任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 えいぞう・番外編2-1


内緒のデート

珈琲メーカーがコポコポと音を立てている。
直ぐ側にあるカウンターの中では、この喫茶店のマスターが珈琲を煎れるカップの用意をしていた。
ひげ面のマスターは、お盆にカップを乗せ、客へと運び始める。

「お待たせいたしました」
「マスター、健ちゃんは?」
「今日は午後からですよ。それまで色々と忙しいみたいですよ、
 こっち関係で」

マスターは小指を立てた。
その小指を弾かれる。

「いてっ!…早っ」
「兄貴ぃ〜、そうやって、俺の事をお客様に言うん、やめてぇやぁ」

そこには、噂の健が立っていた。

「ほんまのことやろが」
「それでもなぁ〜」
「そういうマスターこそ、忙しいんでしょぉ?」
「そんなことありませんよ。私は、こういう面ですし、
 女性に見向きもされませんよ」
「またまたぁ〜。こないだ、観ましたよ、ミナミで」
「よく似た人じゃありませんか?」

笑顔で言って、カウンターへと戻っていく。

「図星……!! っお!!」

健が呟くと、何かが飛んできた。

「ほら、仕事」
「ふわぁい」

飛んできた、おしぼりをしっかりとキャッチした健は、

「ほな、ごゆっくりぃ〜」

客への笑顔は忘れない。

「で?」

カップを洗いながら、マスターが健に短く尋ねる。
たった一言だけでも、健には、何を尋ねているのかが解っていた。

「報告済み」
「組長には?」
「停められた」
「まだ、戻ってないんだな」
「明日まで休暇だって。だから……」

カウンターの後ろに置いている、携帯電話が可愛いメロディーを奏で始めた。

「マスターの携帯、かわいい音やね」
「ありがとぉ」

と応えながら、カウンターの後ろのドアから、奥の部屋へと入っていった。
そのメロディーを聴いただけで解る。
電話の相手は……。

「なんや、仕事中やで」
『じゃかましい。要らん事調べるから、忙しなったやないかっ』

電話の相手は、無茶苦茶不機嫌。
一体…???

「で、何の用や? 健が渡したやろ、真北さんに」
『その件で、緊急や。今日は誰も居らん』
「明日もか?」
『いや、夕方まででええわ。あいつ、早めに切り上げるらしい』
「それなら、大丈夫や」
『すまんな。…夜のデートは、大丈夫やろうし』
「………くまはち、お前なぁ」
『てめぇの予定も、頭に入っとるわ。そうせぇへんかったら、
 動けんやろが』
「あぁ、そうだったそうだった。お前は、関わる人物の予定は
 事細かく、頭に叩き込む奴やった、忘れとったわ」
『……嫌味か…こるぅぅら。10分で来いっ。』
「げっ…って、おいっ!!」

電話は切れていた。

「10分で行ける訳ないやろがっ。健っ」

ドアの向こうに呼びかける。

「はいな」
「本来の仕事。後は宜しく」
「俺が行くぅ〜」
「あほか。お前は三日連続動いてたろが。休んどけ」
「ほわぁ〜い」

口を尖らせながら、返事をする健。

「ほな、兄貴。これ、組長に渡しといて。例のんやから」

健はパソコンの横に置いている茶封筒を、マスターに渡した。
茶封筒を受け取りながら、マスターは付け髭を取り、髪を整え、服を着替える。
サテンの真っ赤なシャツを羽織り、ボタンを下から順に三つだけ留める。

本来の仕事。

それは、喫茶店のマスターではなく、とある人物のボディーガードである。
鏡に向かって笑顔を見せる。

「今日も笑顔はOKっと」

身支度を終えた。

「無茶な内容ちゃうやろな」
「大丈夫。ほどほどにしとかんと、俺が、どやされるやん」
「張り切りすぎやねんって」

そう言って、マスター…いや、栄三は、健の眉間を小突き、

「ほな、帰りは明け方」
「兄貴も程々にぃ〜」
「じゃかましぃっ!」

栄三は軽く手を挙げて、裏口から出て行った。

『健ちゃぁん、客来たでぇ』

先程の女性客の声が聞こえてきた。

「はいよぉ、今行きますぅ」

健は店へと出て行った。
それと同時に、栄三は車を発進させていた。





真子の自宅・真子の部屋。

真子は布団の中に潜り込んでいた。
ふと、何かを感じたのか、目を覚まし、布団から顔を出す。
サイドテーブルに置いている猫時計の猫手は正午を少しまわった所を差していた。

「お昼………。…………もぉっ!」

膨れっ面になりながら、ガバッと起き上がる真子だが、

「わちゃぁ…まだ、あかんか…」

ふらぁ〜と立ちくらみ。
少し息を整えて、カーディガンを羽織ってから、部屋を出て行った。



リビングへ入ると、ソファに座る人物に目をやった。

「やっぱり……二人とも出かけたんか…。もぉ。えいぞうさんは
 今日はデートなのにぃ」

そう言いながらソファに身を沈める栄三に近づく真子。

「あれれ???」

真子が近づいても動かない。
いつもなら、真子の気配を感じると、直ぐに反応するのだが、どうやら、疲れがたまって寝入っている様子。真子が頬を突いても、耳を引っ張っても、鼻をつまんでも、目を覚まさない。

「珍しいなぁ…」

真子は腕を組んで、寝入る栄三を見つめる。
それでも栄三は目を覚まさない。
その時、真子のお腹が鳴った。

「仕方ないかぁ」

真子はキッチンへと向かって行く。そして、冷蔵庫の中の食材を確認し、調理し始めた。
まな板を叩く包丁の音、炒め物の音。色々な音が奏でる中、料理は仕上がっていくが、栄三は目を覚まさない。
おいしい香りがリビングにも漂い始めた時だった。

「……ふに?! ………??? ………?! …!!!!
 組長っ!」

栄三は目を覚まし慌てて起き上がった。

「良いタイミング! ちょうど出来上がったところだよぉ」

真子は料理を更に盛る。

「すみません、組長…」

恐縮そうに言いながら、キッチンへとやって来る栄三に、真子は微笑んでいた。

「珍しいね、寝入るなんて。健だけじゃないでしょぉ?」

健の行動はお見通し。しかし、栄三の行動だけは、真子には解らない。栄三が真子に解らないようにと行動しているから、当たり前なのだが、それでも、栄三の体調と普通の予定だけは解っている。

「御存知でしたか…」
「そりゃぁ、私ですから! はい、どうぞ」
「これは…」
「えいぞうさんの大好きな料理でしょ?」
「えぇ…。頂きます」

その昔、よく口にした料理。
それは、ちさとが得意とする料理だった。幼い真子と一緒に食していた栄三は、いつしか、その料理が好きになっていた。作る人物に対しての思いも含まれているのだが…。

「!!! 組長っ! 組長まで一緒に食べるのはぁ!!
 耳にしてますよ、組長の体調も」

栄三が、真子のお皿を取り上げる。
真子の箸は、食卓を突く形になってしまった。

「もぉ、えいぞうさぁん! 私は大丈夫だよ!!」
「それでも、むかいんが用意した特製にしてください。
 これ以上、悪化すると、私が怒られますから!」
「怒られないって! だって、約束していた二人は、えいぞうさんに
 任せて、まぁた、仕事なんでしょう? お休みだと言ったから、
 まさちんもぺんこうも安心して、出勤したのにぃ。出掛けて、それも
 えいぞうさんに任せたと知ったら…」
「ちゃんと連絡済みみたいですよ」
「…………用意周到……」
「そりゃぁ、早退してまで帰ってくる可能性が高いですからねぇ」
「だから、えいぞうさん、それ…」

真子が、潤んだ眼差しで栄三を見つめる。
見つめる。
見つめる。
………見つめる…………。

「どうぞ」
「やった!」

真子の眼差しに弱い栄三は、真子から取り上げた皿を、真子の前に戻した。

はぁ〜。俺、ほんまに弱いわ…。

フッと笑みを浮かべながら、箸を運ぶ。

「えいぞうさん」
「はい」
「今日、夕方からデートじゃなかったっけ??」

栄三の行動が停まる。

「御存知でしたか…」
「うん」
「夕方には、ぺんこうが帰ってくるので、予定に支障は…」
「あるかもよぉ」
「……組長……ひどいっ」

栄三は、ウルウルとした眼差しで、真子を見つめる。
見つめる。

「その手には乗りません」

真子が、ビシッと言った途端、栄三は肩の力を落とした。

「組長ぅ〜」
「恐らく、数学先生に仕事を頼まれると思うよぉ」
「うわぁ、残業やんか…」
「まさちんも、仕事が増えてるから、帰りは深夜かも」
「……組長……」

再び、栄三は潤んだ眼差しを真子に向ける。

「今日のデートは、やっとこぎ着けたんです……。
 相手も、凄く楽しみにしておられるんです……。
 だから………とぉっても大切な時間なんです…。
 …なんとか、なりませんか?」
「ならん」

真子は、即答。
栄三は、先程以上に肩の力を落としてしまった。

「ごちそうさまでした」

真子は食べ終わり、食器を運び出す。

「特製も忘れないでくださいね」

肩の力を落としながらも、栄三が言った。

「解ってまぁす」

既に温めていたのか、むかいん特製料理をコップに入れ、立ったまま飲み干した。

「ごちそうさまでしたぁ」

栄三も食べ終わり、食器を洗い始めた。

「いいよぉ、私が洗うから、えいぞうさんは、休んどきぃ」
「まだ、顔色が良くありませんよ。ほら、微熱…」

栄三は、自分の額を真子の額にピッタリと付けていた。

「大丈夫だもん」
「私が洗いますよ」
「汚したら、むかいんが怒るもん」
「組長」
「はい」
「私、これでも、飲食業を営んでおります」
「……そうだった。ほな、よろしくぅ」
「かしこまりました」
「ねぇ、あの書類、健から?」
「例の書類だそうですよ」
「お礼、言っといてね」
「はい」

真子はリビングのソファに腰を掛け、健からの書類に目を通し始める。
真子がくつろいだのを確認してから、栄三は食器を洗い始めた。
食器を拭き、流し台に熱湯を掛ける。
綺麗に拭き上げた。

「完璧っ!」

自慢げに言って、片付けを終えた栄三は、真子の飲物を用意する。
冷蔵庫にあるオレンジジュースをグラスに移し、自分の珈琲を煎れる。

「勝手に使ったら、ぺんこうに怒られるよぉ」
「豆は私の店のものですよ」
「やっぱりなぁ。それ、嬉しそうに持って帰ってきてたもん。
 高級でしょぉ?」
「えぇ。店の一番高い豆を持って帰りましたから」
「いつもありがとねぇ」
「いいえ〜」

真子の前にオレンジジュースを置いて、栄三は、真子の向かいのソファに腰を掛けた。
自分が煎れたコーヒーを優雅に、一口飲む。
満足げな表情をして、真子を見る。

「夕方、いいよ」

真子が言った。

「いや、でも…」
「大丈夫。なんとか誤魔化しておくから」
「誤魔化しが利く相手じゃありませんよ」
「折角の休暇で、デートなのに」
「遅れる事を連絡しておけば、大丈夫ですよ」
「相手に悪いでしょぉ。相手も楽しみにしてるんじゃ?」
「そうですね…でも、遅れるという連絡を…」

と話している時だった。
栄三の携帯電話が鳴った。
その途端、栄三の表情が変わる。

ん??

初めて見る、栄三の表情に、真子は興味津々。思わず耳を傾けた。

「もしもしぃ」
『あっ、栄三ちゃん?』
「はいな。今、連絡しようと思ったんやけどなぁ」
『そうなん? 先にしてもぉたぁ、ごめぇん』
「ええって、気にしてへんし。んで、何か緊急な事?」
『ごめん〜楽しみにしてたんやけどさぁ、今日……
 通夜が入ってもぉた』

ぷっ……。

真子は思わず吹き出した。どうやら、電話の会話が聞こえているらしい。

「そ、そうなんや。ほな、しゃぁないなぁ」
『ほんま、ごめんな。楽しみにしとったのに』
「ええで。残念やけど、また、時間あったら
 連絡ちょうだいな」
『うん。ありがとう。今日は、ほんまにごめんねぇ〜』

と言い切った相手だが、電話を切る直前、側に居る誰かに話しているのだろう。会話がもれていた。

だぁいじょうぶだって。いつでも予定空いてる人だから……。

栄三の耳にも、その会話が入ってきた。
ガクッと項垂れながら、電話の電源を切る栄三。

「きゃっはっはっは!!」

真子は笑い出してしまう。

「組長…酷いですよ…」
「初めてみたよぉ〜。えいぞうさんが、遊ばれてる!!」
「ちがいます!!!! 元々、無理言って、約束したんですから!」
「またまたぁ〜」
「本当ですっ」

いつになく、ムキになる栄三だった。

「ちぇぇぇ〜。折角予約入れたのになぁ」

ふてくされながら、栄三は携帯電話を懐にしまいこんだ。

「予約?」
「えぇ。納涼床ですよ」
「????」

真子は首を傾げた。

「ニュースで見たこと御座いませんか? ほら、京都の…」
「川の上に床を迫り出して、どんちゃん騒ぎ……」

真子の言葉に、栄三は項垂れた。

「迫り出して…までは、ええんですが、どんちゃん騒ぎは…」
「しないの?」
「しませんよ」
「……そんな雰囲気だったのになぁ…ニュースは…」
「はぁ〜」

まぁ、予定はキャンセル出来るけど、健には、明け方って言ったし…。
組長と一緒なのは嬉しいけど…健には、どやされるか…。
ぺんこうの嫌味に一晩…付き合うことになるんだよなぁ。

項垂れたまま、栄三は、いろいろと考え込んでいた。
ふと、顔を上げると、真子が居る。

納涼床…か…。
そういや、組長は、京都に行ったことは無いよなぁ。
…でも、体調……。
…?????

真子が、ニッコリ微笑んでいる。

「納涼床、のんびりできるん?」
「えぇ。涼しい所ですし、料理もお口に合うかと…」
「ふ〜ん」

真子が、そう言う返事をする時は決まっている。

「組長、駄目ですよ。外出禁止です!!」

と声にした時は、すでに遅し。
真子の姿は、リビングから消えていた。

「ちょっ、組長っ!!!」

慌てて真子を追いかける栄三。リビングを出て、足音が聞こえる二階へと向かっていくが、真子の姿は、真子の部屋に消えていった。
直ぐに鍵が閉まる。

「って、組長?」

栄三は耳を澄ませる。
音は聞こえない。

まさか、俺……。

栄三は、思い出した。
真子には特殊能力があり、気を緩めると、人の心の声が聞こえてしまう。
先程、栄三が考えた事が、真子には聞こえたらしい。

だから、あのようなことを??

真子が言った『のんびりできるん?』は、やはり、出掛けるつもり?
それなら、なぜ、部屋に……。

と考えている時間は短いのに…。
鍵が開き、ドアが開いた。

「組長、外出……」
「ほな、出掛けよっか」

真子の言葉が早かった。

「はい」

打てば響くように答えてしまう栄三。

「…って、組長! だから、体調が!」

真子は階段を下りていく。

「特製で元気になった」

リビングへ入り、電気を切る。

「それでも、もし、ぶり返したら、怒られるのは」
「えいぞうさんだもん」
「だから、駄目です!」

真子が玄関に向かうのを阻止した栄三。ギッと睨んで威嚇したものの…。

「飲むんでしょ?」
「はい」
「それなら、電車で!」
「………組長……」

ニッコリ微笑む真子には、弱い。
葛藤する栄三だが、立場上、どうしても………。




「あれは?」
「最近出来たビルですね」
「商業施設?」
「上の方はマンションですよ」
「あっ、川!!」
「鉄橋を二つ渡りますよ」
「流石、行き慣れてるねぇ。電車の方が多いん?」
「移動で良く使いますから」
「自宅は駅に近いもんねぇ」
「京都までの道路は良く混みますから」
「そうなんだ。あっ、鉄橋ぅ〜」

真子の眼差しが輝く。
その横で、栄三は、優しく微笑みながら、真子を見つめていた。


結局、真子の言葉に従って出掛けてしまった栄三。
真子の笑顔が増えるなら、考えられる事は、苦じゃない………。


「鉄橋が終わったら、後は、あまり良い景色はありませんねぇ」
「いいもん。電車で、こっち方面に来ることないから、
 どんな景色でも楽しめるよ」

嬉しそうに応える真子だった。
栄三も真子と同じ景色を眺め始める。


電車が駅に到着した。たくさんの乗客に付いていくように真子と栄三もホームに降り立った。
人の流れに沿うように歩いていく二人。地下から地上に出てくると、日差しが眩しいのか、真子は目を細めた。

「あっ、川! ねぇ、これが、さっき話していた川?」
「そうですよ。降りてみますか?」
「うん!」

そう応えると、真子は、栄三と腕を組んだ。

「!! って、組長っ」

慌てて手を離そうとするが、真子はガッチリと捕まえている。

「今これから、その呼び方禁止」
「ほへ?」
「肩書きなし。……二人っきりなんだから、昔みたいに呼んで欲しいな」
「昔みたいって、真子ちゃん?」
「そう。恋人同士ね、えいぞうさん」
「かしこまりました。…では、真子ちゃん」
「はい」
「河原を歩いて、お店に行きますよ」
「案内、お願いします!」

信号が青になり、二人は横断歩道を渡り、人と車がたくさん行き来している橋を渡って、河原へと降りていった。
そこには、等間隔で、カップルが座っていた。それを見つめながら、川の中に居る白い鳥を指さす真子に、栄三は、優しく語りかけながら、ゆっくりと歩いていく。
その姿は、周りのカップルに負けない程、恋人同士に見えていた。



「いらっしゃいませ、小島様。お待ちしておりました」
「今日は、予定変更。最上級でお願いします」
「心得ました。ご案内致します」
「席、選ばせてもらってよろしいですか?」
「え、えぇ。構いませんよ。御予約のお客様は未だ、来られてませんので
 変更可能です。いつもの場所は…」
「ちょっと…」

真子と話していた『恋人同士』の設定は、どこへやら。ついつい、本能が働いてしまう。

「あの、いつもの席…とは?」
「河原に一番近くて、景色もよく見える場所ですよ」
「えいぞうさん」
「はい」
「そこがいい…」
「………周りは固めてませんよ」
「………怪しくなかった」
「………いつ……」
「………さっき、歩いていた時」
「………確かに、安全ですが、これからのことも…」
「見える?」

真子が言いたいことは解る。
……この姿が五代目に見える?……ということ。
だからこそ、

「見えません」

即答する栄三。

「それなら、答えは?」
「すみません、変更無しで」
「かしこまりました。では、こちらです」

従業員に付いていく二人。話しにあったように、河原に一番近くて、景色の良い場所に設置されている席へと案内された。

「先に飲物を…」

栄三は、アルコールを注文し、真子には、やっぱり、オレンジジュース?…と思いきや、度数の軽いアルコールを注文した。
飲物が運ばれてくる。二人は乾杯をした後、軽く一口、口に含んだ。
真子は景色に目をやった。
暫く眺めていると、料理が運ばれてきた。

「前菜でございます」

従業員が説明する言葉に耳を傾けながら、箸を運ぶ真子。
その表情が、少し変わった。

組長…気付きそうだなぁ。

栄三は、そう思いながら、料理に箸を付ける。
まだ、前菜を食べ終わらぬうちに、次の料理が運ばれてきた。
二つ目の料理を食べようとした時、三つ目の料理が運ばれてくる。
次々と運ばれてくる為、テーブルの上が一杯になってしまった。

「えいぞうさん」
「はい」
「ゆっくり食べるんじゃないの? 急げってことなの?」
「京都では、これが当たり前ですよ。始めに一気に運んで来ますから」
「別に…急げってことじゃないよね?」
「茶漬けが出てきたら、急ぎましょうね」
「………はぁい」

電車での移動が約1時間だったため、京都の事を色々と聞いていた真子は、『茶漬け』の意味も理解していた。
真子は、ゆっくりと味わいながら、景色も眺めながら、栄三の顔色を伺いながら……。
栄三は、真子の顔色を気にしながら、真子に語りながら、周りに気をつけながら……。
恋人同士に見えるのだが、醸し出すオーラは、どことなく周りに溶け込めず……。


新たな料理が運ばれてきた。

「オーナーが戻られましたので、後程、御挨拶に伺います」
「ありがとうございます」

従業員が去っていくと、真子の眼差しが変わった。

「オーナーに挨拶されるほど、常連なわけ?」
「まぁ…京都では、ここも良く足を運ぶ店の一つですよ」
「一体、どれだけの女性と? 片手…いや、両手じゃ足りないんじゃないん?」
「……それは………正解です……」

ちょっぴりふてくされたように応える栄三を見て、真子は吹き出すように笑ってしまった。

「笑いすぎですよ、真子ちゃん」
「いいのぉ。なんだか、今日は、初めて見るえいぞうさんばっかりだもん」
「私の何を探ろうと……」

と言った時だった。
オーナーがやって来た。

「小島様、本日も別の女性と……」
「……どんな挨拶やねん」
「ええやないですか」
「あのなぁ〜」

とえいぞうが声を低くした時だった。

「あれ? この方は…」

オーナーが、何かに気付く。

「俺の新たな恋人ぉ。京都は初めてだし、ここも初めてだからね」

えいぞうは、誤魔化した。

「そうですか。それでは、飛びっきりの料理を御用意致しましょう」
「最上級じゃないと、大変やでぇ」
「心得てますよ。では、お客様、どうぞ、ごゆっくり」
「はい。宜しくお願いします」

真子は、ゆっくりと頭を下げた。
オーナーは、真子に微笑んで去っていく。

「……で?」
「常連ですから」
「何人目?」
「数えてません」
「……37人でしょ?」
「……………組長…」
「ところで…」

真子は話を切り替えた。

「はい」
「最上級って、このコース、確か…」
「これは、オーナーの弟子が作ってまして、オーナー直々に
 作って下さるんですよ」
「オーナーって、料理人なの?」
「昔ね」
「まさか、その時からの知り合い…とか?」
「まぁ、そうなりますね……って、なぜ、解るんですか?」
「えいぞうさんの表情がね、なんとなく…違ってたから」
「そうですか?」
「うん」

真子は料理を口に運ぶ。

「これも美味しいぃ〜」

真子の表情が輝く。

流石やなぁ。

栄三は意味ありげな表情を浮かべていた。





寝屋里高校職員室。
真子の想像通り、ぺんこうは、数学先生の仕事を手伝うことになり、残業中。
眉間のしわが、いつもより、3倍に。
まるで、誰かさんにそっくりな表情……。
ペンを持つ手は、何やら、嫌気が差したような感じで文字を書いていた。空いている手が、デスクの上にある電話に手が伸びる。受話器を握り、電話番号を押す。受話器を耳に当て、呼び出し音を耳にしながら、文字は書き続けていた。

………。いつもながら、凄い行動だなぁ。
脳が二つ…あるのか??

ぺんこうの向かいのデスクで仕事をする数学先生は、ぺんこうの行動を見つめていた。

出ない……。なぜだ?
えいぞうぅ〜。
こるぅぅるらぁ……何しとんねん…。

文字の筆圧が少し、強くなる……。


真子の自宅。
リビングでは、電話が鳴り響いていた。




京都の納涼床の店。
夕暮れ近くになると、他にも客がやって来た。
納涼床に設置されているテーブルは、予約客で埋まっていく。
オーナーが料理を手に、真子と栄三のテーブルまでやって来た。

「お待たせいたしました」
「わぁ、すごいぃ〜!」

料理の輝きに、真子は感動したのか、更に目が輝いていた。

「オーナー、これ…ええんか?」

栄三が、そっと呟くと、オーナーは、微笑むだけだった。
その時、栄三の携帯電話が胸で震えた。栄三は、携帯電話を手に、番号を確認する。

げっ…。

「ちょっと、失礼」

すまん、頼む。

オーナーの耳元で、そう言って、栄三は人気のない所へと去っていった。
真子は、栄三の行動を目で追っていた。

「恐らく、お仕事関係でしょうねぇ。客商売をしていると、
 色々と大変ですから」
「……そうだといいけどなぁ。でも、あれは、違うと思いますよ」
「ん?」
「あの表情は、怒られる可能性がありますよ」

真子は、微笑みながら言った。

「料理の説明していただけませんか? …というより、なんとなく、
 雰囲気が懐かしく感じる……。なんだろう。初めてのはずなのに
 口にすると、懐かしい感じがするんですよ…」

料理を見つめながら、腕を組み、眉間にしわを寄せて、口を尖らせて……。

「そうしていると、やはり、似てますね、真北さんに」
「!!! 真北さんまで、こちらの常連さんですか???」
「こちらには、来られませんよ。ただ、昔、良く逢ってましたから」
「え??? もしかして、真北さんと幼なじみ…といっても、違いますよね。
 …………ん???」

真子は益々悩み始める。

「大人になるにつれ、真子さんは、ちさとさんに似てきましたよ」

オーナーは、素敵な笑顔で真子に言った。

「!!! どうして、私の名前を?! ま、まさか…」
「さっき、小島に言葉を遮られましたけど、真子さんのことは、
 笹川で修行中に、ちさとさんには、私の父親がお世話になってましたから」
「えっ!!!! もしかして、笹おじさんの店の??」
「えぇ。こうして、今はオーナーとして、ここで働かせてもらってます。
 そして、小島とは、同級生なんですよ」
「えぇぇええええ!!!!」

真子は、非常に、ひじぉぉおぉおに、驚いていた。



栄三は、人気のない邪魔にならない場所で、電話をしていた。

「だからぁ、庭でのんびりしてたんだって。鳴ってることに
 気付かなかったし、組長は、熟睡してる」
『……本当に、出掛けてないんやな?』
「出掛けてないっ!」
『お前、今夜のデートは?』
「……お前も知っとったんかっ。……断られたんや」

電話の相手は、大爆笑。

「ぺんこう…てめぇ…」
『すまん、すまん。えいぞうにしては、珍しいなぁ思ってな』
「それで、直ぐに終わりそうなんか?」
『思った以上に多くてな。十時過ぎるかもしれへん』
「解った。今夜は暇になったし、泊まってもええか?」
『組長が帰さないやろ。ゆっくりしとけ。体…休めな、後がもたんやろ』
「……ほんまに、何でもお見通しやな。恐いわ」
『ほな、暫く、よろしくな』
「あぁ」

電源を切った。

「ふぅうぅ〜〜」

栄三は、携帯電話を懐にしまいこみながら、真子の方を見た。
オーナーの言葉に、真子が驚いている。

あいつ…。

栄三は、怒りのオーラを放った。
真子が振り向く。その目線に合わせるようにオーナーも振り返った。
栄三は、オーナーを指さし、そして、指で招く。すると、オーナーは、真子に何かを告げて、駆け寄ってきた。

「なんや? やっぱり、怒られとったんか?」

開口一番に言ったオーナーに、軽く拳を見舞う栄三。

「お前、正体証してへんやろな?」
「せぇへんって。停めたやろが」
「まぁな。内緒やし」
「…本当に、ちさとさんに似てきたんだなぁ。で、今は立場を超えて
 デート中………」

栄三は、目で射った。

「…急がな、料理無くなるで。凄い勢いやったけど…」
「ええって。ここに来たら、いつでも味わえるやろ。…それより、
 例のん……出来たんか?」
「あと少しや。帰るまでには、出来上がる」
「いつもすまんな」
「気にするなって。それより、うろついてるから、気を付けろよ」

オーナーが、小声で言うと、栄三は眉間にしわを寄せ、

まさかな…。

眼差しが、鋭くなった…。



(2015.11.16 UP 改訂版2016.5.22. UP)





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