任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第十五話 春樹に隠されたもの

真子の楽しい日々を、この日も春樹は耳にした。
ホテルの一室の窓から見える景色を眺めながら、お茶を飲む。

真子ちゃん、今日も楽しく過ごしてるかな〜。

真子のことばかり考えながら、のんびりと時を過ごしていた。


実は、春樹は、このホテルの一室に閉じこめられていた。
それを行ったのは、隆栄だった。
春樹の行動が、激しくなるにつれ、息子の栄三から聞いた真子の事を伝えるが、春樹の表情が綻ぶのは、真子のことを耳にした時だけだった。その他の時は、常に臨戦態勢に入っていた。
それが、日々、強くなっていく。
その影響なのか、敵の行動も益々激しくなっていった。

暫くは、動かないでくださいっ!!

隆栄が、いつになく真剣な眼差しで言ったものだから、春樹は、再び(以前は怪我で入院した時)形を潜めていた。その間、隆栄と和輝、そして、霧原とその弟子たちが、密かに行動し、情報を集めていた。


春樹が湯飲みをテーブルに置いた時だった。
湯飲みが、砕けた。

なに?!

春樹は何かの気配を感じ、窓から離れるように身を伏せた。
それと同時に、春樹が座っていたソファーや側にあったテーブルが粉々に飛び散った。
一体、何が起こったのか。
春樹には解っていた。
しかし、敵の姿が無く、銃声も聞こえない。
春樹は何かに集中した。
ふと、窓の外に何かが降りてきた。
その瞬間、部屋の中の物が、粉々になっていく。
部屋のドアが開いた。

「真北さんっ!!」

その声と同時に、春樹は廊下に出た。
そこには、和輝の姿があった。

「部屋の窓も階段も塞がれました! もう、ここしか残ってませんっ!」

そう言って、和輝は廊下の窓を指さした。

「って、あのなぁ、俺は普通の人間や!! この高さは無理!!」
「大丈夫ですよ!」
「それでも、駄目だぁぁ!」
「五階までは大丈夫だと言ったのは、真北さんでしょう!」
「それは、過ごせる高さだ。飛び降りる高さじゃないっ!」
「でも、ここしか……!!」

春樹が居た部屋の窓ガラスが割れた。そして、三人の男が飛び込んでくる。
和輝は春樹を守るかのように、腕を差し出し、床に身を伏せた。
春樹と和輝が居た場所の壁が崩れ、外が丸見えになった。

「……って、どんな武器なんだよ!」
「真北さんの行動に対する武器ですよ!」
「当たったら、確実に粉々だろが!」
「そこまで、奴らの怒りがって、真北さん、飛び降り…」
「だぁかぁらぁ、無理だぁあ!!」

叫ぶ春樹。
それは、怒りと恐怖が入り交じったような声に感じた。

「わちゃぁ………」

和輝が項垂れる。
春樹は、怒鳴りながら、部屋に飛び込んできた三人の男の武器に恐れず、相手に向かって拳と蹴りを差し出し、背負い投げの要領で、男達を次々と崩れた壁から放り投げた。

「……下に、隆栄さんと霧原たちが居るんですが…」
「…それを先に言え」
「言う時間…ありませんでした」
「……で、俺も……か?」
「…そう思ったんですが、今の勢いで、廊下の先の敵を
 お願いしてもよろしいでしょうか?」
「お前はどうするんだよ」
「私は、飛び降りますが…」
「…………和輝さぁん」

春樹が低い声で呼ぶ。

「な、なんでしょうか…」
「ここは安全と言ったのは?」
「私です」
「…どうみても安全…とは言えんよなぁ」
「はぁ…すみません」
「……みなまで言わんでも、……ええやろ?」

その声が耳に到達した途端、背筋が凍った和輝は、細かくたくさんたくさん頷いた。

「でも、一人では、無理ですよ」

和輝が言うと、春樹は鋭い眼差しを向けてきた。

「……数え切れないほど…向かってましたから」
「まさかと思うが…」
「気付いた時は、敵がここに向かった後でしたから、
 敵以上に急ぎましたよ。それでも、これでした」
「一体、どこで知るんだろな」
「それが、解らないので調べていたんですが…遅かった…。
 すみませんでした。……なので、少々、目を瞑っていただけたら
 幸いなんですが……」
「こっちでは、俺の立場は無いけど、手加減はしてくださいね」

なぜか得意気な表情をする春樹。その表情を見た途端、和輝の眼差しとオーラが変化した。
その昔、耳にした事のある、雰囲気。
それは、和輝自身が体の奥に閉じこめたものだった。

和輝の姿が瞬時に消えた。
その途端、何かがたくさん倒れる音が聞こえてくる。
春樹は、その音を耳にしながら、音のする方へと足を運んでいった。
背後から、何かが迫ってきた。
春樹は、振り向きもせずに、拳を後ろに振った。
背後の何かが、壁にぶつかり、床にずり落ちる。
春樹は歩みを進めた。
廊下を曲がると、そこは、ホテルに来た時とは違う真っ赤な絨毯が、敷かれていた。
その上をゆっくりと歩いていく春樹。そして、階段を下りていく。
そこにも真っ赤な絨毯が敷かれており、階段を下りきった所には、和輝の姿だけでなく、隆栄と霧原、霧原の弟子達の姿があった。春樹は軽く手を挙げて挨拶をする。

「そんな出迎えは要らないけどなぁ」

口元に笑みを浮かべながら、春樹が言うと、

「飛び降りた方が早かったのになぁ」

隆栄が嫌味たっぷりで応えた。

「真北さんじゃなく、気を失った男が三人も落ちてくるとは
 こっちが驚きましたよ」
「知っていて、あの選択は、…流石の私でも怒りますよ」

こめかみがピクピクしている。

「まぁ、それでも、真北さんなら、この方法だろうな…と
 思った通りでしたぁ」

隆栄の軽い口調に、春樹の怒りが……。

「悠長にしてる場合とちゃいますって!」

霧原が二人の間に割り込むように声を荒げた。

「兎に角、ここが割れたなら、離れるしかないか…」
「一応、こいつらには、調べさせるとして、移動しますよ」

霧原は、弟子達に指示を出す。
弟子達は、一礼して、姿を消した。

「まさか、伝授させてるとは…」
「まぁ、祖父の時代からの事ですから。日本に渡った時に
 こっちに戻れなくなって、あの行動でしたからねぇ」
「こっちに来て、霧原さんの家系の事が、事細かく
 解りましたから。もう、何が遭っても驚きませんよ」

ニッコリ微笑んで、春樹は言った。

「では、向かいましょうか。隆栄さん、大丈夫ですか?」
「……まさか……」

霧原の言葉で隆栄の体調に気付く春樹。恐る恐る振り返る。

「さっきの三人〜っつーのは、嘘で、ここに向かう間にね…」
「すみませんでした、小島さん」
「気になさらずに。俺の勝手な行動なんやし」
「私は甘えてばかりですね」

恐縮そうに春樹が言った時だった。
辺りが異様なオーラに包まれた。

「これは…かなりの数ですね」

和輝が言った。

「……兎に角、固まらない方が動きやすい……ですね」

春樹が静かに言うと同時に、それぞれが散らばるように走り出した。
しかし、敵の狙いは一つに絞っているようで、一斉に、春樹の方へと向かっていったのが解った。

「くそっ、霧原っ!」

隆栄の言葉で、霧原が異様な数が向かう方へと走り出す。
何かが噴き出す音が、あちこちで聞こえた。
その途端、視界が煙で遮られてしまう。

「煙幕まで使うとは……相当、場慣れしてる奴らだな。
 ということは…奴らも最終手段を使ってるということか…」

気を集中しながら、隆栄は呟く。

「隆栄さん、これでは真北さんが…」
「そうだな……この際は、仕方ない………と言ってる場合じゃないな。
 俺達にも……向けてるとはなぁ」

隆栄のオーラが一変する。それに感化されるように和輝のオーラも変化した。
風が起こった。
その途端、二人は手にした武器で、風をぶった切っていた。



春樹は、背後に迫ってくるオーラの数を数えていた。

ちっ、数え切れん。

そう思った途端、歩みを停め、その場に立ちつくした。
風が起こった。
春樹は、その風を避け、風が向かった方に蹴りを差し出した。
何かが遠くに飛んでいき、地面に落ちた音が聞こえた。

視界が…ゼロ…か…。

春樹は気を集中させた。
たくさんの何かが自分を囲み、向かってきた。
拳と蹴り、肘鉄を、目にも止まらぬ早さで繰りだし、掴んだ何かを遠くに放り投げた。
懐から銃を手にし、感じる何かに向けて引き金を引く。

静けさが漂い、感じていたオーラも無くなっていた。
しかし、新たなオーラが近づいてくる。
目の前に迫った何かを阻止した。
蹴りを見舞い、それを遠くに飛ばす。
体勢を整えようとした時だった。

「…!! 真北さんっ!!」

その声に振り返る春樹。
その途端、目の前に真っ赤な噴水が広がった。

えっ?

自分にもたれるように倒れてきた体を無意識に受け止める。
その手が、ヌルッとした。
春樹が支えた人物は、腕を動かした。
何かを受け止めている。それが解るほど、その体に重みを感じた。

何が…起こってる…?

春樹の目には映らないほど、何かが繰り広げられているらしい。
右側に何かを感じ、春樹は、手にした銃の引き金を引いた。
呻き声と共に、何かが倒れた。

静けさが漂う。

少し視野が広がった。
受け止めた人物が声を掛けてくる。

「お怪我…ありませんか?」

その声は霧原だった。

「霧原さん……まさか…」
「…ちょっと、目測を誤ってしまっただけですよ」

そう言いながら体を起こす霧原。春樹の目に飛び込んだ霧原の表情は、歪んでいた。

「真北さんに怪我が無いなら、それで…」
「何も私を守らなくても…」

霧原の言葉で、自分の身に何が起こったのか把握した。
霧原は、自分の体から溢れる血を抑えながら、

「敵は…まだ、半数残ってますよ」
「…小島さんと和輝さんは?」
「この視界では、解りませんが、戦闘中ですね。和輝さんの
 オーラが…殺人体勢ですよ…」
「…それを…早く言えっ!」

春樹が怒鳴った。

「駄目です、真北さん!」
「五月蠅いっ! 何のために、お前らを地下から出したと思ってるんだっ。
 慶造の思いくらい、解ってるだろ。…もう、その手で命を奪わない為に
 …だからこそ、俺は、その思いに…」
「だったら、なぜ、あなたは、ここで…。その行動、まるで…
 復讐じゃないですかっ!!!」

霧原の言葉を耳にした途端、春樹は、霧原の胸ぐらを掴み上げた。

「てめぇに、何が解る…俺の…何が…」
「解りますよ。あなたが、そこまで闘蛇組に攻撃する気持ちは。
 だけど、あなたには、ふさわしくない。……あなたの父親が
 行ったように………」
「な……に?」
「…その話は、後にしてください。…まだ、残って……!!!」

霧原が言おうとした途端、目の前の春樹の姿が消えた。
霧原の肌に感じる、異様なまでの狂気。
遠い昔に自分が放っていた狂気より、恐ろしい。
それは、霧原が、自分の親に当たる人物から聞いたことがある狂気に似ていた。

血筋……だとしたら…。

霧原は、気合いを入れた。

まだ、ここで倒れるわけにはいかない。

立ち上がり、感じる狂気に向かって駆け出した。
直ぐに、その足を止めた。
そこは、辺り一面、真っ赤に染まっていた。
その中央に立つ人物に目を凝らす。
春樹の姿だった。



春樹は、霧原の言葉と同時に、何かを感じていた。
その気配に向かって、駆け出す。
まるで、何かに惹かれるかのように…。
目の前に何かが近づいてきた。
咄嗟にそれを避け、拳を差し出す。…その手を掴まれた。

それが、春樹の何かに火を付けた。

春樹は、拳を握りしめる人物に蹴りを見舞う。
それは、目にも止まらぬ早さだった。
相手の力が弛んだ事に気付いた。その途端、春樹は、体の奥底から何かが飛び出したような気分になる。
辺りに感じる人の気は、十を超える。
しかし、春樹にはそれが、楽しく思えていた。
口元を、ニヤリとつり上げ、拳を握りしめる。
何か堅い物を殴った。それは、砕ける。
差し出した足に、ヌルッとした物を感じた。
手に掴んだ何かに向かって、拳を連打する。

頭の上に、風が過ぎった。それを軽く避け、再び向かってきた何かを受け止めた。それを奪い取り、それで、何かを殴り倒した。
異様な音が、耳に入る。
手に握りしめた物を、振り向き様に振り下ろす。そして、振り上げる。真横に勢い良く振り、そして、前に突き出した。それを握り直し、矢を放り投げるように、前に突き出した。
何か耳慣れない音がして、金属が地面に落ちる音が聞こえた。

それが、何か把握できない。

背後に何かを感じ、春樹は両手に銃を握りしめた。
その途端、銃声が数え切れないほど、辺りに響き渡った。
その銃に隠されている剣を出し、近づいてきた気配に向かって横に引く。
何かを切り裂いた。
その感覚の後、背後の気配に蹴りを見舞う。
背後から何かが、かなりの力で自分を縛り付ける。
手にした銃の剣を、自分の背中に向かって突き刺した。
自分を縛り付ける何かが弛む。それに気付いた春樹は、振り向き様に、引き金を引いた。
何かが辺りに飛び散った。

春樹は、息を整える。

……一体……何が起こってる…。

そんな思いとは、裏腹に、自分の口元が、つり上がっているのが解った。
何かの視線を感じ、その方向を睨み付ける。
一人の男が立っていた。両手に銃を持っている。銃口は、春樹に向けられていた。
男は何かを話しているのか、口が動いていた。

「聞こえ…ねぇよ…」

そう呟いた途端、春樹は男に向かって、銃口を向け、引き金を引いた。
目の前の男は、頭から血を噴き出して、真後ろにぶっ倒れた。

真っ赤……。
赤い…光……か?
真子ちゃん………?

『和輝、霧原、とめろっ!!』

その声が耳に飛び込む。
しかし、その声が誰なのか把握できない春樹は、感じる人の気配を数えた。

七つ……。

そう思った途端、春樹は銃に素早く弾を込め、感じる気配に向かって銃口を向けた。
いくつかは、弾かれた。
その弾かれた気配を探り、そこに向かって駆け出した。
何かが腹部に向かって突き出されるのが解った。
それを受け止め、取り上げる。
その棒を突き出した人物に向かって、振り下ろした。
何かが砕ける音がする。
背中に衝撃を食らう。
春樹は、前に倒れてしまった。その背中に何かが覆い被さった。

「目を覚ましてくださいっ!! 真北さんっ!」

名前を呼ばれて、我に返る春樹。
目の前には地面がある。
自分が倒れていることが解った。

「ぐわっ!!」

背中から、聞こえた声。そして、ふっと背中が軽くなった。
仰向けに体を動かした。
自分を見下ろす男が、そこに立っていた。
手には銃を持っている。
その銃口が、春樹の額に突きつけられた。

一体…何が…。

しかし、その銃口を持った腕が、目の前で砕けた。
真っ赤な物が目の前に広がる。
自分に銃を向けていた男が、もう一つの手に持っている銃で、何かを撃った。

春樹は、銃口が向いた方に目をやった。

霧原の体が宙を舞い、背中から地面に落ちた。

霧原さん…?

直ぐ側に必死になって体を起こそうとしている人物が居た。
その人物が春樹の方に振り返る。

…和輝さん……。

「真北さん、逃げてください……っ!!! うぐっ…」

銃声と共に、和輝が口から血を吐き出した。

春樹の目の前で、和輝が撃たれて、気を失った。
少し離れた所には霧原が倒れ、辺りを血で染めていた。
春樹は目眩を覚える。
そして、次の瞬間、何かを握りしめ、そして、潰した感触があった。

何か異様な物を感じた春樹は、その方向に目をやった。
大柄の男が立っていた。手には、機関銃を持っている。
春樹は、ゆらりと立ち上がり、大柄の男を睨み付けた。
銃口が向けられた。
春樹はそれに気付いていたが、逃げる素振りを見せなかった。
それどころか、何か楽しく感じてしまう。
春樹も男に銃を向けた。
不気味に口元をつり上げた春樹は、引き金を引こうと………。

!!!!

大柄の男の体が、四つに分かれ、真っ赤な物を噴き出しながら、地面に崩れ落ちた。
その男の向こうに、一人の男が立っていた。
春樹は、その男に銃口を向ける。

「…とめろと言っただろが……優雅にくつろいでんじゃねぇっ!」

その男の言葉と同時に、春樹の両手に何かがしがみついてきた。

「目……覚ましてください…真北さん…」

両耳に聞こえる声に、春樹は我に返った。

「………霧原さん…和輝…さん………」
「戻りましたか…?」
「………俺…」

ふと辺りに目をやった。
先程まで狭かった視野が広がっていた。
辺りは真っ赤に染まっている。
所々に、真っ赤な何かの塊が落ちていた。
それが人だと解るまで、時間が掛かった。
何かを覚えている。
春樹は、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
目の前に誰かが立った。目をやると不自由な手に刀を持った隆栄が、体を真っ赤に染めて立っていた。

「小島さん……」
「…すみません…真北さん…とめられずに…」
「えっ? …まさか…俺…」

春樹の体が震えた。
ゆっくりと辺りを見渡し、そして、隆栄に目をやった。
隆栄が、そっと頷く。
その途端、

「真北さんっ!!」

春樹は気が遠くなった……。





ベッドで眠る春樹の側には、隆栄が座っていた。
春樹の額に浮かぶ汗を拭く。
その隆栄の背後に誰かが立った。

「隆栄さん、後は私が」

和輝だった。

「あほ。お前の方が傷が酷いだろが。寝ておけ」
「これくらいは、平気ですよ」
「解ってるがな、それでも寝ておけ。…俺が倒れた時の為に
 備えておけや」
「今は大丈夫なんですね」
「まぁな」

隆栄は、春樹の額に手を当てた。

「少し下がったな」
「氷、持ってきましょうか」
「いいや、まだ大丈夫だ。だから、寝ておけって」
「充分休みましたから」
「そうか……」

沈黙が続く。

「どこに、あのような力が…」

和輝が呟いた。

「さぁな。…噂以上だったから、驚いたよ」

隆栄が応える。

「隆栄さんの事ですよ」
「俺?」
「えぇ。まさか、その腕で、あの男を一太刀で倒すとは…」
「必死だったからさ。……必死になれば、動くってことだな」

不自由な手を見つめる隆栄。
和輝の言葉にあったように、あの時、動いた事が信じられなかった。

「真北さんの事は、霧原から聞いてました。…噂以上でしたね」
「あぁ。俺も初めて観た。…耳にした事はあったよ、この事は。
 それが、真北さんだということは、霧原に聞いて知ったよ。
 目の当たりにすると、流石の俺でも恐怖を抱いたな…」
「真北良樹が、闘蛇組から奪ったものを…真北さんに……か」
「真北さん自身、御存知なんでしょうか…」
「知っていても、とめられないのが、それだろうな」
「…もしかして、山本先生にも…?」

和輝が心配そうに尋ねてくると、隆栄が大きく息を吐きながら

「それは、無いだろうな。…でも、それと同種のものが、
 真北さんが気にする薬なんだろう。…だからこそ、
 真北さんはサイボーグと言われる薬を根絶やしした…」
「えぇ。…その動きは、私も少し手伝いましたから、存じてます」
「その行動は、弟さんの事だけじゃないな。…恐らく、
 体の奥底に眠る何かが……そうさせたのかもしれないな」

隆栄は、和輝に振り返る。

「痛いんなら、寝ておけ」

和輝の表情が、痛みのために歪んでいた。

「私は、隆栄さんが心配です」
「俺は、大丈夫だよ。…この人が元に戻るまでは…な」
「それを無理してると言うんですよ」
「その言葉、そっくり返すぞ」

隆栄が、和輝を睨み上げた。その眼差しに、和輝は渋々……。

「お言葉に甘えさせていただきます」
「あぁ。……霧原は、どうだ?」
「まだ、意識は…」
「そうか。……俺が…あの時、無理させたから……」
「いいえ。そうでもしないと、真北さんは、私たちを狙ってきましたよ」
「判別不能に陥るのが……副作用……ってか…」
「隆栄さんこそ、無理なさらないでくださいね」
「あぁ。大丈夫だって」

ニッコリ微笑んで、和輝を安心させた隆栄は、和輝が別室に移ったのを気配で探っていた。

………俺が無理せな……。
お嬢様が哀しむだろが。

軽く息を吐いて、隆栄は目を瞑る。
脳裏を過ぎる、春樹の狂気に満ちあふれた姿。
あまりの恐ろしさに、血に慣れているにも関わらず、動くことができなかった。
それが予想されたからこそ、春樹を追いかけてやって来たのに、それが出来なかった。
春樹が倒した男達は、命こそ失わなかったが、再起不能だと思われる程の重傷だというのは、解った。春樹をとめるには、春樹が放つ狂気以上の物が必要だと悟った隆栄。そう考えた途端、自分の体が自然と動き、大柄の男を斬り殺していた。
そこまで、切り刻んだのは、初めてだった。
それ程、春樹の狂気は、凄いものだった。

隆栄は、ふと目を開け、春樹を見つめた。

この人を、これ以上、ここに置いてはおけない。
本当に…世界を滅ぼしてしまいそうだよ…。

大きく息を吐き、頭を抱える隆栄は、深く深く、真剣に何かを考え始めた。





春樹は、暗闇を歩いていた。
遠くに小さな光を見つけた。

あれは…?

気になった春樹は、それに向かって歩き出す。
しかし、その小さな光に、中々たどり着かない。
歩き疲れた春樹は、立ち止まった。
何か懐かしい声が、自分の名前を呼んでいた。

…俺が…なんだ??
……ま……?
真子ちゃん…。……元気かな。
笑顔が増えて、慶造も喜んでるだろうな。
真子ちゃん、ごめんな。
まだ、掛かるかも知れない。

何に??

あっ、俺……確か…。

何かに気付いた途端、小さな光から目映いくらいの光が飛び出し、春樹に向かってきた。
思わず身構えた春樹は、その光に包まれた。





ガッと目を見開いた春樹は、

「びっくりしたぁ……目…覚めましたか?」

という声に振り向いた。
そこには、霧原の姿があった。

「霧原……さん…」
「大丈夫ですか?」
「……それは、私の台詞…だと…」

春樹は体を起こした。

「っつーー!」

体中を痛みが走った。

「急に起きては駄目ですよ!」
「霧原さん。…その傷は…まさか、私が…」
「違いますよ。それよりも、一週間、昏睡状態だったんですから、
 動くのはゆっくりとお願いしますね」
「………一週間…? ……その間の動きは?」
「そうですね………」

春樹の尋ねることを、霧原は、差し障りない程度に応えていく。

差し障るのは、隆栄と和輝の行動。
春樹の身を隠した場所を嗅ぎつけたのか、新たな敵が夜襲をかけてきた。
春樹の看病をしていた隆栄は、敵の動きに怒りを覚え、和輝が停めるのも聞かずに、敵を滅多打ち。そして、そのまま、敵を縛り上げて口を割らせ、その足で敵の陣地に乗り込み、壊滅させた。
その行動の事だけは避けて、霧原は細かく伝えた。

春樹は大きく息を吐き、ベッドの上に大の字に寝転んだ。

「核心にふれそうだと…いうことか…」

呟いた春樹は、口を尖らせ、何かを考え込んでしまう。
霧原は、春樹の表情を見つめていた。

「…それで、お二人は?」
「そろそろ戻ってくるはずなのですが………」

噂をすれば、なんとやら。
隆栄がドアを開けて入ってきた。

「おっはよぉん」

いつもの調子で挨拶する隆栄に、春樹は呆れて何も言えなくなる。

「良く眠りましたね。調子はどうですか…? …!!!」

春樹に近づき声を掛ける隆栄は、突然、腕を掴まれた。

「小島さん…もしかして…」

掴まれた腕こそ、動かすことが困難な腕。

「掴まれた感覚はありますから」
「しかし、いつもの雰囲気では…」
「あっ、いや、その……………」

ちらりと霧原に目をやると、霧原は首を横に振っていた。

例のことは伝えてません。

「お嬢様の情報が途絶えてしまって…」

と口にした途端、今度は胸ぐらを掴み上げられた。

「栄三は、何をしてるんだぁ!!」

その春樹の怒鳴り声は、遠く離れた国に居る人物に届いたのか、栄三は、一瞬、身震いした。

「…兄貴、大丈夫なん?」

一緒に行動している健が、栄三の身震いに驚き声を掛けた。

「大丈夫やけど……なんやろ……一瞬、怖い物を感じた…」
「連絡せぇへんから、真北さん、怒ってるんちゃうん?」
「知るかっ。連絡する以前の問題やろが、これは」
「そう言っても、しゃぁないやんかぁ。狙われたんやし」
「だから、なんで、俺達やねん」
「知らんって」
「……はぁ………」

栄三が大きく息を吐く。そして、目の前の光景を見つめ、項垂れた。

「まぁ、ほら。こいつら日本語、解らんみたいやで」

健は、そう言いながら、一人の男の髪の毛を掴み上げた。
日本人離れした顔つき。その口元からは血が流れていた。

「兄貴……やりすぎ」
「しゃぁないやろが! こいつら手加減無しやねんからっ!」
「だからって、これは…」

健が見渡した光景。
そこには、広大な地面を埋め尽くすかのように、大柄の男達が倒れている姿が広がっていた。
どうやら、海外から潜入してきた男たちらしい。
春樹の行動の後の、隆栄と和輝の行動に、敵は隆栄の息子たちに矢を向けた。
ところが、隆栄以上に厄介な栄三と健の事を知らなかったらしく、誰もが一発の拳で倒れてしまった。

これがあったから、栄三は隆栄への連絡を絶ち切ったのだった。

「…まぁ、こいつら一人一人を締め上げるのも……手…だけどなぁ」

何かを楽しむかのような表情をして、栄三は指を鳴らし、側に倒れる男から、順番に締め上げていった。
健は手にした何かを男達に打ち込んでいく。
それは、筋弛緩剤に似た薬だった。
敵の動きを封じ込める為の薬。
ふと、顔を上げた健は、栄三を見つめる。
恐怖に震える男から何かを聞き出した途端、栄三は男を気絶させていた。

兄貴、無茶せんといてや…。

健は再び目線を別の所に移す。
気が付いた男が体を起こす所だった…が、健は、その男に素早く近づき、気絶させた。






春樹達は、別の場所に移動中。
出発直前に、栄三から連絡が入り、襲撃を受けた事を知る。
その原因を知った春樹は、目一杯反省の色を見せていた。

「ところで、真子ちゃんの事は?」

春樹が言うと、

「……………何も聞いてませんね………」

隆栄が、あらぬ方向を見つめながら、そっと呟いた。
その後、鈍い音が、移動中の車内に響き渡った……。



(2006.6.30 第八部 第十五話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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