任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (3)

朝。
政樹は真子の部屋に向かっていく。
ノックをした。
返事が無い。
もう一度ノックをし、

「お嬢様、そろそろ起きないと遅刻しますよ」

ドア越しに声を掛けてみた。
返事も無ければ、人の気配を感じない。
政樹は慌ててドアを開けた。
……が、

「真子ちゃんなら、とっくに登校したぞぉ」

廊下の先から声が聞こえた。
春樹だった。

「真北さん」
「ったく、何が遭った?」
「何が、でしょう?」
「……あれほど、真子ちゃんから離れるなと言ったのに、
 どうして、真子ちゃんは一人で登校してる…それも徒歩で…」
「それは……」
「……それでも、強引に付いていたのは、誰だよ。
 真子ちゃんが心を開けば、それでいいのか?」

春樹が言っているのは、真子の世話係になった頃の事。
あの頃は、真子に気に入られて、その後、利用して、慶造の命を狙うという作戦だった。だからこそ、必死になって、真子の後を追いかけていた。なのに、今は……。
政樹は、返す言葉が無かった。

「申し訳御座いません。……学校前で…」
「俺が行くから」
「………真北さん」
「あん?」
「それが、本音…ですか?」
「まぁなぁ。ぺんこうのことも心配やし」
「ぺんこうさんは、一度約束したことは決して破る方じゃないはずです。
 なので、先日のお話の事は…」
「学校では、慶造の目と俺の目は届かんやろ。解らんでぇ」
「それは……無いと思いますが……」

そう応えたものの、政樹は自信が無かった。

「まさちんは気付いてないんか?」
「お嬢様の思いでしょうか…」
「あぁ」
「私が組長の側に居ることで、組長を守ることが出来る……」
「そこまで解ってるんか。それやったら、俺が言わんでもええか」
「黒崎組の復活。そして、再び、組長とお嬢様の命を狙っている…」
「竜次を止められなかった。…あいつ、本業を停止してやがった。
 復活するとは言っていたが、まさか、こっちの世界に戻るとは…。
 慶造の思いだけじゃない…ちさとさんの思いでもあるのにな」

春樹の言葉は、切なかった。

「……ちさとさんの命を奪ったのは、黒崎徹治ですよね」
「奴は、あの日以来、跡目を竜次に譲ってから、海外へ逃げた」
「真北さんの怒りから…とお話を聞いてます」
「栄三からか?」
「はい」
「黒崎の奴が戻ってくることは無い。だが、竜次が再び行動を
 起こそうとしてることは、目を離さない方が良いということだ。
 まさちん。俺が何を言いたいのか、解るか?」

春樹の眼差しは、とても真剣だった。
今まで以上に真剣な眼差し。
事態は深刻な方向に向きつつあることが、政樹には伝わってきた。

「お嬢様から、離れるな…ということですね」
「真子ちゃんが、慶造に無茶をさせたくないと考えているのと同じように
 慶造も、真子ちゃんを哀しませたくないという思いが強い。二人は
 同じ思いを相手にぶつけて、無茶な行動をしそうだからな。
 だから、まさちんは、真子ちゃんから絶対に離れないで欲しい」
「かしこまりました。……しかし、組長には…」
「山中が居る。それに、例の男達も…な」
「そうでしたか。オーラを感じていたのですが、それがいつものオーラと
 違っていたので、気にしておりました」
「慶造に気付かれない為だそうだ」
「……真北さんは、気付いておられたんですね……」
「俺と慶造は、違うからさ。…………で、もう一つ聞きたいんだが…」

そういう声は、とても低い。
政樹は、慶造に教わっている組関連のことがばれているのでは…と、内心、ハラハラしていた。

「……例の場所には、行くな」
「えっ?」
「臭い。強いからなぁ、これと違って」

春樹は、二本の指を立てて、アピールする。

「…えっと……」

思わず、目を反らす政樹だった。

あいつは、硝煙の臭いに敏感だし、地獄耳だからなぁ。

隠れ射撃場に案内された時、慶造から聞いた言葉だった。
春樹は、なぜか、硝煙と銃声には敏感だということ。その理由こそ、教えてもらえなかったのだが。
この日の早朝。当番が起きる頃に、隠れ射撃場へ足を運んでいた。
それは、真子を守るため。
真子の目の前では使わないことと強く言われているが、もしもの事がある。
護身用として持っておけ。そして、いざというとき、自然と動けるようになっておけ。
慶造の言葉だった。
それが何を意味するのか、解っている。
だからこそ、自分には必要ない銃の練習をしていた。
扱うのは初めてではない。だが、相手を倒すという感覚を味わえないことから、政樹は避けていた物だった。

「俺は、鼻が利くんだよ」

そう言って、春樹は政樹の額を小突いて、真子を追いかけろと目で語る。

「私の今日の予定は…」
「今日から、ずっと、真子ちゃんから離れないこと」
「かしこまりました。では、すぐに向かいます」
「車でな」
「はっ。失礼しました」

政樹は一礼する。
スッと挙げた表情は、とても穏やかだった。
そして、政樹は自分の部屋へと入っていく。
春樹は、フッと息を吐いた。
そして、少し離れた所から感じるオーラに振り返り、睨み付ける。
それと同時に、政樹が部屋から出てきた。

「行ってきます」
「おう。真子ちゃんには気をつけろよぉ」
「心得てます」

足取り軽く去っていく政樹を見て、春樹は、ホッと一安心。

「慶造…お前、解ってて、まさちんを連れ回してるのか?」

少し離れた場所に居る慶造に向かって語る。
そして、慶造の居る場所へと足を運んだ。

「聞いてるんかっ!」
「聞いてる。そして、解ってる」
「なぜ、真子ちゃんから引き離す?」
「地島の思いだ」
「お前の思いは?」
「……知ってて聞くのか?」
「敢えて口にした方が、良い時もある」
「今回ばかりは、良くないんでな」
「……竜次……真子ちゃんの側に居たんだろ?」
「知ってたのか」
「耳に入った」
「そうか」
「……そうか…じゃねぇっ!」
「何をかりかりしてる? 俺の行動か? 思いか? それとも、
 真子に逢えない日々が続いたからかぁ?」

慶造の言葉の一つ一つに、春樹の表情が反応する。
慶造の言葉全てが、本当のことらしい。

「〜〜っ!!!! 悪いかぁぁ〜っ!!!」

なぜか、春樹が怒鳴ってしまった……。




政樹の車が、真子の通う学校の校門を通りすぎる。そして、駐車スペースに停まった。

ふぅ……。

ため息を付きながら、車を降り、校舎に向かって歩いていく。

組長、真北さん…お嬢様…。
一体、誰の言葉に従えば……。

再びため息を付いて、校舎に入っていった政樹は、靴を履き替え、廊下を歩き出した。
ところが…。

「………」

政樹は歩みを停めた。
背後に感じるオーラに、体が勝手に反応した。

「何しに来た?」
「そういうお前こそ、逢うな…と言われたんじゃなかったっけ?」
「なるほどな。お前が見張りって訳か…」
「…いや、そうじゃないんだが……。……授業中だろ。仕事は?」
「初等部と中等部じゃ、時間が違うんでな。今は休み時間」
「それで、なぜ、ここに居る?」
「いつものことや」
「いい加減、違う教師にしてもらえば?」
「…そうする」

そう言って、初めて背後に振り返った政樹は、そこに立っていた芯を見て、

「教師…………………に……見えないな……」
「……なんだよ、その間は…」
「眼鏡で少しは…と期待してたけど」
「お前も思ってたんか?」
「まぁ、…遠い記憶にある教師とは違う雰囲気だからさ…」
「はぁ………………」

肩の力を落とした芯だった。



「ところで、こんな時間から、どうするつもりや?」

二人は歩きながら話し始めた。

「お嬢様に、来たことを知らせないとな」
「怒られるぞ」
「承知の上」
「はいはい」

邪険に扱う芯。

「なぁ…」

政樹が静かに口にした。

「ん?」
「聞いていいかな…」
「何を?」
「お前は、誰の命令を一番に考える?」
「えっ?」

政樹が口にした言葉に、芯は首を傾げる。
そして、静かに尋ねた政樹に、芯は自分の思いを素直に伝えていた。



芯と別れた政樹が、真子の教室に向かって歩いていく。
階段を昇り、廊下を曲がった時、授業終了のチャイムが鳴った。
各教室から、ざわめきが聞こえてくる。そんな中、政樹は真子の教室の前にやって来た。窓から真子の姿を探す。クラスメイトの一人が、政樹の姿に気付き、真子に何かを告げた。
真子が振り返った。
政樹が一礼すると、真子が勢い良く教室を出てきて、

「どうして、居るのっ!!」

真子が怒鳴った。
いきなりの事で、ざわめいていた声が、消えた。

「必要ないと言ったのに。どうして、ここに居るのよっ!」
「真北さんに言われましたので」
「……まさちんは、誰に仕えるの? 誰の命令を聞くの!」
「お嬢様です」

政樹は即答した。

「私? それは、私の世話係だから?」
「はい」
「お父様に言われて、私の世話係をしてるんでしょう?」
「はい」
「それなら、誰の言葉を一番に…」
「お嬢様です」
「……私…まさちんに、なんて言った? どう言った??」

真子が、まくし立てる。それには、教室中がハラハラしていた。
あまり感情を見せない真子。その真子が怒りを露わにしている。
真子の家系は……。
誰もが、この後に起こる事を予想していた。

「慶造さんの側に居るように。そう言われました」
「じゃぁ、どうして、ここに居るの?」
「お嬢様の側から離れるなと言われましたから」
「真北さんに?」
「はい」
「真北さんの言葉に、一番に従うんだ」
「違います」
「ここに居るのに、違うっていうの?」
「お嬢様の思いは察しております。しかし、お嬢様に何かあると
 慶造さんが更に危険な行動に出てしまいます。その慶造さんを
 私がお守りして、怪我をすると、お嬢様が哀しみます。だから、
 私は、私の判断で…」
「……お父様の身は……誰が…守るのよっ。お父様を誰が
 止めるのよっ!!!」

真子は政樹の胸ぐらを掴み上げ、壁に押しやった。
その勢いは、政樹の想像を超えていた。背中を強打する。

「山中さんが居られます。そして、真北さんも…」
「山中さんや真北さんが同じ事をしたら、哀しむ人がたくさん居るの!
 お父様や私の事で、もう……誰も哀しませたくない。だから……」

真子は政樹の胸ぐらを掴み上げたまま俯いた。

「矛盾してますよ、お嬢様」
「……解ってる」

政樹は、自分の胸ぐらを掴み上げる真子の手を優しく握りしめ、胸ぐらから離した。

「私がお仕えするのは、お嬢様です。そして、お嬢様も御存知でしょう?
 私は、唯一、命令に背く人間ですよ?」

政樹の言葉に、真子が顔を上げた。
政樹は、とても優しい表情で真子を見つめていた。その表情こそ、真子の涙を止めるもの。

「質…わるぅ…」

真子が呟いた。

「えぇ。私の決意は、変わりませんから」
「……いいの?」
「はい。あの日、心に決めたことです」
「……馬鹿……」

と小さく呟いて、政樹に蹴りを入れる真子。

「えぇ、大馬鹿ですよ」

真子に蹴られた所をさすりながら、口を尖らせて、政樹は言った。
チャイムが鳴った。

「お嬢様、授業ですよ」
「解ってるよぉ、もうっ。教室は駄目だからねっ」
「車で待機しております」
「お昼は?」
「むかいんから、いただいております」
「うん、解った。じゃあね。静かにしてるんだよ」
「心得てます」

真子は笑顔で手を振って、教室に戻っていく。
真子が席に着き、次の授業の用意を始める姿を見届けてから、政樹は去っていく。
クラスメイトは、真子の表情がいつもと変わらない事を確認してから、それぞれの行動に戻った。
静かだった教室が、また、ざわめき始めた。そして、教師がやってくる。



政樹は車に戻ってきた。
ふと辺りを見渡した。
桜吹雪が舞っていた。

今年は、あの桜の木…静かだなぁ。

本部の庭で見ることが出来ない景色が、そこにあった。



昼休み。
政樹は、向井から預かった袋を手に取った。
そこには、政樹用のお弁当箱が入っている。
ちょっぴり大きめで、青色のお弁当箱。それを取り、食べようとした時だった。
車の窓をノックする人物が居た。慌てて顔を上げると、

「お嬢様っ!!」

政樹は窓を開ける。

「お昼ご飯は……」
「一緒に食べよ!」

手にしたお弁当箱を政樹に見せる真子。

「クラスメイトとは…」
「今日は、ちょっと……怖がられちゃった…」

照れたように言う真子に、政樹は優しく微笑んだ。



芯は、職員室に向かって歩いていた。
ふと、窓の外に目をやった。
そこは桜の木がたくさんある庭。桜吹雪が舞っている姿に目を奪われ………!!

「なんだ???」

桜の木の下にあるベンチに男女の姿を発見。女性は中等部の制服を着ていて、男性は青系の服装。もちろん、真子と政樹の姿なのだが、芯は思わず、イラッと……。

駄目だ…俺は、今…。

怒りの感情が露わになりそうだったが、グッと堪えて、教師の心を取り戻し、

見なかったことにしよう。

心に決めて、職員室へと向かっていった。



真子と政樹は食後、ただ、なんとなくベンチに座ったまま、桜吹雪を眺めていた。
政樹は時刻を確認する。

「お嬢様、そろそろ時間ですよ」
「うん。…じゃぁ、放課後」
「図書室には寄られるんですか?」
「真っ直ぐ帰る」
「では、そのように」

政樹の応え方が変わっていた。

「走ってくるからね、まさちん」
「転けないように」
「うるさぁい!」

真子は政樹に体当たり。
それと同時にチャイムが鳴った。

「お嬢様、予鈴ですよ!」
「わっほんとだ! じゃぁね、まさちん。静かにね!」
「はい。お気を付けて」

真子は政樹に手を振りながら去っていく。
政樹は笑顔で真子を見送った。

お嬢様の考えること、解っておりますよ。
慶造さんに訴えるつもりですね。
そうは、させませんから。

政樹は拳を握りしめた。

……が……。

慶造の部屋。

……止められなかった……。

真子と慶造が睨み合っている。
真子が送迎の事について、慶造に訴えていた。
しかし、慶造は、政樹は真子の側に居るべきだと譲らない。更には四代目としての威厳を醸し出していた。
真子は、その威厳に負けじと、慶造を睨んで自分の意見を譲らない。
政樹は、ただ、二人の様子を見つめるだけで、何もできない。
が……、

「慶造、いい加減にせぇよ」

春樹が口を挟んだ。

「うるさい」

短く言う声に、怒気がはらんでいる。

「……口うるさいのが、俺の性格や、何か悪いか?」

慶造の怒気よりも怖いオーラを醸しだし、春樹が言った。

「…親子の話し合いに、口を挟むな」
「真子ちゃんの世話を俺に任せたのは、お前だろ。
 俺だって、親だ」
「お前は違う」

慶造の言葉に、返す言葉が浮かばない。
確かに、その通り。
だが、黙っている訳には……。

「一人で登下校出来ます」
「その間に狙われたら、どうするつもりだ? 真北が哀しむだろっ」
「なんで、俺やねんっ!」
「その通りやろが」
「慶造ぅぅぅ〜っ」
「真っ直ぐ帰ってきます。先日のようなことは、もういたしません」
「真子。それでも駄目だ。地島を側に置いておくこと」
「まさちんは…置物じゃありませんっ!」

置物のように、黙って座っているが…。

「地島の立場もある。だから、一人で登校するな」
「それなら……お父様も、無茶しないでください」
「真子には関係無いことだ。気にするな」

冷たく言い放すような感じで慶造が言った。
そう言いながらも、慶造は、拳を握りしめていた。そして、心を読まれないようにと、真子が嫌うことを考えていた。
真子が震える。
そして、唇を噛みしめた途端、急に立ち上がり、慶造の部屋を出て行った。

「地島」
「はっ。失礼します」

政樹も立ち上がり、真子を追いかけていく。

『お嬢様!』
『一人にしておいて!』
『しかし…うっ…お、お嬢様……』

二人の声が遠ざかっていく。

「慶造。冷たすぎる」
「ほっとけ」

テーブルの上にある湯飲みに手を伸ばした慶造は、お茶を飲もうとするが、

「…真北…」
「ん?」
「あの話…」
「はぁぁぁ〜〜。だから、慶造。お前なぁ」
「お前が、親…だろが」
「…さっきと言葉がちゃうやないか……ほんま、ええかげんにせぇや」
「うるさい」

そう言って、慶造はお茶を飲み干した。



真子は自分の部屋に入り、鍵を閉めた。
ドアにもたれかかって、座り込み、膝を抱える。
少し間があって、ドアがノックされた。
ドアの向こうには、政樹が心配げな表情をして立っている。

「お嬢様」

ドアの側に座っているのは解っている。だからこそ、政樹は真子の頭があるだろう場所までしゃがみ込み、跪いて話しかけた。

「明日からの送迎は、お話通り行いますので、決して
 お一人では行動なさらないでください。お願いします」
『やだ…』
「お嬢様。お昼にもお話したでしょう? 慶造さんも安心なさりますから」
『解ってる。でも…』
「慶造さんの負担を少しでも減らす事。それは、お嬢様にしか
 できないことですよ」

政樹の言葉に反応したのか、真子は部屋の鍵を開け、ドアを開けた。

「まさちん…」

そう言って、真子は政樹に抱きついた。

「お嬢様」

本当に、いっつも御無理なさるんですから…。

「ごめん………。…そして、ありがとう」
「気になさらずに」

政樹は真子を抱きしめ、そして、そっと頭を撫でた。

「では、お嬢様。宿題の時間ですよ。食事までに終えてください」
「もう終わってる」
「では、予習…」
「それも終わった」
「それでしたら、お話でも…」
「うん」

真子に笑顔が戻った。
真子に手を引っ張られ、政樹は真子の部屋へと入っていく。
ドアが静かに閉まった。
夕食の時間まで、真子の部屋から賑やかな声が聞こえていた。…というよりも、政樹が嘆く声が一番多かったのだが…。





慶造は、勝司の車で笑心寺へと向かった。
この日は、ちさとの命日。
毎年、静かに法要を行っていた。
いつもなら、修司と隆栄を連れて行く。なのに、今年は勝司だけを連れて行った。

「四代目、本当にお二人と御一緒なさらないでもよろしいんですか?」
「あぁ。今年は、奴が待ってそうなんでな」
「まさか、黒崎竜次…」
「そろそろ、決着を付けないとな。長年続く…この啀み合い。
 だからこそ、巻き込むことは出来ないだろ」
「それでしたら、私がご同行するのは…」
「沢村家の代理だろが」
「それは、親父であって、私が代理になるのは…」
「沢村さんの跡を継いで、ちさとの側にやって来たのは、勝司だろが」
「その通りですが…」

車は笑心寺の駐車場へとやって来た。
二人は車を降りる。

「勝司」
「はっ」
「何もするな。…奴だって、この日までは静かにしていたんだからな」
「では、あの日…お嬢様を狙ったのは…」
「既に片付けてるさ。…小島家の奴らがなぁ」

そう言う表情には、呆れた感情が含まれていた。

いつもの事ながら、手加減せんからなぁ。

そう言いたげな慶造に、勝司は何も言えず、ただ、慶造の後ろを付いて、笑心寺に向かう階段を昇っていくだけだった。


慶造は、住職に挨拶をし、阿山家の墓前へと一人で向かっていく。
墓前で静かに手を合わす慶造。
長く何かを語った後、顔を上げた。
勝司が歩み寄ってくる。そして、

「黒崎です」
「解ってる」

勝司が告げた通り、竜次が崎と一緒にやって来た。
竜次は慶造に一礼して、阿山家の墓前で手を合わせる。崎は、その間、勝司と睨み合っていた。
フゥッと息を吐き、竜次が振り返る。

「約束だもんな。この日までは何もしない…と」

竜次が言った。

「あぁ。…真子を助けてくれてありがとな」
「お嬢さんに何か遭ったら、お前が暴れると思ってなぁ。
 だから手を出したんだが……どうして、俺だと解った?
 あの男から聞いたのか?」
「聞くまでもない。お前の手口は解ってるからな。…それよりも
 なぜ、真子の側に付いていた?」
「偶然だ。俺は、あいつらを追っていたら、お嬢さんを見かけただけ。
 それも、あるはずのない場所で、その姿を見たらなぁ」
「お前も大変だな。…長年、遠ざけていた世界なだけに、
 系列を清掃するのも、大変だろ。…だから、復活するなと言ったんだ」

慶造は、フッと笑う。
竜次も、笑みを浮かべて懐に手を入れた。
身構える勝司。しかし、慶造に止められる。

「四代目」
「気にすることないって。この場所では仕掛けないさ」
「その通り」

そう言って、竜次は懐からサングラスを取りだし、掛けた。

「ほななぁ。明日から、せいぜい、気を付けろよ。
 こっちの手の内は、誰も知らんやろからなぁ。あっはっはっは!!」

高笑いをしながら、去っていく竜次を慶造は悲痛な眼差しで見つめていた。
勝司は、今にも怒りを爆発させそうな雰囲気を醸し出している。

「勝司」
「すみません。…しかし、黒崎は…」
「本気だというのは解ってる。だから、そろそろ終止符を打つべきだろ」
「…四代目……まさかと思いますが…」
「勝司」
「はっ」
「俺の言葉、覚えているよな」
「覚えております」

慶造は、竜次の姿が見えなくなるまで見送り、そして、阿山家の墓に振り返った。

「ちさとには、悪いと思ってる。…でもさ……真子には……」

慶造の眼差しが、柔らかくなった。
それは、とても温かく、大切な何かを見守っていきたいという眼差しに近かった。

真子には。

慶造は、その続きを口にせず、ただ、墓を見つめるだけだった。
まるで、そこに愛しの誰かが居るかのように…。

「帰るぞ」
「はっ」
「勝司」
「はい」
「真北は、どうした?」
「例の仕事です」
「あいつは、絶対、この日を避けるもんなぁ。悪い癖だ。
 ちさとが怒るぞぉ」
「だからでしょう」
「ん?」
「無茶をしている…と、ちさとさんに怒られるから、避けておられるんでしょう」
「…なるほどなぁ。それもあるんだな」
「はい」
「ほんと、無茶してるもんなぁ。…真子に叱ってもらおうかなぁ」
「四代目もですよ」

勝司の言葉に、墓に背を向けて歩き出した慶造は、歩みを停めた。

「勝司」
「はい」
「……お前、本当に、言うようになったな」
「あっ、いや…その……申し訳御座いませんっ!!!」

深々と頭を下げる勝司に、慶造は軽く蹴りを入れ、

「ほら、行くぞ」
「はっ」

慶造は、住職と軽く会話をした後、笑心寺を後にした。



帰路に就く車の中で、慶造は終始無言だった。
勝司は何も言わず、車を走らせる。
ちさとが良く通っていた公園の前を通り過ぎた。
ふと見えたあの場所に、この日も花束が置かれていた事に、慶造も勝司も気付いていた。

「四代目」
「あの体力で、毎年。…勝司、いつかお礼をしないとな」
「はい」
「でも、もう……逢ってはくれないだろうな」

切ない声に、勝司は何も言えなくなった。
車は本部の門をくぐっていった。
組員達の出迎えの中、慶造は勝司と屋敷へと入っていく。
この日だけは、何もせず、静かに過ごしたい。
慶造は、真子がいつもくつろぐ庭に足を運び、桜の木を見上げていた。

今年は、咲かなかったんだな。
………覚悟は出来ているよ、ちさと。
でも、真子だけは狙わせない。
真子のことは、あいつらに任せてしまうけど…。
それでも良いよな……なぁ、ちさと。

いつの間にか、桜の木にもたれかかって、座り込んでいた。
目を瞑ると、あの日が蘇る。
まだ、言葉も覚えていない真子と一緒に、桜の木の下で戯れていた日。
桜の花びらに埋もれて、親子三人、穏やかな時間を過ごした、あの日。
そんな日が、再び訪れて欲しい。
しかし、もう来ない。
慶造は解っていた。
この桜の木の秘密を。

誰も失いたくない。
真子が大切に想う者達を。
俺の意志を継いでくれる。
なぁ、ちさと。

目の前に、桜の花びらが落ちてきた。それを手に取り、そっと握りしめる。

…俺の思いが、やっと達成するよ……。

慶造は、穏やかな時間の中にいた。



真子が、庭に降りてきた。そして、手に持っているタオルケットを桜の木の下で眠り込んでいる慶造の体に、そっと掛けた。それでも、慶造は眠っていた。

お父様……。

真子は心で何かを語りかけた。
そっと背を向け、一歩踏み出した。

「ちさと………ありがと…」

慶造が呟いた。
真子は振り返り、慶造を見つめる。

慶造の頬を、一筋の涙が伝っていた。



(2007.7.25 最終部 任侠に絆されて (3) 改訂版2014.12.23 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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