任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第四話 迷い、そして、狂う、『春』

倉庫のドアノブに手を掛ける鈴本。しかし、鍵が掛かっていた。ドア越しに微かに聞こえる男の声と春樹の声。

「春樹くん、春樹くん!!! ここを開けなさいっ!」


ドアの向こうに聞こえる鈴本の声で、春樹は我に返る。

銃声が聞こえた。
ドアが、バッタリと地面に倒れ、鈴本ともう一人の刑事が入ってきた。

「そこまでだ。完全に包囲している」

鈴本は、銃口を男達に向けた。しかし、小脇に抱えられた芯の状況を見て、銃を降ろす。

「状況をよくお解りですね、鈴本警部」
「お前…林……。こんなところに居たのか…」
「あの時、一緒にあの世に旅立てば、二度も同じ思いはしなくて
 済んだのになぁ〜」

その声と同時に五人の男が、春樹達の方へ銃口を向けた。

「このガキも、後から連れてってやるよ。たぁっぷりと遊んだ後でなぁ、
 ぼうや」
「うん。おはな…きれいだね。はやくおにいちゃんにも、みせたいな」
「見せてあげようねぇ」

林と呼ばれた男は、芯に優しく声を掛けていた。まるで、知っている人のように話している芯。春樹は、自分の知っている芯ではないことに気が付いた。

「芯……。…お前ら、芯に何をした? 何を吹き込んだっ!」

春樹が叫ぶ。

「なぁんにも。ずぅっと泣きやまなかったから、泣きやむように
 恐怖を取り除くものを与えただけだよ」
「恐怖を…取り除くもの?」
「新たに入手したものを試させてもらった。いい効き目だぞ、これは。
 ここが、お花畑に見えるらしいな」
「……まさか…お前……」
「変わった薬だよ。人の恐怖心を取り除くという効果があるものだ。
 だから、こうして笑顔なんだよなぁ、ぼく」
「たのしいもん。ねぇ、おじさん、おにいちゃんは?」
「そこにいるよ。ほら」

林が指をさす方を見つめる芯。


綺麗な花がたくさん咲く場所。そこには、蝶が柔らかく舞っていた。その向こうに、春樹が立っている。

「にいちゃん、まってたよ!! みて! おはな、きれい!! ママもよぼうよ!」

芯は嬉しそうに手を振っていた。


芯……。

春樹は言葉を失っていた。自分が見える光景。そこは、砂埃だけが見える殺風景な倉庫の中。その向こうにいる芯は、楽しそうな表情で手を振っていた。

「芯、危ないっ!!!」

まるで、そこに地面があるかのように歩き出す芯。芯が一歩踏み出した所。そこには、何もない…。芯は宙を踏んだ。
芯の体が、階段の上から、ガクンと落ちる。
芯は笑っていた。
笑いながら、春樹に向かって手を振り続けている。

「にいちゃん、そらをとんでるみたいだね!」

そう言いながら、落ちていく芯。

ズッサァ……。

砂埃が舞う。
その向こうに見える光景…それは…。

「春樹君!!!」

鈴本の声が倉庫に響いていた。
砂埃が納まった。
そこに見えた人の姿。

「にいちゃん。まってたよ」

芯は嬉しそうに言った。

「…芯………!!!!」

間に合った……。


芯が宙を舞う一瞬の間。春樹は、駆け出し、滑り込むように芯を受け止めていた。

「春樹くん、危ないっ!!」

その声に反応するかのように、春樹は芯を抱きかかえたまま、真横に転がった。春樹の体を追うように、銃弾が地面で弾ける。

くそっ!!

春樹は、柱の影に身を隠した。
腕に痛みを感じる。いくつかの銃弾が当たったのか、血が滲んでいた。

「芯、大丈夫か?」
「にいちゃん。……ここ……どこ? おはなは、どこにいったの?」
「芯、お花なんて無いよ」
「どうして? どうしてぇ!!!」

急に叫び出す芯。それに驚き、春樹は芯から手を離してしまう。

「春樹くん、そこを動くなっ!」
「はい」

鈴本の声に応えた春樹。その途端、倉庫内に銃声が響いた。
何かが地面に落ちる音。そして、金属音。
それらが、暫く続く……。
春樹は、芯を抱き寄せ、自分の腕の中に包み込んだ。
芯が怖がらないように…。
その腕に力がこもった時だった。
辺りが静かになった。
足音が近づいてくる。春樹は、それに警戒した。

「終わったよ」

優しい声。それは、鈴本だった。春樹は、そっと顔を上げ、側に立つ鈴本に目をやった。

「鈴本さん、怪我…」
「大丈夫。かすり傷だから。それより、春樹くんの怪我の方が心配だよ。
 痛みは?」
「少しあります。……その……あっ、芯!」

鈴本と話しているときに、弛んだ腕から、芯が飛び出し、走り出した。

「にいちゃん、おはなだよ!!」

芯の目には、そこは、花畑に写っている様子。春樹は、何も言えず、力無く立ち上がった。それを支える鈴本。

「薬の影響かもしれない。今、中和薬を捜させている」
「…あいつら…どうして…」

春樹が目をやる場所。そこには、先ほどの男達が、血だらけで倒れていた。先ほどの銃撃戦で倒れた様子。その激しさは、鈴本の怪我を観れば一目瞭然。春樹の父・良樹に次いで素早い動きと凄腕を持っていると言われている鈴本でさえ、怪我をしていた。
あの父を殺してしまうほどの腕を持つ、闘蛇組の男達……。

「芯、それは、駄目だっ!」

春樹が叫び、見つめる先には、地面に落ちていた銃を芯が拾い上げる姿があった。

「にいちゃん、これ!!」

芯はオモチャを拾ったような様子で駆けてくる。

「これね、あのおじちゃんが、おしえてくれたの。こうやって……」

慣れた手つきで、銃を扱う芯。

「芯、放しなさい」

春樹が強く言った。その声に芯の表情が曇る。

「芯、お兄ちゃんにちょうだい」
「やだ」
「駄目。ほら」

春樹は、優しく手を差し伸べる。芯は、その手に近づき、銃をそっと差し出す。

銃声が一発、倉庫内に響いた……。

「……芯…」
「にいちゃん?」

春樹は、芯が手にする銃を素早く取り上げ、側に立つ鈴本に手渡した。

「春樹…くん?」
「芯、おうちに帰ろうな」

そう言いながら、芯を引き寄せ、そっと抱きしめる。

「にいちゃん、おはなばたけ…」
「いつでも観る事…できる………から…。な、帰ろう…芯…」
「…春樹君!!!!!! だ、誰か、救急車を呼べっ!! 早くしろっ!!!!」

鈴本の声に、誰もが振り返った。

「春樹くん、春樹くん!!!」

鈴本の呼びかけに、ピクリとも反応しない春樹。
芯を抱きしめたまま、座り込んでいる春樹。その周りには、真っ赤な海が広がっていた。

「…にいちゃん…きれいだね……」

芯の目には、真っ赤な血の海が綺麗に見えていた……。



橋病院。
雅春が、ベッドに横たわる春樹を見守っていた。
病室のドアがノックされ、橋院長が入ってくる。

「お前の腕、恐ろしいほどだな。流石、日本一の成績で合格しただけある。
 それも、春樹くんの為だったのか?」
「そうですよ…。こいつが、こういう怪我をしても直ぐに応対出来るように
 その為に、俺……。でも…親父…本当に、あの話、進めるのか?」
「その通りだ。お前は反対なのか?」
「向こうにだって、大きな病院があるだろう? それでもか?」
「お前が医者になると言ったときから決めていた。考えておけよ」
「でも、まだ、先なんでしょう?」
「計画だからな。設備やスタッフも必要だろう? その準備もいるからな」
「解りました。……今から、こんなんじゃ…真北…刑事になったら、
 更に酷いんだろうな……」
「そうならないことを祈るよ。…春奈さんは、順調。ただ、弟さんはな…」
「……未知の麻薬…ですか…」
「まだ、リストに載ってない。まぁ最善を尽くすから。目を覚ました時は、
 ちゃんと言っておけよ」
「任せてください。それが、私の役目ですから。…こいつとの約束だから…」
「お前もあまり無理すんなよ」
「はい」

ドアが静かに閉まった。
雅春は、大きく息を吐き、春樹を見つめる。
眉間にしわが寄り、何かを警戒するような様子。時々唸っている。額に浮く汗を優しく拭った時だった。

「!!! …橋…」

自分の額を触る腕を思いっきり力強く掴んだ春樹。目を覚まし、その目に飛び込んだ顔を見て、静かに呟いた。

「……………芯っ!!! いてっ!」
「急に起きるなっ。腹部を銃弾が貫通して、大動脈を傷つけていたんだぞ。
 出血も多くて、…大変だったんだからなっ!!! もう…駄目かと思った…。
 俺の腕、まだまだなんだよ…。だから…心配かけるなっ、この馬鹿がっ!」
「…ごめん…そんなつもりは無かった…。まさか、芯が……。…芯は?」
「まだ、治療中。親父が担当してるから、安心しろ。お前はお前の事だけ…」
「できるかっ!! 俺は大丈夫だ。…だから、芯に逢わせろ…。泣いている」
「病室、かなり離れてるぞ…」
「泣いてる…俺が…居ないと……」

何かに誘われるように体を起こし、ベッドを降りる春樹。腕に付けられた点滴の管が邪魔なのか、それを抜こうとする。その手を止める雅春。

「抜くな。ちゃんと持って行けるから」

そう言いながら、移動出来るようにセットしなおした雅春。動きやすくなった途端、春樹は病室を出て行った。

「……本当に解るんだな…場所」

春樹の後を付いていく雅春。春樹の足は、迷うことなく芯の居る特別室へと運ばれた。

面会謝絶・関係者以外立ち入り禁止の札が掛けられているドアを開け、遠慮無く中へ入っていく春樹。そこには、泣きじゃくる芯が居た。病室の隅で、蹲っている。

にいちゃん…こわい…にいちゃん……しんじゃう……。

芯は、呟いていた。

「芯」

春樹は優しく声を掛ける。芯は、それに反応したように体が少し動いた。
部屋の隅に立って芯の様子を見ていた橋院長が呟く。

「反応した…」

何を言っても、反応しなかった芯。春樹の一声に、泣きやんだ。そして、顔を上げる。

「……にいちゃん!!」

涙でぐしょぐしょの顔で春樹を見上げる芯。その表情は、凄く輝いていた。

「どうした、苛められたのか?」
「にいちゃんが…けがしたの…」
「ん? してないよ? …夢…見たんだよ」
「ゆめ?」
「そう、夢。だから、そうやって座り込んでいたら、心配するだろ?
 ほら、ベッドで寝ような」

春樹は、芯を抱きかかえる。芯は、嬉しそうに春樹に抱きついた。

「にいちゃん」
「ん?」
「いっしょに、ねよ!」
「いいよ。一緒に寝ような」

春樹は、芯をベッドに寝かしつけ、その横に寝ころんだ。
体を少し動かしただけで全身に痛みが走るはずなのに、それを微塵も感じさせず、春樹は芯に、優しい笑顔を送り続けていた。

「子守歌、唄おうか?」
「うん」

芯の期待に応えるように、春樹は子守歌を歌い出した。春樹の歌声はとても心地よく、芯はいつのまにか眠っていた。それを確認した途端、春樹は呻く。

「ぐっ……」
「真北、痛み止め打つぞ」
「いらない…。芯が…治るまで…」
「それは、難しい」
「おじさん…」
「俺でもお手上げなんだ。鈴本さんのお話だと、中和剤は無かったそうだ。
 それは、打った人間を使い捨てるものらしい。まだ、試作段階だったんだろう。
 一体、どこから手に入れたのかは、知らないが、兎に角、治療は続けないと…」
「いつまで…ですか?」
「それも解らない。春樹君は、一週間昏睡状態が続いていた。…事件から
 二週間経っている。その間、弟さんは、毎晩恐怖に怯えて、そのように
 部屋の隅っこに居座っていた。…その中で時々、気になる行動が…」
「気になる行動?」
「親父、これ以上、話すのは真北の体に負担が掛かる」
「俺は大丈夫だと言ってるだろうがっ! 芯のことを教えて下さい!!」

春樹の表情は真剣…。これ以上、伝える事は、春樹自身に負担を掛けるかもしれない。しかし、話さなければ何かが起こりそう……春樹が怒るとそれこそ…。橋院長は、深刻な表情で話を続けた。

「…弟さんに打たれた薬…。人のマイナスの面を引き出してしまうらしい。
 実は、恐怖に耐えきれなくなって、何度か暴れているんだよ…」
「暴れる…もしかして、壁の傷…」
「その力は、幼い子供とは思えない程だ。そのベッドを投げようとするんだぞぉ」
「えっ……」

絶句…。
春樹は、それ以上何も言えず、そして、傷の痛みも増してきたため、眠ってしまった。

「…雅春ぅ、また、それをする。…それはなぁ、違反だと何度も…」
「親友に対する優しさだって」
「痛み止めに睡眠薬を入れるな。俺がお縄になるだろうが」
「いいのいいの」
「あのなぁ〜」

すやすやと眠る兄弟を見つめる橋院長と雅春。

「親父…本当に駄目なのか?」
「暫くは様子を見ておかないとな…。春樹くんが退院しても」
「それは、こいつが無茶をする。毎日通ってくる」
「考えられるよな。…でも、日常生活に支障が出るようでは、退院させられない」
「親父……」
「でも、今夜はゆっくりできるだろうな。…見てみろよ。弟さん、あんな表情をして
 眠ったこと無かったろ。…春樹くんの何かを感じてるんだろうな」
「そうでしょうね。…しかし、あの傷で動くなんて…俺、親友を考えます…」
「そうした方がいいかもな…」

そんな話をしながら、橋親子は、芯の病室を出て行った。
仲睦まじく眠る兄弟を残して……。



春樹の怪我が良くなった頃だった。

芯が吐血した。
その量は半端では無い。

「…芯……。……橋っ!!! 橋ぃぃぃっ!!!!」

狂ったように叫ぶ春樹。その声に反応して雅春が駆けてくる。

「どうした、真北、呼ぶときは……って!!!!! どけっ! 親父を呼べっ!」

芯の様子を見た途端、周りに目もくれず治療を施す雅春は、看護婦に怒鳴っていた。橋院長が駆けつける。そして、芯の治療を雅春と交代する。

「ここでは、駄目だ。緊急手術だ。用意しろ」
「はいっ!!」

看護婦が素早く出て行った。橋院長は芯をストレッチャーに乗せ、病室から運び出した。

「芯……。橋……、どけっ! 俺も付いていく!! 俺も……!!!」

落ち着きを無くした春樹の胸ぐらを掴み上げる雅春。そして、壁に押しやった。

「うるさい。お前は何もできないだろうが」
「側に居させてくれよ…」
「今は駄目だ」
「芯が……大量に…血を吐いた……。芯……」
「落ち着けっ!!」

雅春の怒鳴り声は、廊下に響き渡った。
その声で我に返る春樹。その目から、大量に涙が流れ始めた。

「………死なないよな…」
「あぁ。親父に任せろって」
「……大丈夫だよな…」
「元気にかわいい笑顔を見せてくれるって」
「橋……俺……どうしたらいい? どうしたら、あの芯に戻る? 俺が側に居ても
 暴れる…俺の声に全く反応しない時もある…。それに、時々恐怖に陥る…。
 あの薬の影響だろ? 体から抜けたんじゃないのか? なのに…どうして…。
 どうして、芯なんだよ…」
「真北…」

雅春は、ゆっくりと手を離す。

「橋…助けてくれよ……。芯は、まだ……五歳だ。これから、色々な事を
 学んで、楽しんで……それなのに……芯…」
「何言ってんだよ。まるで死ぬみたいな言い方。弟だって頑張ってるだろが。
 それは、真北。お前が一番解ってることだろ? 幼い体で、必死に何かを
 耐えているって。そう言っていたのは、お前だろうが。…信じろよ。お前の
 大切な弟だろ? 信じてあげろって」
「…あの血は…なんだよ…」
「……体に残った毒素を吐き出しただけだろ」
「本当か?」
「きっとな」

……たぶん…。…う〜ん、……そうだと…いいな……。

雅春は、春樹を落ち着かせるために、適当に言ったようで…。

「お前の言葉、信じていいよな…」
「あぁ」

……と言ったものの…違っていたら、大変だろうな…俺、自分で治療出来ないし…。

「…って、真北っ!」

緊張の糸がぷっつり切れたように、真北は、橋にもたれかかるように倒れ、気を失っていた。

「……本当に、お前は……」

大切なものに何かがあると、我を失うんだな…。

「こんなんで、刑事…できるんか?」

呟きながら、春樹をベッドに寝かしつけた雅春。春樹の頬を濡らす涙を優しく拭い、そっと布団を掛ける。

「あんまり暴れると、抑制するぞ…」

春樹の耳元で、暗示を掛けるように言って、雅春は病室を出て行った。

「……芯……」

春樹が、呟いた……。




春樹が通う大学。
すっかり回復した春樹は、もう少し様子を見させろと言った雅春の言葉を押し切って、退院していた。そして、講義を受け、時間があれば、図書館で何かを探していた。
心理学の場所をうろつく春樹。そして、目的の何かを探し当てた様子…。
誰も寄せ付けないというオーラを発しながら、読書に没頭する春樹だった。


橋病院・芯の病室。
春樹は、ノックをして開ける。

「にいちゃん、おかえりぃ!」

ベッドの上から元気な声が聞こえてきた。

「良い子にしてたか?」
「うん。にいちゃん、ちゃんと、べんきょうした?」
「…………橋からか?」

芯の言葉の裏に気付く春樹は、優しい声で芯に尋ねる。

「ひみつだっていわれた」
「じゃぁ、何も言わない方がいいなぁ、芯。ほら、おみやげ!」

それは、芯が欲しがっていた絵本だった。

「やっと見つけたんだぞぉ。大切にしてくれよぉ」
「うん!! ありがと、にいちゃん。……よんで!」
「はいはい」

春樹は、芯の隣に座り、膝の上に絵本を置いて、読み始めた。芯は、嬉しそうに聞き入っていた。


雅春の事務室。

「そっか、今日は落ち着いていたのか…。安心した」

この日の芯の様子を聞いた春樹は、安心したように息を吐く。

「……それでな、橋」
「ん?」

湯飲みにお茶を注ぎながら、雅春が返事をする。

「見つけたんだよ。…その…言っていた方法」
「それは、俺も知ってる。だけどな、その方法には色々と厄介な事が
 含まれているんだよ。…あまり、人の心を操るのは良くないな。
 俺は反対だ」
「それでも、その人の心が救われるなら、使ってもいいだろう?
 なぁ、頼むよ…橋。…俺………これ以上、芯のあの姿をみるのは
 つらい。…退院しても、また出るかも知れない…。それを考えると…」
「そうだな…。親父にも相談してみる。…それが駄目でも、お前の事だ。
 勝手にするんだろ? もう、その方法、身につけたみたいだしな…」
「……その通りだ」
「だったら、俺や親父の許可はいらないだろ。お前がしろ。お前の弟だ」
「……解ってる。…でも………」
「でも?」
「やったことない」
「そうだろうな」
「初めてするのが、弟だなんて…俺…勇気が出ないよ…」
「それでもやれよ」
「…試させろ」
「誰で? …………って、俺っ!?!??」

春樹に指をさされた雅春は、思いっきり首を振っていた。

「冗談だよ。…大丈夫。これには自信があるから…。芯の為だし…」

その声には、自信みなぎるいつもの春樹らしさが含まれていなかった。

「真北…」
「………実行するよ…」

春樹の不安を感じる言葉は、いつまでも雅春の耳に残っていた……。



芯が退院する日。
橋院長から、今後の生活を事細かく言われる真北親子。春奈と春樹は、真剣に聞いていた。
肝心の芯は、春樹の膝の上に座り、春樹に抱きついて眠っていた。

「通院は必要。ときどき倒れる可能性もあるから、無理はさせないこと。
 突然の体調不良には、必ずここに連れてくるように、このカードを
 所持させておくこと。そして、例の術。効果はあるから、大丈夫だ。
 あの日以来、何も起こっていないし、あの事件は覚えていないから。
 …それと…」
「まだ、あるんですか?」

春奈と春樹は同時に尋ねる。

「もしかしたら、将来、薬の影響が出る可能性もある。未知の麻薬。
 何が起こるか解らない。そのことは、芯くんが自分を保てるように
 なるまで、伏せておいた方がいい。物心付いた頃に知ると、生活に
 支障が出るかも知れない。体が弱いとでも言っておくこと」
「はい。…その…通院は、いつまで?」
「体が作られるまでかな。…まぁ、小学校卒業までには、体が出来るから
 その頃には、落ち着いてるだろうな」
「わかりました」
「それと…潜在的に残っている凶暴な面。…これは、絶対に表に
 出さないようにさせてください」
「それは、私の教育になりますね…」

春樹が応えた。

「春樹くん、できるか?」
「出来る出来ないの問題じゃありません。やらないと…芯の為に」
「春樹くんこそ、無茶しないように。…これ以上、春奈さんの負担に
 なるようだったら、本当に……」
「気を付けます」
「以上です。他に何か解らないところが出てきたら、いつでも
 ご相談ください。…何せ、私の方も初めてでしたから…」
「いいえ、おじさん。本当にお世話になりました。…橋を…雅春くんを
 独り占めしてしまって、済みませんでした」
「春樹くんのお陰で、あいつの腕…解ったよ。…俺が観ても凄いと思った。
 だから、思う存分…」
「って、橋先生っ!!」

橋院長の言葉の先が解ったのか、春奈が、怒ったように怒鳴った。

「すみませんっ!!!!!」

それには、流石の橋院長も恐縮そうに首を縮めていた。春奈の声で、芯が目を覚ます。そして、春樹に微笑んでいた。


芯は元気に退院した。
あの事件は、嘘のような感じで…。事件の前と変わらない姿、表情で……。


これからが、勝負。


最後に言った橋院長の言葉が、春樹の脳に焼き付いていた…。

芯の手を引く手に力がこもる春樹。その手を引っ張られた。目をやると、芯が見上げていた。

「にいちゃん、びょういんにいくの?」
「そうだなぁ、一ヶ月に一回。…だって、芯は体が弱いだろ?
 兄ちゃんもお母さんも、心配だからさ」
「そっか…にいちゃん、まま…ごめんね。…でもぼく、からだきたえるから!
 しんぱいかけないように、しっかりとがんじょうに、きたえるから!
 にいちゃん、おしえてねっ!」

無邪気に言う芯を観て、春樹は、目を反らすように前を見た。

「そうだな。兄ちゃんが教えてやるから。がんばれよ」
「うん!」

芯は、春樹に向かって嬉しそうに微笑んでいた。
その表情を見ることなく、春樹は、前を見たまま歩いていく。
目からこぼれ落ちそうになる涙を見せないために……。

「にいちゃん、あのね、あのね…」

芯の無邪気な声に、春樹は、ただ頷くだけしかできなかった。



(2004.4.5 第三部 第四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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