任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第三十一話 春樹・栄三の珍道中

高級ホテルの一室。
春樹はシャワーを浴びて、その日の疲れを洗い落としていた。
ナイトガウンを羽織り、部屋へ戻ってくる。そこでは、栄三がアルコールを用意して、テレビを見つめていた。
お笑い番組が映っている。その画面には健と霧原の姿があった。

「やっぱり気になるのか?」

春樹が静かに尋ねた。

「えぇ。…健は、気弱ですから」
「兄としての気持ちか?」
「そうなりますね」

健の事を語る栄三の表情は、とても柔らかい。

俺も、こうだったのかな…。

思い出す事がある。
自分も大切に思っていた者が居る。
あの日以来、姿を見に行く事はなく、時々、様子を報告してもらうだけだった。
春樹は、気を取り直して、栄三の用意したアルコールに手を伸ばす。グラスに氷を入れ、アルコールを注ぐ。その間、栄三はテレビ画面に釘付けだった。
会場の大爆笑がスピーカーから聞こえてくる。
いつの間にか、春樹も画面に釘付けになっていた。
健の言葉に、笑い出す。霧原の行動が更に笑いを誘ってくる。

「はははは!!」

とうとう声を出して笑ってしまう春樹。栄三も同じように大笑いしていた。

「はぁ〜、あかん…。健と霧原のコント…お腹が痛くなる…」
「そうだな」
「真北さん」
「ん?」

グラスを持つ指に煙草を挟み、書類に目を通している春樹の返事は、短い。

「本部でも、四代目と観てるんですよね」
「まぁな。慶造も気にしてるからさ」
「…組員から聞いたんですけど、笑い声聞こえてこないって…。
 もしかして、四代目にとって、健と霧原さんのコントは…」
「…笑えない」
「そうですか…」

春樹の言葉に、肩の力を落とす栄三。

「あの場所ではな。…俺だって、笑ってないよ」
「ほへ?!」
「慶造の笑い声と俺の笑い声が重なったら、豪快だろが。
 組員への威厳もあるだろ。だから、笑えない」
「………なるほど……で……。どうなんでしょうか?」
「それは、慶造に聞け」
「尋ねましたよぉ。…知らん…という応えだったんですからぁ」
「栄三に対しても、そういう態度なら、本音を言わないだろうな。
 俺が言った事、誰にも言うなよ……お前の心にしまっておけ」
「そぉしまぁす」

春樹の眼差しと口調に、恐れを感じた栄三は、口を尖らせながら応えていた。

「この報告書の通りなのか?」
「何がでしょ?」
「その…例のサイボーグという薬だよ」
「はい。その薬が体内に入ると同時に、催眠状態にするんですよ。
 その時にスイッチを用意する」
「そのスイッチが入った途端、狂暴化する……か。…打ち込んだ
 連中の特長…」
「それは、まだ…。ただ、急に狂暴化するだけのようですね。
 それを利用するのは、その標的と親しい人間か、側に付く人間、
 もしくは、最愛の者…。心を許している者からの裏切りは、
 まさに死ぬよりも苦しいことですから。……残酷な行動ですよ。
 人の命を奪うだけでなく……心まで崩すんですから…」

いつになく、深刻な表情で語る栄三に、春樹は何かを感じていた。

「…気になること…あるのか?」

春樹の言葉に、我に返ったのか、栄三は、いつもの雰囲気に戻った。

「……今夜…二人で一つの部屋…。もしかして……」
「………ぶん殴るぞ……。ベッドは二つだろがっ!」
「夜中に潜り……」
「潜るわけないだろっ!」
「こっそり襲って…」
「…それは、お前か?」
「いいんですか?」

にやりと笑う栄三に、春樹は思わず身構える。

「え、栄三……」
「冗談ですよ」
「…なんだ、冗談か…」
「…?!???!!!! 真北さん…もしかして…」

今度は栄三の方が身構えた。

「俺はストレートだ」
「そういや、四代目から聞きましたよぉ。こっちも凄いって」

栄三が小指を立てた。その小指をたたき落とす春樹。

「ほっとけ。お前ほどと違う」
「おやぁ? 俺以上だと聞いたんですけどぉ」
「同じということにしとけ。じゃぁ、俺は寝る」

アルコールを飲み干して、春樹は布団に潜り込む。

「飲み明かすのかと思ったのに…」
「先は長いから、今日は休んでおく。お前も寝ろ」
「もう少し起きておきますよ」
「襲うなよ…」

呟く春樹。

「またの機会にしまぁす」

栄三の視野に、枕が飛んでくる。見事にキャッチした栄三は、春樹に枕を返し、そして、テレビの電源を切り、部屋の電気をベッドサイドに切り替えて、ベッドに腰を掛ける。

「お休み」
「お休みなさいませ」

ベッドサイドの電気を消し、布団に潜る栄三。
暗闇の中、すぐに寝息だけが聞こえてきた。




栄三運転の車が町を走っていた。助手席に座る春樹は、懐から煙草を取り出し火を付ける。

「本当にヘビーですね」

栄三が尋ねると、春樹は目で訴える。

五月蠅い…。

「すみません…。でも、真北さん」
「あん?」
「真子ちゃんの前では、吸わないでくださいね」
「吸ってないって。子供の前では危ないだろが」
「そうですね」
「お前に言われなくても解ってる」

春樹の言い方は、何故か冷たい。

「……俺………。…………何か悪い事しました?」
「………」

春樹は何も言わない。それどころか、栄三の姿を視野に入れないようにと、窓の外を眺め始めた。

「………確かに、夜中出掛けましたよ…。いけませんか?」
「……そっちの金は、てめぇで払えよ」
「ばれました?」
「いくら、経費になるといってもな、あれは無理だ」
「ちゃんと払いますよ…自分の金で」
「………情報料として払ってやるから」
「ありがとうございます」
「ったく…そこまで女癖が悪いとは思わなかったぞ。…一晩くらい
 我慢できへんのか」
「できませんよぉ」
「そのうち、痛い目をみるぞ」
「しょっちゅう観てますぅ」

ガツン…。

「反省しろ」
「ちっ……」

思いっきり叩かれた頭を撫でながら、舌打ちをする栄三。
目の前に組事務所が見えてきた。その途端、栄三の表情が、がらりと変わる。

「本当に大丈夫なんですか?」
「なんだ、恐いのか?」
「いいえ。青野組と言えば、九州で名を馳せる組ですよ。
 吉川さんだって、手を焼いた組…そして、地下に潜る事に
 なってしまった程の…厄介な組なんですよ」
「解ってる」
「それなのに、どうして…? 事を起こすと、四代目の想いが…」
「そういう所だからこそ、やりがいがあるんだろ?」

少し口元がつり上がったのを、栄三は見逃さなかった。

やばい…。この人の本能が…。

「真北さん」
「なんだ?」

栄三は車を停め、静かに言った。

「始末書刑事とう異名…解る気がしますよ」
「はぁ?!」
「あなたは、自分がこうだと思ったことは、必ず貫く人なんですね。
 例えそれが、自らの命が危機に陥るようなことでも…」

春樹は、煙草をもみ消し、栄三を見つめた。

「それが…どうした…」

地を這うような声に、栄三は身震いする。

「真北さん」
「大丈夫だって、安心しろ」

先程とはうって変わり、春樹は自信ありげに微笑む。

「さてと、行こうか」
「はい」

春樹と栄三は車を降り、側にある青野組組事務所へと入っていった。





阿山組組本部・ちさとの部屋。
真子が目を覚まし、隣に寝ているちさとをジッと見つめていた。ちさとは、気持ちよさそうに眠っている。真子は、ゆっくりとベッドから降り、ドアに向かってはいはいしていく。


慶造が、廊下を歩いていた。そして、ちさとの部屋へと向かっていく。ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回し、ドアを開けると……。

「!?!?? …真子?!」

足下に何かが寄りかかる重みを感じ、目線を落としたら、真子が自分の足にしがみついていた。
そして顔を上げ…。

「ぱぁぱ!」

真子が元気な声で慶造を呼ぶ。慶造は、どうしようか悩んでいた。

お前が父親だろ。
その手で奪ったものがあるだろうが、
真子ちゃんには、必要だろ?

出掛ける前に念を押すように言った春樹の言葉が脳裏を過ぎる。
慶造は、意を決して真子に手を伸ばし、抱き上げた。
真子は、慶造にしがみつく。
その時、慶造の視野に、ベッドで眠るちさとの姿が映った。

「ママは、まだ寝てるのか。珍しいな」
「うだぁ〜」
「そうだな、ゆっくり寝かせておこうな、真子」
「うだっ」

真子は元気に頷いた。慶造は、そっとドアを閉め、廊下から庭を見つめる。桜が見事に咲き、地面はピンクに染まっていた。

「真子、庭に行くか?」

優しく声を掛ける慶造に、真子は大きく頷いた。


庭に出た慶造と真子は、桜の木の下に歩み寄る。

「綺麗だろぉ。真子のママが大好きな花だそぉ。真子も好きかな?」

真子は頷く。その時、真子の目の前に桜の花びらが、ひらひらと舞い降りてきた。その花びらは、真子の鼻の上にちょんと乗っかかる。真子は寄り目になりながら、その花びらを見つめていた。

「くっくっく…真子…変な顔だぞ」

慶造は、真子の鼻の上に乗った花びらをそっと取ると、真子が、その花びらを欲しがるように手を伸ばす。

「真子、たっぷりとあるから、下に座って見上げるか?」
「うだっ!」

慶造は、桜の木にもたれかかるように膝を立てて座り、慶造の太ももを背もたれにした感じで真子を座らせる。
真子は、桜の木を見上げた。
慶造も同じように見上げる。
真下から見上げる桜の木は、まるで幻想の世界に引き込まれるような感じだった。真子は目を見開いて驚いていた。風が吹き、桜の花びらが吹雪くように降ってくる。

「きゃっきゃ!!」

真子がはしゃぐ。慶造は、嬉しそうな真子を見つめていた。

心…和むよ…。
真北の気持ちが解ってきた…。

慶造は、舞い降りる花びらを手のひらに集め始める。そして、真子の頭の上に乗せた。

「???」

頭の上に乗っかっている花びらが気になるのか、手を当てる。
たくさんの花びらが、真子の目の前を舞い降りる。

「きゃっきゃっきゃ!!」
「楽しいか?」
「うだっ」
「じゃぁ、もっとな」

真子を喜ばせようと慶造は桜の花びらを集め、真子の頭に乗せる。真子は、その花びらに手を伸ばし、頭から落とす。目の前を舞い降りる花びらが楽しいのか、真子は何度も何度も慶造に、ねだる。慶造は、真子にねだられる度に、花びらを集め……。




「…あらあら…こんなに埋もれて…。山中さん、お急ぎですか?」
「栄三から連絡がありましたので、その報告です」
「無理してませんか?」
「……真北さんのことですから…」
「そうですね…。はぁ…」
「姐さん…」

ちさとのため息に、勝司は戸惑う。

「慶造さんの事を考えての行動とおっしゃってたけど…。
 やっぱり心配だわ」
「大丈夫ですよ。その為に、真子お嬢様の写真を
 持たせたんじゃありませんか?」
「同行しているのが、栄三ちゃんでしょぉ」
「…そうでした…。少し心配ですね…」
「大いに心配だわ…」
「姐さん。真北さんはおっしゃいましたよ。自分の事を気にするなと」
「それでも…」
「四代目の想いを達成させるために動いておられるんです。
 だから、姐さんは気にせず、四代目とお嬢様との時間を
 大切になさってください。暫くは、私と猪熊さんで、進めます」
「頑張って下さいね」
「ありがとうございます。では、失礼します」

勝司は、一礼して庭を去っていく。

「さてと…どうしましょうか…ねぇ」

ちさとは、桜の木の下に座り込む慶造と真子を見つめる。
二人は気持ちよさそうに眠っていた。

「ったく、二人して桜の花びらに埋もれて…」

真子の期待に応えるように、慶造は目一杯、桜の花びらを集め、真子と戯れていた様子。

「もう暫く、このままかしら」

ちさとはニッコリ微笑みながら、慶造の隣に座り、眠る慶造に寄り添った。桜の木を見上げ、目の前に舞い降りる花びらに手を伸ばす。手のひらに降りてきた花びらをそっと手に取り、慶造の鼻の上に置く。

「ふふふ。かわいい」

ちさとの仕草に気付かず、慶造は真子をしっかりと抱きしめて眠っていた。
穏やかな時間が流れている。

こんな日が、早く訪れたらいいのにな…。

ちさとはそっと目を瞑り、優しく微笑んでいた。



「ん……。……ちさと…」

ふと目を覚ました慶造は、肩に重みを感じ、目をやった。そこには自分に寄りかかるように眠っているちさとの姿があった。幸せそうな顔をして、すやすやと眠っているちさと。慶造は腕を回し、ちさとを抱き寄せる。

「慶造くん…」
「ん?!」

昔懐かしい呼ばれ方。慶造は思わず不思議に思い首を傾げる。

「ちさと、どんな夢を見てるんだ? …あの頃の夢か?
 ちさとが幸せだった…あの頃の…」

眠るちさとの額にそっと唇を寄せる慶造。

早く…こんな穏やかな日が来ると…いいよな…。
ちさと、そして、真子の為にも…。

慶造は、天を仰いだ。





栄三運転の車は、九州の土地を後にする。海を渡り、中国地方へと向かう車の中。春樹は煙草に火を付けた。吐き出す煙に目を細める。

「真北さん」
「ん?」
「物足りないんですか?」
「いいや」
「それにしては不満な表情ですが…」
「不満だな」
「あっ」

栄三は何かを悟ったのか、急に声を挙げた。

「なんだよ」
「真子ちゃんに会えないからですね……すみません…」

栄三が言い終わる前に、春樹の鋭い目線が突き刺さる…。

「心配なんだよ」
「四代目の事ですか」
「……あぁ…」
「ご心配は無用のようですよ。四代目は、真子ちゃんと一緒に
 遊んでいたそうです」
「…そうか…」

そう応えたっきり、春樹は窓の外を流れる景色を眺め始めた。
外はすっかり暗くなっている。

「しかし、たった二日で九州全土を回るとは…驚きました」
「それでも遅い方だろが。だからこうして、時間を気にせずに
 行動できるようにと車を借りただろ?」
「運転は慣れてないんですよぉ」
「無免許で乗り回していたのは、誰だよ」
「私ですけど…。それよりも、この車…組関係にばれたら…」
「大丈夫だって」

栄三が心配する事。それは、借りた車は、春樹の任務関連のもの。
極秘任務とはいえ、極道の中には知っている者も居る。車のボディーには、光の加減で特殊任務マークが見え隠れしていた。

「暗がりだから、見えないって」
「あのね……。あのホテルでよろしいんですか?」
「あぁ」
「…これも…」
「何も言うなって」

向かうホテルは、特殊任務が絡むホテル。
もちろん一般市民も利用出来る。一般市民に紛れ込むように、春樹と栄三はチェックインをし、部屋へと足を運んだ。
最上階のデラックスルーム。
たった一泊なのに、なぜデラックスルームを…?
と不思議に思いながらも、春樹に付いていく栄三。
春樹は部屋に入った途端、ソファにどっかりと座り込む。ネクタイを弛めて天を仰いだ。

「お茶にしますか?」

栄三は、飲物を用意しようと冷蔵庫の前で待機する。

「いいや、食事にするよ」

春樹の言葉で、栄三はメニューを持ってくる。

「俺は、これ」

げっ…そんなに高い物を…。この人の金銭感覚が解らん…。

「栄三も、これでええか?」
「はぁ、まぁ…予約します」
「あとは、これも」

春樹が指さしたアルコール類のメニュー。その中で一番高価なアルコールに指を差していた。

「お前も飲むだろ?」
「よろこんでっ」

春樹に誘われて、思わず喜ぶ栄三。注文するときの声が弾んでいた。
春樹は、ソファにもたれかかり、天を仰いでいる。天井を見つめ、何やら深刻な表情をしていた。口を尖らせ、時々歪ませる。急に体を起こしたかと思うと、背もたれに掛けた上着の内ポケットから煙草を取り出し、一本くわえて火を付けた。
栄三は春樹の仕草を一つ一つ見つめ、そして、そっと灰皿を差し出した。

「なぁ、栄三」
「はい」
「中国地方は、誰が?」
「誰も居ませんね。この地方は昔っから、交わる事を嫌ってますからね。
 真北さんは刑事の頃の範囲じゃないんですか?」
「俺は関東だけだよ。阿山組と関わるようになってから
 全国にまたを掛けるようになったかなぁ」
「どうして、そこまで阿山組の為に? 四代目と姐さん…お二人と
 同じ思いを抱いていたとしても、刑事と極道では、正反対の
 生き方でしょう?」
「世界が違っていても、想いや行動は同じだって。
 法で裁かれるか裁くかの立場が違うだけだな」
「どっちがいいんですか?」

栄三の質問に、暫く口を開かない。

「…慶造に頼まれたのか? これを機に、俺の事を調べろとでも?」
「その通りですよ。闘蛇組の件で躍起になる真北さんの事を
 調べるように言われました」
「お前が調べた通りだ。それ以上の事は、俺にも解らん。
 …親父が、闘蛇組の何を調べていたのか……。阿山組に
 協力しながら、何か解るかと思ったんだが…」
「…闘蛇組の事は、私の方でも調べてるんですが、
 あの組は本当に得体の知れない組ですよ。四代目の
 意見を全く聞き入れず、だからあの日…」

あの日。
それは、春樹が阿山組と関わる事になった、門の前での事件の日の事。その後に、刑事だけでなく、慶造自らの手で、組を解散に追い込んだはずだが、密かに組を復活させていた。その行動は、闇から闇へと逃げるように行われている。

「それ以上、話すな」

春樹はそう言って立ち上がり、部屋のドアを開けた。そこには、料理を運んできたホテルの従業員が立っていた。呼び鈴を押そうと手を挙げた所だったのか、手を挙げた格好で、目を見開いている。

「お、お待たせ致しました…」
「ありがと」
「はっ。どうぞ、ごゆっくり」

深々と頭を下げる従業員をちらりと観ただけで、春樹は料理を部屋に運び入れ、ドアを閉めた。

「よく解りましたね」
「滑車の音。ほら、食べるぞ」
「はぁ」

お腹が空いていたのか、春樹は、栄三が料理を並べようと手を差し出すよりも先に、行動に移っていた。

「いただきます」

…本当に、解らない人だなぁ。

人の心を読むのが得意な栄三は、春樹の心だけは、中々読めず、ちょっぴり残念がっていた。





広島に着いた春樹と栄三は、なぜか観光を始める。
視察をしながら…。

「特に気になるような様子は、ありませんね」
「そうだな」
「しかし、踏み込んではいけない場所に踏み込んでしまったかも
 しれませんね」
「知らん」
「……つめたぁ〜」

春樹と栄三の行動を見つめる目があった。二人の行動を逐一報告しているのか、見つめる男は、所々、公衆電話に向かっていた。その目から逃れるのは、怪しいと言っているようなもの。二人は敢えて、観光をしているような行動を取っていた。

車に乗り、二人が向かうのは、広島では泣く子も黙ると言われる程、恐れられている・鷹地一家の屋敷。阿山組に危害を加えるような様子は伺えないが、阿山組の行動を勘違いされては困る為、足を運ぶ春樹と栄三。
鷹地一家は、二人を丁重に招き入れる。
応接室に通された春樹と栄三は、臆する事もなく、堂々とソファに腰を掛ける。お茶を悠長に飲んでいる時だった。鷹地一家の親分・高山が入ってきた。

「これはこれは。阿山の親分ではなく、世話になっている元刑事の真北と
 再起不能と言われるボディーガードの息子…小島が、来られるとは…。
 阿山の親分のお話は、しっかりと耳に入っておりますよ。何もこんな辺鄙な
 所まで来なくても…。はぁ…こちらの想いは変わりませんよ」

何度も言い飽きたと言わんばかりの表情と口調。

「殺られたら、殺りかえす…ですね?」

春樹が尋ねる。

「まっ、この世界じゃ当たり前の事ですけどねぇ」

高山の言葉に含まれる意味…それは、元刑事には、理解出来ないだろ? という事。

「それで、私共に何の用ですか? そういう行動は慎め…とでも
 言いに来たんか? そいつは、無理な話だな」
「…阿山組が、こちらに出向くとでも?」
「東北を一掃したくらいだ。それに大阪にも松本という男が
 一般市民として活動をしとるやないですか。
 こちらを黙って通過するとは思えんからのぉ」
「やはり勘違いされておられる」
「何をだ?」

春樹の悠長な言い方に、ちょっぴり短気な高山は怒りを覚える。

「阿山組が、鷹地一家を潰すとでも思ってるのか?」
「…阿山の四代目の行動くらい、この世界に生きる者は
 誰もが知っている。強引な行動、銃器類を体の一部のように
 扱って、話し合いもせずに、敵だと思った相手には容赦しない。
 そんな方法で潰された組は数知れず…。それに怒ったのが
 今は亡き…東北の天地組だ。まさか、組員全員の命を
 奪うとはなぁ〜。話を耳にした時は疑ったね。あの殺し屋までも…」

そこまで口を開いた時だった。
高山は、胸ぐらを掴み上げられていた。

「栄三」

高山の言葉に怒りを覚えたのか、栄三は突然立ち上がり、テーブルを乗り越えて、高山の胸ぐらを掴み上げていた。春樹が声を掛けても、手を放そうとしない。栄三の目は狂気に満ちている。

「親父をやられて、怒り心頭か?」
「そういう話をしに来たんじゃないんでな…」

栄三の口調に、少し恐怖を感じた高山。栄三のオーラに鷹地一家の組員が反応する。懐に手を入れ、何かを握りしめる。栄三が動けば、組員達も動く…そんな雰囲気だった。
緊張が高まる中、春樹が口を開いた。

「栄三、暴れに来たのか?」
「それを望んでいそうな雰囲気でしょう…高山親分。
 そうやって挑発して、真北さんか俺を怒らせようと…
 そういう魂胆なのは解っている。しかしな…この人に
 そんな行動をさせると、あんたの命もやばいんでなぁ」
「知ってますよ。…暴れ好きの真北刑事…行動は関東に
 限られていたが、そういう噂は全国に広まるものでなぁ。
 そういや、親父さんも…刑事だったとか?」
「どういう…ことだ? 俺が刑事だったというのは解っているが、
 俺の親父が、刑事?」

春樹の言葉で気付く高山。
阿山組と闘蛇組との争いに巻き込まれ、瀕死の重傷を負った真北刑事…。記憶を失い、助けられた阿山組に対して恩を返しているらしい…。
そういう噂も流れている。

「そうじゃったのぉ、記憶が…」
「栄三、どういうことだ?」
「さぁ、さっぱり」
「それより、栄三。その人から手を放せ。いくらお前でも
 これだけの人数に囲まれて、銃口を向けられたら
 逃げられないだろが」
「やってみないと…解りませんよ?」
「……ったく、挑発するのも止めておけ。ここへ来たのは
 話し合いだろ? 喧嘩じゃない」
「この世界では……」
「栄三」

栄三の言葉を遮るように、春樹がドスを利かせて言った。
栄三は渋々手を放し、ソファに座る。

「長居は禁物だな…。これだけは伝えておくよ、高山さん」
「なんだ?」
「阿山組は、組を潰し回ってるんじゃない。…これ以上、
 無駄な血を流さなくていいようにと、あちこちの組に
 話を持ちかけているだけだ。鷹地一家に刃を向ける事は
 無いと伝えに来ただけだ」
「……それで、どうしろと?」
「…これから、生きていく者のために、協力してくれないか?」
「真北…」

どういう意味だ…?

春樹の言葉を理解出来ないのか、高山は眉間にしわを寄せていた。

「…栄三、帰るぞ」
「はい」

春樹と栄三は立ち上がり、ドアへ向かって歩き出した。

「真北さん」

高山が呼び止めた。春樹はドアノブを回してドアを開けた所で、行動を停める。

「…天地組にも、同じ話を?」

高山の問いかけに、春樹はゆっくりと振り返り、そして、応えた。

「…あぁ。…だが、息子の命を奪われた想いは、停められなかった。
 天地には、悪いが、それは自業自得だろ。…高山さんは、
 そんなこと、ないだろ? ……安心しろ」

そう告げて、春樹と栄三は出て行った。
静かに閉まるドアを見つめる高山は、呟くように言った。

「安心できるわけねぇ…。この世界じゃな…」


春樹と栄三は鷹地一家の屋敷を出た後、車に乗り、四国へと向かって行く。
瀬戸内海を越え、四国に付いた二人はその足で、昔から四国を仕切る組織・松山組組事務所へ。

「組長の松山は、くそ真面目で通ってますね」
「栄三と全く違うんだな」
「真北さぁん。それはないでしょぉ」
「しかし……俺の噂って、驚くほど広がってるんだな。
 それだけ、阿山組の行動は見張られていたという訳か」
「そうなりますね。まぁ、この世界じゃ当たり前でしょ」
「いつまで、記憶喪失のフリをしていないと駄目なんだ?」
「さぁそれは…。四代目の想いが達成するまででしょうね」
「さっさと終わらせたいよ…」
「…真北さん?」

春樹の言葉に、寂しさを感じた栄三。
この時、少しばかり春樹の心が読めたようだった。


松山組組長・松山と穏便に話を終えた春樹と栄三は、再び瀬戸内海を越え、兵庫県へと戻ってきた。
景色の良い場所で車を停め、休憩に入る。缶コーヒーを買ってきた栄三は、春樹に手渡した。プルトップを開け、一口飲んだ春樹は、景色を眺める。

天地山か…。原田は、どうしてるんだろうな…。

「真北さん」
「ん?」
「すみませんでした」
「何が?」
「…鷹地一家での事です。…俺…気が付いたら…」
「…気にするなって。お前の気持ち…解るからさ。…俺が
 栄三の立場だったら、…殴るだけじゃ済んでないだろな…」

振り返る春樹の表情は、とても柔らかかった。

真北さん………。

「やっぱり、あなたって…阿山組の中では、一番の
 ………暴れ好きですね…」
「栄三の親父さん程じゃないさ…」
「それを言うなら、猪熊のおじさんですよ」
「言えてる…」

春樹は珈琲を飲み干す。栄三は、一気に飲み干して、空き缶をゴミ箱へ捨てる。

「篠本…どうします?」

栄三が尋ねた。

「危険な事は危険だろうけど、それは、関西でやるだろ?」

春樹の応え方で、栄三は解る。

「面倒くさくなったんでしょう?」

思わず、そう尋ねていた。

「まぁな」
「やっぱり、いい加減ですね…」
「栄三ほどじゃないって」
「ひどぉ〜」
「さぁてと。日も暮れることだし、ホテルへ直行だ」

そう言って歩き出す春樹を慌てて追いかける栄三。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!!」
「俺が運転する」

春樹が運転席のドアを開けると同時に、栄三がキーを投げる。見事にキャッチした春樹は、直ぐに乗り込みエンジンを掛ける。なんとなく、春樹の行動が読める栄三は素早く助手席に乗り込んだ。

「…何急いでんだよ」
「置いて行かれそうな気がした…」
「…………なんで解るんだよ…ちっ」
「って、真北さぁん!!!!」
「五月蠅い」

アクセルを踏み込む春樹だった。

「うわっ、真北さん!」

思わず声を挙げる栄三に、春樹は笑っていた。
車は夕日を背に受けながら、その日宿泊する予定の所へと向かっていった。
その場所は…………。



(2004.10.15 第四部 第三十一話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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