〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



再来……それでも…。

真子の自宅の駐車場に車が二台停まった。一台からは、真北が、そして、もう一台からは…。

「ほら、早く。停めてからも悩みなや!」

真子が降り、運転席の人物を引っ張り出した。

「だから、私は…」

困った表情をして車から降りてきたのは、まさちんだった。

「大丈夫やって。なぁ、真北さぁん」

二人のやり取りをじっと見つめていた真北。真子に声を掛けられ、何も言わずに、まさちんの腕を掴み、玄関へと引っ張っていった。

「いや、その…ちょっと…」
「もう遅い」

ドスを利かせて真北が言う。それと同時に玄関のドアが開き、美玖と光一が飛び出してきた。

「わっ!! こら、美玖ちゃん、飛び出したら駄目っ!」

真北が慌てて美玖に言う。しかし、美玖の飛びつく先は…。

「まさちんしゃん!」

まさちんだった。

「って、美玖ちゃん。…光一くんまで…」

二人の子供をしっかりと受け止めたまさちんだった。

「……こういうことですか」

美玖と光一の爛々と輝く目を見て、まさちんがそっと言う。

「そうなの。どうしても連れてこいって言われてね」
「本当に……」
「どうせ、親ばかですよっ!」

プイッとそっぽを向いて、真子は自宅へと入っていった。

「あっ、組長…」
「ね、ね、まさちんしゃん」
「あっ、はい」
「お泊まり?」

美玖が、かわいらしく首を傾げながら尋ねる。

「真北さん、よろしいんですか?」
「一日くらい、いいんだろ? お袋さんにも伝えとけよ」
「はい。ありがとうございます」
「まぁ、ゆっくり眠れないだろうけどなぁ」

真北の意地悪そうな言い方に、まさちんは、ちょっぴり警戒する。
美玖と光一と一緒に自宅に入ったまさちん。

なんとなく…変わったのかな…。

何年かぶりに見る長年過ごした家。あの頃と違って、更に賑やかになっている。
懐かしさのあまり、家の中を眺めていた時だった。

「本物やぁ〜」

これもまた、懐かしい声がする。

「理子ちゃん」
「まさちんさんだぁ〜っ!!」

理子は、まさちんの胸に飛び込んだ。

「こら、まさちんっ!! 俺の…」

理子と一緒に玄関まで迎えに出てきたむかいんが理子とまさちんの姿を見て、思わず怒鳴る。

「って、どうみても、俺が抱きつかれてるやないかっ!」
「変わってへん〜!!」

理子は、中々まさちんから離れようとしなかった。
真子同様、理子も、まさちんの姿を見て、感極まってしまったのだった。

理子ちゃん…。

まさちんは、理子の頭を優しく撫で、そっと引き離した。

「久しぶりやろ。ゆっくりしてってやぁ」
「お邪魔します」
「ちゃうちゃう!」
「???」

理子に引き留められたまさちんは、首を傾げる。

「ただいま…やろ?」
「えっ?」
「だって、ここ…」
「でも今は…」
「それでも、まさちんさんは、まさちんさんやんかぁ。ほら、早くぅ」
「……ただいま…」

まさちんは、照れているのか、か細い声で言った。
理子に引っ張られ、リビングへとやって来る。

「…不機嫌やな…」

ソファに座り、ドア付近を睨み付けているぺんこう。そのぺんこうを見るやいなや、まさちんが呟いた。しかし、ぺんこうの表情は、美玖と光一の姿を見た途端、優しい父親の表情へと変わる。

「豹変…」

再び呟いたまさちんを睨む時は、やはり……。

「ねぇ、パパ」

美玖が言った。

「まさちんしゃん、お泊まりだって」
「ほぉ〜そうかぁ。そうだよなぁ。今からじゃぁ、家に着くのも朝になるし、
 それに、色々と大変だったろうし…」
「芯」

ぺんこうの嫌みったらしい話し方を停めるように真北が呼ぶ。

「…それでね、パパ」
「ん?」
「みく、まさちんしゃんと寝る!」
「こういちも!」
「?!?…・!?>#%$!」

言葉にならない程、驚きを見せたぺんこうだった。

「お待たせぇ〜」

有無も言わさず、料理がテーブルに並んでいった。



美玖と光一は、まさちんから片時も離れようとしなかった。
いつもプレゼントをくれる人。
どんな人なのか楽しみにしていた二人。真子からも、ぺんこうからも、むかいんや理子からも色々と聞いていた、美玖と光一にとっては、『噂の人』。まさちんは、二人の笑顔に応えるかのように、過ごしていた。
真子が眠る。

「…やっぱりなぁ」

真子の眠った姿を見た理子が言った。

「まだ体調良くないんちゃうん?」

真北に尋ねる理子。真北は、何も言わず、ただ、まさちんを見つめるだけだった。

「なるほど…」

いつの間にか、真北と阿吽の呼吸となっている理子だった。
ぺんこうが、真子を抱きかかえて、リビングを出て行った。
まさちんは、美玖と光一を相手にしながらも、真子とぺんこうの行動を見ていた。

「まさちん」

むかいんが呼ぶ。

「ん?」
「くまはちの部屋でええか?」
「使ってたとこやろ? 今は、くまはちが一人で使ってるん?」
「そうや。そこに布団用意しとく。光一と美玖ちゃんのも」
「一つの布団じゃ無理か?」
「二人、すんごい寝相だぞ…。蹴ることもある」
「それくらいなら大丈夫」
「何ならあかんねん」
「それは、言えんな」

美玖と光一の頭を撫でながら、まさちんが応えた。



ぺんこうの部屋。
真子をベッドに寝かしつけたぺんこうは、側に腰を下ろし、真子を見つめていた。

「真子……まさちんと暮らしたいなら……いいんだよ?
 俺は…寂しくないからさ…。……なぁ、真子…」

いつも眺めている姿に少し違った所を見つけたぺんこう。
真子の胸元のボタンを一つ外した。
そこに光っているネコが居ない…。

どこに?

ぺんこうは気になりながらも、真子に布団を掛け、部屋を出て行った。

「って、むかいん?」

むかいんが、布団を運んでいた。

「組長は?」
「大丈夫。疲れと安堵感からだろな。…それと嬉しさ…か」
「そうだろうな。いつも以上に喜んでたからな」
「くまはちの部屋?」
「そう」

ぺんこうは、隣のくまはちの部屋のドアを開け、そして、むかいんと一緒に布団を敷く。

「ええんか?」
「許可もらってるらしいで」
「兄さんか?」
「あぁ。……しっかし、いつ見ても殺風景だなぁ、くまはちの部屋。
 一緒に暮らしていた時も、必需品以外は置いてなかったもんな」
「そりゃぁ、教えた事は直ぐに頭に入ってたから、必要ないんやろ。
 で、美玖と光ちゃん、ここで?」
「まさちんがここだったら、一緒に寝ると言ってる二人もそうだろ。
 それとも、お前の部屋にするか?」
「嫌だ」
「即答……」
「…で、二人は?」
「先に風呂」
「まさか…」
「そのまさか。…まさちんしゃんと一緒に入るぅ〜。だったもんなぁ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だろ。真北さんが待機してるし」
「…まぁ、ええか。…片づけするよ」

ちょっぴり複雑な気持ちのぺんこうは、部屋を出ながら言った。

「よろしく」



夜。
リビングでくつろぐ真北に挨拶をする。

「おやすみなさい」

美玖が深々と頭を下げて言った。

「おやすみなさい」

光一も同じように頭を下げる。

「お休みなさい」

まさちんも同じように頭を下げていた。

「って、お前なぁ」

思わずツッコミを入れる真北。その言葉で我に返るまさちんだった。

「あっ、すみません、思わず…。では、本当にお世話になります」
「よろしくな。お休みぃ」

笑顔で三人を見送った真北は、ドアが閉まると同時に、深刻な表情になる。


まさちんと美玖、そして、光一は、くまはちの部屋へと入っていった。
大きな布団の両隣に子供用の布団が並んでいた。

「くまひゃちのへやぁ」
「美玖ちゃん。入った事あるの?」
「うん。いっしょに、ねることある!」
「ママとパパは?」
「ふたりいないとき。まきたしゃんがおそくまで、おきてるとき」
「寂しくない?」
「さみしくないもん。くまひゃち、たのしいおはなししてくれるもん」

そういや、始めの頃は、組長に対して、そうだったと言ってたな…。

「はい、ここでお休みしますよぉ」

まさちんは、布団をめくって二人を招き入れる。
嬉しそうに二人は布団に潜り込んだ。

「まさちんしゃんは、ここ?」

光一が、美玖との間にある布団を指さした。

「そうだよ」

そう応えた途端、美玖と光一は、まさちんの布団に潜り込む。

「いっしょにねるの」
「…あっ、私…寝相が悪いですよ」
「みくもこうちゃんもだもん。まさちんしゃん、はやく」
「はい」

まさちんは、二人の間に身を潜める。その途端、美玖と光一が寄り添ってきた。

「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「お休みぃ」

直ぐに二人の寝息が聞こえてきた。

子供…か。

ふと寂しさに包まれるまさちんは、軽くため息を付いた。



真子が目を覚ます。
部屋の灯りに気付き、体を起こした。

「芯?」
「真子、大丈夫か?」
「……あれ? 確かリビングで…」
「それは、四時間前の事。寝入っていましたよ。…ったく、無理して
 退院したからですよ。まさちんの事を考えてですね?」
「それもあるけど…美玖のこと心配だったから……って、やっぱり
 二人は隣の部屋で?」
「そうだよ。騒がしくなると思ったけど、すぐに眠ったみたいですよ」
「まさちんに、悪かったかな」
「そんなことないでしょうね。むしろ、喜んでるかもしれませんよ」
「そうかな…」

真子は、ベッドから降り、デスクで仕事をしていたぺんこうに歩み寄る。

「なぁ、真子」
「ん? 手伝おうか?」
「違う。…その…ネックレスは?」
「……どこかで無くしてしまったみたい…」
「探しておくよ」
「…いいよ」
「だって、あれは、真子にとって一番大切なもの…」
「そうだけど…でも…」

寂しそうな表情になる真子をそっと抱きしめるぺんこう。

「ほら、無理してる」
「ごめん…」

真子は、ぺんこうからそっと離れる。

「美玖と光ちゃん、見てくる」
「…って、あのね…。あいつが何かしたらどうするんですか」
「どうもしないもん」
「…そうでした。…だけど…」
「じゃぁ一緒に来る?」
「いや、その……」

と言いながらも、真子と一緒に、隣の部屋を覗き込む。
まさちんは起きていた。

「起きてる…」

真子とぺんこうが呟く。

「二人は熟睡。……組長、体調は?」
「もう、大丈夫だもん」

真子とぺんこうは、ゆっくりと布団の所まで歩み寄った。

「ごめんね、まさちん。ゆっくり眠れないでしょ?」
「大丈夫ですよ。…美玖ちゃんって、仕草まで組長に似てますね」
「ん?」
「袖、掴んで離しませんよ」
「あらら…。よっぽど、まさちんを気に入ってるんだねぇ。どうしよう、芯」
「そうですね…困りましたよ」
「って、あのなぁ〜。……あっ、組長」
「はい?」

まさちんは、美玖の手を離してから、そっと布団から出て、上着のポケットから何かを手に取った。そして、真子の前にやって来る。

「これ…」

まさちんは、手を広げた。
そこには、ネコのネックレスが光っていた。

「健が切れた部分を繋げたそうですよ」
「…どうして、これが? 無くしたと思っていたのに…」
「組長が連れ去られる瞬間、えいぞうが延ばした手は、
 ネックレスを掴んだだけだったそうです。…その時に切れたと…。
 えいぞうの奴、手術の間、ずっとこれを握りしめていたらしくて。
 目を覚ました時に、これを健に繋げるように言ったそうです」
「それなら、どうして、まさちんが…」
「今度は、ちゃんと手渡せと言われて…」
「……まさちん…」

まさちんは、躊躇いもせずに、真子の首にネックレスを付けた。

「………ありがとう…まさちん。……私…、お礼言ってなかったよね」
「いいえ。お聞きしましたよ」
「…そっか」
「良かったな、真子。それがあってこそ、真子だからさ」
「芯…」

真子は、嬉しさのあまり、そっと目を瞑り、ネックレスのネコを手に包み込む………。

真子の後ろでは、まさちんとぺんこうが睨み合い、そして、足下で蹴り合っていた。

ドスッ……。

鈍い音が二つ、重なって聞こえた。
真子の肘鉄が、二人の腹部に決まった瞬間…。
もちろん、同時に腹部を抑えながら座り込む、まさちんとぺんこうの姿が、そこにある……。




飛行機の中。
リックは、資料に目を通しながら、珈琲を飲んでいた。少し離れた座席の所では、クレナイ、バイオレット、そして、パープルが楽しそうに語り合っていた。その内容が気になるのか、リックは耳を澄ます。

「(な、いいと思うだろ?)」

クレナイが言った。

「(そうだよな。でも、離れてるからさぁ)」

バイオレットが嘆くように呟く。

「(大丈夫だって。連絡方法、教えてもらったもん)」

そう言って一枚の紙を取り出したのは、パープル。そこには、数字とアルファベットが並んでいる。

「(誰から?)」

バイオレットが尋ねる。

「(健ちゃん)」

パープルの応えに、リックがズッコケる。

「(健って、あの…小島って人の弟さん? なんで?)」

クレナイが驚いたように尋ねる。

「(……そのな…、真子さんのファンになったって言ったら…)」
「(健って人、もしかして…)」
「(なんだか、よく解らないんだけどさ。ファンクラブ…なぁんてのが
  あるみたいなんだよ。組の人たちも密かに入ってるらしくて、
  たくさん写真があったよ。…それももらった)」

パープルは、たくさんの写真をクレナイとバイオレットに見せた。それらは、全て、真子の写真。

「(……いいなぁ、すごい!)」
「(俺にもくれよ!)」
「(そう言うと思って、ほれ五セット)」
「(五セット?!)」
「(俺、バイオレット、クレナイ、ローズ、そして、リック様)」

ガツン!

「(いってっ!!!!!)」

クレナイは頭のてっぺんを抑えて痛がった。

「(俺は、いらん)」

クレナイ達の話を聞いていたリックがパープルの頭に拳を落っことしていた。

「(だって…)」
「(あのなぁ。………って…ローズ……欲しいのか?)」
「(あっは……はは…)」

クレナイ達の話に参加していなかった、ちょっぴり大人びたローズが、こっそりと手を伸ばして、真子の写真を掴んでいた。

「(…ったく…健の奴、敵味方関係ないのか?)」
「(それが、真子様の影響じゃありませんか?)」

ローズの言葉に、リックは微笑む。

「(そうだな。………っと、お前らなぁ〜、あの研究室の事だけどな、
  沖崎さんだけじゃなく、黒崎にも怒られるぞ。なんて言っても、
  黒崎は竜次の兄さんだからな。沖崎さんに反省と謝罪の手紙、
  ちゃぁんと送っておけよ)」

リックの言葉に、ローズたちは、シュンとなった。



沖崎は、荒らされた研究室を嘆きながら一人で片づけていた。
床に散らばった試験器具の下に、何かを発見する。
それは、竜次が、研究室に籠もっている間、よく見つめていた真子の写真。
真子と竜次が、仲良く並んで、微笑んでいる姿が納められていた。
沖崎は、それを手に取り、懐かしむように眺めはじめる。
写真を握る沖崎の手に、一滴の水が落ち、そして、弾けた。

竜次様……。



リック達が乗った専用機は、とある空港へと降りていった。
空港には、リックの妻・セイラと、そのセイラの腕に抱かれている息子が迎えに来ていた。
セイラは、素敵な笑顔を向ける。

「(ただいま)」
「(お帰り、リック!)」

セイラの声は、疲れを吹き飛ばす程だった。




AYビル・会議室。
須藤達幹部が集まっていたものの、誰も何も話さず、ため息を付いてばかりだった。

「まだ、自宅だよな」

水木が呟くように言った。

「今日一日、組長と一緒だろ。くまはちも栄三も入院中だし、真北さんは
 先日の件で、今日も忙しいんだろ。ぺんこうは仕事、むかいんはビル。
 組長の体調も、大事を取って、今日一日自宅療養。付いている者が
 居ないから、まさちんが、もう一日……か」

真子とまさちんの一日が、須藤の口から、スラスラと出てくる。それには、水木が、カチンっ!

「須藤、えらい詳しいやないか…」

ギロリと睨む水木。

「ここ来るとき、組長の自宅に寄ってきた。心配だったし、あいつの顔も
 もう一回確認したかったからな。…やっぱり、昔の雰囲気は無いよなぁ」
「……ということは、組長とまさちん、二人っきりか?!」

慌てたように立ち上がる水木。

「おぉい、美玖ちゃんと光ちゃん、そして、理子ちゃんが一緒やぞぉ」

小声で叫ぶように言う須藤。その言葉は水木の耳に届いていた様子。直ぐに席に座った。

「何の心配やねん…」

ため息混じりに須藤が言った。




真子の自宅・リビング
まさちんと美玖、そして、光一が、楽しく遊んでいた。その楽しい光景を真子と理子は、優しく見つめていた。
まさちんが、光一に押し倒される。

「うわぁ、光ちゃん強いぃ〜」
「こういちのかちっ!」

光一は、バンザイをしていた。それを観ていた美玖は、拍手をする。

「つぎ、みくぅ」
「…えっ、またですか?」
「まさちんしゃん、つかれた?」
「ちょっとね」
「じゃぁ、きゅうけいっ!」

美玖は、まさちんの手を引っ張って、起こした。そして、ソファの所まで連れてくる。

「ママ、オレンジジュース」

美玖が言った。

「まさちんは、アップルジュースだよ」
「そうなの?」

真子の言葉で、美玖は、まさちんに尋ねる。

「そうです。…って、組長、私がぁ」

まさちんの視野には、真子が立ち上がりキッチンへ向かう姿が入っていた。

「いいよ、お客でしょぉ」
「それでも……すみません」

既に用意していたのか、真子はオレンジジュース三つ、アップルジュース一つ、紅茶一つをお盆にのせてリビングへ持ってきた。そして、それぞれの前に差し出す。
美玖が、アップルジュースを持って、まさちんの前に差し出した。

「どぉぞ」
「ありがとう、いただきます」
「すみません、まさちんさん。お疲れの所を光一の相手を……というより、
 まさちんさん、子供好きだったん?」
「ん?」
「だって、光一と美玖ちゃんに、いっつも贈り物あるし、着ぐるみも…」
「あっ、その……それは、ですね…」

言いにくそうなまさちん。そんなまさちんの表情を見逃さない理子は、慌てて口を塞ぐ。

「ごめん〜、そうだったんだ…」
「はぁ、まぁ……」
「えっ?! 何? 何なんよぉ〜」

やはり、男女の気持ちには、うとい真子だった。

「ごちそうさまでした。まさちんしゃん、にわっ!」

ジュースを飲み干した美玖は、まさちんを誘って、庭へと出て行った。

「今度は庭…ですか…」
「……まさちん、大丈夫?」
「はぁ、なんとか…」
「無理しなくていいよ。体調…」
「大丈夫ですから。では、行ってきます。光ちゃんも行く?」
「うん!」

まさちんは、光一を抱きかかえて庭へ出て行った。
庭に出てきたまさちんに駆け寄る美玖。まさちんは、光一を地面に降ろして、三人で鬼ごっこを始めた。
真子は、とても嬉しそうな表情で、その光景を見つめていた。

「なぁ、真子」
「ん?」

返事にも喜びを感じられる。

「もし、先生とじゃなくて、まさちんさんとだったら、今以上に幸せを
 感じてるんちゃうん?」
「そんなことないよ。だって、まさちんが、私を組長扱いするからさぁ。
 芯もそうだけど…。少しずつ、夫としての威厳が出てきてるけどね」
「…どっちが好きなん?」

真子は、理子に振り返る。

「知ってて、聞くん?」
「そうや。だって、今の真子観てたら、まさちんさんと一緒の方が
 幸せって感じやもん。…先生には悪いけどな」
「もし…あの事件が無かったら…まさちんが、頭を撃たなかったら、
 そうなっていたかもしれない。…でもさ、こうなったのも私のせい。
 そりゃぁ、まさちんの事、好きだもん。こうして、遠いところから
 駆けつけて、私を助けてくれたんだから…」

真子は、あの廃墟での光景を思い出したのか、暗い表情に変わった。

「ごめん、真子」

真子は首を横に振った。
そこへ、まさちんが、美玖と光一を抱きかかえてリビングへ戻って来る。

「組長、気分が…?」
「ちゃうって。……って、二人とも眠ったん?」

真子の代わりに理子が言った。

「庭に寝転んだ途端、急に。こういう所は、組長に似てるんですね。
 もしかして、理子ちゃんも?」
「いや、うちは、疲れても眠らへんで。多分、涼やと思う」
「どちらに?」
「光一は部屋に連れて行く」

理子は、光一を受け取った。

「組長、美玖ちゃんは、ぺんこうの部屋ですか?」
「うん。お願いしていい?」
「えぇ」

理子は、光一を抱きかかえて、離れへと向かっていった。まさちんは美玖を抱きかかえて、リビングを出て行く。真子は、後かたづけをし始めた。
コップを洗っている所に、理子がやって来る。

「買い物、行ってくるで」
「じゃぁ、私も」
「あかんって。真子は自宅療養やろ? それに、まさちんさんに二人を
 任せるん、悪いやん。一緒に遊んで疲れてるやろうし」
「そうやけど…買い物、一人で大丈夫なん?」
「まさちんさん、夕方に帰るん?」

美玖を寝かしつけてリビングへ降りてきたまさちんに、理子が尋ねた。

「ぺんこうが帰ってきた頃ですね。真北さんの方が早いかな…」
「ほな、うちは、買い物行って来るから、二人で楽しんどきぃな」
「ちょ、ちょっと、理子ぉっ!」
「理子ちゃんっ!!」

真子とまさちんが引き留めるよりも先に、理子は買い物へ出掛けていった。
なんとなく気まずい雰囲気が漂うキッチン。
真子は、心を落ち着かせるかのように、洗い物に集中する。

「組長、変わりますよ」
「いいって。終わったから」
「片づけます」

洗い終えたコップを拭いていくまさちん。慣れた手つきに真子は感心していた。

「なんか、ここに居た時より、手慣れてるね」
「家では、私がしてますから」
「そうなんだ。…おばさん、いつ帰るの?」
「明後日です。あっ、だからといって、出てきたんじゃありませんから」
「解ってるよぉ。…まさちん。本当にありがとう」

真子は、飛びっきりの笑顔を見せていた。

「組長…。……!!!」

まさちんの胸に、真子が飛び込み、そして、まさちんを見上げた。
そっと唇を寄せる真子。

「……組長、駄目ですよ!!」

思わず遠慮するまさちんは、真子の肩に手を置いて、引き離す。

「お礼…」
「ったく…癖、抜けてないんですね」
「…癖じゃないのに…」
「組長。あなたは、ぺんこうの妻ですよ」
「解ってる」
「今、二人っきりですが、そのような行為は…」
「嫌?」
「嫌じゃありませんよ!! …って、うわっ!」

俺、何を言ってるんだよ…。

慌てて口を塞ぐまさちん。

「じゃあ……抱く?」

あまりにも色っぽい声と仕草に、まさちん、硬直………。

気を取り直して。

「組長。私の体は、もう、昔のように動かないんです」
「傷の影響?」
「はい。この右腕も、無理をすると直ぐに動かなくなります。時々、
 目眩にも襲われます。橋先生の知り合いの方が開業している病院に
 定期検査を受けに行ってますが、治る兆候が見られないそうです。
 組長と同じ傷ですが、私の場合は、頭蓋骨は人工なんです」
「橋先生から聞いてる。でも、まさちんは、まさちんだよ?」
「……そ、その……。………………機能…しないんです」
「……機能? 何の?」

やはり、うとい真子。

「その……男性としての…」

言いにくそうに言ったまさちんの言葉で、理解する真子だった。

「傷の…影響……?」
「恐らく。なので、…その…」
「それは、私のせいだよね…。まさちんが自分の頭を撃ったのは…。
 そのような体になったのも…。…それなら、まさちん」
「はい」
「…………」

真子は、まさちんの耳元で、そっと告げた。
まさちんは、思いっきり首を横に振るが、真子の切ない気持ちを悟ったのか、そっと真子を抱きしめてしまった。

二人は、暫く見つめ合う。
そして……………。


理子が買い物から帰ってきた。キッチンへと足を運ぶ理子。

「お帰りなさい」

リビングから声がする。理子が振り返ると、そこには、まさちんが、AYAMAのゲームで遊んでいる姿が…。

「あれ、真子は?」
「美玖ちゃんと眠ってます」
「ったくぅ〜。折角まさちんさんと二人っきりなのにぃ」
「理子ちゃん」
「はい?」
「何を考えてたんですか?」
「色々とぉ」
「もしかして、ぺんこうとのバトル、楽しみにしていたとか?」
「おもしろそうやんかぁ。久しぶりに観ることできそうやし」
「あのねぇ〜」

理子は、まさちんが見つめる画面を覗き込んだ。

あれ、始めたばかり…?

理子が楽しんだ事のあるゲーム。何度も観ている場面なので、その場面が、ゲームのどの辺りなのか直ぐに解った理子。
時計を観る。
理子が買い物に出掛けてから二時間は過ぎていた。というより、気を利かせて、実家に寄って時間稼ぎをしただけだが…。

……なるほどぉ〜。

まさちんの体から、仄かに漂うボディーシャンプーの匂い。
理子は、何も言わずに食材を冷蔵庫へと片づけていく。

「本当に夕方に帰るん?」
「えぇ。これ以上、ここに居たら、私の心が揺らぎますから」
「やっぱし、真子の事…」

理子が言おうとする所を停めるかのように、まさちんが、自分の人差し指を口に当てていた。
玄関のドアが開き、誰かが帰ってきた。

『ただいまぁ』

ぺんこうだった。

「えらい早いな…。早退か?」
「ちゃうって。真子とまさちんさんの事が気になってるんやって」
「うるさい。体調が悪いのは知ってるだろが」

リビングに入ってきたぺんこうの開口一番は、その言葉。

「…あれ、真子と美玖と光ちゃんは?」
「それぞれが寝てる」

まさちんが応えた。

「ったく、こんな時間に寝る程、疲れるように遊ぶな」
「美玖ちゃんと光一に引っ張り回されたのは、まさちんさんやで」

理子が代わりに応える。

「そうなんや………って、まさちん?」

まさちんは、AYAMAのゲームを片づけ始める。

「そろそろ帰るよ」
「もっとゆっくりしていけよ」
「無理だよ」

静かに言ったまさちんは、一点を見つめたまま、動かなくなった。

「…真子が……喜んでるからさ…」

そう言ったぺんこうの言葉には、何となく、寂しさを感じる。
まさちんが振り返った。

「俺が、耐えられないって」

まさちんは微笑んでいた。
その微笑みに、ぺんこうは、複雑な想いを抱いていた。

あれ、うちの思い過ごしなんか…。

理子は、先程浮かんだ考えが違っている事に気が付いた。

汗を流しただけなのか…。

なんとなく、がっくりきている理子。その理子の雰囲気に気付いたぺんこうは、理子を見つめていた。

「理子ちゃん、まさかと思うけど…」
「そのまさかを考えたけど…やっぱり、ちゃうんや…」
「あぁのぉなぁ〜。まさちん、何もせんかったやろな」
「せんわい、あほ」

まさちんは、帰り支度をし始める。

「ほんまに帰るんか?」
「帰るって言ってるだろが」
「それなら、真子を起こしてくる。見送らないとな」
「いいって。名残惜しくなるやろが。それに、永遠の別れちゃうし、ぺんこうが
 戻ったら、帰ると言ってあるから、ぺんこうの姿を見たら、気付くやろ。
 家に着いたら、ちゃんと連絡するから」
「…あぁ……じゃぁ、俺が見送るよ」
「すまんな」

ぺんこうとまさちんは、リビングを出て行った。理子は気を利かせたのか、離れへと向かっていく。


まさちんは、車のエンジンを掛け、窓を開ける。

「ほんま、ありがとな、まさちん」
「…あんまり悩むなよ」
「……未だに悩んでるよ。どうすればいいのかってな。やっぱり真子には…」
「ぺんこうと一緒に居る方が、幸せなんだって。どんなときでも守ってたろが。
 組長の気持ちはなぁ〜」

まさちんは、右手を窓から出し、ぺんこうの胸ぐらを掴み引き寄せた。

「昔っから、お前一筋なんだよ」

ぺんこうは、怒り任せに、まさちんの手を払いのける。

「じゃかましぃ」
「おぉっ、益々真北さんに似てきたなぁ」
「あのなぁ、俺は、あそこまで、頑固じゃないっ!」
「同じ道、歩むなよ」
「解ってるっ!」

まさちんは、サイドブレーキを下ろした。

「じゃぁな。楽しかったよ」

まさちんの言葉に、ぺんこうは微笑む。

「俺もだ。…本当に感謝してるよ。また、遊びに来いよ」

ぺんこうが言った。

「野菜が心配だから、しょっちゅう来れないよ。みんなによろしくな」
「あぁ。…それと…真子のネックレス。…ありがとな」

ぺんこうの言葉に、まさちんは微笑んだ。そして、軽く手を挙げて、アクセルを踏む。
まさちん運転の車は、真子の自宅を後にした。
ぺんこうは、道路に出てまで、まさちんを見送っていた。
まさちんは、ルームミラーの中で小さくなるぺんこうを見つめていた。
その時、ふと気付いた。
ぺんこうの部屋の窓に、真子の姿があった。
見つめられている事に気付くまさちん。

組長、感謝してます。また、逢いましょう。

ルームミラー越しに、真子と目が合ったまさちんは、気を取り直して運転に集中した。


まさちんの車が遠ざかった。
ぺんこうは、ふと自分の部屋の窓を見上げた。
真子が、そこに居ることに気付いていたのだった。
真子は、首に光るネックレスに手をそっと当てていた。
まるで、誰かの無事を祈るかのように……。

真子……。

ポケットに手を突っ込み、口を尖らせるぺんこう。
何を考えている……?



(2004.5.30 『極』編・再来……それでも…。 改訂版2014.12.23 UP)





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※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の本編、続編、完結編、番外編の全てを読まないと楽しめないと思います。
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