任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十二話 崩される想い

芯のマンション。
芯は、暗がりの部屋の中、ベッドに身を沈め、静かに眠っていた。
ふと、目を覚まし、時刻を確認する。

「あっ!!」

何かに気付き、飛び起きたが、目眩に襲われ、そのまま再びベッドに寝転んでしまった。

お嬢様……すみません……。
もう…眠っておられるだろうなぁ……。

真子との電話の時間は、とうに過ぎていた。真子が待っていただろうと考えただけで、居ても経ってもいられず、再び起き上がる。

「駄目だ…」

額に手を当てる。自分でも解るくらい、熱が上がっている。
大学から帰ってきた時は、既に熱が上がり、体がだるくなっていた。軽く食事を済ませ、市販の薬を飲む。そして、氷枕を用意して、真子との電話の時間まで寝ようと、ベッドに身を沈めたのだが…。
氷枕の氷は、とっくに解けていた。
芯は、ゆっくりと体を動かし、氷を変えようと、氷枕を手に取った。

!!!???

玄関の鍵が開く気配がした。
同居している翔と航は、実家に戻っている。この家に来るのは、三日後のはず。なのに、誰が…?
鍵を渡した人物は、三人。
もしものことを考えて、手渡していた。
だが、訪れるときは必ず連絡が入るはず。
連絡は、誰からも受けていない。
芯は警戒する……しかし、その警戒は直ぐに解かれた。
寝室のドアが、静かに開く。そして、顔を覗かせたのは…、

「ぺんこう、起きていたのか?」

向井が芯の姿に気付き、声を掛けてきた。

「いや、目を覚ましたら……って、どうした?」
「お嬢様が心配してだな…」

そう言って寝室に入ってくる向井に続き、八造と栄三が入ってきた。

「………くまはち、えいぞうまで……」
「俺は運転手」

栄三が、いつもの口調で言う。

「お嬢様との電話の時間…遅れたからって…」
「そうじゃなくて、突然、火が付いたように、ぺんこうの事を
 心配し出してだな…」
「俺の心配?」
「何かあるんじゃないかな…って。電話が無いことも気にして、
 それで、俺が指名されたんだよ」

芯と向井が話している間、栄三は、芯の部屋を見渡し、テーブルの上の薬に気が付いた。

「おぉい、むかいん。お嬢様の言う通りだぞぉ」
「そうだと思うよ。ぺんこうの顔が赤いし、熱もある」

そう言いながら、氷枕を手にして寝室から出てくる向井。ドアからちらりと見えた寝室には、八造が、芯を寝かしつける姿があった。芯は、八造に何かを話している。栄三は、向井から氷枕を受け取り、氷を取り替える。その間、向井は、特製の熱冷ましを作り始めた。

「しかし、お嬢様は凄いよな…。俺、本当に気付かなかったよ」

向井が言った。

「体調が悪くなったのは、今日の昼過ぎらしいよ」

八造が寝室から出てきた。

「急に悪くなる体質なのかな…」

心配そうに向井が言う。

「体が弱いから、格闘技で鍛えたんじゃなかったっけ?」

そう言いながら栄三が、氷枕を持って、寝室へと入っていった。

「………。…そっか」

何かに納得したように、向井が言った。


寝室では、栄三が芯の頭の下に氷枕を置き、そっと布団を掛け直した。

「悪いな…」

芯が静かに言った。

「気にするな。お前のことは、お嬢様だけでなく…」
「あの人からも、言われてるのか?」
「そゆこと」
「いつまでも、俺のことに…」
「それが、真北さんなんだろ?」

お前が一番知ってるんだろ?

というような眼差しで、芯に言う栄三。芯は、呆れたような、それでいて、少し照れたような表情をして、目を瞑った。

「むかいんの特製を飲んでから寝ろ」
「そうだった」

芯は目を開ける。

「体調は、突然悪くなるのか?」
「あぁ。…でも前触れは解るから、自分で対処出来る」
「必ず前触れはあるのか?」
「あるよ」
「それなら、大丈夫だな。突然…ってことになると…」
「あの人が心配する…ってか?」
「お嬢様が一番心配するからさ」

栄三は、微笑んだ。

「なるほど。……お嬢様に気付かれないようにするよ」
「そうじゃなくて……。ったく…そういうところ、そっくりだな」
「誰に?」
「真北さん」

栄三の言葉に、芯はカチン……。
体調が悪く、熱が高くても、蹴りは健在…。
栄三の背中に、芯の蹴りが見事に決まっていた。

「ぺんこうぅ、これ飲んでから寝ろよ。後は、くまはちが付いてるってさ…??」

背中をさすりながら、床に蹲る栄三に気付き、目をパチクリさせる向井。

「どうした?」
「いや、何も……」

痛々しそうに、栄三が応える。芯は、向井から特製熱冷ましを受け取り、飲み干した。
暫くして、芯の寝息が聞こえてきた。

「ほな、俺達は帰るよ。くまはち、走って帰ってくるのか?」

栄三が静かに尋ねる。

「そうするよ。お嬢様にはきちんと伝えてくれよ」
「お嬢様も、そう望んでいるよ」
「じゃぁなぁ。ぺんこうに宜しく」

栄三は靴を履く。

「明日の朝と昼の分も作ったから。温めて飲ませてくれよ」
「あぁ」

栄三と向井は、帰って行った。八造は、芯の様子を再び伺い、そして、リビングにあるソファに腰を下ろす。目に飛び込んだのは、テーブルの横に無造作に置かれた荷物。ちらりと見える袋は、真子の部屋で何度も見かけたことのあるもの。

ったく、体調悪くても、しっかりと購入するんだな…。

それは、真子への手みやげが入っている袋だった。



朝。
八造は、特製を温め、芯の所へと足を運ぶ。

「ありがとな、くまはち」
「今日一日は、ゆっくりしておけよ」
「あぁ。……ずっと居るのか?」
「迷惑じゃないならな」
「……お嬢様の事は良いのか?」
「お嬢様に言われた事だろ?」
「そっか。……あの人には…」
「俺達が言わなくても…お嬢様が言わなくても、ばれるって」
「そうだったな…一体、あの人は……」
「お嬢様以上に、ぺんこうの事が心配なんだろうな」
「それは、どうだか……」

冷たく言って、芯は特製熱冷ましを飲み干した。

「しかし、これは、本当に凄いな…。市販の薬よりも効果があるよ」
「不思議だよな。一体何が含まれているのか、秘密なんだよ」
「そりゃそうだろうな。くまはち、例の本、書斎にあるから、
 時間潰しになるだろ?」
「いつもありがとな」
「でも、そこまで、必要か?」
「色々と知っておいた方が良いと思ってな」
「勉強好きなのに、学校は嫌いなんだな」
「集団での行動が苦手なだけだよ」
「兄弟が多いのに?」
「それが原因かもしれないな……」
「そういうこともあるんだな。勉強になるよ」
「それよりも、早く寝ておけ」
「はぁぁい」

芯とは思えない返事をして、布団に潜り込む。芯が目を瞑ったのを確認して、八造は寝室を出て行った。隣にある書斎のドアを開け、入っていく。
その部屋は、本が壁になっているように思うほど、大量の本が置いてあった。驚きながらも、言われた本を探す八造。目当ての本を見つけたのか、それを手に取り、読み始めた。
本に集中する八造。隣の寝室では、芯が熟睡していた。




真子の部屋。
真子は、猫電話の前に座り、鳴き出すのを待っていた。
ぺんこうからの電話が掛かる時間が刻一刻と迫ってきた。
栄三から芯の体調を聞いた。

話は出来ますが、起き上がることは難しいようでした。

しかし、真子は、

起き上がれないが、電話は掛けてくるでしょうね!

と言う心の声が聞いてしまった。
だから、なぜか、期待する様な感じで、そこで待っていたのだ。

……でも……。

体調が悪いから、電話をしたくても出来ないかもしれない。
寝てるかも…。
そう考えると、真子は少し寂しげな表情をして、立ち上がった。

その時だった。

だみ声に近い猫の鳴き声が聞こえてくる……。
真子の表情が、明るくなった。




「なぁ、ぺんこう」
「……ん?」
「本当に、かけるのか?」
「あぁ…。昨日…お嬢様に…」
「そうだけど、もう一日寝ていた方が、お嬢様も…って…」

ったく……。

八造が停めるのも聞かず、芯は起き上がり、受話器を手に取っていた。八造が、芯の行動に気付いた時は、既に番号をかけ終えた所。
芯の表情が、柔らかくなった事で、真子が電話に出たことが解った。

「ご心配お掛け致しました」

暫くして、芯が声を発した。
電話に出た途端、真子が話し続けていたのだろう。芯の表情が更に柔らかくなったのを確認した八造は、そっと寝室を出て行った。


キッチンの後片づけをしながら、寝室から少しばかり漏れて聞こえてくる芯の話声に耳を傾ける。
声に元気が現れている。

これなら、もう大丈夫だな…。

そう思いながら、八造は片づけ終わる。


「明日から新学期ですね。早く寝て、明日に備えて下さい。
 えぇ。私はもう大丈夫です。ありがとうございます。
 くまはちも戻りますから。はい。お休みなさいませ」

優しく言って、芯は受話器を置いた。その途端、八造が寝室に入ってきた。

「本当に帰っていいのか? 明日、お前が出掛けるまで
 一緒に居てもいいんだぞ?」
「本当に大丈夫だよ。一日寝てたら、元気を取り戻したから。
 ありがとな、くまはち」
「気にするな。…あっ、でも、これからは、体調が悪いときは
 俺に言ってくれ」
「いつもは、翔と航が居るから、大丈夫だよ」
「そっか。…でも、一人の時は頼ってくれよ」
「心強いよ」

芯は微笑んだ。それに負けじと、八造も素敵な笑顔を見せた。

…負けた……。

芯は、そう想い、目を反らしてしまう。
同じ男でも、思わず目を反らしたくなるほど素敵な笑顔を見せた八造。
流石、二枚目……。



真子は、芯の元気な声を聞いて、明日の準備を終えてから、布団に潜り込む。
そして、安心したような表情で、眠りに就いた。





新学期。
真子は難なく進級した。クラスメイトは同じだが、この日から、新たな生徒がクラスへとやって来た。
が、クラスの誰もが…いや、学校の誰もが知っている生徒だった。

「お久しぶりです、みなさん。海外から帰ってきました。
 また、宜しくお願いしますわ」

一目見ただけで解るほど、『お嬢様』オーラを醸しだし、口調も仕草もクラスの生徒達を見下したような感じの生徒。ほんの一年半、親の仕事の関係上、海外で過ごしていたらしい。帰国後、この学校へと戻ってきた彼女。
その名は、桜小路麗奈。
古くから日本で一位、二位を争う地位に居る財閥・桜小路長蔵の長女である。
久しぶりのクラスメイトに挨拶をした麗奈は、教室の隅の方で静かに座る、観たこともない生徒に気付いた。
ツカツカと近寄り、その生徒の前に立ちはだかる。

「あなた、初めてお逢いしますね。…誰?」
「……そちらから、名乗るのが礼儀ではありませんか?」

丁寧な言葉だが、何故か敵意を感じた麗奈は、キッとした眼差しに変わる。
クラス中がざわつき始める。
麗奈に逆らう生徒は、この学校では居なかった。
父の威厳もあるのだが、麗奈の『私はお嬢様よ!』オーラに、誰もが平伏せてしまう。相手を見下したような口調も、生徒達には、とても逆らう気持ちも起こらない程。なのに…。

「そうね、私は桜小路麗奈。桜小路財閥の長女よ」

何か文句ある? と言いたげな感じで、生徒を見下ろした。
見下ろされた生徒は、急に立ち上がる。

「阿山真子です。初めまして。昨年の四月から、このクラスで
 過ごしております。みなさんには、とても親切にして頂き、
 こうして、今年も同じクラスで過ごさせて頂いております。
 桜小路さん。どうぞ、宜しくお願い致します」

真子は、麗奈以上のお嬢様という雰囲気で、麗奈に深々と頭を下げた。
その仕草は、麗奈以上に品があった。
真子の仕草に敵対心を抱いたのか、麗奈の表情は更に強くなってしまう。
キッと踵を返して、真子の前から去っていき、自分の席に着いた。
緊迫した教室内。誰もが言葉を発するのを忘れていた。



真子は帰る支度を終え、いつものロータリーへと向かって歩き出す。
その後ろを少し遅れて、麗奈と麗奈を取り巻く女生徒が歩いていた。

「あら、あの子、確か…」

目の前を歩く真子に気付いた麗奈が口にする。

「お迎えなの。だって、阿山さん、阿山組の娘だもん」
「阿山組って、あのやくざの?」
「そうだよ。命を狙われるからって、いつも誰かが迎えに来るの」
「迎え?」
「そう。やくざな雰囲気のお兄さんとか、おじさん。時には、
 茶髪の大学生のような人も」
「格好いいお兄さんも来るよね」
「そうそう! やくざなのに、礼儀正しいんだもん」
「やくざって、もっと怖いと思ったけど、イメージ違うんだよぉ」
「それは、あなたたちが一般市民だからでしょう」
「えっ?!」
「やくざの人達は、一般市民には威嚇しないのよ」
「でも、街のやくざは怖い感じで歩くんでしょう?」
「知らないわよ、そんなこと!」

麗奈が強く言った。



ロータリーには、真子を迎えに来た春樹の車が停まっていた。真子がやって来るのを待っている春樹は、観たこともない高級車が入ってくるのに気付き振り返る。
思わず『同業者』かと警戒するが……。

「真北さん!!」

真子に呼ばれた途端、警戒を解き、滅茶苦茶弛んだ表情で振り返った。

「お帰り、真子ちゃん」

春樹の弛んだ表情以上に、嬉しそうな表情で真子が駆けてくる。
春樹は真子を抱き上げ、優しく頬にキスをした。

「お疲れ様」
「ありがとうございます」

春樹が真子を地面に降ろした時、麗奈がやって来た。
初めて観る女生徒に、春樹は少し警戒する。

誰だ……?

麗奈の姿が近づいてくる。それと同時に、先程やって来た高級車の運転席のドアが開き、人が降りてきた。そして、素早く後部座席のドアを開ける。

「桜小路麗奈さん。私のクラスの生徒さんだよ。
 一年半ほど、父親の仕事で海外に居たんだって」
「あれが、桜小路財閥の娘さんか…」
「知ってるの?」
「噂にはね。日本で知らない人は少ないでしょうね」

麗奈は、取り巻く女生徒に何かを告げて、当たり前のような感じで、車に乗り込んだ。ドアが閉まる寸前、真子と春樹を睨み付けていた。

「気がきつそうな女の子だな……」

春樹が呟いた。

「優しい人だよ」

真子が応えた。

「えっ?」
「だって、声を掛けてきたから……。私のことが気になったみたい。
 休み時間も時々、目線を感じてた」
「真子ちゃんの事を?」
「うん。……何か心配だったのかな……私のこと……」
「どうだろう。…でも、真子ちゃん、何もされなかったかぁ」

なぜか、心配そうに春樹が言った。
その口調こそ、我を忘れているのが解る程…。真子は思わず笑い出す。

「大丈夫だもん!」

明るく応えて、真子は自分で助手席のドアを開けて乗り込んだ。
真子には解っていた。
真子の心を少しでも和ませようと、春樹が、そのような言葉を言った事が。
それに応えるかのように、真子も明るく応えていた。

やれやれ。

嬉しいような呆れたような表情で、フッと軽く息を吐いて、春樹は、運転席に乗り込む。

「ぺんこうは、元気に帰宅しましたよ」

真子に尋ねられる前に、春樹が言う。

「良かった。くまはちから聞いても心配だったんだもん…」
「おや、くまはちの言葉は信じられないんですか?」
「くまはちの言葉と真北さんの言葉が同じなら、安心だもん!」
「じゃぁ、私だけの言葉だと、信じられないんですか?」
「その時は、くまはちの言葉も聞くから、大丈夫だよ!!」

いや、それが、信じてない証拠なんですが……。

と言いたい言葉をグッと堪え、心でも思わず、春樹はアクセルを踏んだ。

それにしても、あの桜小路さんのご息女が、ここに通っていたとは…
飛鳥も知らないんだろうな…。

「ねぇ、ねぇ、真北さん」
「はい」

真子の話に耳を傾ける春樹。
一週間ほど離れていた為、真子の声を耳にするだけで、疲れが吹き飛んでいた。



そして、誰もが心配するあの日がやって来る。



誰もが、警戒する中、ちさとの法要が密かに行われていた。
警戒するのは、慶造の身辺じゃなく、真子の体に表れる異変だった。
その日が近づくにつれ、誰もが真子の心を和ませようと必死になっていた。
しかし、この年は、真子からは、あの凶暴な『赤い光』は現れなかった。
それでも警戒は続けていた。
その日に現れなくても後日、現れたのが昨年のこと。
ところが、梅雨が訪れても、真子には、その兆候は現れなかった。
それが何故なのか誰もが解らないまま、梅雨が明け、夏がやって来た!

夏こそ、誰もが張り切るイベントがあった。


一学期の終業式を終え、真子達は、たくさんの荷物を手に教室を出て行く。
ところが、麗奈だけは、身軽だった。
それもそのはず。荷物は全て、付き人に持たせていた。

「あら、阿山さん。すごい荷物ね」
「そう? いつものことなのに?」

真子は麗奈の嫌味に負けず、そう応えていた。
しかし、その時、廊下の向こうから、前髪が立った一人の男が現れた。

「お嬢様!! やはり荷物が…」

そう言って、素早く真子の荷物を手に取る八造。しかし…。

「駄目!! 私の荷物だから、私が持つの!」
「しかし、お疲れのところ……すみません…」

手にした真子の荷物をすごすごと真子に手渡す八造。
そのやり取りを観ていた麗奈は、

「お嬢様なんだから、持たせればいいのに」
「自分のことは自分でする。これは、当たり前の事でしょう?
 いつまでも、人に頼っていたら、いざというとき、何も出来ない
 自分に腹が立つんだよ? だから、出来ること、やらなければ
 ならないこと、そして、出来ないことでも、やらなければ、
 成長できないんだからね。…だから、桜小路さんも
 自分のことは、自分でした方がいいよ?」

珍しく、真子が長々と話していた。
それには、麗奈だけでなく、麗奈の付き人、そして、八造も驚いていた。

「も、持てばいいんでしょう!!」

怒った口調で、付き人の手から荷物を奪い取り、ツカツカと歩いていく麗奈。付き人は、麗奈の行動に驚き、慌てて追いかけていく。八造は唖然としたまま、麗奈と付き人を見届けていた。

「お嬢様…あれは、その…」
「桜小路麗奈さん。…いっつも、他人に頼ってるから…」
「もしかして、その他人の…心を?」
「みんな嫌なのに、桜小路さんに言えないみたいなの。
 嫌なのに、みんな……」

そう言って、真子は、寂しげな表情をした。

「お、お嬢様???」
「……桜小路さんが……かわいそう……誰も心から…」

今にも泣き出しそうな真子を思わず抱きしめる八造。

誰に対しても優しいんですね……。

心で話しかけていた。
八造は、麗奈から殺気を感じていた。
それが何か解らないが、恐らく、同じように『お嬢様』と呼ばれているのに、お嬢様らしく振る舞わず、自分のことは自分でやる真子がねたましかったのだろう。
八造の結論は、そう出ていた。

「帰りましょう。ぺんこうが、待ってますよ」

そう言った途端、真子の表情ががらりと変わる。
先程まで見せていた寂しげな表情は、どこへやら。
笑顔を見せていた。

「ねぇ、ねぇ、くまはち」
「はい」

真子の笑顔につられるように優しく微笑む八造。
二枚目な笑顔は、女性なら誰もがイチコロだが、真子は違っている。
見慣れている為、普通に話しかけていた。

「もしかして、ぺんこうが迎えに来たの?」
「そうですよ。この後、ドライブに出掛けると言って真北さんと
 言い合っていたんですよ…」
「もしかして、ドライブに行けないように、くまはちを?」
「その……ドライブに行くなら、一緒に…って、真北さんも…」
「あらら……ぺんこう、不機嫌じゃないの?」
「だから、急ぎましょう!!」

真子と八造は早足になる。そして、ロータリーまで来た途端、感じる異様な雰囲気……。

「遅かった……?」

真子が静かに尋ねる。

「いいえ、まだ、大丈夫です」
「うん。……ぺんこう、真北さぁん!」

真子が声を掛けると、異様な雰囲気は一変した……。

「真子ちゃん、お帰り!」
「お嬢様、お疲れ様でした!!」

春樹と芯の声が揃う。
その途端、再び異様な雰囲気が、二人の体から発せられた。
目は真子に向けられ、表情は笑顔なのだが………。

その日、芯運転の車で、真子と八造、そして、春樹の四人でドライブに出掛けていった。




いつものように、いつもの所で、いつもの二人が、いつもの感じで座り込む。
いつものように、二本の筋が、空高く昇っていく。
いつものように、ため息が漏れる。項垂れる。

「張り合うな」

そう言ったのは、慶造だった。

「我を忘れていた」

呆れたように応える春樹。
真子達とのドライブは、真子の心を和ませるのではなく、真子の心をハラハラさせてしまうものだった。
芯と春樹の見えない異様なオーラには、真子だけでなく八造も、どうすることも出来ずに居た。

「真子と山本のデートの邪魔はするなよ」
「………それは、夏休みのことを言ってるのか?」
「そうだ。お前にはやることがあるだろが」
「お前の手伝いは嫌だと何度も言っただろ?」
「誰が手伝えと言った?」
「…言ってないな…」
「関西の事は、大丈夫なんだろ?」

慶造は煙草をもみ消した。

「いいや、かなりの数が、関の山を超えてるらしいよ」
「そうか………」
「情報…入らないのか?」
「いいや、入ってるんだが…」
「それなら、暫くは動くな、そして向こうには出向くなよ」

春樹が念を押す。

「……それは無理だな」

静かに慶造が応えた。
春樹は、ため息を付き、

「だったら、せめて変装でもしておけ」

と言った。

「それは、お前にも言える事だぞ」
「……してるんだが、……ばれてるのか?」
「それは無いだろ?」
「まぁ、そうだよな……講師としての俺は別人になってるし…」
「それにしても、どうして、その仕事を受けたんだよ」

と慶造が言った途端、春樹のオーラが一変する。
怒りのオーラが、体から発せられる。
慶造の目には、怒りのオーラが見えていた。

「って、真北……お、お、おいぃ……」
「だぁれが、そうせざるを得ない状態にしたんだぁ…〜おるぅらぁぁ」

ギッと睨み付けるその眼差しに、慶造は思わず硬直する。

「お、お、お、俺なのか?!?」
「……あぁ、そうだ……」

地を這うような声。それは、ガラスを震えさせる程のもの…。

「お前の行動から、危険を察した上層部の言葉だそうだ」
「断れよ」
「断れないから、長年やってるんだろぐわぁぁ」
「す、すまん、真北…だから、納めろっ!!」
「…………は……ふぅぅぅぅぅぅ……」

春樹は、思いっきり息を吸い、そして、吐き出した。
煙草に火を付ける。

「……だからって、良い奴を育てるなよ…」
「そうしないと、俺の行動は、見逃してもらえないんでな」
「すまんな、真北…」
「まぁ、それが、本来の俺…だろ?」
「あぁ、…そうだったな……」

そう応えた慶造の言葉には、謝罪の意味も含まれていた。



夏の大切なイベントの日がやって来た。
今年は、何故か例年よりも派手になっていた。
池の鯉が増えた。
飛鳥からのプレゼントも昨年よりも一回り大きくなっていた。
向井の料理の種類が増えていた。
八造からのプレゼントは変わらないが、芯からのプレゼントは分厚くなっている。
そして、
真北からのプレゼントも、更に高価な物に………。

この日、真子は十歳になった。
しかし、この夏は、今まで以上に大変な状態に陥ることになろうとは、この時、誰も思いもしなかった。
誰もが、真子の誕生日を楽しく祝い、心を和ませていた。
真子の笑顔も、一段と輝いていた。






その頃、関西では、不穏な動きがあった。
一つの組が密やかに動いていた。武装した男達が、銃を懐に入れ、そして、とある場所へ向かって行く。
その男達に指示を出した男こそ、関西では誰もが恐れてしまう程の残忍な行動に出る青虎組の組長・青虎。男達を見送るその眼差しに込められる狂気。

待っとれや…阿山慶造……。
一族郎党…皆殺しや……。

阿山組、最大の危機が、今、迫る!!!



(2005.12.11 第七部 第十二話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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