任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十九話 白銀の世界に輝く笑顔

天地山は、この冬も真っ白で、何もかも白紙に戻すような雰囲気だった。そして、この冬は、いつも以上に雪が降り、積雪も高くなっている。
そんな雪の壁が続く道を走る一台の車。
天地山ホテルの支配人・原田まさが運転をしていた。どこどなく嬉しそうで、少しばかり不安がある表情をしながら、天地山最寄り駅のロータリーに車を停めた。

わちゃぁ、やはり遅れたか……。

駅舎を見上げると、列車が走り去るところ。身なりを整え、改札口を見つめる、まさは、客の出入りを確認する。スキー客がほとんどであり、その客の半分が、天地山ホテル行きのバスへと向かっていく。身分証明書をバスの運転手に見せ、乗り込む。その一部始終を観察するまさは、最後に出てきた客に気付き、目線を移した。

「まささぁん!!」

その声を耳にしたまさの表情が、弛んでいく。
真子と春樹、そして、八造が天地山に到着したのだった。迎えに来たまさに気付き、真子が元気よく駆けてくる。

「お嬢様!」

駆ける勢いで、まさに飛びつく真子を、しっかりと受け止めたまさ。

「お待ちしておりました。お元気そうで、私も嬉しいですよ」
「まささん、おはようございます!」
「おはようございます、お嬢様。お疲れ様でした」
「まささんが迎えに来るって聞いて、すごく嬉しい!」

そう言って、まさの胸に顔を埋める真子。その仕草が、何となく寂しげに感じたまさは、真子を包み込む腕に力を込めた。

「今年もクリスマスパーティーを開催致しますよ。そして、お嬢様の
 ドレスも新しいものを用意致しました。楽しみにしてて下さいね」

真子は顔を上げ、まさを見つめる。

「……まささんも……一緒なの?」

真子が何かを尋ねるときに、時々見せる、首を傾げる仕草。それは、まさの心拍を早くさせる。

「お嬢様が望むなら、御一緒致しますよ」
「本当?」
「えぇ」
「うん! 嬉しい!」

真子は微笑んだ。まさも笑顔で応え、そして、真子を車の助手席に迎え入れる。

「では、お嬢様……」
「……って、本当に、お前は俺達のことを忘れてるだろ………おい…」

まさの言葉を遮るかように、春樹が言う。
いつものパターンだが……。

「あっ……すみません…………。…どうぞ」

という言葉に、嫌気が差している。

「まさぁ〜。お前は仕事に専念しろ」
「お嬢様の為に、時間を空けております」
「今年は、去年の倍の客数だろうが。忙しいんじゃないのか?」
「いいえぇ〜大丈夫ですよぉ。従業員への教育は、厳しくしておりますので、
 任せていて安心です」
「俺は不安だけどなぁ」

そう言いながら車に乗り込む春樹は、助手席に座る真子に何かを話しかける。続いて八造が車に近づいた。

「おはようございます。今年もお世話になります」

八造は丁寧に挨拶をし、深々と頭を下げた。

「今年も目一杯くつろいでくださいね、八造くん。……………。
 もしかして、…背……伸びた?」
「この一年で急に伸びました」
「成長期だもんなぁ。まだまだ伸びそうだな」
「恐れ入ります」

八造も後部座席に乗り込み、まさは運転席に回る。そして車は天地山ホテルへと向かって走り出した。
車の中では、真子が笑顔で、まさに話しかけていた。この一年の間にあった出来事を話し続ける真子に、まさは嬉しそうに耳を傾けていた。後部座席に座る二人は、真子のはしゃぎっぷりに驚きながらも、本部では滅多に見せなくなった笑顔に喜んでいた。

天地山の空気が、真子ちゃんの心を和ませるんだな…。

春樹の心の声。この時ばかりは、真子には聞こえていなかった。



天地山ホテルに着いた途端、部屋で休むこともせずに、真子は頂上へと行きたいと言い出した。

まささんと一緒がいい!

真子の言葉に反対できない春樹は、渋々承諾し、頂上へ向かっていく二人を見送った。

「八造くんも、好きに過ごせばいいよ。ここは安全だから、
 真子ちゃんの側に居なくても良い。それに二人の時間を
 大切にしてあげてくれ。…真子ちゃんの笑顔…絶やしたくないから」
「心得ました。私も好きに過ごさせて頂きます…って、真北さんは…」
「俺は、挨拶回りと慶造に頼まれた鳥居の様子を見に行くよ」
「真北さんは、一体いつ…お休みになられるんですか? 私が知っている限り
 お休みされる所は見たことありませんよ?」
「真子ちゃんと一緒の時が俺の休暇だから。それに疲れは真子ちゃんの
 寝顔で癒されるよ。じゃぁ、目一杯くつろげよ!」

そう言って春樹はその場を去っていった。

動いてないと死ぬって感じだよな……。

八造は、目の前に広がるゲレンデを眺め、そして、とある場所に足を向けた。
そこは、湯川が担当している温泉。

「おぅ八造くん! 今年もくつろいでくれよ!」
「温泉に入ってもよろしいですか?」
「ここは二十四時間営業だから、いつでも好きな時に入ってくれよ!
 …で、湯上がりに…これ」

湯川の手は、酒を飲もうぜ!と模っている。八造が嬉しそうに微笑んだのは言うまでもない。

「…あっそうだ。俺も一緒に入っていいか? 露天風呂での一杯も
 風情があって、いいぞぉ」
「よろしいんですか?」
「構わん構わん。準備中にしとけば、客も入って来ないからさ」
「本当に……よろしいんですか??」

真面目は八造が、念を押すように尋ねるが、湯川はすでに乗り気だった。

そして、露天風呂では、八造と湯川が、酒を飲みながらのんびりとくつろいでいた。
二人とも湯の温かさなのか、酒の影響なのか、はたまた両方なのかは定かでないが、頬を赤らめている。
一升瓶が、湯船の脇に転がっていた。
その数は………。



温泉の脱衣場に、従業員が何かを囲むように集まっていた。そこへまさが血相を変えて駆けつけた。

「支配人!!」
「様子は?」
「今、八造くんが処置を……」

その声を耳にしながら、従業員の間をかき分けて、その中央に顔を出すまさ。そこでは、横たわる湯川に心肺蘇生を施している八造の姿があった。
湯川の口から水が噴き出し、そして、湯川が咳き込んだ。安堵のため息が漏れる脱衣場。

「湯川さん」
「………あらら…俺…」
「満っ!!」

その声に目線を移した湯川は、安心仕切った表情をしているまさを見て、微笑んだ。

「ったく…連絡をもらった時は驚いたぞ…。心配させるなっ」
「すみません…」
「満らしくないな…足を滑らせるなんて…」
「あっ、いや……その……」

何となく、何かを隠すかのような目線。それに気付いたまさは、首を傾げた。

「………支配人……」

従業員の一人が声を掛けてきた。

「どうしました?」
「その……露天風呂に、これが転がってました」

従業員が恐る恐る言いながら、手にした何かをまさに見せる。それは、空になった一升瓶。それも、目に見える本数は、片手を超えている。
まさの表情が一変した。そして、体を起こした満を睨み付ける。
鋭い目線に満が気付く。
恐る恐る顔を上げると、そこには………。

「みぃぃぃぃつぅぅぅぅぅ……うるぅぅぅぅぅ〜〜」

温泉の湯が、重低音に細かい波を立てた。

「酒は、やめろと言ったよな。……それも未成年の八造くんと
 一緒に飲んでいただろ……どのくらいの量だぁ〜……あ?
 …酒にも湯にも溺れるなと……言ったよなぁ〜〜」

怒りを目一杯抑えたような雰囲気のまさ。その場に居た誰もが、まさの豹変に驚き、素早く距離を取る。それに驚いた湯川は、慌てて立ち上がり逃げようとするが、足を掛けられ、その場に前のめりに倒れる。振り返る湯川は、目の前に迫るものに恐怖を抱き、目を瞑った。

「わぁ〜支配人、駄目ですよ!!!」

そう言って駆けつけたのは、天地山の中腹にある喫茶店の店長である店長京介だった。怒り心頭のまさを羽交い締めする京介。

「離せっ! 京介っ!!」
「ここでは駄目ですよ!!」

お嬢様が、そこに…。
って連れてきたんかいっ。
兄貴のオーラに気付いたので、それを停めに私が来たら、必然とお嬢様も…。
そっか、お前にお嬢様の事を頼んだっけ…。
はい。
その理由も、満が原因だろうがっ。
だからって…。

と、こそこそと話している二人の目線は、小さな姿に映る。
真子が、湯川に近づき何かを尋ねていた。湯川が何か応えた、それと同時に、真子の目線は八造に移り、眼差しが徐々に変わっていく。

「あっ……」

と言った時は遅かった。
真子の平手打ちが、八造の頬に決まっていた。

「八造さん、お酒を飲める歳じゃないと言ったでしょう!!
 なのに、どうして、飲んでるんですかっ!!!」
「申し訳御座いません!! 申し訳御座いません!!!」

平謝りの八造。真子は目一杯ふくれっ面になっていた。

八造くん、やっぱりお嬢様に弱いんだな……。

まさは、やれやれといった表情で、二人を見つめていた。


そんな小さな事件があった後は、何事も無く、真子達は、楽しい時間を過ごしていた。





慶造の拳が、やくざ風の男達に炸裂する。力なく地面に倒れた男達を見下ろし、何かを告げて、

「山中、行くぞ」
「はっ」

慶造は去っていった。

慶造と勝司は、街を歩き出す。商店街に通じる道を横切った時だった。
人の呻き声が耳に入る。
慶造は足を止め、来た道を引き返す。

「四代目?」

慶造の突然の行動に、勝司が声を掛ける。
慶造は、曲がり角から、何かを眺め始めた。勝司も同じように覗き込むと、そこでは、チンピラが八人、一人の男を囲むように立っていた。チンピラの足下には、四名の男が横たわっている。それに気付くと同時に、立っていた八人が一斉に呻き、跪いた。

「あれは、料理人の向井じゃないか?」
「そうですね。…一体……」

慶造が言うように、チンピラに囲まれていた男は、レストランで働く料理人の向井だった。跪く一人の男が、腰の辺りからドスを取り出し、向井に向ける。しかし、向井は怯むことなく男を見下ろしていた。

「……てめぇら、一般市民相手に、何さらしとんじゃ…」

ドスの利いた声に振り返るチンピラ達。

「阿山組の……!!」

慶造に気付き、チンピラ達は、慌てて逃げ去っていく。

「四代目、あいつらは、厚木系列の組の者です」
「厚木の奴、系列の組への対処まで休暇かよ…ったく…」

呆れる慶造は、服を整える向井に近づいていった。

「怪我…無かったか?」
「…阿山の親分………」

慶造の極道としての雰囲気を初めて見た向井は、それ以上、声を発することが出来なかった。


慶造と向井は、並んで歩き出す。二人に付いていくように勝司も歩いていた。

「親分さん、今日は車じゃないんですか?」
「ん? あぁ、まぁな。たまには歩くのもいいだろ?」
「そうですね」

何を話せばいいいのか解らない二人。なんとなくぎこちない会話だった。

「買い物帰りだったのか?」

慶造が尋ねる。

「はい。午後用の食材の買い物帰りに、囲まれちゃいました」
「何かしたのか?」
「それがさっぱり…。恐らく誰かと間違えたんじゃないかと…」
「すまんな…あいつらは、阿山組の系列だ」
「そうでしたか…」

話が途切れる。
二人は角を曲がった。

「親分さん」
「ん?」
「真子お嬢さん…その後は、どうですか?」

以前、レストランで食事をしていた時の、真子の表情が気になっていた涼は、とても心配げな眼差しで、慶造に尋ねた。それは、突然のこと。そして、一般市民が気にすることは、今までに無かった。向井の言葉に驚きながらも、慶造は平静を装って、応える。

「相変わらずだよ。…その話は、店長から聞いたのか?」
「はい。そちらの世界での話もお聞きしました。誰だって、目の前で
 母親を殺されたら……その事を忘れられませんよ。それに…」
「それに?」
「父である親分さん、そして、その次は自分自身…そう考えると、
 笑顔で過ごせるなんて…できません」
「向井…」
「すみません。でしゃばったことを…。ただ、自分がお嬢様の立場だったら
 どうなのか。あの後、考えていたんです。だから俺…」

向井は、歩みを停め、慶造を見つめた。

「真子お嬢さんの為に、素敵な料理を作る決心をしました」
「真子の…為に?」
「俺には、それしか取り柄がありません。……まぁ、短気で
 喧嘩好きですけど、こんな私の料理でよければ、いつでも
 申して下さい。真子お嬢さんの笑顔が少しでも増えるなら、
 お嬢さんが一時でも、心安らぐ時間を過ごせるなら、
 素敵な料理を作ります」
「………。ありがとな」

慶造は、向井に微笑んだ。

えっ?!

向井は、驚いていた。慶造が向けた微笑みは、極道とは思えない程、あたたかく、それでいて、優しさが溢れるものだったのだ。
阿山組四代目の話は、レストランの店長だけでなく、行く先々で聞いていた。極道相手には、容赦ない、時には辺りを真っ赤に染めるほど、残虐な行為に走ると……。
しかし、今、目の前に居る男は、自分が想像していた男とは全く違っていた。
そんじょそこらの一般市民や客相手の店の主人が見せる『営業スマイル』とは違っている。

「親分、お昼は、どちらで?」
「本部に帰るつもりだったがなぁ」
「よろしければ、レストランでどうでしょう? 私が御用意致します」
「いいのか? まだ開店前だろ?」
「その方が、安全でしょうから」

そう言った向井の眼差しは、輝いていた。

ったく、こいつは…。

「開店前に悪いが、お言葉に甘えさせてもらおうか」

慶造は、後ろを付いてくる勝司に告げ、向井と並んでレストランへ入っていった。勝司も慶造を追いかけるように入っていく。開店前のレストランは、とても慌ただしかった。それでも、店長は慶造を丁重に迎え、いつもの席へと案内した。慶造が席に着き、しばらくすると、向井が飲物を持ってやって来た。

「向井が担当か?」
「はい」
「それなら、コックお奨めを二つだ」
「はっ」
「条件に、真子が喜ぶような料理を付け加える。次に来たときの
 練習…ということだ」
「かしこまりました。では、早速御用意させていただきます」

深々と頭を下げて、向井は厨房へと向かっていった。
厨房へ入った途端、向井は食材を眺めて考え始めた。
そして、何かをひらめいたのか、直ぐに調理に取りかかった。その手さばきは、熟練の料理人の手を止めさせてしまうほどだった。厨房にいる誰もが、向井の調理っぷりに見惚れていた。そんな周りの目も気にせず、向井はひたすら調理し続ける……。


「四代目」
「ん?」
「あの料理人ですが…」
「向井か?」
「はい」
「……気になるのか?」
「はい。先程の動きは、尋常じゃありません」
「そうだな」
「もしかしたら、敵が用意した刺客ということは…」
「それはないな」
「えっ?」

慶造の言葉に、勝司は驚いたように声を挙げた。

「……真子が、このレストランで、あの料理人を
 初めて観た時、ちゃぁんと応えていただろ」
「はい」
「……もし…刺客なら、真子は恐れて、真北の胸に飛び込んでいたからさ」
「あっ…」

真子だけが解る人の心の声。
刺客として送り込まれた男でも、内に秘められた思いまでは、操作出来ない。真子が一番気にしていたのは、料理人・向井涼が、真子のために、一生懸命優しく接してくれていたのに、それに応えられなかった事。真子自身、笑顔で応えたかったらしいが、気を緩めると、周りの声が聞こえる為、出来なかったという。
その事は、後日、春樹から聞いたことなのだが…。

「お待たせ致しました」

向井が料理を運んできた。
慶造は向井の顔を見る。自信溢れる表情をしている向井は、慶造に差し出した料理について、説明し始めた。
その声に何かを感じ取ったのか、慶造は、箸を運び始めた。

これなら、真子も喜ぶよな……。

満足げな慶造だった。



食後の珈琲を飲んでいる時に、向井がやって来る。

「親分、どうでしたか?」
「ん? …合格だよ。ありがとう、ごちそうさま」
「では、クリスマスプレゼントということで…」
「あっ、すまん。真子は年明けまで旅行中だ」
「旅行……? そう言えば、真北さんという方は…」
「その真北と八造と三人で、心の旅に出掛けていてなぁ」
「それで、親分は、少し寂しげな表情をされていたのですか…」

慶造は呆気に取られた。

「…山中………」
「はい」
「…俺、そんなに寂しそうな表情をしているのか?」

そう尋ねる慶造の表情は、本当に『やくざの親分』に見えない。

「ぷっ……ふっふっふ……親分………すみません……」

向井が笑い出してしまう。

「おいおいぃ向井ぃ〜お前なぁ〜。笑うことないだろがぁ」
「すみません〜」

謝る声も震える向井。

「ったく…」

照れたように頭を掻く慶造だった。



慶造が、レストランを出てから直ぐに、開店時間がやって来る。向井に見送られて、慶造は帰路に就いた。

「そんなに、寂しそうな顔をしてるのか?」
「私には、いつもと変わりない表情に見えるのですが、恐らく
 心が寂しがっておられるのではないかと…」
「まぁなぁ。真北が、『絶対に暴れるな。暴れたら帰らない』と
 念を押すくらいだから、俺…何も出来ないだろぉ〜。厚木も
 動けない状態だ。……何もそこまで強化せんでもなぁ〜」
「真子お嬢様の為の行動だと、私は考えております」

勝司の力強い言葉。慶造は、大きく息を吐いた。

「解ってるんだが……」

そう口にしたきり、慶造は何も話さなくなった。
道を曲がった。
その道の先に一台の高級車が停まっていた。助手席のドアが開き、一人の男が降りてくる。

「……山中が呼んだのか?」
「いいえ。今日は誰も付けないとお聞きしておりましたから、
 誰にも連絡しておりません」
「…どっちにしろ、真北のように撒けないってことか…」
「一体、真北さんは、どのように桂守さんを撒かれるんでしょうか…」
「さぁな」

後部座席のドアを開け、慶造を迎え入れたのは、修司だった。

「ったく…」

そう言いながら修司を睨み付ける慶造。

「予定を変更するからだ」

負けじと応える修司。

「何か変わった事があったのか?」

そう言いながら車に乗り込む慶造の隣に座る修司が、ドアを閉めながら応える。

「今日もスキーを楽しんだそうですよ。そして、今は原田と一緒に
 温泉でのんびりと疲れを癒しているそうです」
「真北が怒る行動だな」

車が走り出す。助手席に座った勝司は、二人の会話を耳にしないように注意を払いながら、流れる景色を見つめ始める。

「その真北さんですが、鳥居の所に向かってるそうですね」
「一人でか?」
「地山親分と一緒に」
「嵐が来なければ、いいけどな……」

鳥居の行動は、厚木の次に武器に長けているとの噂。

「真北の奴……何を考えてるんだろな」
「お前の事だ」

修司の言葉に、ちょっぴりふてくされた慶造だった。


修司の言葉にあったように、天地山では………。




「お嬢様、流しますよぉ」
「おねがいしまぁす」

天地山ホテルにある温泉は、今、貸し切り状態になっていた。
真子とまさが、二人で入っていた。
真子の髪を洗っていたまさは、泡を流し終え、真子の長い髪の毛をタオルに包み込む。

「そろそろお湯に浸かりますか?」
「うん!」

子供らしい笑顔で応える真子に、まさは微笑んだ。

少しずつ、笑顔が増えた…か。

まさは、タオルを体に巻き、真子と歩き出す。

「…ねぇ、まささん」
「はい」
「お風呂なのに、どうして男の人は、そこにタオルを巻くの?
 まきたんも八造さんも……。お風呂は裸の付き合いなんでしょう?」

真子の言葉に、歩みを停めてしまうほど驚くまさ。

「あ、あの…お嬢様…その……お言葉……」
「栄三さんだよ!」

本当に小島さんの息子は、凄いことを教えてるよな……。

「ねぇ、まささん……どうして…?」

真子は首をちょっぴり傾げて、まさを見上げる。
どう応えて良いのか解らないまさ。そして、真子の仕草に、心臓が高鳴る……。

や、や、やばい……。

「露天風呂に出ますか?」

平静を装って、まさが優しく尋ねると、

「うん! 雪降ってるもんね!」

尋ねていることを忘れたかのように、真子が言う。
二人は、露天風呂へと出ていった。

湯に浸かりながら、一安心したように、息を吐くまさ。
真子は、湯船を囲む石の上に積もる雪を触って楽しんでいた。

「まささん、雪…解けないね…。温泉、あたたかいのに」
「湯の中に入れると、すぐに解けますよ」
「かわいそうだから、このままにしておくね!」
「ありがとうございます」

真子が、まさの側に寄ってくる。

「ねぇ、まささん」
「はい」
「今日は、一緒に寝るの?」

真子が首を傾げて尋ねてくる。

「あれ? 八造くんは?」
「八造さんにも、ゆっくりしてほしいんだもん」
「そうですね。こちらに居られるときは、八造くんの時間を
 大切にしてもらいたいですから。…先程は驚きましたよ、
 八造くんに怒るとは…」
「…だって…去年もお酒は駄目だと言ったのに…」
「二度目ですね…お嬢様の怒り」
「……八造さんには、何度も怒ってるよ?」
「本当ですか!?」
「うん。…家でもね、八造さん、御自分の時間を私の為に
 使うから……。以前ね、折角、彼女が出来たのに、
 お付き合い断ったんだもん…」
「………そういうお話は…もしかして………」
「栄三さんから!」

あちゃぁ〜〜。そりゃ、真北さん、怒るよ…。

項垂れるまさだった。




次の日。
まさは、支配人室から見えるゲレンデを見つめていた。
真子と八造が、スキーを楽しんでいる姿が、そこにあった。

「……本当に、栄三は……」

昨日、温泉での真子との話を包み隠さず、春樹に報告しているまさ。
春樹は、少し疲れた表情を見せていた。

「何もこちらに来てまで、慶造さんの為に動かなくても…」
「慶造が来たがらないだろうが。鳥居の事を放っておいたら、
 それこそ、厚木以上に暴れてしまうだろうが」
「そこを地山親分に頼んでいるんじゃありませんか?」
「地山さんに頼ってばかりじゃ、駄目だろがっ」
「……だからって、徹夜で…それも朝帰り…酒に付き合う事も…」
「大丈夫だぁって」

振り返るまさは、ソファで寝入った春樹を観て、項垂れる。

「どこが、大丈夫なんですかっ………!!!」

春樹に近づいた時、まさは気が付いた。

「……未だに、血の臭いには、敏感か…」
「また御自分で治療を…例の薬ですか?」
「まぁな」
「足りてるんですか?」
「出掛ける前に、補充してきた」
「お嬢様に気付かれたら、それこそ…」
「気付かれないって」
「今夜は、一緒に温泉〜とおっしゃってましたけど、どうされますか?
 この傷は、隠せませんよぉ」

傷の具合を診るまさ。傷は塞がっているものの、傷口は、直ぐに解る。

「一体誰が…」
「鳥居を狙ってる奴らだよ。……龍光一門が、ここまで……」

そう言って、口を噤み、慌てたような眼差しをする春樹。

「私は支配人ですよ。そういう事は地山親分が行いますから、
 地山親分に任せた方が賢明ですよ」
「解ってる」

そう言った春樹の眼差しは心配げだった。

「大丈夫です。私は動きませんよ」
「当たり前だ。…もし仮に、その話にお前が動いても、
 昔のようには、動けないだろう?」
「体は鍛え続けてますよ。それに、真子お嬢様に悟られたら
 大変ですから、私は、絶対に動きません」

力強い言葉に、春樹は安心したように、姿勢を崩す。

「夕方まで、ここ……いいかぁ?」
「どうぞ、ご自由に。私は仕事してますから、邪魔しないで下さいね」
「…………解ってるわい」

ちょっぴり怒った口調で応える春樹の体に、まさは、毛布をそっと掛ける。

「お休みなさいませ」
「ありがと…お休み」

そう言って、春樹は眠り始めた。

あなたにも休んで頂きますよ。

意地悪そうに口元をつり上げ、春樹の前に置いてある湯飲みを手に取るまさ。
そこには、誰にも気付かれない睡眠薬が含まれていた。
お茶に五月蠅い春樹だが、お茶の味を変える事無い睡眠薬には気付いていなかった様子。まさは、湯飲みを片づけ、窓の外を眺め始める。
広いゲレンデには、スキーを楽しむ客達に紛れて、真子と八造の姿がある。八造と一緒に滑る真子の笑顔が、白銀の世界で更に輝いていた。

お嬢様…。目一杯楽しんで、心和む日々を過ごして下さい。

そっと目を瞑るまさ。
瞼の裏には、素敵な笑顔が二つ、写っていた。


十二月二十五日の夜。
二回目のクリスマスパーティーが、行われていた。
今年も、まさが見立てたドレスを身にまとう真子。パーティー会場では、まさから一時も離れず、まさも真子から離れようとしなかった。真子とまさの様子を見つめながらも、パーティー会場で楽しむ春樹と八造。なぜかこの年は、この二人に、女性客が近づいてくる。
誰かの策略。
それに気付いているのかいないのか、春樹と八造は、女性との会話に花を咲かせていた。
真子が二人を見つめている。その目線に気付いた、まさは、

「例の二人、どうですか?」

真子に尋ねた。

「どうだろう…よく解らないけど、私が見たことのない顔をしてるよ!」
「あれが、男というものですよ…っっと…!」
「ん??」

まさの言葉の意味が解らない真子は、首を傾げるが、目の前のオムライスに気付き、それに気を取られてしまう。

ほっ…良かった。
…でも、小島の息子の気持ちが解ったぞ……。

どうやら、真子には何でも教えたくなるようで、そして、真子からは、何でも教えてぇ〜というような、妙なオーラが出ているようで……。

「まささん」
「あっ、は……ぃ……!!!!」

まさの口に、オムライスが一口、放り込まれていた。


こうして、楽しい時間が過ぎて行き、新たな年を迎えた一週間後、真子達は天地山を後にした。
天地山最寄り駅まで見送ったまさは、真子が乗った列車が見えなくなるまで見つめていた。

お嬢様。今年も、ありがとうございました。
次の冬もお待ちしております。素敵な笑顔を見せてくださいね。

まさの表情は、銀世界よりも輝いていた。



(2005.5.26 第六部 第十九話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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