任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第十部 『動き出す闇編』
第九話 動き出す闇

春樹の車が玄関先に停まった途端、真子が飛び降りた。
組員達の迎える声に応えながら、その足は医務室へと向かっていく。

「美穂さん、まさちんの容態は!!!」

突然飛び込んできた真子に、美穂ではなく、美穂の下で働く医療班の組員が驚いたように立ち上がった。

「わっ、お嬢様っ!!」
「ご、ごめんなさい……美穂さんは?」
「奥で診察中です」
「まさちん……ひどいの?」
「傷の悪化で、熱が続いてます」
「…入っても、いいのかな…」

心配そうに真子が尋ねると同時に、美穂が奥の部屋から出てくる。

「それは、着替えてからにしてね、真子ちゃん」
「……まさちん……」
「眠ってるから、何も話せないよ?」
「真子ちゃん、着替えてからにしなさい」

遅れてやって来た春樹が、少し怒った口調で言った。

「ごめんなさい」

真子は素直に部屋へ向かっていった。

「真子ちゃんも熱?」

美穂が尋ねる。

「微熱程度。学校には行くってさ」
「そうでしょうね。…でも心配だから…」
「むかいんには後で伝えておく」

そう言った春樹は、医療班の組員を睨み付けた。

「申し訳御座いませんっ!! 突然の事だったので…」

真子の前には、あまり姿を見せるなと言われている組員達。
いつもなら、真子が医務室を尋ねる時は、ノックをして、返事を聞いてから入ってくる。
その時、組員が医務室に居るなら、返事をする前に隣の部屋へと姿を隠す決まり事になっていたが、今回ばかりは、間に合うわけがない。この決まり事は、真子にも伝えられていた為、真子は組員の姿を見た途端、謝ったのだった。
謝ると同時に、気を引き締めた真子は、組員の心の声を聞くことは無かったものの、春樹の怒りを買ってしまった…。

「怒らないでよぉ、真北さん」
「すまん。…今回は、俺の方に非がある…」

その言葉に、美穂と組員は驚いたように目を合わせた。

「真北さんも熱…?」
「俺は大丈夫だぁっ!!」

怒り任せに怒鳴る春樹だった。




着替えた真子は、眠る政樹の側に座っていた。
時々浮かぶ、額の汗を優しく拭う。

まさちん…ごめん…。

真子は心で語りかけていた。
何を考えて、無理をしたのか。
怪我をしたのは、自分のせい。
色々と思い浮かんでくる考えに、真子は少し混乱していた。

「真子ちゃん、夕食」
「……うん。……美穂さん」
「ん?」
「少しの間……お願いします」
「しっかりと食べてくること。微熱を吹き飛ばさないと、
 楽しい夏休みが来ないぞぉ」
「まさちんが居ないなら、楽しくないから…」
「それなら、早く治るようにしておくわよぉ」
「お願いします」

暗い表情で立ち上がる真子。

「ほら、笑顔じゃないと、むかいんが心配するぞ」

美穂が明るく声を掛けると、真子の表情は、ちょっぴり明るくなった。

「行ってきます」

そう言って、真子は医務室を出て行った。
美穂が政樹の熱を測る。
三十七度八分。
かなり下がっていた。

あれ? 急に下がった??

真子が帰ってくる前は、まだ、高熱が続いていた。しかし、今、かなり下がっている。

薬が効いた? ……あっ。

何かに気付いたのか、急に閃いた表情をする。

「美穂さん、どうされました? まだ、下がりませんか?」

組員が声を掛けてくる。

「三十七度八分」
「下がりましたか…。やはり、効果があるんですね」
「ん?」
「お嬢様という薬の効果は、すごいですね」
「やっぱり、思った?」

二人は同じ事を考えていたらしい。

「えぇ。お嬢様が来られた途端、まさちんさんの表情が和らぎましたから」

ほんと、この子は、凄いよなぁ。
道院長がご推奨する訳だわ。

美穂は感心していた。

「その通りだったわねぇ。…その『薬』は、真北さんにも
 効果がありそうね…」
「四代目にもでしょう?」
「うん」

二人が話している頃、真子と春樹は夕食タイム。
ちょっぴり箸の運びが遅い真子を心配しながら、春樹も箸を運んでいた。

「お嬢様、最後は、こちらをどうぞ」

向井が、特製熱冷ましを差し出した。

「ありがとう」
「あまり無理をしますと、寝た子が起きてきますよ」

向井が言うと、真子が笑う。

「起きた途端、心配してきそうだね」

真子が言うと、向井が笑う。

「自分のことを考えずに、『お嬢様!!』って、凄い剣幕で…」

向井の言葉に、真子は更に笑ってしまった。

「元気…出ましたか?」
「はい。ありがとう、むかいん」
「お嬢様に何か有ると、心配する連中が多いですからねぇ」
「そう?」

真子は特製熱冷ましを飲み干した。

「ごちそうさまでした」
「宿題を終えてから、まさちんの所へ行ってくださいね、お嬢様」
「まさちんの所で宿題は駄目?」

真子は、うるうるとした眼差しで春樹を見つめる。

「今回だけですよ」
「ありがとう、真北さん。むかいん、ごちそうさまでした!」
「あまり無理しては駄目ですよ」
「うん!」

明るい笑顔で真子は食堂を出て行った。
春樹の前にお茶が差し出される。

「ふぅ……ありがと」

気が抜けたように春樹が言った。

「どうされたんですか? お疲れのようですが…」
「まぁ……色々となぁ」
「真北さんこそ、休暇が必要ですよ。いつまでも、お嬢様の
 笑顔だけでは、体は休みませんよ」
「それは、普通の人間だけ。俺は休まる」
「四代目にばれると、厄介ですよ」
「いつもの事や」

そう応えた春樹は、何かに集中する。
宿題を手にした真子が、医務室へ向かっていく足音。
ドアをノックして、そっと入っていったのが解る。
暫くして、誰かが医務室から出てきた。
医療班の組員だった。春樹が居る食堂に顔を出してきた。

「お嬢様は医務室です」
「あぁ。ありがと」
「美穂さんが付いております」
「仕事は大丈夫なのか?」
「代わりをしろと言われましたので、私は道病院へ行きます」
「夜勤だったのか?」
「そのようです。では、失礼します」
「お疲れさん」

春樹に一礼して、組員は去っていった。

「美穂ちゃんの作戦か」
「そうでしょうね」

どうやら、組員の腕は、誰もが知っているようで…。
春樹に新たなお茶を注ぎながら、向井が応えていた。



真子は、政樹の側に座り、宿題をしていた。
その様子を美穂がそっと見守っている。
真子の手が停まる。

「美穂さん、これは、こうで合ってますか?」

真子が尋ねると、

「正解ぃ。………筆記体は、まだ早いでしょう?」
「そうなの? でも、こっちの方が慣れてるんだけど…」

本当に、真北さんとぺんこうは、何を教えてたのよぉ。

真子の言葉に驚きながら、

「いつから書いてるの?」

美穂は尋ねた。

「去年…」

真子が静かに応えていた。

「お嬢様……」

政樹が口にした。

「まさちん?」

驚いたように真子が声を掛けるが、政樹は寝息を立てている。

「起きてるのかなぁ…」

真子が言うと、

「……お嬢様……すみませんでした……」

またしても政樹が口にする。

「……ずっと、譫言で言ってるのよぉ。よっぽど落ち込んでいたのねぇ」
「まさちんに…悪いこと…しちゃったかな…」

今朝の態度を反省する。

「でも、真子ちゃんに黙っていたのは、まさちんが悪い」

美穂が真子の味方をするかのような言葉を発すると、

「申し訳…ございません…。今後…そのようなことは…」

凄く反省した譫言が聞こえてきた。

「……こりゃ、相当だわ…」

呆れたように美穂が言うと、

「私、そんなに怒ってないのにぃ」

真子がふくれっ面になる。

「すみません………」

起きているかのように、真子と美穂の言葉に反応する政樹。

「やっぱり、起きてるのかな…」

真子と美穂が同時に言った。

「許してあげる」

そう言って、真子が政樹の頭を撫でると、政樹の表情が急に和らぎ、

「ありがとうございます……」

そう応えていた。その直後、スゥッと眠りに就いたように見えた。

「……起きてたのかな…」
「起きてたみたいね…」
「そこまで、私……冷たい態度だったのかな…」

今度は、真子が反省中。

「たまには、いいんじゃない?」

政樹の行動の事情を知ってる美穂は、優しく真子に言った。

「今回限りにする。次からは…ちゃんと……私に言ってね、まさちん」

真子が語りかけると、政樹の寝顔が微笑んでいた。




「これで、終わりやんな…」

慶造が呟く。

「…………そうですね…」

八造が書類を確認しながら、応えた。

「あがぁぁぁぁもぉ…」

そう言いながら、慶造はドカッと仰向けに寝転んだ。

「ほんま、ええ加減にせぇって…。向こうが勝手に暴れたんやろが」

嘆く慶造に、八造はお茶をそっと差し出す。

「お疲れ様でした。あとは、私の方で行いますので、
 おくつろぎください」
「あぁ、ありがと」

ガバッと起き上がり、八造が差し出したお茶に手を伸ばす。そして、味わうように一口飲み、八造に目をやった。八造は、書類をまとめ、次の仕事に移っていた。

「八造も休めよぉ」
「いいえ、私はまだ…」
「あんまし増やすと、須藤が嘆くやろが」

ちらりと部屋の入り口に目をやると、そこには、青ざめた表情をして立ちつくす須藤の姿が。
嘆くというよりも、恐怖を抱いている様子。

「これ以上、恐れさせたら、ここに居られんようになるで」
「一段落するまで、こちらで仕事が出来るように、お願いするつもりです。
 その方が、移動の時間を短縮できますからね」
「…その移動時間で、考えることもあるんやけど……」

須藤が声を発した途端、八造が驚いたように顔を上げた。
須藤の姿に気付いていなかったらしい。
その様子に疑問を抱いた慶造は、

「休め。命令や」

四代目の威厳を発揮。その途端、八造の手が止まる。

「御意。では、庭に」

一礼して、部屋を出て行った。

「…………猪熊の休憩って、庭木いじりか?」

須藤が呟く。

「すまんな、いつも」

そう言って、慶造はお茶をすする。

「感謝しておりますよ。そこまで細かくしなくても…と思いますが
 その方が、やりやすいんですよね。だからこそ、ここまで何事もなく
 進んでいるんですから」
「須藤に、そう言ってもらうと、推薦した俺も嬉しいよ」
「……四代目?」

慶造の言葉に、違和感がある。そう思い、須藤は声を掛けたが、慶造はお茶を飲み干すだけだった。
庭木の手入れを始めたのか、八造の声と、須藤組組員の声が聞こえてきた。
組員に手入れの指導をしている様子。その八造の声に、慶造は耳を傾けていた。
須藤が呼んだことにも気付かない程……。

「それと、四代目」
「ん?」

今度は聞こえたらしい。

「こちらでの動きが西日本に広がっておりまして、
 暫く厄介なんですが…」
「何に?」
「傘下の申し出ですよ」
「断れ」
「実行済みです」
「これ以上、巨大化すると、本当に厄介だろが」
「そう思いまして、きっぱりと断ってるんですが、その後の動きが
 妙なんですよ」
「妙…?」
「えぇ。桜島組が足を踏み入れた事も妙だったんですが、
 裏で手引きした組織があるらしいんですよ」
「そりゃ、そうやろな。お前らの警戒網をいとも簡単に
 くぐり抜けてきたくらいやからなぁ。だからこそ、俺の行動や」

あぁ、なるほど。
連絡が途絶える方が、激しく…って、それは…。

言いたい言葉をグッと堪えて、須藤は話しを続けた。

「こちらの動きを常に見ているようですね」
「…これ以上は、こっちの世界で激しく動けないな。
 まぁ、今回は、その予定は無いから、心配するな」
「かしこまりました。…では、例の事業ですが、
 松本から新たな案を頂きました」
「………そういうところは、相変わらず、負けず嫌いだな…」

須藤が差し出した書類を手に取り、慶造は須藤と話し込む。
庭では、八造と組員が手入れをし続けていた。





暗がりの部屋で、二人の男が話し込んでいる。
格上の男が、一人の男に指示を出したのか、男は一礼し、部屋を出て行った。
残された格上の男の口元が、小さな灯りで照らされた。
その口元が、不気味につり上がる………。





九州にある桜島組組事務所。
ようやく落ち着きを取り戻したのか、組員達の姿があった。
慌ただしく動き始めた組員達。玄関先に一列に並び、出迎える用意をする。
ドアが開くと、桜島組組長・長田が姿を現した。

「行ってらっしゃいませ」

組員達に見送られ、長田は車に乗り込む。
行き先は、高級感溢れるスナックだった。
出迎えた組員達は無傷で済んだものの、長田は失ったものがあった。
組員達ではなく、金になる物だった。
阿山組が出した条件は、襲撃した場所の再建。
襲撃前の状態に戻すこと。
もちろん、桜島組の金で。


長田はアルコールを勢い良く飲み干した。
その勢いでグラスをテーブルに置く。
隣の席に一人の男が座った。長田の目の前にあるボトルに手を伸ばし、長田のグラスに注がれる。
長田は驚いたように隣の男に振り向いた。

「荒れてますね…」

男が静かに言った。

「………そりゃぁなぁ。…俺が狙ったのは一般市民やから、
 あんたらのお仲間に何を言われても気にしないが、
 同業者に言われたら、そりゃぁ〜」

長田は再び飲み干す。
すると、新たに注がれる。

「私に用ですか?」
「えぇ…まぁね。それ程まで、阿山組が憎いのか?」

男が尋ねると、

「全国制覇を狙うなら、一気に狙うべき組だろが。
 あんたらには、解らんやろうがなぁ、刑事さん」
「憎い感情は、同じですけどね」

その言葉に、長田の眼差しが変わった。

「ほほぉ…刑事に恨まれたとあっちゃぁ、阿山組も終わりだな。
 ……同じ感情なら……ということですかね?」
「そうなりますね。…私たちの世界では、無理なことがありますからねぇ。
 法で守られる世界では、どうしても…人の感情は抑えられないでしょう?
 ……手ぇ…組みませんか?」

長田に話を持ちかけた刑事。
一体…誰…?

阿山組に、新たな危機が………と思いきや、その危機は、別の所にあった。





政樹、復帰。
美穂に許可をもらってから、政樹は医務室を出てきた。
その表情は晴れ晴れとしている。
真子は学校に居る時間。
取り敢えず、自分の部屋に向かう政樹は、廊下で春樹と出会った。

「おっ、許可もらったのか?」
「はい。ご心配をお掛けしました」
「俺より、真子ちゃんな」

そう応えた春樹の表情には、安堵を感じる。

「お嬢様のお迎えは、何時でしょうか?」
「一緒に行くのかぁ?」
「あっ、いえ、その……お嬢様もご心配なさっていたので、
 あの…その……」

焦る政樹を観て、春樹は笑い出す。

「冗談や。迎えに行く元気があれば、一緒に行くか?」
「はっ。それでは、いつもの時間に部屋へ…」
「いや、俺は出掛けるんでな」
「そうでしたか」
「慶造が帰ってくるらしいから、その準備や」
「では、私もお手伝い…」
「無理すんな。時間になったら、帰ってくるから、それまで
 部屋でゆっくりしとけ」
「ありがとうございます。では、そのように」

一礼して政樹は部屋へ向かっていった。
春樹は息を吐く。

「まさちんは知らんことやし」

そう呟いて、春樹は出掛けていった。
向かう先こそ、特殊任務の……。



部屋に戻った政樹は、取り敢えず、慶造に言われている日記を書き始める。
自分が寝込んだ日から、四日分空いていた。
空白の部分を埋めるため、政樹は医務室での事を思い出す。
自分が熱で倒れた事、春樹に看病されたこと、そして、真子が常に側に居たこと。
真子の迎えには、春樹が代わりに行った事、自分の病状、その病状を心配する真子のこと。
真子が語った物語のこと、真子の言葉を覚えている限り一言一句書いていく。

あれ??

気が付くと、真子のことではなく、真子に対する自分の思いを書いていた。
慌てて消そうとするが、持っているのは万年筆。
消すことが出来ない……。
黒々と塗りつぶしていく政樹だった。




春樹の車が、真子の学校へと入っていった。
車が到着するよりも早く、真子が待っていた。
春樹の車に気付いたのか、真子が手を振っていた。
その表情が、驚きのものへと変化した。
車が停まった途端、真子は助手席のドアを開けた。

「おつ…」

と助手席に座る政樹が言うよりも先に、

「まさちん!!! 元気になったんだ!!!」

真子の声が車内に響いた。

「ご心配をお掛け致しました。すっかり元気になりました」

政樹が笑顔で応えると、真子の笑顔が更に輝いた。



後部座席に座った真子は、運転席と助手席の間から顔を出して、政樹と春樹に学校での出来事を話していた。楽しく語るものだから、二人とも何も言えずに、家に着いた。
車から降りても、真子の話は続いていた。
春樹と政樹の間を歩く真子は、そのまま玄関へと入っていく。
そこには、勝司が待っていた。

「お帰りなさいませ」
「ただいま帰りました」

真子が丁寧に挨拶をすると、勝司は一礼して春樹に声を掛ける。

「真北さん、時間…よろしいでしょうか…」

いつもにも増して深刻な表情の勝司を観て、春樹は、

「あぁ。…真子ちゃん、ごめんよ。夕食は一緒だからなぁ。
 まさちんを困らせるなよぉ」

優しく声を掛けて、頭を撫でる。

「はい。お疲れ様です」

そう応えた真子は、政樹と並んで部屋へと歩いていった。
真子の姿が見えなくなると同時に、春樹の表情が変わる。

「……例の事か?」
「えぇ。先程、情報が入りました。…御存知だったんですね」
「昼に向かった先で知った。…だが、今は手を出さないつもりだ」
「しかし、四代目は既に…」
「解ってる。これは、組の問題に見えるが、実際は個人の問題だろ」
「えぇ。…私も絡んでおります」
「それは、あんたの親父さんだろ?」
「その親父から頼まれたことでもあります」
「………彼女は、もう、居ないんだ……」

春樹の声は沈んでいた。

「お嬢様が居ます。もしかしたら…」
「それは解らない。…だが、もし、そうなった場合は…」

そこまで言って、春樹は口を噤んだ。
勝司には解っていた。

そうなった場合は、この身を呈してまで守ってやる。

春樹の言葉は、勝司の言葉でもある。
しかし、それをすると、慶造の逆鱗に触れる事も解っていた。

「恐らく反対されるかもしれませんが、伝えておくつもりです」
「それは、お前の判断だな?」
「はい。四代目の身に危険な事は…」
「すでに、危険だったけどな」

春樹は苦笑い。

「その……連絡は?」

勝司が尋ねたいことは、解っているが、

「俺にすると思うのか?」
「あっ、いえ………しませんね…。すみません」

思わず恐縮そうに謝る勝司だった。

「帰りの予定は今夜だったが、明日に延びてるぞ」
「そうでしたか……そこまでは、存じませんでした」
「まぁ、俺が変更させただけや、気にするなよ」
「はっ」

短く返事をして深々と頭を下げる勝司に、春樹は眉間にしわを寄せた。

「なぁ、山中ぁ」
「はい」
「俺に、その態度はやめてくれ」
「しかし、真北さんは四代目と…」
「それは表での姿の為だ。本来は敵同士だろが。
 だから、山中ともそうなるんだが…」
「それでも…」
「あがぁ、解った。俺の態度も改める。…山中さん、
 慶造の帰宅の事は、猪熊さんにも伝えているから、
 そのつもりで宜しくお願いします」
「………はい。…その…真北さんへの態度は、四代目と
 相談してからに致します」
「ほんと……真面目だなぁ」

その時、春樹を呼ぶ真子の声が聞こえてきた。

「…すまん、山中」
「いいえ。恐らく地島が」
「そうやろな。そっちの事は、任せるから」
「はい」

勝司の返事を聞きながら、春樹は真子の部屋へと向かっていく。

「態度を改めろと言われても、難しいよなぁ」

困った表情を浮かべながら、勝司は自分の部屋に入っていった。






慶造が帰ってきた。

「お疲れ様です!!」

組員達に迎えられた慶造は、四代目の威厳を保ったまま、玄関を上がり廊下を歩き出す。
慶造は、部屋に入るなり、そのままベッドへと倒れ込むように寝転んだ。

着替え…ないと…。

と思うが、思うように体が動かず、そのまま眠りに就いてしまう。


夢を見た。
真子が、一人で歩いていく。
その真子に付いていくかのように、政樹達が歩いていく。

真子…一人は危ない…。

そう言いたいが、声にならない。
真子の後ろ姿に手を伸ばすが、その手を誰かが掴んでくる。

誰だ…? 放してくれ。
真子が一人で……突っ走ってしまうだろうが…。

慶造は手を掴んでいる誰かの手を見つめる。
その手には、懐かしさが感じられる。
手を伝うように目線を移していった。

!!! ちさとっ!



「……ちさと……」
「ん??? 寝言か…。…慶造…、そこまで疲れてるなら、
 八造に任せておけば良かったのにな…。何をムキになって
 率先して、動いてきたんだよ……」

慶造が帰ってきたと耳にして、報告がてら足を運んだ修司は、慶造の部屋を尋ねた途端、ベッドに倒れ込むように眠る慶造に、半ば呆れ返っていた。上着を脱がし、ネクタイを外す。そして、寝やすいように体を動かし、布団を掛ける。布団からはみ出た手を掴んだとき、慶造が口にした。

ちさと…。

亡きちさとの名前を口にする時は決まっている。
心身共に疲れ切っている時だけだ。
体は疲れていても、常に心は保っている慶造。
それは、ちさとがこの世を去ってから、更に強くなっていた。
なのに、この日は…。

「久しぶりに、ちさとちゃんと楽しんでおけよ。なっ、慶造」

眠る慶造に語りかけ、そっと頭を撫でる修司。
ふとドアの向こうに感じた気配に反応し、部屋を出て行った。
ドアが閉まると同時に、慶造は寝返りを打つ。

「心配……するなよ……」

慶造が呟いた。



修司が感じた気配は、勝司の気配だった。
勝司は慶造に何かを伝えようとしたらしい。

「今は、無理だ」

修司が言った。

「はっ」
「俺が聞いておくが…」
「実は、黒崎組復活の情報が耳に入りました」
「何? …黒崎の五代目は、医薬関連に没頭してるんじゃないのか?」
「それが、四代目が戻られる二日前に、復活を宣言したそうです」
「……一体、どういう事だ? 慶造だけでなく、真北さんが向こうに
 居る時は、常に様子を伺っていただろが」

修司の表情が険しくなった。

「まさか慶造の奴……それを知って…」
「恐らくそうだと思われます」

勝司の言葉に、修司は拳を握りしめた。

「やっと……」

やっと、慶造の思いが達成すると言うのに……。

慶造が疲れて帰ってきたのは、関西での事業が急速に進み出したからだと思っていた。
だからこそ、慶造を心配して、足を運んでいた。
関西での事業の進み具合は、修司の耳にも入っていた。
それが軌道に乗れば、後はそれぞれに任せるだけだと、常に修司に言っていた慶造。
その後の事も考えていた。

また、昔のように、三人で楽しく…。

ところが、治まった者が、また現れた。
黒崎組復活は、慶造は望んでいない事。

「猪熊さん?」

修司が深刻な表情で何かを考えている事は、勝司にも解っていた。
こちらの世界に引き戻さなければ、修司こそ、慶造の為に…。
そう思い、勝司は名前を呼んだ。
しかし、返事もしない。

「お伝えしない方が…」

そう口にした時だった。
慶造の部屋のドアが開いた。

「お前はもう、関係ないだろが」

慶造が姿を見せた。
その表情こそ、疲れ切っているのが解る程。

「慶造……俺を避けるのか?」
「…引退した男には、関わって欲しくないんでな」
「……そうやって、俺を避けて、またお前だけで…」
「勝司、その事は関西で水木から耳にした。取り敢えずは
 説得したんだが、どうしても、納めることは出来ないそうだ」

慶造は修司を避けるようにして、勝司に話し始めた。
その行動に、勝司は焦る。
修司の怒りの炎が見えていた。
それでも、慶造は話し続けた。

「…解った。俺は関わらない。……だがな、慶造」

修司は、慶造の睨み上げる。
それに怯むはずもない慶造は、修司を睨み返した。

「誰かが哀しむような事だけは、絶対にするなよ」

そう言って、修司は足早に、その場を去っていった。
修司の姿が見えなくなると、慶造は大きく息を吐き、壁にもたれ掛かる。

「四代目、御無理なさっては…」
「…手当て済みだ。…ったく、修司の奴…俺の怪我に気付かないほど
 疲れてる癖に、俺に気を遣いすぎだ」

そう呟いて、勝司を睨む。

「申し訳御座いませんでした」
「……二度と修司には伝えるな」
「御意」
「まぁ、俺のことを伝えなかった事で、チャラにしてやる」
「はっ」
「その話は、明日にしてくれ。話せるほどの体力は無いんでな」
「かしこまりました。失礼します」
「あぁ」

慶造は部屋へ戻っていった。
勝司は一礼した後、去っていく。そして、自分の仕事を始めた。




阿山組本部を出てきた修司は、慶造の部屋の方に目をやった。

俺が気付かないとでも、思ったのかよ…。

慶造が隠していた怪我のことは、解っていた。
だが、それには、黒崎組が絡んでいるとは、思っても居なかったらしい。
修司は、ゆっくりと歩き出す。

黒崎竜次…。今更、何をしようと思ってるんだよ…。
ちさとちゃんの命を奪うだけじゃ……治まらないのかよ…。
許さねぇ。
慶造の命を狙うことは……。
そして、真子お嬢様の命も…。

自宅に着いた修司は、何も言わずに玄関を開ける。
迎えに出た三好の姿に気付かないほど、考え事をしながら自分の部屋へと入っていく。

修司さぁん……。

項垂れる三好は、この時は未だ、修司の思いを知らずに居た。





修司は、懐かしい場所に立っていた。
目の前にある屋敷を見つめている。
そこは人が住んでいる気配を感じない程、静かだった。
何かの気配を感じ、修司は身構え、目線を移した。

「…真北さん…」
「やはりなぁ。山中の言葉を耳にした時から、想像できたけど…。
 私が嗾けたようなものですから…」
「いいや、真北さんが話さなくても、耳にしたからには…」
「竜次の事は、慶造が頼まれた事なのでしょう? 猪熊さんが
 このように先だって行動するのは…」
「慶造が望んでいないことくらい、解ってますよ」

修司は微笑んだ。

「それでも、私のここにある思いは……ね」

自分の胸を指さして、力強く言った。
それには、春樹は参ってしまう。

「竜次は大阪ですよ。二度とこの地には戻ってきませんから。
 …私たちだけでなく、竜次も同じ思いを抱いていますからね…」
「えぇ。…それ程、ちさとちゃんのことは……」
「えぇ…」

静かに語り合い、二人は、目の前の屋敷を見上げていた。
その屋敷こそ、竜次があの日、構えた新居…既に何年も経った為、新居とは言い難いが、見た目には、まだ新しい状態だった。誰も住まず、ただ、清掃だけは行われていた事が解るほど、新しく感じる建物。

「戻りましょうか」

春樹が言うと、

「そうですね。私の行動を知った途端、無茶しそうな男が
 一人、居ますからねぇ」

修司が笑いながら応えた。
そして、二人はその場を去っていった。
その二人を見つめていた目があった事に気付かずに……………。



(2006.3.8 第十部 第九話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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