任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十二話 桜吹雪が舞う時期に

阿山組本部・慶造の部屋。
春樹と慶造が、テーブルに書類を広げて、眉間にしわを寄せながら、サインをしていた。

「まだあるんか?」

慶造が嫌気を露わにして尋ねる。

「いつもの通りだよ。お前の命令と考え、そして厚木の行動を
 予測して、範囲を広げたらな…これ全部に目を通して
 サインしろ……って、上から言われたんだぞ。何も張り切って
 書類を作らなくても…と言いたかったけどな…あの目…俺でも
 恐れたって…」

春樹は、特殊任務の上司に掛け合って、これからの行動を予測して、派手に動いても(銃器類を使っても)大丈夫なようにと申請した所、上司は、春樹のあまりの行動の速さと真剣さに応えるかのように、目一杯書類を用意して、春樹が申請した範囲以上に規制を緩和させていた。
それは、上司の春樹に対する嫌味もふくまれているのだが、春樹は気が付いていなかった。

「だからって、慶造」
「あん?」

返事からして解る。もう既にやる気を失っている…。

「あまり派手に動かないでくれよ」
「いつもの如く、厚木に言ってくれ」
「俺を毛嫌いしてる男が、俺の言葉を聞くとは思えないんでな」
「解ったよ。それなら、これら全てをお前に任せて…」
「それらは、慶造のサイン待ちだぞ」
「…………そっか……。……はぁ〜あ…」

わざとらしく大きなため息を吐いて、再び書類に目を通し始める慶造だった。

「そういや、真子ちゃんだけどな」
「ん?」
「八造くんに対する態度が少し変わった感じだけど…何か遭ったのか?」
「あぁ、それか。八造が、真子を叱っただけだ」
「あの八造君が真子ちゃんを?」
「お前が入院してる時だよ。取り敢えず警戒して外出を
 控えていただろ。真子にも危害があると思ってな、外出するなと
 言ってあったんだよ」
「そうだよな。何度かお前も狙われて、厚木の怒りに触れたんだっけ」
「あぁ。それでだな、真子が公園に行きたいと言い出して、八造が
 俺に相談してきたんだよ。でも、俺は真北が退院するまでは駄目だと
 八造に言って、それを真子に伝えたら、真子が拗ねたらしくてなぁ」
「それで八造君が叱ったのか?」
「ちゃうちゃう。俺が八造と話し込んでいた時に、真子が裏口から
 こっそりと抜け出してだな…」
「あの扉…閉鎖したんじゃなかったっけ?」

扉とは、真子がくつろぐ庭にある真子とちさと専用の出入り口のこと。真子が飛び出して、春樹が怪我をしたあの日から、閉鎖すると言っていたのだが、真子は出入り出来る事に気付いていたらしい。

「それが、出入り出来たらしくてな…真子は一人で飛び出したんだよ」
「また…」
「八造が心配のあまり探し回って、その勢いが余ったのか、
 真子を見つけた途端、真子の頑固さに思わず叱ってしまったそうだ。
 その日、目一杯反省していたよ」
「真子ちゃんらしいな」
「八造の方がな」
「八造君が反省??」
「真子を叱った事をな」
「猪熊さんが慶造を叱るようには出来そうにないって、
 八造君は言っていたのになぁ」
「まぁ、人に迷惑を掛けるような事をした時は叱って良いと
 伝えているから。真子も驚いたんだろうな」
「そうだろうなぁ。俺が叱るときも凄く驚いた表情をするからなぁ」
「真子を叱る人間は居ないだけに……」

慶造は煙草を取り出し、火を付ける。

「甘やかしてるつもりは無いけどなぁ」

春樹は姿勢を崩し、慶造と同じように煙草に火を付けた。

「真子を叩けない男がぁ」
「真子ちゃんに父親として接する事を躊躇う男に言われたくないな」
「……真北…お前なぁ」
「なんや、慶造…やる気か?」

テーブル越しに睨み合う二人。

「…オホン」

その二人のオーラを変えるかのように咳払いが聞こえた。

「睨み合う前に、早く仕上げて下さいね、お二人とも」
「何も言うなっ、修司!」
「気分転換ですよ、猪熊さん」

慶造と春樹は声を揃えて、応えていた。
慶造の部屋には、春樹と慶造の他、修司と勝司が居た。もちろん、慶造の手伝いの為に居るのだが、中々先に進まない書類整理に、業を煮やし始めていた。

「四代目、早くしないと、次の予定に間に合いませんよ」

修司が言う。

「それなら、山中!」
「はいっ」
「全部仕上げて、真北に提出!」

そう言った慶造は、その場から逃げるかのように立ち上がり、部屋を出て行った。

「あっ、こらっ! 慶造!!」

そう言って、慶造を追いかけるような感じで春樹も立ち上がるが…。

「真北さんは、仕上げた書類をまとめないと駄目でしょうがぁ」
「って、猪熊さん、放して下さい!!」
「逃げないで下さいね!!」
「慶造は良いのかっ!」
「良いんです」

春樹の肩を押さえつける修司の力は、それはもう、怒りを抑えているのが解るくらい力強くて…。

「怒りは、慶造に向けてくださいっ!」
「後で向けるっ!」

二人のやり取りをただ見つめる勝司は、慶造が目を通していた書類を手に取り、慶造の代わりに書類にサインをし始めた。その行動を見つめる春樹と修司。

山中は、本当に真面目だな…。

同時に、そう思っていた。



書類整理から逃げ出した慶造は、庭にある桜の木を見上げていた。

もうすぐ一年か…。

今年は見事に咲いている桜。昨年は咲かなかったからなのか、いつも以上に辺りをピンク色に染めていた。
桜の花びらを一つ一つ見つめながら、慶造は、一年前の事を想いだしていた。
ちさとの体に異変。まさかの出来事。
そして、ちさとの死。
その後の真子の異変に、自分の行動。
いつもは短く感じる一年が、あの日からは、とても長く感じていた。
時の経つのが遅く感じるようになっている。
心にポッカリと穴が空いた感じもしている。

なぁ、ちさと。やはり、あの話……勧めていいかな…。
俺と一緒だと、真子…更に笑顔を失うかもしれない。
これ以上、危険な目に遭わせたくない。
静かに、そして、笑顔の多い日々を送って欲しいんだよ…真子には。
ちさとと俺にとって、一番大切な娘だからさ…。

慶造は桜の木を見上げる。

その方が、心を痛める事は無いだろ?


慶造の様子を庭に出ようとしていた真子が見ていた。
桜の木を楽しもうと真子は庭にやって来た。しかし、慶造が庭に出るところを観てしまう。声を掛けようと思ったが、慶造から醸し出される雰囲気が、父親ではなく、哀愁漂う一人の男だった。真子にはそんな雰囲気は解らないが、声を掛けては駄目だと悟っていた。
桜の木を見上げる慶造は、本当に寂しげだった。
それでいて、優しさが溢れている。
真子は意を決して庭に降りた。

「お父様?」

人の気配と真子の声を耳にして、慶造は我に返る。

「真子、勉強は終わったのか?」
「休憩時間です。…その……」
「桜、綺麗に咲いたな…」
「うん」

真子は慶造の隣に立って、同じように桜の木を見上げた。

「真子が未だ赤ちゃんの頃な、ここで遊んでいたんだぞ」
「そうなの? …覚えてない…」
「そりゃぁ、そうだろな。赤ちゃんだったし」
「そっか」
「桜の花びらに埋もれて、ちさとに呆れられたっけな…」
「また…埋もれたいな…」

照れたように真子が言う。

「そうだな。桜吹雪の頃、遊ぼうか?」

優しく尋ねる慶造に真子は目線を移す。そして、笑顔で返事をした。

「うん!」

真子の笑顔が嬉しかったのか、慶造は真子を抱き上げた。

「なぁ、真子」
「はい」
「八造君が困るような行動は、止めるように」
「…反省してます…」
「初めて怒られて、びっくりしたんだろ?」

真子は、そっと頷いた。その仕草がかわいかったのか、慶造は真子の頭を優しく撫で始める。

「外出するときは、ちゃんと俺に言ってからにしてくれよ。
 もう…心配したくないからさ…」
「お父様……」

慶造の声は切なかった。真子には、慶造の心の声が聞こえていた。
真子にしか聞こえない心の声。
それが、言葉で表さない人の心の思いだと理解し始めた真子。
駄目だと思いながらも、慶造の心の声を聞いていた。
真子の事しか考えていない。それでいて、途轍もない何かを考えている事が伝わっていた。
そして、ちさとに語りかけている事も…。
真子は、慶造の胸に顔を埋める。

「真子?」
「パパも…みんなに心配掛けないでね…」
「…あぁ……」

慶造は、真子を力強く抱きしめた。

ありがとな……。




勝司運転の車に、慶造と修司が乗っていた。助手席には隆栄が座っている。
向かう先は、笑心寺だった。
季節は桜吹雪が綺麗に舞う頃。
あの日から一年が経っていた。

「なぁ、阿山」

隆栄が尋ねる。

「ん?」

何も話さず、窓の外を流れる景色をぼんやり眺めていた慶造は、気の抜けた返事をした。

「真北さん、一緒じゃなくて良かったのか?」
「……こんな日くらい、二人っきりにさせろよ…」

ぶっきらぼうに慶造が言った。

「すまん…」

そう言ったっきり、隆栄は口を噤む。そして、いつもの軽い雰囲気ではなく、本来の警戒心丸出しのオーラを醸し出し始めた。

「そこまで、我に返らなくてもいいぞ、小島」
「俺だって、こういう日くらい…普通になるって」
「…そうだな……」

沈黙が続く。そして、車は笑心寺に到着した。

ちさとがこの世を去って、一年が経つ。本来なら、四代目姐として法要をするべきだが、慶造は、それを嫌がった。これ以上、ちさとには極道の世界と関わって欲しくないという気持ちが、そうしていた。

慶造は、阿山家の墓前に一人でやって来る。暫く墓を見つめた後、墓石を優しく拭き上げ、線香と供花を添えた。そっと手を合わせ、何かを語り始める。
桜の花びらが一枚、慶造の目の前に舞い降りた。それは、供花の上に静かに乗る。
その花びらをそっと手に取り、慶造は微笑んでいた。

慶造の様子を少し離れた所で、修司と隆栄、そして、勝司が、何も話さず、静かに見つめていた。
慶造が墓前から離れ、近づいてきた。

「帰るぞ」
「はっ」

慶造の言葉に三人は素早く返事をし、笑心寺を後にした。


静けさが漂う車の中。
慶造は相変わらず窓の外を流れる景色を眺めている。
車が赤信号で停まる。慶造は一点を見つめていた。

「小島」
「あん?」

返事がいい加減である事で、本来の姿を隠している事が解る。

「真北の行動は?」
「栄三と一緒ですよ」
「目的を聞いているか?」
「いいや、いつも通りに…『栄三と暫く行動する』だったぞ」
「そうか…」

青信号になり、車が動き出す。

「何か問題でも?」
「あぁ。………川原の傘下の組事務所に居たけど…」
「はぁ?!?!?」

突拍子もない声を挙げて、車の後方に振り返るのは、修司と隆栄だった。

「確かに、この近くには、その組があるが…何か遭ったのか?」

既に見えなくなっているが、修司はそれでも後ろを見つめていた。隆栄は懐から小型のコンピュータを取り出し、何処かに連絡を入れていた。

「…わちゃぁ……」
「どうした小島」
「その水波組……黒崎五代目の経営してる会社に銃弾を撃ち込んだ……」
「なんだとぉ〜!!!」

慶造の声が車の中に響き渡る。

「山中っ、引き返せっ!!」
「はっ」

慶造の言葉には素早く反応する勝司は、急ハンドルを切り、来た道を戻り始めた。

「でも阿山」
「なんだよっ」

機嫌損ねたか……。

そう思いながらも隆栄は話を続ける。

「真北さんが処理した後だぞ。水波は原形を留めてないそうだ」
「……戻ってから詳しく聞くか…。桂守さんにはお礼を…」
「既に送ってる」
「ありがとな」

…阿山が素直だな……。
今日は仕方ないか。

隆栄は、小型コンピュータを懐にしまい込んだ。

「山中、本部に戻る」
「はい」

今度は静かにハンドルを切り、本部に向かって走り出した。
再び沈黙が続く車内。
慶造は呆れたような表情で、窓の外を流れる景色を見つめていた。




真子は、たった一人で門を出て行った。

「お嬢様…???」

真子の姿に気が付いた門番は、真子を呼び止めようとしたが、真子の後ろ姿を見て、声を掛ける事が出来なかった。
寂しげで、誰も寄せ付けない雰囲気を感じる。

でも、お一人では…。

そう思い、一歩踏み出したが、春樹の言葉が脳裏をかすめてしまう。

真子ちゃんには、普通で居て欲しい。
決して、組員として接するな。

門番は、どう接して良いのか解らず、真子の姿を目で追うだけだった。



八造は、真子の部屋に向かって歩いていた。
ドアをノックする。

「お嬢様、遅くなりました。お約束の………お嬢様???」

ノックをすると必ず感じる真子の気配が、ドアの向こうには感じられない。不思議に思い、八造はドアを開けた。
誰も居ない…。

「お嬢様?」

八造は、腕を組み、考え込む。

真北さんは、外出してる。
四代目とは、先程まで一緒だった。
栄三と健は、情報収集で居ない…。
道場には居ないはずだし…。

気が付くと、八造は、屋敷内を探し始めていた。
どこを探しても、真子の姿は無い。

まさか…。

真子がくつろぐ庭に出た八造は、ふと、嫌な考えが頭を過ぎった。急いで門へ駆けていく。

「お嬢様を見掛けなかったか?」

門番に尋ねる八造。

「お嬢様なら、二十分前に、出掛けられましたよ」
「出掛けた? 誰と?」
「お一人です」
「一人……?」
「はい」

と門番が応えると同時に、鈍い音が響き渡った。
門番の頬に、八造の拳が突き刺さっていた。
その勢いは、想像を遙かに超えていたのか、門番は勢い余って、背中から地面に倒れてしまった。

「っつー!!! なにすんじゃいっ!!」
「一人にさせるなと、あれ程言われてるのに、なぜ止めなかったっ!!」
「って、八造くん!!!」

他の門番が、八造を止めに入るが、八造の力は相当強い。止めに入った門番もろとも跳ね飛ばしていた。真子を見ていた門番に胸ぐらに、八造の手が伸びる。

「声を掛けられなかったんだよ!」
「なにぃ?」
「…お嬢様の……後ろ姿が……あまりにも寂しげで…それで…」

門番の言葉に、八造の勢いが止まった。

「今日は、姐さんの命日。…お嬢様だって、御存知のはず。
 それを思うと、俺……声を掛けられなかった…」
「……それでも、引き留めろよ…。もしものことがあったら、
 それこそ…」
「!!! すみません!! 一緒に…」
「……それはいい。俺が探す。…行き先は解ってるから。
 このことは、誰にも言うなよ……もしもの事があったら、
 お前が大変だろうが」
「それでも、俺は…」
「責任は俺にあるから。だから、誰にも悟られないようにしろよ。
 解ったな」
「あ、あぁ…」

門番にそう告げ、八造は、真子が向かった先へと駆け足で去っていった。

「…………悟られないように……って……」
「もう…遅いよな…」
「…………そうだよな……」

二人の門番が、呟くように言った。恐る恐る振り返ると、そこには、怒りの形相で仁王立ちしている修司の姿があった。修司の後ろには、慶造の姿まで…。

「も、も、も……申し訳御座いませんでしたっ!!!!!!」

深々と頭を下げる門番に、修司の蹴りが飛んだ。

「おいおいおいぃ〜、猪熊」
「これくらいで抑えてるんですよ、四代目。あいつの言葉に免じて」
「もう誰も責めるな。真子が哀しむだろが」
「解ってます。…だけど…」
「八造くんに任せておけって」
「でも、八造は、二度とお嬢様を叱れませんよ」
「大丈夫だって。お前の息子だろうが」

そう言って踵を返す慶造。

「言ってる事とやってる事が矛盾してるぞ、慶造……」
「うるさいっ」
「はいはい」

慶造と修司は、屋敷へと入っていった。

「ほへぇ〜〜」
「ぷはぁ〜〜」

妙なため息を付く二人の門番だった。




八造が公園へと駆け込んだ。そして辺りを見渡す。
子供達に紛れて、真子がブランコに揺られていた。真子が見つめる先には、母と子が仲良く遊ぶ姿がある。

お嬢様…。

門番が言ったように、真子には近づきがたい何かがあった。暫く真子を見つめていた八造は、意を決して側に駆け寄った。

「お嬢様」
「八造さん…」
「お一人では駄目だと申したではありませんか」

八造が優しく声を掛けるが、真子はそっぽを向いていた。

「もう私は、お嬢様を叩きたくありませんよ」

八造の言葉で、真子は揺れるのを止め、ブランコから降りた。

「…ごめんなさい…」

首をすくめる真子。

「あっ、いえ、その…お嬢様を叱ってるのではなくて、その…」
「叱って下さい。…悪い事をしたら、怒られるのは当たり前ですから」

そう言って、真子は目を瞑る。そんな真子の頭に八造の拳が優しく当たった。

「もう、お一人での外出は止めて下さい。私は、どれだけ
 忙しくても、お嬢様のお言葉には逆らえませんから。
 出掛ける約束をしていたでしょう? 私は、約束を守ります。
 だから、これからは、絶対に一言声を掛けて下さい」
「はい。すみませんでした」

真子は深々と頭を下げた。

「お嬢様、ブランコに乗りますか?」

その場の雰囲気を切り替えるかのような明るい声で八造が言う。

「はい!」

八造に応えるかのように、明るく返事をした真子は、再びブランコに乗り揺れ始めた。八造が真子の後ろに回り、優しく揺らしている。

「まだ…まきたんが入院してる時だったよね」
「はい?」
「こうして、一人で庭の扉からこっそりと外出して、ブランコに
 揺れていた時…。八造さんが慌てて駆けつけたのは…」
「あの時は、本当に慌てました。まさか、あの扉からこっそりと
 抜け出して、公園にお一人で来ていたとは知らなかったので…。
 すみませんでした。…頬を叩いてしまって…」
「あの時、驚いたの…。八造さんに叱られた事に…。叩かれるとは
 思わなかったから」
「お嬢様…」
「でも…嬉しかった」
「えっ?」
「八造さんも、ちゃんと叱れるんだと思ったら…急に…嬉しくなって…。
 だって、八造さんは、私の言葉には絶対に反対しないから…」
「反対出来ませんよ。それに、反対する理由がありませんから。
 お嬢様は、間違った事はおっしゃいません。いつも正しい事を
 おっしゃっております。私はそれに従っているだけです」
「それで、八造さんの意見は?」
「もちろん、先日のような行動には、申します。お嬢様が間違った事を
 なさった時も、きちんと申します。でも、今は未だ、私の意見を申す事は
 ございませんよ」
「でも、いつかは、言うんでしょう?」
「そうですね。それは、いつか解りませんが…」

そう話している時だった。

「もしかして……猪熊くん?」

女子高生が、真子と八造の側にやって来て、声を掛けてきた。
八造は、その女子高生に見覚えがあるのか、じっと見つめ、そして、

「…石平愛美(いしひらあみ)さん…」
「やっぱりそうだ!! 猪熊くん!! 元気にしてたんだ! 急に学校を
 辞めたから、驚いたよぉ〜。…で、そのお嬢さんは……妹さん?」

真子と親しく話していた八造を見て、愛美が尋ねる。

「あっ、いや、この方は…」
「いとこです!」

真子の事をどう応えていいのか慌てふためく八造の代わりに、真子が応えていた。


八造と愛美は、ベンチに腰を掛け、話し込んでいた。話しをしながらも、八造の目は、ブランコに揺れる真子の姿を見守っている。

「いとこって、なんか怪しいなぁ。…知ってるよ、猪熊くんの家系の事は。
 あの女の子…阿山組の娘さんでしょう?」

その言葉に、八造の眼差しが変わる。愛美を威嚇する感じで睨んでいた。

「図星でしょ?」
「それを知って、どうするつもりだ?」

冷たく尋ねる八造に、愛美は恐れずに話を続ける。

「別に。ただ、あの子を見つめる猪熊くんの眼差しがね…」
「俺の眼差し?」
「大切な人を守るだけじゃなくて、妹を見ている感じもするんだけど…」
「なに?!」
「実際、そうでしょう?」
「…石平さんに、何が解るってんだよ…俺の家系の事を知っていても、
 その世界の事は解らないだろう?」
「知らないけど、なんとなく解るわよぉ。…でもね、猪熊くんからは、
 優しさが感じられるんだもん。だから、あの子は、遠慮したように
 私と猪熊くんを二人っきりにさせたんでしょう?」
「はぁ?!」
「まるで大切な何かを守りたいっ! そう感じられたけど…あの子から」
「お嬢様から?」
「私に話しかけた時の眼差し、見てた?」
「いいや」
「なんて言うのかな…。猪熊くんの彼女と勘違いしたのかも…。
 二人の世界を邪魔しちゃ悪いから、私は離れておきます。だから、
 どうぞ、お二人で楽しいひとときをぉ〜っていう雰囲気だったんだよ」
「……お嬢様……一体、いつ…」

なんとなく解る。真子に、誰がそのような事を教えるのかが……。
栄三の野郎……。

膝の上に置く拳が、プルプルと震え出す。

「学校辞めた後、家で勉強してたの?」
「あぁ」
「その後は、あの子のガード?」
「…お嬢様の事、知ってるんだろう?」
「その世界で、母を亡くしたという事は、近所に住む者なら
 みんな知ってるはずよ。その事件で、あの子の心が深く傷ついた事も。
 誰だって、目の前で母親を殺されたら……笑顔も無くなるわよ。
 だけど、笑顔を見せてるね……」
「色々と大変だった。確かに、笑顔を失っていた。…お嬢様…いくつに
 見える?」
「十歳? それ以上かなぁ。しっかりしてるもん」
「もうすぐ七歳」
「えっ?!」
「あの事件の後、六歳の誕生日を迎えた途端、急に大人びた雰囲気を
 醸し出し始めたそうだ。確かに、初めて逢った時、六歳とは思えない
 しっかりした口調で自己紹介された…。どうして、そのように大人びていたのか。
 それは、笑えないから。母を目の前で亡くしたのは、自分のせいだと
 そう思っておられた。…そして、泣く事を忘れていたんだよ」
「それ程、怖かったんだね」
「想像も出来ないくらいにな。…でも、やっと微笑んでくれるようになった」
「その笑顔を取り戻したのは、猪熊くんでしょう?」
「それは、解らないな…。…そんなことより、俺にそんな事を尋ねて
 何を探ってるんだ?」
「もぉ〜。本当に、誰に対しても警戒心が強いんだからぁ。
 その辺りは変わってないのね、猪熊君は。…久しぶりに
 気になる男の子の姿を見掛けたから、声を掛けただけなの!
 もぉ〜!!」
「あっ、ごめんなさい…。その……」

女性に弱いのは、父親譲りなのか、強く出られると、つい、弱気になる八造。
足音に気付き、顔を上げた。

「お嬢様!!」

目の前に真子の姿があった。真子は興味津々な眼差しを八造に向けていた。

「もう少し…遊ぼうかなぁ」
「駄目ですよ、お嬢様。そろそろ帰らないと、慶造さんに怒られます」
「いいの?」

そう言って首を傾げる真子は、二人の世界に気を遣っている様子。

「私、塾の時間だから、帰るね! 猪熊くん、久しぶりに
 楽しく話せて、嬉しかった! また、今度、ゆっくり話してね!」
「あっ、いや、…次は…」
「お姉さん、これからも、お兄ちゃんのこと、お願いします」
「真子ちゃん、お願いされても、私は何も出来ないよ?」
「お友達……」

お嬢様、それは…。

「もちろん、猪熊くんとは、お友達だから、色々と話すけど…」
「お時間があれば、その……」
「……!!! って、お嬢様っ!! ごめん、その石平さん、また!」

何故か慌てたように、そう言って、八造は、真子を抱きかかえて公園を去っていった。

「って、猪熊くぅん?!??」

愛美が八造を呼んだ時には、八造の姿は、すでに無く……。

もぉ〜っ。

ちょっぴりふくれっ面になりながら、愛美は公園を後にした。



公園を出て角を曲がった所で、八造は真子を地面に降ろした。そして、手を繋いで仲良く歩き出す。

「お嬢様、何をおっしゃるのかと思えば…!」
「男の人と女の人は、デートするんでしょう?」
「……お嬢様、もしかして、それも…」
「栄三さんから!」

栄三の奴……ぶん殴るっ!

「でも、八造さん…」
「はい」
「…お姉さん、八造さんの事、好きなんでしょう?」
「ほはぁっ?!」

真子の言葉に突拍子もない声を張り上げる八造は、歩みを停めた。

「八造さんに声を掛けた時の眼差しが、その…違っていたから」
「違う?」
「凄く嬉しそうだったの…だから……あのね…その…」

八造と愛美がベンチに腰を掛けて話していた時、真子には聞こえていたのだった。
愛美の心の声が…。
その声に応えるようにと、真子が八造に、告げた言葉は……。




その週の日曜日。
慶造が朝ご飯を食べ始めた頃、真子が食堂にやって来た。

「おはようございます」

真子の姿を見た組員達は元気よく挨拶をする。

「おはようございます。お父様、おはようございます」
「おはよう。…真子、少し寝坊したのか?」
「ごめんなさい。その…」
「……八造はどうした?」

常に真子の側から離れない八造の姿が見えない事に気付き、慶造が尋ねる。

「あっ、その…」
「……真子の事を放って、八造は何処に行った…?」

真子の食事を運んできた組員に眼差しを向ける慶造。

「朝早くに出掛けました」
「トレーニングか?」
「少し洒落た服装でしたが…」
「……どういう事だ?」
「お父様…その……私が八造さんにお休みするように言ったの…」
「休み?」
「いつも私の側に居るから、八造さんの時間が無いと思って、
 私、折角の日曜日だから、八造さんの好きなように過ごしてと
 今日は…」
「真子、それは私が決める事だぞ?」
「でも、八造さんは…」
「八造を探せっ」
「はっ」

八造の行動に怒りを覚えた慶造は、組員に八造を探すよう命令した。慶造の言葉に素早く反応し、食堂を出ようとした組員を、真子が引き留めた。

「駄目!! 八造さんの時間を…邪魔したら…駄目!!」
「お、お嬢様っ!! その…」

真子の行動に驚き、組員は慶造を見つめた。

「真子、放しなさい」
「嫌っ! だって、…だって……八造さん…いつも私の為に
 過ごしてる。八造さんだって、自分の時間を作りたいはずだもん。
 だけど、家の事に縛られて、思うように過ごせないでしょう?
 私は、八造さんが側に居てくれる事、嬉しい。でもね、
 八造さん自身の事で楽しく過ごしてくれる方が、私、もっと
 嬉しいの。だから、今日くらいは…そう思って……」
「真子…それでも、俺に一言あってもいいだろう?」
「…お父様に言ったら、反対されるから…だから私……」

真子に引き留められている組員の顔色が変わる。

「失礼します」

そう言って、組員は真子の額に手を当てた。

「どうした?」
「熱が……」

組員の言葉に、慶造は立ち上がり、真子の額に手を当てた。
凄く熱い。そして、真子の息づかいが荒い事にも気が付いた。

「美穂ちゃんを呼べ!!」
「はっ」

組員は食堂を出て行った。
慶造は真子を抱きかかえる。

「真子、体調が悪い時は…」
「八造さんの事……許してあげて……パパ…ごめんなさい…」

そう言った途端、真子は気を失うかのように眠りに就いた。

「真子? …真子っ!! しっかりしろっ!!」

慶造の声が、本部に響き渡っていた。



(2005.4.10 第六部 第十二話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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