任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第三十三話 親子の絆

新年会を終えた阿山組は、特に何することなく時間を過ごしていた。宴会の馬鹿騒ぎに疲れたのか、部屋でぐったりとしている組員達。慶造もいつも以上にアルコールを飲み、少しばかり呆けていた。

「勝司」
「はっ」
「連絡…あったか?」
「いいえ、未だに…」
「それ程…楽しんでるんだな…真子は」
「今年は、楽しい二人も御一緒ですから」
「俺も顔を出した方が、良いのかな…」

ため息混じりに、慶造が言った。

「新年会も…そろそろ止めたいなぁ」
「四代目、それは、身の危険に繋がります。挨拶回りの際に
 襲いかかる連中が後を絶たなかったから、真北が…」
「そうだけど、それは、俺を閉じこめる口実だ。その間に、あいつは…」

ちっ…。

舌打ちをして、煙草に火を付ける。

「後程、笹崎さんに、二日酔いの例の料理を…」
「二日酔いじゃないから、大丈夫だ」
「かしこまりました」
「勝司」
「はい」
「お前も自由な時間、過ごせよ」
「いいえ、私は……」

断る勝司に慶造の眼差しが突き刺さる。

「…過ごせ」

四代目の威厳に勝司は負ける。

「お言葉に甘えさせて頂きます」
「北野達と羽を伸ばしてこい」
「ありがとうございます」

慶造は財布から帯付きの札束を出し、勝司に手渡した。深々と頭を下げて受け取った勝司は、慶造の部屋を出て行く。

「失礼しました」
「あぁ」

勝司が部屋を出て、組員達に声を掛け去っていく様子を伺っていた慶造は、姿勢を崩した。

「俺だって…たまには、荷物を降ろしたいんでなぁ」

くつろぐ姿勢こそ、四代目ではなく、一人のたいくつな男にしか見えなかった。
が、そこに現れるのは……。

「よぉ、阿山ぁ。遊びに行こうぜぇ」
「………って、小島ぁ〜お前なぁ」

浮かれた気分でやって来る隆栄だった。



慶造と隆栄、そして、修司の三人は、それぞれの肩書きを捨て、昔の頃に戻った気分で、阿山組本部を出て行った。
それは、真子が天地山で楽しんでいる時期に、必ず行っている事だった。
慶造にも必要だからと、肩書きを捨てる日を、隆栄が無理に作り出す。初めは渋っていた慶造も、隆栄の浮かれた気分で、ふざけた口調には参ってしまい、

それ以上、言うな。力が抜ける。

そう応えて、遊び始めた事。
高校生の頃は、普通に自然と楽しんだり、街で遊ぶくらいだったが、今は大人。
大人の遊びを楽しむ事もあったりするのだが……。


慶造達は、慣れた感じで、大人びた色気のあるネオンが輝く街へと繰り出した。所々で見掛ける阿山組組員。

「今日は勝司達も来てるからなぁ」
「大丈夫だぁって。あいつらだって、四代目もお楽しみだ…としか
 思わないって」
「……お前と一緒にするな」
「いいじゃぁん、別にぃ〜」
「ったく、調子が狂うから、いい加減に…」
「……慶造…小島相手にムキになるなって」
「肩書き外したら、ムキになるに決まってるだろがっ」
「それでも本気に相手することないだろがっ」
「うるせぇっ」

と、いつもの如く、慶造と修司が言い合ってしまう…。そのやり取りは、慶造の心を呪縛から解き放つ事にも繋がっていた。隆栄の作戦勝ちである。
関西との事を考えすぎて、益々闇のオーラが強くなっている。本能が目覚めるのも近いと悟った隆栄の、慶造への思いだった。

慶造達は、色気のあるネオンが輝く店に入っていった。
もちろん、そこは…。

「あらぁ〜、今日はお父さんの方なのぉ?」
「はぁい、陽子さぁん。栄三は来てないよなぁ」

隆栄にとって大切な人物が、表立って仕事をしている場所…小島家の地下で過ごしていた男達のうちの一人・恵悟が経営している店だった。


奥の部屋に通された慶造達。そこにあるコンピュータを慣れた手つきで扱う隆栄は、一つの情報を手にしていた。

「例の行動。どうやら、バックに大きな組織が存在するらしいよ」
「大きな組織?」
「世界を股に駆けているらしい」
「…それが、どうして関西との抗争に勃発するんだ?」
「さぁ、それは、『阿山組が関西に進出するらしい』とでも
 誰かの小耳に挟めば、必然と幹部へ、そして組長クラスへと
 知れ渡るだろ。上が考える事は一つだろぉ、向こうの人間は」
「それで、俺が狙われるのは、解るんだが……」

慶造は頭を掻く。

「下から順に燻れば、慶造が動くとでも思ってるんだろうな」
「直接俺を狙えば、手っ取り早いのにな」
「だからって、歩き回るのは、絶対に止めておけよ」

慶造の考えが解ったのか、修司と隆栄が同時に言った。

「同時に言うなっ、サラウンドだろがっ」

慶造が言った。

「取り敢えず、関西関連の情報を集めたから、頭に入れておけよ。
 それぞれの息子が跡目を継いで、動いているだけに、厄介だぞ」
「昔と情報が変わらないなら、必要ないんだが」
「変わらなくても、力量は上になってる」
「そんなに凄い息子達か…」
「馬鹿ボンじゃないってことだ。…真北さんが訴えた事も
 影響してるらしいぞ」
「命を粗末にするな…。大切な者を泣かせるな…か」
「慶造の目指す世界だな」

修司の言葉に、慶造は

「あぁ、そうだな」

静かに応えるだけだった。

「東北の方は、どうなってる?」

慶造が恵悟に尋ねる。

「そちらは、地山一家の勢力で抑えてありますよ。鳥居組も
 手を出せないようですから、恐れている事態には陥ってません」
「原田が動くような事が、あっては困るからな…」
「そうですね」

恵悟は、東北地方の情報を、パソコン画面に映し出した。
じっくりと見つめ、情報を頭に叩き込む慶造は、軽くため息を付く。

「今のところは、関西からの攻撃に気を配るだけで充分だな」

そう言って、部屋を出て行く慶造だった。

「隆栄さん」

慶造を追いかけて出て行く隆栄を呼び止める恵悟。

「あん?」
「妙な情報も耳にしてるんですが……!!!」

部屋の外が、急に騒がしくなった。隆栄と恵悟は、音が聞こえる方へと駆け出す。すると、そこには、目を覆いたくなる光景が広がっていた。

「……って、陽子、これは一体っ!」
「解らないのよぉ!! 突然、お客さんが暴れ出して!!」

震えながら話す陽子が見つめる先。そこでは、客の男性達が、何かにとりつかれたような恐ろしいまでの形相で、一カ所を睨んでいた。

「トラブルか?」
「解らないの。突然だったから…」

隆栄と恵悟は、客の男達の様子を伺っていた。

…って、嘘だろ?!?

男達が睨んでいる箇所から聞こえてくる声に、隆栄の顔色が変わる。

「なんで、一般市民が阿山を狙ってるんだよっ!!!」
「えっ!!」

隆栄が、客の男達の所へ向かって駆け出した。

「来るな、隆栄っ!! こいつらの狙いは俺だ!」
「って、阿山、そう言ってもだなぁ…って、うわぉぅ!!」

一人の男が、隆栄に向かって、鉄の塊を投げつけた。咄嗟に避けた隆栄は、転がった先で、状況を把握した。

客の男達に狙われている慶造。その慶造を守ろうと慶造の前に体を動かしている修司。しかし、その修司を自分の背後に隠そうとしている慶造。その二人のもみ合い、言い合いが、隆栄の目と耳に飛び込んでいた。

「……って、お前ら、何を争ってるんだよ」
「いつもの事だっ」

隆栄の言葉に、慶造と修司が怒鳴った。

「阿山慶造……殺せ……」

客の一人が呟いた。
その呟きに何かを感じたのか、恵悟が陽子に尋ねる。

「陽子、客の腕、観たか?」
「観たけど」
「何か無かったか? …緑色の…」
「そういや、変わった色のあざだと…緑色なんて……」
「隆栄さん、あの客は……」

恵悟が、隆栄の耳元で、こっそりと告げる。

「恐らく、サイボーグ薬を使ってる連中だと…」
「…その薬は知ってるが、なぜ、一般市民が…?」
「それは解りませんが、兎に角、これは…」
「営業妨害に値するよな」
「はい」
「…だけど、あいつらの狙いは、阿山だ」
「取り押さえても、狙いますよ。それに……」
「サイボーグと言われる程だ。…何もかも尋常じゃない程
 強くなってるし、痛覚も無いから、…阿山にとっては厄介な
 相手だな…」

隆栄の表情が、一変する。
その世界で生きている男だと、解るほど、表情が険しく、そして、鋭い眼差しへと変わっていった。


「慶造、俺に任せろって」
「修司を置いて俺が逃げても、こいつらは俺を追いかけてくるだろが」
「ここで抑えていれば、少しは…」

修司を抑える慶造の手に力がこもる。

「修司」
「なんだよ」
「…こいつら……薬使ってるぞ」
「何?」
「腕……あの緑色は…」
「……!!!! サイボーグ!」

修司が呟くと同時に、客の男達が一斉に動き出した。
それぞれが手にした武器を高く掲げる。
武器と言っても、店にあった椅子や植木、傘などがほとんどだった。
振り下ろされる物をいとも簡単に避ける慶造と修司。それぞれの武器を取り上げ、遠くへ放り投げる。そして、男達の首筋を殴り、気絶させる。
…しかし、相手はサイボーグと呼ばれる薬を体に投与している者達。気絶するどころが、益々狂暴化していく。
どこから手に入れたのか解らないが、服のポケットに隠していたナイフや銃を取りだし、慶造に向けた。
狙いは慶造、ただ一人。
その慶造を守ろうとする修司は、男達の武器を取り上げ、気絶させようと首筋を殴る。
しかし。男達は直ぐに蘇生する……。

「これは、切りがないぞ…」

隆栄が、腰の辺りから、日本刀を取り出した。

「隆栄さん!!」
「一般市民に手を出さない、あの二人だぞ! 二人が疲れ果てるまで
 あの攻防は続くことが解るだろがっ!」
「隆栄さんが手を出せば、それこそ、四代目が気になさります。
 それに、気が散って、かえって危険ですよ!」
「…俺は、そこまで弱っちゃぁいねぇよ…」

地を這う声で隆栄が言う。それと同時に、日本刀を握りなおして、慶造の所へと駆け出した。
隆栄の行動に気付いた慶造は、

「隆栄、来るなと言っただろがっ!!」
「俺に指図するなっ!」

慶造の言葉に聞く耳は無い。隆栄は、暴れる客に次々を峰打ちを食らわせる。
客の男達の勢いが弛み始めた。

サイボーグサンプル84。持続性無し。
店の様子を他の客に混じって観察していた男が、手にする手帳に、そう書き込んだ。
暴れていた客たちは、急に大人しくなる。
息を荒くして、そして、気を失ったようにその場に座り込んでしまった。

「…な、な、…なんだ?!??」

その光景に、戦意を失った隆栄は、倒れる客達を見渡した。それと同時に強烈な痛みが頭の上に落っこちた。

「…っつぅぅぅ!!!! って、阿山っ!」

慶造の拳が、隆栄の頭上に落ちていた。

「お前は〜」
「防御ばかりじゃ、お前が疲れるだけだろが。…しかし…」
「俺の姿を観た途端、急に狙われただけだ。…陽子さんたちに
 怪我は無いのか?」
「無い」
「それなら、安心だ」

慶造は服を整える。そして、出入り辺りに集まった客に目をやった。
一人の男と目があった。その男こそ、手帳に何かを書き込んでいる者。

サイボーグサンプル85。

そう書き込んだ後、男は、慶造と再び目を合わせ、口元を不気味につり上げた。

何…?

慶造の視野の下の方で、何かが動く。
ゆっくりと目線を降ろす慶造は、床に倒れた男達のうち、手に銃を持った者が、ゆっくりと起き上がり、立ち上がるのを目の当たりにする。

…!!!

耳をつんざくほどの銃声が、店中に響き渡った。
店の外に居る人達の耳にも銃声は届いていた。銃声が聞こえる方に振り返る人々。その中に、勝司達の姿もあった。

銃声……。あの方向は…確か…。

勝司の足が、自然と走り出す。

「山中さん?!??」

一緒にいた北野たちは、勝司に急な行動に驚きながら、追いかけていった。

「きゃぁぁぁっ!!」

銃声の後に、悲鳴が響き渡る。

「……!!! 慶造ぉぉぉぉっっ!!!!!」

修司の叫び声が、こだました…。

「俺を…俺を守る奴があるかっ! あれ程、言ってるのに…。
 慶造ぅ!!」

慶造が横たわる床は、徐々に真っ赤に染まっていく。





道病院・手術室前。
修司と隆栄、そして、勝司達が、手術室のドアを見つめていた。
ランプは未だ点灯している。
連絡を受けたのか、ゾロゾロと組員達も集まりだした。

「いくら、一般市民に手は出せないからと…」

隆栄が呟いた。

「それが、慶造だ」
「俺達まで守ること…無いのにな」
「慶造だから、当たり前の行動だろ」
「そうだな……」
「…もう、止めろと……言ったのに……俺の言葉は…」
「聞かないわな…」

隆栄が言った。

「そういう猪熊だって、阿山の言葉は聞かないだろが」
「当たり前だ」
「それと同じだろ? 今日だって、猪熊が先に気付いていたら
 阿山と同じ行動…取ってたろが」
「…ん…まぁ、…それが俺だからな」
「…それにしても……長いな…」
「七発撃たれて、出血も酷い。長引いて当たり前だ」
「真北さんに…どう伝えるんだよ」
「帰ってくる前に、慶造の意識が戻るのを祈るしかないな」
「………一週間で退院出来るのか?」
「慶造なら、しそうだ…」
「えらい言われ方だな…阿山も」

そんな話をしている時に、手術中のランプが消えた。誰もが一歩踏み出す。
手術室のドアが開いた。

「四代目っ!!」
「四代目!」

慶造がベッドに寝かされたまま、運び出される。口には酸素マスクを付けていた。
その姿に、組員達の表情が険しくなる。

「あまり騒がないでよっ、ここは病院だからね。それと
 ICUに暫く入るから」

手術に立ち合っていた美穂が、短く言って、慶造を追いかけていく。

「後は良い。お前達は本部に戻れ。そして、一歩も出るなよ」

修司が力強く言った。

「しかし、猪熊さん。相手を調べるのが先です」
「勝手に動いてみろ。それこそ、この病院にまで迷惑を
 掛けることになる。そして…美穂さんの怒りに触れるぞ」

その言葉で、誰もが口を噤んだ。
美穂の怒りは、誰よりも怖いことを知っているだけに…。

「山中、頼んだぞ」
「はっ。ほら、帰るぞ」

勝司に言葉に従って、組員達は去っていく。

「………知らんぞ」

隆栄が言った。

「解ってる。こうでもしないと、あいつらの事だ。動くだろ」
「そうなる前に、俺が先手を打ってやる」
「小島。それこそ、慶造が…」
「そんな時の為に、俺が付いてる事…忘れたか?」

軽くウインクをする隆栄に、修司は項垂れる。

「俺は止めないが、なるべく…おとなしめに頼むぞ」
「解ってまぁす」
「その口調が、心配だ…」
「任せておけって。俺の得意分野だもぉん」

軽く後ろ手を挙げて、隆栄は去っていった。もちろん、いつもの如く、隆栄を守るかのように桂守と和輝が付いている。

ったく。あまり……派手にしないでくれよ。
慶造に知れたら、それこそ、厄介だぞ。

大きく息を吐いて、修司はICUに向かっていった。





真子達が、阿山組本部へ戻ってきた。
玄関に停まるやいなや、車から飛び出したのは真子だった。

「っと、真子ちゃん!」

春樹が慌てて降りて、真子を引き留めるかのように抱きかかえる。

「放して、放してぇ!! だって、だって…お父様……!」
「真子ちゃん、大丈夫だからと、お話したでしょう?」
「でも…でも……!!!」

真子は、春樹の肩に顔を埋めて泣いてしまう。
玄関まで迎えに出て来た組員達は、その光景に、どうすることも出来ず、ただ、立ちつくすだけだった。
春樹は、真子をあやすように、背中を叩いている。しかし、その眼差しは、玄関先に集まった組員達に、その場を去るようにというものだった。組員達の心の声を気にして…。一礼して静かに去っていく組員達。春樹は真子を抱きかかえたまま、部屋へと向かっていく。またしても泣き疲れて眠ってしまった真子を、ベッドに寝かしつけた。
天地山から一緒に帰ってきた八造達が、顔を出す。

「八造くん、頼んでいいか?」
「はい」

春樹は、それ以上何も言わずに、部屋を出て行った。

「いいのか?」

芯が、心配して声を掛ける。短い言葉だが、八造には、芯が何を言いたいのかが解っていた。

「俺が顔を出せば、親父が怒るからな。それに、親父は
 無事だと言っていたから」
「もしものことがあったら、阿山組はどうなるんだ?」
「解らない。だけど、阿山組は世襲制だと聞いているが…」
「…お嬢様が跡目なのか?」
「それは真北さんが断るだろうな。…やはり山中さんかな。
 後は私が付いてますので、山本先生も向井さんもお部屋の方に」
「あ、あぁ。…でも、何か遭ったら言ってくれよ」
「ありがとうございます」

芯と向井は、自分たちの部屋に戻っていく。八造は、真子の側に腰を下ろし、真子を見つめた。頬を濡らす涙を優しく拭い、頭をそっと撫でる。

お嬢様は決して、四代目のような行動には出ないで下さいね。
私は哀しいですから。

八造の想いは、真子の耳に届いていた。






慶造は、真っ暗な中で目を覚ます。
何が起こったのか解らず、ただ、寝転んだまま一点を見つめた。

俺……何してるんだ?

体を起こそうとするが、全身に痛みが入る。あまりの痛さに慶造は気を失ってしまった………。


再び目を覚ました慶造。今度は周りの眩しさに目を細めた。
ふと香る、桜。ゆっくりと目を開けて、辺りを伺った。
目の前に、桜の木があった。まるで自分を守るかのように。

桜……。

それを観た途端、自分の置かれた状況を把握した。

修司…? 隆栄……? 無事なのか?

しかし、体は思うように動かない。

確か、再び体を起こした奴らが、銃口を向けていた。
それに気付いたのは、自分だけだった。
体が自然と動き、修司を押しのけていた。
その直後に感じた強烈な痛みには、覚えがある。体を突き抜けた銃弾は、後ろの壁に突き刺さったの解った。
それからの記憶は一切無い。

桜の花びらが、一枚一枚舞い落ちてくる。

「こんなところで、何してるの?」

その声に目だけをやる慶造。
その目が見開かれた。

「……ち…さと……」

桜の木の下で寝転ぶ慶造の顔を覗き込むように、ちさとが側に座っていた。

「一人でのんびりしてるなんて、ずるいなぁ」
「ちさと………」

久しぶりに見つめるちさとの笑顔とふくれっ面。慶造は、フッと笑い、

「たまにはいいだろが。ちさとと一緒にのんびりしても」
「そうね…。あなたは無理ばかりしてるから」
「してないけどなぁ」
「また、猪熊さんや小島さんに心配掛けてるんじゃないの?」
「まぁ、なぁ」

少し照れたように慶造は応える。

「いつまでも、それじゃぁ、お二人とも離れていきますよ?」
「…それは困るよ…。俺にとっては、あいつらは大切な友だからさ」
「それなら、もっと考えてあげたら?」
「ん?」
「凄く心配してるわよ」

ちさとが見つめる先に、修司と隆栄の姿があった。心配そうに、慶造を見つめている。
その時、慶造は何かに気が付いた。
確か…ちさとは…。
あの二人も居る…。

ま、まさかっ!!

慶造は驚いたように体を動かすが、体中に激しい痛みが走った。

「あなた。あまり無理しては駄目よ?」
「ちさと…まさか、修司も隆栄も…」
「なんていう顔をしてるの? 猪熊さんも小島さんも、あなたが
 守ったんでしょう?」
「…確かに…あの時は……」
「あら?」
「ん?」

ちさとの声に、慶造は顔を上げた。
ちさとの表情が和らぎ、慶造が大好きな笑顔に変わる。
心が和む笑顔。
慶造は、その笑顔に見とれていた。その瞬間、ちさとは立ち上がり、何処かへ歩いていく。

「ちさと……何処に行く?」

慶造の呼びかけに、ちさとは、ちらりと振り返るだけだった。
目の前にある桜の木から、花びらが舞い落ちる。
突然の風と同時に、桜吹雪に変わり、慶造を埋め尽くしていく。

「うわぁっ」

思わず目を瞑る慶造。桜の花びらに埋もれていくが、とても安らぐものだった。
誰かに手を掴まれた。その手を握り返す慶造は、その手に、覚えがあった。

この手のぬくもりは………。

……真子っ!!




ICUで治療中の慶造の側に、真子が座っていた。
慶造の手を握りしめている。

「真子ちゃん、大丈夫でしょう?」

側に立つ美穂が、優しく声を掛けてきた。

「温もりがある…生きてるのね?」
「後は意識が戻るのを待つだけよ。落ち着いてるから」
「…うん…」

真子は手を放そうとした。しかし、その手は力強く握りしめられた。

??? お父様??

「真子ちゃん…真北さん登場だわ…」

その声に、真子はガラスの向こうを見つめた。
春樹が姿を現し、ガラスの向こうから様子を伺っていた修司に何かを言っていた。修司は、春樹に謝っている様子。

「あらら…本当に真北さんが怒っちゃったわねぇ」
「猪熊のおじさんは悪くないのに…私が無理に言ったから…」
「後でちゃんと説明すれば、真北さんは怒らないわよ」
「…それ……は…、解らんぞ…。真北が俺に怒るだろが…」

その声に、真子と美穂が振り返る。
慶造が意識を取り戻した瞬間だった。

「慶造君!」
「お父様っ!!」
「……どれくらい寝ていた? 真子が帰ってるから……」
「違うわよぉ。事件を聞いて、直ぐに帰ってきたから…
 五日経ってる」
「…そうか……ごめんよ、真子……」

自分の手を握りしめる真子を見つめる慶造。
真子は、ただただ、涙を流しているだけだった。そして、

「…心配……したんだからっ!! 死んだと思ったんだからぁ!!
 お父様の馬鹿ぁっ!!!」

真子は、突っ伏して泣きじゃくっていた。

真子の声は、ガラスの向こうに居る春樹達に届いていた。ガラスにへばりつくように、中の様子を見つめている。

「美穂ちゃん、容態は?」
「言えません。ただ、生死の境を彷徨ったとだけは言っておくわよ」

相変わらず冷たい言い方をする美穂に、慶造は相当大変だった事を把握する。

「真子」

慶造が呼ぶものの、真子は泣いているだけ。

「美穂ちゃん、暫く…いいかな…」
「長話は駄目よ」
「側に居るだけで…いいよ」
「解った。窓の向こうの厄介な人達には伝えるわよ」
「あぁ」

美穂は、慶造の容態を確認して、ICUを出て行った。
窓の向こうでは、美穂の説明をしっかりと聞く男達の姿があった。慶造は、真子を見つめている。真子が泣きやむのを待っているのだった。慶造の眼差しに気付いている真子は、一生懸命泣きやもうとしているが、どうしても、しゃくり上げてしまう。
慶造の心の声が聞こえているのか、真子は泣きながら笑い出した。

「もぉぉっ」

そして、ふくれっ面になった。

「パパ…」
「ん?」
「もう少し一緒に居たいけど…駄目かな…」

真子が甘えている。

「どうだろう。美穂ちゃんの許可が必要だと思うけど…」
「……パパは…嫌?」
「俺は離れたくないけどな…」
「それなら、一緒に居る…」

そう言って、真子はベッドに顔を埋めて、眠り始めた。

「…真子?」

真子の寝息を耳にした慶造は、戻ってきた美穂を見上げる。

「天地山から帰って来た後、ほとんど眠ってないそうよ。
 修司くんは、ずっとここに居て、本部の様子を見に行った途端
 真子ちゃんに捕まって、断れなくなったんだって」
「ったく、俺には強く出る癖に、真子には弱いんだな」
「ちさとちゃんにも、そうだったでしょう?」
「…あぁ、そうだな…。………ちさとに逢ったよ…」

静かに言った慶造。何となく寂しさを感じた美穂は、ただ、微笑むだけだった。

「どうする? 真子ちゃんと添い寝する?」
「えっ?」
「このまま熟睡しそうだから…それに、今……夜だから」
「……それを、早く言えよっ!!」
「そんなに元気なら、心配無いわね。明日にでも一般病棟に
 移す事できそうね。痛むとこ、ある?」
「痛みは無い。………それより、修司と隆栄は、無事なのか?」
「猪熊君は無事」
「…は…ということは、隆栄……まさか…」
「隆ちゃんも無事よ。その代わり……」
「ん? ……まさか…隆栄の奴…」
「怒りは退院してからにしてね。傷が悪化するでしょう?
 これ以上、真子ちゃんに心配掛けないように」
「…わ、解ったよっ…ったく」

美穂は真子を抱きかかえる。その時、初めて、慶造と真子が手を繋いだままだと気が付いた。

「…このままの方が良いでしょう? こんな時くらい、
 親子仲良く過ごしたら、どう?」
「……言葉に甘えるよ」

自分の隣に寝かされた真子を優しい眼差しで見つめ、そして、手を繋いでいない方の手で、真子を抱きしめる。

「あまり動いたら、傷口が開くから、気をつけてね」
「修司を押しのけた後、記憶が無いんだが」
「腹部に三発、胸部に一発…心臓の近くだったわよ。動脈を
 傷つけていたから、出血が酷かった。そして、右大腿部に
 二発、左大腿部に一発。足の分は全て貫通したみたいね」
「あの高さから撃つと、そうなるのか…」
「隆ちゃんから聞いたけど、例の薬を使っていたんだって?
 それも一般市民が」
「あぁ」
「だからって、何もしないなんて」
「出来ないだろが。…でも、小島のお陰で助かったけどな。
 小島の手を…」
「気にしないでね。それが隆ちゃんだから」
「…ありがとな……」

慶造は眠りに就いた。真子を抱きしめる手に、少し力がこもる。そして、

「あららぁ、滅多に見ること出来ない表情だわぁ」

美穂が呟いたように、慶造の表情は、まるで幼子のように、柔らかかった。



真子と慶造の様子をガラス越しに見つめている春樹は、側に居る修司に尋ねる。

「……猪熊さん、小島さんは、どこに?」
「さぁ、私は監視してませんから」

修司の口調で、春樹は隆栄の行動に気が付いた。

「…真子ちゃんは明日まであの状態だろうから、
 後をお願いしてもよろしいですか?」

春樹の言葉で、これからの春樹の行動が解る修司。
いつの間にかお互いの事が解るようになっている。

「慶造には、どのように?」
「例の事後処理とでも伝えて下さい」
「お嬢様には?」
「慶造の代わりに八造くんと仕事」

そう言って春樹は、去っていく。

慶造にばれたら、それこそ、真北さんもとばっちりですよぉ〜。

口にしたい言葉を堪え、修司は、春樹の後ろ姿を見送った。



本当に親子揃って、厄介だなぁ〜。

車に乗り込む前に、大きく息を吐き、肩の力を落とす春樹。
向かう先は………??



(2005.7.18 第六部 第三十三話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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