任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第一話 関西での行動

大阪駅に八造と春樹が降り立った。そこへ迎え出るのは、須藤組の若い衆・竜見と虎石だった。

「お疲れ様です」

二人は深々と頭を下げる。

「ったく…。こういう出迎えは要らんと言ってるのになぁ」
「須藤組長から、丁重に迎えるよう言われておりますので」
「俺も八造も、慶造とは違うのにな」
「それでも…」

春樹の言葉に困った表情を見せる二人。

「真北さん、それが、二人の仕事ですよ。親の言うことは
 絶対ですからね」
「…あのなぁ。周りの目もあるだろが」
「仕方ないでしょう? 四代目が来られたら、人数も増えてるでしょう。
 私たちだから、お二人だけなんですよ」
「これでも抑えたってことか。…ったく」

不機嫌。
春樹は、この日の朝から不機嫌だった。慶造に何も告げず、真子へは、寝顔を見るだけで、何も告げず…。
不機嫌な理由はわかっている。
真子に術をかけてくれと言われた事に対する思い。
春樹と八造は、竜見と虎石に案内されて、車に乗り込む。そして、須藤組組事務所に向かって走り出した。

「真北さん」

八造が呼ぶと、

「あん?」

不機嫌なまま返事をする春樹。

「本当に、私が進行してもよろしいんですか? 四代目はいつも…」
「須藤に任せてるけど、今回は、そういかんだろが」
「こちらでの行動は控えるようにしておられるはずです」
「それは、表立っての事だろ。新事業に対しては、意見を述べてるぞ」
「それなら、四代目の言葉を文章で…」
「くまはちぃ」
「はい」
「常に、意見がゴロゴロと変わっているのを見てるだろが」
「そうですが…」
「それに対応する柔軟な頭も必要だってことだ」

春樹の言葉で、八造は何かに気付く。

「そういう…事ですか」
「だから、お前の考えを述べろと言ったんだよ」
「……どうなっても、知りませんよ?」
「俺が引っかき回してる事もあるから、連中は慣れてる」
「はぁ……そうでしょうが…それ以上になると…」
「大丈夫だぁって」

と、誰かと同じような口調で、春樹が言った。
呆れたように軽く息を吐く八造。
二人の会話を聞いていた運転席の竜見と助手席の虎石は、少し怪訝な表情をしていた。




須藤組組事務所にある会議室には、既に関西幹部である水木、谷川、藤、そして、川原の四人も揃っていた。

「四代目が来ぇへんなら、意味あらへんやろ」

水木が須藤に言うと、

「真北が来るならええやろが」

須藤が怒りを抑えた口調で応える。

「それで、猪熊が代理で、何が出来るんや?
 側に居るだけで、何もしとらんやろが」
「今までの会議には全て顔を出してるんやから、
 少しは出来るんやろ」
「そんな若造を俺らに当てるなんてなぁ、なめてんちゃうか?」
「水木ぃ、お前、相手は誰やと思っとるねん」
「猪熊の息子やろが」
「あぁ、あの、猪熊の息子だぞ。阿山慶造を影で支える男の息子。
 猪熊は、自分の息子を厳しく育てたという噂も耳にしてる。
 猪熊の力量も受け継がれていたら、それこそ、何を発するか…。
 それを覚悟しといた方がええんちゃうか、水木」

須藤の言葉で、水木は、眉間にしわを寄せた。

「小島親子以上に厄介なんちゃうんか……」
「そう思うのは、水木だけやろな。のぉ、谷川」
「俺にふらんといてんか」

少し声に緊張感がある谷川が応えた。

「川原と藤は、どうやねん」
「わしら、関係ないやろが」

川原が言った。

「そうやで。俺らの管轄ちゃうし。俺らは、俺らで必死やで」

そう言って、藤は、川原を睨み上げた。

「ここでは、すんなよ」

呆れた声で須藤が言うと、

「解っとる」

沈黙が続く。

「…で、四代目の怪我の具合は?」

谷川が尋ねた。

「暫くは安静なんやろ」

須藤が応えると同時にドアが開き、

「安静にさせとかな、心配する人が居るんでなぁ」

そう言いながら会議室に入ってきたのは、春樹だった。

「真北さん、ノックくらい…」
「俺に聞かれては不味い話でもしていたのか?」

そう言いながら、上座に着く春樹。

「連絡したように、今日は八造が進行することになってる」

春樹の隣に立ち、須藤達に一礼する八造。

「内容は、前回の続き。意見は?」

春樹は短く言い、会議が始まった。



廊下で待機しているのは、それぞれの組の組員と若い衆。

「始まったか…」

そう呟いたのは、春樹達を迎えに行った竜見だった。

「…どうやってん? あの二人」

竜見に声を掛けてきたのは、水木組の佐野という男。
水木と須藤は犬猿の仲と言われているが、組員や若い衆同士は違っている。
佐野は、須藤組にいる組員・みなみと竜見、そして、虎石の三人と同級生。その為、色々と仲良く話し合うこともあった。

「真北さんは、いつもと変わらないけど、猪熊さんの息子の
 あいつは、いつもと違ってたで」

竜見が応える。

「違うって、やっぱし、今日の進行役が重荷なんやろな」
「そらそうやろ。四代目の代行って、あの年齢で…」
「代行を認められる程の力量ってことやろ」

虎石が口を挟んできた。

「虎ちゃん、あの八造って男を尊敬してるもんなぁ」
「まぁ…な。俺らと年齢は変わらないみたいやけど、
 なんとなく、放たれるオーラが、ちゃうんや。
 四代目が側に居るときは、特に。すぐに敵のオーラを
 感じ取って、行動に出てるやんか。須藤組長も
 その動きには驚いてるし…」
「俺もそうやで」

虎石の言葉に賛成するように、みなみが言った。

「そやけど、それとこれは違うやん」

みなみが続けると、虎石が、

「まぁ、そうやな。…これだけは、再び抗争…ってことも」

と言った。

「それはもう…したくないっ」

声を荒げて、その会話を止めたのは、佐野だった。

「佐野……」
「……もう、俺…嫌やで。…西田のような事…」
「すまん、佐野…。西田の腕…繋がったけど、精神は…」
「落ち着いた。今、必死にリハビリしてるけどな。…まぁ、それも」

佐野は、会議室のドアを見つめた。

「真北さんのお陰なんだよな…」

その眼差しに、誰も何も言えなくなった。



会議室では、八造が慶造顔負けの意見を述べ、そして、会議を進行していた。
誰もが度肝を抜かれた表情で、その意見に耳を傾けている。
八造の隣では、春樹が八造を観察するように見つめている。

真子ちゃんの観察力も凄いな…。
というか、まさの方が凄いか。
やっぱり、人の心を見抜く術を持ってるんだなぁ、まさは。
…猪熊さんより、凄腕だな、こりゃ。

フッと笑みを浮かべた春樹。

今頃、慶造は驚いてるだろうなぁ。

そう思い、窓の外に目をやった。





阿山組本部。
真子は、たいくつだった。
大事を取って三日ほど、寝ておくこと。
そう約束したものの、やはりたいくつ。
ふと耳を澄ませると、慶造の呆れた声が聞こえてきた。
その言葉に含まれる二人の名前。慶造が心を和ませている事に、真子は嬉しかった。

おじさんには…叶わないな……。

ふと、視野の隅に、自分の鞄が映る。
真子は、鞄を見つめ、そして、何かを思ったのか、鞄の中から何かを取りだし、部屋を出て行った。



医務室では、慶造の側に、修司と隆栄が居た。
修司と隆栄は、何やら言い合っている様子。
それを見つめる慶造は、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「俺は反対だっ」

修司が怒鳴る。

「お前は、どっちを選ぶんだよ」

隆栄が負けじと怒鳴った。

「どっちって…」
「お嬢様の言葉に従えと言ったのは、お前だろ」
「あぁ」
「そのお嬢様の言葉が、それなんだから、お前が決める事じゃ…」
「それでも……お嬢様から離れるのは……」
「今は…大丈夫だろが。俺も居るし、お前も居るだろ?」
「しかし、お嬢様には…」
「それに、真北さんも居るんだし」
「栄三ちゃんも居るけど…」
「あいつは、じっとしてられんからなぁ」
「それは、小島…」
「しっ」

隆栄は、修司の言葉を遮った。そして、ドアに目を向ける。
ドアがノックされた。
隆栄が、そっとドアを開けると、

「お嬢様っ! 寝ていないと駄目だと…」
「あの………物語を……」

隆栄は、真子が抱えている本に見覚えがあった。そして、真子の言葉に疑問を持つ。

「お嬢様、それは…」
「猪熊のおじさんも来てるんでしょう?」
「ま、まぁ、そうですね。いつもの検診です」

と隆栄が嘘を付く。

「それより、お嬢様…」
「私は大丈夫! あのね…その…たいくつだから、
 物語をお父様も交えて…」

修司が近づいてきた。

「そうですね。慶造も楽しみにしていましたからね」
「本当? …でも…入っていいの?」
「えぇ、検診も終わりましたし。奥の部屋にどうぞ」
「はい」

って、猪熊が誘う事かぁ、おぉぉい。

隆栄は、そう言いたかったが、真子の嬉しそうな笑顔を観て、何も言えなくなり、同じように奥の部屋へと入っていった。
そこには、寝ていないと駄目だと言われている慶造が、ベッドから降り、ベッドの側にある椅子に腰を掛けてる姿があった。

親子揃って……。

そう思ったのは、隆栄だけでなく、修司も思ったらしい。
修司の顔が引きつっていた。

「真子、美穂ちゃんに言われただろ?」
「たいくつだから……。お父様は、どうして、ここに居るの?」

わちゃぁ、お嬢様には伝えてなかった…。

慶造が怪我をしている事は、真子に伝わっていない様子。

「あっ、その…」
「昨日の事がありまして…その…私の見舞いを…」

隆栄が恐縮そうに言った。

「なぁ、阿山」
「あ、あぁ…。俺が悪かったし…な…」
「あれは…私が悪いの…。お父様、ごめんなさい」
「真子、反省してるなら、もう怒らないぞ」

そう言って、慶造は真子の頭を撫で始める。

「で、その本は?」
「小島おじさんに新しく語ろうと思っていた物語なの…。
 こちらに居るみたいだったから、その……」
「俺も一緒にいいかな」

慶造が照れたように言うと、真子の眼差しが輝き、それ以上に笑顔も輝いた。

「うん!」

真子が返事をすると、修司が真子をベッドに座らせる。そして、慶造をその隣に座らせ、修司と隆栄は、側の椅子に腰を掛けた。
真子は本の表紙を開き、そして、物語を語り始めた。
真子の語りに耳を傾ける慶造。

これを毎日のように聞いていたのかよ…。

修司と隆栄に嫉妬の眼差しを向ける慶造。二人は、その目線に気付いているのか、慶造を見ようとしなかった。
物語は進んでいく。


慶造の様子を伺いにやって来た美穂は、医務室の中から聞こえてくる真子の声に気付き、ドアノブに延ばした手を止めた。

お邪魔しちゃ、悪いわね…。

その場をそっと去っていく。


真子の物語が終わった。
真子の体調は完全では無い。語り終わった真子は、疲れたように息を吐く。
ふと顔を上げると、慶造は、壁にもたれて眠っていた。
真子の物語を聞きながら眠りに襲われた慶造。その寝顔は凄く穏やかだった。

「猪熊おじさん」
「はい」
「本当は、お父様…怪我したんでしょう?」

真子の言葉に、修司と隆栄は言葉を失う。

「…私が襲われたあの日…。あの人達が言ったから…。
 阿山の方は、失敗したがな…って…」
「お嬢様」
「だから、私を使ってお父様を…って言っていたの」
「それでナイフを掴んだんですか?」

真子は静かに頷いた。

「お父様に迷惑が掛かると思ったの。自分でなんとかしないと…
 そう思った時に、桂守さんが来てくれた」
「そうだったんですか……。でも、お嬢様…」

隆栄が尋ねようとしたが、真子は、隆栄の言葉を遮るように言った。

「小島おじさん。ごめんなさい。…物語…今日が最後になるの。
 もう、お邪魔すること出来ない…。真北さんと約束したから…」
「真北さんと約束?」
「私が叩かれた事…お父様に内緒事をしたから。…えいぞうさんの
 怪我が治ったら、またお邪魔しても良いと言われたけど、
 同じようなことが起こったら、今度こそ、お父様は……」
「実は、私もお嬢様にお願いしようと思っていたんですよ」

隆栄が話し始めた。

「おじさん…」
「お嬢様の身に、もしもの事があったら、それこそ、阿山が
 無茶な行動に出るかも知れない。だから、お嬢様に
 最後の物語を語ってもらおうと思っていた所なんです。
 それを、阿山に頼みに来ていたところなんですよ」
「おじさん…ごめんなさい」

真子は今にも泣きそうな顔をしている。そんな真子の頭をそっと撫で、

「気になさらずに。楽しい日々でしたよ、お嬢様。
 私も元気になりました。これからは、以前のような動きは
 出来ないかも知れないけど、阿山を支えていきますよ」
「猪熊おじさんも……」
「慶造の事は、私に任せてくださいね。お嬢様よりも慶造のことを
 知ってるんですからねぇ、私は」
「うん!」
「最後の物語。楽しかったですよ。ありがとうございます」

修司が優しく言った。

「慶造も喜んでますよ。…こんな顔をして寝てるのを見るのは
 久しぶりですよ」

そう言って、修司は、真子をベッドから下ろし、慶造を横たわらせ布団を掛けた。

「お父様の傷……ひどいの?」
「私を殴るくらいですから、大したことはないですよ。
 美穂ちゃんが大事を取って、こうしてるだけですから。
 それよりもお嬢様ですよ。お疲れでしょう? お部屋まで
 御一緒いたしますよ。そして、美穂ちゃんに怒られないうちに
 寝ていてください」

隆栄が修司の代わりに応えた。

「そうする」

静かに言った真子は、慶造の手を握りしめ、心で何かを伝える。そして、そっと手を離し、二人に振り返った。

「猪熊おじさん、小島おじさん」
「はい」
「お父様を宜しくお願いいたします」

真子は深々と頭を下げた。

「お嬢様…。改めてお願いしなくても、私たちは、お嬢様が
 生まれる前から、支えると決めているんですよ」
「…そうでした!」

真子は微笑む。その微笑みに、遠い昔に感じた何かを思い出した二人。

「では、お部屋に戻りましょうねぇ」

隆栄が真子を促して、病室を出て行った。
静かに閉まるドアを見つめる修司は、ふぅっと息を吐いて慶造に振り返っ……。

「起きてたのか…」
「真子は……自分のことを考えてるのか…?」
「お前のことを考えることで、自分のことも考えてるんだろ。
 気にするな」
「気になるよ…。俺の怪我の事に気付いていたとは」
「………それよりも、真北さんが術を掛けたんじゃないのか?」
「そのはずだが…なぜ、物語のことと事件の事を覚えているんだ?」
「それは、真北さんに聞くべきだろ」
「そうだな。…あいつは、一体……」

そこへ隆栄が戻ってくる。

「お嬢様が、真北さんの気配に気付いて目を覚ましたんだってさ。
 その時に、物語のこと、そして、これからのことを話し合ったそうだ」
「…………小島、そうやって、真子から聞き出すなよ…」
「そうでもしないと、阿山が無茶しそうでなぁ。それに、俺も
 気になっていた事だし。気になることは自分で調べないと
 気が済まない質なんでなぁ、俺」
「ったく…」

慶造は天井を見つめた。

「お前らだけで…って、…ずるいよなぁ」
「やっぱり嫉妬していたのか…あの眼差しは…」
「じゃかましぃっ」

隆栄の言葉に、慶造の拳が飛んだ………。



真子は、眠っていた。
体調不良の中、物語を語ったのもある。
深く眠る真子の寝顔は、とても穏やかだった。





夜。
春樹と八造は、須藤が用意したホテルへとチェックインした。最上階に案内され、そして部屋に通される。

「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」

ホテルマンが去っていくと同時に、春樹はネクタイを弛め、ソファに腰を下ろした。
八造は、春樹のお茶を用意し、静かに差し出した。

「高級茶だなぁ」

そう言って、春樹は一口すする。

「くまはちもくつろげよ」
「その…私には、このような部屋は…」
「須藤が用意したんだ。気にするな」
「いえ、その…」
「俺と同室が、そんなに嫌なのか?」
「違います! ただ…私の立場は…」
「俺を阻止する程の力で、時には意見する奴の言う言葉か?」
「申し訳御座いません…」

八造は深々と頭を下げた。

「ったく、あいつらの言葉を気にすることないだろが」
「それは、真北さんが生きる世界も同じ事だと思いますが…」
「まぁ、そうだな。俺も頭が上がらない男が数名居るけどなぁ。
 今日は慶造の代理だろ。それくらいは許される」
「しかし…」
「ったく……」

そう言って、春樹は立ち上がり、八造の腹部を蹴り上げた。

「!!! って、真北さんっ! いきなり何をっ!」
「気合い」

短く言って、春樹は再びソファに座った。

「私…言いすぎましたか…?」
「いいや。慶造以上の意見を発した事に、
 度肝を抜かれただけだろ。まぁ、これで
 少しは、あいつらも気を引き締めるってこった」
「真北さん…本当に、栄三との付き合いを
 減らした方がよろしいかと思います」

ハキハキと八造が言うと、春樹は微笑むだけだった。

「今日はくつろげっ。ほら、酒っ!」
「って、真北さんっ!! 禁酒されたでしょう!!!」
「今日はいいんだ! 真子ちゃんが居ない」

その言葉を聞いた途端、八造の表情が曇った。

しまった…言うたらあかんかったか…。

「くまはち。そんなに心配か?」
「はい…。小島のおじさんの心が落ち着かれたのに
 それを取り上げるような気がして…」
「大丈夫。ちゃんと真子ちゃんと話し合ってるから」
「へっ?!」
「術…掛けるときにな、真子ちゃんが目を覚ましてしまったんだよ。
 目を覚まされると、掛けにくいからなぁ、あれは。それで、
 真子ちゃんと話し合ったんだよ」
「しかし、術を掛けたと…」
「掛けたよ」
「…真北さん……」
「それは、真子ちゃんの特殊能力に対してだ。青い光だけでなく、
 赤い光も現れただろ。それを……無理矢理押し込めた」
「一番危険だと仰ったのは、真北さんですよ? ぺんこうのことも
 あるから、だから、それはしたくないと…」
「…真子ちゃんの………想いだよ…」
「お嬢様の…?」

春樹は、そっと頷いた。

「だから、酒だ」
「はい」

八造は、春樹が五月蠅く言う『酒』の意味が解った。春樹に言われ、部屋に備え付けられている酒に手を伸ばそうとしたが、春樹が、テーブルの上にあるアルコールメニューに手を伸ばしている事に気付いた。

やばい…。

八造は、栄三から耳にしたことがある。
春樹は高級嗜好。
ホテルの中で一番高い物を絶対に頼むと…。

「それは駄目ですよ!!」

慌ててメニューを取り上げる。

「いいんだって。金は須藤だろが」
「人の金でも、駄目なものは、駄目ですよ!」
「くまはちぃ…お前も飲めっ」
「うっ……」

酒好き。八造は、春樹に勧められて、取り上げたメニューを覗き込む。

「ここのホテルは、これがお薦めだぞぉ」

春樹が指をさすアルコール。
確かに、一番高級なもの……。

「では、注文します」

先程までの勢いは何処へやら〜。八造は、嬉しそうに笑みを浮かべて注文をした。


二人は、ただ、アルコールを飲みながら、何も話さず、夜景を眺めて、夜を過ごしていた。



大阪滞在二日目。
この日は、松本組を尋ねた春樹と八造。
そこでは、昨日の会議の内容を基に、話し込んでいた。

「この条件でも動こうとしないのが、これだけある。
 それでも、あの場所に建てるつもりなのか? 松本」

春樹が尋ねる。

「えぇ。好条件ですので。須藤も事務所を移すと
 言うくらい、乗り気ですからね」

松本が、息を吐きながら応えた。

「相手の条件も考えつつ出した条件なんですが…。
 もう少し粘ってみましょう」
「事件沙汰にはするなよ」
「それは、重々承知…」
「次はな…」

と、春樹の話は続いていた。
そのやり取りをじっくりと見つめる八造。春樹の話し方に感心していた。


松本お薦めの店で食事をする春樹と八造、そして、松本。
話す内容と言えば、やはり、新事業の事。

こんな時でも、そのお話ですか…。

半ば呆れながらも、八造は耳を傾けていた。
八造の考えが解っている春樹は、八造を観察していた。
時々、八造に話を振ると、的確な答えが返ってくる。それには、松本も驚いていた。

流石、猪熊さんのご子息だな…。

感心する松本は、更に専門的な話へと持って行く。それにも付いてくる八造だった。



この日の夕方。帰る予定だったのだが……。



三日目の朝を迎えた。
八造は、何故かふてくされている。
泊まったホテルは別の場所。それも、春樹関連の……。
春樹は、いつもとは違う服装、そして、髪型をし、そこに眼鏡を掛けていた。
見た目こそ、真面目そのもの。

「……本当に、私も御一緒するんですか?」
「あぁ。すまんなぁ、付き合わせて」
「先に戻っても良かったんですが…」
「俺も帰る予定だったけど、急に入ったことだからなぁ。
 ったく、松本の用意した店に来るとは、思わなかったよ」
「だからって、何も承諾しなくてもぉ〜」

と言った八造も、何故か変装していた。

「しっかし、前髪を後ろにすると、猪熊さんに似てないな」
「…親父の話はしないで下さい」
「ほな、行くでぇ」
「…はぁい」

いつにない、八造の態度と返事。
それには、春樹は苦笑い。

この日、春樹が向かうのは……。


厳しい表情をし、制服をビシッと着こなした男達が、一室に姿勢正しく並んでいた。
春樹と八造がその部屋に入ってくると同時に、男達が一礼する。

「急に講義をすることになったというのに、これだけ集まるとは…
 いやはや、驚きです」

春樹の言葉に、少し笑いが起こる。

「今日は、私の弟子…と言いましょうか、いつもお世話になっている
 彼も一緒に、教壇に立ちますので、宜しくお願いします」

春樹に言われて、深々と頭を下げる八造。
その表情は、ホテルの時と違い、好青年のイメージを醸し出していた。

…演技派だな…くまはちは…。

と思った春樹は、講義に入る。
そう。
ここは、春樹が極秘で大阪に足を運ぶ事になっている、刑事育成講座の講義室。
未来の特殊任務に就く者を見出す為の講義でもある。
ここでの春樹は、『真北春樹』と名乗っているものの、あの、真北春樹とは同姓同名だと思われている。
なぜ、誰も気付かないのか。
噂の真北春樹と、教壇に立つ真北春樹の差があまりにも両極端であるからだった。
春樹が講義する姿を見て、八造は、ふと思い出す。


兄貴……教師になるのが夢だったんだ。
だけど、親父が亡くなって、それがきっかけとなって、
刑事になった。
家族を……お袋と俺を…守るためにな…。


天地山で聞いた芯の言葉。
今、目の前の春樹の姿は、教師かと見違えるほどの姿だった。

真北さん、教師も兼ねて…この仕事を選んだのですね。
いつにない、輝きですよ……。

春樹の講義は、時には厳しく、時には楽しく行われていた。


帰路に就く新幹線の中。
八造は、窓の外を流れる景色を見つめ続けていた。
目の前に、お茶が差し出される。

「付き合わせて悪かったな」

その声に振り返ると、春樹がお茶を差し出していた。

「いいえ。…頂きます」

春樹は八造の隣の座席に腰を掛ける。そして、くつろぎ始めた。

「真北さん」
「あん?」

お茶をすする春樹の返事は、気が抜けている…。

「今日の仕事…本当は、好きなんじゃありませんか?」
「刑事育成の仕事が?」
「えぇ。いつになく、活き活きしてましたよ」
「まぁなぁ。教師…夢だったしな」

春樹が本音を話している。

「それに、色々な事を経験出来るからさ。…阿山組に
 目を付けなかったら、やくざの世界に浸ることもなかったし、
 知ることもなかっただろうな。……強くなる為には
 あらゆる世界を見る必要がある。だから、俺は敢えて
 この仕事を選んだ」
「そうですか…」
「…何か、不服なのか?」
「いいえ。…ただ…どうして、真北さんだと気付かないのか…」
「それが、この講義の要だよ」
「はぁ?」
「俺の事に気付いた奴だけが、特殊任務に就くことが出来るんだ」
「……そちらの世界も、意地悪な仕掛けをするんですね…」

八造は呆れたように言って、お茶を飲み干した。

「で、くまはち」
「はい」
「何か悩むことでもあるのか? 新幹線に乗ってから、ずっと
 外を眺めてるけど…。お前にしては珍しい」
「俺の考えが……」
「ん?」
「今まで思っていた事が、否定された気分になりました」
「否定?」
「親父に言われて、お嬢様を守ること。…猪熊家は
 阿山家を守る存在だということです」
「嫌になったのか?」
「そうじゃありません。…守るだけでは、視野が狭い気がして…」
「それで、結論は出たのか?」
「真北さんが、先程仰ったように、あらゆる世界を見るべきだと。
 それでこそ、お嬢様を…阿山家の人々を守ることが出来るのだと…」
「なるほどな」

得意満面に春樹が言うと、八造は首を傾げた。

「真北さんは、それを私に教えるために、今日のことを?」
「まぁなぁ。…自分で結論を出すとは驚いたけどな」
「はぁ……まぁ、………」

少し悩んだ表情をした八造を見て、春樹は笑いながら、

「誰も、お前を俺の世界に誘おうとは言ってないだろが」

そう言った。

「当たり前です!!」

思わず大声を張り上げる八造だった。




阿山組本部。
二人の男が縁側に腰を掛け……。

「ったく……驚いたって」

慶造が言った。

「だから、真子ちゃんの思いだと言っただろが」
「聞いてない」
「慶造には言ってないもんな」
「…あのなぁ〜」

怒り任せに煙草をもみ消す慶造に、春樹は苦笑い。

「でもな……」
「ん?」
「真子ちゃんが最後の物語を語って、眠りに就いたら、
 もう、忘れてるさ…」
「……それは知らなかったな…」
「…その後は逢ってないのかよ…」
「俺も悪化しててなぁ」
「……何処に出掛けた…?」
「ちょっとな…」
「………誰が、事後処理すると思ってるんだよっっ!!!」

春樹は、怒り任せに煙草をもみ消し、そして、新たなものに火を付けた。

「おいおいおいおい、禁煙禁酒はどうなった?」
「お前を見てたら、してられっかっ!」

勢い良く煙草を吸う春樹。その姿があまりにも滑稽に映った慶造は、笑いを堪えるように俯き、肩を震わせた。

「笑うなっ」

春樹は、怪我人の慶造に肘鉄。

「…っっつ!! 真北ぁっ」
「五月蠅い」
「……それで、八造は?」
「合格。新たな思いも抱いた様子だぞ。お前以上に凄腕だな」
「それなら、話を持ちかけてもいいんだな」
「それは、最後に真子ちゃんと相談してからにしろ」
「真北から言ってくれ」
「何でも、俺にさせるなよ。親として、慶造の口から言えって」
「やなこった」

そう言って、寝転ぶ慶造を見て、春樹は息を吐く。

「ったく…解ったよ。でも、くまはちには、お前から伝えろよ」

春樹は寝転ぶ慶造を睨み付けた。
その眼差しに含まれる意味を悟った慶造は、そっと目を瞑り、

「あぁ……」

と静かに応えるだけだった。

月明かりが辺りを照らし続けていた。



(2006.4.3 第八部 第一話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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