任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十話 要注意!

天地山。
この日は、前日の吹雪が嘘のように止み、晴れ渡り、澄み切った青空が広がっていた。
ゲレンデの雪も輝く昼前……。

天地山中腹にある喫茶店には、芯、八造、そして向井の三人が、店長と話し込んでいた。
話している時にも、三人の目線は、ちらちらと奥の部屋に通じるドアに向けられる。
突然、八造が立ち上がった。

「くまはち、どうした?」

芯が声を掛けた。

「お嬢様が起きられた」

そう言って、店長に断ってから、奥の部屋に通じるドアを開け、中へ入っていった。

「ぺんこうは気付いたか?」

向井が尋ねる。

「まぁ…な」

暢気の珈琲を一口、飲む芯。眼差しは、ドアの方に向けられていた。



「お嬢様」

八造が小声で声を掛ける。

「くまはち」

真子も小さく八造を呼んだ。
八造が真子に近づき、静かに膝を落とす。

「……真北さん、まだ寝てるから、起こさないように…」

八造は、突然、真子の左手を手に取った。

「お嬢様、どうされたんですか?」
「あっ、…その……これは……」

照れたように首を縮め、頬を赤らめた。

「お話はお聞きしてますよ。駄目でしょう?」
「ごめんなさい…反省してます」
「手当てしましょう」
「でも…真北さんが一人に…」
「ぺんこうと代わりましょうね」
「…う、うん……」

八造は、真子をそっと抱きかかえ、部屋を出て行った。
真子が居なくなっても、春樹は目を覚まさない……。

八造が出てから直ぐに、芯が部屋に入ってきた。

「ったく、お嬢様が抜け出しても気付かないとは…」

無茶しすぎですよ。

優しい眼差しを向け、芯は春樹の布団を掛け直す。


真子は、左手に包帯を巻かれた。

「ごめん、真子ちゃん。その時に気付けば良かったな。
 そこまで腫れ上がるとは思わなかったよ。…余程、強かったんだなぁ、
 あの拳」

店長が、真子の隣に座って、優しく声を掛けていた。
そこに座っていたはずの向井は、なぜかカウンターの向こうに立ち、素早く手を動かしていた。

「お待たせしました!」

真子の昼食を用意していた。

「くまはちもむかいんも、食べたの?」
「えぇ。ぺんこうも終わってますよ」
「それだけ寝ていたんですね…私」
「遅くまで起きておられたからでしょう」
「真北さんは?」
「吹雪の中を歩いてきたそうなので、夕方まで起きないでしょう」
「起きるまで、ここに居ていい?」

真子が、ちょこっと首を傾げて尋ねる。
またしても、真子と話していた男達は、鼓動が高鳴る。

「えぇ」

と応えるのが精一杯だった。
八造は、何か異様なオーラを感じ、目線を移した。
そこは、奥の部屋のあるドアの所……。

まさかなぁ……。



春樹は目を覚ましていた。
どうやら、芯のオーラを感じ、目を覚ました様子。
開口一番は、やはり…。

「真子ちゃんは?」
「店の方に居ますよ。拳を痛めて治療中です」
「お前が、いらん攻撃を教えたからだろが」
「拳は、くまはちでしょう?」
「……そうかもな」

そう言って、春樹は体を起こしたが、芯に抑えつけられた。

「傷が開きますよ!」
「平気だ」
「解ってますけど、夕方までは起きないで下さいね」
「俺の体だ」
「そうですが、お嬢様が心配なさりますよ。それに、どれだけ深かったか
 支配人にも聞いてます。…ったく、無茶して…」
「油断大敵だ。お前も気をつけてくれよ」
「私は………。…解りました」

芯は急に言葉を替えた。
春樹の心配げな眼差し…自分が一番観たくない眼差しを目にしてしまったから。

「ここでは、自分の時間を作れと言われてなかったか?」
「心配だったんですよ、お嬢様が」
「まさと一緒に居るのが、そんなに心配か?」
「…!!! あなただって、そうでしょうがっ!!!!!」

ドアの向こうにいる真子に聞こえないくらいの声で、芯は怒鳴った。

「そう怒鳴るなって」

苦笑いしながら、春樹は応えた。


真子達が、ホテルに戻ってきた。
いつまで経っても降りてこない為、まさが業を煮やして迎えに行ったのだった。
もちろん、まさは真子を独り占め…。
部屋に向かう廊下で、

「ったく……仕事せぇって」

春樹の呟きは、少し離れた所を歩くまさの耳には届いているが、反応を見せない。まさが時々真子の方に向いて話す表情で、真子しか見てない事も判る程…。

「よろしいじゃありませんか。支配人はこの時期しか
 お嬢様と御一緒出来ないんですから」
「俺だって、ここじゃないと、真子ちゃんとゆっくりできないだろが」
「あのね…寝顔を観て、朝ご飯を一緒に食べる時もあるし、
 一緒に風呂に入る時もございますでしょう? ここに居るときくらいは…」

という芯だったが、春樹の冷たい眼差しに、思わず口を噤んだ。

「ねぇ、真北さん」

真子が振り返り、春樹を呼んだ途端…、

「はい、どうしましたぁ?」

先程見せた、冷たい眼差しは、どこへやら。滅茶苦茶弛んだ表情で、真子に近づき抱き上げる。

「あのね、あのね!!」

真子が、春樹の耳元で何かを尋ねると、春樹はちょっぴり寂しげな表情をしたが、すぐに笑顔で応えていた。その後、少し前を歩く、まさに声を掛け、三人で楽しく話し始めた。
真子の笑顔が輝いている。
そんな三人を、芯は見つめていた。急に踵を返し、部屋とは反対の方へと向かって歩いていった。

「ぺんこう?!」

向井が呼び止めるが、芯は振り返りもせずに、エレベータに乗った。



ロビーの休憩所に降りてきた芯は、近くにある煙草の自動販売機の前に立ち、ポケットで小銭を探していた。
その手を掴まれる。慌てて振り向くと、

「支配人…」
「禁煙…続けた方が良いですよ」
「お嬢様との時間は、よろしいんですか?」
「そりゃぁ、真北さんに脅されたらねぇ…」

という、まさの表情はピク付いていた。

「支配人には、本気で怒るんですね。知らなかったですよ」
「おや、ぺんこうには、怒らないんですか?」
「未だに子供扱いですよ」

寂しげな笑みを浮かべた芯だった。



まさの部屋のソファに、芯はゆっくりと腰を下ろす。まさは、アルコールを用意して、ソファにやってきた。

「二日連続は、きついですか?」

優しく尋ねるまさに、

「大丈夫ですよ」

と笑顔で応えた芯は、まさが注いだグラスを手に取った。

「仕事は…」
「終わりましたよ」
「そうですか…」
「お嬢様と真北さんと一緒に、話したかったんですか?」
「……まぁ、それもありますね。……でも、昔を思い出してしまって…」
「お嬢様に向ける真北さんの表情の一つ一つが
 ぺんこうに向けていた頃と同じ…なんでしょう?」
「…えぇ……。だから、余計に思い出すことが多くて…。
 お嬢様と打ち解けたはずなのに、…あの人の心も思いも
 理解したはずなのに、…なぜか…」
「嫉妬…でしょうね」
「えぇ。…自分が、こんなに嫉妬深い人間だとは思いませんでした」
「自分の隠れた部分に気付かされるのは、お嬢様の不思議な
 オーラかもしれませんよ。…私も、こんなに子供が好きだとは
 思いませんでしたから」

まさの言葉に、芯は笑っていた。

「本部に戻ったら、また授業ですね」

まさがアルコールを飲みながら尋ねた。

「そうですね。しっかりと勉強をして、早く……」

そこまで言った芯は、言葉を濁すかのように、アルコールを口に含んだ。

ん? 何が早く…なんだろ…。

と思いながらも、まさはそれ以上尋ねなかった。
二人は、ただ、静かに酒を飲む。
昨夜は、思いっきり羽目を外していただけに、静かに飲む事を味わう芯。
なぜか、心が落ち着いていた。



夜。
まさと春樹は、露天風呂に浸かりながら、星空を見上げていた。

「傷に響きますよ」

まさが静かに言う。

「傷にも効能がある温泉なんだろが」
「湯川から聞いたんですか?」
「…その昔…お前の為に湯川が掘り当てたんだろ、ここは」
「えぇ…まぁ……」
「だから、お前を誘って…」
「…アルコールもですか?」
「お前が止めただろが」
「当たり前です!!!」

と怒鳴る、まさ。

「…で、芯……どうだった?」
「真北さんが仰る通りでしたよ。…いつ、打ち解けるんですか?」
「打ち解けるつもりは無いさ」
「その割には、姿が見えないと気にして、私に…………。
 …すみません……」

春樹の鋭い眼差しに、思わず謝る、まさ。
部屋に戻る途中、芯が踵を返して去っていった事に気付き、真子を抱きかかえていた以上、自分が追いかけても…ということで、まさに、目で訴えていた。
まさは、真子には仕事に戻ると言って、芯を追いかけていったのだった。

「お嬢様に知られても?」

まさが、静かに尋ねた。

「知られないさ。…例え、能力で心を読んだとしてもな…」
「ったく…」

まさは、湯の中から体を出し、湯船の縁に腰を掛ける。

「逢うたびに、素敵な青年になっていきますね」

まさが言った。

「ん?」
「初めて逢った頃とは違って、表情が柔らかくなりましたね。
 それに、周りのことを考えて、常に心を配って、優しくて。
 …そのような弟さんをもっと…自慢してもよろしいんじゃありませんか?」
「………自慢してるさ…」

まさの言葉を聞いて、春樹は嬉しそうに微笑み、そう言った。

「どちらで?」
「内緒」

春樹は天を仰ぐ。

「……それよりも…」

まさが深刻な表情で言う。その声に緊張を感じた春樹は、ゆっくりと目線を移した。

「関西の動きが、活発になりつつあるそうですよ」
「…関西内での抗争でも?」
「いいえ。団結して……関東に手を出そうとしているらしいですよ」
「そんな動きは、耳にしてないな…」
「関西に知り合いが居ますから」
「そういう絆は…早く切り捨てろっ」
「あっ、いや、そっち方面じゃなく……そっち…に近いか??
 ん????」

まさに情報を伝えたのは、関西にある病院の院長。
時々、連絡をしてくるのは、橋総合病院の院長・橋雅春。橋は、まさの体のことを常に気にしている為、連絡をしてくる。
無理をすれば、心臓に負担が掛かる。
仕事に精を出すばかりで、休みも取ってないんじゃないかと心配して…。
まぁ、他にも目的があるのだが、橋が言う前に、まさが素早く断っていた。
その時に、関西極道の話も出ていたのだった。
関西極道の動きを止める気はない。
それは、橋自身も阿山組に対しては、とある思いを持っているからであり……。

「こりゃぁ、三方塞がりだな…」

春樹は、そう呟いて、湯から上がった。




真子達が帰った後、まさは、しばらくの間、寂しげな表情をしていたが、直ぐに支配人の表情に変わり、そして、仕事に没頭し始めた。






楽しい冬休みも終わり、真子は学校へ通い始める。芯も大学の講義を受けに、毎日通っていた。そして、夜になると決まった時間に真子の猫電話の番号を押し、電話を掛ける。真子は、この日の学校のことを話し、芯は大学でのことを話す。その時は、さりげなく、春樹のことも尋ねていた。

珍しく雪が降った日の夜。
芯がいつものように電話を掛けると、真子の声がいつもと違っている事に気が付いた。

「お嬢様、もしかして体調を崩されたのではありませんか?」
「大丈夫だよ。ぺんこうは?」
「私は、元気ですから、ご心配なく。…どうされたんですか?」
「あの……ぺんこう、今度の日曜日…時間ある?」
「日曜日…ですか。…そうですね。試験も終わってますから、
 そちらにお伺いしようと思っていたんですよ。何処か出掛けますか?」
「あのね…その……。出掛けるのは、真北さんに怒られるから、
 自宅で楽しい遊び…したいな」
「では何か、楽しいお話を御用意しましょう。楽しみに待っててくださいね」
「うん。…あのね、真北さんがね…」
「……そこに居るんですか?」
「えっと………オール優じゃないと、許さないって、…お父様が
 仰ったそうです」
「ご心配なくと力強くお伝え下さい。そろそろ時間ですね。
 では、日曜日には、そちらに戻りますから」
「うん、待ってるからね。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」

真子は受話器を置いて振り返る。
そこには、春樹が笑顔で立っていた。

「ご心配なく…と言ってたよ」
「心配はしてないよ」
「それで、真北さん。お願いしていた本…」
「借りてきましたよ」

春樹は三冊の本を真子に差し出した。

「むかいんに頼めばよろしいかと」
「駄目ぇ。私がするの!」

と、真子は嬉しそうな表情で、本を広げた。

「真子ちゃん、読むのは明日にして、今日は寝る時間ですよ」
「はぁい」
「返事は短く」
「はい」

なぜ、春樹が真子の部屋にいるのかと言うと……。
真子は猫パジャマに着替えて布団に潜る。春樹は部屋の電気を消してから、真子の隣に寝転んだ。そして、真子に物語を語りながら、真子が眠るのを待つ。
真子の寝息が聞こえた頃、春樹も寝ようと目を瞑った…が、
スゥッとドアが開き、慶造が入ってきた。

「俺に報告は…無しなのか?」
「寝る時間だから、明日な」

と応える春樹の襟首を掴み、

「それは真子だろが。なんでもかんでも、栄三に任せるな」
「そんなに嫌か?」
「あいつは小島よりも細かいから困る」
「慶造が大雑把なんだろが」
「ほっとけ。…で、関西は?」

慶造の口調に不安を感じた春樹は、真子からそっと離れた。
真子が目を開ける。

「まきたん……」
「慶造と話しするだけだから。くまはちに代わろうか?」

真子は首を横に振る。

「戻って来てね」
「はい」

春樹は優しく微笑み、真子の頭を撫でて、慶造と部屋を出ていた。


「あのなぁ」
「戻るなら、いいだろが」
「ったく…。…闘蛇組、龍光一門も相変わらずだが、
 関西は、お前の行動に警戒してるだけらしいな」

春樹が静かに語る。

「俺の行動って、ここ暫く松本と一緒に動いていただけだろ」
「それが、警戒されてる事に気付かんか?」
「阿山組が関西に進出するとでも?」
「そうだな。俺なら、そう考える。だから、そうなる前に
 先手を打とうとしてるだけだろうな」
「何も…せんのになぁ」

春樹と慶造は、縁側に腰を掛け、冬空の下、寒さを感じながらも、空を見上げた。

「だからって、じっとしてられないだろ」

寝転びながら、慶造が言った。

「まぁ、そうだが。……一体、何を考えてるんだよ、慶造」
「これからの事だよ。…真子の為…そして、お前と俺が目指した
 世界を実現させたいだけだ」
「あまり派手に動くなよ」
「派手に動いていないけど、やろうとしてる事がデカイからなぁ」
「そうだよな。…ったく、お前の考えが解らん」

春樹はあぐらを掻いて、俯いた。

「…なぁ、真北」
「ん?」
「真子…何をするつもりだ?」
「何が?」
「今度の日曜日だよ。…何の日だ?」
「…俺が高校に合格した日」
「ふ〜ん…………じゃなくて…」
「それは、真子ちゃんに…聞けばぁ?」
「聞けたら、お前に聞いてないっ」
「そりゃ、そっか」

沈黙が続く縁側。
肌に寒さを感じながらも、二人は、ただ、空を見上げている。

「真子…待ってるぞ」
「一人でいいのか?」
「……あぁ」

ちらりと目をやった場所に、修司が立っていた。

「…真子ちゃんを起こすなよ」

そう言って、春樹は真子の部屋へと戻っていく。

「何か用なのか?」
「まぁ…な」

あの日の大喧嘩以来、修司は本部に顔を出さなかった。

「組関係なら聞かないぞ」
「関西のこと…気になってな」
「お前が気にすることないだろ」
「慶造が…無茶しそうに思えてな」
「何もしないって。ただ、今やろうとしてることを
 実行するだけだ」
「向こうに挨拶はしたのか?」
「まだ、話している段階だから、していない」
「した方が、良いかもな」
「…修司…」
「ん?」
「心配しなくても…連れて行かないって」
「………真子お嬢様のことも考えろよ。…心配してるぞ」
「仕事と言ってるのになぁ。…栄三ちゃんか?」
「みたいだな」
「ったく、あいつは…」
「…ちさとちゃんに、頼まれてたんだろな」

修司の言葉に、慶造は何も言えなくなる。
フゥッと大きく息を吐き、夜空を見つめた。




日曜日。
真子は珍しく早起きをして、食堂の厨房へと顔を出した。

「むかいん、おはよう!」
「おはようございます。先日お聞きした通り、揃えておりますよ」
「ありがとう! では、頑張る!」
「お手伝いしますよ」
「駄目! むかいんは、横から見てるだけでいいの」
「はい。でも、口は動かしますよ」
「…その方が、いいのかな…」
「えぇ」
「では、先生、お願いします!」

そう言って、真子は、春樹が借りてきた本を片手に、向井の指導の下、料理を作り始めた。

「ぺんこうは、何時に来るんですか?」
「お昼の十二時。それまでに出来るかな…」
「充分間に合いますよ。恐らく十一時五十分頃には
 出来上がるかと。ぺんこうが来る時間よりも五分
 余裕がありますから、ご安心を」
「でも、もしもの時の為に、くまはちに頼んじゃった」
「何をですか?」
「足止め」

短く応えた真子は、卵を手に取った。




芯の自宅マンションでは、嬉しそうに鼻歌交じりで出掛ける用意をしている芯を、同居している翔と航が見つめていた。

「いつも思うけど、休みに入ると…芯が明るいよな」

翔が呟いた。

「…それにしても、今日、予定入れてたのになぁ」

航が、少し寂しげに言う。

「真子ちゃんの指定なんだろ?」
「そうみたいだな」
「……それよりも…芯自身、忘れてるみたいだが…」
「まぁ、真子ちゃんには負けるよなぁ。なんせ俺達よりも
 大切な存在だもんなぁ」
「と話してる時は、いつも蹴りがくるけど、今日は…来ないな」
「……体調が悪い訳でも無いみたいだよな」

二人が話している声が聞こえていたのか、芯がじろりと睨んできた。

「全部聞こえてる。だから、悪いと言っただろ。予定をキャンセルして」
「気にしてないよ。真子ちゃんの方が心配だからさ」

翔が言った。

「すまんな…。早く来て欲しいということは、寂しがってるはずだから。
 恐らく、慶造さんの事を心配するあまりに……」
「向こうの世界は本当に知らないけど、…俺は、お前が巻き込まれないか
 それが一番心配だぞ」

航の言葉に、芯は唇を一文字にした。

「いつもありがとな。……真北さんの事もあるから、
 俺は巻き込まれることは無いから、心配するな。
 …って、何度も言ってるよなぁ〜」
「何度も聞いてるって。…急がないと遅刻だぞ」

翔の言葉で、時計を見る芯。

「うわっ、やばっ。じゃぁ、三月末まで、向こうだから。
 お嬢様が学校の時は…」
「大学に居るんだろ。それもいつも聞いてる」
「…そっか。…じゃぁ、後は宜しく」

そう言って、芯は慌てて出て行った。
ドアが静かに閉まる。

「……本当に、真子ちゃんの事になると…」
「浮かれてるよな…」
「あんな芯は…滅多に、観ることはないよな…」
「そうだな…」

芯の行動に呆気に取られたのか、翔と航は、その場に暫く立ちつくしていた。


阿山組本部に向かう途中に、商店街がある。
半年前、事件が起こった商店街だった。足を運ぶのに躊躇っていたが、真子への手みやげを買う為に、本部に向かうときはいつも寄っていた。
何を喜ぶか。
芯は、小学生の女の子が喜びそうな物を見るのだが、普通の小学生と同じような物は喜ばないかも知れない。
そう考えると、選ぶ物は……。勉強に役立つ物ばかりだった。



阿山組本部。
芯は慣れた感じで門をくぐり、玄関先にいる組員と軽く会話を交わし、少しばかり春樹のことを耳にする。別の組員が、芯の姿に気付き、そっと八造に連絡をする。
連絡を受けた八造は、真子が居る食堂へと足を運ぶ。

「お嬢様、ぺんこうが来ましたよ。時間通りなんですが…」

時計の針は、十二時五分前を指していた。

「十二時には仕上がる」

そう言って、真子は背伸びをして壁に何かを貼ろうとしていた。八造は素早く真子に駆け寄り、真子を抱きかかえる。

「ありがと、くまはち」

真子は何かを壁に貼り付けた。

「もう大丈夫。恐らく部屋に向かうと思うから…」
「こちらに呼んできますよ」
「うん!」

八造は食堂を出て行った。するとそこで、芯と逢う。

「おっす、お嬢様は部屋か?」
「あれ? 今日は予定があると聞いていたけど…」
「急に呼ばれたんだ。何かあるのかと思って心配でな」
「大丈夫だよ。……で、お嬢様は食堂。お昼の時間だろ?」
「そっか。俺も呼ばれていいのかな」
「いいんじゃないか? ほら」

そう言って、八造は芯を食堂の中へと押し込んだ。
芯が食堂に入った途端、甲高い音が聞こえた。
パンパンという音に、思わず驚き身構える。しかし、次に聞こえてきた声に、芯は目を疑った。

「ぺんこう、誕生日おめでとぉ!」

真子がクラッカーを持って、芯に声を掛けた。

「えっ? はぁ?!」

突然言われた事に、芯は首を傾げる。

「あれ? 今日…誕生日でしょう?」
「…は、はぁ…そうですが…その……どうして、御存知なんですか?」
「真北さんに聞いたの! ぺんこうを驚かせたくて、今まで黙ってた」
「お嬢様……」

芯は食堂を見渡した。
いつもは殺風景な食堂が、折り紙で作られたチェーンの飾り物や薔薇の花まで飾られている。
壁には、真子の字で

『ぺんこう、誕生日おめでとう』

と書かれた物が貼られていた。

「早く、こっち、こっち」

真子が芯の手を引っ張り、テーブルに連れてきた。
テーブルの上には賑やかに料理が並んでいた。中央には、ちょっぴり形が崩れたケーキが置いてある。
ケーキにも『ぺんこう、おめでとう』と、たどたどしい文字で書かれていた。

むかいんが作ったにしては……。

「その料理は、全部、お嬢様が作ったんだよ」

向井が言う。

「お嬢様が?」
「…うん。…ぺんこうに…食べてもらいたくて…」
「誕生日プレゼントだよ」
「俺に?」
「………嫌なのか?」

八造が、そっと言う。

「その……突然の事だから、驚いただけだよ。…だから、今日?」
「そうなの! ほら、座って!」

真子に勧められて、芯は腰を下ろす。

「くまはちも、むかいんも座って!」
「はっ」
「あの、私は…」
「今日は、むかいんの代わりが私だって言ったでしょぉ」
「そうでした」

真子に言われて、そそくさと座る向井。

「どうぞ」
「頂きます」

三人は同時に箸を動かした。

何かを忘れている…。

「お嬢様、ろうそくの火は…」
「あぁっ!! 忘れてたっ!」

真子がマッチを持って近づいていく。向井がケーキにろうそくを立てて、火を付ける。

「……数…合ってるよな」
「お前と一緒」
「…だよな」

向井と芯は、こっそりと話す。
ろうそくに火が付いた。

「では、消しますよ」
「うん! ぺんこう、おめでとう!」

芯は、そっと目を瞑り、少し間をおいてから、火を吹き消した。

「では、どうぞ!」
「頂きます」

芯は一番初めに目に止まった料理に手を伸ばす。
一口食べると…。

「……うまい……」

そう呟いた。

「むかいん、手を加えたのか?」
「いいや、俺は横で見て、少し助言しただけ」
「それだけお嬢様の優しさが含まれてるんだって」

という八造の手の動きは速い。

「くまはちっ。今日の主役は誰だよ」
「ぺんこう」
「あの時間では、お前の分までは作ってないから、遠慮しろ。
 後で俺が作るから」
「………お嬢様が、フライパン持ってるけど…」
「!!! って、お嬢様、作るときは仰って下さい〜」

向井は慌てて厨房へと入っていった。
厨房では、真子と向井が楽しそうに次の料理を作り始める。
芯は、厨房を見つめながら料理を口に運んでいた。

「…おいしいんだろ、ぺんこう」
「あぁ」
「表情に出せよ」
「………出してるつもりだが…出てないか?」
「出てないぞ」
「…まぁ、食事の時は、大人しく…が俺の育った環境だからな」
「それでも、こういう日くらいは…。…その昔もあったんだろ?」
「遠い昔にな……」

そう言ったっきり、芯は何も言わず、ただ、真子の作った料理を食べるだけだった。


ちょっと体を動かしてきます。

芯は真子にそう告げて、八造を連れて道場へと向かっていった。
真子と向井は後片づけをしている。
真子の手が、ピタッと止まった。

「ねぇ、むかいん…」
「はい」

真子の声は暗い。

「ぺんこうに……迷惑だったのかな…。急に呼んで……、
 違うこと…しちゃったから……怒ってるのかな…」
「怒ってるなら、ぺんこうだと、直ぐに出て行きますよ。
 恐らく、いつものように食事の時は静かに…だったんですよ」
「食べた後に体を動かすのは…駄目だよね。…なのに
 くまはちと手合わせするなんて……やっぱり…怒ってるのかな…」

真子の声が、少し震えた。
向井は、しゃがみ込み、真子を見上げた。
溢れる涙を優しく拭い、声を掛ける。

「…ぺんこうは、ここに来ても、感情を抑えていることが
 多かったでしょう? だから、どう表現していいのか
 解らないだけですよ。料理を口にしたときの表情を見たら
 解ります。喜び、そして、嬉しすぎて、どう返事をしていいのか
 解らないから、くまはちと手合わせをしてるだけでしょう」
「嬉しいなら、嬉しいって…言わないと……そういう感情を
 心に閉じこめるのも良くないよね…」
「でも、男にとっては、秘めないと……っっつ!!」

向井は言いそうになった言葉を慌てて噤んだ。

「むかいん??」

焦ったような表情の向井を見て、真子は首を傾げた。

「と、兎に角、気になるのなら、後で聞いておきましょうか?」
「お願いしていい? …私には言えない事かもしれないし…」
「それでも、お嬢様には、ちゃんと伝えますからね」
「うん。…でも、良かったぁ。ちゃぁんと出来て」

真子の笑顔が輝く。

「お嬢様が初めて作ったとは思えませんでしたよ。
 だけど、これからは、私に言って下さい」
「どうして?」
「私の仕事が無くなりますから」
「…でも、時々、良いでしょう?」
「時々だけです」
「うん!」

真子は飛びっきりの笑顔を見せた。


一方、道場では、二人の男が激しく手合わせをしていた。
いつもなら、止める人物が居るが、この日は、二人だけしか居ない。
止めることが出来ない状態に陥っている二人。
芯の蹴りを八造が受け止め、反撃に出る。しかし、芯も受け止めて、反撃に。
そんな状態が繰り返される為、中々終わることが出来ない二人。

「で、嬉しすぎて、暴れたくなったのか? ぺんこう」

八造が、拳を連打で差し出した。

「そういうところだっ」

八造の拳を尽く受け止め、跳ね返す芯。
次は芯が蹴りを繰り出した。

「兄貴に祝ってもらった時より、嬉しかったよ」
「本当に嬉しかったんだな。呼び方が戻ってるぞ。
 お前は山本芯。お嬢様の家庭教師だろが! 気をつけろっ!」

八造の回し蹴りが、芯の脇腹を狙う。

ガシッ!

芯は、片手で受け止めた。しかし、その蹴りは、芯の表情が歪むほど、ずしりと重いものだった。

「…吐く…」
「吐くなっ」
「急に動かしすぎたぁ」
「俺もだ」

そう言って、二人は同時に座り込む。
乱れる息を整えながら、お互いを見つめていた。

「ちゃんと気持ちを現せよ。お嬢様が気にするだろが」
「俺に涙を流せとでも言うのか?」
「…………涙を流すほど嬉しかったってか…」
「………まぁな。…見せられないだろが……恥ずかしくて…」

芯は、床に大の字に寝転んだ。

「そりゃ、そっか。……しかし、むかいんも株を取られた
 気分だろうな。…次は、もう無いかもな」
「そうだろうなぁ」
「旨かったぁ。俺も一緒によばれて、良かったぞぉ」
「これからが楽しみだな」

そう言って、芯は起き上がった。

「楽しみって、おい、ぺんこう…まさかと思うが…」
「そんな気には、なってないって。…お目付役が怖いだろが」
「それもそうだよな。…まぁ、そのお目付役も危ないけどな」
「確かに」
「ふふふふっ」

八造は、笑い出す。それに釣られて、芯も笑っていた。

「戻るぞ。お嬢様が待ってるだろうから」

立ち上がりながら、芯が促す。

「あぁ。これからが大変かもなぁ」

八造も立ち上がり、道場を掃除し始めた。

「ん? 何が?」

芯も掃除を始める。

「料理を作った過程を話すかもなぁ」

八造が言うと、

「それも楽しみの一つだよ」

誰かさんそっくりな表情で、芯が応えた。

要注意人物四人目です…四代目……。

八造は、心で伝えていた。



(2005.12.4 第七部 第十話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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