任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十話 春樹の心を知る

修司運転の車が、とある場所に向かって走っていた。

「ったく…真北の野郎。あれ程外出するなと言ったのにな」

後部座席に座る慶造が、ふてくされたように言った。

「そんなに心配だったら、二人にさせるなよ」

修司が言う。

「うるさぁい」
「それにしても、あの堤防の場所を剛一が教えていたとはなぁ。
 あの場所は、体力作りにはもってこいだけど、ゆっくりできないと
 思うけどなぁ」
「まぁ、いいんじゃないのぉ。あの場所だって、無くなったことだし」
「立派な住宅が建ったよなぁ」
「そうだな」

車は河川敷専用駐車場へと入っていく。
修司は、ブレーキを踏む。

「……慶造…」
「…あぁ」

エンジンを切った修司は、車から降りる。目の前にある堤防で繰り広げられている光景を凝視する。

「…山中」

修司が呟いた。河川敷に近い所に停めている車の側に、勝司が立っていた。堤防の土手での乱闘を警戒しながら見つめていた。
慶造が車から降りてくる。

「慶造、降りるなっ」
「ちさとは?」

修司の声と重なる慶造の言葉。慶造は、勝司と春樹の姿に気付いていた。
修司が停める間もなく、慶造は走り出す。
修司も追いかけていった。


勝司が振り返る。

「四代目!」

慶造の姿に気付いた勝司。それと同時に後部座席のドアが開き、ちさとが出てきた。

「あなた…真北さんが…」

慶造の胸に飛び込みながら、ちさとが叫ぶ。

「ちさとは、無事なんだな」

そっと頷くちさとを力一杯抱きしめる慶造。そして、目線を土手に移した。

「山中、ちさとを頼んだぞ」
「はっ」
「修司、行くぞ」

修司と慶造は、土手に向かって走り出した。

「…あなた…」

不安そうに見つめるちさとに、優しく声を掛ける勝司。

「姐さん。治まるまで中へ」
「…そうですね…」

ちさとは、車の中へ入り、そして、ドアに鍵を掛けた。



慶造と修司の姿に気付いた男達は、狙いを慶造に向けた。
しかし、春樹に行く手を阻まれ、強烈な拳を差し出される。
倒れる男に留めを忘れない春樹。
襲ってきた男達が全員倒れた。
辺りを見渡し、それを確認した春樹は、腹部を抑えながら、その場に崩れ落ちた。

「真北っ!!」

慶造が駆け寄る。
春樹は息が荒く、そして、体は出血の為か震えていた。
慶造は、腹部を抑える春樹の手を掴んだ。
その時だった。
春樹の蹴りが、慶造の顔目掛けて炸裂する。慶造は、それらを全て避け、春樹から距離を取った。
ゆっくりと立ち上がる春樹。
その姿は、途轍もなく恐ろしく、春樹の背後に怒りの炎を感じる程だった。腹部を抑える指の隙間から、血が溢れ出す。
春樹は、慶造を睨む。

「…まだ…やるのか……。俺は……てめえらのような命を奪う奴を
 許さない…。てめぇらに…やられるような……俺…じゃない…」
「…ま……き…た…?」
「慶造、離れろ。真北さんは、判別が出来ていない。俺達を
 敵だと思っているようだぞ。俺に任せておけ」
「修司…」

修司は、慶造の前に立ち、そして、慶造を守るような感じで両手を広げた。

「……なんの…まね……だ?」

春樹が、苦しそうに言う。それと同時に、春樹は拳を握りしめ、そして、修司に向けた。
修司は、差し出された春樹の腕を抱え込む。
身動きが取れなくなった春樹は、修司の背中に膝蹴り。
それは、想像を遙かに超えているほど強烈だったのか、修司は、一瞬、春樹の腕を放してしまった。
そのスキを狙った春樹は、修司の腹部に肘鉄を突き刺す。
修司が前のめりになった。

「真北さん…」

修司の声は、春樹の耳に届いていない。
春樹の狙いは、慶造に向けられる。

「…って、真北っ!!!」

春樹の攻撃を避ける慶造。
春樹は、足の力を失い、跪く。
慶造が春樹を支えるように手を差しだした…しかし、その手を掴まれる。
掴んだ腕を握りしめる春樹は、何かを呟いていた。その呟きに耳を傾ける…。

「俺は…死なない……。死ねないんだ……てめぇらの……
 命を粗末にする……許さねぇ……」
「………真北……お前…」

獣を射るような目つきで、春樹は顔を上げた。その目線が、隣に移された。慶造は振り向く。

「…ちさと…」
「…真北さん……!!」

ちさとは、春樹の頭を優しく腕に包み込む。

「もう…大丈夫ですよ、真北さん」

ちさとの声が、春樹の耳に届いたのか、慶造の腕を掴んでいる手を弛めた。

「ちさと……さん……」

そう呟いて、春樹は気を失った。

「真北!」





道病院。
ICUに春樹は入れられていた。
ベッドに横たわる姿を見つめる慶造と修司。

「真北の心の奥底に秘めた思い…か」

慶造が呟く。

「恐らく、俺達と共に生きると決めた時に、奥底にしまいこんだんだろうな」
「…死ねない…か」
「俺達が駆けつけた時は、無意識の行動だったんだろうな」
「そうかもな」
「…ほんと、慶造そっくりだよ」
「修司ぃ〜」

慶造の怒りが発せられるかに思えた時だった。
道病院院長の長男・道敬光がやって来た。

「美穂さんから連絡ありましたよ。ちさとさんは大丈夫です」
「そうですか…。ありがとうございます」
「…あの方は、暫くICUから出られないでしょうね」
「そこまで、重傷だったんですか?」
「出血が激しかっただけじゃなく、本部前での傷で、未だに
 治りきっていない所があって、そこが悪化してるようです」
「…そんなこと、微塵も感じなかったぞ」

慶造が、悔しそうに言う。

「それだけ、体が鍛えられているんですよ。あの時は
 治りきっていないのに、動き回っていたでしょう?
 それが影響してるんですよ。…なので、今回は完治するまで
 退院させませんよ」
「…困ったな……、まき……」

呟く慶造の口を塞ぐ修司。

「解りました。それまで、宜しくお願いします」
「あまり、無茶しないでくださいね、修司くん」
「解ってますよ」
「しかし、あの出血で、激しい動きが出来るとは…恐ろしい方ですね」
「無意識だったようですよ」
「敵に回さなくて正解ですよ」
「敵味方関係なく、命の大切さを想う者なら、誰でもそうだろうな」

修司の手から逃れるように動いた慶造は、春樹の姿を見つめながら、優しく言った。
その目は、微かに潤んでいる。

「道先生、後はお願いします」

慶造は、深々と頭を下げ、そして、修司と去っていった。
道は、ICUへ入っていく。

「…えっ?」

思わず声を挙げた。
春樹が目を覚まし、道を睨んでいたのだった。
その目は、呼吸器を外せ…と訴えている。

「駄目です。そして、完治するまで退院させません」

道が力強く言った。

うるせぇ…。

「怪我を把握してますか?」

春樹は首を横に振る。

「カルテ見せましょうか?」

春樹が頷いた事で、道は、ベッドサイドに置いているカルテを春樹に見せた。
銃弾貫通三カ所、そのうちの一つが動脈を傷つけている。
多数の切り傷に打撲。
古傷の悪化。

春樹は諦めたように体の力を抜いた。

「完治するまで、抑制してますよ。この際、しっかりと治しておかないと
 これからのことに対応できませんよ」

解ってる…それくらい…。しかし…。

「慶造さんを抑えておくように、美穂さんには言ってあります。
 そして、笹崎さんにもお願いしてるそうです」

それでも…。

春樹は、やはり諦めきれない表情をする。

「……私を怒らせないで下さいね」

静かに言う道。
春樹は思い出す。
本部の医務室で治療を受けていた時、美穂から聞いた道病院院長の息子の事。

普段は温厚な雰囲気だけど、言う事を聞かない患者には
容赦ない怒鳴り声を飛ばすのよぉ。
大人子供関係無いんだからぁ〜。

春樹は目を瞑る。

「早く完治するように努力してますから。私にお任せ下さい」

春樹は頷く。
それを確認した道は、そっと去っていった。
春樹は目を開ける。

あの医者、俺の事に気付いてないのかな…。
橋の口から、よく出てきた名前…だよな。
橋の腕と並ぶ程……か。

ふと思い出す親友の事。
万が一の事を考えて連絡を絶っていた。

元気にしてるか……橋…。

春樹は、安心したように、深い眠りに就いた…。





大阪にある橋総合病院。
たくさんの急患が運ばれてきた。処置の追われているのは、院長である外科医の雅春だった。

「この患者は、すぐに手術! 外科医をもっと呼べ!」

看護婦に指示する雅春。若手の外科医や熟練の外科医までが駆けつけ、対応する。

「ったく、怪我人を出すことしか考えないんだな…」

雅春の耳に入った情報。
それは、関西に組を構える極道たちの抗争の激しさ。それが、一般市民を巻き込んでしまう程の事故を起こしてしまった。
追いかける車と追いかけられる車が、大通りに出た途端、次々と接触事故を起こし、ぶつかった弾みで歩道を歩いていた歩行者を巻き込んだ。
幸いにも、橋総合病院が近い場所で起こった事故のため、搬送中の容態悪化は免れていた。
警察から詳しい状況を聞いたのは、全ての患者の治療を終えた時。休憩もなく、警察に応対する雅春は、話を聞いていく度に、怒りが増していく。

「水木と須藤、そして、川原と藤、それぞれの傘下の組が
 暴れ回ったらしいですよ。抑えるように現組長たちが
 動いていた最中に起こった事故で、恐らく組長達も
 事態を把握出来なかったでしょうね」
「……そんなことで、組長をやってられるのか?」

雅春は拳を握りしめた。

「組長達…今は何を?」
「事務所内で、様子を伺ってるところでしょうね」
「今回の事故…一番の原因は?」
「青虎組ですね。事の発端でしょう?」

雅春の表情が険しくなる。

「こうならんように、気を付けろと…俺は言ったのにな…」
「そう言えば、各組長と親しいお付き合いをしてるんでしたね」
「治療のお礼を言いに来るだけだ」
「…今回の事故。死人が出なかったのは、院長先生のお陰ですよ
 それだけでも、我々は助かります。ありがとうございました。
 そして、お疲れ様でした」
「刑事さんこそ、お疲れさん」

雅春と話していた刑事は、軽く頭を下げて去っていく。
雅春は、事務室に戻り白衣を脱ぐ。
奥の部屋にあるロッカーから、コートを取り出し、それを羽織った。
そして、事務室を出て行った。

『外出中』

事務室のドアに、札が掛かった。



須藤組組事務所は、ひっそりとしていた。
姿を見せないように、組員が素早く出入りする。
事務所の前に一人の男がやって来た。
雅春だった。
コートのポケットに手を突っ込み、組事務所の建物を見上げる。
事務所のドアが開き、組員が出てきた。

「橋院長…どうされまっ!!!!!」

ポケットに手を突っ込んだまま、雅春は、有無も言わずに組員を蹴り上げた。
あまりにも強烈な蹴りに、組員は、事務所のドア毎、事務所内へ飛ばされる。
激しい物音に、事務所内の組員が一斉に立ち上がった。

えっ?!??!!!



組長室では、須藤が誰かと電話をしていた。

「………ほんまか?」
『あぁ……あかん…俺、病院行く…』
「水木、病院に向かっても、院長おらんやろ」
『他の医者おるやろが。そっちに頼む…』
「それにしても……!!!!」
『須藤、どうした?』
「殴り込み…」
『院長ちゃうか…』

水木の言葉を耳にすると同時に、組長室のドアが勢い良く開き、組員のよしのが転がり込んできた。
体を起こし、ドアを見つめるよしの。口元から血を流していた。

「…よしの、どうした?」
「組長…その……院長が…」

そう言うと同時に、雅春が組長室へ入ってきた。

「…水木、切るで。ほな、病院で…な」

須藤は受話器を置き、雅春に目をやった。
ポケットに手を突っ込み、仁王立ちしている雅春。
醸し出されるオーラは、とても近寄りがたく…。

「…何しとんや?」

ものすごく低い声で雅春が言った。

「電話」
「てめぇら、街で何か起こったの…知らんのか?」
「目を覆いたくなるような事故。腕の良い外科医のお陰で、
 死者はゼロ…そういう情報が耳に入ってる」
「ほぉ〜。………俺、言ったよなぁ」
「拝聴しました」
「それなら、俺の言いたい事……解ってるだろ?」
「……そうやって、川原のおやっさんや藤のおやっさん、谷川、そして、
 水木……と各組に殴り込みですか? …医者が…」
「医者でも怒ること…あるからなぁ」

そう言って、雅春は、須藤の目の前のデスクを蹴る。
デスクは、真横に飛んでいった。

…ぎょっ……。

大の男が、一人で動かすのがやっとである、軽くはないデスク。
それが、いとも簡単に飛んでいった。
目の前が無防備になった須藤は、目の前に立つ雅春を見上げた。
不気味につり上がる口元…。流石の須藤も恐怖を感じた……。

「く、組長ぉぉっ!!!!!!!!!」

よしのの声が、辺りに響いた…。




橋総合病院。
雅春は、患者の治療を終え、一息付いた。

「…自分で怪我人作って、こうやって治療して…ふんだくるんか?」

ふてくされたように言うのは、今、治療を終えたばかりの須藤だった。

「電話出来るくらいだから、軽い傷やぁ思たら、…まさかな…」

目をやると、そこのベッドには、痛々しいほど、全身に包帯を巻かれた水木の姿が横たわっている。同じような格好の川原と藤、そして、谷川だった。

「…院長〜」
「うるさい」
「…すみません」
「じゃかましい。聞き飽きた」
「それでも、言わせてください…」
「聞く耳持たん」
「院長ぉ〜」

カルテを記入していた雅春は、持っているペンを放り投げ、そして、ゆっくりと振り向いた。
その目に怒りの炎を感じる……。

「反省してます…」
「…今後、同じような事件を起こしたら、あの世に送ってやる」

力強く言う雅春に、強面の組長達は、恐縮そうに首を縮めていた。

「医者が言う言葉か?」

言い終わるよりも先に、雅春の拳が水木の腹部に突き刺さる。

「口は災いの元…覚えておけ」

雅春の言葉は、水木の耳に届かなかった。
拳を受けた瞬間、すでに気を失っている水木。
雅春の怒りを肌で感じた組長達は、大人しくするしかなかった。





天地組組事務所。

「…関西が大人しくなった?」

登の情報を耳にした天地が口を開く。

「はい。一般市民を巻き込む事故を起こした後、ぴったり止みました」
「何が起こった? まさか、阿山組が関西に?」
「そこまでは、まだ解っておりませんが、青虎の動きも止んでます」
「しかし、油断は禁物だ。暫くは様子を見ておけ」
「はっ」
「…ところで、まさは?」
「まさ兄貴は、かおりちゃんと遊んでますよ」
「ったく……好いてる女ほったらかして、何してるんだよ…あいつは」
「夕子姉さんは、ここを去っていきましたよ」

登の言葉に、天地は驚いた。

「追いかけないんだな、まさは」
「これ以上、夕子姉さんに心配掛けたくないそうです。それに、
 新たな街で、素敵な人と出会ったそうですね。夕子姉さんから
 お手紙頂きました。近々結婚するそうですよ。相手は堅気ですね」
「そうか。…まさは、ふられたことになるんだな」
「そうですね。まぁ、兄貴…今は忙しいですからね」
「春休みに入ると、子供は遊びたがるもんだな…。それに付き合う
 まさも…まだまだ子供…か」

大きく息を吐きながら、天地が言った。

「兄貴の耳に入ると、俺が殴られますからぁ、親分、お願いします」
「すまんな、登」

噂のまさは、天地山でかおりと遊んでいた。
まだ雪が残っている所で、雪だるまを作っていた。
そんな二人を見守っているのは、京介と満だった。

「…満、どうする?」
「俺は……まだ、決められない。京介は?」
「俺は、この世界に飛び込んだけど、元々じゃないから…」
「そうだったな」
「兄貴が薦めるなら、俺は、兄貴の言葉に従うだけだよ」
「そうだな。…俺も、そうするかな…」
「そうしろよ、満」
「何をしたらいいんだよ」
「温泉関係を当たれば? 得意だろ」
「まぁ、そうだけどさ…」
「煮え切らないな…」
「長年住み慣れた世界を離れるのって……勇気いるぞ」

満の言葉が、心に突き刺さる京介。
二人は、この日の朝、まさから驚愕に近い言葉をもらった。

お前ら、足…洗え。これからの事を考えると、その方がいい。

京介は、まさを見つめていた。

兄貴は、どうされるんですか?

京介の尋ねる事に、まさは応えることは無かった。
ただ、優しく微笑んだだけ。
京介は、気がかりだった。
想像も出来ない程の大きな事を、まさが起こすかも知れない…と…。
もしかしたら、この世界が、変わってしまうかもしれない……と。




ちさとが、勝司と北野と一緒に、道病院へやって来た。
定期検診を受けた後、真北の病室へと向かっていく。

嬉しそうにドアをノックするちさと。
しかし、返事がない。
不思議に思い、そっとドアを開けたが…そこに居るはずの人物は居なかった。

「居ませんね…」

勝司が言った。

「まさか、悪化したのでは…?」
「看護婦に聞いてきます」

北野がナースステーションへ駆けていく。そこで、看護婦に聞いた言葉を、ちさとに伝えた。

「トレーニングルームに居るそうです」
「まだ、完治しておられないはずですよね」
「美穂さんから、そう聞いてます」
「取り敢えず、向かいましょう」
「はい」

ちさとと勝司、そして、北野はトレーニングルームへ足を運ぶ。ガラス越しに中が見えるようになっている部屋。そこの奥の方で、隠れるような感じで体を鍛えている春樹の姿があった。

「あんな姿…あの人が見たら、怒りますね」
「そうですね。それにしても、あの日の姿…」
「二度と…見たくない…。そう思ったのに。これから、気を付けないと」
「肝に銘じております」
「…もぉ〜。山中さんは、いつになったら、その態度…改めるの?
 あの人が居ない時は、良いと言ったでしょ?」
「それでも、やはり…」
「勝司さんは、山中さん…お父さんに似てきたわね」
「えっ?」
「笑った顔を見たこと、少なかったから…でもね、安心出来た。
 勝司さんも同じです。側に居ると安心する。だから、これからも
 お世話になります」
「姐さん、改めて言われると…その…」
「…山中さんって、堅物か?」

そう言いながら、トレーニングルームから出てきた春樹。

「真北さん!! 駄目でしょ!!!」

春樹の姿を見た途端、ちさとが叫ぶ。


春樹の病室。
ちさとたちにお茶を出す春樹。

「いただきます」
「ありがとうございます」
「慶造には、内緒にしてくださいね」

春樹が言った。

「どうしようかなぁ」

ちょっぴり意地悪そうに、ちさとが言う。春樹は、ふくれっ面になっていた。

「真北さん。勝司さんが堅物って、どういうことですか?」
「柔軟性がないってことですよ。な、山中さん」
「そ、それは…」

春樹の言葉に焦る勝司。

「何に対しても真面目に、そして、実力以上にこなしていくだろ。
 それは、いいけどな、柔らかさが必要な時もあるだろ?」
「はい。お袋からも言われた事です。親父に似てると…」
「だから、子供が苦手」
「私を見ると、いつも泣きますから。なぜなのか…」
「そこ。そこなんだって。そうやって、真剣に悩むだろ。それが原因」
「そうですか…」

深刻に考え込む勝司を見て、春樹とちさとは、思わず笑い出す。

「????」
「俺の言葉を真剣に受け止めるとは、本当に真面目だなぁ」
「……からかってるんですか?」

勝司が気付く。

「その通り」
「真北さぁん、…真剣に悩んだじゃありませんか!!!」
「すまんすまん。言い合う相手がおらんから、暇でなぁ」
「……真北さぁん、暇だから、体を動かしておられたんですか!!!」
「す、すみません!!!!」

ちさとの怒りに恐れる春樹だった。

「でも、安心しましたわ、真北さん」
「はい?」
「あの日の姿……本当に…」
「道先生から聞きました。…私は、あの時の記憶が無いんです。
 あるのは、ちさとさんが、車に乗り込んだ姿と、ちさとさんが
 心配そうに私を包み込んでいた姿…。どうやら無意識のうちに
 相手を倒していたみたいですね。…まだまだ未熟です…。
 だから、もっと鍛えて……」
「ありがとう、真北さん」
「ちさとさん…。……順調だとお聞きしてますよ」

春樹の目線は、ちょっぴり膨らんできた、ちさとの腹部に向けられた。

「えぇ。やっと安定しましたの。楽しみですわ」
「山中、ちゃんと出来るのか?」
「あ…赤ちゃんの世話…ですか?! 無理です!!!」
「がんばれよ」
「真北さぁん」
「今のは、本気だ」
「……解りました。……勉強します…」

項垂れる勝司を見て、ちさとと春樹は微笑み合っていた。

それまでに、整えておかないと…な。

嬉しそうに腹部をさするちさとを見つめながら、春樹は心で思っていた。
整えるとは、一体……。



(2004.8.18 第四部 第二十話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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