任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十五話 それぞれの贈り物

あっという間に梅雨が明け、太陽が張り切る夏がやって来た。

阿山組本部・真子の部屋近くの廊下に、八造と真子の姿があった。

「お嬢様、私が呼ぶまで、私の部屋から出ては駄目ですよ」
「どうして?」
「それは、後のお楽しみです」

八造が優しく語りかけていた。

「かしこまりましたっ!」

真子は元気よく応えて、八造の部屋に入っていった。
ドアが閉まると同時に、八造は廊下の先で待機していた組員に合図を送った。コクッと頷いた組員は、何やらごそごそとし始めた。

八造の部屋に入った真子は、窓際にあるソファに腰を掛け、床に届かない足をプラプラと揺らし始めた。ドアの向こうが少し慌ただしい事に気付いていたが、真子はジッと座っていた。
気を張りつめている…。
暫くすると、静けさが漂い始めた。真子は顔を上げる。ドアが開き、八造が入ってきた。

「お嬢様、お待たせ致しました。お部屋に戻りましょう」
「はい」

真子は、ニッコリ微笑んで、八造と一緒に自分の部屋へ歩いていった。
ドアの前で立ち止まった真子は、ドアノブにそっと手を伸ばす。ゆっくりと回し、ドアを開けた。

「わぁ……ケーキ?」

部屋の中央にあるテーブルの上には、豪華な料理が並び、テーブルの中央にチョコレートケーキが陣取っていた。ケーキには、色とりどりのろうそくが七本立っている。

「お嬢様、いつもの場所にどうぞ」

八造に促されて、真子はいつも自分が座っている場所に腰を掛ける。目の前に並ぶ料理を一つ一つ見つめていた。
ケーキには、『真子ちゃん、お誕生日おめでとう!』と文字が書かれている。
八造が、ろうそくに火を付ける。七つの炎が揺らめき、炎の熱が幻想的な世界を生み出し始める。

「お嬢様、お誕生日おめでとうございます!」

八造が言った。

「そっか…今日は私の誕生日だ!」

どうやら、真子は自分の誕生日を忘れていた様子。

「消していい?」
「どうぞ」
「は…ふぅぅぅううう!!」

真子は力一杯、息を吸い、一気に炎を消した。それと同時に八造が拍手をする。

「ありがとうございます、八造さん」

豪華な料理よりも輝く笑顔で、真子が言った。

「慶造さんと真北さんから、預かっている物がございます」

八造は、テーブルの下に隠していた箱を二つ手に取り、真子に手渡した。

「赤い箱が慶造さんで、緑の箱が真北さんからです」
「開けていいの?」
「えぇ」

真子は赤い箱を開ける。箱の中には、真子の手の平と同じくらいの大きさで、首を傾げるかわいい猫のぬいぐるみが入っていた。手に取ると、少し重たい。真子は不思議に思いながら、猫のぬいぐるみをじっくりと観察する。逆さまにすると、そこにはスイッチが付いていた。

「八造さん、これ……」
「それはですね、これを引っ張ってからスイッチを入れるんですよ」
「こうかな…」

八造に言われた通りに、小さな紙を引っ張りスイッチを押した。
猫が首を振り始める。
真子は驚いたように、テーブルに置いた。
猫は首を一定のリズムで振っている。暫くすると、しっぽも揺れ始めた。

「すごぉい!! これ、お父様は何処で見つけたのかな…」
「それは、お聞きしてませんね…」
「後で尋ねます! …これは、まきたん」

緑の箱を開ける。そこには、猫の飾りが付いた写真立てが入っていた。写真立てには丸い筒状の物も付いている。真子は、そっと取り出し、テーブルに置いた。箱の底に手紙が入っていた。真子はそれを広げる。

『お誕生日おめでとう!
 これには、真子ちゃんの好きな写真を入れて飾って下さい。
 それと、鉛筆が机に置きっぱなしだから、ペン立てが
 付いた物を買いました。これで、探すことが無くなるでしょう!
 勉強も頑張って下さい。         まきたん』

ちょっぴり固い言葉が並んでいた。

「ねぇ、八造さん」
「はい」
「どの写真がいいかな…」
「お嬢様のお気に入りの写真は、どれですか?」
「たくさんあるから、選べない…」
「それなら、今度撮った写真を入れるという事で、どうでしょう?」
「そうだね! そうしよう!!」
「それと、お嬢様」
「はい」

慶造と春樹からのプレゼントを眺める真子は、八造に呼ばれて顔を上げた。

「これは、私からです」
「えっ?」

慶造と春樹のプレゼントより大きめの箱を差し出す八造。真子は驚きながらも受け取った。

「開けて…いい?」
「どうぞ」

真子は、包装紙をそっと剥がし、箱のフタを開けた。

「これ……」
「以前仰ったトレーナーです。やっと見つけたんですよ」
「ありがとう!!! 八造さん!!!」

そこには、淡いピンクのトレーナーが納められていた。胸元には、猫のワンポイントマークが入っている。

「明日のトレーニング、これ着ていい??」
「はい」
「わぁ〜嬉しいぃ〜!!」

箱から取り出し、袖を通す真子。胸元のワンポイントを見つめていた。

「ケーキと料理は、笹崎さんからです」
「うん! 真子の好きな物ばかりだもん! 直ぐに解った!」
「では、頂きましょうか」
「はい」

真子は、トレーナーを脱ぎ、丁寧にたたみ、箱に収めた。そして、箸を手にし、

「いただきます!」

元気よく言って、箸を運んでいた。八造も一緒に箸を運ぶ。
真子の笑顔が輝き始めた。




真子の部屋から見える裏庭。そこには、水の張っていない池がある。池の縁に並ぶ大きな石に二人の男が腰を掛け、真子の部屋を見つめながら、煙草を吹かしていた。

「いいのか、参加しなくても」
「いいんだって。八造くんの事を、やっと許して、以前のように
 接してるんだから。こういう日くらい……二人で楽しんだ方が
 心も和むだろう?」
「口から出る言葉と表情が一致せんぞ…真北」
「そう言う慶造こそ、良かったのか? 二年ぶりの誕生日会だろ」
「いいんだよ。八造くんと一緒に居た方が、真子も落ち着いてるからさ」

そう言って、煙草をもみ消す慶造は、空を仰いだ。
春樹も煙草をもみ消し、新たな煙草に火を付けた。

「吸い過ぎだ」

慶造が言った。

「ここは、居心地が悪いからな……。今日も…訓練か?」
「仕方ないだろが。今の情勢、必要だからな」

春樹に目をやる慶造は、フッと笑った。

「何が可笑しい?」

春樹が尋ねる。

「ほんと、地獄耳だな…と思ってな。…防音壁に、音が漏れないように
 ここを覆ってある芝生は特殊な物なのにな」
「ったく…無駄に広い庭だと思ったら…。もし事故が遭って
 陥没でもしたら、真子ちゃんの部屋も影響するだろうが」
「元は、ここと真子の庭は繋がっていたからさ。それに、場所が
 そこしか無かった。あれでもかなり安全なんだからな。
 文句言うと、松本が怒りをぶつけてくるぞ」
「それは、嫌だな。……水の無い池…怪しすぎるぞ…」
「ここは、組の者しか入らないから大丈夫だ」
「そっちじゃなくて、解りやすいってことだよ」
「ん?」
「その岩…無駄に大きいけど、下と繋がってるんだろ?」
「…透視も出来るんだな……」

何かに感心したように、慶造が言った。

「解りやすい造りなだけだ」

真子の笑い声が聞こえてきた。
その声を聞いた二人は、フッと笑みを浮かべた。

「心…和ませてるんだな。…流石、八造くんだ…」

呟くように言った慶造は、煙草に火を付けた。
吸い終わった春樹は、煙草をもみ消しながら、

「慶造こそ、吸い過ぎだ」

そう言って、新たな煙草に火を付けた。




ささやかな誕生日パーティーも終わり、真子には勉強の時間がやって来る。
春樹からもらったペン立てに、鉛筆を入れ、復習をしている。その傍らでは、八造が、真子の勉強を見ていた。先程までとは全く違い、二人とも真剣な表情だった。


その頃、裏庭で話し込んでいた二人は、組関係で出掛けていた。
人々が賑わう商店街近くに車を停め、人混みに紛れて、商店街を歩いていく慶造と春樹、そして、勝司の三人。もちろん、隆栄と修司の姿は、少し離れた人目の付かない場所にある。商店街の中程まで来た春樹達は、一人の男に呼び止められた。

「親分、お久しぶりです」

声を掛けてきたのは、例のレストランの店長だった。

「おぉ、相変わらず繁盛してるらしいな」
「ありがとうございます。その…今日は、お嬢様の誕生日ですが、
 御予約お待ちしておりましたのに…」
「すまないな。半年前の事が二度も起こると、店にも迷惑が
 掛かると思って、暫くは遠慮させてもらってるんだが…。
 それに、今、ちょっと厄介な事になってるんでね」
「あの事は気になさらずに。私共も警備の方を強化させましたし、
 それに、店の方も安全対策を取りましたので、いつでも
 ご来店下さい。真子お嬢様への料理も用意致しますよ」
「それ程まで仰るなら、秋頃にでも、予定に入れておこうか、真北」
「そうだな。でも、真子ちゃんに聞いてからじゃないと…」
「……あのなぁ〜」
「あの時の事、怖がってるかもしれないだろが」

春樹は、小声で言った。

「それは大丈夫だろ。お前の術で」

さらりと言う慶造に、春樹は、ちょっぴりふくれっ面。

「おっと、長話をしてしまいました。親分、私はこれで」
「あぁ。また連絡するよ。その時は宜しくな」
「いつもありがとうございます。お待ちしております!」

営業スマイルを振りまいて、店長は去っていく。

「流石、客商売だな。噂は耳に入ってるんだけどなぁ〜」

呆れたように頭を掻きながら、慶造が言った。
レストランの駐車場で襲撃を受け、春樹が車に襲われ大怪我をした事件。
あの後、レストランの店長は、事ある毎に、慶造達の事を悪く言っていた。もちろん、そう言う話は、直ぐに慶造の耳に届く。確かに、悪く言われても仕方が無い事件だった為、慶造はレストランに足を運ぶ事を止めていた。
真子がレストランに行きたがらないのは、事件が尾を引いているのではなく、春樹の術で記憶を操られているからだった。

「ま、あの男が言うなら、秋にでも、予約してやろうか」

ちょっぴり嫌味っぽく言う慶造に、春樹は呆れたように笑っていた。
そして再び歩き出す。商店街を通り抜けると、そこはビルが建ち並ぶオフィス街。その一角には、阿山組系列の組事務所がある。
ここ数日、問題行動が多い為、慶造が、わざわざ足を運んでやって来たのだった。
組事務所の扉の前に立つ春樹と慶造。
二人から醸し出されるオーラは………。





商店街を歩く春樹と慶造は、並ぶ店の様子をさりげなく伺っていた。
春樹が足を止める。

「真北、どうした?」

同じように足を止めた慶造は、春樹が見つめる先に目をやった。

「今日は、もういいだろが」

呆れたように慶造が言うと、

「お土産」

そう応えると同時に、目の前の店に入っていく春樹。
そこは、猫のグッズ店。

「おいおいおいおいぃ〜」

と言いながら、慶造も店に入っていった。勝司も慌てて付いていく。


「寄り道か…」
「しゃぁないやろ。真北さんやし」
「それでもなぁ」
「一暴れした後だから、気が抜けてるんやろな」

春樹と慶造を影から守るように動いている修司と隆栄が、猫グッズ店の様子が解る場所で待機していた。

「猪熊、暫くは忙しくなるぞ」
「慶造よりも真北さんだな」
「龍光一門の動きが見えにくいだけに、先が解らん」
「小島にしては珍しい言葉だな」
「俺にも限度がある」
「………無いと思ってたぞ……」
「おいおい…」

春樹達が店から出てきた。それぞれの手には、可愛い猫がプリントされている紙袋がぶら下がっていた。

「…似合わねぇ〜」

隆栄が呟いた。



「なぁ、慶造」
「ん?」
「軽く何か食べて行くか?」
「そうだな。山中」
「はい」
「お奨めの場所、あるか?」
「そうですね、この商店街を出た道沿いに喫茶店がございます」
「そこで良いか? 真北」
「山中が言うなら、俺は文句ない」
「誰なら文句言うんだ?」
「慶造」
「…今日は喧嘩は買わないぞ」
「あんだけ暴れりゃなぁ〜」
「真北にだけは言われたくないな」
「言われたくない男に言われたら、しゃぁないな」
「うるさい」

そんな会話をしながら、三人は商店街を出て、道沿いにある喫茶店へ向かって歩いていった。



喫茶・森。
勝司がドアを開け、慶造と春樹を迎え入れた。

「いらっしゃいませ。おや、山中さん。今日は……」

そう言った喫茶店のマスターである森という男は、慶造の姿を見て、口を噤んだ。どうやら、慶造の事を知っている様子。

「マスター、気になさらずに。すでに落ち着いてますから」

マスターの表情から、慶造は何かを悟っていた。

「あのレストランの店長が言いふらして居たんでしょう?」
「あっ、は……まぁ、…あの事件は、ここら辺りでは有名ですから」
「銃撃戦だったもんな」

あっけらかんとして話す慶造に、春樹は苦笑い。

「それに、周りは固めてますから、こちらには迷惑を掛けませんよ」
「…申し訳御座いませんでした。その…そちらの世界の事は、
 本当に解らないので、もしものことを考えてしまいました…」
「そう考えるのが当たり前ですね」

そう言った慶造の表情は、とても柔らかかった。
やくざの親分には見えない雰囲気。
一般市民を相手にする時は、必ずそのような表情をする慶造だった。

マスターに勧められ、店の奥にある席に座る慶造と春樹、そして、勝司の三人は、先程まで暴れていたとは思えない程の雰囲気で、メニューに見入っていた。

「マスター、何かお奨めある?」

慶造が尋ねる。

「スペシャルメニューがありますよ」
「それでいいか? 真北」
「量を考えろよ。もうすぐ夕飯だぞ。真子ちゃんが待ってるだろが」
「今日は外で食べると言ってある」
「あのなぁ〜」

呆れたように項垂れる春樹は

「スペシャルでいい」

短く応えて、背もたれにもたれかかった。

「それ三つ。お願いします」
「かしこまりました。少しお待ち下さい」

応える声が弾んでいた。




慶造達が、喫茶・森で軽い食事をしている頃、真子と八造は、真子の部屋で夕食時を迎えていた。この日は真子の誕生日。夕食も豪華だった。

「お嬢様、お返事考えましたか?」

デザートを食している時、八造が尋ねる。

「思い浮かばないんです。…八造さん、お願いします!」
「私が考えたと後で解ると、喜びが半減しますよ?」
「そうだよね…どうしよう…どんな言葉がいいのかな…」

真子は、考え込んでいる。
その時の表情は、なんとなく、春樹に似ていた。

「お礼の言葉は、長くても嬉しいですし、短くても嬉しいものですよ。
 気持ちがこもっていることが解れば、相手は喜びます」

優しく言う八造。その言葉で、真子の悩みがはじけ飛ぶ。

「ありがとう、八造さん。やっと考えついた!」
「それでは、私は食器を持って行った後は、部屋に居ます」
「どうして?」
「私が居ると、照れませんか?」
「大丈夫だよ?」
「それでもお嬢様の時間ですから、お邪魔しては失礼ですから」
「いつもありがとう。私の時間は、八造さんの時間でもあるから、
 ゆっくりしてください」
「いつもありがとうございます。それでは、何かございましたら
 すぐにお呼び下さいませ」
「はい」

八造は、空になった食器をお盆に乗せ、真子の部屋を出て行った。
真子は、机に向かい、引き出しから、猫柄の便箋と封筒を取り出した。
そして、春樹にもらったペン立てから、鉛筆を手に取り、何かを書き始めた。
それは直ぐに書き終わり、便箋を丁寧に折りたたんだ後、封筒に入れた。

これでよしっ!

嬉しそうに微笑んだ真子は、同じように、新たな便箋に何かを書き始めた。



真子は、ドアを静かに開け、廊下に出てきた。手には二つの便箋を持っている。八造の部屋の前を通り過ぎ、少し離れた慶造の部屋の前に立った。ドアをノックする。
返事が無かった。

「まだ…お仕事なのかな…」

そう思った真子は、玄関の方を見つめていた。
暫く見つめるが、慶造が帰ってくる様子は無かった。少し寂しげな表情になる真子は、手に持っている便箋の一つをドアに挟む。
じっと見つめ、何かに納得した真子は、自分の部屋に向かっていった。

八造の部屋の前を通り、その隣の春樹の部屋の前に立つ真子。
同じようにドアに便箋を挟み、自分の部屋に戻っていった。


真子の行動を自分の部屋で伺っていた八造は、真子に呼ばれなかった事を少し寂しく思っていた。
慶造と春樹へのお礼の手紙は直接渡したいと言っていた真子。しかし、二人は未だに戻ってこない。
どうしたらいいのかな…。
相談を受けると思っていた八造は、真子が一人で考え、行動をした事が、寂しかったのだった。しかし、その行動は、真子が自分で考え、そして行動出来るようになった事になる。
いつの間にか、真子の成長を喜んでいる八造は、自分自身の変化にも驚いていた。
他人のことなど、考えもしなかった八造。
八造自身も成長していた。



慶造と春樹が帰ってきたのは、夜の十時を過ぎた頃。
その時間は、真子の就寝時間を過ぎている。
八造は、慶造の帰宅を知ったと同時に足を運び、部屋に向かう前に、真子のこの日の行動を事細かく伝える。
もちろん、その時は、春樹も側に居た。

「お疲れさん」

春樹が言った。

「それでは、私はこれで失礼致します。お休みなさいませ」
「あぁ。お休み」

八造は、真子の行動を一つだけ伝えていなかった。
それは、二人の為であり、真子の為でもあった。
八造の姿が見えなくなると同時に修司がやって来る。

「四代目、明日の予定ですが…」
「…あのな、猪熊。そういう事は山中に任せてるだろが。
 お前の出る幕じゃないっ」
「申し訳御座いません…」
「………そんなに心配なら、親子で話せよ」

修司の考えは解っている。
末っ子の八造の事が心配なのだ。

「他人だと言った手前、話せるかっ」
「屋敷内なら、大丈夫だろが。外だけにしとけ。…ったく、俺が
 疲れるだろがぁ。猪熊親子といい、小島親子といい……。
 親子で心おきなく話せないのかよ…」
「慶造……その言葉、そっくりそのまま、お前に返すぞ…」
「…………」

返す言葉が無いというのは、こういう事を言うのだろう。
真子との食事、少しは会話をするものの、父と娘という雰囲気とは思えない。
それは、側で観ている誰もが感じていた。

「真北、明日の予定は?」

雰囲気を変えるかのように、慶造が言った。

「話を誤魔化すなっ」
「うるさいっ」

小さく怒鳴る慶造だった。




春樹と慶造は、自分の部屋に向かって、何話すことなく歩き出す。
この日の行動で、目一杯疲れているのだった。
喫茶・森を出た後も、敵の襲撃に遭い、軽く応戦。食後の運動だと言った春樹に、慶造は腹を立て、二人で睨み合いに。それを止めに入ったのは隆栄だったのだが……。
慶造の部屋の前にやって来た二人は、

「じゃぁなぁ」

軽く挨拶を交わす。

「真北」

歩き出した春樹を呼び止める慶造に振り返る。
慶造の目は語っている。

真子を起こすなよっ。

「ふっ…解ってるって」

そう言って、後ろ手を振りながら、春樹は去っていった。

絶対に、行くよな…あれは。

呆れたような嬉しいような笑みを浮かべた慶造は、ドアノブに手を伸ばす。

ん?

ドアの所に何かが挟まっていた。ちらりと見える柄に、それが誰からなのかが、すぐに解った。

「真子から手紙…?」

手に取り、その場で封を開ける。

『パパ、ありがとう  真子』

短い文章だが、優しく溢れる文字が、並んでいる。その文字は、何となく、誰かの文字に似ているが…。

「真子……」

慶造は感極まり、手紙を懐に抱きかかえる。
真子の気持ちが伝わってくる。それと同時に、真子に対する哀しい気持ちが沸き上がってくる。
それは……。



春樹は、その日の疲れを癒すため、真子の部屋へとやって来た。
真子は静かに眠っている。その寝顔を観るだけで、春樹の疲れは吹き飛んでいく。
ふと机に目をやった。そこには、猫のぬいぐるみとペン立てが大切そうに置かれていた。
春樹は微笑む。
真子が、次の日に身につける服は、ソファの上に置いてある。そこには見掛けない服が置かれていた。

「……トレーナー??」

不思議に思いながら、春樹は手に取り、ジッと見つめる。それは、八造が真子に贈ったトレーナーだった。胸のワンポイントマークをそっと撫で、真子に振り返る春樹。

「あまり、張り切らないようにしてくださいね、真子ちゃん」

そう言って、トレーナーを元に戻し、静かに部屋を出て行った。


自分の部屋の前にやって来た春樹は、ドアに挟まれている封筒に気付いた。ちらりと見える猫模様。それが誰からの手紙か春樹には直ぐに解る。
手に取り、封を開けた。

『まきたん、ありがとう。 おべんきょうがんばる!  真子』

「ったく、真子ちゃんはぁ〜」

嬉しそうに笑みを浮かべて部屋に入っていく。そして、封筒に戻した手紙を、写真立ての側に立てた。
その写真こそ、春樹と真子、そして、ちさとが写っているものだった。

「真子ちゃんの笑顔……消えなければいいんだが……」

春樹はため息を付いた。


この日、春樹と慶造の耳に入った情報。
夕食後に繰り広げられた『運動』の最中に、止めに入った隆栄が伝えた事。
それは……。




関西・大阪。
大阪・キタの辺りを仕切る須藤組と難波の辺りを仕切る青虎組。そして、ミナミを守る水木組と谷川組の組長達が、とあるホテルの一室に集まっていた。
そこへ、藤組の組長と川原組の組長が顔を出す。

「揃ったか…」

そう言ったのは、須藤組組長・須藤康平。醸し出されるオーラは、極道そのものを現している。それに感化されるように、他の組長達のオーラも変わっていく。

「………ほんで、須藤。ほんまにするんか?」

軽い口調で言ったのは、須藤と犬猿の仲と言われる水木組組長・水木龍成。

「あぁ。だから、お前に情報収集を頼んどったやろが。集まったんか?」

煙草に火を付けながら、須藤が言う。

「俺は、反対や」

水木が応えた。

「なんやと? 話に賛成やから、ここに来たんちゃうんか?」
「もっと深く考えろって。仮にも相手は、あの阿山組や。四代目の
 言葉一つで、厚木が動いて、その処理を真北が行ってるんやろ?
 それに、今のところ、火の粉は飛んできてへんし。なのに、
 こっちから仕掛けるんか?」
「やられる前に…っちゅーことや」

煙を吐き出しながら、須藤が言うと、水木は呆れたようにテーブルを叩いた。

「やってらんねぇ〜」
「…水木ぃ〜てめぇなぁ。恐れとんちゃうんか?」

須藤の言葉に、カチンとくる水木。

「あの真北の言葉、忘れたんか?」
「命を粗末にしない。その為に、これからの行動を考えろ…だろ?」
「あぁ。現に、怪我はしていても、命は失っていない」
「それは、そうだが……厚木の行動を考えたら、今後、失いそうだろが」
「…考えられる。だけどな、油に火を付ける事はないやろが。向こうが
 仕掛けてくるまで待てや」
「待ってられんな……」

そう言ったのは、青虎組組長だった。

「青虎ぁ〜お前な…」
「…水木は恐れてるだけやろ。…ミナミの街が真っ赤に染まることを」

昔話を語るかのように、青虎が言う。

「あの時は、今は亡き・天地組の原田の仕業だろが。阿山は関係ない」
「その天地組を壊滅させた阿山の行動だろが。…再び…ってことも
 考えられるだろが」
「それでも俺は反対だな」
「そうか…なら、しゃぁないな」

青虎は、呆れたように言った。

「川原と藤は、賛成か?」
「まぁなぁ」

二人は同時に応える。

「谷川もだな?」
「そうなりますね」

それぞれの組長の意見を耳にした青虎は、立ち上がる。

「阿山組壊滅を実行する」

関西極道の組長達の決意は、慶造と春樹の耳に、直ぐに届く………。

再び、全国が真っ赤に染まる日が、やって来るのか………?



(2005.5.1 第六部 第十五話 UP)







任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜「第六部 交錯編」  TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.