第四部 『絆編』 第二十六話 殺し屋の最後の仕事 春樹の腹部から真っ赤な物が流れ出す。 真北さん…。 春樹の肩越しに見える真っ赤な物。ちさとは、真子を抱く腕に力を込めた。 まさの狙いが、再び真子に向けられていたのだった。 まさは、ナイフを握りなおし、真子を見つめた。そんなまさの視界に飛び込んできたのは、春樹の姿。 なに?! 致命傷にも近い場所を刺された春樹。なのに、一瞬の隙間を見せずに、まさを睨み上げていた。 まさは、春樹のオーラに恐れ、素早く窓際に寄った。 春樹の目線が、窓際のまさに移動する。 しかし、まさの動きは、尋常ではなかった。次の瞬間、ちさとの目の前に姿を現していた。 「くそっ!!」 春樹は、まさの前に身を移そうとしたが、まさの差し出すナイフの方が速かった。 な、なに?! まさのナイフは、真子の体寸前でぴったりと停まっていた。その手は震えている。 「…こんな幼子を…殺せるわけないだろ…何も知らない…幼子を……」 まさは、素早くナイフを袖の中にしまい込み、ちさとを見つめた。 「…この子は、殺した…。いいか、絶対に外に知れないように育てろよ。 絶対にな…。ほとぼりがさめるまで…な」 「あんた…」 驚くちさとを前に、まさは春樹に目線を移した。 春樹は苦痛で顔がゆがんでいたが、それを悟られないように振る舞っていた。そんな春樹をまさは見逃さない。 ドサッ。 「は、原田?!」 春樹の視野に天井が映っていた。まさが、素早く春樹に近寄り、強引に床に寝転ばせていた。 「俺は、あの子を殺せと指令を受けて来ただけだ。あんたは、全く関係ないからな…」 春樹に話しながら、素早く傷口を手当てし始める。その手さばきに、春樹とちさとは驚いていた。 「あとは、医者に診てもらってくれ」 素早く告げた、まさは、廊下を駆けつけてくる足音に気が付いたのか、その部屋から姿を消した。 「姐さん!!!」 「ちさと!」 慶造と修司が駆け込んできた。 慶造は、部屋の電気をつけた。それと同時に鼻につく、血なまぐささ…。ふと床に目線を移すと、そこは、真っ赤に染まっていた。 「ちさと、無事…か…」 慶造が静かに口を開く。 「あなた、早く美穂さんを呼んで。真北さんが!」 ちさとの言葉に、床に座り込んでいる春樹に目線を移した。 「真北!」 「…あぁ、真子ちゃんは…無事…だ……」 春樹の体は、ゆっくりと横に倒れていく。 「真北さん!!」 ちさとの声が遠くに聞こえていた。 朝日が部屋に射し込んでいた。 春樹は、朝日の眩しさで目を覚ます。右手に何かを感じ、目をやった。 「ちさとさん…」 ちさとが、春樹の右手をしっかりと握りしめたまま、ベッドにもたれかかるように眠っていた。 「ここは…医務室…か」 春樹は、周りを見て、そこが通い慣れている医務室だと気が付く。ゆっくりと体を起こした春樹。 「っつー…」 激痛が走った。 「真北さん…?」 ちさとは、春樹の声で目を覚ます。 「ちさとさん……真子ちゃんは?」 「そこよ。…あんなことが遭ったのに、あの子ったら、気持ちよさそうに眠ってるの」 ちさとの声は、とても優しかった。 「具合はどう?」 「少し痛いけど、大丈夫ですよ。これくらいは」 春樹は微笑んでいた。ちさとは、安心したような表情をして、そして、ハッと気が付く。 春樹の手を握りしめたまま……。 ちさとは、慌てて手を離した。 「ごめんなさい…」 「あっ、その…いいえ…ありがとうございました」 春樹は、照れたような表情で、何かを誤魔化すかのようにちさとにお礼を言う。ちさとは、立ち上がり、真子に歩み寄りながら、春樹に話し始める。 「美穂さんがね、応急手当が良かったから、それだけで済んだって。 確かに、あの人…原田って方の手さばきは、凄かったわ。 まるで、医者のようだった…」 「えぇ。そうですね。…私でも、あそこまでは、それに、あいつ…… 本当に殺し屋なのか?」 春樹は、刺された箇所をさすりながら、昨夜の事を思い出していた。 「慶造にも、心配掛けてしまいましたね。で、また、仕事に?」 「…その、天地組へ行くと…原田を許せないとかいって…。 今、準備をしているらしいの……真北さん!!」 ちさとの言葉を聞いて、春樹は自然と体が動いていた。 医務室を出て行く春樹は、ちさとの呼び止める声が聞こえていないかのように、走り出した。 まさは、天地山最寄り駅に到着した。 駅員に預けていた車のキーを受け取り、車に乗る。 そこに残る京介と満のぬくもり。 まさは、昨日、別れた二人の事を思い出す。 元気で生きていけよ、京介、満! まさは、アクセルを踏んだ。 向かう先は、天地組組事務所。 そこで待っているはずの親分に報告をする為に。 親分…気付いてるだろうな……。 阿山組組本部。 春樹は、玄関先で出発の準備をし終えた慶造達に追いついた。 「真北、お前!」 慶造は、二、三日、起き上がることができないだろうと言われていた春樹が、血相を変えて駆けつけた事に驚いていた。 「慶造待て。俺に考えがある。…奴を…原田を殺すな。 奴は、利用価値があるはずだ」 「できないな。いくら、お前でも…それだけは。…あいつは、真子を …狙ったんだぞ」 静かに言う慶造。 「…解ってるよ。…だから、生き地獄を見せてやるんだ…」 春樹は、恐ろしいまでの表情で、慶造に言う。 微笑む春樹。その微笑みが不気味に感じる慶造は、大きく息を吐いた。 「…お前の考えを言え。俺は、天地組を潰す。二度と立ち上がれないようにな」 「解っている。俺も、そのつもりだ。だけどな、あの原田は違う」 「何が違うんだよ! あいつは、俺の命を狙った。そして、お前を… ちさとを……真子まで…」 「確かに、真子ちゃんに刃を向けた。それに対しては許せない。 だけどな、その刃は、寸前で止められた。そして、こう言ったんだよ。 この子は殺した。ほとぼりが冷めるまで…存在を知られないように 過ごせ…とな」 「…原田…がか?」 春樹の言葉に驚く慶造。 「あぁ。俺のカンだが…。あいつは、仕方なしに殺しの仕事をしている。 親分の命令は、絶対だろ?」 「そうだな」 「…あいつを解放してやりたいだけだ」 「真北、お前…何を考えている? あいつに生き地獄を見せるんだろ?」 「あぁ。…だが、悪いようにはしない」 こいつ…やはり、何を考えているか解らないな…。 「……解った。それなら真北が首記を取れ」 「ありがとな、慶造」 そう言った春樹は、怪我をしているとは思わせないくらいの動きを見せて、慶造と車に乗り込んだ。 組員や若い衆が深々と頭を下げる中、慶造達が乗った車は、阿山組本部を出ていった。 車の中。 「…真北、大丈夫なのか?」 「何が?」 「昨日の今日だろ。刺されて…」 「このお礼は、しっかりとさせてもらうよ。それに、真子ちゃんを狙ったからな…。 そして、ちさとさんまでも…な……」 春樹の低い声が、慶造の心に響く。 こいつは、とんでもなく…恐ろしい奴だな…。 春樹を見つめながら、そう思った慶造は、ゆっくりと座り直す。 「…ところで、天地組に到着するまでに、お前の思いを 語ってもらおうかな」 「そうだなぁ。それによっちゃぁ、慶造、お前の考えも変わるだろな」 「俺の思いは変わらんぞ。天地組を潰すだけだ。もう、生ぬるいことは やってられないんでな。…一度ならぬ、二度までも…」 「慶造……。命は奪うなよ。後が厄介だ」 「それは、どうだかな…」 軽い口調で返事をした慶造。 その口調に心配ながらも、春樹は自分の思いを慶造に語り始めた。 天地組組事務所。 組長室に、まさの姿があった。 「………そうか…それは、残念だったな」 「申し訳御座いませんでした。…あいつらが…俺の手の届かないところに…」 「まさ…」 「はっ」 「気にするな。俺は、お前が無事だっただけでいいんだからさ」 「……ありがとうございます」 「暫く、ゆっくりしておけ」 「はっ」 「…阿山の奴…来るかな…」 「可能性はありますので、準備をしておきます」 「娘を殺されて、すぐに来るような奴じゃないさ。暫く休んで 体調を整えておけ。来たらすぐに対処しろ」 「はっ。では、私は、マンションの方に」 「あぁ」 まさは、組長室を出て行った。 天地は、ソファに腰を掛け、大きく息を吐く。 「……腕を上げたな…まさ。これで、殺し屋として一流だ」 ほくそ笑む天地だった。 天地組組事務所から離れた場所にあるマンション。 そこは、まさの住むマンションだった。 昨夜の事で、体力を消耗しているまさは、腕に仕込んでいる武器を外し、棚にしまい込む。 シャワーを浴び、軽く食事を取った後、ベッドに倒れ込んだ。 そのまま、熟睡するまさ。 何かを思い出したのか、ふと体を起こし、上着の内ポケットから薬を取り出した。 それを飲み、再び熟睡する。 目を覚ましたのは、夕方。 ベッドに仰向けになって、天井を見つめ、何かを考え込む。 「親分に報告したからなぁ。慶造の娘の死を…な…。 これで、いいんだよな」 まさは、突然、ガバッと起き上がり、台所へ脚を運んだ。そして、自分で料理を作り始める。 その手さばきは、素早く…。 ピンポーン。 チャイムが鳴った。 まさは、玄関へ行き、普通にドアを開けた。 ガン!! ドアが勢い良く開いた。 「…お前ら……!!」 まさは、声を挙げるよりも先に、襟首を掴まれ、部屋の奥へと連れて来られた。 ガン!! 勢い良く壁にぶつかった。 突然の事に驚きを隠せないまさは、やっとの思いで声を出した。 「阿山慶造…そして、真北…」 ドアを開け、まさの家に押し入ったのは、慶造と春樹、そして、修司だった。まさの襟首を掴んでいるのは、修司。その表情こそ、恐ろしく…。 「原田ぁ〜」 修司は、拳を振り上げる。 「やめろ、猪熊。俺の獲物だ」 そう言って、修司の腕を掴んだのは、なんと春樹だった。 「…靴くらい、脱げよ」 「こんな小汚ねぇところで、靴脱げるか?」 「よく、ここが解ったな…」 「当たり前だろ。俺らを誰だと思ってるんだよ。敵対組織の情報くらい 隅々まで調べているよ。そして、原田。お前の育ってきた環境までな。 天地組の親分に拾われて、そして、殺し屋として育てられたんだよな」 「あぁ。だから、俺は、逆らえないさ。親分が右と言えば、右に」 「それを、左…と言ってみないか?」 春樹は、まさの髪の毛を掴みあげ、頭突きを喰らわした。 鈍い音が響く。 まさは、春樹の頭突きを喰らった所から血を流していた。 「…石頭…」 「もう一発、いるか?」 春樹が尋ねるが… 「…左…とは、言えないな…」 まさが言った。 「交渉、決裂だな、真北」 そう言いながら、まさに近づくのは、修司だった。 その目は、殺る気……。 「やはり、家に居るときは、武器を持っていないんだな」 修司は、にやりと笑い、素早く脚を挙げ、蹴りの体勢に入った時だった。 ガシュ! 修司は脚は、まさの側頭部直前で阻止されていた。 「今度は、脚をやられるぞ。猪熊」 春樹の右手が、修司の脚を掴んでいた。 春樹の手の横には、まさの武器が光っていた。 「ここは、俺に任せて、猪熊は外に出ておけ。 物音で誰かがやって来るかもしれないからな。 見張っててくれないか? 慶造はどうする?」 「…俺は、お前と一緒にこいつにお礼をしないと気が… 済まないからな…。出ろ」 「はっ」 慶造の一言で、修司は、表へ出ていった。 シュッ。 まさが、自分の武器を素早く納めた音だった。そして、自分の髪を掴む春樹の腕を払いのけた。 その瞬間、春樹は、抑えていたものが暴れ出したのか、まさを滅茶苦茶殴り出した。 突然の春樹の拳に、ただ、防御の態勢しかとれない、まさ。 「…なぜ、武器を出さない?」 春樹は、まさを殴りながら、尋ねる。 「仕事以外は、出さないんだよ」 「律儀だな」 「それが、当たり前だろが!」 春樹の質問に応えたまさは、素早く春樹の両手を掴み、拳を停めた。 「…俺のこれを停めるとは、お前の腕力は、凄そうだな…!」 言い終わると同時に、春樹は蹴りに出た。その蹴りの素早さには、またもや防御すらできない、まさ。 「原田ぁ、参ったと言わないと、こいつは、やめないぞぉ」 慶造が、からかうような言い方をした。 「…それなら、こちらも…」 呟くように言ったまさは、突然、素早く壁を蹴って、春樹から距離を取るように、離れた所へ飛び上がった。 春樹が、目の前のまさの姿を見失い、振り返った時だった。 ガッ! まさの拳が目の前に来ることに気が付いた春樹は、自分の拳を差し出した。 拳同士が勢い良くぶつかる。 「いてぇ〜!!!!」 「っっ!!!!!!」 お互い、思いっきり痛がる。 「今の音は、骨に異常があるかもしれないぞ、直ぐに冷やせ!!!」 いきなり叫んで、冷蔵庫へ駆けつけ、冷凍庫のドアを開け、氷を取り出すまさ。そんなまさの突拍子もない行動に、不思議な表情をしている春樹と慶造。 春樹は、まさが差し出した氷を受け取り、拳を冷やし始めた。まさも自分の拳を冷やし始める。 「…不思議な奴だな、お前は。噂とかなり違うじゃないか。 冷酷で感情もない殺し屋と聞いていたからな…。だけど… あの時のお前の行動と表情で、お前と頭を付き合わせて 話してみたくなってな…」 春樹が言った。 「真北から、聞いた。娘…真子に差し出したナイフを直前で止めて、 殺した事にしたと…。そして、この真北の体に付けた傷を手当てした…。 それで、こいつは、原田は、殺しを楽しんでいるのではないかもしれない …そう言ってな…。俺や、組の者に、そのナイフを向けるのは、 敵対しているから、当たり前のことだ。そのことは、何とも思っていない。 だがな、この世界から脚を洗ったちさと、そして、何も知らない真子に 向けた事に対しては、許せなくてな…」 慶造は淡々と語る。 「覚悟はできているさ」 「なぜ、躊躇った?」 まさは、慶造の質問に、ただ、笑っているだけだった。そして、目線を春樹に目線を移す。 「傷は、大丈夫なのか?」 「応急処置が良かったとかで、大した傷じゃない。 俺の体は、一度死にかけた体だからな。それくらいは堪えないさ。 …お礼、言わないとな」 「…あんたも、充分変わった奴なんだな」 まさは、春樹の言動に、笑っていた。 「あぁ。俺は、変わり者で通ってるからな。…さてと。俺の考えなんだけどな」 「考え?」 春樹は、微笑んでいた。 そんな春樹の表情を、まさは、恐れながらも見つめていた。 春樹が語り出した事。それは……。 ガン!! まさの家のドアが勢い良く開き、男が三人出てきた。 春樹と慶造に両脇を抱えられ、ほとんど引きずられるような感じで、まさが連れられていく。 近所の人達が、騒ぎに集まり、遠巻きにその様子を眺めていた。 まさは、車に押し込まれ、そして、春樹たちは、去っていった。 「原田さんが…」 それは、向かいに住むおばさんだった。おばさんは、急いで、どこかへ連絡をする。 「…何ぃ〜?」 怒りの表情を露わにし、受話器を握りしめる手が震え出す天地。 天地の声に驚いた登が、組長室に飛び込んでくる。 「親分、何が!!」 その声に、天地の眼差しが、鋭くなる。 「…まさが…やくざ風の男達に拉致されたらしい…」 「…えっ? …やくざ風の男って…どこの組ですか? それに、兄貴が 大人しく拉致されるとは…。…恐らく何かの間違い…」 「だといいんだがな…」 天地は思い当たる節があるのか、深刻な表情は変えなかった。 まさかな…。 ふと過ぎる嫌な考え。 天地は、ゆっくりと腰を下ろした。 「兄貴…マンションに戻ったんですよね」 「あぁ。今日は一日外出しないと言っていた」 「やはり昨日の行動が負担に…」 「…登…、見に行ってくれるか?」 「はい」 その時だった。 門番が青ざめた顔をして、組長室に入ってくる。 それも大きな段ボール箱を抱えて…。 「……親分……荷物が……」 「中身を確認したのか?」 登が警戒しながら、尋ねる。 門番は、ゆっくりと頷き、テーブルの上に置いた。 登が、不思議に思いながら、箱を開ける。 「!!!!! 親分!!!」 登の声に、天地は立ち上がり、箱を覗き込んだ。 そこには、血だらけの腕が二本、その腕には、細いナイフが突き刺さっている。 赤く汚れた白い封筒に気付き、登は、それを手に取った。素早く中身を確認する登。 その表情が青ざめていく。 「登…何が書いている?」 天地が尋ねる。登は、そっと手渡した。 『天地組組長・天地龍征殿。 阿山組よりささやかな贈り物です。 これは、まだ、序章です。 一気に最終章へ、お招きしましょう。 阿山組四代目・阿山慶造』 天地は、手紙をくしゃくしゃに握りしめ、箱の中身を凝視し、呟いた。 「奴らも…残酷だな…。…まさ…」 「組長、このナイフ…兄貴の…。まさか、この腕…兄貴の……?」 「くそ…」 天地は、拳をテーブルに叩きつけた。 急に表が騒がしくなる。別の門番が、額から血を流しながら、組長室へ駆け込んできた。 「何事だ!」 「阿山組です!」 「なにぃ〜?」 天地は、阿山組という言葉に反応し、欄間に備えている日本刀を手に取り、騒ぎの元へと勢い良く歩いていった。 その表情こそ、怒りそのもの。 慌てて追いかけていく登は、戦闘態勢に入る。 まさの居ない天地組では、天地を守れる程の腕を持つのは、登ただ一人。まさに付いていた京介と満は、すでに、姿はない。 登は、気を引き締める。 「阿山慶造…」 天地の声に反応したのは、右手に日本刀を持ち、天地組組員の返り血を浴びて、真っ赤に染まった慶造だった。 その眼差しは獣そのもの。 慶造は向かってくる組員の顔面を鷲掴みして、壁に思いっきり押しつけた。組員の後頭部から血が飛び散り、その場に力無く倒れる。 「天地ぃ〜、息子の命を奪った事…そして、娘の命を奪ったこと…。 これだけじゃぁ、済まねぇぞ。解ってるだろうな…」 慶造は、日本刀を天地に向けた。天地は、それに応えるように、日本刀を鞘から抜いた。 「それは、お前にも言えることだ…。よくも…よくも…まさを…!!」 天地は、いきなり、慶造に斬りかかる。 カキーン!! 金属同士のぶつかり合う音が、辺りに響いた。 慶造は、日本刀で受け止めていた。 刃と刃が、きしみ合う。 「大切な者を失う気持ち…身にしみたか!」 慶造が静かに言う。その言葉に、天地は、少し力を緩めてしまう。 慶造は、天地に蹴りを入れた。 両手で日本刀を握っていた為、慶造の蹴りを防御できず、まともに受けた天地は、そのまま後ろに滑るように転がっていった。 天地が体勢を整える前に、慶造が目の前に立ちはだかる。 慶造が日本刀を振り上げた。 殺られるっ!! 天地が思った時だった。 「慶造!」 春樹の声が響く。 「殺ることは、俺が認めない」 「真北、停めるな。俺の気が納まらない」 「手を下さないということだから、俺が許したんだぞ…」 「うるさい!!」 慶造は叫びながら、日本刀を振り下ろした。その時、横の部屋から、男が飛び出し、慶造の振り下ろした日本刀を両手で受け止めた。 登だった。 その登は、受け止めた日本刀を弾き、体から武器を取りだし、慶造に向けた。 慶造は、予測していたのか、登の攻撃を避けながら、側頭部に回し蹴りを見舞う。 登は、真横に飛ばされ、壁に頭をぶつけて気を失ってしまった。 慶造の目線が、天地に移される。そして、一太刀振り下ろした。 ザス…。 天地の右腕が、床に落ちた。 鋭い斬り口から、血がドロッと出てくる。 「…そうやって…まさの腕を…斬り落としたんだな…」 天地が呟いた。 「今のは、息子の分だ…」 抑揚の無い声で、慶造が言う。 「次は、娘の分…か?」 天地は、覚悟を決めたのか、目を瞑った。 「…どうした? 右腕を失っただけで、戦意を失うのか? 息子の命を奪う程…何も知らない子供の命を奪うほど 残忍な…男が……どうした? あ?」 慶造の声は震えていた。 「………これ以上、生きていても仕方がない…まさを失ったのならな…。 だが俺は、極道だ。お前よりも長く、この世界を生きている男だ。 最後まで諦める訳には…いかないさ!!」 天地は、残った左手で床に落ちた日本刀を手に取り、ふらつきながら立ち上がる。 あまりの出血で、視野が狭くなっている。それでも天地は、慶造に斬りかかった。 慶造は、交わす。 交わしながら、天地に一太刀浴びせた。 天地は、背中をばっさりと斬られた。 「う…ぐ……」 跪きそうになりながらも、日本刀で体を支える天地。 日本刀を振り上げる慶造。 その表情は冷酷だった。 「慶造!!!」 春樹の叫び声の中、慶造は日本刀を振り下ろした。 ガツ! 「!!!!?! てめぇ〜」 慶造の振り下ろした日本刀を小さな細いナイフ二つで受け止める人物が居た。 まさだった。 「裏切るつもりか?」 慶造が低い声で言う。その声にゆっくりと振り返る天地は、目を見開いた。 「…まさ…生きて…いたのか…」 安堵の声。その声に、まさは振り返る。 「親分、偽物にも気が付かないなんて…。一体、どうされたんですか? あなたらしくない…」 「…お前が…殺されたと思うとな…冷静さを失っただけだ…。 …良かった…」 「親分…」 まさは、慶造の日本刀を払い、睨み付ける。 動くな。 その目は、そう語っていた。慶造は、日本刀を向けたまま、その場に立ちつくす。 慶造が動かない事を悟った、まさは、天地の傷口を診る。 大量出血のため、ショック状態に陥る寸前。 「…何も…するな…。これでいい。お前が、無事なら、俺は……」 「親分…今なら、まだ、間に合う。だから…」 自分のシャツを脱ぎ、天地の傷口を止血する、まさ。天地は、まさの仕草を見つめていた。 その手さばきこそ、本当の医者に見える。 ふと目に飛び込む、まさの胸元の傷。 それは、あの時の…。 死んでも可笑しくない傷だったんですよ。 苦笑いをしながら、まさが話した事を思い出す天地。 しかし、自分の傷は……。 まさの手を掴む天地。 「親分?」 まさは、天地を見た。天地は、まさの目をしっかりと見つめ、微笑んでいる。 そして、ゆっくりと顔を近づけてきた。 「約束…だろ?」 まさの耳元で呟く天地。その言葉に、まさは、ハッとする。 「…嫌だ……」 「まさ…」 「まだ、間に合います。だから……」 「…まさぁ……これは、命令だ…!!」 力を振り絞って、天地が叫ぶ。 「親分……!!!!」 天地は、左腕で、まさを抱きしめる。 お前は、生きろ。…この世界から、足を洗え。 悪かった…原田の思いを崩してしまって…。 天地は、まさの耳元で言った。 まさは、天地を力強く抱きしめる。 親分…。 まさ…お前の手でなら……頼んだぞ。 「嫌だ…」 最後まで、背くのか? その言葉で、まさは意を決したのか、天地からゆっくりと手を放す。 天地の手が、まさの体から離れた。その手は、まさの頬を優しく撫でる。 まさの頬に、天地の血が付く。 優しい眼差しで、まさを見つめる天地。 その眼差しの奥に感じる、父親としての存在。そして、親分としての強さを感じた、まさ。 「お世話に…なりました…!!!」 プシューーーーーー。 天地の首から、体に残る最後の血が噴水のように噴き出す。 まさが、天地の首筋にナイフの刃を立て、そして、思いっきり引いていた。 天地の血を浴びた、まさ。 天地が力無く倒れていく。 床で弾んだ天地の体は、それっきり動かなくなった。 「……うわぁぁぁっ!!!!!!!!!」 まさの叫び声が、響き渡った。 (2004.9.15 第四部 第二十六話 UP) Next story (第四部 第二十七話) |