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第五部 『受け継がれる意志編』 第八話 思いがけない出来事？ 大阪にある橋総合病院は、いつものように、大忙し……………。 「輸血の準備しろっ！！」 「重体の患者は、こっちにまわせっ！」 都会の道路で交通事故。多重衝突に怪我人多数。事故現場から近い、この病院に全ての患者が運び込まれていた。外科患者全てを、この病院の院長であり、外科医でもある橋雅春が受け持ち、治療をしていく。 「ふ〜〜っ………」 雅春は、事務室に戻り、一息付く。棚からお茶セットを取り出し、お茶を煎れる。デスクの上に置かれている新聞に目を通す。ページをめくり、そして、とある事件を見つけた。 「………これは、また、忙しくなるよな…」 その記事こそ、『関西極道・抗争勃発』。 項垂れる雅春だった。 今のうち、休んどこぉ〜。 奥にある仮眠室へと入っていく。 雅春は、病院内を巡回する。患者一人一人と向き合って話し込む。 外科患者が居ないときは、必ず行っている事。 「院長！！」 笑顔で雅春を迎える女性患者。 「こらぁ〜。また勝手に歩き回ったんだろぉ〜」 雅春は、患者の額をツンと突っついた。 ニコッと笑って誤魔化す患者。 「院長、良いタイミングぅ！ 一緒に見ようよ」 「また？ 忙しいんだけどなぁ〜俺」 「息抜き息抜き！ ほら！」 患者は、雅春の腕を強引に引っ張って、ベッドに腰を掛けさせる。そして、一緒にテレビを見始めた。 テレビからは、お笑い番組が流れてきた。 「ほんと、好きやなぁ、この二人の事」 雅春が言うと、患者は嬉しそうに微笑みながら応える。 「だって、勇気もらったもん」 「勇気？」 「こっちの眼鏡の霧ちゃんは、苦境を乗り越えたって言ってた。 …私…足を怪我してから、もう歩けへんと思ってた…」 「そうだったよな。俺がどれだけ言っても聞く耳を持たなかった」 「霧ちゃんも、そうやってん。コンビの健ちゃんと知り合って、 元気をもらって、今があるんやって。…院長先生、見てみぃ」 「ん？」 「霧ちゃんの動き…思われへんやろ？ 両足切断の危機やってんて」 「すごいな……まるで、軽業師…」 「同じように悩んでいる人に、元気な言葉…くれてん」 「それで、頑張ろうと思ったんか。嬉しい事や」 「そうやで、順調やろ？」 「自分で言うてたら、しゃぁないなぁ〜。…で、退院したら劇場に 行くんか？」 「うん！ だから、もっと頑張るでぇ〜〜っ！！」 「………………程々にしてくれよぉ。リハビリ師が嘆くから」 「もっと嘆かしてやれぇ〜。…あぁ……」 「ん？ どうした？！」 「…院長のあほぉ」 「なんで？」 「…健ちゃんと霧ちゃんのコント……終わったやんか…」 「ほんまや……」 「もぉ〜！！！」 「…すまん」 「……ま、ええわぁ。こうやって……むふふふふふ……」 患者は不気味に笑いながら、引き出しから何かを取り出した。 「ブロマイド………？」 「そうやでぇ。ファンレター書いたら、返事もらったんやもん！ こうやって、入れてくれたぁ」 「……自分のん…送るんか………って……！ 健のファンかいなっ！」 「そうやもぉん！！！」 看護婦が側により、咳払いをする。 「オッホン…。院長、いつまでこちらに？」 「あ………………」 項垂れながら病室を去っていく雅春の背中に手を振る患者だった。 阿山組本部・リビング。 ソファに座り、テレビを観ている慶造と春樹。もちろん、お笑い番組を観ている。 慶造が笑いを堪える。 春樹は、急に俯く。 「駄目だ……」 「…………俺も……」 「くっくっく…」 「ぶわっはっはっは！！」 二人は声高らかに大爆笑。 それは、リビングの外、そして、玄関先まで聞こえていた。 組員達は、突然の事で驚き、立ち上がり、そして、警戒する。 「……………笑い声？」 「…あぁ。笑い声だ…」 「もしかして、四代目と…」 「真北さん…だ…」 「ということは……」 「あぁっ！！！ コントの時間過ぎてる！！」 組員は慌てたように自分たちのくつろぎの場に向かっていく。 「こら、お前らっ！」 声を掛けられ、歩みを停める組員。恐る恐る振り返ると、そこには、修司が立っていた。 「……猪熊さん……」 「今は休憩時間じゃないだろがっ」 「す、すみません……」 「……気になるなら、栄三ちゃんに言え。テープ貸してくれるだろ」 「あっ、そうですね」 「解ったら、さっさと持ち場に戻る」 「はっ」 組員は、持ち場へと戻っていった。 「ったく…」 呆れたように頭を掻きながら、慶造と春樹が居るリビングへと向かっていく。ドアノブに手を伸ばした修司は、肩の力を落とした。 「どうして、こぉ〜なるんだよ……」 ドアを開けた修司は、異様なオーラに項垂れる。 「…なんだよ、修司。今取り込み中」 「…用事なら、後にして下さい、猪熊さん」 慶造と春樹は、同時に口にする。 「…あのな、真北」 「慶造ぅ〜、あのな…」 二人は同時に言葉を発する。 「俺！」 「いいや、俺だ！」 「お前じゃなくて、俺だっ！」 「慶造には、無理！」 「それは、真北もだろがっ」 「うぐぐぐ……」 慶造と春樹は、お互いの胸ぐらを掴み上げる。しかし、その手は修司に掴まれた。 「何が原因だよ」 「…………チャンネル争い……」 声を揃えて応える二人。 修司は項垂れた。 「あのな……」 「俺は、ニュースが観たいから」 慶造が言う。 「俺は…料理番組……」 春樹の言葉に驚く修司。 「真北さん…料理番組って…」 「真子ちゃんの為にだな…。そうしたら、慶造がムキになって 俺が作るって言い出して…」 「……確かに、慶造も作れるけど、お嬢様は、真北さんの作った 料理の方が喜ぶだろ？」 「俺も作るんだぁ〜っ！！」 慶造が、何故か叫ぶ。 キッチンに立つ慶造。 あまり観る事が出来ないエプロン姿に、誰もが目を点にする。 「やっほぉ〜ん…………………………」 「…小島、何か言えっ」 リビングにやって来た隆栄が、キッチンに立つ慶造の姿を見て、言葉を失う。それに空かさずツッコミを入れる慶造。 「…阿山、どうした？ 今日は当番か？」 いつもは、料理担当の組員が、慶造たちの料理を作る。 「真子ちゃんの為だとさ」 ふてくされたように言った春樹。 「ありゃ、真北さん不機嫌〜」 「うるさいっ」 「……で、姐さんとお嬢様は？」 「栄三と公園」 「……あの馬鹿…今は…」 「大丈夫。もう帰ってくる時間」 ふてくされたまま話す春樹。 どうやら、一緒に行こうとしていた所を、慶造に停められた様子。 「それはそうと、こんな時間にお二人が来られると言う事は…」 春樹が何かを思い出したように話し出した。 「だから、言ったんだよ。緊急だって…なのに、真北は勘違いするから…」 「勘違い？！」 隆栄と修司が同時に首を傾げる。 「………それは……………」 っと、小島が居ては、健ちゃんのコントの話は出来ないな…。 「ただいまぁ！！！」 沈黙が続く中、真子の元気な声が聞こえてきた。 「あっ！！ ママ！！ パパが！！」 真子は驚いたように大きな声で、少し遅れて来たちさとを呼ぶ。 「どうしたの、真子」 「パパがエプロン！！」 「…あら………………」 慶造が身につけたエプロンこそ、ちさと愛用の猫柄のもの。 あまりにも似合っている為……。 パシャ！ ちさとは、手に持っているカメラで写真を撮ってしまった。 「ち、ち…ちさとっ！！！ こらっ！！」 キッチンから慌てて飛び出す慶造は、逃げまどうちさとを追いかけて、カメラを奪おうと必死になっていた。 「よろしいじゃありませんか！！」 「駄目だぁ！！ ちさと、それ……」 「部屋に飾ります」 「駄目！」 「アルバムにぃ〜」 「それくらいなら、許すが、…絶対に栄三に渡すなっ！」 「現像は栄三さんにお願いするのに？」 「……修司」 「俺は、せん」 「…真北ぁ」 「俺は栄三とツーツーだぞ？」 「…うっ………」 言葉に詰まる慶造。 「諦めろ」 修司と隆栄、そして、春樹が同時に言った。 慶造は項垂れる………。 賑やかな阿山組本部のリビング。 窓から見える景色は、本部の奥にある庭。そこでは、すっかり秋を感じさせていた。 冬。 この年も真子達は、天地山に来ていた。二度目の雪景色に、真子は喜んでいた。 天地山ホテル支配人・原田まさは、仕事を忘れて、真子の相手に夢中。 山の中腹に出来た喫茶店に真子を連れてきたまさ。 「初めまして。店長京介と言います」 「てんちょうさん、はじめまして！ あやままこです！」 真子は、元気よく挨拶をする。 「真子お嬢様、何か飲みますか？」 「おちゃ！」 「お茶……？」 京介は、真子の言葉にきょとんとする。 「あぁそうだった。真北さんがお茶好きだからさ…」 「ジュースは？」 「じゅーす？？」 真子は首を傾げる。 「真北さんの許可が必要かもな…」 まさは、悩んだように腕を組む。 「てんちょぉさんは、まささんのおともだち？」 「支配人とは、昔からの知り合いです」 「おしゃななじみ？」 「……に、近いですね…」 近いか？ 京介…。 いいえ。でも、そう言った方が…。 まさと京介は、目で会話する。 「まささん、おなかすいた」 「そう言えば、お昼の時間ですね。京介、何かあるか？」 「お嬢様、何が食べたいですか？」 「うんとね………オムライス！！」 「かしこまりましたぁっ！！」 真子の勢いに釣られて、京介が応える。 羽目外しすぎだ…京介……。 京介は、まさの呆れた眼差しを感じながらも、真子の為にオムライスを作り始めた。 ホテルの庭を走り回る真子を追いかける、まさ。その二人を追いかけるのは、ちさとだった。真子が急に歩みを停めた。 「お嬢様、どうされました？」 「あかいものがおちてるよ」 真子が指差したところ。そこは、一カ所だけが真っ赤に染まっていた。目を凝らしてよく見ると、真っ赤なところの近くには、赤い目をした何かが震えていた。 「うさぎさん、けがしてる」 真子は、そう言って、ウサギに近づいていく。ウサギに手を差し出す真子は、そっと抱きかかえた。 「足を怪我してますね。手当てをしましょう」 まさは、真子に手を差しだし、怪我をしたウサギを受け取ろうとした時だった。 ポワァ…… 青い光が真子の右手から発せられ、怪我をしたウサギを包み込んだ。 えっ？ 突然の出来事に、まさとちさとは声を失った。 青い光が消える。 真子は、そっとウサギを地面に下ろした。 ウサギの怪我が無くなっていた。 「きをつけるんだよ」 真子は、ウサギに語りかけ、優しく微笑んでいた。ウサギは、真子にお礼を言っているのか、じっと真子を見つめ、そして、藪の中へ去っていく。真子は、ウサギに手を振り続けていた。 バタッ…… 「お嬢様！！」 「真子！！」 急に倒れた真子に驚愕するまさとちさと。まさが、倒れた真子を抱きかかえ、医務室へと走り出した。二人の後を追うちさとは、突然の出来事に、ただ、震えるだけだった。 真子は、医務室のベッドで、すやすやと眠っていた。そこへ、息を切らして春樹がやって来る。 「一体、どうしたんだよっ！！」 詰め寄る春樹に、まさは、一部始終を話す。 「青い光？…傷を治した？！ なんだよ、それ。原田、冗談はやめろよ」 「本当です。ウサギの怪我が無くなったんですから。 ちさとさんもご覧になりましたよ」 「本当よ、真北さん。…一体、何なの？…あの光…」 眠る真子を心配そうに覗き込む春樹は、唇を噛みしめる。 「…昔、医学の講義を受けている時に、ちらっと聞いた事があるんですが…」 まさが静かに語り始めた。 「不思議な能力を持つ人間が居ると。その能力は、医者いらずのものだと…。 恐らく、お嬢様が発した光のことじゃないかと…」 「…真北さん…。調べて下さいませんか？…傷を治す能力…。 青い光…。もし、これが、本当なら、真子の能力を利用したがる者が 出てくるはずよ。…それが、この世界の者なら、尚更…。怪我をしても、 あの能力で治ったら、いつまでも、いつまでも、相手を襲ってしまうわ… そして、終いには…。そんなことに、真子が巻き込まれるのは…嫌よ！！！」 ちさとの叫び声が医務室内に響き渡った。 「ちさとさん」 「真北さん…一刻も早く…お願いします…」 ちさとは、震えていた。 これから起こる途轍もない出来事を予測しているのか…。 「わかりました。急ぎます。原田も頼んで良いか？」 「はい。その知り合いに尋ねてみます」 「あぁ。宜しく」 春樹は、静かに言った。 次の日、真子は何事もなかったように、庭で遊び始める。まさは、真子の体力が消耗している事を気にしていた。 「お嬢様、そろそろお戻りにならないと…」 「まささん」 「はい」 「たのしいところ、いきたい！」 「楽しい所…ですか…」 「あのね、あのね！ まきたんといったことあるんだけど、 しょうてんがい！！」 「商店街？」 「まきたん、ふくかってくれた！！」 そう言えば、天地山商店街でお嬢様のスキーウェアを買ったと言ったっけ…。 「欲しい物、ございますか？」 「うん！」 真子の元気な返事に応えるかのように、まさは真子を連れて、天地山商店街へと向かっていった。 春樹と慶造、そして、修司が天地山ホテルへ戻ってくる。ロビーですれ違った従業員に声を掛けられた。 「支配人と真子お嬢様は、外出しております」 「……どこに？ ちさとさんも一緒か？」 春樹が尋ねる。 「ちさとさんは、小島さんとゲレンデです」 従業員の言葉を聞くやいなやゲレンデへ向かう慶造。 「そんなに心配なのか？」 修司に尋ねる春樹。 「スキーをすることが心配なんだろ。姐さんは初心者のはず」 「学生の時、何度がスキー旅行をしていたと言ってたけどなぁ」 「………初耳」 春樹は、玄関の方を見つめていた。 「原田に任せておけば、大丈夫ですよ」 「それは解ってる。…だけど、もしもの時に、原田が元に戻ったら…」 「お嬢様を守る為なら、仕方ない事だと思います」 「…そりゃ、そうだけど………」 慶造が、ゲレンデ側の自動ドアの所に立ち、春樹と修司を手招きしていた。 「真北も滑るか？」 「慶造は滑る気だろ？」 「あぁ。修司は？」 「いいのか？」 「羽のばせ。そして、連れてこい」 そう言って、慶造はゲレンデへと向かっていく。修司は、背を向けている春樹の腕を引っ張って、ゲレンデへと出て行った。 その頃、真子とまさは、天地山商店街へ来ていた。 「お嬢様、目的の場所は？」 「えっとね……あそこっ！」 真子は、商店街のアーケードを一望した後、一カ所を指さした。 そこは、帽子や手袋を売っている店。 「かしこまりましたぁ〜」 まさは、真子の手を引いて歩き出す。 「ありゃ、支配人。今日はお休みですか？」 入り口近くにある八百屋の主人が声を掛けてきた。 「ちょっと息抜きぃ〜」 「ちょっとならよろしいんですけどねぇ〜。あっ、そうだ。いいのが 入ったから、届けておきますよ」 「いつもありがとうございます」 まさと親しく話す八百屋の主人を、ジッと見つめる真子。その目線に気付いた主人は、真子の目線にしゃがみ込む。 「お嬢ちゃん、こんにちは」 「こんにちは！ まこです」 真子は深々と頭を下げる。 「おじさん、まささんのおともだち？」 「仕事仲間です」 「ほてるの、えらいひと？」 「ホテルのレストランに野菜を届けてまぁす！」 「……おやっさん……」 主人の雰囲気に、思わず引いてしまうまさ。 「かわいいなぁ〜。今日は何処に行くのかな？」 「あのね、あのね、てぶくろかうの！」 「まさちゃんの？」 「えへへ…ひみつ！」 「まささんに買ってもらうんだよぉ〜」 「はぁい！！」 真子は元気よく返事をした。 「では、これで」 「またね！」 ニッコリ笑った真子は、まさと一緒に歩いていく。 かわいいなぁ〜。 八百屋の主人は、二人の後ろ姿を見つめていた。 まさは、商店街の店主や店員と笑顔で挨拶を交わしながら、真子が目指す店へとやって来る。 「お嬢様、着きましたよ」 「はいって、いい？」 「はい」 真子は、ドアを開けて中へ入っていく。 店員に迎えられた真子は、元気よく挨拶をして、品定めを始めた。 真子は、男性が身につけるような物を探して、じっくりと見つめる。そして、気に入った物を抱きかかえ、更に別の物をじっくりと見つめる。何度か繰り返した真子は、両手一杯に手袋を抱えている。 更に別の物に手を伸ばそうとした真子。 「お嬢様！！ 持ちますから」 「いいの」 店員がカゴを持ってくる。 「これ、どうぞ」 「！！！ そっか！ありがと！」 真子は、たくさんの手袋をカゴに入れ、新たな手袋を見つめる。それは、女性が身につけそうな物。 「……あの…お嬢様…。どなたに？」 「パパとママと、まきたん。いのくまおじさんと、こじまおじさんと えいぞうさんと、やまなぁさんと、ささおじさんと、おきゃみさん。 みほしゃんと、てんちょうさんと、ゆかわん。そして…まささん！！」 「慶造さんとちさとさん……真北さんに猪熊さん、小島さん… ……たくさんの人に？」 「うん！ クリスマスプレゼント！！」 なるほどぉ〜。 「………お嬢様……お金は？」 「もってるもん！」 そう言って、真子は身につけている小さなポシェットから、猫の財布を取り出した。 「へへへ！ これ！」 財布の中には、小銭しかない…。 「お嬢様、お金足りないと思いますが…」 「…ほんと？」 真子は首を傾げ、まさをジッと見つめる。 「はい」 「どうしよう………」 五歳で、買い物が出来るのか…。真北さんの教育かな…。 「足りない分は、私が出しますよ」 「でも…」 「出世払いということで！」 「しゅっせ…せきばらい？」 真子の言葉に、まさはカクッとなる。 「ありがとうございましたぁ〜」 大きな袋を抱きかかえた真子と、真子を見守るような感じのまさが、店から出てくる。 「うんしょ、うんしょ！」 「お嬢様、お持ちしますよ」 「だめ！」 「………前…見えてないんじゃありませんか？」 「……うん…」 まさは、袋を抱きかかえる真子を抱き上げた。 「さぁ、帰りましょうか」 「うん！ まささん」 「はい」 「みんなには、ないしょね！」 「おまかせください」 優しく微笑む、まさだった。 商店街専用駐車場までやって来た時だった。 「……お嬢様……って、急に眠らないで下さいぃ〜」 まさは、突然眠りに就く真子に驚いていた。 その時、雪が激しく降り始める。 わちゃぁ、ホテルまで無理だな……。 真子から袋を取ろうとしたが、真子はしっかりと抱きかかえている。 仕方ないか…。 真子を後部座席に横たわらせて、自分のコートを真子に掛ける。 「まさしゃ……ん」 「はい。……寝言ですか…」 クスッと笑って、ドアをそっと閉める。そして、運転席に回り、エンジンを掛けた。 雪は、更に激しく降り始める。 まさの向かう場所は……。 とあるマンションの駐車場へ、まさが運転する車が入ってくる。 車が停まった事で、真子が目を覚ました。 「あれ？ まっしろだよ？」 真子は窓の外を見つめた。 「お目覚めですか？ 雪が激しく降ってきましたので、 ホテルへの道は通行止めになりますので、こちらに」 「……どこ？ まっしろで、みえないぃ〜」 「私のマンションです」 「まんしょん？」 「私の自宅です」 「まささんのおうち？！ はいる！！ はやく！！」 真子は、ドアを開けて車を降りる。 「お嬢様！！！」 荷物…忘れてますよ……。 真子を追いかけて車を降りたまさ。真子は、駐車場に積もる雪を手にとって、はしゃいでいた。まさの姿を見た真子は、手にした雪を丸めて、まさに投げつけた。 「きゃっきゃ！！」 嬉しそうにはしゃぐ真子。まさも負けじと雪を丸め、真子に投げる。真子はそれを受け取ろうと手を伸ばすが、真子の握力で丸まった雪は潰れる。真子は再び雪を丸め……。 真子の頭が、雪で真っ白になっていた。 「お嬢様、そろそろお家に入りますよ」 「もっとあそぶぅ」 「雪は止みそうにありませんよ。それに、お嬢様が真っ白です」 「まささんも、まっしろぉ！！！」 まさは、真子の服に付いた雪を優しく払う。真子は、まさの服に付いている雪を払っていた。 「まささんのおうち、どこ？」 「二階になります」 真子は、何かを思い出したように車に戻り、後部座席のドアを開け、袋を手に取る。 「おうち、おねがいします」 「こちらです」 真子の手を引くまさ。雪が積もった階段を慎重に昇っていく二人。そして、まさの部屋の前にやって来た。 「２・０・５！」 真子が部屋のプレートを見て、元気よく言った。 「数字も読めるんですね」 「うん！ たしざん、ひきざんも、できるもん」 真北さん、早すぎるかと……。 「では、どうぞぉ」 真子を招き入れるまさ。 「おじゃまします」 真子は深々と頭を下げて、まさの部屋へ入っていく。靴を脱ぎ、綺麗に揃えてから、そこに立つ。そして、部屋を見渡した。 まさは、電気を付ける。 部屋の中央に、洗面器が置かれている。そこには、水が溜まっていた。 「………まささん。…せんめんき……おふろ？」 「あっ、いえ、その…それは………。こ、こちらにどうぞ」 まさは、こたつのスイッチを入れて、真子を招く。真子は、袋を抱えたまま、こたつに近づくが…。 「これ……なぁに？」 真子は、こたつを知らない様子…。 「こたつですよ。」 「こたつ？ ……こたつ、テーブルにおふとん、かけたもの？」 「足を入れてみてください」 「う、うん」 真子は恐る恐る足を入れる。足を入れた途端、真子の表情が、驚いたものへと変化する。 「まささん、あったかい！！ あったかい！！」 「中を覗いてみる？」 真子は、そっとこたつ布団をめくる。真っ赤な灯りに目を思わず瞑ってしまう。 「まっかっか！！ ゆうひが、かくれてたんだ！」 「夕日は恥ずかしがり屋ですからね。だから真っ赤なんですよ」 「それで、てれたようにかくれるんだ。ゆうひのおうち、 ここだったんだ！！ まささん、すごぉ！！！」 真子は感心しっぱなし……。そんな真子を見つめるまさは、キッチンへ向かう。 「何か飲みますか？」 「おちゃ！」 そうだ！ 何かひらめいたような表情をしたまさ。冷蔵庫から何かを取り出し、作り始める。 まさがキッチンに立って何かを作っている間、真子は、こたつの中を覗き込んだり、潜ったりと遊んでいた。 「お嬢様、お待たせしましたぁ」 真子は、姿勢を正す。そして、目の前に置かれたグラスを観て、目をパチクリさせた。 「オレンジいろ……これ、なぁに？」 「オレンジジュースですよ。どうぞ」 「……おちゃ？」 「飲物には、変わりありませんよ」 「のんで、いい？」 「はい」 真子は、グラスをそっと持ち、そっと口に運ぶ。そして、一口飲んだ。 「わぁ〜、おいしい！！！」 「おいしいでしょう？」 「うん！ これ、オレンジジュースというの？」 「はい。……お嬢様…？？」 真子は、ゴクゴクとオレンジジュースを飲む。そして、飲み干した途端、 「おかわり！！」 「は、はい」 真子の勢いに負けたまさ。直ぐにお変わりを用意して持ってきた。 その後、三杯も飲んだ真子は、こたつの温かさも加わって、眠気に誘われる。 「ねむいぃ〜」 「こたつで寝ては駄目ですよ！！」 真子は、コテッと横になり、そして、すやすやと眠り始めた。 「………寝付きが良いんですね、お嬢様」 まさは、真子を抱きかかえ、側にあるベッドに寝かしつけた。 服を引っ張られた感覚に、まさは目をやった。 真子は、まさの服をギュッと掴んだまま眠っていた。 「お嬢様…お放し下さいぃ〜」 真子は放そうとはしない。 しょうがないか…。 まさは、真子の隣に身を沈め、添い寝をする。 眠る真子を見つめるまさ。 そっと頭を撫でていた。 かわいいなぁ〜。 優しく微笑むまさは、真子をギュッと抱きしめてしまう。 そのまま、まさまで寝入ってしまった。 「…………だ！！ …原田っ！」 自分の名前を呼ぶ声で目を覚ましたまさ。 寝ぼけ眼で、後ろに振り返る。 「ま、真北さん！！」 春樹の姿が、そこにあった。 しかも、怒りの形相……。 「原田……お前……どういうつもりだ、あ？」 「…どういう……あっ、仕事中…」 「そっちじゃなくてっ！！！」 指を差す春樹。その指先を見つめ、差している場所に目線を動かしたまさは、目を見開いてしまう。 目の前には真子の姿が……。 「いえ、その…何も……！！！ うわっ！！！」 まさは、襟首を掴まれて、部屋の中央に放り投げられた。 痛っ！！ そのざわめきで、真子が目を覚ます。 「まきたん、おはよ……」 「真子ちゃん〜、こんなところで寝ないように」 ちょっぴり怒っている春樹。 「まきたん、どうしたの？」 無邪気に尋ねる真子に、春樹の怒りは納まっていく。 ポタ、ポタ……。 水が滴る音がする。 真子はキョロキョロと部屋を見渡す。春樹も同じように辺りの様子を伺う。そして、二人は……。 「まきたん、おへやに、あめがふってるよ」 「本当ですね。雨が降ってますね…」 「あっ、まささん、おはようございます！！ オレンジジュースのむぅ！」 「お嬢様、もうございませんよぉ」 腰をさすりながら立ち上がるまさ。 「レストランに行けば、たっぷりございますよ。………っと。 ……真北さん？」 春樹の拳が、プルプルと震えている。 「原田…てめぇ〜。何しとんじゃぁっ！！」 春樹の拳が宙を舞う。 まさは、寸での所で避けていた。しかし、春樹は拳を納めようとはしない。 「添い寝するだけじゃなく、何を飲ませてるんだよ！」 拳を差し出しながら、春樹が言う。 「お茶しか知らないようなので、他の飲物も…と思いまして…！」 春樹の拳を避けながら、応えるまさ。 「飲物は、お茶が一番だっ！」 「わぁっ！！ って、真北さん、駄目ですよ！！ お嬢様の前ではっ！」 「……寝てるから……いいんだっ！」 ドカッ……。 春樹の蹴りが、まさの体に見事に決まった…。 真子は、再び眠りに就いていた。 (2004.12.23 第五部 第八話 改訂版2014.11.21 UP) 
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