第五部 『受け継がれる意志編』
第二話 吹っ切れないモノがある。
春樹は、車を運転していた。とある学校の近くに停め、校門の様子を眺めていた。 時計で時刻を確認する春樹。午後四時半を過ぎた所。 生徒達が校門から出てきた。下校時間だった。 春樹は、生徒達の表情を一人一人確認していた。その中で、かなりの人数の団体を見つける。中心に居る人物が呆れたような表情をしながら、団体の中から出てきた。
「あぁ、もぉ〜。解ったから。でも、暫くは無理だよ」
「えぇ〜!! そんなぁ〜。山本君が居ないと盛り上がらないよぉ」
「そう言われても、俺、帰宅してからの時間に余裕が無いからさ…。
だから、航と翔に任せておけよ」
「無理だよぉ〜。企画、実行。全てに駆けて山本君が一番だもん」
「…困ったなぁ〜。今日はこれから、塾の講師だし、明日は家庭教師、
明後日は道場での手合わせ……塾の講師……う〜ん」
口を尖らせて、一点を見つめている男子高校生こそ、山本芯だった。芯の周りには、芯のクラスメイトが集まっていた。どうやら、学校の行事である、新入生歓迎会に向けての話し合いをしていた様子。 クラスメイトの女子が、放課後、毎日のように早く帰る芯を引き留めて、歓迎会の準備を手伝ってもらおうとしているらしい。 しかし、芯は、家計を助けるために、家庭教師や塾の講師、そして、今ではすっかり身に付いた格闘技の講師として、学校以外の時間を過ごしていた。芯の家庭上、家計に困る事は無いのだが、芯は、それに気付いていなかった。
「ごめん。本当なら、一緒に準備しないといけないんだけど、
どうしても抜けられないし、時間を作れないから……。
良い案があったら、翔と航に伝えておくからさ…それでは、駄目かな…」
凄く優しい眼差しで女生徒に話す芯。 その眼差しで、芯に話しかけていた女生徒は、うっとり〜。
「私の方こそ…ごめんなさい。山本君の事…考えてなかった…。
でもね、……一緒に…考えたかったから…お願いしただけなの…。
本当に、ごめんなさい」
「あっ、いいえ。俺の方こそ、いつも学校行事に参加できないこと…
申し訳なく思ってるから。……ごめん、時間が…」
「引き留めて御免ね…」
「じゃぁ、また明日」
素敵な笑顔を向けて歩き出した芯。その後ろ姿をいつまでも見つめている女生徒だった。
暫く歩いた所で、芯の表情が暗くなる。 大きく息を吐いて、早足で帰路に就く芯。時計で時刻を確認する。
あっ、やばっ…。
予定の時間に遅れそうなのか、芯は駆け足になり、去っていった。
春樹は、芯の後を車で追った。 芯は自分に付いてくる車に気付いていた。
また…付けられてる……。
高校に入学した直後から、芯は何度か車に付けられていた。 まるで、自分を探るかのように付いてくる車。しかし、今日の車は初めて見る。
新たな……。
芯は歩みを停めた。 その横を車は静かに去っていった。
……気のせい…か。
気を取り直して歩き出す芯。
春樹は車のバックミラーで、芯の表情を観察していた。 芯は曲がり角を左に曲がっていった。
「……モテてるんだなぁ〜。そりゃ、あの笑顔は、女生徒はイチコロだな」
芯の成長を楽しみにしている春樹。 一台の車が、芯が曲がった方へ進んでいった。
ん?
不振に思った春樹は、引き返す。 芯が曲がった道の先を見つめる春樹。
……!!! って、なんだよ、あいつらはっ!
そこには、春樹の怒りに火を付けてしまうような光景が!!!
「放して下さいっ!」
「付き合えと言ってるんだよ、山本君」
「出来ません!!」
「乗れっ!」
高級車が芯の進路を塞ぎ、降りてきた男達がいきなり、芯の腕を掴んで、車に強引に乗せようとしていた。 いきなりの事で訳が解らない芯。しかし、男が発した次の言葉で、目的を把握した。
…てめぇには、利用価値があるんだよ!
何に利用されるのか。それは、刑事だった父、そして、兄に関わる事。
「もう、関係ありません!」
「…あるんだよ…。お前を利用して、奴を亡き者にしてやる…」
「奴……?」
「これ以上、激しく動かれては、俺達としては厄介なんでな…。
お前は最終手段として、見張っていたんだが、状況が悪化してな…」
こいつらが、毎日のように付けていたのか…。 最終手段? …奴を亡き者に?
芯は、男達の腕をいとも簡単に振り解き、戦闘態勢に入った。 芯から醸し出されるオーラに、男達は気圧される。
「……俺を連れていくなら……俺を倒してからにしろよ……」
地を這うような声に、男達は手に銃を持った。 しかし…。
「!!!!!!」
三人の男は、一斉に地面に倒れた。口から泡を吹き出している。
「…ふぅ〜。……なんだか、見かけ倒しだなぁ〜」
服を整えながら、芯は倒れる男達を見下ろしていた。 高級車の後部座席のドアが開いた。 芯は、警戒する。
「流石は、格闘技を総なめする男だな。……そして、あいつの弟だ…」
一人の男が車から降りてきた。そして、芯を鋭い眼光で睨み付けていた。 それに恐れる芯では無かった。
「……弟? …俺は一人っ子だけど……誰かと間違ってるんじゃないか?」
「…真北春樹……真北良樹……知ってるか? …今は山本芯…だったか。
…その昔は、真北芯という名前だったよなぁ〜。…ある事件をきっかけに
名前を変えて、そして、生活も変えた。…それは、どういうことかな?」
「おっしゃる事が解りませんが…」
「身を隠して、何を企んでいる?」
「だから…!!!!」
男は、銃口を芯に向け、すぐに発砲する。 銃弾は、芯の足下で弾けた。
「無傷で連れてこい…そう言われてるんだが…。このままだと、
意識の無いまま、連れて行くことになりそうだなぁ〜」
銃口は、芯の額にぴったりと付けられた。
………やばい……。
「何が目的ですか?」
芯は冷静に尋ねる。
「あの男を亡き者にする事だ。その為の盾となってもらうんだよ」
「あの男?」
「あぁ。…阿山慶造だ」
「阿山……慶造……」
そう呟くと同時に、芯は、男の銃を手に握りしめ、ゆっくりと下に降ろした。
「お断りします。…これ以上、阿山慶造とは関わりたくないっ!
確かに、俺は真北芯という名前だった。ある日を境に、今がある。
…あんたも知ってるんだろ? …俺の兄さんは……阿山慶造に
殺されたも同然だっ!!! そんな俺を盾にするだと? …いい加減にしろ。
おれは、あんたたちの抗争に巻き込まれるなんて、御免だっ!」
「…威勢が良いな。…流石、真北家の血筋だな」
「…………うるさい」
「……盾にするという言い方が気に入らなかったのかな?
協力しろ…これなら、どうだ? …血が騒いでるんだろう?
なぁ、芯くん…よぉ〜」
男の声が、芯の耳にこびり付く。それが、芯の何かを弾けさせた。 一瞬、眼差しが鋭くなったかと思うと、男の視野から、芯の姿が消えた。
?!??!!!
呆気に取られ、背後に感じたオーラに振り返る男。 突然、視野が遮られ、次の瞬間、地面に倒れていた。 鈍い音を耳にする。
「……!!! うごぉっ!!!!!」
腹部に感じる強烈な痛みに、口から真っ赤な物が噴水のように飛び出した。
何が…起こってる…?
壁に背中を強打した男は、地面に前のめりに倒れる。 視野の端に映った靴。男は、そっと顔を上げた。
そこには、血に飢えた豹のような眼差しをした男が、拳を真っ赤にして立っていた。
こ、殺されるっ!!!
そう思った瞬間だった。 血に飢えた豹のような目をした男が、ぱったりと倒れた。
何が起こったんだ?!
強烈な痛みが全身を走る。男は、それに耐えながら体を起こした。
「…!!!! 真北っ!!」
男の目の前には、拳を真っ赤に染めた少年を片手で支えながら立っている春樹の姿があった。
ゴカッ……。
春樹の蹴りが、男の側頭部に決まった。男は、真横に倒れ、気を失った。
………!!!!
春樹は、拳を真っ赤に染めた少年を抱きしめる。 それは芯だった。
壁にもたれながら、腕の中に居る芯の拳の汚れを綺麗に拭き上げる春樹。
術の効き目は、もう、薄れていたのか……。
春樹の脳裏に過ぎる、あの事件。 芯の体には、未だに残っている未知の麻薬の成分。 それは、永遠に残り、人の怒りを増幅させてしまう代物。 怒りの感情に触れさせないように、芯に術を掛け、怒りの感情を封じ込めていた。
一体、何が…。
何が芯の怒りに触れたのか。 芯を抱きしめる春樹は、芯の体に顔を埋めて考え込んでいた。
車が三台停まった。
「春樹君!!」
呼ばれて顔を上げる春樹。その顔は涙で濡れていた。
「……鈴本さん……」
鈴本は、一緒に到着した刑事達に指示を出し、側に倒れている四人の男を連行する。車を見送った後、鈴本は春樹の側にやってきた。
「芯くんに付けていた刑事から連絡があって、駆けつけるのが
遅くなった…ごめん……春樹君…。…あの男達は……」
「芯が……」
「えっ?」
「芯が倒した…。…芯…術が解けて、一人の男を滅多打ちに…。
それを停めるのが精一杯で…奴らの事は…」
「…………闘蛇組系だよ…あいつらは」
「そうですか……」
小さく応えた春樹は、腕の中の芯を見つめる。
「俺の動きが激しいから、芯にまで奴らの手が?」
「その……通りだよ……」
言いにくそうに、鈴本が言った。
「…俺が中途半端って事…なんですね…」
「闘蛇組に関しては、手を出すなと言ってあるのになぁ」
優しく話しかける鈴本だが、春樹の表情は曇ったままだった。
「どうしても………?」
春樹が尋ねる。
「あぁ。手は出さないで欲しいな。…春樹君だけじゃない。
私だって、闘蛇組には……」
「鈴本さんの仕事を取るなって事ですね?」
「そゆこと。…それより、どうして、春樹君が?」
「高校生になった芯を……観たいと思って…。それで…つい…」
「そういや、阿山慶造に娘が出来てからは、芯くんの様子、あまり
話してなかったよな。春樹君が阿山組に専念できるようにと
思っての行動だったんだけど……。やっぱり無理だったか」
「顔を見るだけだった。…これに気付いたから、仕方なかったんです」
「そっか」
鈴本は、しゃがみ込み、春樹の腕の中に居る芯の頭をそっと撫でる。
「血に飢えた…豹のようだった。…一瞬、動きが見えなかったんです。
芯にも……真北家の血が流れているんですね。…親父譲りの…」
「二人とも、良樹さんにそっくりですよ。怒りといい、優しさといい…
他人の為に突っ走る所……そっくりですよ」
鈴本の言葉に、微笑む春樹。
「……後は、お願いしてもいいですか?」
「私たちが付いている事は、芯くんも知ってるし、心配しないだろ」
「お願いします」
春樹は、芯の体を鈴本に手渡した。
「それでは、これで」
春樹は、深々と頭を下げる。
「本当に、心配しなくていいから」
「心強いです」
にっこり笑って、春樹は車に乗り込み、去っていった。鈴本は、車に戻り、芯を助手席に座らせる。その時、芯が目を覚ました。
「……鈴本…さん? もしかして……」
「あまり無理しないようにと、あれ程言ってるのに……倒れてたよ」
「…すみません…ご心配をお掛けして…」
「常に付いていると言ってますが、時と場合によっては
無理なんですから。自分で体調管理しなさい」
「反省してます」
芯は、シートベルトを締める。車は、走り出した。
「……声を聞いた…」
暫く走った所で、芯が呟くように言った。
「声?」
「懐かしい声……。心を温かくしてくれる声……。…あれは…」
あれは、兄さんの声だった……。
「芯…く…ん?」
芯に振り返った鈴本は驚いていた。 芯の頬を一筋の涙が伝い、夕日に光っていたのだった。
「あっ、すみません…病院ですね」
「塾に間に合うように走りますよぉ〜」
「って、それ、鈴本さん!!! 駄目ですよ! 私用で使うのはぁ!」
芯が乗る車は、けたたましいサイレンの音を奏でていた。
「大丈夫ですよ。緊急ですからね」
得意気に話す鈴本。 その仕草こそ、誰かさんにそっくりだった……。
阿山組本部にある庭。
そこでは、真子が桜の木の下に立って、ふくれっ面になっていた。真子の前には、ちさとがしゃがみ込み、真子を見つめている。
「真子」
「……やだ」
「早くお部屋に戻ってお勉強しないとぉ〜」
「…まきたん、かえらないもん。…パパとおしごとだもん」
それは口実で…。真北さんは単独なんだけどなぁ〜。
「栄三ちゃんが待ってるよ」
「………おべんきょうしないもん…」
栄三ちゃぁん、いつも何してるのよぉ〜、もうっ
ちさとの方がふくれっ面になる。
「真子ちゃぁん、遊ぼう!」
そう言って、庭にやって来たのは、栄三だった。
「えいぞうさぁん!」
「…っと、ちさとさん…こちらでしたか…」
その声に、ちさとは立ち上がり、側に来た栄三に振り返る。
ギョッ! …怒ってる…。
「栄三ちゃぁん、真子と遊ぶ約束してたのぉ?」
「は、はぁ…その、今日は真北さんも仕事だと思ったので、
昨日、公園に行った時に…その…」
「真子にはお勉強の時間なんだけど……」
「一日くらい、大丈夫ですよ。それよりも、ちさとさんも一緒に
どうですか?」
「…私は、隣に行きます」
はっきりとした口調で言ったちさとは、真子に振り返る。
「真子、今日のお勉強は、しなくていいけど、危険な遊びだけは
しないこと。怪我をしたら、それこそ、真北さんに怒られるわよぉ」
「けがしないもん! …ママは、おとなりなの?」
「真子のお勉強を見てから、行くつもりだったんだけどなぁ」
「………おべんきょう…する…。えいぞうさんも、いっしょに」
「えっ、私ですか…」
勉強嫌いの栄三は、嫌な表情をするが…。
「御一緒しましょう! …私が教えましょうか?」
真子は、栄三の言葉に喜んだのか、満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。
そして、真子の勉強部屋で、栄三先生の授業が始まった。生徒は、真子とちさと。栄三は、ちょっぴり緊張しながらも、しっかりと先生っぷりを見せていた。
「へぇ〜。栄三がねぇ〜」
「そうなのよぉ。驚きました」
夜九時を過ぎた頃、春樹は真子の寝顔を堪能するために、ちさとの部屋へとやって来た。真子の寝顔を見つめながら、この日の真子の事をちさとから聞く春樹。 疲れが取れていく……。
「真子ちゃんの為なら…そういう意気込みかな…」
真子の頭を撫でながら、春樹が言った。
「真子の前では、本来の栄三ちゃんが出てるみたいよ」
「…私には、どうでも良い事ですけどね。…栄三の影響を
受けないことを祈りますよ」
「………そうですね……」
部屋のドアがノックされる。
「はぁい」
『真北、居るのか?』
慶造の声に、春樹は首を横に振る。
「居ませんよ」
『この時間は、いつも真子の寝顔を見てるから、
ここかと思ったんだが…』
「何か?」
『今日の怪我の治療。美穂ちゃんが怒ってる』
慶造の言葉で、ちさとは、ふくれっ面。
「真北さん、怪我…してたの?」
「あっ、いや、かすり傷……」
と言った途端、部屋のドアが開き、慶造が飛び込んできた。
「真北ぁっ!!」
「しぃっ!!!!」
慶造の声は、寝た子を起こしそうな程の勢い…。ちさとと春樹が、思わず慶造の口を塞いだのは言うまでもない。
す、すまん…。
目で訴える慶造。
「…美穂さんからと言う事は、小島さんからの情報か?」
春樹が尋ねる。
「その通り。…それと、夜にちさとの部屋に入るな」
「真子ちゃんの寝顔を見に来てるだけだ。駄目か?」
「駄目だ」
「何もしないけどな…」
「それでも、駄目だ」
「それなら、俺の部屋で真子ちゃんが…」
「もっと駄目だ」
「……ケチ…」
聞こえるか聞こえないかのような声で、春樹が言った。 その言葉は、慶造の耳に届いていた…。
「…さっさと、治療してこい!」
慶造は、春樹を部屋から追い出した。
「あっ、…ちっ」
舌打ちをして、春樹はちさとの部屋の前から去っていった。
「本当に真子の事しか考えてませんよ、真北さんは」
「解ってる。それでも、嫌だ」
「ったくぅ〜。……真北さん、今日の行動は…」
「単独行動。…またしても、闘蛇組関連だ」
「何か遭ったのかしら…」
「さぁな。あいつは、個人的な事は、誰にも話さないからな」
「そうですね。…もう、五年近くも一緒に暮らしているのに、
何を隠してるのかしら…」
「真北の口から聞くまで、何も尋ねないさ…」
慶造は、眠る真子を見つめる。
真北の気持ちが解るよ。
真子の屈託のない寝顔を見ているだけで、心が和み、そして、その日の疲れが取れていく。
「今夜、こちらに?」
「そうしようかな」
ちさとの問いかけに、即答する慶造だった。 その夜、慶造は、ちさとの部屋で寝る。親子三人、川の字になって、三人には狭いベッドで、眠っていた。
ちさとの部屋のドアが静かに閉まる。 春樹が、様子を伺いに来ていた。 フッと笑った春樹は、縁側に腰を掛け、夜空を見上げる。立ち上がる白い煙に目を細めた。
中秋の…名月…か。
季節は、すっかり秋になっていた。
阿山組本部・会議室。
阿山組幹部が集まり、会議中。それぞれが抱える問題を発表し、慶造が、対策を伝える。
「他にありますか?」
進行役の修司が言う。
「…黒崎の情報ですが…」
飛鳥が発言する。
「薬関連は、先程伝えた事が新たな情報だぞ?」
修司が応える。
「その…黒崎が嫁を…そして、春には子供が生まれるそうですよ」
「…そんな素振り無かったのにな…」
慶造が呟く。
「四代目。お祝いでも?」
「そうだな。…俺ももらったことだし…。猪熊、用意しててくれ」
「かしこまりました」
「黒崎の事が、知れ渡るのも時間の問題だ。下の連中の行動に
充分注意してくれよ。お前ら、解ってるよな」
「御意…」
「他にあるか?」
慶造が尋ねると、川原が口を開いた。
「真北さんの行動なんですが、今日はどちらに?」
「さぁなぁ。朝早く出掛けた。栄三をひっ連れてな…。まぁ考えられる事は
一つだが……。厚木…、大人しくしてるよなぁ」
「今のところは…ね。先日、四代目に怒られたばかりですからね」
厚木会長は、にやりと笑いながら応えた。
「ったく、ビル一つ吹っ飛ばすからだっ」
「すみません……」
と口にしたものの、反省の色は全く観られない…。
「それにしても、あの爆発で怪我人が出なかったのが不思議だな」
慶造は煙草に火を付けた。
「それよりも四代目」
厚木は姿勢を変えて、慶造を呼ぶ。
「なんだ?」
「常に思っていた事なんですが、私の行動…本来なら
お縄になるようなものですよね」
「あぁ」
「なぜ、私は、お縄にならないのか…と思いましてね…」
「あぁ、それは、俺が向こうさんに話してるからだ」
「…やはり、真北を預かってる事と関係してるのですか?」
「向こうが何を考えているかは解らないが、真北が関わってるだろうな。
だからと言って、これ以上激しい動きには、手が後ろに回る可能性がある。
厚木、暫くは大人しくしておけよ」
「売りに専念しまぁす」
ったく…。
怒り任せに灰皿で煙草をもみ消す慶造。
「終わる」
短く言って立ち上がり、会議室を出て行った。 会議終了と共に、息をつく幹部達。
「厚木ぃ、最新のは?」
「あるよぉ〜。見せようか?」
「よろしく」
そう言って、数名の幹部は、厚木と共に、隠し射撃場へと足を運んでいった。幹部達の行動を一人一人見つめ、全員が会議室を出た所で、修司が後かたづけを始める。
「…っつーー……」
夏前の怪我は、完治していない。少しばかり神経を痛めた修司。痛めた所は動かし辛い。
「……やはり、無理してたのか」
「…慶造…」
慶造が会議室に戻ってきていた。修司と二人っきりになった慶造は、四代目のオーラを消していた。
「修司、無理するなよ」
「してないよ。いつものことだ」
「これ以上、傷を増やすなよ」
「それは、俺の台詞。傷を増やすような行動はやめておけ。
俺が追いつかん」
「影で守るのは、いい加減に止めてくれないか?」
「山中が居るし、栄三ちゃんも居るだろ? 俺の出番無いからさぁ」
「そんなこと、ないさ……」
慶造の雰囲気が、いつもと違っている。修司には、慶造が何を考えているのかが解っていた。慶造が、何かを言い出す前に、修司は話を切り替える。
「冬。行くんだろ、天地山」
「…ん? …あ、あぁ。真子も楽しみにしてるみたいだからさ」
「話はもう?」
「真北が、原田に連絡したら、お待ちしております…という返事だったそうだ。
その時、真子も居たから、電話で原田と話していたらしいよ」
「お嬢様は、原田が好きなんでしょうか…」
「素敵なお兄さん…ってとこじゃないかな」
「……妬いてるのか?」
「ちょっとな。…真子を好きになる男が増えていくからさ…」
「良い事じゃないかよ」
「………普通の男じゃないけどな…」
「………………そっか…」
普通の男じゃない。 春樹は、元刑事だが、やくざ泣かせの何とやら。やくざ以上に恐ろしい行動をし、そして、特殊任務に就く男。真子には優しいが、敵と思った人間には容赦しない…。 天地山ホテルの支配人・原田まさ。元殺し屋。真子の一言でホテルの支配人を勤める事になった男。殺しの腕は一流。ついでに、医学の心得もあり、外科医としての腕も持っている…。
「お嬢様の笑顔が増えるなら、良い事だよ」
素敵な笑顔で修司が言った。
「そうだな。…修司、飯は?」
「まだ」
「それなら、隣でどうだ?」
「ちさとちゃん、仕事か?」
「あぁ、真子もそこだ」
「それなら、一緒に食べるぞ」
「元気な姿、見せてやってくれよ。真子が心配していたからな」
「嬉しい事だよ」
そして、二人は会議室を出て、隣の料亭に通じる渡り廊下を歩いていった。
(2004.11.27 第五部 第二話 改訂版2014.11.21 UP)
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