任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第六話 争奪戦

朝。
慶造は、フッと目を覚ました。

ったく…何時だよ……。

未だに朝には弱い慶造は、いつも聞こえてくる組員や若い衆の朝稽古の声とは別に、賑やかな声を耳にして、更に不機嫌になってしまう。
布団を引っ被り、再び眠りに就こうとしたが、何かに気付き、ガバッと体を起こした。
時計は午前十時を回っている。

寝すぎた…。って、いつもは起こしに来るだろがっ!

慌てたように起きた慶造は、服を着替える。

『今日は予定無いんだけどなぁ〜』

ドア越しに聞こえてきた声に、慶造の行動が停まった。

「修司…起こせよ」

ドアを開け、廊下で待機していた修司にドスを利かせる慶造に、修司はただ、微笑んでいるだけだった。
慶造の耳に飛び込んできた声。
それは、真子のはしゃぐ声だった。

「庭…か?」
「あぁ。池に水を張ってる所だ」
「水??」
「真子お嬢様が気になさってな、栄三ちゃんに言ったら、
 栄三ちゃんが準備をして…」
「……って、修司。言ってる事が解らん…」
「鯉も運ばれてくるって」

修司の言葉に、慶造の表情が曇った。
遠い昔の事が、脳裏に過ぎる。

慶人………。

忘れていた感情が蘇る。慶造が唇を噛みしめた事で、何を思い出したのか解った修司は、優しく言った。

「だから、起こしたくなかったんだよ」
「どっちにしろ、知ることになるだろが」
「お前が、あの庭の事を気にする日は、ほとんどないだろ?
 知った時は、すでに…って思っただけだって」
「………。ここの家主は誰だ?」
「慶造」
「誰の許可で…。あの池の構造は…」
「真子お嬢様が知るはずもない」
「…そうだな。…でも、相談があっても…」
「栄三ちゃんに真っ先に話したから、無理だなぁ」
「まさかと思うが、終わった後に報告か?」
「そりゃそうだろ。真子お嬢様が関われば、お前は何も言わん」
「まぁ…な」
「それに」
「ん?」

修司の口調が気になり、顔を上げる慶造。
修司の眼差しは、とても温かく……。

「もう、大丈夫だろ?」

何に大丈夫なのか。修司が言いたい事は、解っている。
真子の明るい声を聞けば、笑顔を見れば、お前も和むだろう?


裏庭では、栄三が池に水を張り、その様子を真子と芯、そして向井と八造が見つめている。
真子の眼差しは、ワクワクしているのか、輝いていた。

「もう少し待って下さいね」
「うん! ねぇ、ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「ここで泳ぐの???」

鯉が泳ぐのか…と尋ねていると思った芯。

「えぇ」
「浅いよね。ぺんこうやむかいんは、泳ぎにくいと思うけど…」
「…………あの……お嬢様…」
「はい」
「ここで泳ぐのは、私たちではなくて、…鯉なんですが…」
「一緒に泳げないの??」
「鯉…とですか?」
「うん! ほら、イルカみたいに、一緒に…」

真子が何を考えていたのか、この時、栄三を始め、芯、向井、そして八造は理解した。しかし、真子のすっとぼけた勘違い。笑いたいが笑えない……。
しかし、真子は頬を赤らめ、照れたように首をすくめた。

しまったっ!!!

誰もが思ったが、すでに遅し。
真子に心の声を聞かれてしまった。

「…だって、…その…楽しそうだったから…それに、その…。
 お父様も心を和ませるかと…思ったの……」

更に照れたような感じで、真子が言う。
そんな真子の表情や仕草が、その場に居る男達の心が高鳴ったのは当たり前。
何かを誤魔化すかのように、目を反らし、そして、鯉を放つ準備をし始めた。

「おっ待たせぇ〜っ!!」

鯉を入れた容器を持って、腰をフリフリする健。
庭に漂う雰囲気を一変させた。


水が弾け、鯉が泳ぎ出す。

「わぁはぁ〜〜」

声にならない程の感動。真子が池の中を覗き込む。
優雅に泳ぐ鯉に魅了されていた。健が、真子に鯉の説明をしている。健の言葉を真子は真剣に聞いていた。

「……栄三」

真子の様子を後ろから見つめていた芯が、隣に立つ栄三に静かに声を掛ける。

「ん?」
「いくらした?」
「言えんな」
「一匹、三桁…それを七匹…」
「大丈夫だぁって」
「ほんと…毎回高価だな」

八造が呟くように言った。

「お嬢様が喜ぶなら、なんだってするさ」
「遊園地の話、聞いたことあるよ。お嬢様は不思議がってる」

栄三をちらりと見つめて、芯が言った。

「解ってる事を敢えて言わないとあかんか?」

ちょっぴり怒った口調で栄三が尋ねる。

「いいや。応えなくていいよ」
「それより、むかいん。準備は?」
「時間に合わせてるだけだ。心配するな。ちゃんと人数分あるから」
「それなら、いいが…」

栄三は、ちらりと目線を移す。
そこには、隆栄の姿があった。栄三に軽く手を挙げて、その場を去っていった隆栄。
その手にあるもの。
それは…。




春樹は、部屋で読書中。ドアがノックされた事で顔を上げ、短く返事をした。

「どうぞ」

その声と同時に入ってきたのは、隆栄だった。

「お待たせしましたぁ」

そう言って、手に持っている箱を春樹に差し出した。春樹は本を横に置き、隆栄が持ってきた箱を手に取った。

「それで、後は?」
「一応、川原に頼んで準備してますよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、今回は参りましたよぉ。これの形にするのは、
 ほんと……ねぇ〜ったく。無理難題…今までの中で一番ですよ」
「無理なら良いと申したでしょうがぁ」
「やっぱり、栄三には負けたくないからねぇ」
「親子で張り合ってどうするんですか」
「兄弟で張り合う方には言われたくありませんよっ!! っと!」

隆栄は言い終わる前に感じた風を、軽く避けた。

「かなり回復してきましたね」

隆栄の動きを見て、春樹は少し安心していた。

「後は繋げるだけで、大丈夫ですよ」
「お手数掛けます」
「いえいえ」

何を企んでいるのか、この二人。
裏庭の賑やかさを耳にしながら、微笑み合っていた。

驚く顔が楽しみだな。

春樹の笑みが更に増す……。





慶造は自分の部屋でくつろいでいた。
側には修司が付きっきりなのだが…。

「なぁ、修司」
「あん?」
「暇…なんか?」
「まぁ、暇と言えば、暇かもな。でも予定あるぞぉ」

いつにない、だらけた返事をする修司だが、それを気にすることなく、慶造は話し続けていた。

「それなら、そっちに回せ。時間の無駄だろ」
「回してる」
「………俺の側に居ることが、予定か?」
「いいや。時間つぶし」
「………………俺の側に居ることが、時間つぶしか?」
「あぁ」
「……!! あのなっ」

修司の言葉に、なぜか怒りを覚えた慶造。

「招待されてるんだよ」
「何に?」
「真子お嬢様の誕生日会」
「…真子は知らんだろ…。誰から招待されてる?」
「栄三ちゃんと向井くん」
「…変わったメンバーだな」
「今年の主催が二人らしいよ」
「で、俺は?」
「…………慶造?」

何かに期待するかのような眼差しで、修司に尋ねた慶造。そんな慶造を初めて観たのか、修司は、何故か恐怖を感じた。

「あん?」
「何を当たり前の事を…。毎年、部屋の隅に居るだろが」
「そっか。……ということは、あの男…今年も用意してるよな…」
「恐らくな」

と修司が応えた時だった。
慶造の部屋のドアがノックされる。
その途端、慶造と修司は、顔を見合わせる。

「来た…よな…修司」
「そうみたいだな…」

修司がドアを開けると、そこには、

「四代目、今年もお邪魔させていただきます」

飛鳥が大きな箱を持って、立っていた。

「慶造、どうする?」
「どうするも何も…って、早すぎるぞ。昼過ぎになるはずだ」
「今年も、こちらの食堂ですか?」
「あぁ」

真子の誕生日は、毎年、隣の高級料亭で行っていた。しかし、阿山組に芯が来て、向井が真子の専属料理人になってからは、本部にある食堂で行われるようになった。

「それより、今年も大きいなぁ」
「色々と考えた末ですよぉ」
「……一体、何だ?」
「真子お嬢様にお渡しした後に、どうぞぉ。では、私は
 おやっさんのところで…」
「あまり迷惑掛けるなよ」
「心得てます〜」

そう言って、飛鳥は隣の料亭に向かって行った。

「なんか毎年楽しみにしてるみたいだなぁ、飛鳥は」

飛鳥の後ろ姿を見送りながら、修司が呟く。

「その飛鳥を観るのが楽しいよ」

と、慶造は微笑んでいた。



裏庭では、真子と健が、いつまでも鯉を眺めていた。
向井は、その場をそっと離れ、料理の用意に取りかかる。
八造は、少し離れた場所で、待機していた。
栄三は、真子と健の楽しい雰囲気を味わうかのように、二人を見つめている。
しかし、芯は……。

「ねぇ、ぺんこう!」

真子が振り返って呼ぶ。しかし、芯の表情は暗かった。

「ぺんこう、どうしたの?」

心配した真子が声を掛けてくる。

「あっ、いえ、すみません……」
「もしかして、体調…悪いの? 無理して…」
「いいえ、無理はしてません。ただ…」

芯は少し離れた所に居る八造に目をやる。

「くまはちが、仕事中なので…」

真子も、目線を移した。
確かに、八造は『ボディーガード』としての仕事中。

「くまはち!」
「はっ」

真子に呼ばれると直ぐに応え、近づいてくる。

「……くまはち…私、言ったよね。ここに居るときは……」
「拝聴しております」
「なのに、何をしてるの?」
「…すみません……」

八造は、そう言ったっきり、何も応えない。

「もしかして、おじさんを呼んだ事……怒ってるの?」

真子は八造と修司の事を少しばかり、栄三から聞いていた。

親子なのに、どうして?

と疑問に思ったものの、真子自身も慶造とは話をし辛いこともあり、それ以上は言わなかった。それでも、自分にとって大切な人たちが、そうであるのは、嫌だった。だから、栄三と向井に、この日のことを頼んでいた。
自分の誕生日だけど、親子が打ち解ければ…。
自分自身の事も含めて…。

「親父を招待した事に怒ってるのではありません」
「それなら、どうしたの?」
「…その………ぺんこうのオーラが……」
「俺のオーラ?」
「警戒してる」
「警戒じゃなくて、嫌な感じがするだけだ。あまりここには長居したくない」
「あっ、ごめんなさい。…私、嬉しくて……」
「お嬢様は悪くありませんよ。恐らく、ここの…」

と口にしたが、それ以上は何も言わなかった。
芯は気付いている。
この裏庭の下に、隠し射撃場があることを。そして、鯉が泳ぎ始めた池こそ、その射撃場からの抜け道の出口がある所。もし、その出口が開いたら…。そう考えると、芯は自然と警戒してしまう。
銃に対して、とても敏感な自分に驚きながら…。

「あれ、むかいんは?」

その場の雰囲気を変えるかのように、栄三が声を発する。

「食堂」

芯が応えた。

「それでしたら、お嬢様。むかいんの仕事っぷりを観に行きませんか?」

栄三が、笑顔で尋ねると、真子も笑顔が輝き、

「うん! ぺんこう、くまはち、健! 行こう!」
「はいっ」

真子の明るい声が、その場の雰囲気を更に明るく変えた。





阿山組本部の近くを男性と小さな女の子が歩いていた。女の子の手には、かわいい袋が握りしめられている。にこやかな表情で歩く女の子とは違い、男性は少し困った表情で歩いていた。

「もぉ〜山都(やまと)さん! ここまで来たんだから、そんな顔しないでよぉ」
「そう言われましても、何の連絡もせずにお訪ねするのは、
 やはり…四代目に…」
「あのね、山都さん」
「はっ」

歩みを停めた二人は、向き合った。

「私は、四代目に会いに行くんじゃなくて、真子ちゃんに
 会いに行くんだよ? お父さんばかり、毎年ずるいでしょう!」
「そう言われましても…」
「いいの! 真子ちゃんのお友達なんだから! それに、すぐそこ」
「は、はぁ…」

困った表情の山都とは違い、女の子・飛鳥の娘・洋子は、嬉しい表情をしたまま、再び歩き出した。そして、二人は阿山組本部の門の前に到着。

「洋子お嬢さん! こんにちはっす」
「こんにちは」
「おやっさんは、隣の料亭におられます。お呼び致しましょうか?」

門番をしているのは、この日の当番となっている飛鳥組の若い衆・矢好(やよい)。もちろん、洋子の顔も知っている。

「お父さんに会いに来たんじゃなくて、今日の主役の
 お祝いに来たの! 入っていい?」
「あっ、それは、困ります」
「顔パス! 顔パス!」

そう言って、洋子は本部へと入っていった。

「わちゃぁ〜…すまん、俺が責任を持つから」
「山都さん、申し訳御座いません!」

洋子を追って、山都も本部へ入ってくる。そして、玄関先でも同じように声を掛けられた。
玄関で話をしている時だった。
飛鳥が丁度通りかかる。

「お父さん、見っけ!」
「…って、洋子っ! 何をしてる?!」
「真子ちゃんの誕生日でしょう? 私も参加!」
「呼ばれてないだろが」
「それでも真子ちゃんは断らないもぉん。あがっていい?
 真子ちゃんは何処??」
「……あがぁっ、ちょっと待てって。四代目に話してくるから」
「あのねぇ。私は真子ちゃんに会いに来たの。四代目は関係ないもん」
「それでもなぁ。………山都…お前はぁ」
「も、申し訳御座いません」
「山都さんは悪くないの。私が一人で来ようとしたら、
 心配だからと付いてきたんだもん。今日の門番は
 矢好さんだって知っていたから、問題ないと思ったんだもん」
「解っているなら…」
「飛鳥、どうした?」

玄関での声に気付いた慶造が、修司と一緒にやって来た。

「四代目っ!」

突然現れた慶造に、山都は深々と頭を下げる。飛鳥は、なぜか焦っていた。

「洋子ちゃんも連れてきたのか。それなら真子も喜ぶよ」

慶造の言葉に呆気を取られる飛鳥。

「あっ、いや…」

と応えようとする飛鳥そっちのけで、慶造は洋子に話し始める。

「真子なら、食堂で向井の料理っぷりを観てるよ」
「むかいんさんのお話なら、真子ちゃんから聞いたことが
 ございます。挨拶が遅れました。こんにちは。お邪魔します」
「どうぞ」
「では、お父さん。後程」

先程、飛鳥と話していた姿とは全く違い、すっかりお嬢様の雰囲気を醸し出している洋子。
慶造と並んで話ながら、洋子は屋敷の奥へと歩いていく。二人の後ろを修司が付いていく。呆気に取られる飛鳥と山都。そこへ修司が引き返してきた。

「山都さんもどうぞ」
「いえ、私は…」
「真子お嬢様が恐らくお待ちだと思いますよ」
「…よろしいんでしょうか…」
「四代目からのお言葉ですから、お気になさらずに」
「…は、はぁ…ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて…」

恐縮そうに屋敷へあがる山都だった。


食堂では、テーブルに並んでいく豪華な料理に魅了されている者達が居た。
そこへ慶造と洋子がやって来る。

「お父様! …洋子お姉さん!!」
「真子ちゃん、お誕生日おめでとう!」

そう言って、手にした袋を真子に手渡した。

「えっ?? 何??」
「喜んでもらえると嬉しいなぁ」

真子は、袋を受け取り、中を見た。かわいい柄のペンケースが入っていた。

「かわいいぃ!」

真子が洋子を見つめる。

「ありがとうございます!」

はきはきと返事をする真子に、

「学校で、使ってね!」

洋子は、優しく言った。

「では、お嬢様、始めましょうか!」

向井の声と同時に、真子の誕生日パーティーが始まった。



テーブルに並ぶ豪華な料理に心を和ませながら、パーティーに招待された者達は、色々な話で盛り上がっていた。
真子は、洋子と一緒になって、学校の話で盛り上がる。それを聞いているのは、慶造や春樹、そして飛鳥だった。飛鳥は、洋子の面白い話に、時々横やりを入れる。それに負けじと洋子も言う。そのやり取りを見つめる真子は、微笑んでいた。
自分も、父と……。
そう思うが、何故か躊躇ってしまう。
慶造も同じように思っていた。
真子と、楽しく話したい。だけど…。
新たな料理が運ばれてきた。

「お待たせ致しましたぁ」

更に、ドォンとテーブルに並ぶ。
誰もが目を点に…。

「…向井…、まだ、作るつもりか?」

慶造が静かに尋ねると、

「はい。少々お待ち下さいませ」

と張り切って厨房へと戻っていった。

「………いくら、大食らいが居るとしても…多すぎるだろ…」

そう言って、慶造は春樹に目をやった。

「むかいんの真子ちゃんへの気持ちだ。有難く思えって」

春樹の言葉に、慶造は息を吐く。

「それは解ってるけど、量の問題と言いたいんだって」
「食べるだろ? くまはち」
「はい」

即答する八造。すぐに料理に手を伸ばす。
その手を叩かれた。
顔を上げると、そこには向井が立っていた。

「お嬢様より先に手を付けるなと…何度も言ってるよなぁ」

向井の言葉に、八造は手を引っ込める。

やっぱり、向井の方が強いのか…。

誰もが思った瞬間だった。



たくさん食した後、真子への誕生日プレゼントを渡す時間が始まる。
飛鳥が、大きな包みを真子の前に差し出した。

「お誕生日おめでとう!」
「おじさん、ありがとう! 開けていい?」
「はい、どうぞ!」

真子は、ゆっくりと包みを剥ぎ取り、包まれていた物を取り出した。
それは、真子と同じくらいの大きさの猫のぬいぐるみ。

「大きいぃ〜」
「……飛鳥、お前…」
「お嬢様、抱きついてみてください」
「こう?」

真子は、大きなぬいぐるみに抱きついた。
真子の眼差しが変わる。

「どうした、真子!?」

慶造は焦ったように真子を呼ぶ。

「肌触りが気持ちぃ〜、そして、ふわふわするの!」
「それは、抱きぬいぐるみと言って、今、流行っているんですよ。
 お嬢様も毎晩、そのぬいぐるみと一緒に眠れば、
 とても良い夢を見ますよ!」
「本当!? 嬉しい〜。飛鳥おじさん、ありがとう!」
「喜んでいただけて、私も嬉しいです」

真子は、本当に喜んでいる。何度も何度も、ぬいぐるみに抱きついていた。

その後、八造からは、新たなトレーニングウェアと靴を、芯からは、小学生が持つとは思えない辞書と参考書、修司からは、かわいい帽子。食堂の組員達からは、真子専用の新たな食器が。
たくさんのプレゼントをもらい、真子の笑顔は更に輝いていた。
そして…。

「はい、真子ちゃん。お誕生日おめでとう」
「真北さん、ありがとう! …開けて…いい?」

春樹は、そっと頷いた。
真子が箱を開けた。そして、中をそっと覗き込む。
丸い所に、三角が二つ付いている。そっと手を入れ、それを取り出した。
猫の置物……。

「……猫??」

猫の置物のように見える。しかし、猫の前足が、何となく変。真子はそれを手に取った。
取れた!!

「あれ?」

猫の前足が取れた。猫の肉球にあたる所に無数の穴が空いている。前足の付け根の部分にも、無数の穴が空いていた。その前足から、猫の本体にコードが繋がっている。
真子は、その猫を観察するように見ていた。
お腹の辺りに、四角い物があるのに気付き、手を伸ばした。
その途端、お腹が開く。
真子が驚いて手を引っ込めた。
開いたお腹には、ダイヤルが付いていた。
それは、真子の記憶にある物…。

「これ…電話??」
「正解ぃ〜!! 真子ちゃん専用の電話だよ」
「ほんと?」
「えぇ。わざわざこの食堂まで足を運ばなくても
 真子ちゃんの部屋に電話を引けば、いつでも
 お話できると思ってね」
「まきたんと?」
「えぇ」
「いいの?」

と真子は、慶造を見る。慶造は、微笑んでいるだけだが、真子には解っていた。

「ありがとう!!」

真子の声は、かなり弾んでいた。




真子の部屋。
春樹からもらった電話が、本棚の中央に設置される。
待ちかまえていた隆栄が、コードを繋いだ。

「はい、出来ましたぁ」
「小島のおじさん、ありがとう!」
「どういたしまして。そうそう。お嬢様、これ、どうぞ」
「はい?」

隆栄が差し出した封筒を観て、首を傾げる真子。

桂守さんからですよ。

真子にしか聞こえない声で、隆栄が言った。その途端、真子の表情が、一変する。
喜び溢れる表情だった。

「ありがとう…って、その…」
「お伝え致します」

真子の笑顔につられるかのように、隆栄も微笑んだ。真子は、隆栄から受け取った封筒を大切そうに、胸元で抱え込む。

「真子ちゃん、何をもらったん?」
「秘密!」

そう言って、真子は電話を覗き込む。そして、受話器になっている前足を手に取り、耳に当てた。
ツーと一定の音が聞こえてくる。
しかし、その後は、何もない。

「………。……真北さん……」
「はい」
「声が聞こえてこないんですが…」
「…誰も話してませんが…」

真子と春樹のやり取りに、真子の部屋に居る者達の行動が停まる。

「あっ……!!!」

真子は真っ赤な顔をして、首をすくめた。

「私がここに居るのに、電話は掛けられませんよ」
「そう…だよね」

と言って、真子は受話器を置いた。
その途端……。

ニャーゴ、ニャーゴ……。

猫の鳴き声が聞こえてきた。

「………小島さん…」
「はい…なんでしょうか…真北…さん」
「…もっと、かわいい泣き声……」
「すみません!! これが精一杯だったんです!!!」

聞こえてきた鳴き声は、真子専用の猫電話の呼び鈴。
それも、可愛い声ではなく、…なんだか…だみ声……。

「真子ちゃん、電話鳴ってるよ」
「うん。……取って……いい?」
「えぇ」
「………と、……取る!」

緊張しているのか、真子は、生唾をゴクリと飲み込んで、意を決して受話器を手に取った。

「もしもし、真子です!!」

勢い良く出る真子。

「真子ちゃん、落ち着いて、落ち着いて…」
「うん。…真子ですけど、どちらさまですか?」
『私です』
「ぺんこう!!」

そう。一番に電話を掛けてきたのは、芯だった。
真子のパーティーが終わり、電話を取り付ける為に、真子の部屋に向かった春樹達。しかし、芯と向井だけは、食堂に残っていた。
芯は、片手にメモを持っていた。

ここから、それに掛けてくれ。いいな、十分後だ。

春樹に言われ、食堂で待機する芯。言われた通り、十分後、食堂にある電話から、その番号を押した。
出た相手の声に、芯は驚いた。
真子だったのだ。
真子専用の電話番号だった。
芯は、メモの番号を見つめ、その隅っこに書かれていた文字に気が付いた。

お前だけに教えてやる。
俺はいつでも逢えるからさ。

ったく……。

そう思いながらも、真子と話を弾ませていた。
その表情は、今までにないくらい、輝いていた。



「真子ちゃん、どうしても?」
「うん!」
「お嬢様、本当に…」
「うん。ごめんね、ぺんこう。今日は…」
「では、お言葉に甘えて、私は、むかいんとくまはちで…」
「むかいんは、早く寝るけど、くまはちは、遅くまで起きてるみたいだから…」
「えぇ。では、お休みなさいませ」
「お休み、ぺんこう! 良い夢を。それと、…今日はありがとう!」

真子の笑顔に見送られ、芯は真子の部屋を出て行った。

「真子ちゃん……俺は…」
「真北さんも、お父様と語り合ったら?」

まるで、それを知っているかのように、真子が言う。

「本当に、よろしいんですか?」
「うん! だって、もらったその日に使わないと、
 飛鳥おじさんが、哀しむでしょう?」

そう言って、真子は大きな猫のぬいぐるみを抱きしめた。
この日、飛鳥からもらったプレゼントと一緒に寝ると言って聞かない。
添い寝して、誕生日の感想を聞こうと思っていた春樹は、思いっきり寂しそうな表情をしていた。しかし、その表情は真子には知られていない。真子は、猫のぬいぐるみに夢中だった。
とても心地よくなる肌触りに、真子はうっとりとしていた。

「では、私はこれで」
「うん。ありがとう、真北さん。…その……電話…」
「いいえ。これで、ぺんこうといつでもお話できますね」
「うん! 嬉しい! ぺんこうも、喜んでた?」
「それは、もう、思いっきり…ね」

ちょっぴり嫉妬っぽい言い方だが、真子には通じない。

「もし、何かあれば、すぐに呼んで下さいね。飛んできますから」
「いつも、ありがとうございます」
「では、お休みなさい」
「お休みなさいませ。ゆっくり休んでね」
「はい」

芯に負けないくらいの笑顔で、真子に返事をする。真子が、ぬいぐるみをベッドに置いて、ベッドに座る。ぬいぐるみを抱きしめながら寝転び、春樹は、真子とぬいぐるみに布団を掛け、

「電気消しますよ」
「はい」

部屋の電気を消す前に、真子の頬に軽く口づけをして、そして、電気を消した。
そっと真子の部屋を出て行く。
真子は、ぬいぐるみをギュッと抱きしめ、眠りに就いた。


廊下を歩く春樹は、向井の部屋の前を通る。
向井の部屋からは、芯と八造の声が聞こえてくる。笑い声も聞こえてきた。
フッと笑みを浮かべて、自分の部屋を通り過ぎ、とある部屋へと向かっていった。
そこは、慶造の部屋。
ドアをノックし、いつもの如く、返事も聞かずに入っていく。

『あのなぁ、返事を聞いてから入ってこいっ』

と、いつものように慶造の一喝が入った。
慶造は、テーブルで、本を読んでいた。入ってきた春樹に目をやった。春樹の顔を見た途端、大笑いしてしまう。

「がっはっはっは!! なんて面してんだよ!」
「慶造ぅ〜笑いすぎだ!」

そう言って、慶造の前に座る春樹。
一服吸うのを忘れない。テーブルの上にある煙草の箱に手を伸ばし、火を付けた。

「真子に添い寝出来ないからって、何もそんな面せんでも」
「うるさぁい」
「で、真子は…」
「猫のぬいぐるみと一緒に眠った」
「飛鳥が言ったように、良い夢ばかり見てくれるといいんだが…」
「そうだな」

二人の声は沈んでいた。
そして、どちらからともなく、立ち上がり、部屋を出て行く。
足の赴く先は、いつもの縁側。しかし、そこには既に、二人の男の姿があった。

「四代目!」
「慶造さん」
「おう、お前らも居たとはなぁ。…そっか、向井の就寝時間は
 真子と同じだもんな」
「えぇ。明日は早いと耳にしたら、長居は出来ませんから」
「それもそうだな」

と慶造は言いながら、八造に座布団を勧められ、縁側に腰を掛ける。春樹も隣に腰を掛け、芯は、慶造に勧められて、春樹とは反対側の慶造の隣に腰を掛けた。八造は、三人の後ろで待機する。

「八造くんも、くつろげって」
「いいえ、私は…」
「気にするな」

慶造の言葉を聞いて、八造は芯の隣に腰を下ろす。

四人の男が座るには、ちょっぴり窮屈な縁側。それでも、四人は、のんびりと時を過ごしていた。
慶造と春樹が、煙草に火を付ける。

「山本ぉ、残念だったなぁ」

芯に煙草を勧め、火を付けながら、慶造が言った。

「何がでしょうか」
「夏休みは、真子と一緒に…と思っていたんだろ?」
「はぁ、まぁ…そうですが…」
「一緒に寝ること…無理みたいだな」
「私は構いませんよ。私よりも、真北さんでしょう?」
「俺は、寝顔だけで充分だ」

芯の言葉に、即答する春樹。

「ほぉ〜、よぉ言うたなぁ」

慶造が、煙を吐き出しながら言う。

「八造君も、一緒の時間が減って、寂しいだろ?」
「そのような事は御座いません。お嬢様の笑顔を拝見するだけで
 私は、大丈夫ですので」
「ったく、どいつもこいつも、真子の事ばかり考えやがって…」

と慶造が言った途端、

「それは、お前もだろが!」
「四代目もですよ!」
「慶造さんこそ!!」

三人三用の言い方で、慶造を責めてきた。
それに驚く慶造は、手に挟んでいた煙草を庭に落としてしまう。慌てて煙草をもみ消したのは、八造だった。

「……何も、三人で責めなくても…いいだろがぁ」

口を尖らせながら、ふてくされる慶造に、そこにいる男達は、微笑んだ。


その時だった。

何かが落ちるような、鈍い音が聞こえた。
音が聞こえた方へ、四人は一斉に目をやった。
そこは、真子の部屋がある所…。

「…………まさかと思うが…」

慶造が呟く。

「そのまさか…かもしれない…」

春樹が言った。

「……そのまさかだったら、……お前ら、添い寝していて
 無事に朝を迎えるとは……大丈夫なのか?」

慶造が尋ねる。

「俺の時は、何もないぞ。しがみついてくる程だ」

春樹が応えた。

「私の時は、胸に顔を埋めてきますが…」

芯も応える。

「私は、服をギュッと握りしめられてしまいますよ」

遠慮がちに、八造が応える。
三人の応えに、慶造は首を傾げた。

「やはり、真子には、お前達が必要みたいだな…」

そう呟いて、新たな煙草に火を付ける。
春樹が立ち上がり、真子の部屋へと向かって歩き出す。

「本来なら、慶造さんが向かうべきだと思いますが…」
「いいんだって。俺は、遠くで見てるだけで…」
「お嬢様…寂しがってますよ」

芯の言葉に慶造は、何も応えなかった。
何かに集中するかのように一点を見つめたまま、煙草を吸う慶造。芯と八造は、何も言わず、ただ、慶造を見つめていた。
慶造は、真子と春樹のオーラを感じ取るかのように、集中していた。



春樹は、真子の部屋に入っていく。
少しの灯りだけで、床に何かが転がっているのが解った。
一緒に寝ているはずの、猫のぬいぐるみ。どうやら、真子に投げ飛ばされた様子。
春樹は、それをそっと拾い上げる。
手に触れる所が、とても心地よい。思わず、ぬいぐるみを抱きしめる春樹。
飛鳥が言うように、心地よい感じがする。
なのに、真子は……。

春樹は、真子が眠るベッドに腰を掛け、ぬいぐるみを壁際に置く。
布団から飛び出した、真子の手と足に布団を被せる。
真子の頭に手を伸ばし、そっと撫でる春樹は、微笑んでいた。

「寝起きが悪いのは知ってたけど、寝相…悪かったんだね、
 真子ちゃん」

真子に語りかけ、自分が真子の布団に潜り込む。
真子をそっと抱き寄せた。その途端、真子がしがみついてくる。



……そのまま、添い寝…か…。

縁側に残る三人の男は、同じ事を考えていた。



(2005.10.20 第七部 第六話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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