任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十七話 料理の心得

秋の夜長を鳴き通す虫たち。その声に耳を傾けながら、今宵も縁側に腰を掛けて、その日の出来事を煙に巻かす男が二人……。

春樹は、夜空を見上げた。

「なぁ、慶造ぅ〜」
「ん?」

銜え煙草で返事をする慶造。

「例の話…」
「真子のことか?」
「いいや、こっちの世界」

春樹の言う『こっちの世界』とは、極道界の事。その言葉で、春樹が尋ねようとしている事が解る慶造は、大きく息を吐き、夜空を見上げ、

「断ったよ」

と、静かに応えた。

「そうか……」

春樹は、そう言ったっきり、何も言わなくなる。
慶造は煙草をもみ消しながら言った。

「真北が気にせんでも、俺は興味ないことだからさ」
「そうだと思ったよ。話が出た時の表情で解った」
「それなら、お前が気にすることないだろうが」

新たな煙草に火を付け、ゆっくりと煙を吐き出す慶造は、春樹が言いたいことが解っている。

「青柳翔平。口では何とでも言えるよな。…俺の思いに賛成だとか…。
 しかし、奴の目が気に入らないよ」
「目? …気に入らないとは…」

春樹は、慶造を見つめて尋ねた。

「どう説明したらいいんだろうな…。…命を守るという話をしながらも
 血に飢えた目をしていた。…まるで、命を守るということが、茶番だと
 言いたげな……」
「その筋の者なのか?」
「いいや。しかし、バックに居るだろうな。それも俺の知らないような組織。
 もしかしたら、真北…お前の方かもしれないな」
「俺……とは警察関係か?」
「あぁ。俺…これでもこの世界では恐れられているはずなんだがな。
 奴は、俺を観ても、顔色一つ変えなかった。まるで、俺よりも
 大きな奴に守られているから、安全なんだよ…という雰囲気でな…」

春樹は、煙草をもみ消した。

「調べてみようか?」
「それはいい。それに、青柳の最近の行動も耳に入っている。
 もしかしたら、手を掛けてるかもしれない…と」
「…事件をもみ消したか、あるいは……」
「誰かにぬれぎぬを着せたか………」

二人は同時に大きく息を吐いた。

「まぁ、兎に角。断ったから、真北が心配することは無いからな」

お前の行動が心配だぞ…。

春樹は言いたい言葉をグゥゥゥッと堪える。

「……それと……真子ちゃんの事だよ…」
「そうだな……。あれから、笑顔が……な……」
「すまん…俺の失態だよ」
「それは違うよ」
「いいや……俺だ…。……俺……慶造や真子ちゃんにとって、
 疫病神のようなもんだろうな……。あんなことさえ……」
「真北」

慶造は春樹の言葉を遮るかのように、声を荒げて、春樹を呼んだ。

「なんだよ」
「……もう、それ以上……言うなって」
「しかし…」
「何度も言ってるように、お前は、俺達に幸せを運んでくれたんだよ」
「……慶造……」

慶造は煙草をもみ消し、縁側に寝転び、空に浮かぶ月を眺め始めた。

「まぁ、兎に角、原田に任せようや。…行くんだろ、今年も」
「あぁ。…まさが…待ってるんでな」

そう言って、春樹も縁側に寝転び、慶造と同じように月を眺め始める。

「なるように…なるって」
「また…それかよ…ったく」

春樹の言葉に、舌打ちをする慶造だった。







ある繁華街で、乱闘騒ぎが起こっていた。
一人の男が、複数のチンピラ相手に格闘中。男は、拳一つで、チンピラを次々と倒していった。
そこへ、高級スーツを身につけた男がやって来た。チンピラの一人が、その男に気付き、何かを告げた。すると、男は、チンピラの胸ぐらを掴み上げ、拳を掲げた男に近づいていった。
拳を振り下ろす瞬間、その腕を掴んだ男。
腕を掴まれた男は、その男を睨み上げた。

「ほぉう。あんちゃん、えぇ目しとるな……名は?」
「………てめぇに名乗る程の名前は持っていねぇよ」

腕を振り解き、胸ぐらを掴み上げている男の腹部に蹴りを入れる。

「あんちゃんに何をしたんか、解らんけど、その辺にしたってくれや」
「…あんた…誰だよ…」
「俺? 俺は、砂山組組幹部…地島攻(ちじまおさむ)だ」
「…砂山組…?」
「こいつらは、組の若い衆でな。最近、ここいらで暴れる男の事を
 耳にして、探してもらっていたんだが。…何か気に障る事でも?」
「……人に物を尋ねる態度だよ。…何も言わずに、ちょっと来いじゃ、
 誰でも暴れるに決まってるだろがっ」
「それは、すまなかったな。こいつらが悪い。…で、あんちゃんの名前は?」

地島に尋ねられた男は、乱れた服を整えながら、地島を睨み上げる。

「俺の名前を聞いてどうするんですか?」
「まぁ……助けてやろうって事だ」
「助ける?」
「お前、相当暴れただろ。それも相手の素性も考えず。
 俺の兄弟分が居る組でなぁ〜、ちぃっと厄介な行動に
 出るという噂を耳にしてんだけどぉ」
「厄介な行動?」
「恐らく、あんちゃん…あんたの事だろうな」
「俺が…何をした?」
「………あんちゃんの命…狙われてるで…」
「まさか…」
「…拳一つで格闘しとるようやけど、相手は、これ…持ってるで」

地島の手は、銃の形をしていた。

「………狙われてるなら、それでいい…」

そう言った男の眼差しは、とても寂しげだった。
その眼差しの奥に隠された心を悟ったのか、地島はフッと笑い、男に言った。

「何もそこまで思い詰めなくてもいいだろが。世の中、捨てたもんじゃないぞ?」
「…俺には、もう……」
「…まぁ、兎に角だ。俺の事務所に来い」
「けっ。やくざなんか…」
「そのやくざを相手に暴れりゃぁ、充分やくざだぞ…」
「……うるせぇ…」
「…そこまで来てるけど…」

地島が指さした先から、顔に包帯を巻いた男達が、銃を片手に駆け寄ってくる姿があった。それを観た途端、男は身構えた。
男達が手にする銃が、火を放つ!
男は、それに怯むことなく、立ち向かい、駆け寄る男達に拳を向ける。
その素早さは、尋常では無かった。
次々と倒れる男達。その様子を地島は眺めていた。

「…!!!!」

倒れた男が、最後の力を振り絞りながら、拳一つで暴れる男に銃を放った。
銃弾は、男の肩を掠る。

「……てんめぇ〜〜」

大地が揺れるかのような声で、男が言う。それと同時に、骨の砕ける音と悲鳴が響き渡る。

「そこまでにせぇっ!」

地島が怒鳴ると辺りに静けさが漂った。
するとサイレンの音が遠くで聞こえ始めた。

「兎に角、来いっ!」

そう言って、地島は男の腕を掴んで、近くに停めてあった高級車に乗り込んだ。
急発進する車。その場に居たチンピラたちも、蜘蛛の子を散らすように去っていった。



暫く走った車の中で、地島は、男の服を剥ぎ取り、肩の怪我を診る。

「掠っただけだと思ったが、相当深いぞ…」
「解ってる」

傷は、かなり深くえぐれていた。

「事務所に向かえ。こいつの治療だ」
「はっ」

助手席の男が、どこかへ連絡を入れる。

「俺は断っただろが!」
「あのまま残っていたら、それこそ捕まるぞ」
「そんな……どじはしねぇよ」
「相手を見くびるな。警察は…」
「…警察は何もしない…。一般市民が困っていても……何も……」

そう口にした途端、男は気を失うように地島にもたれ掛かった。

「おい、おいっ!!!」

スゥッと眠る男の顔から、先程まで感じられた狂気は全く無く、ただ、普通の男の子の表情に変わっていた。

幼い顔だな……。

そう思いながら、地島は、眠る男の肩に、自分の上着を掛けてあげた。



男が目を覚ます。

「…ここは……」
「…俺の家だ」

その声に驚いたように体を起こした。

「いてっ……」
「ったく、急に眠ったと思ったら、三日も起きねぇんだからよ。
 死んだと思っただろがっ」
「三日……? ……って、俺…」
「長い間、休んで無かったんだろ? 体力も消耗してるって
 医者が言ってたぞ。…何が遭ったか解らんが、家出をしたとしても
 ちゃぁんと人間の生活はしておけ。ほら、飯。腹も減ってるだろ?」

地島がお盆の上に乗せた食事を差し出した。

「…すみません……。でも、どうして、俺に…」
「だから、あの時言っただろ? 俺の事務所に来いって。
 お前のような男は、この世界に向いてるんだよ」
「……俺が…やくざに?」

そう口にした途端、男は拳を力一杯握りしめた。

「……そんなにやくざが嫌いか? 警察も嫌いみたいだな。
 なら、誰が好きだ? 女か?」
「……どいつもこいつも……大嫌いだ……」

更に力強く拳を握りしめる。

「俺は…誰も信用できない……もう…誰も信じられない……」
「だからって、死に急ぐ事はないだろうが。…まぁ、先に食え。
 話はそれからでも…遅くないやろ?」
「…頂きます…」

なぜか素直に、食事を口にする男。本当に満足に何も食べていなかった様子。すぐにたいらげてしまった。

「ところで、名前…まだ聞いていなかったな。あんちゃん」
「…北島政樹(きたじままさき)……」
「政樹…か」
「治療と食事…ありがとうございました。でも俺は…」
「お前が嫌がっても、もう無理だなぁ〜」
「…まさか、俺を監禁してまで…」
「いいや。外が厄介でな」
「厄介?」
「あんちゃんを狙っていた男達が逮捕されて、お前が指名手配」
「…どうして、俺が…」
「そりゃぁ、相当暴れてたらなぁ〜」
「…それでも俺は…」
「だぁかぁらぁ〜、それを何とかしてやるって言ってるんだよ、親分が」
「…俺は、団体行動できませんよ。それに、上下関係も嫌いです。
 やくざの世界は、それが一番厳しいんでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「できませんよ…俺には…」
「やってみないと解らんやろ?」
「苦手です」
「苦手だから、嫌だから。…そうやって逃げてばかりやと、人として
 成長せんぞ?」
「それでも良いんです」
「これから先も、そんな考えて生きていくつもりか?」
「生きていくこと…考えてません。…いっそ、殺されでもした方が…」
「ったく…」

そう言って、地島は、北島の頭を優しく撫で、自分の腕に包み込んだ。

「!!! …って、何を!!」
「自暴自棄になるなって。何が遭ったのか知らんが、見苦しいぞ」
「なってないっ」
「俺には解る。…お前の辛い気持ちがな」
「……俺の事なんか…誰も…解ってくれない…」

北島の声が震えた。

「それなら、俺が……解ってやるから。だから、もっと自分を
 大切にしろって」
「地島さん………。…俺……俺っ!!! …!!!!」

北島の頬を一筋の涙が伝い、布団の上に置いているお盆に落ちた。
自分が泣いている事に気付いたのは、地島に名前を呼ばれてからだった。
北島はこの時、忘れていた涙を久しぶりに流した。
その涙は、まるで、何かと別れるかのようにも思えた。



夜の繁華街は、ネオンで輝き、街ゆく人で、更に賑わいを見せていた。
その街を歩く地島と北島。二人は、色っぽい看板が掲げられている店に入っていった。

「……地島兄貴…俺……」
「ん? どうした? 女を抱くのは初めてか?」
「いえ、その……」
「気にすることねぇよ。みんな商売なんだから」
「しかし…」
「俺は隣の部屋で楽しんでるから、政樹も目一杯楽しんで来いよ」
「あっ、はぁ……」

地島は、部屋の鍵を開け、中へ入っていった。

「ふぅ〜」

ちょっぴり緊張しているのか、北島は中々鍵を開けようとしない。ドアノブを見つめている時だった。ドアノブが動き、ドアが開き、下着姿の女性が出てきた。

「政樹ちゃんでしょ?」
「あっ、はい」
「私は、美奈。地島さんから聞いてるわよぉ。相当な暴れん坊なんだって?」
「いいえ、私は…」
「さぁ、どうぞぉ〜、今夜は、目一杯楽しませてあげる…か・ら・!」

美奈は、北島の腕を掴んで強引に部屋に連れ込んだ。

「わぁっ、ちょ、ちょっと、あの…」

そのままベッドに押し倒された北島。服を全て剥ぎ取られるのに、それ程時間は掛からなかった。

「あら…元気じゃないのぉ〜」

美奈は、政樹の股間を見つめていた。その時、何かに気が付いた。

「…………もしかして、政樹ちゃん……」

北島の顔が、真っ赤になっていく。

「知らなかったわぁ〜。じゃぁ、私が筆下ろししてあげるわよ!」

そう言うやいなや、美奈は、政樹の体に唇を寄せ、上から下まで動き始めた。

「えっ、あの…俺………未成年ですからっ!!!!」

その声に驚いたように体を起こす美奈。

「うそっ! 地島さんは、二十歳超えてるって言ってたわよ!!
 いくつ? まだ十八? …まさか……」
「…………十四………」

北島の言葉に、美奈は口を閉じることを忘れていた。



「それで、政樹は喜んでいたのか?」

酒を口にしながら、地島は美奈と話し込んでいた。

「そりゃぁ、私のテク…知ってるでしょぉ?」

美奈が、地島の肩にもたれ掛かる。

「まぁな。………しかし、十四だったとは……」
「私もびっくり」
「寝顔も幼いわな…」
「でも…」
「ん?」
「そんな若さで、自暴自棄になるなんて…一体何が遭ったのかしら…」
「……美奈ぁ〜。惚れたのか?」

地島が、ちょっぴり怒った口調で尋ねる。

「かわいそうだなぁと思って。十四って言ったら、学校で楽しく
 過ごしてる時期でしょう? 同じ年代の友達作って…」
「そうだな。…俺は違っていたけどな」
「地島さんは、根っからの不良だったから、楽しいって感じじゃ
 無かったと思うけど…私は、楽しかったもん」
「…俺…政樹に悪いことしたかな…」

美奈の言葉に何かを感じたのか、地島が小さく呟いた。

「そんなことないと思うよ」
「…ん?」
「政樹ちゃん、地島さんに感謝してるって言ってたよ」
「俺に感謝?」
「生きる希望を与えてくれたって」
「政樹の希望って…聞いたことないな…」
「それは、自分で聞いたらぁ〜。私、そこまで話してやんないっ」
「ケチぃ〜」

そう言って、地島は笑った。
その微笑みは、誰かを大切に想う感じに思えた美奈は、その時、政樹への地島の思いに気付いたのだった。

その日を境に、地島と北島の姿は夜の繁華街に毎日、見掛けるようになった。まるで兄弟のように歩き回る二人。しかし、昼間の雰囲気は違っていた。
兄貴と弟分の関係。
北島が何か失態すると、地島の容赦ない拳が飛んでくる。それは、端から見ると、目を覆いたくなる程の拳だった。誰もが根を上げる事も、北島は全く動じず、地島の言葉を忠実に守り、そして、実行する。

北島は、暴れていただけに、腕の力も相当強かった。
誰よりもずば抜けた攻撃力。相手に有無を言わさず攻撃を加える。
地島が停めに入らなければ、相手の命を奪いそうな勢いにまでなる北島。
そんな北島に、組の誰もが一目置くようになっていた。
それともう一つ。北島の腕を誉めるものがある。
それは、お茶を煎れ方だった。
北島が煎れるお茶は、口に含んだ途端、誰もが表情を和ませる。
その表情は、極道だと忘れてしまう程のもの。
それには親分達も驚いていた。

地島は、北島の心を探る事無く、そして、北島も自分の本音を語ることなく、月日が過ぎていく………。









有名料理学校の学長室に、一人の生徒が姿勢を正して立っていた。生徒の前には、学長が、困ったような表情でデスクに着いていた。

「向井くんの言いたいことは解りました。側に居た生徒の話も
 聞いております。確かに、向井くんは悪くはないが……」

学長は、大きく息を吐く。

「何も相手が怪我するまで、暴れることは無いでしょう?」
「……反省してます」

そう言って、頭を下げたのは、向井涼(むかいりょう)という生徒。この料理学校では、かなり有名な生徒で、料理の腕だけではなく、……暴れん坊ということでも有名だった。

「これで何度目ですか?」
「数えてません」
「ご両親も、心配なさってますよ。……それに今日は大切な
 面接があるでしょう? その顔では、相手方に失礼ですね…」
「すみません。…今回もお断りさせていただきます」
「………向井くん」
「はい」
「今回は、相手さんが諦めてくれませんよ」
「こんな私なのに…どうして、指名を? 学長、ちゃんと伝えて
 頂けたんですか? 私は短気で暴れ好きだということを」
「伝えた途端、更に乗り気になってしまったんですよ」

学長の言葉に、向井という生徒は、口をあんぐりと開けてしまった。

「いや…向井くん、そこまで驚かなくても……」
「店の信用を落とすからと、必ず断られますよね…」
「まぁ…そうですが、店長が、向井くんのような人材が欲しいと
 おっしゃってるそうですよ」
「……何を考えてるんでしょうか…」
「さぁ、そこまでは…。でも、その顔では…」
『構いませんよ』

その声と同時にドアが開き、一人の男が入ってきた。
有名レストランの店長を務める・誉田という男だった。

「一番必要なのは、向井君の料理の腕前ですからね」
「誉田店長、こちらまでご足労頂かなくても…」
「急な用事がありましたので、直接お訪ねしただけです。
 向井くん」
「はい」
「実は、料理人が一人辞めてしまって、調理場がてんてこ舞いなんですよ。
 平日は何とかなるんですが、客が増える休日は、どたばたしまして…。
 そこで、向井くんに修行がてら働いてもらおうと思いまして…」
「休日だけですか…」
「卒業まで半年。学校帰りは疲れるでしょう?」
「いいえ。暴れるよりは大丈夫だと思いますが…」

向井の言葉に、学長と誉田は、目が点になった。

「……これは、心強いと言いますか……と、兎に角、向井君、
 次の休日からお願い出来ますか? 学生のバイトには、
 学長の許可が必要ですね。学長、どうですか?」
「許可しましょう。あとは、向井君の気持ちですね」
「誉田店長、本当に私でよろしいんでしょうか」
「もちろん」
「!!! 宜しくお願い致します!!」

向井の表情は笑みに満ちあふれていた。


「失礼致しました」

深々と頭を下げて、向井は学長室から出てきた。

「ようしっ」

拳をグッと握りしめ、向井は教室へ向かって歩いていく。

「嬉しそうだなぁ〜涼」

その声に振り返ると、そこには、向井と同じくらいの腕を持つ、宝沢あきらという生徒が立っていた。

「まぁな、就職先…決まった」
「ほぉ〜一番遅いと思ったのになぁ」
「何ぃ〜?」
「お前の腕は学校一だけど、暴れん坊ってところが、
 就職に引っかかると思ったんだもぉん」
「うるせぇっ! あきらは、どうなんだよ」
「俺は明日面接。採用されたら休日に働くようになるってさ。
 まぁ、研修期間になるって」
「それじゃぁ、卒業したら直ぐに働けるんだ」
「あぁ。俺…頑張るもんね。絶対に、店を持ってやる」
「俺もだ」
「なぁ、涼」
「ん?」
「卒業前に、勝負しようやぁ」
「嫌だな」
「どうして嫌がるんだよ!」
「嫌だから。…それ以上の理由…あるか?」
「……無いな…。でも、俺は諦めないぞぉ。お前を超えてやる!」

意気込む宝沢とは違い、向井は軽くあしらうように笑うだけだった。
そして二人は、教室へと入っていった。




一台の高級車が街の中を走っていた。

「……まきたん……」

後部座席で春樹に寄り添うように座る真子が、不安げな眼差しで春樹を呼ぶ。

「どうしました、お姫様」
「…もうっ」

春樹の呼び方に照れたのか、真子はふくれっ面になり、そっぽを向いた。

「真子ちゃん」
「はい」
「何かお話でも?」
「……八造さんは?」
「今日は、栄三と一緒だよ」
「栄三さんもお休みなの?」

どうやら真子は、八造に休暇を与えた様子。

「さぁ、それは…」

と言いながら、真子とは反対側に座る慶造に目をやる春樹。

俺に、ふるなっ。

慶造の目は、そう言っていた。
慶造と春樹、真子、そして、運転している勝司の四人が向かう先。そこは、例のレストランだった。この日、予約をしたものの、真子と慶造は、未だにぎくしゃくしていた。二人の間に春樹が座ったのは、真子の心を少しでも安心させるためだった。
ということは…。
阿山組の要となっている男が二人とも外出。その間にも動いている男達が居る。それが……。




栄三が運転する車の助手席に、八造が座っていた。
それも、こめかみをピク付かせながら…。

「だから、怒るなって。お嬢様に言われて休暇中だろ?」

栄三が言った。

「お嬢様に言われた大切な休暇を、なんでお前と
 過ごさにゃならんのやっ!」
「ええやろが。少しずつ、組の仕事を覚えても」
「俺には必要ないっ!」
「そう言わんでもええやないかぁ、八やん」
「だから、その八やんは、やめろっ!」
「親父と同じ呼び方、嫌やもん」
「その軽い口調もやめろぉっ!」

八造の叫び声が車の中で響いていた。

「お嬢様にばれたら、また…嫌われるだろ…」
「その辺りは大丈夫だって。真北さんが、ちゃんと話して下さるから」
「……………で、俺の仕事は?」
「いや、特に、これといって無いんだけどな…」
「あの場所には行かないぞ」
「解ってるって。…真北さんの怪しい行動を調べて欲しいと
 四代目に言われてるんだよ」
「怪しい行動?」
「あぁ。時々、誰にも告げずに一人で動いている事があるだろ」
「そうだな」
「それをだな、調べるように言われてるんだが……先が見えん」

栄三は、大きく息を吐いて、そう言った。
それは、栄三にしては珍しいと思ったのか、八造は不思議な眼差しを向けていた。

「…俺だって、真面目になる事もある」
「そうやって、本来の姿を隠している事は、知ってるよ。
 そして、そのように深刻になることも……」

八造が醸し出すオーラが一変する。

「…そういう八やんだって…。オーラが急に変わるとな…」
「仕方ないだろ…」
「……初経験か?」
「いいや、例のレストランで…」
「あれは、お嬢様を守ることだけだろ? これは違うぞ…」

栄三はブレーキを踏み、エンジンを切った。

「遠慮無く暴れられるって事だろう?」

そう言って、ちらりと栄三に目をやる八造は、何かを楽しむかのように口元をつり上げた。

「…八やんこそ、本来の姿……隠してるだろ?」
「その呼び方…やめろって」
「はいはい」

軽く返事をした栄三。それと同時に栄三と八造は車を降りた。すると、同業の男達が十四人、二人を囲み始める。

「今日の仕事は、これか?栄三」
「いいや、これは、その途中で入った急な仕事…だな」

男達が、じりじりと二人に近づいてくる。

「どっちが多いか競争だな」

栄三が言った。

「競争は、もう懲り懲りだっ!」

八造が言った途端、男達が一斉に、二人に攻撃を開始した!!



「あらら…俺達の出る幕なし?」

軽い口調で男が言った。

「だから、俺は反対だったんだよ」

なんとなく、怒りを感じる口調。

「まぁ、いいんじゃないのぉ〜。阿山のテストなんだからさぁ」
「テストなら、内部の人間でいいだろが」
「そう怒らいでもぉ〜なぁ、猪熊」
「五月蠅いっ!」

怒りを抑えているのが解るほど、修司が静かに言った。呆れたように背を向ける隆栄は、ある一点を見つめる。そこには、桂守の姿があった。

「どうですか?」

桂守に尋ねると、

「レストランに無事に到着しました」

直ぐに応えが返ってきた。
隆栄は、真子達の護衛を桂守に頼んでいた様子。

「だってさ、猪熊」
「解ったよっ」

短く言って、修司はその場を去っていく。
修司が向かった先は、一暴れして車で去っていった栄三と八造が、残した男達が転がっている場所。
後始末が残っている。
近くで待機していた組員に指示を出す修司を見つめながら、隆栄と桂守は語り合っていた。

「ったく、阿山も冷たく言わなくてもいいのになぁ。
 猪熊…寂しそうやないかぁ〜」
「仕方ありませんよ。そうでもしないと、猪熊さんは、四代目に
 付いていくと言って聞かないでしょう?」
「いつものことぉ〜」

その言い方が気になったのか、桂守が優しく尋ねてくる。

「隆栄さん」
「ん?」
「気になるのなら、もう、許してあげたらどうですか?」

隆栄が見つめる先には、組員達に紛れて一緒に後かたづけをしている、勘当した健の姿もあった。

「栄三ちゃんの弟分として過ごしていますが、ほとんどが組員として
 あのように行動されてますよ。それは、隆栄さんの事を気にし……」
「何も言わないでください。あいつの事は、放っておいても
 大丈夫ですから。…あの師匠も言っていたくらい…しっかりしてる。
 それよりも、何が不満なのかが解らん…。健の奴、栄三の事が
 嫌いなのか?」
「八造くんを恐れてるだけですよ」
「例の…あれか……」
「…恐らく……」

修司が戻ってくる。

「次に向かうぞ」
「…猪熊ぁ、次って、レストランじゃないだろなぁ〜」

隆栄の言葉に、修司の動きがぴたりと停まる。

「図星……!!!」

修司の裏拳が、隆栄の顔目掛けて飛んできた。





有名レストラン。
四人がけのテーブルに、真子と春樹が隣り合わせに座り、真子の前には慶造、春樹の前には勝司が座っていた。店長の誉田が、一人のコックを連れて、席にやって来た。

「真北様。いつも御予約ありがとうございます。本日は、
 新人の向井が料理を担当することになっております」
「いらっしゃいませ。お客様の料理を担当致します向井と申します。
 お客様のご希望通りの料理を御用意致しますが、
 何かご希望はございますか?」

笑顔で尋ねる新人の料理人・向井は、この日から、料理学校を卒業するまでの間、休日だけ働くことになっていた。初めて担当する客が、慶造たちだった。
店長の誉田が、向井を雇いたかったのは、このためだった。
やくざ相手なら、暴れん坊を…ということ。
万が一、何かあれば、短気な向井の事。客を相手に暴れ出すかも知れない。…それも名を馳せる極道の親分に向かって…。


「う〜ん、そうだなぁ。真子ちゃん、何がいい?」

春樹は真子に尋ねるが、真子の目線は、向井に釘付けになっている。

「どうした、真子。食べたいものを向井くんに言えばいいんだよ?」

次に慶造が尋ねてくる。
すると突然、真子が立ち上がり、向井の前に歩み寄った。

「初めまして、阿山真子です。向井さん。宜しくお願いします」

真子は、子供とは思えない表情で自己紹介をし、そして、深々と頭を下げた。

「…あの……お客様……」

突然の真子の行動に驚く向井。

「真子ちゃん…」
「真子…??」

真子の行動に誰もが、口をあんぐり……。

「………真子…挨拶なら、立たなくても……」
「でも……失礼になるんでしょう? まきたん」
「はぁ…まぁ…」

どうやら、春樹の躾が強かった様子。
慶造はテーブルの下で、春樹のスネを蹴っていた。

蹴るなっ!
五月蠅いっ!

睨み合う二人。それを停めるかのように、勝司が両手を差し出していた。
そんな修羅場とは別に、和やかな雰囲気が漂ってきた。
向井が、真子の目線にしゃがみ込み、笑顔で話しかけていた。

「それでは、真子ちゃん。何がお好みですか?」
「……オムライス……」
「かしこまりました。それでは、飛びっきりのオムライスを御用意致します。
 みなさんも、オムライスで…」
「良い訳ないだろがっ!」
「あっ……すみません……」

向井のすっとぼけた言葉が、その場を一気に和ませていた。
真子は、慶造や春樹の言葉に耳を傾ける向井を見つめていた。春樹が真子をそっと抱きかかえ、席に座らせる。その間も、真子は向井を見つめている。
まるで、何かに耳を傾けているかのように……。

「それでは直ぐに御用意致します。暫くお待ち下さいませ」

そう言って、向井は厨房へ向かっていった。店長の誉田が、その場に残り、慶造に話しかけてきた。

「今日が初仕事なんですよ、向井は。まだ高校生なんですが、
 料理の腕は凄いんですよ」
「それで、輝く眼差しだったんですね」

慶造が言った。

「しかし、相当な暴れん坊らしいんですよ」
「見えないよな…」

そう言って、春樹を見つめる慶造。しかし、春樹は真子と話し込んでいた。

「店長、後は良い。他の客を」
「はっ。それでは、ごゆっくりお過ごし下さいませ。料理は向井が
 運んできますので、もしお気に召さなければ、直ぐにお呼び下さい」
「あぁ」

誉田は一礼して、他の席へと向かっていった。

慶造は、春樹が真子に話している事が気になっていた。

俺も入れて欲しいな……。

先程、テーブルの下で蹴られた事を春樹は怒っていた。それに気付いていない慶造は、春樹と真子の会話に耳を傾けていた。

四代目……御自分から話しかければ、よろしいかと……。

慶造の隣に座る勝司が、言いたいことをグッと堪えていた。



(2005.5.15 第六部 第十七話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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