任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第十六話 優しさを感じる時

大阪の街。
あちこちで響き渡る爆発音、そして、呻き声。
煙の向こうから一人の男が姿を現した。

天地組組員・天川登。

その世界では、少し有名な男・歩く武器庫と言われている男だった。
どのように隠しているのか不明だが、体のあちこちから、色々な武器が出てくる男。爆薬だけでなく、ナイフや銃、時には、吹き矢まで。
それらの武器をこの大阪の街で、ばらまいた様子。
相手は、青虎組。
青虎組の縄張り、それも組と懇意にしている店舗を中心に、隠れ家まで襲撃。
たった一人で、暴れる登。向かってくる青虎組組員をものともせず、勝利が見えた時だった…。
青虎組の危機を察した男が駆けつけた。
水木組組長・水木龍風(みずきたつかぜ)だった。組員を引き連れ、登の前へと現れた。
水木の後ろに並ぶ組員の数…三十。

「おい、お前…」

水木が静かに口を開く。

「……」
「…天地組の…天川だったな…。これは、天地の意向か?」
「いいや。この世界じゃ当たり前のことだろ…やられたら、やりかえす」
「だからといって、関係の無い場所まで破壊するのか?」
「根絶…だろ?」
「くっくっく…そうだな」

水木は、横を向いて笑い出す。そして、登に目をやると同時に、銃口を向けた。水木の行動と共に、後ろに控える組員も銃口を向けていた。

「こっちも、根絶…だな」

そう言って、引き金を引こうとした水木。
その瞬間、登は、上着を広げた。

「なっ!!!!!」
「……撃ってみろよ…てめぇらも、木っ端微塵だぜ…そして、
 この街もなぁ」

不気味に口元をつり上げた登。
それは、余裕を感じさせる程。

「それが、どうした。……てめぇの頭をぶち抜けば、どうってことないやろ」

水木は、登の額に照準を合わせた。

その時だった。

「えっ?!」

水木は、背後で風を感じる。ちらりと目をやると、背後に控えていた組員が、後ろの方から、バタバタと倒れていく姿が見えていた。

「何?!」

振り返った水木は、目に刺激を感じた。
視界が真っ赤に染まる。
それは、辺りの炎ではなく……。

「ぐわぁぁぁっ!!!!」

急に視界が真っ暗になった。それと同時に感じる強烈な痛み。
手を当てる。
その手には、生ぬるいものを感じた。
座り込んだ水木の横を誰かが通り過ぎた。

「……兄貴…」
「登。お前なぁ、ここまで破壊する事は無いだろがっ!」
「我慢……できなくて…。親分を…そして、あいつらを…」
「狙うのは、青虎だけにしておけや…」

登の前に現れたのは、まさだった。登は、突然姿を現したまさを見て、少し安心する。そして、まさの姿を見つめた。
服は、血で汚れていた。

「…兄貴…まさか…」
「すまん……。お前だけでなく、俺自身も…な」
「青虎…を?」

登の言葉に、そっと頷いたまさ。ここに来る前に、青虎組組長の命を奪ってきた様子。
まさと登は、殺気を感じ、振り返る。
そこには、両目を傷つけられ、見えないまま立ち上がった水木の姿があった。
両手には銃を持っている。
見えていないはずなのに、照準は、まさと登の額に合っている。

「!!!!!!」

周りの音に負けないくらい、銃声が響いた。



少し離れた所に車を停め、戦闘準備に入っていた須藤組。轟音の中に響き渡る銃声を耳にして、一斉に顔を上げた。

「組長」
「……あの銃声は、水木だな…」
「どうしますか?」
「向かう」
「はっ」

それぞれが、武器を手に、銃声が聞こえてきた方向へと走り出す。別の方向から、武装した集団が駆けてきた。

「青虎組精鋭部隊…相当やばそうだな」

須藤組組長・須藤幸盛(すどうこうせい)が呟いた。

「急ぐぞ」

須藤の声と共に、須藤組が動き出す。




…あ、兄貴……。

水木の弾が切れた。

「くそっ!」

水木は銃を投げつけた。

「残念だったな…」

そう言ったまさは、水木が放った銃弾を全て、愛用の武器で弾き返していた。
まさが無表情になる。そして、水木に向かおうとしたその時…。

「駄目です!!」

登が、まさの腕を掴んだ。

「登?」
「兄貴…それ以上は……」
「仕留める…」

静かに言った、まさ。
その雰囲気に恐れた登は、手を放した。
水木が跪く。その体から、血が噴き出していた。
まさのナイフが、水木の体をなめるように動いていた。
両腕を掲げたまさ。
それと同時に、水木の体が真後ろに吹っ飛んでいった。

「兄貴!」

登の声と同時に、まさは顔を上げた。
上から降ってくる塊。それは、人だった。
青虎組精鋭部隊。
部隊の働きは、隠密行動。しかし、組の危機には、表立って動く奴らだった。

まさの体目掛けて日本刀が振り下ろされる。
まさは、素早く真横に飛び退いた。
そこへ、別の者が日本刀で斬り上げる。寸でで避けたまさ。
更に別の者が、まさに攻撃を仕掛けてきた。

金属がぶつかり合う音がした。
男が振り下ろした日本刀を、まさは、右手の武器でしっかりと受け止めていた。
まさは、男に蹴りを入れると同時に、左手の武器で、男の体を斬りつける。
男の体から、噴水のように血が噴き出す。
それが、辺りの視界を遮った。

「兄貴!!!」

登の声と同時に辺りに煙が立ちこめた。登が、白煙をまいていた。
まさは、目を瞑り、何かに集中する。
煙に視界を奪われた青虎組精鋭部隊の動きが停まった。
それを、まさは逃さなかった。
煙の中に聞こえる人が倒れる音、そして、呻き声。
視界がはっきりとした時には、その場に立っているのは、まさだけだった。

「…精鋭部隊…全滅…?」

その声に振り向く、まさ。

「原田…お前……!!!! 水木っ!!」

地面に転がり、息絶えた者の中に、水木の姿を見つけた須藤は、抱きかかえて声を掛ける。

「水木、おい、水木!!!」

水木は、何も応えなかった。
水木の傷を診る須藤。
鋭い斬り口。

「…原田……てめぇ……」

低い声と共に、水木の体をそっと地面に寝かしつけ、そして、両手を胸元で組ませる。
ゆらりと立ち上がる須藤は、懐から銃を取りだし、そこに立つまさに銃口を向けた。

連続する銃声。
しかし、尽く、まさに銃弾を跳ね返される。
須藤は、銃に弾を込めながら、まさに向かって駆け出した。

ガキーン!!!!

須藤の持つ銃と、まさのナイフがぶつかり合う。
須藤の膝が、まさの腹部に突き刺さる。
それは、まさには、効いていない…。

な、なに?!

力を込めた蹴りに、ビクともしないまさを見て、須藤は一瞬、恐怖を抱いた。
俯いていたが、まさの顔に、笑みが浮かんでいる…。

「……すまんな……」

まさは、そう呟くと同時に、両腕を広げた。

!!!!!!

須藤の体から、血が噴き出した。
須藤の体が、バッタリと地面に倒れる。

「くみちょぉぉっ!!!!!!」

須藤組組員の声が響き渡る。

「…てめぇ〜〜っ…」

須藤組組員が銃口を向ける。

「やめとけ…」

痛々しい声で、須藤が言った。

「組長…」
「おい、原田…」

ゆっくりと体を起こしながら、須藤は、まさに目をやった。
その目は、極道の雰囲気は微塵もなく、とても温かい眼差しをしていた。

「…治療…していけや…。お前……院長の助手だろ?」
「院長? 誰だ?」

抑揚の無い声で、まさは応える。

「…こんな場所を…狙う奴は…医学の心得がある者しか
 無理やろ? …だから、お前……なのに……」
「何を呟いてる…。人の命を奪う俺が、医学の心得がある?
 死に間際の…何とやら…か」

無情にも、まさは、留めを刺そうとナイフを手に取った。
目にも留まらぬ速さで袖口から出てきたナイフ。
誰もが息を飲んだ、その時だった。
サイレンの音が響き渡った。

「兄貴」
「……須藤、橋の所までは、大丈夫だろ…あとは、あいつの腕だ」

須藤の耳元で呟いた、まさ。

「無理…だろな」

そう応えた須藤。
まさは、にやりと口元をつり上げた後、登と共に、去っていった。

…原田……か。…めちゃめちゃにしよって…。

須藤は、街に目をやった。
真っ赤に燃え上がる建物に、水が撒かれ、それが、幻想的に見えている。

綺麗だ……な…。

誰かが呼ぶ声が、遠くに聞こえていた。




橋総合病院・ICU。
たくさんの機械に繋がれている須藤の体が横たわっていた。
ガラス越しに、組員と息子の須藤康平(すどうこうへい)が、須藤を見つめていた。須藤の側には、須藤の妻が付きっきりだった。

「それで?」

息子の康平が深刻な表情で、側に居る組員に尋ねる。

「二人は、サイレンの音と共に、去っていきました」
「……親父が、こんな目に遭っとるのに、てめぇらは…」
「組長に止められました」
「はぁ?」
「やめておけと…」
「……親父が言う程、原田の腕は……」

ガン!!

康平が壁をぶん殴る。
そこへ、雅春がやって来た。

「康くん、すまんな…今夜が山や」
「橋先生…」
「あんな傷……今まで見た事無い……俺の手でも精一杯だ…」

口数が少ない雅春に、康平は何かを感じた。

「…覚悟…せぇってことか?」
「…そうだな………!!!」

康平は、雅春の胸ぐらを掴み上げた。

「ぼっちゃん!!」

康平の側に付く組員が康平の腕を掴む。

「親父を救えない…こんな医者……役に立つわけないやろが!」
「あの傷で、助かる方が奇跡です」
「…それでも……それでも、救えや…こら……お前、医者だろ?」
「………命を粗末にするような行動に、これ以上は手を貸せない」
「…なにぃ?」

雅春の言葉に、康平の怒りが頂点に達する。
康平の拳が、雅春の腹部に向かって差し出された。

「!!!」
「やめとけ。……俺を…これ以上、怒らせるな…」

康平の差し出した拳を掴んで制止した雅春。康平の拳を握りしめる。
康平の表情が痛みで歪む。
そこへやって来たのは、水木組だった。
水木龍風の息子・龍成(たつなり)が、組員を引き連れてICUの前に姿を現した。

「おい、橋っ! 親父の亡骸を引き取りに来た」

龍成の言葉に、康平は振り返る。

「水木…親父さん…」
「組員三十名と共に、一太刀で殺られた」
「……原田の野郎……」

康平が怒りの炎に包まれる。その怒りに感化されるかのように、龍成の表情が変わる。

「水木、手…貸せ」
「…あぁ」

一歩踏みだそうとした時だった。

鈍い音が、ICU前に響き渡った。

「うぐっ…」
「ぐはっ!」
「……!!!」

風と共に、白衣の裾がめくれ上がる。風のように、綺麗に舞う白衣。それとは反対に、廊下の床には、男達が倒れ込んでいた。

「…!!! 院長!!!!」

ICUから出てきた看護婦が、目の当たりにした光景に、叫ぶ。

「あん?」

白衣を整えながら、返事をする雅春。

「医者が、患者を作ってどうするんですかっ!!!」
「少しは勢いが止まるやろ」
「…そうですが……」

看護婦は、頭をポリポリとしながら、廊下に倒れる男達を見下ろしていた。

「院長、堪忍な」

そう言って出てきたのは、須藤の妻・小百合だった。

「小百合さん」
「あの人が停めた意味…康平、解らんか?」
「お袋…」
「あの人の心くらい、解っとるやろ」
「解ってるわい。だけどな、親父やられて、黙っとるんは
 この世界じゃ笑いもんやろ」
「それやったら、体勢整えて、仕掛ける方がええんちゃうんか?」
「しかし…」
「医者の拳に倒れるようじゃ、康平、あんたも、まだまだやな。
 そして、あんたら、自宅待機や。うちの指示あるまで動いたら
 あかんで。…動く奴は、命を粗末にする奴や。…ええな」
「はっ…」
「はよ、去り」

小百合の言葉と同時に、須藤組組員は去っていく。
その場に残った康平は、壁にもたれかかり、雅春を見上げた。

「あんた、ただの医者ちゃうやろ」
「外科医や。…ただ…付き合っていた奴の影響やな」
「ご友人が刑事…でしたよね」
「あぁ。あいつを狙って病院に来る奴の為に身につけただけや。
 須藤さんの気持ちを踏みにじる奴は、もっと見舞うけど…」
「もう、いらん…」

康平が言った。

「………相当やったんやな…」

あまりにもひ弱な口調の康平を見て、小百合が呟いた。

「医者には、もったいないなぁ。水木のボン、気ぃ失っとるし…」

その通り。雅春の拳は、一人一人とぶつけていくたびに、力強くなっていったのだった。

「…康平」
「なんだよ」
「あの人の言葉や。…あんた、跡目継ぎや」
「えっ?」
「解っとる。好いた女が、一般市民やということは」
「…それやったら、なんで、俺を」
「そのつもりやろ?」
「………それは、まだ先のことや…。今すぐって…」
「今夜が山やろ。すぐに決めや。そうせんかったら、敵がすぐに
 責めてくるで。…うちは、もう、誰も失いたくないんやで…」
「…お袋………」

康平は、拳を握りしめる。

「後は、静かにしてくれや…。俺を休ませろ…」

そう告げた雅春は、自分の事務室へと姿を消した。

「康平」

小百合に呼ばれても、康平は何も応えず、ただ、一点を見つめているだけだった。


事務室に戻った雅春は、奥にある仮眠室へと入っていく。
脱いだ白衣をソファに放り投げ、そこへ横たわる。

原田の馬鹿野郎……。

雅春は、須藤の傷を診て、その傷を付けた人物が解った。須藤の呟きに耳を傾ける。

…俺の命は、院長の腕次第だとさ…原田が言うとった…。

傷は、助かるようなものではなかった。
いつもなら、簡単に治せる傷。
一見、酷く見せる傷の付け方。それは、殺し屋・原田の手口だった。しかし、須藤の体に付けた傷、そして、水木とその組員三十人に付けた傷は、命を奪うほどのもの。更に、青虎組の組長の体にも付いていた傷…。それは、水木たちよりも更に酷く、腕を切り落としているような状態。急所を一刺し……。

原田の何を変えたんだ?

考えられる事…それは、親の命に関わることをされた…。

天地の傷…それほど酷かったのか?

まさの事を考えながら、雅春は、深い眠りに就いた。
起こされた時は、須藤が危篤状態。そして、朝日を見る前に、息を引き取っていた。


雅春は、病院の屋上にやって来る。そして、朝日が昇る方向を見つめ、叫んだ。

「ええ加減にせぇよ!!」



雅春が叫んだ頃、まさと登は、東北にある天地組組事務所に戻ってきた。

「兄貴!!!」

急いで迎えに出てきたのは、京介と満だった。

「京介、親分は?」
「今のところ、悪化しておりません」
「当たり前だ」

自分の腕に自信がある、まさ。

「すみません…」

慌てて頭を下げる京介に、まさは微笑む……が…。

「……兄貴っ!!!!」

まさは、ばったりと倒れてしまった。



まさの部屋。
まさは、ベッドに寝かしつけられる。そして、専属に医師に容態を診てもらった。

「どうでしょうか…」
「暫くは、安静に」
「…それ程…」
「以前、診た時よりも、悪化してる。…一体何を?」
「すみません…二日で、ここと大阪を行き来しまして…」
「何をさせてるんですか!!」

医者が怒鳴る。

「すみません!!」

ひたすら謝る京介だった。

医者が帰った後、京介は、まさに付きっきりだった。
熱があるのか、額に汗が浮かぶ。そして、息が荒い。
京介は、まさの額の汗を優しく拭い、氷枕を交換する。
まさの部屋のドアがノックされ、そして、天地が入ってきた。

「親分!!」

起きあがるには、まだ難しいと言われた天地が、無理を圧してまで、まさの部屋へとやって来た。

「大体は、登に聞いた。…まさ…その手で…」
「まさか…」
「青虎だけでなく、水木、須藤…それぞれの組員と青虎の精鋭部隊まで
 手を掛けたそうだ」
「それじゃぁ、行き来する負担じゃなく、その行動も……兄貴…」

何を考えて…。

「登は、滅茶苦茶反省してる」
「そうでしょうね」

京介の言葉は冷たかった。

「まさは俺が見ておくから、その間、組の事…頼むぞ」
「親分…」
「怪我人は、動かない方がいいだろ?」

天地の表情は、やくざの親分ではなく、一人の『親』にしか見えない京介は、それ以上、何も言えず、天地の言葉に従うように立ち上がる。

「かしこまりました」
「いつまで、安静だ?」
「親分と同じだそうです」
「そうか…。目を覚ましたら、山の麓に行くから、その準備も頼んだぞ」
「はっ。失礼します」

京介は、まさの部屋を出て行った。
静けさが漂う部屋。
天地は、まさの側に、そっと腰を下ろした。

「まさ…。そこまで、俺の為に…。関西を潰す事くらい、お前一人で
 充分なんだな…。だけどな、お前だけは…失いたくないからな…。
 それだけは、肝に銘じておけよ…」

まさの頭を優しく撫でながら、天地が言った。



天地山から見下ろされる景色は、とても美しく、鳥が楽しく飛び交い、そして、山々は赤く染まり始めていた。その景色を見下ろしているのは、まさと天地だった。

「どうだ、まさ」
「少し、落ち着きました」
「ったく…我を失いよってからに…」
「ご心配をお掛け致しました」
「本当だ。目を覚ました途端、あんな目をして…驚いたぞ」
「すみませんでした。…意識は、まだ、大阪にあったようで…」
「ここまで帰ってきたのは、無意識だったんだな」
「気が付いたら、親分の心配そうな表情が目の前にありましたから」
「暫くは、ここだからな」
「そうですね。その方が、親分の傷も完治するでしょうし」
「お前の体も戻るだろうな」

二人は微笑み合う。

「今夜も満の温泉に浸かって、のんびりするか」

背伸びをしながら、天地が言った。

「はい」

優しく応える、まさだった。

「…その…関西の動きは?」
「水木も須藤も、息子が跡目を継いだらしいな。そして、青虎は
 もちろん、跡目争いで再び内紛だ。もう、こっちに来ないだろうな」
「そうですか…」
「しかしな、…間にある関東が厄介になってるようだ」
「…阿山組…ですか?」
「お前の威嚇が効いてるのか知らんが、動きが激しくなったらしいな。
 そして、形を潜めていた黒崎組が、再び動き始めた」
「もしかして、黒崎からですか?」
「そうだな。暫くは、様子を見ておくよ。その間に、お互い完治しないとな」
「そうですね」

二人は、景色を眺める。夕焼けが、山々を真っ赤に染めていた。

「今年の冬は、たっぷりと雪が降るぞ」
「本当ですか?」
「あぁ。…あの木が、赤くなるのが早いからな」
「どの木ですか?」
「あれ」

天地が指を差す木。確かに、周りの木よりも、真っ赤になっていた。

「夕日が当たってるんじゃありませんか?」
「それでも、周りより赤いだろ」
「えぇ」
「夏の姿が、周りより青々としていただろうな」
「……ここを眺める事も、必要ですね、親分」
「そうだな」

空高く、鳥が飛び立った。





木々が赤々とし始めた時期。
阿山組では、とある催し物が始まった。

「……………。何も紅葉狩りせんでも…」

玄関先で呟いたのは、慶造だった。側には、春樹の姿もあった。暫くして、そこに美穂とちさとが姿を現した。

「遅くなりましたぁ」

二人の後ろには、たっぷりと荷物を持った若い衆・北野勝悟(きたのしょうご)が居た。

「……そんなにいらんやろ」

慶造が呆れたように言った。

「そうおっしゃらないで下さいね。笹崎さんが怒りますよ!」

ちょっぴりふくれっ面で、ちさとが言う。

「……北野ぉ、すまんな」
「これくらいは、大丈夫です!」
「山中は猪熊家か?」
「はい」
「…時間掛かってるよな…やっぱり、ちさとが行くべきだったな」
「やはり、愚図ってるんですか…その…八造君…」
「多分な…」
「愚図るって?」

春樹が尋ねる。

「ん? あ、あぁ。お前には言ってないな」
「猪熊家の事は、嫌と言うほど聞いた」
「そうだけどな、その…末っ子が、この世界のことで拗ねててな」
「それほど、大変だったのか?」
「まぁな…っと、噂をすれば、なんとやら」

門をくぐって、たくさんの人数は入ってきた。
修司と山中、そして、修司の息子たち、七男まで。

「すまんな、慶造、遅くなった」
「…八造君は?」

ちさとの言葉に、修司は首を横に振る。

「三好と一緒」
「そうか。…仕方ないな。じゃぁ、行こうかぁ、真北」
「…ほっんとに、嫌そうだな」
「この日の為に、動きに動いた真北、お前の為を思って出掛けるんだぞ」
「…なんか、嫌味な言い方だな」
「休む暇ないだろ」
「紅葉で心まで和ませろって」
「……この時期になったのは、お前のせいでもあるだろがっ!」
「なんだとぉ」
「関西の火の粉が飛んできそうだと言って、暫く動くな。そう言って
 お前が、俺達の行動を抑えて、その間に、お前は何をした?」
「阿山組を狙ってそうな組を抑えただけだろが」
「その結果がどうだ?」
「落ち着いた」
「……そうじゃなくて……」

春樹の言葉に対して、眉間にしわがよる慶造。

「ん? 他にあるんか?」
「黒崎の油に火を付けた」
「それは知らん」
「あのなぁ〜。黒崎と俺んとこが、争ったら、それこそ…」
「黒崎には話し付けてるって」
「いつ?」
「昨日」
「…………無茶する奴だな」
「放っておけ。じゃぁ、出掛けるぞぉ!」

何故か張り切っている春樹。その勢いは誰も止められず、慶造達は、春樹の言うとおりに行動するしかなかった。そして、かなりの人数で、紅葉狩りへと出掛けていった。
たくさんのお弁当も一緒に……。



紅葉が綺麗な山。そこに慶造達は到着した。
普段なら一般市民が行き来する山。しかし、そこには、誰の姿も無く……。
辺りを見渡した慶造は一言呟いた。

「…こんなんに使っていいのか?」
「いいんだって。その為に動いていたんだからさ」

春樹が応える。
ふと目をやった所では、猪熊家の息子達が、ちさとと美穂と戯れていた。
ちさとの笑顔が、いつも以上に輝いていた。

「眩しいな…」

春樹と慶造が同時に呟く。二人は見つめているものが一緒だった。

「…惚れるなよ」

慶造が言う。

「惚れるわけ、ないだろが」

春樹が応えた。

「…修司は?」

慶造の言葉に、春樹は、別の場所を指さした。
辺りの様子を探っている修司の姿が、そこにあった。少し離れた所では、栄三が、寝転んでいる姿がある。それに気付いた修司が、栄三に声を掛ける。栄三は、何かを修司に伝えていた。その直ぐ後に、修司は、慶造の所へと戻ってきた。

「栄三ちゃん、いつ来た?」
「明け方からここに居るそうだ」
「…まさか、栄三ちゃん…」
「辺りには、誰も居ないそうだ。…真北さん、あんた何をした?」
「任務に声を掛けただけだ」
「いいんですか、そんなことをしても…」
「……また、説明せぇってか?」

慶造をちらりと見る春樹の仕草で、修司は、それ以上何も尋ねなかった。

「小島さんの息子は、あそこで何を?」
「見張りだそうですよ」
「寝転んで?」
「ここからは見えないけど、あちこちに仕掛けてるそうですね」
「何を?」
「さぁ、それは」

修司の言葉に、春樹は何も言わず、ベンチに腰を掛けた。

「真北?」
「お前も行って来いよ、慶造」
「どこに?」
「あの輪に」

春樹が指さす場所。そこは、ちさとたちが、楽しんでいる場所だった。

「今日は、肩書き捨てろ」
「真北…」
「俺が、見ててやるからさ」

そう言った春樹の表情には、優しさが含まれている。

「お前はいいのか?」
「いいんだよ」

その表情に少し寂しさを感じる慶造だったが、それ以上は何も言わず、修司と一緒に、ちさとの所へと向かっていった。
ちさとが笑顔で慶造に話しかける。慶造も微笑んでいた。

「やくざの親分……か」

春樹は呟き、煙草に火を付けた。背もたれにもたれ掛かりながら、慶造達を見つめる春樹。
姿は、無防備だが、醸し出す雰囲気は、全く違っていた。
近寄りがたいもの…。
慶造達を見つめながら、春樹は思い出していた。
家族揃って、遊びに来た頃を…。



(2004.8.8 第四部 第十六話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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