第九部 『回復編』
第九話 真子の喜怒哀楽
雪が降ってきた。徐々に辺りを真っ白に染めていく雪。 その様子を窓を開けて、縁側に腰を掛けて眺めている父娘………ん??? 春樹と真子の姿があった。
「早いね…もう積もっちゃった」
真子が嬉しそうに言った。
「それだけ、気温が低いんですよ」
春樹が優しく応える。 気温が低いなら、窓を閉めておけばいいものを……。
「お正月に、天地山でたくさん雪を見たのに、どうしてだろう。
ここで見るのも楽しい〜」
「そうですね。この庭が、そうさせるんでしょう」
「雪が降るって知ってたのかなぁ。くまはち、整えていたもん」
「そうでしょうね。…真子ちゃん」
「はい」
「寒くない?」
「大丈夫!」
真子の返事を聞いた春樹は、ふと、昔を思い出した。
あの日も、こうして、真子と雪が積もっていく庭を眺めていた。
真子に物語を語りながら、眺めていた。
そして、遠い昔のことを思い出し、その光景を見ていた彼女が
優しく声を掛けてきた。
その後………。
「……たさん、…真北さん??」
「あっ、わっ! はい!!! 寒いですか??」
真子に呼ばれて、現実に戻ってきた春樹は、慌てて返事をし、先程聞いた言葉のことをすっかり忘れていた。
「大丈夫って言ったのにぃ」
「あっ…ごめん…」
「真北さん、寒い?」
「いいえ、冷たい風が丁度良いですよ」
「私も!」
ニッコリ笑顔で、真子が言う。 それに釣られて、春樹も笑顔を見せた。
真子ちゃんは、覚えていないだろうな。
あれから術を掛けて、記憶は……。
「ねぇ、真北さん」
「はい」
「外…出ても良い?」
「駄目です」
「どうしてぇ…」
「昨日まで寝込んでいたのは、誰ですか?」
「………私です……」
真子は恐縮そうに言った。
「ったく…あれ程、はしゃがないようにと申したのに」
春樹はふくれっ面になっていた。
それは、三日前の事。
真子が学校から帰ってきた。 八造運転の車から降り、いつもの如く、政樹に蹴りを入れる。
「もぉぉぉぉっ!! ドアは自分で開けること出来るって、
何度言ったら解るんよぉ!!!」
と、今回は、なぜか、拳が政樹の腹部に突き刺さった。
ギョッ!
ゲッ……
玄関先で真子を迎えようとしていた組員や若い衆は、真子の拳を目の当たり。 滅多に動かない政樹の表情が、歪んでいる。 相当………強かったのだろう。
「いぃぃぃだ!!」
と言って、真子は玄関を走っていった。
「あっ、お嬢様っ!!」
政樹は真子を追いかけていく。
「って、地島っ……ったく……」
八造は、二人のやり取りを見ていて、政樹の行動に呆れてしまった。
「毎度ながら、どうして、出来ないんだろうな、地島は」
フッとため息を吐いた八造は、ハンドブレーキを下ろして、駐車場へ向かおうとアクセルを踏もうとした。 助手席のドアが急に開いた事に、八造は警戒する。
「!!! って、お嬢様!!!」
「くまはち、ぺんこうのところ!」
「お嬢様、ぺんこうは………」
「今日、試験終わってるから、行くの!」
「それなら、慶造さんにお伝え……と、今日は夜まで……」
「いいの! まさちんを置いていくから!」
真子はドアを閉め、八造に目をやった。
「早く!」
「は、はい」
助手席の窓の向こうに、政樹の慌てた姿が見えた。 その表情から解る。 真子に、二度、三度と蹴りを入れられ、倒されてしまったということが。
お嬢様に倒されるとは…。
あいつ、ほんまに、ボディーガードとして
成り立ってるんか?
そう思いながら、アクセルを踏み、裏口に向かって車を走らせた。
「お嬢様っ!!」
政樹は、車を追いかけて走り出す。しかし、車には追いつかない。
「くそっ……」
去っていく車…運転席を睨む政樹。
「地島さん、一体…」
組員が声を掛けてきたが、
「うるせぃっ…」
ドスを利かせて、そう言った。 思わず身を縮める組員だった。
「あっ、すみません……お嬢様から離れるのは…」
「大丈夫ですよ。八造さんが一緒ですから」
「それはそうだけど…」
唇を噛みしめる政樹は、屋敷へと戻っていった。 その後ろ姿は、とてもとても…悔しそうだった。
八造は芯のマンションへと車を走らせる。
「解ってるけど……どうして、できないんだろ…」
政樹の態度に、真子は怒っていた。 ふくれっ面になりながら、政樹の事を話していく。
「どうしても、抜けないんでしょうね」
「何が?」
「身についたものが」
「お父様に厳しく言われたのかな……」
やはり、術で…。
「そうかもしれませんね。……ところで、ぺんこうに
どのようなご用事ですか? むかいんか私が聞きますが…」
「電話じゃ物足りないんだもん」
「……………って、もしかして………」
「うん! その通り!」
わちゃぁ……俺の事ですか…。
項垂れながらも、車は、芯のマンションへ到着。 慣れた感じで地下駐車場へ入っていった。そして、オートロックを開けて、マンションの芯の部屋に向かっていく二人は、エレベータに乗り込んだ。
「ぺんこうは、まだ帰ってないのかな」
「勉強好きですから、六時くらいでしょうね」
「そっか…」
「むかいんは居るかもしれませんよ」
「えっ? どうして?」
「夕食の用意」
「忙しい、ぺんこうの為に?」
「かもしれませんよ」
「体調……悪いのかな…」
「昨日の電話は元気だったでしょう?」
「そうだけど…。ぺんこうって、急に来るみたいだし…」
芯の部屋がある階に到着した。 真子と八造はエレベータを下り、芯の部屋に向かっていく。 取り敢えず、チャイムを鳴らす。
『はぁい…って、くまはち……お嬢様っ!』
と慌てた声が聞こえた途端、ドアが開いた。 向井が驚いたような表情で、そこに立っていた。
「こんにちは。ぺんこうは帰ってきた?」
真子がにこやかに尋ねる。
「六時過ぎると聞いてますが……その…」
「お邪魔します」
「って、お嬢様っ」
向井の横をすり抜けて、真子は部屋へと入っていった。
「くまはちぃ…お前なぁ。勝手に連れてきたら、ぺんこうが怒るだろが」
「ぺんこうは怒らんけど、四代目は怒るかもなぁ」
「真北さんもだろうな。…って、一体…」
「世話係と喧嘩」
「またかよ…」
呆れたように項垂れる向井。
「どうしても、出来ないみたいだな、地島は」
「そりゃぁ、あの組は上下関係に五月蠅かったみたいだしな。
まさちんにも嘆かれたことあるよ。お嬢様の言葉に従いたいが
身についたのは、どうしても抜けないって」
「こりゃ、先が思いやられるなぁ」
「勝手に招くと、ぺんこうが怒るけど…まぁ、それが原因なら
怒りはしないだろな」
何やら意味ありげな言い方をする向井に、八造は首を傾げた。
「むかいん、お前…まさかと思うが……」
『むかいん〜、手伝うよ!』
「駄目ですよ!! 私の仕事を取らないでくださいぃ!!」
真子が何をしようとしてるのか直ぐに解った向井。 慌ててキッチンへと駆けていった。
ったく……。
八造も、芯の部屋へと入っていった。
翔と航が帰ってきた。
「おや、お客だぁ。………三人…って……」
「もしかして、真子ちゃん???」
玄関に並んだ靴を見て、二人は家の中を観る。
「お帰りなさい!」
真子が笑顔で迎えに出てきた。
「ただいまっ! 真子ちゃんが来てるとは、ビックリしたぁ。
芯…知ってるん?」
翔が真子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「内緒!」
「芯は、まだ図書館だったけど……」
「遅くなるんでしょう? むかいんから聞いてるもん」
「くまはちさんも居る…」
航が八造の姿にも気付き、そう言った。八造は、軽く会釈する。
「ぺんこう…怒るかな…」
真子が静かに言うと、
「喜ぶって」
航が真子の頭を優しく撫でた。
「試験が終わったのに、お勉強?」
真子が首を傾げて、尋ねると、
…………これか……。
そりゃ、硬直するよな…。
…お嬢様、その仕草は…。
そろそろ温めようかな…。
航、翔、そして、八造の三人は真子の仕草に思わず硬直。芯の気持ちが解った瞬間だった。…が、向井だけは、違っていた。コンロに火を付け、温め始める。
部屋着に着替えた航と翔は、真子と楽しく語り始めた。 向井が、そっと飲物を差し出す。 八造は、少し離れた所で、真子達の様子を眺めていた。 ドアの向こうに誰かが立った。 その瞬間、話し声が止む。 鍵が開く音がし、ドアノブが回った。真子は航と翔に目配せをして、ドアへと駆けていく。 ドアが開き、
「たっだいまぁ。遅くなっ…………」
芯が入ってきた。その途端、目の前の小さな姿に、硬直……。
「お帰りなさい、あ・な・たっ!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
誰もが予想していた以上に驚いている芯。
「お、お、お、おおおおお嬢様っ!! どうして、こちらにっ!!
てか、航、翔……てめぇっぇぇぇらぁぁぁ…何を教えてるんだぁ!!」
芯は、自分の荷物を航と翔に向けて投げつけた。 それは、その途中にいる八造に片手で受け止められる。
「くまはちっ!! …お前までぇぇ……」
わなわなと震え出す芯。今にも暴れ出しそうな、そんな瞬間…。
「待ってたの!」
真子が芯の手を掴み、引っ張った。
「って、おじょおじょおお…お嬢しゃま…その……」
「ん?」
真子は、かわいらしく首を傾げて、芯を見つめた。 芯の顔が、徐々に真っ赤になっていく………。
「………真子の行方はぁ?」
「そ、それは解りません。…ただ、八造さんと一緒に…」
静かに応える政樹。
「…地島ぁ、お前が付いていくのが妥当だろが」
「申し訳御座いません」
深々と頭を下げる政樹の腹部に、慶造の膝蹴りが…。 小さく呻く政樹。
「そこまでにしとけや、慶造」
「真子に撒かれるとはなぁ…」
政樹の胸ぐらを掴み上げ、ギッと睨み付ける。
「てか、真子ちゃんに負けるなって、まさちん」
春樹がにこやかに言うと、
「手……出せませんから…」
政樹がそっと応えた。
「真子ちゃんが、まさちんの態度に怒ったのは解る。
どうして、できない? ここでは、気にしなくてもええのになぁ。
お前は、地島政樹…真子ちゃんにとって、まさちんだろが」
「出来ません。身についてしまったものなので…中々…」
「鍛え直そうか? あ?」
慶造が凄みを利かせて、そう言った。
「お嬢様に蹴られる殴られる……それは、大丈夫です」
「はぁ?」
「ただ、お嬢様が私に何も言わずに、八造さんと出掛けた事が…」
「……地島…お前…」
「まさちん…まさかと思うが…」
政樹の言葉に、慶造と春樹は同時に口をした。
「すみません……。俺にも、この感情が何なのか、解らなくて…」
暫く、沈黙が続いた。 慶造が、政樹から手を離す。
「本当に、世話係としてのプライドが強いな」
慶造が言うと、
「ほんとだなぁ。…てか、真子ちゃん、何処に向かったんだろ…」
春樹の意識は、別のところへ飛んでいった……。
真子ちゃん……。
「おぉぉい、真北ぁ、戻ってこぉぉい〜」
慶造が、そっと呼びかけた。
「お嬢様!! それは言わないで下さいっ!!!!」
八造が慌てたように声を張り上げた。
「いいでしょぉ〜本当の事だもん」
「それでも、それは…」
「それでね、それで……あがぁ……!!」
真子の口を塞ぐかのように、八造が手を差し出した。しかし、その手は、芯にはね除けられた。
「それで、どうなったんですか?」
「くまはちが勝っちゃったって!」
「そりゃぁ、底なしですからねぇ、くまはちは」
「そうだよね! ぺんこうよりも凄いんだもんねぇ。
未成年の頃から飲んでたもんねぇ」
「ねぇ〜」
真子の口調を真似て、芯が言う。
芯もだろうがぁ。
と敢えて突っ込まない航と翔。
「お待たせしましたぁ」
向井が、テーブルの上に料理を並べていく。
「…むかいん…。俺、ここまで頼んだっけ?」
芯が料理の数を観て、驚いたように言った。
「お嬢様が来てから買い足した。大食らいが一人いるだろが」
「俺のことか?」
八造が静かに言う。
「その通り……………あぁぁぁあぁっ!!!!!」
向井が突然叫ぶ。
「なな、な、何????」
「本部に…連絡してない……」
「あっ…」
向井の言葉で、八造も思い出す。
「ぺんこう、借りる!」
向井と八造が同時に言って、返事も聞かずに受話器に手を伸ばし……お互いの手をぶつけ合う。
「いてっ!」
「ったく……俺がするから」
芯が静かに言って、電話を掛けた。
「もしもし」
『芯……真子ちゃん……』
「居ません。むかいんと一緒に食事しますから、食堂のみなさんに
お伝えください。慶造さんには、遅くなるとお伝え下さい」
『……だから……』
話が続いているのにも関わらず、芯は受話器を置いた。
「ぺんこう、怒ってたか?」
向井と八造が同時に尋ねると、
「焦ってたな……。お嬢様」
芯は、ちょっぴり怒った口調で振り返る。
「はい」
「…また、内緒で出掛けたんですか?」
静かに尋ねる口調は、やはり、怒っている…。 真子は、芯の怒りに気付いたのか、シュンとしてしまった。
「ごめんなさい……。八造さんと一緒だから、大丈夫だと…」
「ちゃんと断ってから来ないと、みなさんが心配するでしょう?」
「ごめんなさい……ただ……ぺんこうに…相談したくて…」
ったく…。
鈍い音がした。
「……ぺんこうぅ……俺に当たるな…」
「当たる相手が、居ない」
「それでもなぁ…」
「それでも、ちゃんと誰かに伝えて来るのが当たり前だろがっ」
芯は八造を睨み付けた。
「世話係が追いかけてきたから…逃げただけだ」
「何……?」
芯のオーラが変化した。
あっ、やばい…。
航と翔、そして、向井が芯の変化に気付き、思わず身構えた。
「あんにゃろ……くまはちを前に、お嬢様を浚うつもりかよ…」
芯の拳が握りしめられる。
「…ぺんこう…ごめんなさい。…私が……私が……ぐすっ…」
「!!!!!!!」
芯のオーラの変化に気付いたのは、男共だけじゃない。真子も気が付いていた。 芯が怒ったのは、真子の世話係に対してだったが、真子は、八造に怒っていると思ったらしい。 あまりにも、怒りのオーラを発したものだから、真子は、自分が有無も言わさず飛び出したのに、八造が怒られると思ったのか、泣き出してしまった。
「ごめ……ん…な…さ……ぐすっ……ごめんなさい。
私が、直ぐに……って八造さんに頼んだの……。だから…
八造さんは、悪くない…の。…私が……私が……」
「お嬢様っ!! ……………山本ぉぉぉ…てめぇ……」
真子が泣き出した途端、八造のオーラが変化した。 芯を睨み付ける、その眼差しこそ、怒り。
「……っと、く、く、くまはちっ! タンマ!!!」
急に怒りが殺げる芯。しかし、八造のオーラは、芯の怒り以上に凄く、風が起こるはずもないのに、八造の服が、ふわっと浮かび上がるほど…。
ダンッ!!!!
包丁がまな板を叩く音が、途轍もなく大きく響き渡る。 その音に、誰もが振り向いた。 キッチンで向井が包丁片手に、背を向けて立っている。
「食事中……静かにせぇや……こるるるらぁ……」
地を這うような声で言った向井が、ゆっくりと振り返る。
ギョッ!!!
その表情こそ、鬼…いや、それ以上に……。
「む、む、むかいん…それ……洒落になってねぇから……」
震える声で、芯が言った。
「あぁん??」
あかん……。
誰もが真子に振り返る。 真子に助けを…と思ったものの、真子は泣いている為、向井の怒りには気付いていない。
「お嬢様を……泣かせるたぁ……てめぇら……」
と向井が口にした途端、
「むかいんが、一番怖いよぉぉぉ! わぁぁぁぁん!!!」
真子が声を張り上げて泣き出してしまった!!
「あっ、わっ!! す、す、すみません!! お嬢様、すみませんっ!!!」
慌てた向井は、包丁をまな板に突き刺して、真子に駆け寄っていく。
「すみません!! すみません!!!!!」
「うわぁぁぁん!!!!!」
真子が激しく泣いてしまった。必死にあやす向井を見つめる航と翔。真子の側に行くべき芯と八造の目線は、まな板に向けられていた。
犠牲は……。
まな板で良かった……か…。
ホッと胸をなで下ろす二人だった。
その後、静かな食事時を過ごし、真子と芯は書斎へと入っていった。
「……で、二人っきりにして、大丈夫なのかぁ」
食後の飲物を口にしながら、翔が言う。
「大丈夫だろ」
航が向井と一緒に洗い物をしながら応えるが、
「…心配なら、一緒に入ったらどうですか、くまはちさん」
書斎のドアの前で立ちつくす八造に振り返りながら、付け加えた。 八造は、首を横に振る。しかし、しっかりと聞き耳を立てていた……。
「ご相談とは、…例のお世話係のことですか?」
芯が静かに尋ねると、真子は首を縦に振る。
「お嬢様が気に入らなければ、慶造さんに頼めば…」
「……私の言葉を聞いてくれないの…」
「言葉?」
「何度言っても……車のドアを開けるし、一礼するんだもん…」
「それは、立場上…」
「解ってるけど…。…くまはちは、守ってくれるのに…」
少し寂しげな表情をする真子を、芯は思わず抱きしめてしまった。
「お嬢様……」
「…ごめんなさい……電話で…相談できなくて…」
隣だと聞こえてくるもんなぁ。
「急に押しかけて……むかいんを怒らせちゃった…」
う〜ん、それは、俺が一番の原因…。
「お嬢様」
「はい」
「今日は、泊まっていきますか?」
真子は芯の腕の中で頷いた。
「くまはち、そういう事やから」
芯が言うと同時に、八造が書斎に入ってきた。
「それは、許されないことや」
「くまはちの言う通りやで……」
八造の声と重なるように、一人の男の声が聞こえてきた。 驚いて振り返る八造と、目線を書斎のドア付近に移す芯。
「…………勝手に入って来るなと……何度も言ってますよね…真北さん」
「連絡を怠るなと言ってるよなぁ、ぺんこう〜」
ワナワナと怒りのオーラを発し始める春樹と芯。
「くまはち、勝手に出掛けるとは、…どういう事や、こるるらぁ」
「申し訳ございません!!」
「あれ程、強引に連れ出されても連絡しろと…言ったよなぁ」
「その事は……」
八造が口を開こうとした途端、
「私が全部悪いのっ!!!」
真子が声を張り上げた。
あっ、やばい…。
やっと落ち着いたのに……。
これは、厄介なことになるぞぉ。
兄弟喧嘩よりも……。
二人の困った表情が…観られる!!
芯、八造、向井。そして、航と翔が、春樹と真子のやり取りを観て、それぞれが思った。 思った通り、真子は芯の腕の中から春樹を涙目で睨み付け…。
「ぺんこう…離せ」
「嫌です。お嬢様は悩んでおられる」
「だからって、その仕草は、心配事が増えるだけだ」
「それが、私の目的…」
「ぺんこうっ!」
芯が言いそうになった言葉を遮るかのように、春樹が呼んだ。 ところが……。
「!!!! 言い争ってる場合とちゃいます!!」
八造が突然声を張り上げ、芯の腕の中から真子を奪い取り、額の手を当てた。
「熱が…」
「えっ?」
誰もが声を挙げた。
「一体………」
真子の潤んだ眼差しは、突然の高熱から来ていた………。
「ごめんなさい……反省してます」
真子は三日前のことを思い出し、恐縮そうに言った。
「次からは、私に打ち明けてくださいね」
「うん…」
春樹は、真子を抱きかかえ、膝の上に座らせた。
「あったかい〜けど、熱…ぶり返したかな?」
春樹は自分の額を真子の額に当てて、熱を確認する。
「平熱」
そう言いながらも、真子から顔を離そうとしない。
「もう、無茶はしないこと」
優しい眼差しで真子に言うと、真子はニッコリ微笑んで、頷いた。 雪は更に降り積もっていく。
「おい、真北。真子の熱がぶり返すだろが」
「お嬢様! まだ体を冷やすのは…」
突然の声。それも、慶造と八造の声が重なっていた。慶造は春樹の右から、八造は左から声を掛けていた。 春樹は右に、真子は左に振り向いた。
「大丈夫だ」
「大丈夫だもん」
春樹と真子の返答も重なる。
「それでもなぁ」
「それでも、無理は禁物ですよ」
慶造と八造の声も重なる。
「……しゃぁないか。真子ちゃん、部屋に戻りましょう」
「はぁい」
春樹は真子を抱きかかえたまま立ち上がり、窓を閉めた。
「俺に用事か?」
「くまはち、どうしたの?」
春樹は慶造に、真子は八造に尋ねる声も重なる。
「あぁ」
「中々戻ってこないので…」
そして、慶造と八造の返事も重なって…。 あまりにも、二人の声が重なるものだから、その場に居る四人とも、思わず笑い出してしまった。
「じゃぁ、真子ちゃん。私は慶造の所に行きますから、くまはちと一緒に
部屋に戻って、大人しくしておくこと」
「はい。ありがとう、真北さん。あまり……無茶しないでね」
「心得てますよ」
真子の頭をそっと撫で、春樹は真子を八造に託し、慶造と去っていった。
「何を話していたんですか?」
「三日前のこと………反省してます」
「これからは、連絡してから、行きましょう」
「はい。くまはち…ごめんね」
「その言葉は、たくさん聞きましたよ。寝言でも…」
優しく微笑んで八造が言うと、真子は照れたように頬を赤らめた。 八造は、慌てて真子の額に手を当てる。 熱が上がったと思ったらしい。
「ねぇ、くまはち」
「はい」
「ぺんこうの卒業式……くまはちにお願いしてもいいの?」
「そうですね。お嬢様は学校を休めませんので、代わりに行きますよ」
「お願いします」
「ちゃぁんと証書をもらうか、この目で見てきます」
「お願いします」
「任せてください」
「……真北さんも……行くのかな…」
真子が静かに尋ねた。
「恐らく、行くでしょうね」
「お父様の代わり…かな」
「そうなります」
「………私の時は……お父様……来るのかな…」
途切れ途切れに尋ねる真子。その思いが解る八造は、何も応えられずに居た。
慶造の部屋。 春樹が煎れたお茶を飲む慶造は、呆れたように息を吐いた。
「ほんとぉぉぉに、てめぇは…」
「ほっとけ。…しかし、珍しく、この日に蹴りが出ないが……やはり…」
「五月蠅い」
春樹の言葉を遮るように慶造が言った。 真子が寝込んでいた二日前。出先で襲撃にあった慶造。幸い、八造の動きと桂守の動きで、敵は倒されたものの、慶造は負傷していた。 春樹が言う、『蹴り』。 雪が降る二月に、毎回、春樹に逢うたびに慶造が行う怒りの蹴りのこと。 雪の降る二月は、春樹にとっては、良い思い出だが、慶造にとっては、嫌な思い出になっている。
ちさとと春樹の甘い時間は……。
「真子が側に居たら、影響するだろが。八造に聞いたぞ、
山本の家での話」
「まさか、むかいんまで怒りを出していたとはなぁ」
「あの後、滅茶苦茶反省してるやないか…向井に無茶させるな。
料理に支障が出るだろが」
「だから、俺も反省してると言ってるだろがっ」
キッと慶造を睨み付ける春樹。その目の前に書類が差し出された。
「ほら、書いた」
「あぁ、サンキュ」
書類に目を通し始める春樹は、大きく息を吐いた。
「それにしても、砂山組との事が、いまだに影響してくるとはなぁ」
「挑戦……って訳だろな」
「取り敢えず、一昨日の連中の口から出た組を一掃しとるから」
「そんなこと…しなくてもいいんだが…」
「自分の立場を考えろ。もし影響したら……真子ちゃんの卒業式に…」
「俺が会場に居たら、落ち着けないだろ?」
「そうならないようにと動いているだろが」
「これ以上、お前に迷惑掛けられない」
「今更、何を言う……」
春樹は、慶造を睨み上げた。 その眼差しが語る思いは、慶造は知っていた。
「そこまで、俺のことに…」
慶造が静かに言うと、
「お前じゃない。真子ちゃんの為に…だ」
春樹が遮るように応えた。 フッと笑みを浮かべ、湯飲みに手を伸ばす慶造は、
「そうだったな…」
と静かに応えるだけだった。
「…行くんだろ?」
「反対されてても、行くに決まってるだろが」
「祝いの日に、喧嘩するなよぉ。また真子を泣かせるな」
「五月蠅い」
短く言って、春樹は書類を差し出し、指を差す。
「ここ…やり直しや」
「もぉええやろがぁ」
「もっと細かく書けっ」
「はいはい」
邪険に扱うように返答して、手にペンを取った慶造は、春樹が指さした部分を書き直し始めた。
ったく、俺が嫌いな事知ってるだろが…。
慶造は言いたい言葉をグッと堪える。
俺の代わりに細かくしてもらわななぁ…。
春樹の思惑に気付くこと無い慶造だった。
(2006.10.25 第九部 第九話 改訂版2014.12.22 UP)
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