まさちんは、真子の悲痛な声と助けを求めるような言葉で目を覚ます。

「組長?」

慌てて起きあがり、朝刊を取りに行く。
真子に関するニュースは書かれていなかった。
テレビを付けるが、そこにも流れない。

木原さんが働いたか…。

真子に関するニュースは、一度流れた後は、とても大変な事になる。
それは、昔から言い伝えられていることだった。

阿山組に関する報道は控える事。

それは、暗黙の了解になっている。
しかし、昨日のニュースは、一般市民として扱った感じだった。

まさちんは、何かに集中する。
考えることは、真子の事。

まさちん……。

真子の声は確かに聞こえてくる。

まさちんは、急いで服を着替え、車に乗り込んだ。
まるで、何かに引き寄せられるかのように………。

まさちんの車が、自宅の駐車場から勢い良く飛び出して行った。




竜次の研究施設にある応接室。
そこには、真北、健、そして、リックと沖崎、バイオレットとクレナイの六人がソファに座り項垂れていた。

バイオレットとクレナイは、泣きじゃくっている。
健は、何かを調べているのか小さな画面を見つめながら、目にも留まらぬ速さで指を動かしていた。
リックと沖崎は、真北に目をやった。
真北は、一点を見つめたまま、動こうとしない。声を掛けても反応もしなかった。
真北の携帯が鳴る。
真北は、急いで懐から取り出し、画面を見る。
そこに表示された文字を見て、驚いたような表情をしながら電話に応対する。

「…なんだよ。お前には関係ないことだろう?」

電話の相手を知られないように気を配る真北。

『教えて下さい。組長の行方は…?』
「お前には何もできない」
『組長が…呼んでます。…悲痛な声で…』

まさちん、お前…。

「あのな…」
『すでに向かってます。状況を説明してください』
「…解った。……実は……」

真北は、AYビルで起こったことから、四人の男の話まで、そして、今、二人の男と真子の姿が消えたことを電話の相手である、まさちんに伝えていく。

『ライとカイトは、見えないところで通じ合ってましたよ。そこに居る
 二人も、消えた二人と何か通じ合ってる可能性が…。試して下さい』
「そうだな。ちょっと待て」

真北は、泣きじゃくる二人を見つめ、そして、言った。

「(おい、ガキ…)」

あらら…怒りが露わになってるよ…。

電話の向こうで、真北の声を聞いたまさちんは、そう思った。

「(お前ら、四人は離れていても心は通じないのか?)」

真北の言葉に、二人は頷く。

「こいつらは、常に四人一緒だったから、その必要性はなかった」

リックが代わりに応える。

「(ライとカイトは、出来たらしい。それなら、お前らも出来るはずだ。
  やってみろ。何処にいるか、気配くらい探れそうだろうが)」

真北の言葉に一縷の光が見えたのか、バイオレットとクレナイは、顔を見合わせ、何かに集中する。

「(……ローズが……震えてます。…助けてという声が…。それと…)」

クレナイが言う。

「(…どこか解らないらしいです。…でも、人気のない場所のようです。
  建物の…中…?)」

真北は、電話を耳に当てる。

「おい、お前は何処に向かってる? そして、何に反応してるんだよ」
『組長の呼ぶ声に反応してます…。赴く先は……あの…場所…』

真北は、クレナイとまさちんの言葉を聞いて、頭に浮かんだ場所を特定する。

「健、行くぞ」
「はい?! って、真北さぁん!!」

真北は、突然立ち上がり、部屋を出て行った。急いで追いかけていく健、そして、その二人の雰囲気に釣られるように、リック達が歩いていく。
研究施設の表に出た真北。

「……ったく…あのな…」

門の所に立つ人物を見て、呆れたように額に手を当てた。

「兄さん…俺も連れて行ってください」
「駄目だ」
「じっとしてられません」
「待っておけ」
「健から…連絡をもらって……」

ガツン!!

ぺんこうの言葉と同時に健の頭に真北の拳が落っこちる。
素早い…。
健が必死こいてキーボードを打っていたのは、ぺんこうにメールを送る為だったようで…。

「真子が消えたのに、大人しく待っている私だと思うんですか?」
「…いいや…。だけどな…」
「知ってますよ。赤い光を使うローズという男の能力で、真子が
 過去の世界に捕らわれていることくらい…」

ドコッ……。

真北の肘鉄が、健の鳩尾に突き刺さる。

「真子の力になりたい……。俺は、真子の夫ですよ? …それなのに
 駄目なんですか?」

今にも泣きそうなぺんこう。真北は、それ以上何も言わず……。

ガン!

思いっきり力を込めて、健の足を踏みつけて歩き出す真北。ぺんこうは、その場に立ったまま、一点を見つめている。

「芯、行くぞ。早く乗れ」

運転席のドアを開けて乗り込もうとしている真北は、ぺんこうに声を掛ける。ぺんこうは、ゆっくりと車に近づき、後部座席に乗り込んだ。健は急いで助手席に乗る。その途端、車は急発進した。

「……真北さん、痛みが激しいですよ…」

健が嘆く。
真北は、ギロリと健を睨み付けるだけだった。
健は、恐れたように口を尖らせ、前を向いた。そして、小さなパソコンを懐から取り出し、画面を見つめる。

「…げっ…親父が……」
「ん? どうした、健」
「真北さん、親父が…橋総合病院に来てます…。お袋から連絡…。
 既に到着して、兄貴の側に居るらしいですよ……」
「そりゃぁ、息子だから、心配なんだろ」
「滅多に来ないのに…」
「顔…合わせづらいんか?」

健は、そっと頷いた。
真北は知っている。
お笑いの世界に飛び込む為に、勘当された健の身の上を…。

「小島も許しづらいんだって。健から声を掛ければ大丈夫だって」
「………って、俺の事はどうでもいいんですって。…組長のこと…」
「…そうだな」
「どこに向かってるんですか?」
「着いてからのお楽しみ」

真北は、そう応えて、ルームミラー越しに、後部座席のぺんこうを見つめた。
ぺんこうは、祈るように指を絡めている。

「なぁ、芯」
「はい」

静かに返事をするぺんこうは、顔を上げた。

「お前は聞こえないのか?」
「何がですか?」
「…真子ちゃんの声」
「えっ?」
「俺は聞こえないんだよ…だけどな、あいつは、聞こえてるらしい」
「真子の声? あいつ?……兄さん……」
「まさちんがな…向かってるんだよ。真子ちゃんの悲痛な声を耳にして」
「……まさちん…が…?」

ぺんこうは、絶句する。
ぺんこうの心境が解る真北と健は、それ以上何も話さず、ただ、車が進む方向を見つめているだけだった。

真北の車を追うように、リックの車、そして、数台の高級車が走っていた。




真子は、両手を真っ赤に染めて、二人の人物を見下ろしていた。

「ライ…カイト……許さない…。これで……」
「(…ん…ハッ!!)」

床に倒れ込んでいるローズが、光とは別に体を真っ赤に染めながら、手のひらに赤い球を作り、真子に向けて発した。

「うっ!!」

赤い球は、真子の体に辺り、そして、砕ける。
真子は、苦痛に耐えながらも、ローズを睨み付けていた。
その目は、狂気に満ちながらも、涙が止まらない。

「(もう、止めてくれよ…)」

ローズが言う。

「(口が…利けるのか…?)」

真子は、素早い動きで、ローズに近づき、下から蹴り上げた。
ローズの体は、側に倒れているパープルの上に落ちる。
ピクリとも動かないローズとパープル。
真子は、二人が倒れたことを把握し、そして、とある場所を見つめた。

「まさちん……。どうして……」

真子の目には、真っ赤に染まった体で、頭から血を流しているまさちんの姿が見えていた。
その場所こそ、あの日、まさちんが、真北の銃で自分の頭を撃って、命を落とした場所だった。

真子達は、竜次の研究室から、あのホテルに空間移動していた。
パープルの紫の光が最高潮に達した時に、ローズの赤い光とシンクロし、そこに、術によって過去に捕らわれた真子の想いが、パープルの心に流れ込む。そして、パープルの能力・空間移動が成立した。
三人とも、望みもしなかった出来事。
パープルの体に起こった異変が、そうさせてしまった。
このホテルに到着し、気を失っていた。
同時に気を取り戻し、そして、今に至る………。

ローズは、ライの心を奪った真子に対して嫉妬していた。
パープルは、真子に攻撃を仕掛けるローズを停めようとしていた。
しかし、真子だけは、二人の事が判別できず、昔の記憶に捕らわれたまま、赤い光のライと紫の光のカイトと闘っていた。
自分の周りに居る大切な人たちを傷つける事が許せない真子。
それは、あの時と同じだった。
ローズが言ったように、真子の心の奥底に、真子自身が閉じこめていた想い。
それが、今、本能と共に蘇っていた。


真子は、力無く床に横たわるまさちんの体に手を伸ばした。

「まさちん……どうして…自分を撃ったの? …助けに来たんでしょう?
 私を…私を助けに来たんじゃないの? なのに、どうして……」

真子は、まさちんの体に顔を埋めて泣いていた……。


廃墟となったあのホテルに、車が到着した。
一番初めに停まった車からは、真北とぺんこう、そして、健が降りてくる。
二台目からは、リックとバイオレット、クレナイが降りてきた。
真北たちが、ホテルの建物に入っていた頃に、数台の高級車がやって来る。その車から降りてきたのは、須藤、水木たち関西幹部だった。もちろん、それぞれの組員もやって来た。
真北たちを追うようにホテルへと入っていった。



真北は自然と、とある場所に足が向く。
あの日、まさちんが自分の頭を撃った場所…エレベータホール。
廊下を曲がった。

真子の泣く声が聞こえてくる。
その手前には、ローズとパープルの体が横たわっていた。
ぺんこうは、真北の後ろから、真子の姿を見つけ、そして、駆け寄っていった。

「真子!」

その声に振り向きもしない真子は、空間を大事そうに抱えてる。

「真子、どうした?」
「その声…ぺんこう…」

えっ?

ぺんこうは、自分をあだ名で呼ばれた事に疑問を抱く。

「真子…?」
「どうしたらいい? ぺんこう…どうしたら…いいの?」
「何が…遭った…?」
「まさちんが…頭を撃った…自分で命を絶ったの……!!!」

ぺんこうの目には、真子が空間を抱きかかえて泣いている姿しか写っていない。その光景を見ていたリックが、呟くように言った。

「真子様の目には、あの時の…まさちんさんが自分を撃った時の
 光景が見えているんです。…これが、ローズの赤い光の…能力…。
 …ライ様が、危険だと言って、ご自身が封印していた能力なんです」

ぺんこうは、リックを睨み上げた。

「過去に捕らわれたというのか? …なら、どうすればいいんだよ!」

ぺんこうが怒鳴った。

「(その……呪縛から…助かった者は居ない…)」

クレナイが応えた。

「(どうなるんだよ…)」
「真子様が、あの後に取られた行動、そのままが起こります…」
「…ということは、…真子が…まさちんを…死んだまさちんを追いかけると
 そういうことなのか? …でも、現実では、まさちんは生きているだろが!」
「過去に捕らわれてしまったからには…」
「どうにかしろよっ!!!」

ぺんこうの怒鳴り声が廊下に響く。

「真子…真子…。まさちんは、死んでないんだよ? それは幻覚だから…」
「ぺんこう…そうやって、私の気を紛らわせようとしても無理だよ…。
 だって、ほら…まさちんは、頭から血を流して…それで……」
「真子!」

ぺんこうは、真子を抱きしめる。

「…やめてっ!!」

真子は、ぺんこうを押しのけた。
それは、まるで、触れられて欲しくないというように…。
まさちんの想いを大切にしていた頃の真子、そのものだった。

「……真子……」

その光景を、真北たち、そして、須藤達が見つめていた。
誰も為す術もなく、ただ、見つめているだけだった。
その頃、一台の車が、ホテル前に静かに停まった。その車から降りた人物は、何かに誘われるようにホテルへと入っていく。


廊下に突っ立っている須藤達が、人の気配に気付き振り返る。

「…えっ…?」
「おい…」
「まさか……」

男は、驚く表情をしている須藤たちを目に留めず、ただ、とある場所に向かって歩いていくだけだった。
真北が振り返る。

「まさちん…」
「組長の様子は? …ぺんこうでも無理なんですか?」
「…あぁ。お前が死んだと言ってな、あの状態だ」

まさちんは、真子を見つめた。真子は、何かを抱えたような形で座り込んでいる。そして、泣いていた。
その声に耳を傾けるまさちん。
そして、何かに気付いた。
まさちんは、ゆっくりと真子に近づき、そして、優しく声を掛けた。

「組長」

真子は、その声に反応したのか、体がピクッと動いた。

「…組長、どうされたんですか?」
「…まさちんが……自分を撃って……」
「私が、どうしたんですか?」
「…まさちんが、自分の頭を撃って………!!!」

真子は、ハッとした表情をして、声が聞こえる方に振り返った。

「まさ……ちん…?」
「はい。どうされたんですか、そんなところに座り込んで」
「…まさちん……だって、まさちん…ここで…死んだ…」
「そこには、何もありませんよ、組長。私は、ここに居ますよ、
 生きてますよ、組長」

まさちんは、優しく声を掛ける。
真子は、そっと振り返った。
そこにあった、真っ赤に染まっているまさちんの姿は、無い。

「まさちん…怪我…」
「してませんよ。どうしたんですか、組長。お疲れなんじゃありませんか?」

微笑むまさちんを見て、真子は我に返った。

「まさちん……どうしたの?」
「それは、私の台詞ですよ。私を呼んでいたでしょう? 何の用ですか?
 私は、組長の前に現れる事が出来ない状態なんですよ」
「そうだった……ごめんなさい…」
「組長」
「…まさちん……生きていたんだ…」
「はい。こうして、生きてますよ」
「……!!!」

真子は、まさちんに抱きついた。そして、胸に顔を埋め、何かを呟いていた。

「組長……それは…。…組長?」

真子は、安心したような顔をして眠っていた。

「ふぅ〜〜〜……。リック…てめぇ…いい加減にせぇよ…」

そう言って、リックを睨み上げたのは、まさちんだった。

「…まさちん…さん……死んだはず…」

しまった……。

真北は、背後の気配に勘付き振り返る。
そこには、今の真子とまさちんの光景を見つめていた須藤達が立っていた。誰もが口を開けて驚いている。
目の前に、あのまさちんが居る……。

まさちんは、真子を抱きかかえる。

「ぺんこう、お前…」

激しい衝撃を受け、消沈しているぺんこうに、まさちんが声を掛ける。しかし、ぺんこうは、一点を見つめたまま、何の反応も示さなかった。

「兎に角、橋んとこに行くぞ。…まさちん、頼んでええか?」
「構いませんが……こいつは、どうします?」
「俺が連れて行くから」
「あの……」

まさちんが、言う。

「ん?」
「俺の車に乗せていいですか?」
「…そうだな…もしもの事が考えられる。…また幻覚に捕らわれると
 それこそ、芯が立ち直れないからな…。…ほら、芯、立てって」

ぺんこうは、真北に支えられながら、力無く立ち上がった。そして、てくてくと歩いていく。

「リック、兎に角、ここから出るぞ。二人も連れてこい。橋に診てもらえ」
「はい」

誰もが驚いた表情をしている。
その横を真子を抱きかかえたまま、平然と歩いていくまさちん。

「…まさちん…お前……本物…?」

水木が、側を通るまさちんに声を掛ける。まさちんは、何も応えず通り過ぎていくだけだった。
真子を抱きかかえたまさちんを見ている組員達も驚いていた。
死んだはずの男が、こうして、目の前に居る…。
組員達は、知らなかった。
まさちんは、生きていて、どこかで平和に暮らしているということを…。

まさちんは、真子を助手席に座らせ、シートベルトを締める。自分は運転席に回って、エンジンを掛けた。
車が走り出す。
それに釣られるかのように、真北の車、リックの車、そして、須藤達の車がホテルを一斉に後にした。



運転しながら、まさちんは、助手席の真子を見つめる。

組長…どうして、私を呼ぶんですか…。

真子の声が聞こえ、真子の事を知ったまさちんが最初に思った事だった。
今は、ぺんこうと美玖、そして、むかいんたちと楽しく暮らしているのに、どうして…。

「心の奥底に眠る…想い……か…」

まさちんは、うっすらと浮かぶ涙を素早く拭き、運転に集中する。

「…まさちん……」
「はい。……寝言ですか……ったく…」

あの頃と、何一つ変わってないんですね、組長……。

まさちんは、真子をそっと抱き寄せた。そして、真子の腕に沿うように、自分の腕を回していた。
真子の表情が、柔らかくなる瞬間だった。





橋総合病院・ICU。
小島が、息子のえいぞうの様子をガラス越しに見つめていた。
気が付いたのか、えいぞうが体を動かしていた。そして、ガラスの方を見つめる。

「あほ…」

嬉しそうに項垂れる小島。
目を覚まし、自分の存在に気付いたえいぞうが、自分に何を言いたいのかが解っていた。

「ったく…」

そう呟きながら、ICUへと入っていく小島だった。


「…あの…な…来るな…よ」
「そんなよれよれな声で何を言うんだよ」
「あの時の親父よりは、ましだ」
「あぁ、原田との対決か。それもそっか」
「…早く帰れって」
「冷たぁ〜。来たばっかりなのになぁ」
「健が…」
「解ってる。今は、真北さんと行動してるんだろ。そして、五代目を
 見つけて、こっちに向かってるってさ」
「見つかった?」
「あぁ」
「……良かった……」

えいぞうにしては珍しい安堵の声に、小島は、えいぞうの心境を悟ってしまう。

「気にするなって」
「気にするに決まってるじゃありませんか。これ以上、組長に…」
「あのなぁ、栄三。お前のそういう想いが、五代目をどれだけ
 苦しめているか、解ってるんか?」
「組長を苦しめる?」
「あの日の事を気にするあまり、無茶な行動に出る。…まぁ、それは、
 八っちゃんにも言えることだけどな…。でも、あの日を気にするのは、
 五代目に、いつまでも出掛けた事を悔やめと言ってるようなもんだぞ!」
「親父、それは…」
「そんなつもりじゃないだろうけどな、五代目、お前の事で相談しにきた。
 自分は、もう、過去に捕らわれてない。だけど、えいぞうさんは、常に
 私を通して、母を見ている…と…」

組長…そんなことを…思っておられたんですか…。

えいぞうは、真子の本来の想いを知り、体の力が抜けた。

「俺……組長に負担を…」
「まぁ、そういう事を表に出さないのが五代目だけどな」
「…そうですね…」
「うぉっ、真面目な応えじゃん。びっくりぃ」
「あのね……ったく。……で、組長が見つかったのはいいんですが、
 怪我は?」
「…話すと長くなるぞ。大丈夫か?」
「これくらいの傷…。……って、親父、なんで、恐れてる?」

小島の表情は、えいぞうを見て、恐怖に包まれている…。

「だって、栄三ちゃんが恐いんだもぉん。…死んでもおかしない怪我なのに
 こうして、元気に話してるんだもぉん、恐いに決まってるやぁん」
「……あのな……ちっ!」

えいぞうは、怒りの感情が現れたものの、今の体では、どうすることも出来ない為、そのまま、呆れたような表情をするだけだった。
体は、固定されている。
それも、鎧を付けているような感じで……。



橋総合病院の駐車場に車が停まる。まさちんが運転席から降り、そして、助手席の真子を抱きかかえた。
未だ、真子は眠っている。なのに、真子の腕は、まさちんの首に回された。

仕草も変わりませんね。

真子の仕草を嬉しく思ったのか、まさちんは、微笑んでいた。そして、裏口に向かって歩いていく。少し遅れて、真北とぺんこう、そして、健が付いていく。

「待ってたで」

その声に顔を上げるまさちん。そこには、橋とキル、そしてニーズが立っていた。

「橋先生…」
「元気そうだな。ストレッチャーに乗せろ」
「いいえ、診察室まで、このままで」
「…まぁ、その方が、ええやろけど…」

橋は、真北の隣で項垂れるぺんこうに目をやった。まさちんも振り返る。真北を影で見守っていたキルから、真子の身に起こった出来事を一部始終聞いている橋。
ぺんこうは、まさちんの目線に気付き、歩みを停め、睨み付けた。
そして、そのまま、庭に向かって走っていった。

「芯!! ……健、頼んでええか?」
「はいなぁ」

健は、ぺんこうを追って走っていく。
一通り見届けた真北は真子に近づいてきた。

「キルから聞いてるなら、早いな」
「あぁ。取り敢えず準備はしてる」
「…まさちん、大丈夫なのか?」

真北が尋ねる。

「私より、組長ですよ。…恐らく、未だ、幻覚に囚われているかもしれません」
「そうだな」

真子が、そっと目を開けた。

「……ま………」

消え入るような声で、真子が言う。

「はい? …橋先生の病院ですよ」
「……まさちん……大丈夫…なの?」
「私は、大丈夫ですよ」
「…腕……」

そう言った途端、真子は眠ってしまう。

「どんな状態でも、お前のことを考えてるんだな、真子ちゃんは」

橋は、真子を診察しながら、まさちんに話しかける。

「…えぇ……」

真子を抱きかかえる腕に力を入れるまさちんだった。


真子愛用の病室。
まるで、何かを忘れるかのように眠る真子の側に、まさちんが付きっきりだった。
そっと、真子の頭を撫でるまさちん。

組長……。



橋の事務室では、真北が真子の検査結果を聞いていた。

「そうか…。ありがとな」

安心したように、真北が言った。

「でも、暫くは様子を見ないとな。兆候が現れるかもしれんし」
「そうだな」
「しっかし、竜次の奴、恐ろしい事しとってんな。能力を人工的にって」
「その四人はどうなった? 特に、完全体を作ろうと摂取したパープル…」
「命に別状はない。まぁ、能力は失っただろうけどな」
「そうか」
「それより、大丈夫なんか? ぺんこう」
「難しいよ。…俺でさえ、強いショックを受けてるのにな。俺以上に
 真子ちゃんを大切にしている芯でさえ、真子ちゃんを救えなかった。
 まさちんの一言で……な…」
「まさちんの腕は、暫く使わない方がいいな。真子ちゃんを抱えた事で
 負担が掛かっとったし」
「どんな時でも、真子ちゃんは、まさちんの事を心配するんだな…」

真北は、項垂れる。

「まさちんだけじゃないだろが」
「…解ってるよ」
「…で、どう説明するんや。あの連中に」
「さぁな。須藤に任せるよ」

そう言って、真北は、立ち上がり、窓際に寄った。
窓の下に見えるのは、激しく落ち込んでいるぺんこうと、ぺんこうを心配して、側に居る健の姿。二人は、ベンチに座り、何かを話している。
真北は、ポケットに手を突っ込み、そして口を尖らせた。



「なぁ、ぺんこう」
「……うるせぇ」
「俺に当たってええから」
「できない」
「なんでや」
「お前は悪くないやろ」
「誰が悪いんや? まさちんか?」

ぺんこうは、首を横に振る。

「………俺…や」
「はぁ?」

ぺんこうの返事に驚いたような声を挙げる健だった。
二人は、足音に振り返る。
そこには、須藤達が立っていた。

「…健、お前も見たよな。…組長を助けた人物…。あれは、本物か?
 本物のまさちんか?」
「知りませんよ。幻ちゃいますか?」

健は、軽い口調で応えた。

「健…お前は知ってるんだろ。あの男は、まさちん。…今は北島と名乗って
 とある街で平凡な暮らしをしている…。その北島は、記憶を失ってる。
 組長が、まさちんと間違って会いに行った男だよなぁ、
 そこで落ち込むぺんこう…」

ぺんこうは、その言葉で顔を上げ、須藤を睨み付けた。
その目は、血に飢えた豹…。

健、怒りの矛先は、こいつらだ。
…って、ぺんこう、あかんって!!

ぺんこうは、健と小さな声で言葉を交わし、ゆっくりと立ち上がった。
ぺんこうから醸し出されるオーラに、須藤達は、思わず身構える。

「…北島さんに頼んだ…それだけのことだ」

須藤達の後ろから声がした。
そこには、真北が立っていた。

「真北さん…」

兄さん…。

真北は、ぺんこうを睨み付けている。その目で、真北が何を言いたいのか解ったぺんこうは、再びベンチに腰を下ろした。

「真北さん、それにしては、タイミングが良すぎですよ」

須藤が言った。

「俺が頼んだと言っただろ。真子ちゃんが過去に捕らわれ、その過去が
 まさちんの事なら、まさちんに似た北島さんの力を借りればいいと
 そう思っただけだ。以前、会いに行った時に、いつでも力になると
 そう言われたからな。今回も…」
「もういいですよ、真北さん」

事態を悟ったのか、まさちんが来ていた。

「まさちん…」

真剣な眼差しで、そこに立っているまさちんは、真北の横をすり抜け、須藤達の横を通り過ぎた。
目指している場所に一直線に向かっていく。そこは、ベンチに座るぺんこうの前……。

ドカッ!!!

「げっ…!!!」
「!!!!!!」

バッ!

まさちんは、左手で、ぺんこうの頬をぶん殴り、そして、その手で胸ぐらを掴み上げた。

「何してんだよ。…俺、お前に言ったよな。組長を頼むって。
 それなのに、なんだよ。…組長をかっさらって、そして、自分の
 手元に置いて……。なんで、俺を呼ぶ? …お前じゃなく…」
「…うるせぇ…。うるせぇっ!!!!」

ぺんこうは、まさちんの腕を掴み上げ、腹部に蹴りを入れた。

わちゃぁ…。

「…って、真子ちゃんは?」

思い出したように真北が言う。

「くまはちとキルが付いてます」

まさちんは、蹴りを受けた腹部を抑えながら、応えた。そして、拳を……。

「あんにゃろぉ、また抜け出した…。…って、お前らぁ……」

真北が、ちょっと気を抜いた瞬間に、まさちんとぺんこうは、殴り合い蹴り合いを始めていた。
健は、オロオロとしながら、二人を見ている。

「……で、真北さん」
「そうだ。須藤、お前がずっと疑っている北島政樹が、まさちんだ。
 …もう、詳しい事言わなくても、いいだろ?」

真北は、須藤を見つめた。

「そうですね」
「でも、北島政樹は、あの街で過ごす男だ。…地島政樹は、あの時に…」
「えぇ。…あいつは、もう、この世に居ませんから……」

静かに言った須藤は、激しく暴れる二人を見つめた。

「……………で、どうされるんですか? あの二人」
「知らん」

…と真北が短く応えた時だった。
空から何かが降ってきた。
それが人だと解った時には、まさちんとぺんこうが、既に真後ろにぶっ倒れていた…。

「わぁっ、キル!! 芯は怪我人、まさちんは、体調不良だぞっ!!
 手加減するのが、当たり前だろがっ!!!」

真北の言葉に焦る素振りも見せず、空から降ってきたキルは、真上を指さしていた。
真北達は、真上を見る。
そこは、真子愛用の病室がある場所。
窓の鉄格子越しに見える人物を見て、誰もが納得するような表情に変わる。
くまはちが、キルに指示を出したようで……。

…ん? 鉄格子あるよな…。

「…………って、キル、お前、屋上から…?」
「えぇ。普通ですよ」

キルの言葉に誰もが首を横に振る。

「普通ちゃうって……。…って、それより、二人っ!!」

まさちんとぺんこうは、苦痛に歪む表情で、仰向けになったままだった。



(2004.5.22 『極』編・再来<4> 改訂版2014.12.23 UP)







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