第一部 『目覚める魂』編 第五話 悔いるなら、やめておけ。 この癖は、いつまで経っても治らなかった。俺も、そして、慶造も。 「テストの答案を返却します。名前呼ばれたら取りにくるように。 阿山君、猪熊君、上村君、榎木君……」 生徒達は、名前を呼ばれるとすぐに教壇へ向かっていく。そこで、答案を受け取り、自分の席に着いた。小島も呼ばれ、答案を取りに行く。 答案の右上に、『90』の文字。 「なぁ、阿山ぁ」 名前を呼ばれて、慶造は、答案を小島に見せた。ニンマリと笑うその表情で、慶造が取った点数が解る小島。 もちろん、『100』。 「チェッ。いつもと変わらずか。猪熊もか?」 「まぁな」 自慢げな表情に、小島は腹を立てていた。 「じゃぁ、次は、成績表渡すぞぉ。阿山君、猪熊君……」 「修司、取って来てくれ」 「あぁ」 修司は、慶造の分と小島の分も取ってきた。 三人ともオール5。中学の頃から続く数字に、三人は、飽きていた。ちらりと中を覗いただけで、すぐに鞄に入れた。 「阿山君、後で職員室に来てください」 「はい」 休み前のいつものこと。 終礼が終わり、慶造は、職員室へ向かう。他のクラスも終わったのか、廊下や校庭は賑わっていた。 「失礼します」 慶造は職員室へ入っていく。 小島と修司が教室から出てくる。 「小島君、猪熊君!」 クラスの女生徒・中原が声を掛けてくる。振り返る二人の側に、声を掛けた中原が立っていた。 「なに?」 小島が笑顔で尋ねた。 「明後日、予定あるの?」 「予定? これといって、無いけどなぁ」 小島が応える。二人は、色々と話し込む。その間、修司は、廊下の窓から職員室を見つめていた。 「なぁ、猪熊、阿山の予定は?」 「特にない」 「じゃぁ決まりっ! 明後日の朝八時、駅前に集合!」 「…って、ちょぉっと待て。何のことだ?」 「遊びに行こうって」 小島は、中原を指さす。その指を叩き落としながら修司が応える。 「無理だって。慶造が嫌がる」 「えぇ〜。そんなぁ。阿山君も一緒に行くように伝えててよぉ」 「そんなに一緒に行きたいのか?」 「行きたいっ!」 「だったら、自宅に遊びに来たらいいよ」 「……怖いから、行きたくないぃ」 「あのなぁ、中原さん。慶造の事情を知っていて、言ってきたのか?」 「解ってるけど…。猪熊君と小島君だけじゃ駄目なの?」 「慶造の親父さんが許さないと思うよ」 「じゃぁ、私から、慶造君に頼んでみる!」 張り切って、中原が職員室へ向かっていった。 「こらぁ、中原さん!!! 待てって!!」 修司が追いかけていく。その場に残された小島は、まだ、教室に残っている女生徒と顔を見合わせる。 「任せとけって。行きたいんだろ?」 「私たちは、無理だって言ったんだよぉ。だけど、中原さん、張り切ってる。 この夏こそ……って」 「長いなぁ、中原さんの阿山思いは。なのに、阿山は見向きもしないよな」 「そこがまた、かっこいいんだよねぇ。猪熊君も」 「俺は?」 「だって、小島君には、美穂が居るでしょぉ。美穂、怒ると怖いもん」 「そうだよな……って、猪熊が、危ない」 窓から職員室を見つめた小島が、職員室前で中原を引き留める修司を観て、走り出した。 職員室前では、修司に腕を掴まれ引き留められる中原の姿があった。 「あのなぁ」 「いいでしょぉ。猪熊君が言ってくれないなら、直接ぅ」 職員室のドアが開き、慶造が出てきた。 「失礼しました」 振り返るとそこには、じゃれ合うような二人の姿。 「修司、なにをじゃれてるんだ? ったく…」 修司の腕を掴み、中原の腕から引き離す。 「ねぇ、阿山君。明後日、予定あるの?」 「予定……あったっけ、修司」 「あった」 「…あるそうだから、駄目ですね。すみません」 中原は、じとぉぉっとした目で修司を見た。 「さっき、予定は無いって言ったじゃん…猪熊君……ひどい…」 その目が、うるうるし始める…。 「あっ、その…中原さん…その……」 女性の涙に弱い修司は、焦ってしまう。 「…で、何か用ですか?」 …やっぱり、冷静に尋ねられた……。 中原の涙は、嘘だったようで…。 「遊びに行こうって。小島君と話してたけど、阿山君を誘うなら、猪熊君に 訊いた方が良いって言うから…」 「修司…お前なぁ」 「出掛けるのは、無理だろが」 「中原さん、知ってるよね」 慶造が尋ねる。 「知ってるよ。でも、猪熊君と小島君の二人で大丈夫でしょぉ。昔は、 常に近くに居たけど、中学生になってからは、居ないじゃない。 だから、誘ったのぉ」 「それは、学校だからだよ。人が多い場所は、やはり付いてくる事に なるんだけどなぁ」 「笹崎さん?」 「笹崎さんは、親父の側に居るから、組員だと思う。それでもいいの?」 さらりという慶造。その口調は、慣れた感じだった。 「…どうしても、駄目?」 上目遣いで、慶造を観る中原。普通の男性なら、中原のこの仕草だと、コロッといくんだが、慶造は、そうはいかないようで…。 「ごめん。無理だから。誘ってくれてありがとう。いつもごめんね。 じゃぁ、これで」 そう言って、慶造は、修司と歩き出す。小島と階段でばったりと逢う慶造と修司。 「小島、帰るぞ」 「…あれ、中原から、何か聞かなかったか?」 「いつもの通りだ。…ったく、また、言われただろぉ。俺は関係ないのになぁ」 慶造は不機嫌だった。どうやら、職員室で、長期休みの間の生活態度を言われた様子。それは、自分の『家』のことも関わっている。それは、毎年長期休みに入るたびに言われる言葉。 何が起ころうと、阿山君は、無事に過ごしてください。 批判ではなく、心配の言葉。 いつもご心配いただき、ありがとうございます。 慶造の返答は、いつも同じ。しかし、いつまでも続くこの事に、『いつも』という所だけ、強調するようになっていた。 靴を履き替えた所で、中原達が追いついた。 「阿山君、一緒に帰ろうよぉ」 慶造の手に延ばされる中原の手。その手は、修司によって阻まれる。 「やめろ」 慶造の声で、修司は手を離す。中原の手は、すぐに慶造の腕に伸び、掴む。 「あのなぁ」 修司が低い声で言った。 「…やっぱり、猪熊君って、阿山君の事、好きなんだぁ。女性に興味ない そんな感じだもん」 いや、それは、阿山の方…。 小島は言いたい言葉を飲み込んだ。慶造は、笑顔だが、ひしひしと伝わってくるオーラ……怒り?? 「そうなのか、修司」 すっとぼけの言葉を発する慶造だった。 「それより中原さん」 「なぁに?」 「靴…履き替えた方がいいよ」 「あっ!!」 上履きを履いたまま、慶造を追いかけてきた中原だった。 中原は、慶造の腕を掴んだまま歩いていた。 「ねぇねぇ、阿山君」 「はい」 「喫茶店にでも入る?」 「寄り道は…」 「少しくらいいいじゃない。行こうよぉ」 「まっすぐ帰らないと…。まだ、下校中だから」 「もう高校生だよぉ。それくらい良いと思うけどなぁ」 何も応えない慶造。そんな二人の後ろを小島と修司、そして、中原の友達が付いてくる。 「ほんと、阿山君って、堕ちないね」 「中原、あれだけ、アタックしてるのに」 「無理だって何度も言ってるのになぁ」 小島が呟く。 「俺だって、誘っても断られるのに」 「…………えぇぇぇぇぇぇっ!?!?!!!」 小島の言葉に驚く女生徒達。 「ったく、いつになったら、小島の冗談に慣れるんだ、あの子達は」 呟く慶造は、ちらりと後ろに振り向く。修司が、すごく不機嫌そうに歩いていた。 「ねぇ、ねぇ、猪熊君は、阿山君のこと、好きみたいだけど、阿山君は?」 「失いたくない、大切な奴」 直ぐに応える慶造。 「そうだよね。…私のことは?」 その質問には、考え込む慶造だった。 「慶造が悩んでる…。中原さん、また無茶な質問してるなぁ」 呆れたような表情で、修司は、慶造を見つめていた。その修司の目が、別の所へ移る。目だけで、どこかを見つめ、警戒する…。 「猪熊…。俺が観てこようか?」 「いいや、いい。伺ってるだけで、殺気はない」 「まぁ、すぐに行動に移れるから、心配するなよ」 「お前には頼らない」 「冷たぁ〜」 異様な気配は、左側から。慶造が、何気なく中原を右側へ移動させる。 「ん????」 「そこ、段差があるから」 「ありがとう。………。頭痛いなぁ…」 中原が呟く。 「大丈夫か? 朝から調子悪そうだったけど。夜更かししてるだろ?」 「少しだけ。…ねぇ、阿山君」 「はい?」 「家まで送って! …みんなと離れるし、家まで一人だから」 「途中で倒れたら大変だもんな。修司に頼もうか?」 「嫌。阿山君がいい」 「俺が行くところには、修司も来ることになるんだけどなぁ」 「……そうだった…。一人で帰る」 寂しそうに呟く中原に、慶造は、困ってしまう。 「家の近くまでだからな」 「ありがとぉ!!」 どうしても優しさを振りまいてしまう慶造だった。 中原は、友達と別れる。そして、慶造と二人歩き出した。もっちろん、慶造と付かず離れずの位置には修司と小島の姿があった。 「家に寄ってく?」 「できません」 「折角来たのにぃ」 「あのね、中原さん。俺に、どうして欲しいんですか? 俺は何も…」 「付き合って欲しいの。……駄目?」 「付き合う? 俺の家庭事情を知っていて、そう言ってる?」 「うん。かっこいいもん。もし、結婚したら、極妻?」 その言葉に、慶造は歩みを停めた。 「阿山君?」 「帰る。あとは、大丈夫だよな。家に着いたら、すぐに寝ること」 「えぇ〜!」 「中原さん。君は、俺のことをずっと観てくれてるのは解ってる。 好意を抱いていることも、周りの言葉で解ってる。それは嬉しい。 だけどね、俺の心までは見てないみたいだね」 「見てるよ。やくざが嫌いって。だって、それって、反発なんでしょ? いざ、その時になったら、解らないじゃない」 「やくざは、嫌いじゃないんだよ。親父は、そうだし、俺を育ててくれた人も やくざだから。俺が嫌いなのは、命を何とも思わない奴、人の心を考えず 平気で傷つける…それが許せないだけだ…」 「…!!」 慶造は、中原を壁に押しつけ、見つめるというより、睨むに近い雰囲気を醸し出していた。 「極妻…ね。それが、どれだけ大変か解るのか? 常に強くなくてはいけない。 誰にも弱いところを見せることができない…。そして…夫の為なら、 その命を惜しまない…。……軽く見るんじゃねぇよ」 「……阿山君……」 今まで見たことのない慶造の表情に、中原は硬直していた。 少し遅れて、小島と修司がやって来る。二人の様子が見えた。慶造が中原を壁に押しつけ、顔を近づけている。 「なんやかんやと、阿山って、手ぇ出すんだな」 「中原さん、禁句に触れたな…」 「はぁ?」 「あれ程、口にするなと言ってあったのに」 そう言って、修司は、慶造に近づいていく。 「お袋は……俺のせいで……!!!! …修司…」 「慶造ぅ、こんなところで、やるなって。人目もあるだろが」 中原を押しつけている慶造の手を掴み、修司が静かに言った。そして、じっと見つめる。 相手を選べって。 それでも許せない。 そういう人なんだろ? …それでも…。 「解ったよ」 慶造は、修司の腕から離れようと手を動かした…が、その手から逃れられなかった。 「中原さん、言うなと何度も伝えたよね」 修司の言葉に頷く中原。 「もう、諦めろ」 冷たく言って、修司は、慶造の手を引っ張って去っていった。 その場に一人残された中原の目から涙が零れた。 「そのくらい…覚悟出来てるもん……だけど…阿山君…」 怒っちゃった……。 阿山組本部の近くにある公園。そこを通る慶造達。中原の家の近くから、ここまで、終始無言の慶造に、修司が優しく声を掛けた。 「ちゃんと謝っておけよ」 「……あぁ」 ベンチに腰を下ろす慶造。大きく息を吐きながら寝ころんだ。いつもはふざけた口調の小島も流石に静かだった。 「なぁ、阿山」 目だけをちらりと向ける慶造。 「好きな女性おらんのか?」 「……キュンとこない…」 「さっきはどうだったんだよ」 「断ってたよ。…お前みたいに、愛想振りまいてられないんでな」 「俺は、昔っから、こうなんだよっ!」 「そうだよな」 沈黙が続く。木の葉のざわめきが、心を和ませていた。 自然の多い公園。自然に囲まれた公園。それは、まるで別世界に誘われるような雰囲気に包まれるもの。 いつの間にか、慶造は眠っていた。 「こんなとこで寝て大丈夫か?」 小島が心配する。 「警戒を解いてることで、気が付け。一体何時になったら、慣れるんだよ」 「一生無理…かな」 「言っておけ」 小島と言い合いながらも、修司は、周りを警戒していた。 猪熊修司、仕事中。 小島は、慶造が寝ころぶベンチの空いている所に腰を掛ける。ふと、慶造に目をやった。 「……まじぃ〜。俺、ほんまに、阿山に惚れてるかも」 「やめとけ」 「冗談。…俺の冗談に、何時になったら慣れるんだよ」 小島が、先ほどの言葉を真似て言った。 「……一生無駄」 修司の言葉に、気が付くまで、少し間があった。 「無駄って、おいぃ〜」 「その通りだろが」 「猪熊ぁ、言っていいことと悪いことがあるだろ」 「お前には、悪いことって、なさそうだろ?」 「あぁのぉなぁ〜。ほんま、お前ら、俺を嫌ってるだろ?」 「どこから、そういう言葉が出てくるんだ?」 「さぁ」 本当にいい加減…。 「……静かにしろ…」 慶造の一喝に、 「すまん…」 恐縮する二人だった。 そんな感じで、高校生・初の夏休みが始まろうとしていた。 結局、誘われたデートに出掛ける慶造達。あの日の夜、慶造は、中原に電話を掛けた。 ごめん…。 ごめんなさい。 慶造と中原の言葉は同時だった。そして、少しばかり話をした後、デートの話へと移り、慶造は、断ることができずに……。 午前八時。待ち合わせの場所には、中原たちが既に待っていた。慶造と修司、小島は、待ち合わせの場所まで車で送ってもらった。一緒に下りてきたのは、笹崎だった。 笹崎さんが一緒になるけど…。 それは、慶造が修司と一緒に学校に通い始めた頃、よく見られた光景。小学生の頃から慶造を見ていた中原とその友達には、見慣れた光景。笹崎の姿が無いほうが、違和感を感じていた。 「私の事は、気になさらずに」 笹崎が告げると中原達は、屈託のない笑顔で、笹崎にも話しかけてくる。なぜか、人気のある笹崎。 「笹崎さんも一緒なんだから、楽しんでね」 「ありがとうございます。その…行き先は?」 「遊園地っ!」 中原は張り切っていた……。 笹崎は、遊園地のゲート前で、どこかに連絡を入れていた。 「笹崎さん、入るよ」 「はい、すぐに」 慶造に促されて笹崎は、携帯電話をポケットにしまいながら、小走りで追いかけていく。 慶造達が遊園地のゲートをくぐってから少しして、数名の男達が姿を現した。 「次は、これにしよう!」 一番張り切っているのは中原だった。慶造の腕を引っ張って、あれやこれやと乗り物に乗る。そして、必ず隣に座り、はしゃいでいた。そんな二人を見ているだけは、とぉってもつまらない小島達。慶造と中原とは全く正反対の雰囲気を醸し出していた。 「阿山君」 「はい」 「…………楽しくないの?」 「楽しいよ。中原さんを見ていたら。色んな表情があるんだなぁって」 「それって……からかってる?」 「さぁ」 慶造は、笑みを浮かべていた。 「次は、どうする?」 「早めにお昼かな」 「じゃぁ、こっち!」 またしても早足の中原。慶造は、ちらりと振り返り、苦笑いをしていた。 「慶造、家に帰ったら、即寝るかもな」 「あれだけ歩き回るのは、滅多に無いもんなぁ。あまり体力を使わないように 普段から気を配ってるし。……それに、じじくさい…」 小島の言葉に、中原の女友達も納得する。 「ほんと、阿山君って、昔っからそうだよね。飲物もお茶だっけ」 「ちょっと渋めの茶」 修司が応える。 「笹崎さんの影響?」 女生徒の言葉に、笹崎は考え込む。 「そう言えば、昔からお茶を出しましたね。…他の飲物、知らなかったので」 「知ったのは、何時?」 興味津々に尋ねる女生徒たち。 「慶造さんのご飯を作る為に料理の本を見始めてからです。 それまでは、姐さん…慶造さんの母がおられましたので」 「…亡くなられたんですよね。…それは、その世界で?」 「それに近いですね」 そう言った笹崎の表情は、先ほどとは違い、暗い物だった。聞いてはいけない。そんな気がした女生徒たち。 「やっぱり、あの店なんだぁ」 「あの店?」 「横に並んで食事をすると、結ばれるって。…あの噂、信じてるんだもんなぁ。 ほんと、中原さんは、阿山君を諦めないんだからぁ。…で、阿山君の方は、 中原さんのこと、どう思ってるか、知ってる?」 笹崎に尋ねる女生徒。笹崎は、困った表情に変わり、ちらりと修司を見た。その仕草で、誰もが口にする。 「阿山君のことは、猪熊君に聞くのが一番なんだ……」 納得。 軽く昼食を取った慶造達は、あちこち歩き回っていた。ふと目に飛び込むゲームコーナー。中原は、慶造の手を引っ張って、そこへ向かう。 「阿山君、これ!」 「いや、俺は、したことないから…中原さん、お手本を」 「よぉし」 コインを入れて、もぐらたたきを始めた。慶造は、もっちろん、初めて観る代物に、興味津々。中原の動きを見ていた。 中原の結果は、『そこそこ』だった。 「阿山君の番!」 「おっしゃぁ!」 やる気だ。コインを入れ、トンカチを持つ。頭を出すもぐらを叩く、叩く、叩くっ!! 結果は、『プロ』だった。 「すごぉい、阿山君って、何をしても満点なんだぁ!!」 何も言わずに、トンカチを置く慶造。 そんな二人を見ていた修司達。 「…照れてるぞ…慶造…」 「珍しいなぁ。本気になるなんて…」 「ほんとだな」 「流石です…。瞬発力は、更に増してます」 笹崎は、感動していた。 「あの……笹崎さん」 「はい? なんでしょう、小島さん」 「何も感動することないと思うけど…」 「そうですか? だって、慶造さんは、滅多なことでは…」 「そうだけど、…なんか、親ばかですよ、それは」 「…小島さん、…ひどい…」 「あっ、いや、その……」 ほのぼのとした雰囲気。 それが、一変する。 笹崎の表情が、がらりと変わり、何かに集中する。 「小島さん、修司さん、慶造さんを」 「はい」 修司、小島、そして、女生徒たちは、慶造と中原の居る場所へ走っていった。慶造も、辺りの異様な雰囲気を感じたのか、警戒していた。 「笹崎さんは?」 「様子を見に行った。慶造、兎に角、人混みの多いところに」 「他の人に、迷惑が掛かる。狙いは、俺だろ?」 そう言って、慶造は、ゲームコーナーから飛び出した。気配を感じる方に目をやった。そこでは、笹崎が、怪しげな男達と格闘中。相手の一人が笹崎から目線を移したことで、笹崎も振り返った。 「慶造さん!! 危ないっ!」 一人の男が、手にした銃を慶造に向け、引き金を引いた。 笹崎は、別の男と格闘中。銃を持つ男に手が届かない。 銃弾が、慶造に向かって飛び出した。 慶造は、横に飛び退いた。地面を転がる慶造を容赦なく銃弾が襲う。 「慶造っ!」 修司が慶造の前に立つ。 銃声が止んだ。 顔を上げる慶造。銃を持った男は、笹崎の拳を頂いていた。 「…慶造、無事か?」 「あぁ……修司……?」 「…ぐはっ……」 修司が血を吐き出した。しかし、目線は、地面に伏せる男達に向けられていた。少し遅れて駆けてきた阿山組組員が、男達を連れ去るのを見届けていた。 「修司……」 「これくらい…平気だって………」 「…修司ぃぃっ!!!!!!」 慶造の声が響き渡った。 遊園地での襲撃。 狙われた高校生! 男子高校生一人が重体! そのような見出しで、新聞や週刊誌に報じられた。もちろん、テレビでも報じられていた。 道病院にある一室。そこには、修司が呼吸器を付けられて横たわっていた。ガラス越しに、慶造が見つめていた。医者がやって来る。 「ずっと、そこに居るつもりですか、慶造くん」 問いかけにも応えられない程、慶造は、激しい哀しみに包まれていた。 「先生…修司は…」 「まだ、昏睡状態が続いてる。当たった数は少なかったんだけど、 場所が場所だけに、後遺症が残るかもしれませんね」 「そうですか…」 力強く握りしめられる拳。その拳に、医者は、そっと手を添えた。 「少し休みなさい。五日も立ちっぱなしでしょう」 「修司が目覚めるまで…ここに」 「駄目ですよ。あとは、私たちに任せて、ゆっくりしなさい。修司くんが 目を覚ました時、一番に心配しますよ。体力を戻しておくこと」 「…ここに居ては、駄目ですか?」 慶造は、涙目で医者を見た。優しい眼差しで慶造を見つめる医者。その後ろには、慶造の父・三代目が立っていた。傍らには修司の父・猪熊が立っている。 「慶造さん、ご無事で」 猪熊が深々と頭を下げる。 「猪熊さん…申し訳ありませんでした。…私の為に…」 「それが、阿山家と猪熊家の絆だ。…お前が無茶な行動に出たら、 それ以上の犠牲があることを肝に銘じておけ。解ったなら、そこから すぐに去れ。休みの間は、自宅で謹慎だ。外出は一切許さない。 笹崎が居る。一緒に帰れ」 「嫌だ。俺は、修司の…」 「まだ解らないのかっ! お前の行動は、報告されている。なぜ、外に出た? そのまま笹崎に任せておけば、こんな事態にはならなかっただろが。 お前の判断ミスだ。これが、組員だったら、大変な犠牲だろうな」 「組長さん、何もそこまで…」 医者が横やりを入れるが、三代目の威厳に、口を噤んだ。 「戻れ」 慶造は、静かに歩き出す。そして、少し離れた場所に居た笹崎と去っていった。 「何も怒らなくてもぉ」 猪熊が言う。 「すまなかったな」 「気になさらないようにと。それが、…我々の家系ですから」 「何時になったら、辞めるんだよ」 「遺伝子に含まれているかもしれませんよ」 「ったく。…で、先生、どうなんだ?」 「意識が回復すれば、安心ですが、今は何とも…」 「殺すなよ。慶造に恨まれるからな」 「解っております。…慶造君の時よりは、軽いですから」 「…それなら、安心だな。頼んだぞ」 「はい」 三代目と猪熊は、医者に一礼して、去っていった。 慶造は、何も話さず本部へと帰ってきた。自分の部屋に向かう慶造に、笹崎は声を掛けた。 「何かございましたら、すぐにお呼び下さい」 「はい…」 部屋に入った慶造は、そのままベッドに倒れ込む。 暫くして、笹崎が部屋へ入ってきた。そして、慶造を寝やすい体勢に動かし、そっと布団を掛けた。 「またしても、私は……」 笹崎は、そっと部屋を出て行った。 慶造は、そのまま丸二日眠っていた。 まるで、何かから逃れるかのように……。 お前が無茶な行動に出たら、それ以上の犠牲がある……。 修司……。 「猪熊なら、昨日、意識が戻ったぞぉ。後遺症もないだろうってさ」 その声に、慶造は、ガバッと起きあがる。 「何してんだ?」 「おっ、いつもの阿山だ」 「そうでなくて、小島、お前、何故ここに居るんだよ」 「心配だからさ。…それに、猪熊にも言われた。あいつ、目覚めの開口一番は 『慶造さんは、無事ですか』…だったぞ。思った通りだっただけに、笑ったよ。 …って、阿山?」 慶造の目から、涙が零れていた。 「どうしたぁ???」 いつもの調子で話していた小島は、慶造の涙に驚いていた。 「俺…春子ちゃんに、あの日言われたのにな…。なのに……。俺が動くのは 駄目なのか? 俺が、周りを守るのは、良くないことなのか? 俺のために これ以上、命を失いたくない。だけど、俺が動けば動くほど、危険になる。 なぜだよ。…俺は、何もするなってことなのか? …小島……教えてくれよ」 震える声で、慶造が言うと、小島は、ゆっくりと口を開き、そして、真剣な眼差しで、応えた。 「そうだなぁ。……まずは、自分の立場だな。それと、ちゃんと考えてから 行動に移ること…。あの時、阿山が飛び出さなければ、猪熊は撃たれていない。 笹崎さんが心配で飛び出した気持ちは解るけど、一呼吸置いてからでも 良かったんだよ。…まぁ、あれは、あちらさんが上手だったんだろうよ。 俺だって気が付かなかった。ずっと付けていたそうだ。…笹崎さんは 知っていたから、組員に連絡していたんだってさ」 「何も言わなかった」 「それだけ、慶造が、高校生に見えていたんだってさ。喜んでいたよ」 「喜ぶ?」 「あぁやって、はしゃがないだろ、阿山は。自分を隠してるし…。猪熊の 前でもだろ?」 慶造は何も言えなかった。小島の言葉は、当たっている。 自分を隠していた。表に出すと、眠っている何かが目覚めそうで……。 「俺たちの前では、隠さなくてもいいんだよ。…な、阿山」 「…小島……」 ガッツーン!!!!!!!!!!! 「いってぇ〜っ!!! あのなぁ、人が心配してるのに、何するんだよ!!」 「お前の心配は、別の何かが混じってるっ!!」 「いいだろが! 胸に抱きしめられると落ち着くんだって」 「それでも、小島、お前だけは、嫌だっ!! 何か、その後が怖い」 「あのなぁ、俺は、ノーマル。男に興味はないっ! ……阿山は別だけど…」 慶造は、小島から距離を取る。 「何も避けなくても、いいだろが」 「俺に近寄るな!!」 「近づいてやる!!」 「小島っ!!! お前、あの…なぁ!!!」 小島の腕から逃れようとベッドから下り、部屋中を逃げる慶造。小島は、追いかけてくる。 「!!!!」 慶造の足の裏が、小島の目の前に迫った。そのまま、小島の顔面を足で押さえる慶造。 「やめろって言ってるだろが」 「足は、やめれ…」 「うるさい」 静けさが漂う中、小島は、急に笑い出した。 「くっくっくっく!! あっはっはっは!! 元気になったか?」 「……ったく」 「お前一人で生きてるんじゃないんだよ。俺や猪熊を頼れよ」 「頼ってる」 「そうじゃないって。もっともっと、いろいろとだよ」 「でも、危険な時は…」 「逃げろ。それが、一番だろ?」 あっけらかんと言う小島に、半ば呆れながらも、慶造は、何かを掴んだ気がしていた。 「そうだな。…これからは、そうするよ」 慶造は、優しく微笑んでいた。 「ありがと」 「……いいってことよ……。それより、どけてくれないかぁ〜、これ」 「…嫌」 「阿山ぁ〜」 「うるさい」 賑やかな慶造の部屋。 心配して、廊下で待機していた笹崎は、安心したような表情をしていた。少し離れた所には、三代目の姿があった。笹崎が、微笑んだことで、慶造のことを悟ったのか、何も言わずに軽く手を挙げるだけで、その場を去っていった。 その絆は、大切にしてくださいね、慶造さん。 笹崎は、その足で厨房へと向かっていく。そして、慶造と小島の為に、何かを作り始めた。 (2003.10.24 第一部 第五話 UP) Next story (第一部 第六話) |