第一部 『目覚める魂』編 第三話 慶造の力量 それが、普通だったらしい。でも、周りには、普通には見えないんだなぁ。 高校生になり、制服も新たなものになった。慣れないネクタイに戸惑いながらも慶造は、部屋を出た。 「行ってらっしゃいませ」 「行ってきます」 無愛想ながらも優しい声で挨拶をする慶造。 玄関で靴を履いている時、父親がやって来た。 「早いな」 「おはようございます。いつもと同じですよ。なんでしょうか」 慶造の目の前に父親が何かを差し出した。 「?? なんです?」 「修司に渡しておけ」 「はい。…中身は?」 「これから必要になるものだ。猪熊の奴に渡したけど、遠慮するんでな。 お前からだと、受け取るだろ」 「かしこまりました。行ってきます」 慶造は、荷物を持って玄関を出た。門へ向かう途中で、猪熊と会う。 「おはようございます。修司の奴、門で待ってますよ」 「そうですか。入ってくればいいのに」 「それをすると、あいつ、休みますよ」 「それもそうですね。行ってきます」 「お気を付けて」 慶造が門を出ると修司がそこに立っていた。 「おはよ。これ」 荷物を手渡された修司は、何も考えずにそれを受け取った。 「なんだ?」 「さぁ。親父から」 「組長が?」 「あん。お前に渡せってさ」 「はぁ、ありがとう」 二人は、高校へ向かって歩き出す。 「おはよぉん」 「……朝から力が抜ける。やめろ」 小島だった。 「……って、お前なぁ、家は、高校の向こうだろがぁ、なんでここに居るんだ?」 「いいだろぉ、お前に、朝一で会いたいんだもぉん」 と言いながら小島は、慶造の肩に手を掛ける。 ドッ…。 慶造の肘鉄が小島の腹部に入る。 「ほんまに、冗談が通じないんだからよぉ」 「うるさい」 「おっ、猪熊、なんだよ、それ」 「組長からだって」 そう言いながら、修司は荷物の中身を見た。 中には、ベビー用品が入っていた。それを見て、修司は、歩みを停める。 「どうした、修司。何が入ってた?」 慶造も覗き込む。…慶造も硬直…。 「…確かに…必要だろうけど…、まだ、先だろ…ったく…親父の奴…」 「お礼、言わないと」 「俺から言うよ」 「帰り寄るよ」 「あぁ」 修司と小島が、慶造を追いかけるように歩き出す。 休み時間。 慶造と修司、小島の三人が、廊下を歩いているときだった。 「よぉ、お前が、阿山?」 声を掛けられ振り返る。そこには、いかにも不良ですと言わんばかりの雰囲気を醸し出す生徒が五人。 「これで、何人目だよ。高校生になった途端、ふっかけてくるのは…」 小島が呟く。 「慶造、どうする?」 「知らん」 声を掛けてきた人物を見て、呆れたように息を吐き、再び歩き出す。 「待てよっ!……!!!!」 慶造の肩に手を掛けようとした生徒。その手を修司に掴まれていた。修司は、そのまま相手の胸ぐらを掴み上げ、壁に押しつけた。 「猪熊」 冷静な声で慶造が言った。もちろん、修司は、手を離す。 「俺に用があるのか?」 「お前、この学校を仕切ってるんだろ?」 「いいや、学級委員をしてるだけだが…。生徒会なんて興味は無いし、 学校を仕切る理由もないんだけど…」 「色んな奴から話を聞くんだがなぁ。俺たちとグループにならないか? 確か、暴れ好きなんだろ?」 『猪熊ぁ、どっから、そんな話になるんだ?』 『知るか。小島のことだろ? 慶造は、大人しいぞ』 『そういう猪熊のことだろ?』 『俺は、校内では暴れないぞ』 『その面じゃないか?』 『小島…お前なぁ』 「そんな気持ちもないな。俺は一人で居る方がいい」 「後ろの二人は?」 「知るか。勝手に付いてくるだけだ」 って、慶造、冷たいなぁ。 『…こいつら、阿山の身の上を知らないみたいだぞ』 『みたいだなぁ。…慶造、どうする?』 『放っておく』 「じゃぁ、これで。…あぁ、それと、あまり、周りに迷惑掛けるなよ。 みんなおびえてるぞ」 そう言い残して、慶造は歩き出す。 「だから、待てって!! …!!」 慶造の腕を掴もうと手を伸ばす生徒。しかし、その手は、慶造の腕を掴まず、背中を押す形になっていた。奇しくもそこは、階段。慶造は一段下りた時に、背を押され……。 「慶造っ!」 「阿山!!」 慶造は、階段を転げ落ちてしまった。 「……っつーー…」 受け身の体勢を取ったものの、壁で腕を強打してしまった。修司と小島が、不良達に振り返る。醸し出される雰囲気…それこそ、怒り……。不良達は、慌てるように逃げていく。 「阿山君、大丈夫?」 「阿山君!!」 階段の下では、この様子を見ていた生徒達が集まり、特に女生徒が慶造の周りに集まっていた。 「大丈夫だから」 そう言って立ち上がる慶造。足に激痛が走った。 「慶造。足、ひねったのか?」 修司が慶造の足下に跪き、足を診る。少し腫れていた。 「他に、どこか…腕、打ち付けただろ?」 次は、腕の様子を診る。 慶造と修司の姿は、周りに集まった者達には異様に見えていた。 主従関係。 それを目の当たりにした気分だった。 「修司…やめろ」 修司の腕を払いのける慶造。 「慶造?」 「周りが見てるだろ」 その声で、周りの目に気が付く修司。思わず慶造から離れた。 「大丈夫、大丈夫。二人の関係は、この学校に古くから居る者はみんな知ってる。 ただ、今まで見たことのない二人の姿を見て、珍しいものを見た気になってる。 それだけのことだよ。…って、阿山?」 小島がいつもの口調で説明したが、慶造にとっては、気に障ることだったようで…。 無表情のまま、歩き出す。 「くそっ…」 足の痛みは、激しいようで、流石の慶造もその痛みに耐えられないのか、壁にもたれかかった。 「慶造!」 「…猪熊、保健室に行くのが先だろ」 「そっか」 「あのなぁ」 慶造の事態に焦っているのか、修司は判断力を失っていた。 「…猪熊…出直してこい…」 「えっ?」 「出直して来い」 「慶造さん…」 慶造は、冷たく告げて、修司に背を向けた。そして、一息ついてから歩き出す。 「って、おい、阿山ぁ、どこに行くんだよ」 「保健室」 「付いていくぞ。…って、猪熊、行くぞ。…猪熊?」 修司は、先ほどの慶造の言葉に、衝撃を受けたのか、頭を抱え込んで座り込む。 誰もが想像していなかった光景に、何も言えなくなった。 女生徒の何人かは、慶造を心配して付いていく。修司と話した事のある男子生徒はその場に佇んでいた。 「猪熊、大丈夫か?」 「…ほっといてくれ…」 そう言って修司は、周りの生徒達を押しのけて、走り去ってしまった。 「猪熊っ!!!」 「阿山君」 「大丈夫だから。ありがとう」 女生徒たちに背を向けたまま、慶造は優しい声を掛けて保健室へ入っていった。 「阿山君、どうした?」 「すみません。足を滑らせて階段を転げ落ちてしまって…」 「足、ひねった?」 「そうみたいです」 慶造を椅子に座らせ、足を診る保健室の先生・成川。若くて二枚目の男性の先生だった。慶造の後を付いてきた女生徒は、慶造だけでなく、この保健室の先生も目当てだった。 成川は、常に側に付いている修司の姿が見あたらないことを気にして、慶造に尋ねる。 「猪熊君は?」 「おひまを」 「おひま?」 「あれ程、私のことを敬わないようにと言っているのに、私が階段から 落ちた後、そのような態度に出たもんだから…。いつもなら、 そんな態度をしないのに…それに、すぐにここへ連れて行こうと するんですが…。恐らく、何かあるんだろうと思って」 「そうだろうね。確か、彼女が妊娠してるんだよな」 「春子ちゃんです」 「ほんと、やること早いというか、驚きだよなぁ。よく聞く話だけど、 意を決して父親になろうとするんだからなぁ」 成川は、湿布を貼って包帯を巻き始めた。 「……そうだった。修司…俺だけでなく、春子ちゃんの方もだった。 つわりで大変だと言ってたからな…。…俺……俺の方が落ち着きを 失ってたか…。修司に悪いこと言ってしまった…」 「阿山くんらしくない。どうしたんですか?」 「…高校生になって、やたらと喧嘩をふっかけてくるから…」 「高校は、外から入ってくる生徒が増えるからね。阿山君の家庭事情を 知らない連中も多いだろ?」 「先ほどふっかけてきた桜井さんたちは、知らない感じでしたね」 「まさか、それで、足を滑らせた?」 「……面倒くさいと思って背を向けた途端、私の腕を掴み損ねた手で 背中を押されましたよ。それで」 成川は、他に怪我をしていないかを確かめるため、慶造の服を剥ぎ取った。 胸の傷。その話を知っている成川。 「傷は、もう痛まないか?」 「時々うずきますが、大丈夫です」 「腕も打ったね」 「壁に思いっきり」 慣れた手つきで湿布をして包帯を巻く成川。 「それにしても、学内は大人しくなったなぁ。昔は、凄かったらしいよ。 阿山君の父も、ここ出身だろ?」 「はい」 「その頃ですよ。ほら、阿山組の二代目の豪傑。それが学校内でも影響して 阿山君の父は、大変だったらしいよ。誰もが冷たい目線を送っていた。 それなのに、いつも明るく過ごしていたって。阿山君もそうだよね」 「至って冷静に過ごしているつもりですが…明るいですか?」 「明るいというか、何も問題を起こさない」 「親父に迷惑が掛かるから。…人に迷惑を掛けるなと常に…」 「それは、君の父が常に言っていた事だよ」 「親父が?」 「そう。…詳しいことは、お父さんから聞いた方がいいかな」 「あまり、親父とは話しませんから」 「一度、じっくり話しておいたほうがいいよ。…こんなことをいうと、 阿山君は、怒ると思うけど、極道界は、いつ命を奪われても可笑しくないだろう? そんな世界で生きているんだから。…話せるうちに、話しておいた方がいい。 これは、私たち一般市民にも言えることだよ。…親孝行、したいときに 親は無し。…というだろ?」 「でも…。親父は、親父らしさを見せませんから」 「……まぁ、兎に角、猪熊君には、ちゃんと伝えないと駄目だからね」 「はい」 「教室まで歩ける?」 「大丈夫です」 「なるべく使わないように」 「ありがとうございました」 保健室を出た慶造。すでに授業が始まっているのか、廊下は静かだった。慶造は、ゆっくりと教室へ戻る。教室の後ろのドアを開けた。 「阿山。大丈夫か?」 教壇に立つ先生が声を掛ける。 「ご心配お掛けしました」 慶造は、自分の席に目をやる。その後ろの席には誰も座っていない。席に座るとき、小島に声を掛けた。 「修司は?」 「あの後、どっかに行った」 「…なんで、引き留めないんだよ!」 小島に怒鳴って、慶造は教室を飛び出した。足が痛むはずなのに、走っていった。 「阿山っ!! 先生、追いかけますから」 小島も追いかけていく。 いきなりの行動に、誰も何も言えず、教室内は静まりかえっていた。 慶造は、学校内を走り回る。そして、授業中にも関わらず、校舎の隅でたむろする不良達に声を掛ける。 「猪熊を見かけなかったか?」 「いいや。何か遭ったのか?」 「ちょっとな。ありがとう」 慶造は走っていく。 「あれ、阿山って確か、桜井に階段から突き落とされて怪我したって…」 「そうだよな。…ってことは、保健室に居る間に、猪熊が桜井に?」 不良達の脳裏に何かが過ぎる。興味津々に立ち上がり、慶造が向かっていった場所を目指して走り出す。 少し走ると同じように校舎の影から出てくる別グループの不良達。誰もが興味津々な表情をしている。 その先には慶造が走っている。その足が止まった。 「猪熊っ! お前、何を考えているっ!!」 慶造が、見つめる先。そこには、桜井達が地面でうずくまっている姿があった。地面に横たわる桜井に足を振り上げた修司の姿。慶造が怒鳴ったことで、修司は、足を地面に降ろす。 「猪熊…ここで問題を起こすなと言ってるだろがっ!」 慶造の拳が、修司の腹部に突き刺さる。その拳は、修司の頬に飛ぶ。そして、足で修司を蹴り上げた。 「慶造…」 慶造は、修司の胸ぐらを掴み上げた。 獲物を狩るような鋭い目で修司を見る。 初めて見る慶造の目。それには、周りの不良達よりも、修司が一番驚いていた。 体が動かない……。 「あいつらは、兎も角、桜井たちは、何もしてないだろが」 「慶造を階段から…」 「故意じゃないだろ!」 「それでも、逃げた…」 「人としては、悪い行動だが、突然のことに慣れてない者にとっては、 そうするしかないだろ? あのような奴らは特に。だからといって、 この行動は、良くないだろう? …俺、言ったよな…出直してこいって それが、…これか?」 「俺の気が済まない」 「俺の言葉に従えないのか?」 「従える。だが、これだけは…」 「猪熊……お前……!!!!」 慶造が修司の胸ぐらから手を離したかと思った瞬間、目にも留まらぬ早さで修司に拳を見舞う。修司は、ただ、打たれるだけだった。抵抗もせず、急所を守ることもしない修司。 「猪熊、どうして、抵抗しないんだよ」 「できない」 「お前の気持ち、解ってる。そういう行動に出たくなるのもな。 だけどな、俺は言ってるだろ? 絶対に迷惑を掛けるなって。 校内は…極道の世界とは違うと。あいつらを相手にしても、 こっちが迷惑するだけだと。……お前は、それを解ってると 思っていた。なのに……なんでだよっ!」 慶造の差し出した、一発の拳。それは、修司の体を吹っ飛ばした。 ドッサァー!! 地面を滑り、壁にぶつかる修司の体。それは、すぐに起きあがる。 慶造が、修司目掛けて走り出し、再び拳を突き出した。 「うぐ……ぐはっ!」 血を吐き出す修司は、前のめりにゆっくりと倒れる。 修司の体を冷たく見下ろす慶造。その目線が、桜井たちに移動する。 あまりの早さで何が起こっていたのか解らない桜井や不良達。何事にも冷静な慶造が、初めて見せた怒りの感情。その場に居る誰もが息をのむ。 「…で、桜井…俺をグループに引き込んで、どうするつもりだ? そこにいる 奴らとやり合うつもりか? お前は知らないんだろうな。お前ら不良たちは、 俺を仲間に引き込もうなんて、考えないんだよ。俺の素性を知っている 者達はなぁ。…だが、猪熊が手を出したことに対しては、謝る。 俺の言葉を聞かずに、このようなことを…。すまなかった。この通りだ」 慶造は、深々と頭を下げた。 桜井達は、慶造に近づいてくる。 「頭下げられるだけじゃ、気が納まらないなぁ」 桜井が慶造の胸ぐらを掴み上げた。 「俺たちに、一発殴らせろや」 「……好きにしろ」 そう言って、目を瞑る慶造。慶造が、抵抗をしないと解った桜井は、拳を振り上げた。その拳が慶造の頬に当たる寸前、それを受け止める者が居た。 「…てめぇ、慶造に、これ以上傷を付けてみろ…。ガキでも容赦せんぞ」 修司が、受け止めた桜井の拳を握りしめる。 「それになぁ、無抵抗の人間に拳を向けるような奴には、慶造は 手を貸さない。だから、お前の話を聞こうとしなかったんだよ。 それも解らないのか?」 「い、猪熊…手…離せ…痛いっ」 桜井の拳が妙な音を立てた。 「ぐぉぉっ!!」 修司が手を離すと同時に桜井は、痛さで座り込む。 「猪熊…手ぇ出すな」 「ばかやろ。お前に傷を付けてみろ。怒られるのは、俺だろが! 俺は、お前を守る立場だ。なのに、怪我をした。それだけでも、俺は…」 「修司…。この怪我は、お前の責任はない。俺が足を滑らせただけだ。 ただ、その時に、桜井の手が触れただけなんだよ」 「慶造…。だから、俺…を?」 「暫く、俺から離れろ。春子ちゃんに付いてやれよ。だから、逢うのは、 校内だけだ」 「登下校も一緒だろ?」 「あぁ。そうだな」 「慶造さん…本当に申し訳御座いませんでした」 修司が深々と頭を下げた時だった。目の端に光る物が映った。目をやると、そこには、ナイフの先が…。 「てめぇら、本当に、許さない…」 桜井の後ろに居る不良達がナイフ片手に立っていた。 「うりゃぁっ!!」 慶造と修司を襲おうと近づいてきた不良達。 金属が弾き合う音がした。 「小島…」 小島が不良達のナイフを弾き飛ばしていた。その手にあるのは、ドス…。 「これ以上、阿山を困らせると、俺が怒るけど…いいのかぁ?」 ニヤリと口元をつり上げ、ドスを握る手をゆっくりと振り上げる小島。桜井達は、思わず、その場を逃げていった。 「大丈夫か? …って、猪熊、ひどくやられたなぁ。阿山、やりすぎだぞ」 「そんな物騒な物…出すなと言ってるだろがっ!」 「お前の危機には使うと言ったろ?」 「あのなぁ…」 小島の乱入で、その場は納まったかと思われたが…。 「って、慶造、お前、怪我っ!」 包帯を巻いた足首と腕。修司の事ばかり考えて、自分の怪我のことをすっかり忘れていた様子。 「猪熊、内臓をやられたか?」 「これくらいは、大丈夫だよ。親父にいつもやられてた」 「…だから、抵抗しなかったのか?」 「俺が悪いしな」 「ったく………こ、小島?」 「暴れるなよ」 小島は、軽々と慶造を背負い、歩き出した。そして、その場を去っていった。 追いかけてきた不良達は、唖然としたまま、立ちつくしていた。 再び保健室。 慶造の怪我だけでなく、修司の具合も診る成川。 「一度、医者で診てもらうように」 「ありがとうございます」 修司が応えた後、ちらりと慶造を見つめていた。慶造は、無表情で俯いている。その時の考えは解る。 自分を責めている。 掛ける言葉を探す修司。しかし、小島は、いつもと変わらない態度で慶造に話しかけた。 「なぁ、阿山」 ちらりと目線を小島に移す慶造。 「帰ろっか。この後、授業ないし、体の不調っつーことで」 「まだ、午後の授業が残ってるだろ。教室に戻る。成川先生、修司を お願いします。放課後まで寝かしてください。帰りに病院に行きますから」 「今からの方がいいと思うよ」 「それなら、小島、お前に頼むよ。俺は、教室に行く」 慶造は保健室を静かに出て行った。 「俺……。慶造さんに悪いことをしてしまった。どうしたら…いいんだよ」 「阿山君の気持ち、解ってるんだよね、猪熊君」 「守るな。友達で居てくれ…。俺のどこが、悪かったんだよ」 「猪熊の仕草だよ。阿山の足を診るのに、跪いただろが」 「付かないと診れないだろ?」 「すぐに保健室に連れて行くのが、当たり前の行動だ」 小島が言った。 「…そうだったな…。俺……最近、おかしいよな…」 「疲れてるだけだよ。暫く、家でゆっくりすればいい。猪熊君」 「成川先生…」 「帰りは、小島君に任せればいいよ」 「慶造さんを一人にはできません」 「あのなぁ、ここに居る間は大丈夫だよ。…女達が周りに集まるから」 小島の言葉に、その場が凍り付く。 「小島…お前なぁ」 猪熊のこめかみがピクピクする。 「では、帰ります。先生、あと、宜しく」 小島は、修司の手を引っ張って、保健室を出て行った。 靴を履き替え、門を出る。 「…よぉ、小島…って、言ったかな? さっきは、どぉも」 先ほどとは違い、大きな態度に出る桜井達。その後ろには、黒服を着た男達が立っていた。 「いかにも、やくざ…だなぁ、猪熊」 「そうだな、小島」 「で、…どうする?」 「どうすると言ってもなぁ」 「校門出たし、ここは、外……だよな、猪熊」 「外ですね」 小島と猪熊は、顔を見合わせる。 「…桜井くぅん、何をするつもりですか?」 小島が尋ねた。 「猪熊と小島にお礼なんだけどなぁ。特に、俺の骨を砕いた猪熊に、たっぷりと」 「…お礼は…遠慮するよ。じゃぁな」 小島と猪熊が歩き出す。その目の前に立ちふさがる男達。 「どこ行くのかなぁ、僕たちぃ」 男の手が、小島と猪熊の胸ぐらを掴み上げる。ふと目に入った胸のバッチ。それは、阿山組系を示す物だった。 「阿山組…」 「その通りだ。わしらのボンに何さらしたんじゃ?」 「忠誠心強いのですね、おじさんは」 小島が言う。 「当たり前だ」 「阿山組で、一番偉いのは、誰ですか?」 「三代目だな」 「その息子は?」 「もちろん偉いに決まってるだろ」 「もし、その息子に怪我させたら?」 「そりゃぁ、わしらのおやっさんが指つめだな」 「…だってよ。桜井、どうする? ここまで言って、まだ解らないなら、俺か 猪熊の口から、三代目に伝えるけど…」 小島の言葉に、男は手を離した。 「ど、どういうことだ?」 「そういうことだよ、おっさん。桜井の奴、阿山に怪我させたんだよ。 それで、猪熊がお礼をしただけだ。…まぁ、無抵抗の人間に 拳を振り上げたんでなぁ。…それで…どうするんだ?」 「…ボン…本当のことですか?」 「…知らない。…阿山……阿山…って…」 桜井の目が驚いたように見開かれた。 「猪熊、小島。お前ら、何言ってんだよ、あ? 俺は自分で滑り落ちたと 言ってるだろ。それに、校門を出たからと言っても、ここは学校だ。 そんな近くで…何さらすつもりじゃ…。…もう、これ以上、俺を 困らせないでくれ。…それと、鳴海さん。知らなかったとはいえ、 これは無いでしょう? ……親父の顔に…泥を塗るんじゃねぇよ」 うわぁ〜慶造…不機嫌……。俺のせいか…。 「…慶造坊ちゃん…」 そう言いながら、黒服の男の後ろに控える車から降りてきたのは、鳴海という男だった。 「桜井くんの事は知っていた。だから、俺は相手にしようとも思わなかった。 この学校を仕切ろうが、何しようが俺には関係ありませんから。だけど、 このように、組の力を借りて、物を言わそうとする態度は許せませんね。 自分の力で自分の道を造っていく。それが、男だろ。それを教えられない 鳴海さん…確か、桜井君の世話係でしたよね」 「…そうです」 「阿山、知ってたなら、なぜ言ってくれないんだよ!!!」 焦ったように言う桜井。 「阿山と聞いて、どう思ったんだよ。俺のこと知らなかったみたいだからさ」 「…名前が同じだから、仲間にしようと思っただけだよ」 「馬鹿か、お前は」 慶造が、はっきりと言った。その言葉に、怒りが頂点に達した桜井。 「う、うるさいっ!!!」 「こんな奴の仲間になろうと思う奴も、情けないな。間違いを指摘しろ。 いくら親分の息子でも、子供の喧嘩に顔を出すなんて、情けないな。 ……こんな奴らが揃う組を幹部にと考えている親父も…情けないなぁ」 「…慶造、言い過ぎだ」 「怒りを言葉にしてるだけだ。それとも、俺がここで、暴れていいのか?」 「それは、俺が困る」 「…その面、見せるな。さっさと去れ」 慶造の一喝で、鳴海たち黒服の男は車に乗って、素早く去っていった。もちろん、桜井も乗って去る。 「なんやかんや言いながら、組のことを考えてるんだな、阿山は」 小島が感心したように口にする。 「小島だって、嫌だろ。親父が悪く言われるのは」 「俺は、気にしないよ。俺と一緒でいい加減だし」 「お前の家系は、みんなそうなのか?」 「そうやぁ。…って、なぜ、慶造は、出てきた?」 「窓の外を見たら、黒塗りの車が停まったんでな。すぐに解った」 慶造は修司に目をやった。 「修司、病院は?」 「……慶造、桜井のこと、知ってたなら、なんで、教えてくれないんだ?」 「知ってると思ったんだけどなぁ。…やっぱり、お前疲れてたな」 「へっ?」 「すまない、修司。お前の体調に気が付いていなかった、俺の落ち度だ。 春子ちゃんのことも心配なんだよな。それに、これからは、育児もでてくるだろ」 「それは、春ちゃんとおかんが…」 「父親は、何もしないのか?」 「いいや、するよ」 「俺は、跡目を継ぐか解らないんだぞ。それなのに、俺のことばかり考えてると 本当に、家族の絆を失うぞ。それでもいいのか?」 「それは、困る。だけど、慶造を守れないのが、もっと困るよ。だから俺…。 もっと鍛えるよ。…暫く、休みもらえるんだろ?」 「一週間だ。ちゃんと自分を取り戻してこい。修司らしさを取り戻せ」 「…おれらしさ……って、なんだよ」 「俺の事を考える。そして、周りのことも考える。俺の言葉を忘れない…だよ」 「阿山、それって、結局、阿山のことを考えていることになるだろ」 「俺のことを考えるなら、周りにも目がいくだろ? そういうことだよ」 「…訳わからん…」 「深く考えるな」 目の前に車が停まった。ドアが開き、笹崎が下りてきた。 「遅くなりました。慶造さん。では、病院に」 笹崎が来たことに驚く修司と小島が尋ねた。 「笹崎さん、どうして、ここに??」 「慶造さんから連絡で、修司さんと小島さんを病院に連れて行くようにと…」 「私より、慶造さんです」 「慶造さん??」 「足と腕を怪我してますよ」 修司の言葉で、素早く慶造を抱きかかえる笹崎。 「慶造さん、ご自分の怪我は、すぐに伝えてください!! 怒られるのは私です!」 「手当てしてもらったから、大丈夫だって」 「それでも足を使って…。学校には後で連絡します。お二人も早く 乗ってください」 笹崎の言葉で慌てるように車に乗る修司と小島。慶造を助手席に座らせた笹崎は、直ぐに車を発車させる。 「…鳴海さん、未だに桜井の言葉に従ってるよ。間違いを指摘できないみたい」 慶造が呟いた。 「鳴海には、無理ですよ。教育できない奴ですから」 「笹崎さん、ご存じなんですか?」 修司が尋ねる。 「伊倉組の鳴海ですよ。…修司さんは、知る機会はないと思いますよ。 組長は、慶造さんに会わせるつもり、ございませんから」 「切るつもりだったんですね」 「えぇ。ただ、いつまでもぶら下がってるんですよ」 「じゃぁ、切る機会だね。…俺の怪我、桜井に背中を押されたから」 「…えっ!!!!!!!!」 「そういうことにはしたくなかったんだけどな…。俺の不注意でもあるし…」 「いいや、あれは、絶対、桜井が押したね。周りに居た奴に聞いても同じ事 言うと思うよ。…だから、気にすることないって、猪熊」 「…小島……」 ドッ……。 猪熊の拳が、小島の腹部に突き刺さっていた。それは、慶造からいただくものよりも、かなりずしりとくるもの…。 「てめぇらなぁ。いい加減にしてくれよなぁ〜〜」 小島が、腹部を抑えながら嘆いていた。 笹崎が耳にしたことを、ちらりと三代目に伝えた。 その後、三代目の怒りに触れた伊倉組は、解散に追い込まれ、桜井は、高校に姿を見せなくなっていた。 この事が慶造達の通う学校の生徒達に広まり、さらに一目も二目も置かれるようになってしまった慶造達だった。 そんなつもり、ないんだけどな…。 慶造は呟いた。 (2003.10.18 第一部 第三話 UP) Next story (第一部 第四話) |