任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第十部 『動き出す闇編』
第二話 出逢ってはならない二人

「はぁ…………」

移動中の車の中。
後部座席に座る慶造は、大きく息を吐いた。

「四代目。あからさまな態度は…」

隣に座る須藤が、そっと声を掛けた。

「態度に示さないと、解らんやろが…こいつは」

冷たく言って、助手席に座る八造を睨み付けた。
しかし、八造は、慶造の目線に気付くことなく……。

「四代目、こちらの件ですが、もう少し細かくしても
 よろしいですか?」

真剣な眼差しをして振り返り、慶造に書類を差し出した。

「…四代目?」

その時、初めて、慶造の眼差しに気付く。

「須藤」
「はっ」
「一年間、ずっと、こうだったのか?」
「少しは落ち着きましたが、この調子でした」
「そら、お前も嘆くわな。すまんな、これが、猪熊家の人間だ」
「噂は耳にしておりましたが、まさか、ここまで凄いとは
 何も言えませんでしたね」
「まぁ、八造は、常に良い方向に…しか考えてないからなぁ」

そう言いながら、八造が差し出した書類を手に取る。

「……あの……何か問題でも、御座いますか?」

恐る恐る八造が尋ねる。

「いいや、次も頼む」

慶造は指示を出して、書類に目を通し始めた。

「……これ以上、細かくすると、嘆かれるだろが」
「いえ、そのくらいは必要です」
「解った。ここまでにしとけ。あとは様子を………」

慶造の言葉が途切れた。

「四代目?」

二人のやり取りを見ていた須藤が声を掛ける。
慶造は、何かに集中していた。

「虎石、停めろ」
「はっ」

八造に言われて路肩に車を停める。その途端、慶造は車を降りた。

「四代目、ここは敵地ですよ」

須藤が慌てて声を掛け引き留めるが、そこには慶造の姿は無く……。

「猪熊!」

思わず八造を呼ぶ。

「大丈夫です」

と短く応えた八造は、書類に目を通し続けていた。

「……って、あのなっ」

そう言って、須藤が車を降り、辺りを伺う。少し離れた所に、人の気配を感じた須藤は、警戒しながら気配を感じる場所へと足を運んでいった。

「兄貴、本当に…」
「俺が口を出せる事じゃないんでな」

慶造の単独行動に焦る須藤や虎石とは違い、なぜか落ち着いている八造を観て、虎石の心拍は高くなっていた。




車から降りた慶造は、須藤が呼ぶ声を耳にしながら、とある場所へと素早く駆けていった。人気のない、建物の路地裏。そこへ足を運ぶと、風が起こった。
慶造の背後に、一人の男が舞い降りた。

「こちらは大丈夫だと申したはずですよ、桂守さん」
「申し訳御座いません。急な変化が御座いました」
「本部の方か?」
「はい。隆栄さんと修司さんの動きで、向こうからの刺客が
 再び、上陸したそうです」
「真子に影響は?」
「ございません」
「それなら気にすることは……!!!」

人の気配を感じ、慶造は振り返った。

「須藤」
「……いきなりどうされたんですか」
「いや……怪しい気配を感じてな…」

すでに、桂守は姿を消している。

「だから、単独行動は、止めて下さい。四代目の身に
 何かあれば…」
「お前らが、喜ぶやろが。解放されて」

ちょっぴり嫌味っぽく言って、慶造は歩き出す。

「まぁ、その思いもありますけどね。でも、これからも
 楽しみにしてますから」

須藤の言葉に、慶造はフッと笑い、車へ戻ってきた。

「…………八造……」
「はい」
「…それ以上、細かくするなと言っただろが」
「申し訳御座いません。どうしても、それだけは…譲れません」
「ったく、修司以上に頑固だな」
「親父とは関係ありません」

慶造が車に戻り、ドアを開けると、慶造が座る場所に、ファイルが一冊置かれていた。もちろん、そのファイルは八造が持っていたもの。呆れながらも席に座り、書類に目を通し始めた。

「出発します」
「あぁ」

短く応えた後、慶造は書類に集中する。

「四代目」

八造が、そっと声を掛けた。

「心配するな」

八造が何を言いたいのか解り、慶造は短く応える。
慶造の言葉を聞いた途端、八造の表情が少し和らいだ。

さっぱり解らん。

今度は須藤が大きく息を吐いた。





真子の部屋。
学校から帰ってきた真子は、夕食前に復習と予習をすませる。
着替えを終えて直ぐに机に向かう真子。教科書を開き、ノートを開く。
ドアがノックされた。

「失礼します」

政樹がオレンジジュースを持って入ってきた。

「今日もお疲れ様でした」
「疲れてないもん」
「ちょっぴり笑顔に疲れが見えましたよ。あまり無理なさらないように
 してくださいね。私が心配ですから」
「…大丈夫なのにぃ」

ふくれっ面になりながら振り返る真子。
その目は少し潤んでいた。

「八造さんからのお話だと、あと三日はかかるとのことですよ」
「…ずっと……居て……大丈夫なのかな…」

真子が心配しているのは、慶造の事。
大阪は今では傘下になっているが、真子にとっては印象が悪い。
本部に来た事がある大阪の人達。
その時の印象が、怖かった……。

「敵地ですが、大阪のみなさんは、味方ですよ」
「傘下…って言うんだよね」
「…栄三さんからですか…」

真子は頷く。
政樹は、真子から慶造の話を聞く度に、ちょっとだけ出てくる極道のことが気になっていた。もちろん、それらは、栄三から教えられている事も向井から聞いた。

『そのことで、真北さんもぺんこうも、まさ支配人も
 項垂れてるし、怒ってるんだけどなぁ。それ以上に
 普通に話してくるお嬢様が心配なんだってさ』

その時に聞いたこの言葉の意味を身をもって体験している政樹。
解る気がした。

「大阪からもっと向こう……中国地方や四国地方、そして…
 九州の方には、まだ、敵がいるんでしょう? 狙ったりしたら…」
「狙いませんよ」
「どうして? だって、お父様とは敵なんでしょう?」
「その為の話し合いも兼ねてるそうですから…」
「そうだったの?」
「あっ…」

内緒だということを忘れて、思わず話してしまう政樹。
後の祭り。
真子は知ってしまった。

「それなのに、どうして、真北さんは、こっちなの?」
「真北さんの仕事は、八造さんが代わりにしていると
 お聞きしましたよ」
「そっか。真北さんよりも、くまはちの方が大阪に詳しいもんね」
「えぇ。……と話してる間に、夕食の時間が迫ってますよぉ」
「わっ! まさちん、むかいんに、ゆっくり作るように言って来てぇ〜」
「かしこまりましたっ……っ!!」

返事を言い終わる前に、脛を蹴られる。

「時間になりましたら、呼びにきますから」
「お願いします」

政樹は部屋を出て行った。
真子はオレンジジュースを一口飲み、教科書のページをめくる。
その手が、ふと止まった。
真子の目線は、猫電話に移る。
何やら思い詰めた眼差しをする真子だが、それは急に弛んだ。

…ぺんこうは、暫く忙しいから……。
お仕事、始まったばかりだもんね。
心配…掛けたら、悪いし……。
でも……。

真子は机に突っ伏した。

三週間…。
もうすぐ、あの日なのに。
お父様……。忘れてないよね…。
五日後だよ……お父様…。


あの日。
それは……。





慶造はため息を吐く。そして、鋭い眼差しで一人の男を睨み上げた。

「それが、水木のやり方なのは解ってる。だがな、相手が
 それを狙ってきていたことくらい予想出来ただろが」
「そう言われましても四代目」
「次の行動くらい、予測できるっ。………てめぇのしりくらい
 てめぇで拭えや…解っとるなぁ?」
「言われなくても、もう行動してますよ」

反抗的な態度を取る水木に、周りの幹部達は焦ってしまう。

「さつまぁ、お前に任せてるのは、こっちじゃねぇだろが」
「手助けですよ」
「水木が躍起になるのが解ってて、そうしたんだな」
「その通りです」
「ったく…どいつもこいつも、暴れ好きだな…」
「仕方ないでしょう? 相手が、そうなんですから」
「……ふぅぅ……解った。その件は俺が何とかする」

慶造が、そう応えた途端、八造の表情が険しくなった。

「四代目! お言葉ですが、その件は私が」

思わず口を出す。

「聞く耳持たん」

そう言って、慶造は会議室を出て行った。

「四代目っ!」

八造が追いかけるように立ち上がるが、須藤に停められた。

「猪熊、焦ることないやろが。四代目は、話し合いを…」
「あなたは、御存知ないでしょう? 四代目の本当の姿を。
 この後の行動は……この世界が再び赤く染まることに
 なり兼ねないんですよ!」
「どういう事や?」

須藤が静かに尋ねた。

「親父から聞いたことがあります。………不覚にも、俺は、
 幼い頃に抱いた感情のままですが、その時の事は、
 忘れてません。…なぜ、親父が四代目を守ったのか、
 そして、四代目が親父を守ろうとしたのか……」
「…四代目が…ボディーガードを守る?」
「黒崎竜次。……あの男が取った行動に、四代目は…」

八造は、あの日……八造の母・猪熊春子が命を落とすことになったあの日の事を淡々と語り始めた。
竜次に対する慶造の行動と、修司の行動。そして、その後の悲劇。母・春子が取った行動で、自分が目指す世界が解った事。八造の言葉を、須藤達幹部は、静かに聞いていた。
そして、慶造が何をしようとしているのかが、解ってくる。
青ざめる幹部達。

「水木、てめぇで何とかせぇっ!」

須藤が怒鳴ると、

「解っとるわいっ!」

水木が負けじと怒鳴るように応えて、会議室を出て行った。


その二日後、とんでもない事が起こった。
それは、本部でも……。



まるで、見えない何か…絆があるように感じられた。







「はい、みんな上出来! 思った以上に素晴らしいよ」

軽快な声で生徒を指導するのは、この四月に見習い教師としてこの学校で働き始めた芯だった。
小学四年生の副担任として働き始めた途端、力量を発揮。
ベテランの担任が唸るほどの指導力に統率力、そして、笑顔。

「山本先生、ありがとうございました」

生徒達の明るい声が響き渡る。

「それでは、今日はここまで」



芯は、二人の生徒と一緒に片付けを始めた。

「山本先生は、学生の頃、格闘技マスターという
 名前だったんですよね」

生徒が尋ねると、

「名前じゃないんだけどなぁ…でも、夏木さんのお兄さんほどじゃ
 ありませんよ」

芯は笑顔で応える。

「えぇ、でも、お兄ちゃんからは、先生の事、たくさん聞いてるもん」
「なになに??」

もう一人の生徒が興味津々に尋ねてきた。

「大学の運動系のクラブやサークルの人達が誘っても
 絶対に断り続けたって」
「師範として道場に通っていたから、クラブは禁止だったんですよ」
「それでも、教えて欲しいという学生が、たくさんだって」
「すごぉい。山本先生、格闘技って、空手とか剣道とか…」
「合気道もしてましたよ。これでも、体が弱かったんですよ。
 鍛えるために格闘技を始めたら、それが板に付いてしまって…」

と話している所に、校長先生がやって来た。

「山本先生、終わりましたか?」
「はい。これをしまえば終了です。次は…」
「予定変更できませんか?」
「変更?」




芯は、中等部のある校舎へと向かって歩いていた。そして…。

保健室

芯はドアをノックして入っていく。

「失礼します。校長からのお話で…」
「あなたが、噂の山本先生?」

保健女医が芯の姿を観た途端、嬉しそうに声を掛けてきた。

「う、噂?????」
「生徒達の人気者、格闘技マスター教師」
「………えらい言われ方ですね…私。その…こちらに来るようにと
 言われたのですが、一体…」
「夕方まで、私の代わりをお願いします」
「代わり…って、保健医ですか??」
「はい。これから研修があるんですよ。その……本当なら、
 他の先生にお願いするんですけどね、その……」

何やら言いにくそうな雰囲気が…。

「何か…問題でも?」

その時、保健室の奥にあるベッドに人の気配を感じ、そっと目線を移した。

「生徒が一人、気分が悪いと言って、寝てるんですよ」
「女生徒…ですか…」
「えぇ。中学一年生。今朝から体調が悪かったらしく、
 無理して学校に来たものだから…」
「お家の方に連絡は?」
「しております。すぐに迎えに来るとお返事いただいたのですが、
 来られる時間に、私は出発なんですよぉ」
「はぁ…。…その…何か、まずいことでも?」
「……女生徒の名前は、阿山真子さんで……御存知だとは
 思いますが、あの阿山組の娘さんなんですよ」

お、お、お嬢様?!?!???

保健女医から保健室で休んでいる生徒の名前を聞いた途端、身が引き締まってしまった芯。
まさか、こんなところで…という驚きだったのだが…。

「やはり、格闘技マスターの異名を持つ山本先生でも
 やくざは…苦手ですか…」

肩の力を落とす保健女医。

いや、その…俺…関係者ですが…。

という言葉をグッと堪える芯は、

「大丈夫ですよ。その……」

解ってるけど…。

「迎えに来るのは…」

尋ねてみた。

「真北さんですね。えっと、お写真は…」

見なくても解ってますよぉ。

春樹の名前を耳にした途端、こめかみがピクッ……。
保健女医は、芯の表情に気付くことなく、極秘ファイルを広げて、春樹の写真があるページを芯に見せた。

「極秘ファイル?? …なんですか、それは…」
「これは、阿山さんを迎えに来る人物リストです。
 もし、阿山さんと関係の無い人物が来て、阿山さんを
 連れ去りでもしたら、それこそ大変でしょう? 昨年の秋に、
 事件ありましたでしょう? それを踏まえて、ファイルを…」

ファイルの説明を始めた保健女医の言葉は、芯の耳を通り過ぎていた。

ここまで徹底させるのは、あの人しか居ないだろうな…。
それにしても、凄く細かいな…。
俺…載ってるんじゃないのかぁ…??

と思いながら、ファイルをめくっていく芯。

「………なので、山本先生」
「はい」
「二十分後には、この真北さんって方が来られますので、
 宜しくお願いします」
「…生徒さんの体調は?」
「少し熱が出てますね。足下もフラフラしてましたし、それに
 意識もここにあらず…の雰囲気です」
「重症じゃないですか!!!!」
「だから、迎えに…」
「それなら、私が送りますから」
「えっ?!??」
「あっ、いや…その…」
「だから、お家は、やくざの…」
「そうでした…」

沈黙。

「わっ、すみません!! これ以上は、遅刻しますので、私は、これで!」

保健女医は、急いで荷物を持って、慌てたように保健室を出て行った。
取り残された芯は、フゥッとため息を吐く。そして、気を引き締めた。

「ったく…お嬢様は、無茶ばかりして…」

そう呟きながら、カーテンを開ける。
そこには、少し苦しそうな表情で、真子が眠っていた。
芯は、そっと手を伸ばし、真子の額に当てた。
少し熱が高い。
いつもなら、その仕草で目を覚ます真子。しかし、相当疲れているのか、無理をしたのか、真子は目を覚まさない。
保健室のドアがノックされた。
芯は、素早くカーテンを閉めて、返事をする。

「はい」
『失礼します。真北です』
「……………どうぞ」

と同時にドアが開く。そして、

「何してる、ここで」
「気付いた途端、声のトーンを変えないでください」
「…真子ちゃんに知られたら厄介だろが」
「私が近づいても目を覚まさない程、熟睡されてます」
「……だから、どうしてこの校舎に居るんだよ」
「保健女医の代わりですよ。格闘技マスターの異名もありますから
 あなたを…阿山組の関係者を迎える為にですよ!!」
「はぁ??」
「中学校側には、私の事を知ってる先生は居ないみたいですから
 関係者とはばれてませんが、それでも……なんとなく」
「真子ちゃんには近づくなと言ってるだろが」
「今日は特別ですよ」
「ったく。…それで?」
「えぇ」

二人は、真子が眠るベッドへと近づいていった。
カーテンをそっと開け、覗き込む。
やはり真子は目を覚まさない。

「今朝は、元気だったんだけどな…」
「……保健女医は、今朝から少し…と言ってましたよ」
「無理…したんだな…ったく」

春樹は、自分の上着で真子の体を包み込み、抱きかかえた。

「荷物…頼んでいいか?」
「えぇ。…………真北さん…」
「ん? どうした?」
「お嬢様の左手が…」

芯の眼差しは、真子の左手に釘付けだった。
その眼差しから感じられる、恐怖。
春樹は、慌てて真子の左手を見つめた。

爪が、伸びている。
それも、その伸び方には、記憶がある。

「……私も御一緒します」

芯は力強く応えた。

「お前は来るな。素性がばれたら…」
「しかし、くまはちは大阪なんでしょう? 誰が停めるんですか!」
「俺が停める」
「あなたには無理でしょう! 何度言えば…」
「今度こそ大丈夫だ。…真子ちゃんからも言われてる」
「でも、お嬢様の記憶は…」
「昔のことだ…!!!!」

二人が話してる時に、真子の左手が、仄かに赤く光り出す。
春樹と芯は、身構えた。
真子の目が、ゆっくりと開く。
その眼差しこそ、赤く光り、そして、何かを射るかのように鋭く……。
口元がぶきみにつり上がり、ゆっくりと開かれた。
地を這うような、低い声が、その口から漏れてきた。

「真子の笑顔が……消えることに……なるかもな」

その瞬間、真子の体から力が抜けた。
春樹は急いで左手を観る。
元に戻っていた。

「術……解けているんですか?」

芯が静かに尋ねた。

「いいや……。それよりも、どういうことだよ……」

春樹が呟く。


真子を連れて本部に戻った時、赤い光の真子が言った言葉の意味が、解った。

「あの…馬鹿がっ」

真子を抱きかかえたまま、組員から報告を受けた春樹が、呟いた。

「八造さんが、対応してます」
「無理してないよな」
「はい。ただ……」

組員は、深刻な表情で春樹に報告を続ける。




真子の部屋。
春樹は、真子の服を猫パジャマに着替えさせ、ベッドに寝かしつけた。
その時、真子が目を覚ます。

「まきたん……ここ…部屋…?」
「えぇ。気分はどうですか?」
「頭の中が…気持ち悪い…」
「もっと寝ましょうか」
「授業…」
「元気を取り戻すまで、部屋から出ることを禁止します」
「やだ…」

うるうるとした眼差しを春樹に向ける。
それは、熱のために潤んでいたんだが、春樹は、いつものお願い眼差しだと勘違いする。

「…庭まで…です」
「ありがと…」

真子は、ニッコリと微笑んだ。

「…ぺんこうの声がしてたけど……」
「夢ですよ。きっと、夕べの電話の事が頭に残っていたんでしょう」
「ぺんこう……頑張ってるもんね。…小学校で…副担任……」
「えぇ」
「観てみたいなぁ…教壇に立つ…ぺんこうの姿…」
「いつか、観ることが出来ますよ」

春樹は、優しい眼差しをした。

「眠ってくださいね」

そっと真子の目を塞ぐ。

「……お休みなさい…まきたん」
「お休みなさい、お姫様。良い…夢を」

真子の額に、そっと唇を寄せる。そして、布団を被せて部屋を出て行った。
その途端、春樹の眼差しが鋭くなる。
自分の部屋に入り、何処かへ連絡を入れた。




大阪・とある総合病院。
一台の車が駐車場に急停車する。そこから降りてきたのは、須藤だった。

「四代目。ここは、大丈夫ですから」
「……須藤が懇意にしてる病院か…」
「えぇ。口は悪いが、腕は日本一…いや、世界に通用する
 凄腕の外科医ですよ」
「これくらいは…」
「……中で留まってますよ」
「解ってる」
「自分で治療するつもりですか?」
「あぁ」
「……額の汗は停まってませんよ」

慶造は、額の汗を拭った。その途端、激痛に見舞われた。

「諦めてください」

そう言って、須藤は、慶造の腕を掴み、強引に病院の建物へと向かっていった。
いつもなら、そんなもの、すぐに振り切れるのだが、やはり……。



医者が事務所に戻ってきた。
ドアを開けた途端、怪訝そうな顔をする。

「須藤ぅ〜〜、勝手に入ってくるなと、いつも………血…?」

流石、血の臭いに敏感な医者=外科医の橋雅春。
血の臭いに気付いた途端、鬼の形相に……。

「すぅぅどぉぉぉぉうぅぅぅう…てめぇ……あれ程、言うたやろが…」
「ちゃいますって、院長。患者は…」

恐れながら、須藤はベッドの方を指さした。

「患者ぁ?」

怒りを露わにしたまま、ベッドに振り向いた橋。
そこには、慶造が横たわっていた。

「……他人を巻き込んだんか?」

橋が静かに尋ねる。

ま、巻き込んだ…というんだろうか…あれは…。

須藤は返答に困る。しかし、須藤の返事を待たずに橋は慶造に近づき、服をめくった。
そこには、銃創があった。

「三発も食らって、平気なんか………古傷…」

まだ血が滲んでいる傷だけでなく、そこには、たくさんの傷跡があった。
その傷跡から、橋は、目の前の男の正体が解った。

「……須藤……悪いが、別の病院に行ってくれ」

橋の口調が変わった。

「院長?」
「患者を選ぶな。…これは、ここの医者全員に
 口酸っぱく言ってることだが、…今回だけは、
 俺は、選ばせてもらう」
「院長……その男は…」

橋から醸し出されるオーラが変わった。
怒り。
それも、医者が持ってはいけないようなオーラ……。

殺気

「……俺が、この男を殺す前に、連れ去ってくれ」
「院長……しかし、他の病院では…」
「知るかっ! 自業自得だ。その世界で生きてるなら、
 当たり前のころだろが!」
「一刻を争う事態やで、院長。それに、この人は、俺を守って…」
「…………それでも、俺は、出来ない………この………
 阿山慶造を治療することだけは!」

そう言った途端、橋は、目の前の壁をぶん殴る。
欠片が、落ちた。

「い……院長……」
「…須藤、だから俺は自分で治療できると言っただろが」

慶造は体を起こし、服を整える。
そして、懐に手を入れ、何かを取りだした。
それこそ、春樹の秘薬。
そこに隠されている細いナイフを消毒し、

「医者、悪いが、ここで失礼する」

そう言って、自分の傷口から銃弾を取りだした。
その手さばきに驚く橋と須藤。そして、春樹の秘薬を手に取った。

…その入れ物……。

橋は、慶造が手にした容器を奪い取る。

「……貴様………やはり……やはり……」
「ん?」

橋の言葉が解らないのか、慶造は首を傾げた。その途端、胸ぐらを掴み上げられた。

「…許さねぇ……。貴様だけは……許さねぇっ!」

グッと拳を握りしめた橋は、高く掲げた。

「………何に怒ってるのか知らんが、それを返してもらわなければ、
 俺は……これ以上、もたないんだが……」
「この薬はな…」
「…俺の知り合いから、渡されたものだ」
「知り…合い…だと?」

橋の勢いが殺げた。
そして、発せられるオーラが外科医へと変身した。

「……くそっ。そこまで酷いなら、なぜ、平気な面をするんだよ!」

橋は怒鳴りながら、慶造の服を剥ぎ取り、突然、治療を始めた。

「院長?????」

橋の行動が解らない須藤は、ただ、立ちつくすだけだった。

「……薬を渡した知り合いの事を聞くまで、殺さねぇ。
 ……死ぬなよ…阿山慶造っ!」

その声は、気が遠くなり始めた慶造に届いていた。

……橋雅春。橋総合病院の院長兼外科医……か。
俺…こいつに、何か……したのか?

慶造の視野が、突然、真っ暗になった。



(2006.12.15 第十部 第二話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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