任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十八話 真実を知る

阿山組と関西極道との血生臭い抗争から一週間後。
阿山組本部前は、緊迫した状態に包まれていた。黒服の男達が、門から玄関までずらりと並び、びしっと立っていた。そこへ、関西ナンバーの高級車が、次々と入ってくる。
丁重に出迎える組員達。
車からは、関西の極道・水木組組長の水木、須藤組組長の須藤、川原組組長の川原、藤組組長の藤、そして、谷川組組長の谷川が、組員一人と降りて、玄関をくぐり、屋敷へと入っていった。


この日、水木達関西極道は、阿山組の傘下となる為に杯を受けにやって来たのだった。栄三が単独で殴り込みに行った後、春樹が、脚を運び、以前から話していた事を実行させた。

『争わない』

抗争の後、春樹が慶造に奮った鉄拳の事は、次の日に水木達の耳に入っていた。そして、春樹の姿を観た途端、あの阿山慶造に重傷を負わせた男を敵に回したくないと思ったのか、春樹が言葉を発する前に、条件を飲んでいた。


杯を交わした水木達は、春樹と慶造に案内されながら、本部内をゆっくりと見学する。

「すんごい庭やなぁ」
「手入れも行き届いてるな」

感心しまくる水木達。縁側に立ち止まり、庭を一望している時だった。
庭の隅の方から、一人の少女が顔を出した。水木達の目線が一斉に注がれたのは、言うまでもない。真子の後ろからは、八造と芯、そして、向井が一緒に歩いてきた。真子は、嫌な目線を感じたのか、芯に駆け寄り、後ろに隠れた。

「あの少女は?」

水木が、春樹に尋ねた。

「慶造の娘、真子ちゃんだよ。真子ちゃん!」

春樹は、笑顔で真子を呼んだ。しかし、真子は、思いっきり睨み付けている。芯の服を掴む手が、握りしめられていた。

「こんにちは」

水木達は、笑顔で挨拶をするが、真子の目は、睨んだまま…。

「…あれ、あいつは…」

水木達は、真子が隠れる人物を観て、疑問を抱いた。

……緑…??

「お嬢様、お部屋に戻りましょう」

芯は、自分の後ろに隠れる真子に笑顔を向けて言った。真子が軽く頷くと、芯は真子の手を握りしめ、水木達に一礼して、その場を去っていった。

「…気のせいか…」

水木が呟く。

「どうしたんや?」

須藤が、尋ねる。

「いや、真子お嬢さんが身を隠した人物だよ」
「あぁ、あれは、真子ちゃんの家庭教師。そして、ボディーガードと専属料理人」
「そういうことですか」
「ん? 水木さん、何か?」

春樹は、優しく尋ねる。

「いいえね、お嬢さんと一緒だった男達、髪の毛が立っていた男が、ボディーガードでしょう?」
「えぇ」
「あとの二人は、俺達とは、においが違っている感じでしたからね。
 …もしかして、真子お嬢様も?」
「この世界と接することのないように育てていたんだよ。普通の暮らし…
 させたかったんだがなぁ。今となっては無理だな。そして、…俺達やくざを
 思いっきり嫌っているからなぁ」
「やくざ嫌いって、跡目は?」
「…真子ちゃん」
「またまたぁ、ご冗談をぉ」

…慶造は、真面目なんだがなぁ…。

春樹は、敢えて応えなかった。慶造は、春樹が水木達に真子の話をしている間、そっぽを向いていた。
あまり、そのことに触れて欲しくなかったのだろう。

「ほな、そろそろ」
「そうだな」

水木達は帰ることを促し始めた。

「居心地、悪いですか?」

春樹が尋ねると、

「いいや、心配なんでね」

水木が困った表情で応える。

「関西は、今、もぬけの殻でしょう。それに、痛手もあることから
 困った連中が狙ってくるんですよ」
「そう言いながらも、守りは堅いんでは?」
「まぁ、そうじゃなきゃ、わしらが揃って来ませんよ」
「そうだよなぁ」

ちょっぴり笑いが起こる。

その笑い声は、真子の部屋に聞こえていた。

部屋に戻った真子は、何かに安心した表情をしていた。

「お嬢様。もう二度と、おっしゃらないで下さいね」
「はい。…でも、ぺんこう」
「なんでしょう」

少し怒った口調で、芯が言う。

「ありがとう」
「それで、どうでした?」

向井が興味津々で尋ねてきた。

「えっとね……」

言いにくそうな表情をして、芯を見る真子。

「はい?」

向井が尋ねたい事は判っている。それなのに、真子が自分を見つめてきたことで、芯は、関西での自分の行動を真子に知られたのでは…と少し身構えた。

「真北さんを恐れてた」
「へ?」
「ほへ?!」
「その…………お父様を倒した男……という感じで、
 笑顔を見せていたけど、…その……真北さんの声を
 聞く度に、何か、恐れてたみたい……どうしてなんだろう…。
 真北さん、優しいのにね!」

…………それは、お嬢様だけに…です。

と、三人の男は、心で強く思った。
真子に聞こえたのは、当たり前。その途端、真子はふくれっ面になった。

「お嬢様」

芯が呼ぶ。

「はい」
「もう、これっきりにしてください。相手の心を読もうとするのは」
「はい。これっきりにします」

芯、八造、そして、向井が、真子の部屋に揃ってやって来たのは、関西極道の連中が、本部に到着した時だった。真子が、連中の心の声を聞いて、怯えるかも知れないと、慶造と春樹から、しつこいくらいに言われ、そして、真子を楽しませる事で、聞こえないようにする為だった。
しかし、暫くして、真子の方から、

あの人達の事を知りたい。心の声を聞きたい。

そう言ってきた。
もし、父・慶造のことを狙っていたら…。前日まで、不安だった真子は、この日、意を決して、芯に頼んだ事。
芯は躊躇った。
一週間前の事件から、落ち着きを失っていた真子。
折角、落ち着いたのに、再発するかもしれない。
そして、自分の事を知られてしまう可能性もある。
だが、あの日、水木に見せた狂気は、今、心の奥底に押し込めた。
そんな自分の事よりも、真子のことが心配だった。その事もあって、自分の中に眠る『何か』は、表に出る事はなかった。

もし、狙っていたら、お父様を助けて!!

芯が悩んでいる時に、真子が発した言葉。
それには、芯たちも驚いていた。

もちろんです。

気付くと、そう応えた自分が、そこに居た。


関西極道の連中が、去っていったのだろう。先程まで感じていた本部内の緊迫した空気が、穏やかなものに変わっていた。それと同時に、芯たちも、和み始める。

「それよりも、お嬢様」
「はい」

芯が、少し怒った口調で真子を呼ぶ。

「くまはちから聞きましたが、悩み事は、打ち明けて下さいと
 あれ程、申しているのに……どうして、打ち明けて下さらないんですか!」
「だって、ぺんこう……心配すると思って」
「知らない方が、もっと心配します!」
「……聞いたの?」
「聞きました。学校での事。そして、………!!」

芯は言葉にならず、真子を抱きしめる。

「ぺんこうっ!??!」

芯の突然の行動に、誰もが驚いた。

「こんな小さな体に、大きな悩み事を秘めるのは、
 本当に……体に毒ですよ…お嬢様…」

その声は、震えていた。

「ぺんこう…でも…」
「組のことには、私は何も出来ません。慶造さんに任せるしか
 ございませんが、お嬢様の悩みの相談は、私でも出来ます。
 どう対処すれば良いのかのアドバイスも出来ます。
 だから、お嬢様。お一人で悩まず、何でも私に相談してください」
「…ありがとう、ぺんこう。……でも、どうして、私の事…」
「お嬢様の癖ですよ」
「癖?」

芯は、真子を見つめる。

「お嬢様は、悩み事があると、少しばかり上の空になりますから。
 何か知らないかと、くまはちに尋ねたら、教えてくれました」

真子は、芯の肩越しに、八造を睨み付ける。
八造は、ゆっくりと目を反らしていく…。

「お嬢様は怒る事できませんよ」
「どうして?」
「くまはちも、えいぞうも、桜小路さんから話を聞かなかったら
 知らないままでしょう? そうなると、後々怒られるのは…」
「くまはちだもん」
「……お嬢様ぁ……」

項垂れる八造に、思わず笑いが起こる。

「お嬢様」
「はい」
「約束ですよ」

芯は、小指をさしだした。
真子は、少し躊躇いながらも、芯と小指を絡め、指切りをする。

「絶対に、悩み事は内に秘めない事」

芯の言葉に、真子は頷いた。

「明後日から、二学期が始まりますね、お嬢様」

芯は話を切り替える。

「ぺんこうが、送り迎えしてくれるの?」

真子は、かわいらしく首を傾げ、芯を見つめた。

「えぇ。後期の授業が始まるのは、十月ですからね。
 それまで、送迎は、私が致しましょう」

真子の笑顔が輝く。

「くまはちは?」
「はい?」
「車の免許取るから、自動車学校に通ってるんでしょう?」
「えぇ、まぁ…」

八造は、照れたように目を背ける。

「頑張ってね!」
「ありがとうございます」

深々と頭を下げる八造。
連むのが嫌で、学校を中退したが、自動車学校は、ほとんど一人での行動だと耳にした途端、免許を取ると言い出した。そして、何事も真剣に取り組み、時には教官に誉められる程の技術を見せる程。何をやらせても完璧にこなそうとする八造の『癖』が出た様子。
このように、真子の応援もあり、そして、とある想いを抱いている事から、早く免許を取ろうと思っているのだが、とある想いだけは、誰にも知られていなかった。

真子の部屋から笑い声が漏れてくる。
少し離れた廊下で、その声を耳にした慶造は、安心した眼差しで部屋に戻ろうと、一歩踏み出した。

「……なんだよ」

目の前には、春樹が立っていた。

「心配なら、何もここに招かなくても良いだろうが」
「まぁな」
「お前の魂胆は解ってる」

春樹が静かに言った。
そして二人は、慶造の部屋へと入っていった。
座ると同時に、春樹はお茶を用意する。
慶造は、差し出されたお茶に手を伸ばし、

「真北ぁ…」
「なん?」
「…真子…、水木達を嫌ってるんか?」

静かに尋ねた。

「そりゃそうだろうな。猪熊さんや小島さんが、あの姿なのは、
 水木達のせいだと思っているからね」
「お前、何か吹き込んだんか?」
「なぁんにも。…言ったとしたら、ぺんこうだろうな」
「ったく、お前らなぁ…」

項垂れる慶造。

「そういうお前こそ、俺のことをあいつに吹き込むな。
 俺を見る目が益々変わっていくだろがっ」
「かまわんやろ。本当のことやし」
「いい加減に…しろよ?」

春樹は、慶造を思いっきり睨み付けた。もちろん、慶造は負けじと春樹を睨んでくる。そして、

「…お前とは、もう、やりたくないぞ」

静かに、それでいて、ドスを利かせて言った。

「そうだな。お互い大怪我してるからなぁ。俺もだよ」

春樹は、優しく応える。そして、二人は、微笑み合う。

「………それと、慶造」
「ん?」
「金輪際、真子ちゃんの能力を使おうとするな」
「!!!!」
「こんな危険な事をやるお前の思いは解ってる」
「ばれてた…か」
「で、真子ちゃんは、怖がったけど、今は…笑っている。
 ……安心だろ?」
「そうだな…」

慶造は、煙草に火を付ける。
吐き出す煙に目を細め、そして、春樹を観た。

「来週から、実行する」

慶造の言葉に、お茶を飲もうとした春樹は、行動が停まる。そして、ゆっくりと顔を上げ、慶造を見つめた。

「はぁ? なんだよ、いきなり」
「予定通りだろが」
「いや、そうだけどな。慶造、解ってるのか?」
「解ってる。やつらも話を聞くと言ってたろが」
「そっちじゃなくて、関西でのお前の動きだよ。俺は未だに
 抑えてないぞ」
「……抑えておけ」
「……一週間で…か?」
「あぁ。出来るだろ?」
「っ!!! 慶造ぅ〜、お前なぁ、それなら、この五日間、手伝えや」
「やなこった」
「俺だって嫌だぞ、事務処理はぁぁぁ」
「お前と一緒で、俺も嫌だっ」
「それなら、先に延ばせや」
「先に延ばせば、更に厄介になると言ったのは、誰だ?」
「俺だが。この場合は、違うだろ。処理が残ってる。
 それに、お前が向こうに行けば、俺の手が届かなくなる」
「お前も一緒に行くだろが」
「そうじゃなくて…」
「…あ、あぁ……そっちか」
「あぁ」

春樹と慶造が言うのは、青虎の命を奪ったことが、慶造の身柄に危機が迫っているということ。
派手に動いても良いが、命を奪うことは許さない。
それが、春樹の特殊任務の条件であり、特別に扱う組織の条件でもある。
もし、命を奪うことをすれば、春樹の立場も危うくなる。
その事は、慶造も知っていた。

慶造は、吐き出す煙に目を細める。そして、灰皿でもみ消した。

「悪かった」
「……聞き飽きた」
「そうだな。…言い飽きてる」
「それなら………これからは…」
「そのつもりだ。…これで、俺の思いも再出発というわけだ。
 そして、真北…。お前の思いもだな」

春樹は、お茶を飲み干し、ニヤリと慶造を見つめた。

「…で、手伝ってくれるんだよな」
「しゃぁない」

諦めたように、慶造が言った。




夏休みが終わり、真子が学校に行く日がやって来た。もちろん、芯の送迎で。
芯は、真子を学校まで送った後、大学へと向かい、真子が学校にいる間は、図書館で勉強する。そして、帰宅時間になれば、迎えに行く。
もし、真子が時間より早く終わっても、約束の時間までは、真子は図書室で勉強することを約束した。
以前のように、帰路を迷うことなく、一人で帰ることは出来るが、もしもの事を考えての約束。

図書館で、いくつか本を借り、そして、真子の学校に向かう芯。
真子を乗せ、そして、本部へと帰っていく。
そういう日々が一ヶ月続き、そして、芯の大学の授業が始まった。
真子の送迎は、いつものように、栄三、北野、そして、八造の三人となる。
いや、『いつものように』では無かった。
一人、抜けている……。

その抜けた一人の男は……。



「真北ぁ〜、嫌な顔をするなぁ」

慶造が、春樹の耳元で呟く。
その言葉を耳にした途端、春樹は、更に不機嫌オーラに包まれる。

おっと…。

慶造は、春樹から距離を取る。
慶造の体の側を風が走った。

「ちっ…」

春樹が舌打ちする。

「………そりゃぁ、こっちだって頑張ってるんやから。もう少し待てやぁ」

水木が嘆くように言う。

「乗り気だったのは、水木だろ?」

慶造が言った。

「まぁ、そうやけどぉ。ちゃぁんと話し合いでケリ付けますって」
「二言はないな?」
「ありまへん。それよりも心配なんは、須藤やで。あの場所は
 須藤組の縄張りやし。いっちゃん難しいんちゃうか」
「須藤には、得意な事やろが」
「まぁ、松本と同様、一般市民に顔が利くからなぁ」

ポリポリと頭を掻く水木。

「水木も見習えや」

春樹が空かさず言う。

「解っとりまぁ」

乗り気なのか、そうでないのか解らない返事で、その場を誤魔化す水木。

「…それより、水木。話は変わるが」
「なんや?」
「その後、どうや。お前んとこの組員」
「まぁ、少しずつ復帰しとりますさかい、ご心配なく」
「あの組員は……どうなった?」
「骨も繋がって、神経もあるんやけど、動かすのに躊躇ってな」
「そうか…」
「それ以上に、大変な事があるんですわ…」
「…大変なこと?」

慶造の眼差しが変わる。

「はぁ………。緑と赤を目にすると、狂乱するんですよ。
 恐らく、あの時の光景…未だに夢に出るんやろな…」
「…退院はしたのか?」
「あぁ。自宅に居るが、狂乱するたびに、桜がなぁ…」

慶造と水木の会話を聞いていた春樹は、疑問を抱く。

「慶造、何の話だ? あの争いでの怪我人は、他にも居たのか?」
「………今更、何の話だ、真北。…お前、知っていて聞くのか?」
「怪我人の話は、聞いていない。処理で大変だっただけだ」
「真北っ」
「おっと……。…で、水木、どういうことだ? 俺は知らないんだが」
「そりゃ、そうやろな。公にできんことやから、伏せてたし…」

それに、何となく真北には伝えたくない気持ちがあったしな…。
あの医者の名前…耳にしたら、どうなることやら…。

「言ってくれよ」

春樹には、珍しく、すがったような言い方だった。
緑と赤。
その言葉に、何か引っかかる物があった。

「うちの大切な弟分が、そっちの組員に、腕を斬り落とされましてなぁ。
 まぁ、腕の良い外科医のお陰で繋がったものの、心の傷までは
 治りきらずに、退院したんですわ…」
「…慶造、お前………俺に隠してること……あるんだな…」
「隠し事は無いな」
「……水木、どの組員だ? 本部に来た時に、見かけたろ?」
「一人、似た男は居たが、…でも、あれは違う」
「あれ…とは?」
「真子お嬢さんの側に居た一人だよ。緑の服を着た…」
「……腕を斬り落とされた時の状況は?」
「そうやなぁ。まぁ、うちの組員が、四代目に銃口を向けたんですわ。
 それに気付いた緑の男が、組員に日本刀を振り下ろして、斬り落とした。
 その男の日本刀は、銃弾を弾くほどだった」

淡々と語る水木の話を聞いているうち、疑問に思っていた考えが確定されていく。
慶造をちらりと見ると、春樹から目を反らしている。
その行動で、春樹は確信した。

水木が語り終えた瞬間、鈍い音がする。

くっ…。

何かを我慢するような眼差しで春樹を睨み上げる慶造。

「てめぇの行動が予想出来たからだ」
「それでも報告するのが筋だろがっ」
「筋を通しても、お前の事だっ。やることは一つだろっ!」
「あったりまぇだぁっ!」

春樹の裏拳が、慶造の顔目掛けて飛んでいく。
水木の目の前で、繰り広げられる春樹と慶造の喧嘩腰のやり取り。
呆気に取られる水木は、春樹に呼ばれて、返事が裏返る。

「自宅に案内せぇや」
「いや、しかし…」
「未だに狂乱するんだろ?」
「そうだが…しかし、これは…」
「俺が、治してやるから」

そう言うやいなや、春樹は立ち上がり、なぜか水木の胸ぐらを掴んで、部屋を出て行った。…が、直ぐに戻り、

「慶造も来いやっ!」

と怒鳴りつけ、再び去っていった。
渋々立ち上がる慶造は、ゆっくりした足取りで春樹を追いかける。
額を赤くしながら………。(春樹の裏拳が決まったのは、慶造の額だった)




阿山組本部。
この日は日曜日のため、芯が真子の部屋に居た。

「そろそろ真北さんが帰ってくる時間ですね」

芯は春樹から帰宅時間を聞いていた。それに合わせて、自分は自宅に帰るつもりでいた。
時間通り、春樹のオーラが、真子の部屋に近づいてくる。

「じゃぁ、明日の送迎は、真北さんになるのかなぁ」
「一週間、続くでしょうね」
「ドライブ……」
「それは、無理かもしれません」

と応えた芯は、いつものオーラではなく、初めて感じるオーラに警戒する。
真子の部屋のドアがノックされた。

『ぺんこう、ちょっと』

いつもとは違う言葉がドア越しに聞こえた。
いつもなら、真子に帰宅の挨拶をし、芯と喧嘩腰に会話をする。なのに、この時は違っていた。
不思議に思いながら、芯はドアを開け、顔を出した。
その途端!!!

「来いっ!」

胸ぐらを掴まれ、引きずられるような感じで、何処かへ連れて行かれる。

「真北さん?!」

芯の姿がドアの向こうに消えた事に驚き、真子は廊下に顔を出した。
既に芯と春樹の姿は無く、廊下の先に、少し恐れたような表情の八造が立っているだけだった。

「くまはち、何か遭ったの??」
「お嬢様……」

真子に呼ばれて、振り返ったその表情こそ、激しく心配するもの。
一体、何が……。



道場のドアが勢い良く開いた。
道場で稽古を終え、片づけをしていた組員達が驚いたように振り返る。
組員達に指導をし終えた栄三は、道場を出ようとしていたが、歩みを停めた。
ドアが開くと同時に、春樹が胸ぐらを掴んでいた芯を突き放す。
勢い余って、尻餅を突いた芯は、驚いたような表情で、春樹を見上げた。

「……てめぇ…ただ、付いていっただけだと言ったよな」

芯に話しかける雰囲気ではない。
それには、流石の芯も驚いた。
春樹は無表情。そして、口調も、いつも自分に話しかけるものではない。
それだけで、芯は悟った。
関西での抗争に参加したことを知ったのだと…。
恐れていた事が、今、目の前に。
芯は床に突いている手を握りしめた。

「四代目を守る為です」
「それが、日本刀で銃弾を弾くこと…なのか?」
「えぇ」
「……それが、阿山慶造に銃口を向けた敵の腕を…
 斬り落とす事なのかっ?!」

やばい…。

道場にいる誰もが思った。
芯と向井が敵を傷つけていた事は、阿山組四代目命令で、極秘になっていた。それも、一番知られてはいけない人物には…。なのに、今、春樹が口にした言葉は…。

「…そうするしか、守ることは出来ませんでした」
「頬の傷……その時に銃弾をかすめたんだってな…」
「えぇ」
「……もう少し……ずれていたら…そして、遅れていたら」
「四代目に当たってましたよ」

その言葉を聞いた途端、春樹のオーラが一変した。
風が無いのに、春樹の短い髪の毛が、風に揺れたように逆立つ。
春樹の黒い眼差しに、怒りの炎を観た芯は、覚悟を決めた。

「……慶造なんか、どうでもいい……お前のことだぞ…。
 もし、もう少しずれて、お前の頭に当たっていたら…」
「今頃、こうしていませんね」
「誰が…哀しむと思う?」
「……お嬢様が……」
「真子ちゃんだけじゃ…ないだろが……」

春樹の声は震えていた。

真北……さん…?

炎を感じた春樹の目が、潤んでいた。

「…しかし、四代目を失ったら、それこそ、あなたの想いも崩れ、
 そして、お嬢様が一番哀しむでしょう?」
「貴様は、そんな時でも、真子ちゃんのことを…」
「そう考えるのが、当たり前でしょう?」

と芯が応えた途端、芯の体は、宙を舞っていた。

「真北さんっ!」

そう言って、手を差し伸べる組員達。しかし、それは遅かった。そして、もう近づくことが出来なくなっていた。

春樹は、宙を舞う芯の体を目で追い、着地する芯に目掛けて拳を連打。その後、蹴りまでが飛び出していた。
突然のことで、身構えることが出来ず、芯は、体中に痛みを感じた。
急所を守ることすら出来ない程、春樹の拳や蹴りは早く、そして、ずしりと重たい。
芯はそれでも気合いを入れ、春樹の拳を受け止めた!!

「……いきなり、なんですかっ! 俺は何も…」
「そうだ。お前は何もしていない。……俺のせいなんだな」
「えっ?」
「お前の血が、そうさせてしまうのは、俺のせいなんだよな」
「真北さん……それは…」
「どんな時でも、…命の危険を顧みないのは……」

震える春樹の声。そして、受け止めている拳。
芯は、掴んだ春樹の拳をゆっくりと放した。その瞬間、春樹の拳が力強く差し出される。上手い具合に防御する芯。
それでも春樹は拳や蹴りを芯に向けていた。
見かねた組員が止めにはいるが、相手は春樹。いとも簡単に跳ね返され、そして、追い返される。
春樹の異様なオーラを感じたのは、八造だけでなく、向井もだった。
向井は、道場に足を運び、二人の姿を目の当たりにする。

「真北さんっ」

向井が、二人の間に割り込んだ。しかし、春樹の蹴りが、向井の体に突き刺さる。
壁に飛ばされた向井は、突然の事に身構えることが出来ず、背中を強打した。

「むかいんっ!!」

芯が叫ぶ。
壁にぶつかり、床にずり落ちた向井は、顔を歪めた。
それを観た芯のオーラが変わる。

「…相手は、俺だけにしておけよ……」

振り返る芯の眼差しは、獣を射るような眼差しに変化していた。

「その眼差し……いい加減……やめておけ」
「無理ですよ。これが…血筋でしょう?」
「………だから、抑えろと言ってる」
「そう言うあなたこそ、抑えたらどうですか?」
「てめぇの指図は受けないっ」
「………それなら、いつまでここでくすぶるつもりですか?」
「お前の意見も聞かん」
「それなら、早く手放してくださいよ!」

その言葉がきっかけになる。
激しい物音が、道場に響き渡った。
芯と春樹の殴り合い、蹴り合い。それが、更に激しくなっていった。
そこへやって来たのは、真子と八造。
真子は、二人の様子を見て、驚いたように目を見開いた。

「どうして……どうして……そうなってるの? どうして……?
 ……やめて、やめてよ!!! 兄弟なのにっ!!」

真子の叫び声が聞こえた。それと同時に、脚を振り上げた芯と春樹。その脚は、相手に差し出そうとしていた。目に見えない速さで振り上げられた脚は、勢いを増して、相手の体に向かう!

「お嬢様っ!!!」
「っ!!!!」

誰もが、その光景に目を瞑る。

「真子……ちゃん…」
「お……お嬢様……」

相手に向けた蹴りの間に、真子の姿が現れた。
勢いが付いた蹴りは、納めることが出来ない状態に。
やばいと思った。
そして、蹴りに感じた人の柔らかさ。
蹴ってしまったと思った芯と春樹は、目の前の光景、そして、突然背中を強打して、見える景色が天井になっていることに気付く。

自分が寝転んでいることに気付いた春樹と芯は、顔を上げる。
芯の目の前には、向井が居る。
春樹の目の前には、八造が居た。
そして、向井と八造の間には…。

「……お嬢様、危険なことくらい、解るでしょう?」
「でも、でも………。えぐっ……えいぞうぅ〜…」
「ったく……」

真子の体を守るように腕に包み込む栄三の姿が、そこにあった。
栄三は、真子を腕に抱えたまま、跪く。
春樹と芯が差し出した蹴りは、栄三の体に突き刺さっていた。

「えいぞう?」

栄三の顔が歪んでいくのを観た真子が、声を掛ける。

「大丈夫……っと言いたいんですが、……お嬢様……。
 お嬢様が、これを受けたら、……怪我だけじゃ…済みませんよ…」

そう言って、栄三は気合いを入れ、真子に笑顔を向けた。
八造は、春樹から手を離す。それと同時に、向井は、芯から手を離した。
二人が蹴りを差し出した瞬間、二人の間に割り込んだ真子。それに気付き、真子を守るように駆け寄り、抱きかかえた栄三。それと同時に、八造と向井も真子を守るように蹴りを差し出す二人の胸ぐらを掴み、脚を払う。その行動が、春樹と芯を床に横たわらせる結果となった。
春樹は体を起こし、真子を見る。
芯も春樹と同じように体を起こし、真子を見た。

真子は栄三の腕の中で、激しく泣いていた。
栄三は、真子の背中を優しく叩き、何かを語りかけている。

やってしまった…。

と思ったときは、後の祭りだった………。




「お嬢様は、お二人の関係を御存知です。そして、今回の
 関西極道との和解を知って、お嬢様が考えていた事があります」

真子の部屋。
泣き疲れて眠ってしまった真子をベッドに横たわらせ、優しく布団を掛けながら、栄三が語り出す。

「お二人の関係が、元に戻ればいいな……。お嬢様の言葉です」
「真子ちゃん……なぜ…」
「…商店街の駐車場での事件で、私が心で叫んでしまったんです。
 真北さんに向けて……兄さん…と。…その時に不思議に思ったと。
 …それに、あなたとの関係を…お嬢様に打ち明けました」

芯の話に、春樹の目は見開かれる。

「芯…お前…」
「四代目に車をもらったあの日。墓前で…」
「……墓前って…芯……」
「今の生活の報告ですよ。…そして……」

芯の頬を涙が伝う。

「あなたとの関係を………そう思って……なのに、私は…」

芯は、涙を拭うこともせず、春樹を見据える。

芯?

春樹は、芯の想いが解らないでいた。そして、次に発せられた言葉で、春樹は、暫く、誰とも会おうとしなくなる。

「…杯……受けました……」
「し……ん………」

そう言って、春樹は、真子の部屋を出て行った。

「真北さんの思いを踏みにじったな…ぺんこう」

栄三が言った。

「もう…そうするしか、ないだろう? 相手を傷つけて…
 それも、再起不能になるような…」
「お嬢様は、望んでいないんだぞ」
「解ってる……そんなことくらい…解ってるよ…。そして、
 兄さんの思いも……」

握りしめる拳が震える。
芯の頬を涙が激しく伝う。
それを隠すかのように、八造が、芯の顔を腕で覆った。

「泣くな…みっともない」

八造が優しく言った。

「……ほっとけ」
「これ以上…」

八造は真子を見つめる。

「これ以上、お嬢様に心配かけないでくれ…頼む…ぺんこう」

八造の言葉に、芯は、そっと頷くだけだった。



(2005.12.31 第七部 第十八話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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