任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第二十五話 偽りは偽りで隠される。

真っ赤な物が、飛び散った。
それが、人の体に流れる血液だということは、誰にでも解る。
しかし、その後に起こった光景は、誰もが幻想的な世界へと引きずり込まれる思いがした。




間に合わない。
そう思い、春樹は銃弾が飛び交う中を駆けていく。
春樹の行動に、慶造は思わず叫び、銃口を地島に向けた。


間に合わない。
そう思った政樹は、自然と体が動いていた。
真子に手を伸ばす。
その瞬間、真子の目が見開かれたのが、解った。

その手で真子の肩を押した。
真子は背中から寝転ぶ形になった。
その目に飛び込んだ光景…それは……。


お嬢様!

政樹は真子の安全を確認した途端、体を捻り、地島の方に振り向いた。
目の前に、真っ赤な物が飛び散っていた。
胸、右肩、腹部…何かが突き抜けた。

体の力が急に抜け、膝がガクッとなる。
座り込んだ途端、天井が見えた。




声にならなかった。
五回連続で引いた引き金を戻すことが出来ず、地島の手が震えた。
自分が放った弾丸は、目の前の真子ではなく、突然現れた政樹の体を貫いてしまった。
政樹の体が真っ赤に染まっていく。
跪き、そして、仰向けに倒れていく。


政樹の周りが、真っ赤に染まっていった。

ま、政樹……。

地島の顔色が、青ざめていく…。



ふと気が付いた政樹は、視野に飛び込む真子の姿に気が付いた。

お嬢様……御無事で……。

真子が、何かを言おうと口を開く、しかし、声にならない。

あっ…そっか…。

政樹は、動こうとするが、体が動かない事に気付く。

「お嬢様、お怪我…ありませんか?」

真子が頷いた。
政樹は安心したように笑みを浮かべる。

「すんません…すぐに…」

政樹は、真子が後ろ手に縛られている事を思い出し、それを解こうと体を動かすが、思うように動かない。

「まさちん……?」

真子に呼ばれた途端、政樹は渾身の力を込めて、体を動かした。
真子の腕を縛る縄を解き、そして、足を縛っている縄を解く。
その時、こみ上げる鉄の味に、嫌悪を抱き、吐き出してしまった。

血……?

この時、政樹は、まだ、自分の体の異変に気付いていなかった。

「まさちん……」

真子の声が震えている。
怖かったのだろう。
そう思った矢先、全身に激痛が走った。

「うぐっ…」

体を丸めて初めて気付く、自分の状態。

俺…撃たれた…?

真子に体を支えられた。

「いや…まさちん……いやだ……」

真子の声が遠くに聞こえる。
ふと目を開けると、真子が自分の体に何かをしていた。


真子は必死になって、政樹の体から溢れる血を止めようとしていた。

止まらない…どうして??

政樹の体から溢れる血を抑えながら、政樹を見つめる。

まさちん、駄目! 眠ったら、駄目…!

真子の目が何かを訴えている。
しかし、政樹は、真子が何を言いたいのか解らない。

お嬢様……何か………。

政樹の体から、力が抜け、真子の腕の中で、だらりとなった。

「まさちん??」

真子が呼びかけても、政樹は何の反応もない。
真子の視野に、人の動く様子が入ってきた。
真子は、ちらりと目線を移した。

地島が、青ざめた表情で、壁にもたれかかっていた。
震える腕が、手にある銃をゆっくりと持ち上げ、銃口を自分のこめかみにピッタリと付けていた。
引き金を引く。
しかし、弾は全部撃ち尽くした為、入っていなかった。

俺が……政樹を…殺した…。
政樹……それ程まで、お前は……。

地島は力無く、その場に座り込んでしまった。
政樹を凝視する目から、涙が頬を伝い、流れていく。


地島の様子を見ていた真子は、目の前の政樹の動きが停まった事に気が付いた。

「まさちん?? …まさちん……いやだ……いや……。
 死んじゃいや………死んじゃいやぁぁぁっ!!!!!」

真子の声が、辺りに響き渡った。
その声は、響き渡る銃声をかき消すほどだった。
誰もが、声の聞こえた方に目をやった。


その途端、目映いくらいの青い光が、辺りに広がっていった。
真子が、青い光に包み込まれる。
その光は、政樹の体も包み込んでいった。
政樹の体に見えていた傷が、スゥッと消えた。
そして、何かに吸い込まれたように、青い光が消えていった。


誰もが、目を見開いていた。
先程まで繰り広げられていた銃撃戦が、止んでいた。




政樹が、目を開ける。

「お嬢様…。御無事ですか?」

静かに声を掛ける政樹。その声に安心したのか、真子は優しく微笑み、

「うん…まさちん。…ありがとう…」

そう言って、目を瞑ってしまう。

「お嬢様?」

真子は穏やかな表情で寝息を立て始めた。



春樹は、目の前の光景に、何かを思い出した。

「まだ……まだ残っていたのか。…本当に……残っていた…。
 消さなければ…消さなければ、真子ちゃんに大変なことが
 起こってしまう。…消さなければ……、消さなければっ!!!」

春樹が口走り、再び、真子の方へと駆けていく。

「真北っ!」

慶造の声が聞こえていないのか、春樹は、真子の方へと駆けていきながら、周りに倒れる砂山組組員に蹴りや拳を向けていた。
砂山が、春樹の行動に驚き、立ち上がり、そして、引き金を引いた。
しかし、銃弾は春樹に当たらない。
それどころか、春樹が二丁拳銃を向けてきた。
春樹が放った銃弾は、砂山の両肩を貫いた。
再び、引き金を引いた春樹。
その銃弾は、砂山の両大腿部を貫く。
そのまま跪いた砂山の顔面に、春樹の蹴りが炸裂した。
砂山の体は宙を舞い、後頭部を床に強打して横たわった。

それは、一瞬の出来事だった。
瞬きをしていたら、その光景は見られなかっただろう。
それ程まで、素早い春樹の動きに、誰もが驚いていた。

真子…は?

慶造は我に返り、辺りを見渡す。
政樹が真子を抱きかかえている事に気付き、走り出した。

「四代目っ!」

阿山組組員の叫ぶ声に、政樹は顔を上げた。
その途端、腕に抱える真子の体が、誰かに奪われた。

組長…。

政樹の目の前に、慶造の姿があった。
まるで、壊れそうなものをそっと包み込むように、慶造は真子を腕の中に包み込んでいた。

「無事で…良かった…。…あれ程、使うなと……ちさとに
 言われていたのに……なぜ……使ったんだよ……。
 真子………」

慶造の声が震えていた。
真子の体に顔を埋め、慶造は泣いていた。
あの日のことを思い出しながら……。

政樹は、その場から動けずに居た。

使う…?
そういえば、俺……兄貴の弾を受けて…。

自分の体を触る。
辺りに広がる真っ赤な物は、自分の体から流れた血であることは、服に付着している血で解る。
しかし、傷は…無い。
痛みもない。

一体、何が…。

ふと顔を上げた。
何かが壁にぶつかる音が耳に飛び込む。
音の方に目をやると、地島の体が宙を舞っていた。

兄貴!!

政樹が手を伸ばす。しかし、地島の体は、春樹の裏拳によって、遠くに飛ばされてしまった。
その瞬間に見えた地島の顔は、潰れていた。
政樹は、春樹に目線を移した。
両手を真っ赤に染め、相手の返り血を浴びたのか、顔半分も血で染まっている。そして、体にも真っ赤な物が…。
その春樹が振り返った。
その異様な程の眼差しに、政樹は動けなくなる。
春樹が一歩踏み出した。

「真北さんっ!!」

その声と同時に、三人の男が、春樹の体を抑え込んだ。

「離せよ…」

地を這う程の声が、聞こえてきた。

「消さなければ…。あの光景を見た男達から…記憶を…」

春樹が呟くように言った。

「北島には、必要ないでしょう!」
「こいつも…お嬢様にとっては、大切な一人ですよ!」

その声に、慶造はハッとなる。
顔を上げ、春樹の方に目をやった。

「修司…隆栄……桂守さん……なぜ…ここに…」

春樹を抑える三人の男こそ、慶造と春樹を影から支えていた修司、隆栄、そして、桂守だった。
春樹の暴走と慶造の暴走を予測できた三人は、先回りしていた。
真子が監禁されている場所を特定できたのは、桂守が調べ上げた情報。
そして、もしもの為に待機していた、修司と隆栄。
政樹が飛び出さなかったら、二人が真子を守る予定だった。

「黙ってお前の言うことを聞く俺達だと思ったのかよ」

修司が口にした。

「その状況だと、阿山にも無理だったろが」

そう言って、隆栄は、春樹を羽交い締めする。

「…真北さん、落ち着いてください」
「……離してください。…北島にも……」
「お嬢様が青い光を使った事で察してあげてください!」

桂守の言葉で、春樹の狂気が納まった。

「それよりも、この後の事が…」

桂守が話を続けると、春樹は冷静に、

「直ぐに本部に戻れ。後は俺が…」

慶造達に告げた。

後は俺が。

春樹の本来の仕事で、処理をするという事。
だが……。

「真北、頼んだぞ。…だけどな、これ以上、辺りを赤く染めるなよ」

慶造は真子を抱きかかえたまま立ち上がり、そう告げた。
慶造の言葉に、春樹はニヤリと微笑み、

「それだけは、解らんな」

そう応えた。
遠くの方で、サイレンの音が鳴っている。

「急げ」

その声に、阿山組組員達が動き始める。
しかし、政樹は、その場に立ちつくしたままだった。
目線は、床に倒れた地島に向けられていた。
急に腕を掴まれた。
ふと目をやると、そこに春樹の姿があった。

「……どっちに付く? 応えによっては、地島と同じことになるが…」

春樹の言葉に、政樹は葛藤した。

「北島の姿が無いと、目を覚ました時、真子が狂乱する…」

慶造の言葉が聞こえた。
その瞬間、政樹の体は、自然と慶造達の方へと向かっていく。

兄貴………。
今まで、お世話になりました。

部屋を出るとき、地島の方に向かって一礼する政樹。
背を向けて、慶造達に付いて走っていった。



春樹は、窓の外を眺める。
慶造達の車が一台残らず去っていくのを見届けた。

「赤く…染めるなよ……か」

そう呟いた春樹は、両手に銃を持った。
そして………。






慶造の耳に、銃声が連発で聞こえていた。

「…小島」
「はい?」

助手席の隆栄が返事をする。

「桂守さんは?」
「残ってますよ」
「……それなら、なぜ、真北は発砲してる? あの銃声は…」
「弾丸は、正当な物に変更してるようですよ。そして…」
「立場を利用するつもりかよ」
「そこまでは、解りません。しかし、真北さんの本能を抑える為には
 そうするしかないだろうと、桂守さんからの言葉ですよ」

慶造はため息を吐き、膝の上で眠る真子を見た。

「現れなければいいんだが…」

慶造が呟く。

「あぁ…」

その言葉に、修司と隆栄は、小さく応えた。
慶造は、隣に座る政樹に目をやった。
政樹の視線は、真子に釘付けだった。

「……北島」
「…はい…」
「信じられないという顔だな」
「……一体、何が……」
「青い光を受けただけだ」
「…青い光…?」
「誰もが信じられないだろうな。…俺だって、話には聞いていたが
 目の前で見たのは初めてだ。本当に、人の命を左右する能力なんだな」
「…俺………気が付いたら、お嬢様を守っていた…。
 兄貴には、阿山慶造の姿を見たら、お嬢様を殺せと
 言われていた。……でも……できなかった。
 お嬢様を連れ出さないと危険だと…そう思った。
 しかし、あの場でお嬢様を連れ出したら、俺が狙われる」
「あぁ、そうしただろうな」
「そうすると、お嬢様が哀しむ。…そう思うと動けなかった。
 なのに、そう考える自分の中に、恐ろしい自分が居た。
 俺が狙われ、銃弾が放たれた瞬間、お嬢様を盾にすれば
 俺の手は、お嬢様の命を奪わずに済む。……そう考えていた」

政樹の言葉に、慶造の眼差しが変わった。

「…北島…お前は……」
「慶造、今は、やめろ!」

修司が停めた。

「こいつの策略で、俺が真子を殺すところだったかも
 知れないんだぞ!」
「その怒りは本部に戻ってからにしろ! お嬢様に影響する」

修司の言葉で、慶造は怒りを鎮めた。

誰かの怒りを感じたら、今、納まっている赤い光が現れる。
そうなると、車の中という狭い場所では、何も出来ない。
ただ、誰もが傷つき、命を落としてしまうだけ。

そして、一番傷つくのは、真子だと、誰もが解っている。

慶造は、大きく息を吐き、真子の右手を掴んだ。

「ちさとの時に使わなかったから……同じ光景に出くわしたとき
 絶対に使う…そう思っていたんだろうな。……もし、俺が
 銃弾に倒れていたら……、真子…危険も顧みず、俺のために
 使ったんだろうな…。そう考えて、こんな行動に…出たのかよ…。
 真子……」

慶造の切ない言葉に、誰も、何も言えなくなった。
慶造の言うとおり、真子は、そのつもりだったのかもしれない。

今は、静かに…眠ってくれ…。

真子を力強く抱きしめた。





現場は、真っ赤に染まっていた。
赤色回転灯も、周りを赤く染める原因の一つだった。
最後の怪我人が、救急車で運ばれていった。
それを見届けた中原が、少し離れた場所で座り込む春樹の所へと駆けていく。

「終了です」

春樹に告げた。

「……大丈夫ですか?」

春樹の体は真っ赤に染まっている。
それらは全て返り血だが、中原は春樹が怪我をしていると思っているらしい。
春樹の後ろに立っている桂守に、目で訴える。
すると、桂守は、

「まだ、落ち着きませんか?」

春樹にそっと声を掛けた。春樹は、そっと頷く。

「しかし、今回ばかりは、抑えられませんよ」

中原が目をやった所は、敷地の外。たくさんの人、そして、フラッシュが目映く光っている。
春樹は、深く息を吐き、そのまま仰向けに寝転んでしまった。

「真北さんっ!!」
「静かにしてくれ…」

そう言うのが精一杯の春樹は、目の前に広がる青空を眺めていた。

気が抜けていた。
慶造達が去っていた後、自分の行動を客観視していた。
引き金を引く度、床に転がるものから、真っ赤な何かが吹き出した。
部屋中が、更に真っ赤に染まっていった。
先程の幻想的な光景を目の当たりにしただろうと思われる男達に、次々と鉄拳を食らわせた。

相手の記憶が無くなるほど、叩きのめす。

気が付くと、春樹の口から、その言葉が零れていた。

消さなければ…消さなければ…。

呟きながら、目の前に立ちつくす男の胸ぐらを掴み上げた。
顔を見ると、その男は、桂守だった。

「…何をしてるんですか?」

春樹が尋ねた。

「おや、意識は存在してる…ということは、この行動は
 あなたの意志…ということですか? 真北さん」
「あぁ、そうだ」

そう言って、春樹は桂守から手を離した。

「そうでもしないと、こいつらの事だ。口を滑らすだろ」
「大丈夫ですよ。こういう輩が何を言っても、誰も
 信じませんから。それも、あのような摩訶不思議な光景は」

まるで、経験済みだという雰囲気で、桂守が言った。

「そうでしたね。…あなたこそ、その経験者…。そして、
 その光を受け、影響を受けた人間…」
「人間と言っても良いのか解りませんがね」

ニッコリ微笑む桂守に、春樹は急に可笑しくなったのか、笑い出してしまった。


サイレンの音が屋敷内に響き渡り、車が停まった音がした。
誰かが駆けてくる足音に顔を上げると、そこに、中原の姿があった。

「真北さんっ!!」




「中原さん…」

春樹が呟くように呼ぶ。

「はい」
「あいつらに、こう伝えてくださいませんか」
「場を用意します」

そう応えて、中原は、春樹の言葉を一言一句聞き逃さないようにと耳を傾けた。





阿山組本部の裏口から車が入っていった。
表では、既に事件を耳にしたのか、たくさんの報道陣が駆けつけている。表から戻ってくると思っているのか、道路の先に目を向けていた。
報道陣に気付かれないよう、本部で待機していた組員は、慶造達を静かに出迎えていた。

「四代目!」
「御無事で!!」

静かに声を掛ける組員達。
その組員の視線は、慶造の腕に抱きかかえられている真子に向けられた。

まさか、お嬢様は…。

勝司が慶造に駆け寄った。

「無事だから、安心しろ」

勝司が何を言おうとしたのか慶造には解っていた。
だからこそ、勝司を落ち着かせるために、静かに言った慶造。
勝司は、慶造たちの無事を知って、ホッと胸をなで下ろしたが、一人の男の姿を見て、勝司のオーラが変化した。

「山中さん!」

組員達が、勝司の異変に気付き呼び止めるが、既に遅し。
慶造に続いて車から降りてきた政樹の姿を見て、いきなり殴りかかった。
しかし、政樹は、勝司の拳を軽々と受け止めた。

えっ?

組員達は、驚いた。
あの、勝司の怒りの拳を軽々と受け止めている。
それよりも、体を真っ赤に染めている姿の方が、恐ろしかった。

「勝司、やめておけ」
「しかし、四代目、こいつは砂山組の北島ですよ!
 今回の事の引き金じゃありませんか!」

組員達が、ざわめく。

「それが、作戦だと伝えたよな、…勝司…」
「それでも…」
「地島から、真子を守ったのが、こいつだ」

慶造の言葉に、辺りが静かになった。

「今は言い合っている場合じゃない」

そう言った慶造は、勝司に、

青い光を使った後だ。

そっと伝えた。
勝司の表情が変わる。

「小島、美穂ちゃんを呼んでくれ」
「既に来てるわよぉ」

屋敷の中から美穂の声が聞こえてきた。

「真子を頼む」

そう言いながら、慶造達は屋敷へと入っていった。
慶造に続いて屋敷へ入ろうとした政樹。しかし、その進路を組員達に塞がれた。

「……てめぇが、敷居を跨ぐことは、許されねぇ…」

組員達のオーラが一変した。
誰もが、政樹を睨み上げている。
今にも、殴りかかりそうな雰囲気が……、とその時、

「やめろっ!」

隆栄の声が響き渡った。
辺りが静かになる。

「てめぇらの気持ちは解っている。だがな、今はやめておけっ。
 後で、時間作ってやるから。…それで、ええな」
「……御意…」

組員達を落ち着かせた隆栄は、政樹の腕を掴み、

「お前も治療だ」

医務室に向かうよう促した。

「しかし、俺は…」
「いいから、来いっ」

隆栄は、半ば強引に政樹を引っ張って、屋敷へと入っていった。
静けさが漂っていた玄関先が、急にざわめく。

「山中さん! どういうことですかっ!!」
「山中さんは御存知だったんですか!」
「あの地島が、北島だということを!」
「砂山組の人間だということを!!」

組員達の言葉を耳にした勝司は、何も応えず、ただ、慶造達が向かった医務室の方を見つめるだけだった。





医務室。
ベッドに寝かしつけた真子の容態を確認する美穂。

「青い光を使ったということは、大丈夫だと思うけど、
 ……体力が劣ってるわ…。…桂守さんの言う通りね」
「どういうことだ?」
「青い光を使った後は、体力が劣る。それは、さながら
 自分の生命力を相手に与えたかのように……」

遅れてやって来た隆栄が、美穂の代わりに応えた。

「…じゃぁ、なにか? 北島の傷を治したのは、真子の
 生命力を与えたということなのか?」
「いや、そうじゃないと思うけど」
「こぉじぃぃまぁ……」
「兎に角、真子ちゃんは、ゆっくりと休めば大丈夫」

慶造の言葉を遮って、美穂が言った。

「まさちん、ここに寝転んで」

美穂が促すが、政樹は医務室の入り口付近から中へ入ろうとしない。

「その衣服の様子からだと、かなりの傷だったでしょう?
 青い光で傷が無くなったからといっても、心配だから、
 ほら、早くっ」
「…大丈夫です…」
「いいからっ」

美穂は強引に、政樹をベッドに押し倒した。

「って、わぁっ!」

政樹は驚いたように声を挙げてしまった。

「俺よりも、美穂ちゃんの方が、強引だな」

隆栄が、ちょっぴりからかうように言うと、

「そうでもしないと、まさちんの性格からしたら、遠慮するでしょう!」
「…何、怒ってるんだよ…」
「怒ってるんだから、当たり前でしょう! あれ程、真子ちゃんを
 病室から出したら駄目だと言ったのに、連れ出すからぁ!!」

美穂の言葉に、医務室にいる者達の動きが停まる。

「…いや、美穂ちゃん……」
「怒るところ……」
「違ってる……」

隆栄、慶造、そして、修司が、それぞれ言うと、

「私には、そっちの事は関係ないでしょう? 医者としての意見なの」
「は、はぁ…」

そりゃ、ごもっともですが…。

「解っていても、なんだか不思議な気分だわぁ。
 銃弾が突き抜けている跡があるのに、傷が無いんだもん。
 まるで手品だわ……」
「それで、北島の体は?」
「大丈夫。いつもと変わりないわよ」

政樹は体を起こした。

「なぁ、阿山」
「ん?」
「あいつら、納まらへんやろ」
「そうだな」
「手合わせさせるで」
「……あいつらじゃ、相手にならんやろ。…本気になった北島とは…」

慶造は、政樹を見つめた。

「北島」
「はい」
「現場で言ったよな」
「はい。…ですが、私が、阿山組に居る事は…」
「真北が、どう対処するかは、何となく想像できるが、
 小島が言ったように、あいつらを鎮めるには条件がある」
「…制裁…ですか…」
「あぁ」

慶造の言葉で、政樹は覚悟を決めたように、拳を握りしめた。

「お前が、これからも真子のお世話係の地島政樹として
 過ごしたいなら、俺達を倒せ」
「俺たち…? …それは、組長も含まれているんですか?」
「本来なら、小島と修司も含まれるが、こいつらの体の事は
 お前も知ってるだろう。だから、勝司の次は、俺になる」
「………そ、それは……」
「真子と離れたくないんだろう?」

本当のことだった。
あの現場から離れた時に、決めたこと。
真子の危機に、真子を守ろうと体が自然と動いていた。
その時に、悟った。
自分は、真子を大切に思っていたんだということに。
しかし、育ててもらった地島への恩義もある。裏切りたくない。
真子を守って命を落とせば、真子が哀しむだろう。
それは、解っていた。
だけど、自分が死ねば、真子が哀しむ所を見ることはない。

二度と、真子の涙を見たくない。

政樹は、更に拳を握りしめた。

「どうする、地島政樹」

慶造が、ハキハキと阿山組での政樹の名前を呼んだ。
その言葉の強さが、政樹の何かに火を付けた。
ガッと顔を上げた政樹。その表情こそ、本来の姿だった。しかし、それ以上に、強い何かが現れていた。

まるで、八造のような……。

「小島」
「はいな」
「頼んだぞ」
「はっ。北島、来い」

隆栄が政樹を連れて、医務室を出て行った。

「さてと、俺も……」

と腰を上げた慶造は、両肩を思いっきり押さえつけられた。

「……お前は、治療してからだ」

修司の低い声が、耳元で凄む……。

「ばれてたか…」
「俺を甘く見るな」

そう言って、修司は、慶造の服を剥ぎ取り、左腕にあるかすり傷を治療し始めた。

「私以上に、血の臭いに敏感だわ…それも、慶造君のぉ」

感心したように、美穂が言った。

「……始まったか…」

道場から感じるオーラに、医務室の誰もが、そう思った。

「あれじゃぁ、山中で五分…かな」
「勝司を倒したら、それこそ、厄介だろが」
「慶造に負担を掛けない程度で、山中が踏ん張るだろなぁ」
「北島が、どこまで本気になるか…だな」
「あの時、本気じゃなかったろ」
「まぁな。俺を相手に、本気になれないらしいが…」
「それは、地島政樹を演じていたからだろ?」
「そうだな」
「今は……何だろうな」
「真子の為に生きる男……だろうな」

慶造が呟くように言った。

「あの状況で、そう決意出来るのか?」
「さぁなぁ。でも……元々そうだったら、直ぐに決めるだろ」
「なるほどな。………あっ」

修司が何かに反応し、声を挙げた。
慶造も、それに気付いたらしい。

「勝司の野郎……俺にさせるつもりかよ…」

そう言って、慶造は立ち上がる。

「停めないぞ」

修司が静かに言った。

「…当たり前だ。…俺だって、怒ってるんだぞ」

そして、慶造は医務室を出て行った。

「修司君」
「ん?」
「本当に、停めなくて大丈夫?」
「大丈夫だろ。一言あって、向かったんだからさ」

停めなければならない場合は、慶造は無言で去っていく。
長年、付き添っているだけあって、それは、解っていた。

「慶造君じゃなくて、真子ちゃんなんだけど…」

美穂が言うと、修司はハッとした表情をして、真子を見つめた。

忘れてた……。

修司の顔色が青ざめていく。

「停めてくる…」

慌てたように医務室を飛び出し道場へと駆けていく。


道場の扉を開けた途端、政樹の体が宙を舞い、道場から飛び出してきた。

…遅かった………。

修司は、項垂れた。





医務室。
真子が目を覚ました。

「……美穂先生…」

美穂の後ろ姿に気付き、真子が声を掛ける。

「気分はどう?」

美穂が優しく声を掛けた。

「…大丈夫…でも、なんだか、頭の中が…気持ち悪い…」
「まだ、顔色が優れないわね…。暫くは、ここで…」

そう言った時、美穂は袖を引っ張られた。

「ここ…家ですよね」
「うん」
「………まさちん………どこ? もしかして、あの場所で…」

真子の声が震えた。

「まさちんなら、慶造君の部屋に居るはずよ」
「……!!! お父様の鉄拳を!?」

真子は慌てて起き上がり、医務室を出て行った。

「真子ちゃんっ!」


美穂の声は聞こえていた。
しかし、走らずには居られない。
真子は廊下を走り、慶造の部屋に向かって走っていた。
息が切れる。
短い距離を走っただけなのに、息が切れたのは初めてだった。

使っては駄目…。

ちさとの声が聞こえた。
だけど、あの時、使わずにはいられなかった。
使わないと…誰もが哀しむ。
自分だけでなく、まさちんを大切に思っている……地島という男も…。

そう思った途端、自然と青い光を発していた。


息が切れたのは、それが影響してる事は、自分でも解っていた。
天地山の、まさに言われた事を思い出した。
でも、それは、遠い昔の事…ちさとが、生きていた頃の事だった。


慶造の部屋の前に立った真子は、部屋の中の様子を伺っていた。
慶造の怒りのオーラを感じる。
政樹の本当の心の声も聞こえてきた。

自分は、殺されても仕方がない。

その声を聞き取った時、真子は、ゆっくりとドアを開けた。
慶造と政樹が振り返る。
真子は、慶造を見て、そして、政樹を見た。
政樹の頬は、腫れ上がり、口元には少し血が滲んでいた。その血を拭いもせず、政樹は、慶造の前に座っていた。

まさちん…。

真子は、政樹に飛びついた。

「やっぱり、うそだったんだ!! まさちんがそんな事するなんて、
 信じてなかったの。だって、まさちん、お父様の為に、わざとしたんでしょ?」

その場の雰囲気を変えるかのように、真子が言う。
政樹の一連の行動は、偽りだと訴えるかのように。

「お、お嬢様…」

嬉しそうに微笑む真子を見て、政樹は躊躇った。真子の言葉に何も言えなくなる。
政樹は、ちらりと慶造を見た。
慶造の表情は、仕方がない…と諦めたような表情だった。しかし、どことなく安堵感もある。

「医務室で治療しておけ」

慶造が四代目の威厳を醸しだし、政樹と真子を部屋から追い出した。



真子と政樹は医務室に向かう廊下を歩いていた。

「お嬢様、顔色が優れません。まだ起きては…」
「大丈夫。…私は大丈夫だから…」
「お嬢様。どうして、慶造さんの部屋に? 私の行動は
 慶造さんの怒りをかうのは当たり前ですよ。それに、
 あの場所で、私の本来の姿を知ったはず…。なのに、どうして、
 あのような言葉を?」
「…あのままだと、お父様、まさちんを斬りそうな雰囲気だったから…」

真子が静かに語り出した。

「地島政樹、本名は北島政樹」
「お、お嬢様!」

政樹は、思わず真子から離れ、見つめる。
真子は静かに、そして、照れたように政樹に話しかけた。

「全部、知っていたの。ごめんね、隠していて」
「知っていたって…その、私の正体を? …以前からですか?」
「うん」
「なのに、どうして…私に、その…」
「だって、まさちんは、まさちんだもん。私のお世話係で
 いろいろと楽しい事を教えてくれるから」

真子は、政樹に抱きついた。

お嬢様?

「…行動に…出る前に、やめてもらおうと思っていたんだけど、
 私の方が、ぐずぐずしていたから…こんなことに…」

まさちんの大切な人が…。

真子は政樹から離れ、政樹を見つめた。

「…まさちん。ごめんなさい」

真子が深々と頭を下げた。

「お嬢様…」

政樹は、真子の言動に驚いていた。
自分の正体を知っていた。
命を狙われていたのに、恐れることなく、自分の行動を改心させようと考えていた。

やくざが嫌いだと…お嬢様は仰っていた。
なのに、そのやくざの事を、どこまでも、
どこまでも深く心配していたなんて…。

政樹は、ふらつき、壁にもたれかかる。そして、そのまま座り込んでしまった。

「まさちん? まさか…体調が…」

政樹がふらついた事で、心配する真子は政樹に歩み寄る。

まさちん?

政樹は、自分の顔を隠すかのように、腕で覆っていた。
目を腕で隠し、口を手で覆う。

お嬢様……すみません……。
お嬢様っ!! 俺……俺……。

政樹の嗚咽が聞こえてきた。
自分が泣いているのを隠そうとしている。
真子は、政樹の姿に驚きながらも、そっと手を差し伸べ、政樹の頭を優しく腕の中に包み込んだ。

「まさちん……ありがとう。…これからも、よろしくね」

真子の声が、政樹の心の奥深くに染みこんでいった。

こんな俺のことを……お嬢様は、思って下さる。
こんな俺なのに、大切に……。
兄貴……ごめん。
これからは…自分の意志で生きていく。
俺は……俺は……。
……この人になら、命を懸けても…惜しくない…。

惜しくない……っ!!



(2006.8.25 第八部 第二十五話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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