第三部 『心の失調編』 第八-a話 天地が求める紅い華 まさは、自宅マンションへ帰ってきた。部屋のドアを開けようと、鞄から鍵を取り出し、鍵穴に差し込もうとした時だった。 「……!!!」 鍵が開いた気配がある。 京介が来るときは、前の日に必ず連絡がある。しかし、連絡は入っていない。 気配を消し、部屋の様子を伺うように気を集中させる、まさ。 『俺だよ』 その声は、まさの心を和ませるもの……。まさは、ドアノブに手を掛け、素早く部屋へ入っていった。 「親分、来られるなら、連絡をしてください。もし、敵だと思って…」 「お前の手でなら、俺は、それでいいと思ってるぞ。それに、 まさ…お前以外の手で、この命を奪われたくはないからな」 「親分、私が裏切るとでも?」 「違うよ。敵に倒されるなら、お前の手で…そういう事だ」 「私には出来ません…。親分を倒す相手を狙いますよ」 「その前に、お前に守られてるんだろうな」 「えぇ、お任せ下さい。…お食事は?」 「済ませてある。まさの帰りを待っていただけだ」 「緊急ですか?」 「あぁ。急に仕事が入ったよ」 「誰を…?」 「阿山組壊滅に乗り出す」 天地の言葉を聞いた途端、まさの表情が引き締まった。 「……いよいよ…ですか…」 天地は、ソファの背もたれにもたれかかり、そして、足を組み替え、静かに言う。 「…あぁ…いよいよだ」 「任せてください」 まさの目が輝き、そして、口元がつり上がった。 「標的は、阿山組四代目組長…阿山慶造だ」 「御意」 「三日後に、本部を離れ、黒崎組系の組事務所を訪ねる予定だ。 黒崎さんが、そう段取りを組んでくれてな。その事務所に向かう途中に、 ガードが手薄になる場所がある。狙いやすいそうだ。そこで、仕留めろ。 もし、守りが堅そうなら、周りから崩していけ。今回は、それを許す」 「はっ」 「体力、残しておけよ」 「容易いことです」 「阿山の動きよりも、側近の猪熊と小島に気を付けろ。二人の腕は、 この世界で有名だからな」 「猪熊は兎も角、小島は、そう見えませんでしたが…」 「……そうか…。病院で話したと言っていたな」 「えぇ。むしろ、あんないい加減な雰囲気で、側近とは…噂とは かなり違っていました。情報では、右に出る者はない、そして、 スキを見せないと…。あの時は、スキだらけでしたが…」 「まぁ、それが、小島の何かを隠しているかもしれないからな。 気を付けておけ」 「はい」 天地は、まさを見つめる。 「親分?」 「今回は、手加減するなよ。……本気で掛かっていかないと、 それこそ、お前が命を落としかねない。……絶対に……死ぬなよ」 「親分……。…私は、死にませんよ。何が遭っても必ず、親分の所へ 戻りますから。ご心配なさらずに」 力強い、まさの言葉に、天地は、ホッと息を吐き、そして、立ち上がる。 「じゃぁ、元気な顔も見たことだし、帰るよ」 「ありがとうございます。……って、親分、お一人で?!?? 表には 車も、それに、誰も…湯川も天川も居ませんでしたよ! 危険です。お送り致しますから!」 「たまには、一人でいいだろうが」 「親分っ!」 「じゃぁな。前日に、京介を向かわせるから。詳細も伝えておく」 「御意。…親分、気を付けてください」 「あぁ、ありがとな」 後ろ手に手を振って、天地は、まさの部屋を出て行った。ドアが静かに閉まり、天地の足音が遠ざかっていった。 三日後…か。 まさは、自分の手を見つめる。そして、拳を握りしめた。 まさのマンションの玄関を出た天地は、まさの部屋のある方を見上げた。 後は、任せておけ。お前は阿山、猪熊、小島を殺れ。 天地の前に高級車が停まる。後部座席のドアが開き、中に座る人物が声を掛けてくる。 「準備は出来てるぞ、天地。本当に仕掛けるのか?」 「あぁ。これで、あんたも落ち着けるってこった。…なぁ、黒崎」 そう言いながら車に乗り込む天地。そこに座っていた人物こそ、あの黒崎だった。天地の言葉に口元を不気味につり上げている黒崎は、車を出すように運転手に指示を出す。 車は進み出した。 「しかし、あんたに言われるまで、気付かなかったな。まさか、まさが そういう方法を取っていたとはなぁ」 「まぁ、この世を去った人間を見たら、誰だって驚くよ」 「それで、あいつは、身につけようとしていたのか。…一体いつからだろうな」 「あの仕事を始めて、一年過ぎた辺りだな」 「そういうことか」 あの日…だろうな…。 フッと笑みをこぼす天地は、腕を組み、目を瞑った。 「本当に、いいのか?」 「脅すだけだ。もし、そうなったら、それこそ、竜次が狂い出す。 あいつは、やっと落ち着いたんだからな…」 「そうでしたね…」 意味ありげな二人の会話を聞きながら、運転手は、ウインカーを右に出した。 (2004.4.25 第三部 第八話 続き UP) Next story (第三部 第九話) |