任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第十五話 目覚めた魂

目覚めた魂。それは、誰もが恐れてしまう程…凶暴で、それでいて、とても優しくて…。


沢村邸のとなりにある公園は、人だかりが出来ていた。
塀の向こうでの大音響、そして、ごうごうと燃えさかる音…。
一体、何が起こっているのか、人々は不安な面持ちで塀の向こうの様子を伺っていた。

そんな公園の様子を大きな木にもたれながら、隆栄が見つめていた。その隆栄に近づく影が七つ。

「隆栄さん」

小島家の地下で働く桂守たちだった。

「親父は?」
「阿山組へ」
「そうだったな」
「連絡通りですか?」
「あぁ。……阿山は…中だ…」

いつにない、鋭い眼差しで、隆栄は、塀の向こうにある沢村邸の屋敷を見つめていた。桂守は、隆栄の様子を見つめていた。

マジ…ですね…。

桂守たちも塀の向こうを見上げていた。




慶造は、柔らかいものに包まれた感じを覚えていた。遠くで聞こえる声……。

修司……どうした…、何があった?

修司の声が近づいてくる。
目を覚ます慶造は、一番初めに目に映った顔に驚いた。

「ち、ちさとちゃん……」
「慶造君!! …よかった…」

ちさとは、流れる涙を必死に拭いていた。

……って、なんで、ちさとちゃんを見上げてるんだ?!??

自分が置かれた状況に気が付くのに、かなりの時間が掛かっていた。

「………って、俺っ!! …っつー!!」
「起きるな、慶造」
「……修司…。…そっか、おれ……その…なんで、ここ?」
「慶造、覚えてないのか? この部屋に連れてこられたこと…」
「ち、ちがう……その……」
「あっ、…ごめん…いやだった?」

ちさとが言った。

「いやじゃない……あっ、ちがう…その…」
「気にしないで…。少しでも楽になるかと思って…」
「…なんだか、心が和らいでる…。痛みも楽に…」
「よかった…」

慶造は、ちさとの膝枕で、仰向けに寝ころんでいた。体には、毛布が掛けられている。そして、右手は、ちさとにしっかりと握りしめられていた。
リビングの入り口を見つめる慶造。先ほどまで居た男達が慌ただしく動き回っている。

「外の状況が悪化したらしいな。先ほど、大きな爆発があった」
「大きな…爆発?」

慶造は、痛む体を起こした。修司が、慶造の体をそっと支えた。

「男の話だと、黒崎組にも仕掛けたらしいが、反対にやられたらしいな」
「……おじさんは?」
「止血した。ただ、体内に銃弾が…」
「私は大丈夫だよ。…慶造君…ありがとう」
「おじさん……。外に抜ける扉…ありますか?」
「ある」

静かに言って、リビングの一カ所を見つめる父親。そこは、自分たちが居る場所から、一メートルも離れていない。しかし、少しでも動くと、見張りの男が、目を向ける。

「…私が注意を引きます。その間に、そこへ…」

慶造が言った。

「それは、私がしよう」
「おじさん…」
「沢村邸での事態は、沢村の男が対処するもの。…なぁに、昔に戻ったと思えば
 いいんですよ。あんな男達なら、すぐですよ」
「しかし、おじさん…現役を退いて、かなり長いと思いますが…」
「そろそろ十五年かな」

父親は、微笑み、ちさとと見つめた。

この娘が生まれた頃から……。

「お父様…」
「安心しなさい。その扉を開けたら、山中が来る」
「でも…」
「慶造君、猪熊君、外への道は長い。しかし、出口は庭に通じているだけだ。
 その庭の一カ所にある小さな扉から、隣の公園に出られるから」
「はい」

父親が立ち上がる。
見張りの男が銃口を向けた。立ち上がったのが、沢村だったことに驚く。

「おっさん、動けるのか?」
「動けるさ。……何やら、忙しいが、状況……悪化か?」

そう言いながら、じりじりと男へと近づいていく父親。男は、思わず後ずさりする。
慶造達は、チャンスをうかがっていた。扉までの道が出来る。

「…頼んだ」

父親が、小さく呟いた。それと同時に慶造達は、体を動かし、扉を開け、そこに通じる道へと出て行った。

「逃げるのかっ!!!」

男が気づき、銃口を向けた。

銃声。

扉の向こうに逃げた慶造達にも銃声が聞こえていた。

「お父様っ!!」

ちさとが引き返そうと歩みを停めた。

「ちさと!」

母親が言う。

「でも…」
「大丈夫。あの人は、そう簡単に倒れないわよ」
「でも…銃弾を受けて…」
「一発で、死ぬようなら、あの世界から足を洗ってないわよ」

力強い母の言葉は、ちさとの胸に響いていた。

「兎に角、庭に出るわよ。…その先にも居ると思うから。猪熊君」
「任せてください」

修司は、何かを楽しむような表情をしていた。
慶造達は、庭に向かって歩いていく……。


沢村邸のリビングでは、銃を持つ男達が、血を流して倒れていた。

「うっぐ……」
「おやっさん!!!」

沢村が、腹部を抑えながら、壁にもたれ掛かり、座り込んだ。そこへ、駆け寄るのは、山中だった。

「撃たれたのですか?」
「いいや、撃たれたのは、もっと前だ」

山中は、沢村の傷を診る。
丁寧に手当てがされていた。

「ちさと様は? 姐さんも……確か、慶造さんたちが…」
「逃がしたよ」
「なぜ、残られたんですか?」
「さぁな。…久しぶりに暴れたくなっただけ…だ。…体…鈍ってたな…」
「…おやっさん、だから、私が…」
「外は、どうなってる? 山中一人で、無茶だったろ?」
「黒崎組が、合図とほぼ同時になだれ込んで来ました。なので、こちらに」
「…兎に角、俺たちも、そこから、出るぞ」
「はっ」

山中は、扉を開け、沢村を支えながら、扉の向こうに姿を消した。



慶造達は庭に出た。修司が、辺りの様子を伺い、安全だと判断してから、慶造達を外へ連れ出した。

「本当に、厄介な状態になってるな…」

庭の向こう、玄関辺りに、うっすらと赤く光っているのが解った。それが、燃えさかる炎だと、誰もが直ぐに解る。

「こっちよ」

ちさとが、沢村邸から外へと出る扉の場所へと案内する。
その時だった。
たくさんの足音が、近づいてきた。
慶造達は、振り返り、警戒する……。



沢村邸の隣の公園。
大きな木にもたれかかっていた隆栄が、何かに反応するかのように体を動かし、沢村邸の方へと振り返った。

「…行くぞ…」
「はっ」

隆栄の言葉と同時に、桂守達は、何かに集中する。そして、同時に飛び上がり、塀の向こうへと姿を消した。



「くっ!」
「慶造っ!」
「うるさいっ!……!!!!」

ちさとの蹴りが、炸裂した。
慶造にドスを向けていた男は、真後ろに、ぶっ倒れた。

「ちさとちゃん…」

慶造は、目の前の光景に驚いたように顔を上げた。
男の攻撃に、ちさとを守ろうとドスを持つ男の手を抑え込んでいた。しかし、体の痛みから、それ程力が入らず、手間取っていた時に、ちさとの蹴り。

そういや、組の奴らに、蹴り入れてたなぁ。

初めて逢った時を思い出す慶造。

「って、慶造、何を考えてるっ!!」

軽々と男達を倒していく修司が、慶造に言った。

「任せていいか?」

慶造が修司に尋ねる。

「だから、俺の仕事を取るなっ!!……!!!!」

更に男達が駆けつけてくる。慶造達は、男達の方を見つめた。

くそっ…キリがない……。

その時だった。
駆けつけてきた男達は、慶造達の場所にたどり着く前に、地面へと倒れていく。
なぜか、静けさが漂った。

「……小島……桂守さんたちまで…」
「よっ! 遅くなった」

隆栄が、軽く手を挙げて、ニヤリと微笑んでいた。
慶造は、隆栄の姿を見て、安心したように、その場に座り込んだ。

「慶造くん!」
「慶造!」
「大丈夫だ。…ちょっと安心しただけだよ」

隆栄が慶造に駆け寄った。

「どこか、やられたのか?」
「慶造君、私の為に……」

慶造の手が、ちさとの言葉を遮った。

「まぁ、大体予想つくけどなぁ。…ほんとに、大丈夫なのか?」

隆栄が言った。

「ほっとけ」
「ほっとく」

慶造は、隆栄を見て、微笑んでいた。
屋敷から通じる逃げ道の扉が開く。

「お父様っ!」

その扉から出てきた沢村と山中を見て、ちさとが駆け寄り、抱きついた。

「無事だったんだ…」
「あいつが言ってなかったか?」

沢村は、ちさとの母親を見つめていた。

「言ってました」
「怪我…ないか?」

ちさとは、父親の胸の中で頷いた。

車のタイヤの音が聞こえてきた。急ブレーキと共に、一台の高級車が庭にやって来た。

「!!!!!!!!!」

誰もが、その車を見つめ、そして、警戒する。桂守達が、慶造達を守る体勢に入った。
ドアが開き、降りてきたのは、阿山組三代目、そして、猪熊と小島だった。運転席から降りてきた笹崎は、慶造の方へと足を向けた。
猪熊が、車の中に顔を突っ込み、一人の男を引っぱり出した。

「この状況を、どう始末付ける? あ? 千本松組の荒木よぉ〜」

三代目の拳が、千本松組組長・荒木の腹部に突き刺さる。前のめりに倒れる荒木の襟首を掴んだのは、猪熊だった。

「ほ…本当だったんだな…噂は…。沢村の娘と阿山の息子が…仲良いと…」
「折角、戻り掛けた絆を壊す奴らは…許せないな…!!!!」
「ちさとちゃん!!」

銃声。

荒木は、後頭部を撃ち抜かれ、その場に倒れた。
三代目の行動が予測された慶造は、その光景を見せまいと、ちさとの目を塞いでいた。
その慶造の目を、笹崎と修司が塞いでいた。

「俺は、平気だって…」

慶造が呟いた。

「は、はぁ…」

笹崎と修司は同時に手を放す。

「慶造君…ありがとう…」

慶造は、慌てたように、ちさとから手を放した。

「ご、ごめんっ!!」

照れたように言う慶造だった。

「小島の息子から連絡もらったけど、…兎に角、奴らを抑えないとな」

三代目は、沢村を見る。沢村の表情は、その昔、見たことあるものだった。

「その面…懐かしいな、盛康(もりやす)」
「うるさい。…何も駆けつけることないだろうが。龍慶(りゅうけい)」
「息子が居なければ、来なかったけどな」
「そう言う奴だ、お前は」
「ふん」

鼻であしらうように三代目が言った。そして、慶造に振り返る。

「お前らは、関係ない。さっさと出て行け」
「親父……」
「これは、俺たちの代での問題。子供達は引っ込んでおけ」
「俺たちも巻き込まれてるっ!」
「だから、ここからは、俺たちが引き受けると言ってるんだ」
「…俺も…」
「…それが、四代目を継ぐ者としての意志なら…尚更だ」
「…!!!」

慶造は、それ以上、何も言えなかった。

「修司」
「はっ」
「頼んだぞ」
「御意」

修司は、深々と頭を下げ、慶造に手を差し伸べる。

「笹崎、お前も行け」
「組長、それは…」

てめぇに何か遭ったら、あいつが哀しむだろがっ!

三代目の目は、そう訴えている。笹崎は、渋々承知をしたのか、頭を下げていた。そして、慶造達を守るような体勢で、歩き出す。それと同時に、武装した阿山組組員があちこちから、駆けつけてきた。そして、三代目に一礼する。三代目は、ニヤリと微笑んで、それらに応えていた。

「小島ぁ、お前らも、いい。これは、組の問題だ」

隆栄の父・小島は、振り返る。

「悪いが、私も参加させてもらうよ」
「小島…」
「俺が、慶造さんたちと一緒に居ると、ちぃぃっとばかり厄介なんでね」

いつものようなふざけた口調。それには、緊張感も解れていく。

「ったく」

小島は息子の隆栄を見つめる。

「ん?」
「桂守たちと、行け」
「親父…」
「…後は、頼んだぞ」
「親父?」

小島は微笑んでいた。

「早く行け」
「あ、あぁ」

隆栄、そして、桂守たちも慶造達に付いていこうと背を向けた時だった。

激しい銃声が聞こえた。

「組長っ!」
「猪熊っ!!!!」

その声に振り返る慶造達。
それは、さながら、スローモーションのような光景だった。
三代目は背を向けている。その背中からは、真っ赤な物が吹き出している。
三代目の前には、猪熊が立っていた。その猪熊の体を押すように三代目は手を伸ばしている。しかし、猪熊は、三代目を見つめながら、動こうとしなかった。

「親父ぃっ!!!!!!!!!!!!」

三人の声が重なった。
慶造と修司、そして、隆栄が叫んでいた。

猪熊と三代目だけでなく、小島の体からも真っ赤な物が吹き出していた。
小島の前には、不気味に微笑みながら、両手を広げる男が立っていた。その両手にある小さなナイフは、真っ赤な物を滴り落としていた。
その男は、駆けつける桂守たちに何かを投げつけて、去っていく。その何かは、白い煙を吹き出していた。

「くそっ!」

煙が消えた所では、猪熊と三代目、そして小島が力無く地面に倒れていた。


「お父様…お母様…!!」

山中の腕の中で、ちさとは、悲鳴に近い声を張り上げていた。

猪熊と三代目を狙った銃口は、沢村夫婦に向けられていた。
山中は、ちさとを守るように腕の中に包み込んでいた。その山中を守るように母親が、そして、母親を守るように父親が…。

おじさん、おばさんっ!!!

その光景に手を差し伸べる慶造。しかし、視野を遮られた。
修司と笹崎は、慶造を守る体勢に入っていた。

「修司さん、頼みました」

そう言って、笹崎が、腰の辺りから日本刀を取り出す。
しかし、その日本刀は、取り上げられ、目の前を誰かが走っていく姿が見えた。

「えっ?」

それは、一瞬の出来事だった。
三代目と猪熊に銃口を向けていた男達が、体から血を吹き出しながら、倒れていく。

まるで、昔の自分を見ているようだ…。

呆気に取られている笹崎は、思った。
更に男達が駆けつける。

「一体、どれだけ居るんだよっ!」

隆栄が叫んだ。



三代目が、首を動かした。

「…い、…い…の…くまっ………」
「…すんません……」
「…あほが……」

猪熊は、微笑んでいた。三代目も、微笑み返す。そして、別の所へ目をやった。
そこには、慶造が、日本刀を振り上げ、そして、男達を斬り倒していく姿があった。銃を向ける男達に恐れることなく、斬りつけていた。

慶造の姿に、誰もが魅了されていた。

何することなく、ただ、慶造の行動を見つめている人々。
その中で、三代目が手招き、笹崎を呼ぶ。

「はっ」

笹崎の耳元で、三代目が何かを告げていた。

「かしこまりました。…組長…」

三代目は、修司を見る。

「…修司…慶造を…頼んだぞ。…それと……すまなかった…俺の為に
 猪熊は……」

猪熊は既に息を引き取っていた。阿山組組員たちが、周りに集まってくる。

「組長……」
「修司、さっさと…行けっ!」

三代目の言葉に、修司が走り出す。
隆栄が、日本刀を振り下ろす慶造を見つめ、その慶造を止めようと駆け出した修司を目にした途端、声を張り上げる。

「猪熊っ! 阿山は敵味方の区別がついてないぞ!!」

隆栄の言う通りだった。慶造は、止めに入る修司を睨みつけ、日本刀を振り上げていた。修司は、素早く避ける。

「慶造!!」

振り下ろされた腕を押さえる修司は、慶造を見つめた。
その目には、生気を感じない。
自分の意志とは無関係に、体が動いている様子。

「慶造、目を覚ませ! 慶造っ…!!! うわっ!」

慶造の蹴りが、修司の背中に入る。バランスを崩した修司は、慶造が振り上げた日本刀を見つめていた。

もう、止められない…。

斬られる覚悟を決めたときだった。
慶造を腕に包み込んで、押し倒す隆栄の姿を目にする。

「斬られる覚悟する奴が、おるかっ! このバカがっ! 阿山っ! 斬るなら俺を斬れ!
 ここだ」

そう言いながら、日本刀を握りしめる慶造の腕を掴み、刃を自分の首にぴったりと付ける隆栄。
醸し出されるオーラは周りを静かにさせるほど…。
慶造の目に生気が徐々に蘇っていく。

「…小島……」
「阿山…戻ったか…。よかった……」

慶造の腕から手を離し、項垂れる隆栄。

「…斬っていいのか?」
「…やめれ、あほ」

慶造の言葉に慌てて慶造の腕を掴む隆栄だった。
慶造は自分の手に目をやった。
真っ赤に染まっている……。

「俺……」
「終結。お前一人で倒したんだよ」

慶造は体を起こし、辺りを見渡した。
沢村邸の素敵な庭は、一面、真っ赤に染まり、所々に固まりがあった。

「……親父っ!」

思い出したように立ち上がり、人だかりの場所へと駆け出す。阿山組組員をかき分け、中央へとやってきた慶造は、目を覆う光景を見てしまう。

父親、そして、その側には猪熊の無惨な姿が…。

「親父……。笹崎さん…」

笹崎は、ゆっくりと首を横に振った。

「慶造さん…いいえ、四代目…、ご指示を」
「…誰が…四代目だって?」

いきなりの笹崎の言葉に、疑問を抱く慶造。

ま、まさか…。

「慶造さんです。三代目のお言葉です。跡目…阿山組四代目は、慶造さんだと」
「お、俺は…」
「敵を一人で倒した姿。四代目に相応しいものでした。それを見て、三代目が
 おっしゃったんです。四代目…ご指示をお願いします」
「指示…? 何の?」
「この場をどうすれば、よろしいんですか?」

笹崎が尋ねる。

「…引き上げる。全員、引き上げろ。そして、本部で待機だ」
「はっ」

慶造の言葉に従うように組員たちは、素早く動いた。そして、もう動かない猪熊の体と、三代目の体を側に止まった車に運び込む。笹崎は、組員に指示を出した後、慶造の側にやってきた。修司と隆栄もやってくる。

「慶造…」

呼びかける修司に振り返る慶造。

「四代目だって…俺…。跡目…継いじゃった…」

微笑む慶造。その目は哀しみに包まれていた。

「慶造……いいえ、四代目」

修司の慶造を呼ぶ言葉が変わる。慶造は、伏し目がちになった。ふと視野に飛び込んだのは、山中に支えられるように立っているちさとの姿。

「ちさとちゃん…」
「慶造くん…」

ちさとに話しかけようとした慶造。その時、サイレンの音が聞こえてきた。

「遅い…」

隆栄が呟く。

「慶造さん、早くこの場から去って下さい。後は、私が」

山中が、慶造達に促した。

「しかし…」
「任せてください。…阿山組のことは、伏せます」
「…よろしく…お願いします。…ちさとちゃん」

慶造は、手を差し伸べ、山中に支えられているちさとを抱き寄せた。

「ごめん…」

ちさとの耳元で、静かに言う慶造。ちさとは、その言葉と含まれる気持ちに涙を流してしまった。

「気を付けてね…」
「うん」

ちさとから離れた慶造。

「こちらです」

山中が、抜け道の扉を開け、慶造を招いていた。修司が、慶造の手を掴み、抜け道へと連れてくる。ちさとに振り返りながら、慶造の姿は、抜け道へと消えていった。
赤色回転灯を付けた車が沢村邸へと入ってくる。邸内は、赤い車と白と黒の車で埋め尽くされていった。

「ちさとお嬢様…」

山中の腕の中で震えるちさと。見つめる先には、厳しさの中に優しさが含まれていた父親と、優しさ溢れ、常に心配してくれた母の冷たくなった体が横たわっていた。



少し離れた場所に待機していた車の側まで駆けてきた慶造達。

「…守れなかった……俺……」

血でどす黒く汚れた手を見つめる慶造。その慶造が、突然、力が抜けたように倒れてしまった。

「慶造っ!!!」

修司の声が、遠くに聞こえる慶造。

…慶造…? 四代目…? 俺…どっちだっけ……。




深い深い所へと吸い込まれる体。
慶造は、もがいていた。
暗がりの中に、小さな灯りを見つけ、手を伸ばす。
まばゆいくらいの光が、慶造を襲う。
必死で逃げる慶造は、目の前の扉を開けた。


目を覚ました慶造。目に飛び込む景色は、病院の天井だった。

「嫌な天井だ…」
「お目覚めですか、四代目」

その声に、体を起こす慶造。

「まだ、起きてはっ!」

笹崎だった。

「笹崎さん…」

そうか、俺…四代目を継いだっけ…。…親父…。

「親父は?」
「意識不明の重体です」
「逢える?」
「その体では無理です。…どうして、おっしゃって下さらなかったんですか。やつらに
 百叩きを受けたと…。修司くんから聞いて驚きました。倒れるまで、いつもの
 慶造さんだったので…あっ、四代目」
「あの状況下での話でしょう? まだ、正式に継いだわけでは…」
「本部では、その準備を始めてます」
「えっ? だって、親父…」

笹崎は、懐に入れている何かを慶造に手渡した。そっと受け取った慶造は、それを見つめた。

「…そういうことですか…」
「はい。あの時の三代目のお言葉です。退院後、すぐに襲名式を…」
「猪熊さんは?」

思い出したように尋ねる慶造。

「既に葬儀を済ませました」
「あれから、何日経ってる?」
「五日です」
「…そんなに、寝ていたんですね…」

慶造は、目を伏せる。

「…修司……」
『はい』

慶造の呟きに反応したように返事する声が聞こえ、病室の扉が開き、修司が入ってきた。

「…何してんだ?」

驚いた様に慶造が尋ねる。

「仕事」
「仕事って、お前…」
「俺の仕事だ。四代目を守る…そうだろう?」
「お前まで、俺を四代目と呼ぶのか?」

慶造は、寂しそうな目をして、修司に言った。

「それが、仕来りだろ?」
「それでも、お前と小島だけには呼ばれたくない」
「…解った。襲名式が終わるまで、いつものように呼ぶよ」
「どっちにしろ、四代目と呼ばれるのか…」
「ケジメだ」
「……そうだな。…ケジメだ…」

フッと笑う慶造。

「小島は?」
「それがな…。あの事件の次の日から連絡が無い。姿も見せないんだよ」
「……自宅には?」
「居ない。もぬけの殻」
「地下もか?」
「桂守さんたちも居ない。人の気配すら感じない家になってる」
「小島のおじさんも…」
「あいつ、泣きもせず、笑ってやがった」
「…強がりなんだな」
「そうだな」
「……ちさとちゃんは?」
「事情聴取を受けたらしい」
「おじさんとおばさんのことは?」
「静かに葬儀した。慶造が目を覚まさなかったから、俺が代わりに見届けた」
「ありがとうな…」
「今は、沢村邸の近くにあるワンルームマンションで暮らしてる。隣には
 山中さんが住んでるから、安心しろ」
「大丈夫なのか?」
「ちさとちゃん…もちろん、哀しんでるよ」
「……逢いに行く」

慶造はベッドから降りるが、足に力が入らず、その場に座り込んでしまった。

「無理するな。想像以上に酷いんだぞ!」

修司が慶造を支え、ベッドに寝かしつけながら言った。

「心配だろが…。俺……」
「あと二日は我慢しろ。絶対安静なんだからな」
「すまん…。その…親父…」
「今夜、変化がないなら、もう…」
「……解った…。少し…寝るよ…」
「あぁ」
「笹崎さん、暫くは…」
「ご心配なく。ごゆっくりお休み下さい」
「…うん……」

静かに返事をして、慶造は深い眠りに就いた……。




沢村邸跡地。
そこに一台の車が到着した。その車に乗っているのは、四代目を継いだ慶造と、側近の笹崎だった。
通い慣れた屋敷の門は壊れ、瓦礫となっていた。その向こうに広がる景色もそうだった。
荒れ地となり、瓦礫の山…。

「あの後、山中さんが、証拠隠滅の為に、爆破したそうです」
「…そうなんだ…」

車は奥へと入っていく。

「四代目」
「…あまり、呼んで欲しくないな」
「ケジメだと…」
「解ってるけど…」

車が停まった。
ふと見つめた瓦礫の山。そこには、沢村の屋敷があった場所。

ちさとちゃん…。

「四代目、あれ…」

笹崎が指をさした所。そこには、ちさとと山中の姿があった。慶造は、慌てて車から降りていく。
二人は、慶造の姿を見て、振り返った。

「慶造君…」
「ちさとちゃん。…マンションに居なかったから……!!!!!」

ちさとは、慶造の姿を見た途端、涙を流し、そして、慶造の胸に飛び込んできた。

「…逢いたかった…」
「…俺も…」

慶造は、ちさとを腕の中に、優しく包み込んだ。


瓦礫の山に登り、瓦礫を取り除いている山中と笹崎を見つめながら、慶造とちさとは、話し込んでいた。

「そうなんだ」
「うん。…山中さん、すごく恐縮そうにして…」
「まぁ、事態が事態だっただけに、無理だったんだろうなぁ」
「そうなの…」
「ちさとちゃんの部屋って、あの辺りだっだっけ?」
「山中さんが言うには、崩れ方から考えると、あの辺りだって」
「ふ〜ん」

そう言って、瓦礫を昇ろうと足を上げた慶造。

「駄目ですよ。まだ、完治しておられないんですから」

瓦礫の上から笹崎が叫ぶ。

「えっ?」

ちさとが驚いたように声を挙げた。

「ん?」
「…完治したと思った…。だって、慶造君、いつもと変わらないから」
「……まだ、痛むけど…ちさとちゃん程じゃないし…」
「……慶造君…ごめんなさい」
「??」
「…私より、慶造君の方が、哀しそう……」
「えっ? 俺が?」

ちさとは、そっと頷いた。

「確か…四代目を…」
「仕方のないこと。…こうなること、解ってたから、反発してただけだよ」
「慶造君…」
「こんな、やくざな俺だけど……これからも付き合ってくれるかな…」
「……どんな慶造君だって、慶造君には変わりないから。…好き……」

ちさとは、最後の言葉だけ、呟いていた。
その言葉は、慶造に聞こえていた。

「ありがと。…ようし。…ちさとちゃん、俺も探すよ」
「えっ、でも……」
「大丈夫だって」

素敵な微笑みをちさとに見せ、慶造は瓦礫を昇っていった。山中たちと一緒に、瓦礫を取り除いていく。

慶造君……。

涙で潤む目で、慶造を見つめるちさとだった。



小島家の前に、修司が立っていた。

小島を頼む。

慶造の言葉だった。

「修司くん!!」

小島の彼女・美穂が駆けつけてくる。

「連絡あったの」
「連絡?」
「隆ちゃんから。もうすぐ帰ってくるって」
「どこに出掛けてたんだ?」
「雪が激しく降るところって」
「……まさか、あいつ…東北に?」

あの日の光景が脳裏を過ぎる。
小島の父親は、細いナイフを両手に持った男に殺された…。
あの動き、そして、姿。
以前、桂守から聞いたことがあった。

東北に居る殺し屋…原田勇治(はらだゆうじ)…。
忍者のように身が軽く、殺しにかけては、右に出る者がいない…。

「ったく……。慶造の心配をよそに…」
「修司君、どうするの? 慶造君、停学処分なんでしょう?」
「……成績優秀だったから、卒業は、させてもらえる。しかし、四代目となった今、
 危険だと言って、登校するなと…停学処分じゃなくて、休学だ」
「ひどいよね、学校って」
「慶造が望んだことだ」
「慶造君、楽しんでたのに…」
「…それより、慶造が言ってたけど、本当にいいの? 美穂ちゃん」
「うん! 免許取ったし、資格あるから、開業できるって」
「慶造に伝えておくよ。………帰ってきたな…」

通りの向こうから、隆栄が歩いてきた。美穂が駆け寄り、隆栄を抱きしめる。
なんとなく、大人びた雰囲気の隆栄。

「よぉ、猪熊ぁ」
「……よぉじゃねぇよっ! こんの…心配させやがってっ!」

修司の拳が、隆栄に飛ぶ。隆栄は、それを片手で受け止めた。

「…っつー…。美穂ちゃん、頼むよ」
「解ってる。手荒くしてあげるから」
「あのなぁ」
「…小島、お前、まさか…」
「ん? …楽勝、楽勝! ついでに、破壊活動もしてきたから、当分、こっちに
 足は向かないだろうな。それと、地山一家には、話を付けてきた」
「はぁ?」
「ちゃんと報告するから、阿山に…っと、四代目に伝えてくれよ」
「解ったよ。…でぇ、明後日、期末テストだけど…」
「範囲も教えてくれよ」
「解ったよ、ったく、人使い荒いな」
「うるさぁい」
「はいはい」

そんな話をしながら、小島家へ入っていく隆栄、修司、そして、美穂だった。




『見つけたっ!』
「慶造さん、大丈夫ですか?」
『大丈夫。ちさとちゃんの部屋は、そのままの形に残ってる。他に何を持って出る?』
「そうですね…」

瓦礫を取り除き、そこに出来た空洞。そこから、慶造が中へ入っていった。そこは、ちさとの部屋だった。
ちさとが、探していたもの。それは、慶造からもらったオルゴールだった。

『取り敢えず、持てるだけ持って出るよ』

瓦礫の中から、嬉しそうな慶造の声が聞こえてくる。それに反応するかのように、ちさとの表情が和らいでいた。

ちさとお嬢様……。

あの日以来、久しぶりに見るちさとの微笑み。山中は、嬉しそうに微笑んでいた。
空洞から、手と同時に、色々なものが出てきた。
全て猫グッズ……。
どれも、ちさとが大切にしていたものだった。

『それ以上、無理だから』

そう言って、慶造が出てきた。慶造が手に持っているもの。それは、ちさとと父、そして、母の三人が写っている写真。それは、山中が撮影したものだった。
驚く表情をしている山中に、立ち上がって服に付いた埃を叩きながら、慶造が言った。

「ちさとちゃんの思い出でしょう?」
「……えぇ」

山中は、懐かしむように、その写真を手に取る。

おやっさん……。

涙を堪えるように唇を噛みしめる山中。

「降りましょう」

そんな山中に、優しく声を掛ける慶造だった。

たくさんの猫グッズ、そして、オルゴールを手にして、瓦礫から降りてきた慶造達。

「……ありがとう!!!」

ちさとは、探していたものを全て持ってきた慶造に感謝する。
どれも、思い出深いもの。
ちさとの部屋で、遊んでいた時、ちさとは、それぞれの猫グッズの思い出を慶造に話していた。その時の表情を見て、慶造は、どれが、ちさとの心を和ませるのか、すぐに解ったのだった。そのことを思い出しながら、選んで来た物。

「あとは…」

慶造の言葉に、ちさとは首を横に振った。

「これだけで…いい。…後は、みんなの…笑顔……それだけで充分だから…」

今にも泣きそうなちさとを慶造は、思わず抱きしめてしまう。

「…守るから…」

慶造の呟きは、ちさとの心に響いていた。

「慶造君……お世話になります…」

柔らかい声は、慶造の何かを閉じこめた。



(2003.12.20 第一部 第十五話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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