任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第五話 渦巻く『春』の心

「………」
「…………なんだよ」
「…いいや…な、その…早々にと思うとな…」
「お前が来いって、言っただろうが」
「まぁ…そうだけどさ…。何も、定期検査のついでに作らなくても…」
「……静かに仕事しろって」
「……あぁ…」

シュルシュルと包帯が巻かれていく音がする。

ここは、橋病院・雅春の事務室。
雅春が治療をしている相手。それは、警察官となったばかりの真北春樹だった。
あの事件の後、何事もなく無事に大学を卒業し、弟の芯は、小学生となっていた。そして、この日。芯の定期検査をするため、橋病院へやって来たのだが…。

「おしまい」

雅春が怒りを抑える感じで言った。

「ありがとなぁ〜」

春樹は、包帯を巻かれた左腕をぶんぶん振り回して、動きを確認していた。

「動かすな。傷が広がるだろうがっ! ったく。来る途中で喧嘩を
 見つけたからって、お前が停めに入ってどうするんだよ。
 停めに入った奴が、怪我してたら……ったく、言う言葉が出ないっ!」
「仕方なかったんだって。…芯が居たから、素通りしたかったんだけどな、
 芯が、停めてあげてと言うから…。…あの爛々と輝く目で見られてみろ。
 橋だって、止めに入ってしまうって」

そう言いながら、時計を観る春樹。

「あと二十分はかかると思うよ」
「そうか……。あいつ…嫌がってるんだよ…病院」
「そうだろうな。俺だって、あの検査方法、嫌だもんなぁ。
 嫌にならない方法を考えてるんだけどな、子供に合わせるって
 難しいよ」
「それぞれ違うからなぁ」

春樹は、雅春が書き込むファイルを見つめていた。

「何冊目?」
「十冊目になった。…これが十冊目だけどな、そろそろ一杯になる。
 これ……お前が警察官になってからのファイルなんだけどなぁ。
 怪我しすぎ…っつーか、無茶しすぎだって。……あっ、そうか…。
 そぉんなに、俺に逢いたいのか……っ!!!」

雅春が言い終わる前に、春樹の蹴りが雅春の頭の上で空を切った。

「蹴りはやめろって!!!」
「だから、素通りだろがっ!」
「あぁのぉなぁ〜」

事務室のドアが開いた。

「兄ちゃん、終わったよ!」

芯が入ってきた。

「芯、入るときはノックするようにと言ってるだろう?」
「…あっ、すみません」

そう言って、芯は廊下に出て、ノックをしてから事務室へ入ってきた。

「兄ちゃん、終わったよ。結果ももらったっ!」
「もう出たんか。早かったな」

春樹は、芯から検査結果の用紙を受け取り、目を通す。二つだけ、要注意という結果があった。

「橋、大丈夫なのか?」
「ん?………あぁ、大丈夫だよ。ここに来る前、体を動かしただろ?」
「まぁ、朝の運動は欠かさないから」
「次の検査の日は、運動せずに来てくれよ」
「はいよぉ〜」
「さぁてと。真北は、五日後に抜糸に来いよ」
「嫌だな」
「………来い」

雅春は、春樹を思いっきり睨み付け、ドスを利かせていた。

「解りました……」

その威嚇に負けた春樹だった。

「芯、帰りにどこか寄ろうか?」
「兄ちゃん、いいの? お仕事」
「今日はお休みもらったからね」
「いつもごめんなさい。僕の為に…。次からは、一人で来ます」
「駄目。俺が心配だからさ。それに、一人は嫌なんだろ?」

春樹の言葉に、芯は、そっと頷いた。

「よっしゃぁ〜。じゃぁ、橋、ありがとな。帰るよ」
「おう! 無事に帰れよ。絶対に、拾うな、吹っ掛けるな」

『喧嘩の場面に出くわしても素通りしろ、そして、喧嘩を吹っ掛けるな。』
橋の言葉には、そういう意味が含まれている。念を押して、春樹と芯を見送った雅春は、書類の整頓を始める。

「しっかし、これから先、あいつのファイルが増えるだろうな…。
 親父に言って、棚を用意してもらおうっと。真北棚…なぁんてな」

なぜか嬉しそうに言う雅春だった。一枚の書類が、ふと目に飛び込んだ新入生のリスト。それは、橋が講師を務める講義に出席する生徒の名前。

「名前と顔が、中々一致しないんだよなぁ〜。…まぁ、気になると言えば、
 初日から質問してきた…あの生徒……原田まさ……か。ありゃぁ、
 曲者だな。チェックしておこう……というか、次も責めてきそうだな…。
 予測して準備しとこ……」

ブツブツ言いながら、講義の準備を始めた雅春。
その雅春が気になる生徒・原田まさ……。




天地組組事務所・まさの部屋。
まさは、机に向かって何かを読んでいた。それは医学書。
部屋のドアがノックされ、店長京介がお茶を持って入ってきた。

「失礼します。兄貴、お茶をお持ちしました」
「ん…ありがと」

京介は、まさの側に湯飲みを置き、まさが読みふけっているものを見つめる。

「医学書…ですか」
「まぁ…な」
「その…」
「ん?」

遠慮がちに尋ねる京介に気づき、まさは、医学書から京介に目線を移した。

「兄貴は、成績トップで医学関係の学校を卒業されたとお聞きしました。
 なのに、今更、さらに勉学をなさるのが、気になりまして…。やはり、
 仕事に役立てるためですか?」
「……それもある」
「体調は、よろしいんですか?」
「なんとか大丈夫だろう」
「…やはり、調子が悪いんじゃありませんかっ!!」

少し怒った口調で京介が言った。

「これくらいは、大丈夫だって」
「それでも、完全に良くなるまで横になってください。また、あの時のように
 発作を起こしたら、どうされるんですかっ!」
「京介が側に居てくれるんだろ?」
「その…私は、親分との連絡係として、ここと向こうを行き来するだけで、
 常に兄貴の側には、難しいです」
「だぁいじょうぶだって。自分の体は自分で管理出来る。そうじゃなきゃ
 医学に携われないだろう?」

まさは、微笑んでいた。それでも、京介の表情は曇っている。

「兄貴…三年ですよ。その間、もし…」
「発作は、仕事の後がほとんどだから、大丈夫。そこまで激しくないだろう」
「その……敵に知られたら…」
「俺の顔は、あまり知られていない。ましてや関東から向こうにはな。
 それに、黒崎親分の知り合いの方には、俺の素性は伏せてもらってる。
 これも黒崎親分の計らいだけどな」
「親分…寂しがりますよ」
「…そうだろうな。…まぁ、時間があれば帰ってくるし、それに親分だって
 毎日のように来ると……」
「行くわけないだろうが」
「親分!!」

天地組組長・天地が、まさの部屋へ入ってきていた。そして、まさと京介の会話を聞いていた様子。二人の会話にすんなりと入ってきた。京介は、慌てて頭を下げる。まさは、嬉しそうに微笑んでいた。

「明日の準備は出来てるのか?」
「これといって持ち物はありませんから。この身だけです」
「専門書は、もう送ったのか」

本棚にびっしりと詰まっていた医学専門書が無くなっていた。

「一番大切なものですから。親分。本当にありがとうございます。
 しっかりと身につけ、必ず役に立つように致します」
「まぁ、関東方面進出に向けての準備だからな。まさ、頼んだぞ」
「はっ」
「仕事が入れば、京介が伝えに行くことになっている。もし、忙しいときと
 重なった時は、京介に代わってもらえよ」
「なるべく、時間は空けておきます」
「中学の時とは違うんだぞ。医学方面では上位を争うところに通うんだ。
 空き時間が無いくらい忙しいと思っておけ」
「容易い事です」
「そうか……それなら、安心だな。天川と湯川が、祝いの席を用意した。
 体調が良いなら、出るか?」
「出ないと、あいつらは、ふてくされますよ。………。って、親分が
 呼びにこなくても…」
「ゆっくりと話をしたかっただけだ」
「す、すみません!!!」

京介は、平謝り。天地とまさの関係は、天地組の者なら、誰もが知っている事。まるで、本当の親子のようだ…と。天地にかわいがられる、まさに嫉妬する組員も居る。しかし、まさの『腕』を目の当たりにしてるため、誰も、手も口も出そうとしない。

天地とまさは、楽しそうに話ながら、部屋を出て行った。その後ろを京介が付いていく。

「なぁ、京介、あの話だけどな…」
「はい」

京介に話しかけるまさ。その表情は、殺し屋という雰囲気を全く感じさせず、青年そのものだった。


そして、橋病院付属医科大学へ、まさがやって来た。




雅春が担当する講義は、外科医に必要な内容だった。マニュアルに、雅春の経験や考えを加えて講義をする。他の講師より解りやすいと評判だった。しかし、それに刃向かう学生が一人…。

「橋先生、質問、いいですか?」

講義を終え、学生達が帰る中、まさが尋ねる。

「時間はたっぷりあるから、いいですよ。原田くん」
「ありがとうございます。今日習いました、この内容ですが…」

参考書を広げ、雅春に尋ねるまさ。その真剣な眼差しを雅春は気に入っていた。事細かく説明し、時には反対に質問して、応えさせる形で教えたりもしていた。


まさは、帰路に就く。一人暮らしを始めて、半年が経った。ちょうど慣れてきた頃。夕飯の買い物を済ませ、自宅マンションに帰ってくる。

「兄貴!」
「京介。元気か?」
「それは、私の台詞ですよぉ。…って、昨日も電話でお話しましたよ」
「そうだったな。…一人分しか買ってこなかったんだけどな…」
「そう思いまして、自分の分は買って来ました!」

買い物袋を見せる京介。

「流石、用意がいい。来いよ。…京介が作れよ」
「解っております」

マンションの玄関ドアを開け、まさが借りている所へと向かって歩いていく二人だった。


京介の料理が、テーブルの上にたくさん並ぶ。

「………京介」
「はい!」

返事が弾む。

「張り切りすぎだよ」
「久しぶりなんですから、いいでしょぉ。フンフフゥン」

鼻歌が混じっていた……。


「……仕事なのか?」
「まぁ…そうなります。親分もこちらに来られてますよ」
「知ってる。大学に来たんだろ」
「その通りです」
「俺の体調を気にして下さったと、学生部の人に聞いた。まぁ、今のところ
 発作は起こってないから、安心しろ」
「はい」

まさは、最後の一口を頬張り、じっくり味わって飲み込んだ。

「食後はコーヒーにしますか?」
「そうだな。よろしく」

京介は得意満面に立ち上がり、コーヒーを煎れ始めた。良い香りが部屋に漂う。まさは、そっと目を閉じ、体に感じる温かさを味わっていた。

「講義はどうですか? 俺、あまりよく解らないんですけど、大変なんですよね、
 大学は専門が多いから、細かなところまでだと聞きましたよ」
「明日から実技に入るってさ」
「……それって、初めてやる人が多いんじゃ…」
「そうなんだよ…。周りの人間、ほとんどが、初めてだと言ったよ」
「兄貴は?」
「俺は、ほら……中学の時に少々かじってるし、その後は、実戦で…」
「それだと、たいくつじゃありませんか?」
「そうかもなぁ〜。それよりも、教える立場に立たされそうだな…」

嫌そうな口調だったが、その表情には、嬉しさが含まれていた。

「…そう言いながら、兄貴、嬉しそうですよ」

ガツン…。

「すみません!!!!」

まさの拳を頭にもらった京介だった。




とある街にある派出所。
人々が行き交う中、派出所の中では、一人の警察官がデスクに向かって何かを書いていた。
眉間にしわが寄っている……。
そこへ、別の警察官が巡回から戻ってきた。

「……おぉい、真北、眉間にしわ寄ってるぞ…。…ほんとに苦手なんだな…。
 事務処理…」

先輩の警察官・樋上が、新人の警察官・真北春樹に声を掛けてきた。

「申し訳御座いません。いつもと変わらないと思うんですが…」
「その割に、何事も早いんだからなぁ〜。でも、喧嘩っ早いところは、
 治した方がいいと思うぞ」
「あっ、その…気を付けます…。これ、終わりましたら、巡回行きます」
「って、さっき行ったところだろ。少しは休めって」
「休んでられませんよ。それに、体を動かした方が性に合ってますので」
「時には休むことも必要だぞ」

樋上は、春樹の肩に手を置いて、奥の部屋へ入っていった。春樹は、事務処理が終わったのか、ペンを置き、背伸びをした。そして、外の様子を眺めていた。
人々が笑顔で行き交う。
時間に遅れているのか、必死で走っていく人、友達同士で楽しく語り合いながら歩いていく人、母と子が手を繋いで歩いていく姿。その向こうから、小学生が三人走ってくる。その一人が手を振っていた。

「ったく…」

春樹の表情が綻ぶ。

「兄ちゃん!! 只今っ!」

駆けてきた三人の小学生は、弟の芯と芯の友達・内海航、そして、もう一人、初めて観る小学生が居た。春樹は立ち上がり、派出所の外へ出て、芯の目線に合わせてしゃがみ込んだ。芯は、春樹の胸に飛び込む。

「お帰り。…って、ここは、遊びに来るところじゃないと言ってるだろう?」
「解ってるよぉ。…あのね、あのね、空広翔(そらひろかける)くん。航のいとこだって。
 今日、転入してきたから、お兄ちゃんに会いに来た」
「………芯、言いたい事は解るんだけど、何か言葉が抜けてるぞ…」
「……あっ。ごめんなさい…。お兄ちゃんに紹介したくて」
「今度の日曜日は休みだから、その時でもいいのになぁ」
「…お兄ちゃんの制服姿を見せたかったのっ!」
「はいはい。…初めまして、芯の兄です」
「はじめまして。空広翔と言います。航から、芯くんの話は良く聞いていたから、
 引っ越すと解った時は、すごく楽しみにしてました。宜しくお願いします」
「よろしく。芯は、体が弱いから、しょっちゅう迷惑掛けると思うけど、
 よろしくお願いします」

春樹は、翔に優しく語りかけていた。
外の様子を樋上と更にもう一人の先輩警察官・広瀬が観ていた。

「真北って、子供には、優しいオーラを出すんだよなぁ。だから、
 近所の子供達が遊びに来るようになったし…」

広瀬が、ため息混じりで言った。

「まぁ、子供達が来ても、大人しいから、安心だろ。悪戯も減ったことだし」
「これも真北のお陰ってか…。…しかし、真北は、何を考えているんだろうな。
 昇進してやるっ!! って意気込みは、感じられないのに、やる事だけは
 一人前だからな…」
「そりゃぁ、父親を観ていたから、そうなるんじゃないか?」
「将来は、どんな刑事になるんだろな…。確か、ここも出来が違うんだろ?」

広瀬は自分の頭を指さして、少し嫌味っぽく言った。

「…広瀬って、どうして、そこまで真北に嫌味しか言わないんだ?」
「なんとなく…苛めたくなるだろ?」
「…まぁ、そうだけどな」

二人は、春樹が芯たちと笑顔で話している姿を見て、そんな話をしていた。芯が、春樹に甘えるような素振りを見せている。春樹は、嬉しいにも関わらず、優しく突き放していた。すると、芯が怒り出す。春樹は、芯の怒りをしっかりと受け止めるような体勢を取っていた。

「あっ、真北って、まだ完治してないんだっけ」

樋上が何かを思い出したように言って、奥の部屋から飛び出してきた。
樋上の姿を見た芯たちは、姿勢を正して挨拶をする。

「こんにちは」
「こんにちは。芯くん、お兄さんは、仕事中なんだから、長居すると…
 怒るぞぉ〜」

両手を掲げ、怪獣が襲うような感じで芯たちに向かっていく樋上。

「わぁ〜、怪獣・ヒノウエンだぁ〜!! やっつけろぉ〜」

航が、そう言うと同時に、芯たちが、樋上の足にしがみつく。

「って、わっ!! 三人かがりは〜。このぉ〜」

樋上の手が、芯たちの脇腹へと伸びていく。こしょばされた芯たちは、春樹の後ろに急いで隠れた。

「助けてぇ〜」
「………樋上先輩………」

樋上の行動に呆れたのか、春樹は、ゆっくりと樋上の名前を呼んだ。

「ん? あっ、いや…その……」

自分の取った行動に照れたのか、樋上は誤魔化す素振りを見せていた。

「兄ちゃん…今日は帰ってくる?」
「ありゃ、夜は毎日帰ってるんだけどなぁ〜」
「もっと早く帰って来て欲しいな…」
「今日は難しいから、明日な。一緒にご飯食べような」

春樹の優しい声に、芯は喜びを見せる。

「うん。じゃぁ帰るね」
「丁度巡回の時間だから、途中まで一緒に行こうか」

春樹は自転車の鍵を外す。

「やったっ!」
「では、行ってきます」
「気を付けろよ。手は出さないように」
「心得てます」
「樋上さん、さようなら」
「芯くん、気を付けてな。君たちも」
「はい」
「失礼します!」

芯たちの元気な声と共に、春樹達は派出所から離れていった。温かく見送る樋上に、広瀬が話しかけてきた。

「樋上こそ、子供好きだろ?」
「まぁ…な」
「何事もなく、帰ってくるんだろうか…」
「心配だよな…」
「…あぁ…」

そう言って、広瀬は、春樹が行った方向へと歩いていった。

「なんやかんやと言いながら心配してんだらかなぁ〜。素直じゃないな」

樋上は、椅子に座り、街の様子を眺めていた。

しっかし、平和だな……。



「僕は、こっちなので」

四つ角に来た時、翔が言った。

「あれ? 航くんの近くじゃないのか?」
「はい。では、失礼します。航、芯くん、明日ね」
「うん。バイバイ!」

翔は、去っていった。
芯、航、そして、巡回中の春樹は歩き出す。

「翔の父が転勤族なんだって。でもね、やっと落ち着いて戻ってきたんです。
 だから、これからも楽しい時間が過ごせるんです」

航が語り出す。

「連絡は取ってた?」

春樹が尋ねる。

「はい。だから、芯くんの事もお兄さんのことも話してました。
 …駄目でした?」
「いいや、大丈夫だよ。芯の友達が増えて、僕も嬉しいよ。な、芯」
「うん! 兄ちゃん、どこまで行くの?」
「街を一周かな」
「気を付けてね」
「ありがとな。芯、気を付けて帰れよ。航くん、ちゃんと真っ直ぐ帰る事」
「はい!」

芯と航は、一緒に歩いていく。名残惜しそうに時々振り返りながら、芯は帰路に就く。
芯と別れた春樹は、自転車に乗り、走り出す。その時に醸し出すオーラは、何か大きなものを探っている感じだった。

誰も近寄れない…。

しかし、人の気配を感じると、そのオーラを解くのだった。そして、笑顔で挨拶をする。
道であったおばあさんとも少し話し込み、荷物を持ってあげて、家まで送る。
母と子の散歩に出くわし、子供に優しく語りかける。

公園では少し大きな子供達が危険な遊びをしていた。春樹は近づき、声を掛ける。他の人なら、声を掛けられると威嚇するように怒鳴る子供達だが、春樹に対しては違っていた。深々と頭を下げて、丁寧に謝る。その後、春樹と話を始めた。

その春樹のオーラが一段と強くなる場所がある。
そこは、極道組織の組事務所。
春樹が勤務する前までは、一般市民にかなりの迷惑を掛けていた極道組織。しかし、春樹が巡回をするようになってからは、かなり大人しくなっていた。事務所の外で待機している若い衆二人が、春樹の姿を見た途端、立ち上がり、一礼する。
その光景は、さながら兄貴分に挨拶をする雰囲気。
春樹の方には、そんな気持ちは全く持っていないのだが、相手にとっては、違っている様子。
一言二言、話した後、春樹は走り出す。
そして、街を一周して、派出所へ戻ってきた。

「お疲れ。時間来てるぞ。今日こそ、定時で家に帰れよ。昇進試験、
 受けるんだろ?」
「いつも通りでも時間はありますから」
「それでも、休めって。俺が上から怒られる」
「…それは、明日ということで。今日は、まだ頑張ります」
「ったく、真北には負ける。よろしく頼むぞ。…飯、どうする? 買ってくるぞ」
「ありがとうございます。軽く、いつもので」
「よっしゃ」

樋上は、買い物へと出掛けていった。
一人になった春樹は、デスクに座り、一点を見つめる。その目は、飛び出しそうな何かを堪えるような感じだった。声を掛けたくても掛けられない広瀬は、少し離れた所に立ちつくし、ただ、春樹を見つめるだけだった。

真北…お前は、何を考えている…?

広瀬は、真北の心に秘めた何かが心配で仕方がなかったのだった。




芯が通う学校から連絡が入る。春樹は、制服のまま、学校へと向かっていった。
保健室に駆け込むと、そこでは、二名の男子生徒が治療を受けていた。

「真北くんは、第二会議室に居ます」

保健の先生が、春樹の姿を見た途端、告げた。

「ありがとうございます」

春樹は、急いで駆けていく。

「おまわりさんが来た…。真北くん、つかまるのかな…」

治療を受けている生徒が、そっと呟いた。


春樹は、第二会議室のドアをノックし、すぐに開けた。

「…!!!!」

何かが飛んでくる気配を感じ、春樹は、素早く身を伏せる。そして、顔を上げた。
そこには、鬼の形相をした芯が、花瓶を片手に持って立っていた。
息が荒い。
デスクの影に人の気配を感じ目をやると、そこには、教師が身を伏せていた。

『真北くんのお兄さん、危険です!!』
『何が遭ったんですかっ!』

春樹は、芯の様子を伺いながら、教師に尋ねた。

『生徒同士の喧嘩を止めようとして、その生徒の拳が顔に当たった途端、
 芯くんの様子が急変して…。手が付けられない状態になってしまい…』
『ここまでは、どのように?』
『一度落ち着いたので、ここへ連れてきました。その途端…』
『それで、室内が荒れているんですか…』

春樹は、立ち上がり、芯を見つめた。

「芯。やめなさい」
「うるさいっ!! 僕は…僕は悪くないっ!! なぜ、殴られるんだよ!」
「それは、芯の止め方が悪い。そして、相手の様子を見てなかったからだ」
「なぜ、喧嘩をするんだよっ!!!」

芯は、春樹に向かって花瓶を投げつけた。
花瓶は、春樹の顔の横を通り過ぎ壁に当たり、大きな音を立てて割れた。
春樹の頬から血が流れる。
割れた花瓶の破片が、春樹の頬を傷つけていた。
頬を伝う血は、床に一滴、二滴と落ちる。その様子をじっと見ていた芯は、突然発狂した。

「…いやだぁ〜っ!!! お兄ちゃんが…お兄ちゃんがぁっ!!!」
「しまった……!!!」

春樹は、芯に駆け寄り、力一杯抱き寄せる。

「芯! お兄ちゃんは大丈夫だから。何もないから。夢…夢だって」
「だって、兄ちゃん…死んじゃう…。真っ赤になって…死んじゃう…よ…」

しまった…術が解けている…。

芯の言葉で、芯に掛けた術が解けている事に気が付く春樹。芯の目を優しくふさぎ、そして、耳元で何かを呟き始めた。

「…うえっ…ぐすっ……にいちゃん……に……い………」

芯は、スゥッと眠りに就いた。
春樹は、大きく息を吐き、地面に座り込む。
室内の静けさに、教師はデスクの影からそっと顔を出した。

「もう大丈夫です。落ち着きました」

春樹は振り返って、教師に言った。

「そ、そうですか…?」

教師は、春樹の腕の中で、穏やかに眠る芯を観て、安堵の息を吐いた。

「ご迷惑を…」
「すみません。気を付けていたのですが、突然だったので…。
 やはり、お聞きしていた、あの事件の影響なのですか?」
「そうですね…。まだまだでした。…でも、今回のことで、キーワードが
 見つかりました。もう、このような事態には陥らないでしょう」

そう言って、芯を抱きかかえながら春樹は立ち上がる。教師は、春樹の頬の血をハンカチで拭った。

「かなり深そうですよ」
「大丈夫です。…そのそれより…保健室の生徒なんですが…」
「あれは、あの子達がしたことなので、芯くんは関係ありませんよ。
 あの子達の喧嘩を止めに入って、殴られて、芯くんの変化に
 驚いたんです。それで…」
「……このまま、連れて帰ります」
「あの…」

会議室を出ようとした春樹は、教師に呼び止められ、振り返る。

「あっ、いいえ、その……明日は元気に登校しますか?」
「三日ほど、休ませます。心の静養も必要でしょうから」

そう応えた春樹の口調から、深い悲しみと怒りに包まれていることを感じる。

「解りました。入院ということで…」
「お願いします」

静かに言って、春樹は出て行く。そして、車に乗り、学校を後にした。


助手席で眠る芯を見つめる春樹は、唇を噛みしめ、怒りと哀しみを堪えていた。

芯……俺が、守ってやるから…。俺は死なないから…安心しろよ。

芯の頭を、そっと撫でた。




橋病院・芯の病室。
芯は、何事も無かったように眠っていた。側に、春樹と雅春が、何も話さず座っていた。
沈黙が続く中、春樹が口を開く。

「橋…」
「ん?」
「俺…出来るのかな…。俺、こいつの力になれるのかな…。
 守れるんだろうか…。ちゃんと幸せを感じさせられるのかな…。
 兄として、父として…生きていけるのかな…」
「どうした、いきなり。お前らしくない弱気な発言だな」
「……自信無くしたよ…。こいつの為と思っての術…。簡単に解けてしまった。
 永遠に効果があると思ったのにな…」
「まだ何かが足りなかったんだろ。…今回の事で解ったんじゃないのか?」
「解ったんだけどな…。俺の怪我…血を見ると、解けるみたいだよ…」
「血を見せなかったらいいんだって」
「そんなの…無理だ…」

春樹は、ベッドに顔を伏せた。その春樹の後頭部を押さえつける雅春。苦しさに春樹がもがき始めた。

「………!!!!!!!! って、橋っ!!! てめぇ〜っ!!!」

顔を埋めたまま、雅春の胸ぐらを掴み上げる春樹。

「元気出たか?」

雅春の優しい言葉に、春樹の勢いが止まった。

「……まだ、無理だよ…」

雅春は、手を離し、振り返る春樹を見つめた。

「お前も休め。…ここんとこ、休んでないんだろう?」

不気味に口元をつり上げた雅春。その手には、一本の注射器が…。

「…は、橋っ、お前、何を考えているっ!!! こらぁっ!!!」

暴れる春樹の腕に、針が刺さり……。春樹は、雅春にもたれかかるように気を失った。しっかりと春樹の体を支えた雅春は、そっと抱きかかえ、芯の隣に寝かしつけた。

「兄弟仲良く寝ておけって。お前の心が弟の心を癒すんだろうが。
 お前が自分を失ってどうするんだよ。…弟の事を考えるのもいいけどな、
 自分の事もちゃんと考えろって」

優しく布団を掛け、春樹の頭を撫でる。

「もっと柔軟に生きていけよ…。な、真北」

穏やかな表情で眠る真北兄弟を暫く見つめた雅春は、そっと病室を出て行った。ドアを閉め、そのドアにもたれかかって、天を仰ぐ。ふと視野に入った人物に目をやった。

「弟さんの様子は?」

それは、広瀬だった。

「落ち着いてますよ。大丈夫です。真北には休暇もらえるんですよね?」
「一週間、休暇届を出してきましたよ。…まぁ、それがばれたら、
 返上してまで出勤しそうですけどね」
「考えられるだけに…。入りますか?」
「いいや、落ち着いてるなら、いいです。帰ります」

広瀬は、背を向け歩き出す。

「あの…広瀬さん」
「はい」

広瀬は歩みを停め振り返る。

「広瀬さんこそ……落ち着いたんですか?」
「……真北を観ていたら、徐々に落ち着いてきたよ。…感謝してる。
 だから、元気な弟さんを待っていますから」
「任せて下さい」

広瀬は、笑顔で応え、そして、去っていった。

「本当に、落ち着いたようですね…。これも、真北兄弟の影響…か。
 俺だって…真北が居たから、立ち直れたようなもんだからな…。
 真北って、一体、何を持っているんだろう…。不思議だよ」

廊下の窓から見える夜空。そこには、明るく月が照っていた。



(2004.4.8 第三部 第五話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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