内緒のデート…かな?
夕暮れ間近。 たくさんの人が行き交う京都の町、そして、カップルが等間隔に腰を掛けている河原。 その側には、夏恒例のものが、迫り出している。 納涼床。 真子は、景色が一番よく見える場所に座り、景色を眺めていた。 目の前のテーブルには、この料亭のオーナーが直々に作った料理が並んでいた。 ふと、目をやると、そこでは、この日、デートを断られ、予定をキャンセルせざるを得なかった時、真子に誘われて、この料亭に来た栄三と、料亭のオーナーが話し込んでいた。 やっぱり、怒られたんかなぁ…。 先程、電話が掛かってきて席を外した栄三のことを気に掛けていた。 電話の相手は、解っているだけに……。 おいしそうな香りが漂ってきた。 目の前の料理から漂う香り。 真子は待ちきれず、箸を運んでしまう。 栄三が戻ってくるまで待とうと思っていたのだが……。 おいしいぃ〜! でも、なんとなく、懐かしいなぁ〜。 真子の表情が和んでいた。頭上にある青空が、少し赤くなってきた。 もうすぐ、夕焼けが美しくなりますよ。 オーナーは、真子に告げていた。 真子は、ふと顔を上げる。 その時、河原に立ち止まり、納涼床の方を見上げている男性に気付いた。 目が合った。 軽く会釈する真子に、その男性も頭を下げた。 「どうされました?」 その声に振り向くと、栄三が戦闘モードに入っていた。 「そこに居た人と目が合ったから、挨拶しただけだよ」 栄三は河原に目をやった。 真子が指さした所には、誰も居なかった。 「組長、気をつけてください。もし…」 「大丈夫だって、もぉ〜。…それよりも! 夕焼け綺麗だよ!」 真子に言われて空を見上げると、そこは、美しく赤く染まっていた。 「オーナーが教えてくれたんだよ。陽が落ちるまで、凄く 綺麗だから、それに負けないくらいの料理を用意したって」 「それ以上に、美しいですよ」 そっと呟いた栄三は、いつの間にか、『恋人モード』になっていた。 二人は、夕焼けを見つめながら、 「私の分も残しておいてくださいよ」 「駄目ぇ〜。私だけぇ」 「私にもください」 「やだぁ」 料理の取り合いをしていた。 その様子を先程の男が、少し離れた場所で見つめながら、誰かに連絡を入れていた。 すっかり陽が暮れた頃、真子と栄三のテーブルには、デザートが置かれていた。 「これも、おいしそうぅ〜」 真子の頬が少し赤くなっていた。 「真子ちゃん」 「はい」 「この後、どうしますか?」 デザートを一口で食した栄三が尋ねると、真子の目線が河原へと移った。 「夜空…見つめながら、ゆっくりしたいなぁ」 「しかし、時間が…」 「ぺんこうは、十時過ぎ、まさちんは、日付が変わる頃、 むかいんは、明日の仕込みもあるから、まさちんと一緒に 帰ってくるでしょう? 例の二人は、留守だしぃ……。 …まだ、時間あるでしょぉ」 「頬が赤いですよ」 「少し飲んだもん」 「そうでした。…では、恋人同士、河原で語り合いましょうか」 「うん」 最後の一口を口に放り込んだ真子は、 「ごちそうさまでした」 丁寧に挨拶をして、帰り支度を整える。 栄三は会計を済ませ、真子が来るまで待っていた。 そこへオーナーがやって来る。 「ほい、これ」 オーナーは、少し厚めの茶封筒を栄三に手渡した。 素早く懐に入れる栄三は、やって来た真子に微笑んだ。 「お待たせぇ〜。オーナー。今日はごちそうさまでした」 「また来て下さいね。次は親父も呼んでおきますよ」 「私、逢ったことないはずですよ?」 「ちさとさんに間違えるかもしれませんよ」 「……こるるらぁ、正体証しとるやないかっ」 「ええやろが! 別に怪しくは無いっ」 オーナーと栄三は、小突き合っていた。 真子は少し驚いたような表情で、栄三を見ていた。 「あっ……」 真子の目線に気付き、慌てたように平静を装う栄三だった。 「次は、たくさん連れてきますね、オーナー」 「料理長も連れてきてくださいね」 「むかいんのこと、知ってるの?」 「えぇ。おやっさん、常に気にしておられますから」 「そっか……」 真子には思うことがあるのか、少し寂しげな表情をした。 それ、禁句。 栄三が、オーナーにこっそり告げる。 すまん……でも、涼ちゃんだけじゃなくて、真子さんのことも 気にしておられるから…。 オーナーは、時々、料亭・笹川の主人と連絡を取っているらしい。 「では、行きますよ、真子ちゃん」 栄三が、その場の雰囲気を変えるように、真子を呼んだ。 「河原で語り合う恋人ぉ〜」 真子の耳元で言うと、 「はぁい。では、今日は素敵な時間をありがとうございました」 真子は深々と頭を下げた。 「次、お会いする日を楽しみにしております」 オーナーも深々と頭を下げた。 そして、真子と栄三は店を去っていく。いつまでも見送るオーナーは、遠い昔を思い出していた。 「えいぞうさんの意地悪ぅ」 等間隔に座っている河原。その等間隔から、少し間を開けて、河原に腰を掛けている真子と栄三は、川の音を耳にしながら、街の灯りで照らされている川面を見つめていた。 「すみません。真子ちゃんは覚えてないと思ったので…つい」 「同級生だったんだね。びっくりした」 「あいつの親父さんが料亭で働いていた頃に仲良くなったんですよ。 それまでは、ほら、学校さぼりがちだったし…」 「もしかして、お父様が、仕組んでるとか?」 「あり得ますね…。慶造さんなら、笹崎さんと結託したかも…。 でもあいつ、親父の跡は継がないとか、料理は嫌いだとか 常に言ってたのになぁ」 「何が遭ったんだろうね」 「ちさとさんですよ、きっと」 「もしかして、お母さん……料亭の方で色々と……」 「慶造さんが凄く心配する程ですね〜」 「そうだったんだぁ。………ねぇ、えいぞうさん」 「はい」 真子は、栄三に振り返り、ジッと見つめた。 「なんですか?」 すっかり、恋人気分になっている栄三は、目の前に居るのが真子だと忘れている様子。 「私……お母さんに似てきた?」 「えぇ。大人になるにつれ、本当に似てきましたよ」 「もしかして、今………勘違いしてない?」 真子が少し首を傾げて尋ねてきた。 勘違い。 それは、ちさとに似てきた真子を、栄三が『ちさと』と勘違いしているという事。 そして、『真子』ではなく、『ちさと』と一緒に居る気分になっているのでは? そういう意味が含まれていた。 真子が首を傾げた仕草が、栄三の何かを吹き飛ばしてしまったらしい。 栄三は、慣れた手つきで真子の肩に手を回し、自分に引き寄せた。 「そうですね……抑えられませんよ」 栄三の本音、そして、本来の栄三。 もう、停められない。 「…予約は、納涼床だけ?」 真子が静かに尋ねた。 「いいえ、すぐそこにあるホテルの最上階も予約取ってますよ」 「朝帰り?」 「それは怒られますね。でも…」 栄三は時計に目をやった。 針は午後八時を指そうとしている所だった。 「2時間ほど、余裕がありますよ」 「ぺんこうは、十時に帰るよ?」 「大丈夫でしょう。俺が居るなら、もう少し残業しますよ」 と話していると、栄三の携帯電話が胸元で震え始めた。 「もしかして、ぺんこう…?」 真子が言うと、栄三は携帯電話を手にして、画面で相手を確認する。 「その通りですね。失礼します」 栄三は電話に出た。 「なんや? まだ掛かるんか?」 『あぁ、そうやなぁ、掛かりそうや。…組長の様子は?』 「夕食終えたら、また眠った。それに、まだ誰も帰ってこない」 『そうだろうな。…解った。ほな、よろしくな』 「あぁ。日付変わる前に帰ってこいよ」 『そうやな…』 そう言って電話は切れた。 「まだ、かかるって?」 「思った通りでしたね」 電話を懐にしまいこみながら、栄三は返事をした。 その電話の相手…ぺんこうは……。 真子の自宅・リビング。 灯りを付けて、ドア付近に立ち止まり、携帯電話の電源を切った、ぺんこう。 その手は、凄く震えていた。 「ほぉ〜、外出しない、組長は、眠ってる……か…。 ほぉ〜………」 どうやら、驚異的な速さで仕事を切り上げて、尋常でない速さで帰宅した様子。 なのに、そこには誰もいる気配がない。 ぺんこうの震える手は、リビングの電話に伸びていた。 何処かへ連絡を入れる、ぺんこう。 その相手…とは……一体……。 栄三の手が、再び、真子の肩に伸び、抱き寄せようとした、その時だった。 !!!!!!!! 真子の肩に伸びかかった手は、何かを力強く掴んでいた。 その後、栄三の後頭部に強烈な何かがぶつかった。 「いっってぇ!!!!! 何すんねんっ!!」 栄三は掴んでいる何かを力強く握りしめ、それを引き寄せた。 しかし、栄三は後ろ手を取られてしまう。 「何しとんのや?」 ドスの利いた、凄く低い声が、栄三の耳元で響いた。 栄三の顔から血の気が引いていく………。 「組長、なぜ、外出してるんですか! 体調は?」 「その言葉、そっくり返すけど…休暇はどうしたの、くまはち?」 真子の方が、凄く低い声だった。 栄三を後ろ手に取ったのは、二日間休暇のはずなのに、急な仕事で出掛けてしまった、くまはちだった。くまはちは、慌てて栄三の手を離す。その途端、解放された栄三の手は、真子の肩を抱き寄せていた。 「デート中や。邪魔すんな」 栄三が冷たく言い放つ。 「その手、直ぐに放さな、後は知らんで」 くまはちの言葉に従うように、栄三は素早く手を放し、ゆっくりと振り返った。 そこには、怒りの形相で立ちはだかる真北の姿が!!!! 見下ろす眼差しは、それはそれは、本当に恐ろしく…。 や、やばぁ……。 栄三は身構えた。 ところが…。 「真子ちゃん。ぺんこうから連絡が無かったら、気付きませんでしたよ」 「えっ? ぺんこうからって…さっきの電話は…」 思わず口にした栄三。 「自宅に戻ったら、誰も居ない。栄三は家に居ると言ったはずなのに、 出掛けてますよ。それも、組長と……って、怒りを抑えた言葉でねぇ」 真北が言った。 「うわぁ…俺、合わせる顔が、ねぇ…」 「で、この後、あのホテルで何をするつもりや?」 ほんま、この人、地獄耳…って、 「真北さん、どこから、そこに?」 「お前が、そこに座った時から監視や。こいつから、真子ちゃんに 似た女性が納涼床に居たと耳にしてやな、仕事切り上げて お前を見張ってたんやけど…まさか、ほんまに真子ちゃんだったとはなぁ」 「あっ、いや、その!!!!!!!!!」 凄く、すごぉく鈍い音が、響いた…………。 「やっぱり、見たことある人だと思ったんだぁ。真北さんの 仕事仲間だったんだぁ」 真子が会釈した男性と話し込んでいた。 「真子ちゃん、どうして会釈してるんですか!」 「だって、見たことある人だったんだもん。それに… 何も感じなかったから」 「それでも…って、その場所は…」 「完璧に安全な場所だったのに? 一緒にいるのが、 恋人役してるえいぞうさんでも、心配だった?」 立て続けに質問をする真子に、真北は何も応えられない。 「あぁ、困ってる困ってる」 栄三は腹部をさすりながら、呟いた。 「組長の仕返しやなぁ多分」 栄三は続けた。 「おまえなぁ、ほんまに…」 くまはちの怒りは納まっていない。 「一石二鳥やないか」 「組長の体調…」 「特製飲んだから、大丈夫や言うてな…強引に」 「それでも、断れ。停めろ」 「お前以上に無理なん、解ってるやろが」 「……そうやったな……」 「それに、今回は、お前も悪い」 「俺はとばっちりや。本来は、お前の仕事やろ。調べたん、 えいぞうやろが」 「まぁ、そうやけどぉ」 「で…?」 くまはちは、何かをもらいたいのか、栄三に手を差しだした。 その手は、栄三に軽く叩かれる。 「やらん。俺の仕事」 「そうやって、オーナーから情報得るのん、やめとけ」 「向こうが言うんやから、断れへんやろ? それに、笹崎さん…」 「…………しゃぁないか」 諦めたように呟いたくまはちは、真子の方に振り返る。 真子は輝く笑顔で、真北と真北の仕事仲間である刑事と話し込んでいた。 どうやら、納涼床の料理の話をしている様子。 「初めての京都だよな、組長」 くまはちが珍しく、そう言った。 「まぁな。初めて反対方向に乗ったとも言ってた」 「……電車で来たんかい」 「酒飲むしぃ。もしかしたら、こっちで合流かもぉ」 「あのなぁ〜。それこそ、あの人を放っておけないから、 帰りも電車や、あほ」 「やっぱりなぁ」 栄三は諦めたように、息を吐いた。 「あ〜そうや」 くまはちが、いつにない口調で言った。 「あん?」 栄三は、いつも通り軽い口調……。 「お前が、今日デート予定だった、彼女な、予感的中。 でもまぁ、彼女は何も知らない感じだったなぁ」 「そぉかいな…。ほな、それも関連しとんのか?」 「ついでや。…まぁ、ここでの仕事、全て解決かな」 「帰る所やったんか?」 「一つ増えたから、今、ここ」 真北とくまはちの『一つ増えた仕事』は、真子と栄三のデートのこと。 「そいつは、すまんなぁ」 と言いながらも、全く悪びれた様子はない。 「で。これから、どうするんや?」 尋ねるくまはち。 長年、共に行動しているから解る。 この質問に対して、応え方を間違えれば、その後、どういう行動になるのか……。 それでも、 「予定通りやけど、あかんか…っ!」 栄三は、思った通り応える奴。もちろん、そんな栄三に拳を忘れない、くまはちだった。 「えいぞうさん、くまはち、帰るよぉ」 真子が呼んでいた。 「あっ、いや……その…」 言葉を濁す、くまはちを見た真子は、くまはちの思いを悟った。 「へぇ〜、まだ残ってたんだぁ。真北さんの嘘つきっ」 「えっ、いや、その………」 真子の眼差しに焦る真北は、真子の目線が逸れると同時に、くまはちを睨み付けた。 だが、くまはちは、負けていない。 逃がしませんよ。 眼差しで応えた。 「えいぞう、直ぐに帰れよ。あいつの機嫌、これ以上 損ねるな。…俺に八つ当たりするやろが!」 「解りましたよぉ、真北さん。直ぐに帰りますから、 真北さんこそ…………はい??」 真北が栄三に手を差しだしていた。 先程のくまはちと同じ意味を表している。 貸せ。 「これだけは、駄目ですよ」 そう言って、栄三は真北と握手をする。 「あほっ」 栄三の手を払いのけ、 「真子ちゃんに心配掛けんなよ」 耳元でそう呟いて、真北は真子に振り返る。 「今日中には戻りますから、真子ちゃんは、明日も休みですよ」 「……真北さんは?」 「事務処理次第ですね」 「それなら、私が眠ってからだねぇ〜帰宅は」 凄く嫌味に聞こえる…。 くまはちと栄三は、笑いを堪えていた。 「では、これで。気をつけて帰ってくださいね」 「真北さんも、刑事さんも、あまり無茶しないでくださいね」 「ありがとぉ〜」 真北は真子の頭をそっと撫でて、刑事に歩み寄り、刑事は真子に一礼してから、真北と歩き出した。 「組長、呉々も気をつけてください」 「くまはちも無茶しないこと。……それと……」 「御心配なく。私の仕事ですから」 真子にそっと告げてから、真北を追いかけるように駆けていった。 「えいぞうさん」 「はい」 「大丈夫?」 腹部を抑えて座り込んでいる栄三を見て、真子は笑いながら言った。 「本気じゃありませんから、あの二人は」 そう言って顔を上げたものの、少し歪んでいた。 「どうする?」 「何がでしょうか」 「この後の予定。…予定通り?」 「いいんですか? そうすると、朝帰りになりますよ?」 「えいぞうさんさえ良ければ、私はいいけど…」 「…誘ってますか?」 「だって、私、彼女だよ?」 「……組長。からかわないでください。ホテルの予約は嘘です」 栄三が静かに言うと、真子は少し膨れっ面になってしまった。 「……そういう男ですから」 「……そういう男だったっけ?」 「………すみません……」 「…………見栄っ張り…」 「言ってみたかっただけですよ。組長の反応を見てみたいなぁと 思ったのに、慣れてる私ですら、驚いてしまうほどの反応で…」 「真北さんが来なかったら、本当に行くつもりだった?」 「ホテルの喫茶店くらいなら、行きましたけど」 「喫茶店なら、えいぞうさんところでいいのに」 「たまには、他の店の味も知っておかないと…」 「…こういう時でも、仕事なんだ…流石だね!」 そう言って、真子は歩き出す。 「流石…って、あの…組長?」 「真子です」 「だから、真子ちゃん、流石だね…って、どういうことですか!」 「急がないと、ぺんこうが怒るよぉ」 「待ってくださいって、お一人では危険ですよ!」 栄三は真子を追いかけていく。 「大丈夫だもん。真北さんが片付けてるんでしょ?」 お見通しですか…。 「それは、あのひと自身の仕事ですよ!!」 「そうなの?」 「そうです」 真子に追いついた栄三は、真子の手を掴み、並んで歩き出す。 「…ねぇ、えいぞうさん」 「はい」 真子は、歩きながら、ゆっくりと栄三を見上げた。 「ママと私…どっちが好き?」 それは唐突だった。 そんな質問、今まで投げかけられたことはない。 「ママのこと…好きなんでしょう? だから、私のこと…」 「ちさとさんのこと、好きですよ。…今でも。だけど、それは 憧れだったかもしれません。ちさとさんのような女性が この世にたくさん居たら、いいなぁ…と」 「憧れと好き……違うよね…」 「えぇ。何があっても、一緒に居ると、心が落ち着く人。そういう方が 側に居れば、どれだけ心強いか…。私にとっては、ちさとさんは…」 「でも、好きなことには、変わりない?」 「えぇ。だからこそ、こうして、真子ちゃんの側から離れないんです。 阿山真子は、私にとって、大切な人ですから。…立場は……」 栄三は歩みを停め、真子に真剣な眼差しを向ける。 「五代目とボディーガードという立場は、関係ありません。 そのような関係が無くても、大切な人ですから」 「栄三さん………」 栄三の真剣な眼差しと言葉。 その裏に含まれる思い、それは、誰にも悟られてはいけないこと。 守るべき者を守れなかった事への後悔の念。 目の前にいる大切な人を守るためには、例え、その人の逆鱗に触れようとも、体…いや、命を張って守ると決めた。 それは、あの日から。 この人の、笑顔を失ってはいけない。 失うような事があれば、それこそ…。 「………疲れた……」 真子は、そう言って、少しふらついた。 「って、真子ちゃん!」 慌てて真子を支え、額に手を当てる。 少し熱い。 「ぶり返しましたか…。やはり、河原でのんびりは、体調に…。 ……気を張ってましたね、組長…」 真子は、そっと頷き、照れたように微笑んだ。 「気付いていたのなら、仰ってください」 「気付かなかったの?」 「そっちどころじゃありませんでしたから」 「くつろいでないやんかぁ。約束はぁ?」 「私は嘘つきですよ」 さっきの真子の言葉に対して、密かにショックを受けていた様子。 「根に持つタイプ…」 「ぺんこう程じゃありませんけどね」 「意地悪ぅ」 「その言葉、そっくり返しますよ?」 「やだ」 「それより、電車まで持ちますか?」 「頑張る」 「最寄り駅まで迎えに来てもらいますよ」 「歩くぅ」 「無理です」 「おんぶ…」 「私は構いませんが、周りが許しませんから、却下です」 「意気地無しぃ」 「後で怒られるのは私なんですから、それくらいは、言わせてもらいます」 「けちぃ」 「組長ぅ〜」 真子を支えて言い合いながら、駅に通じる階段へやって来た時だった。 クラクションを鳴らされた。 振り返ると、くまはちの車が、通り過ぎていく。そして、少し離れた所に停まった。 「くまはちの車で帰りますよ」 「…真北さんは?」 運転席から降りて、真子を迎えようと後部座席のドアを開けたくまはちは、 「原さんが来ましたので、お任せしましたよ。真北さんは 御存知でしたよ…。気を張っていたから、自宅まで もたないかもしれないって」 「まだまだか……」 真子はそう呟いて、後部座席に乗り込んだ。座った途端、横になる。 「組長、無茶しすぎです。あとで、こってりと怒られてもらいますね」 そう言って、くまはちは、後部座席のドアを閉め、運転席へ回り込む。栄三は、助手席に乗り込んだ。 ウインカーを出して、安全を確認してから、アクセルを踏む。 そして、帰路に付いた。 後部座席で真子は熟睡していた。 真子の様子を伺いながら、運転席と助手席の男達は、静かに語り合っていた。 真子の耳に入れてはならない会話。 だからこそ、いつもは喧嘩腰なのに、静かに語り合う。 栄三は、オーナーにもらった茶封筒から書類と写真を取りだし、くまはちに説明していた。 「こいつらの動きは、こっちで何とか出来そうだから、 くまはちは、別件で動いてくれ」 「大丈夫なのか? そいつらは、厄介な連中だろ。尋常でない 動きをする事は、小耳に挟んでる」 「だからこそ、俺の仕事だろ?」 「ったく。無茶だけはするなよ、組長が怒る」 「解ってるけど、無茶しないといけない時は、お前が何とかしろ」 「なんとかしとく」 「頼りにしとるんやからな。くまはちの本来の仕事だろ?」 「それこそ、五代目に怒られるけどな……仕方ないさ」 「身についた…なんとやら…か。お互い、大変だよなぁ」 「…まぁ、それが、俺の生き甲斐だから、気にならんさ」 「俺もや」 真子が寝返りを打つと、会話が中断する。そして、真子の寝息を耳にした途端、再び語り出す二人。 「車、どうする?」 くまはちが尋ねる。 真子の自宅に置いたままになっている車をどうするのかという事だった。酒が入った体では、運転は出来ない。かといって、栄三を泊めたくは無い(ここが、一番言いたいことだが、敢えて口にしない)。 「明日、ぺんこうに持ってきてもらう」 「帰りは、送れよ」 「解ってる。ちゃぁんと、二人が休んでいるか確認せなならんしなぁ」 「じっと出来ない二人や。確認せんでも解るやろ」 「まぁ、そうやけどな。一応…な」 車は左に曲がり、真子の自宅前の道へと入っていった。 「絶対、外で待ってるで」 栄三が呟く。 「…停まる前にドア開けそうや」 くまはちも呟いた。 二人が呟いた通り、真子の自宅前では、ぺんこうが、仁王立ちして、車の方を睨んでいた。 車を停める前に、くまはちは、後部座席のドアロックを解除する。 案の定、ぺんこうは、車が停まる前に、後部座席のドアを開けた。 「栄三、泊まっていけ」 そう言いながら、ぺんこうは眠る真子を抱きかかえた。 「いや、くまはちに送ってもらうから」 「健には朝帰りって伝えてるんやろが」 「まぁ…そうやけど……って、ぺんこう」 ぺんこうの言葉に驚いたように、助手席から降りた栄三。その時は、既に、ぺんこうの姿は家の中へ。 「くまはち…ええんか?」 「リビングな」 「ありがとさん」 なんとなく嬉しそうに返事をした栄三は、直ぐに真子の自宅へと入っていった。 くまはちは、車を駐車場に既に停めてある栄三の車の隣に停め、玄関へと向かっていく。 リビングでは既に、栄三がくつろいでいた。 「お前なぁ」 「ぺんこうが着替えさせても起きないってさ」 流石に素早い。 栄三は、自宅に入ると直ぐに真子の様子を伺っていた。 その辺りは、本来の自分を出す栄三。だからこそ、任せてしまうこともある。 「無理して連れ出すからや」 くまはちの蹴りが、栄三の頭上の空気を切った。 「!!! おっかねぇ……」 もちろん、栄三は避けている。 「明日は?」 「ぺんこう運転。八やんは、休み」 「いや、俺は…」 「や・す・みっ」 栄三は睨みを利かせて、そう言った。 その眼差しから解る。 組長を引き留めておけ。 どうやら、今日のことが真子には、ばれているらしい。 「風呂、先に入れ。寝るのは、ここな。用意する」 そう言って、くまはちはリビングを出て行った。 「ええって」 と応えながら風呂場へと向かう栄三だった。 真子の部屋では、ぺんこうが側に付きっきりだった。 ノックをして、くまはちが入ってきた。 「先に入ってもらってる」 「あぁ、そうしてくれ。色々と頼むこともあるし」 「どうや?」 「大丈夫。…楽しかったんだろうな。柔らかい表情してる」 ぺんこうは、真子の頭をそっと撫でた。 「妬くほどな」 くまはちの短い応えに、ぺんこうは笑いを堪えるように、ベッドに顔を埋めた。 「しっかし、まさか同じ場所に居るとはなぁ」 ベッドに顔を埋めたまま言った後、ぺんこうは顔を上げ、 「えいぞうの行動に、いつになったら気付く?」 少し嫌味ったらしく、くまはちに言った。 「来ることは解っとったけど、相手が組長とは思わなかっただけや」 「そうやな。…組長は、御存知だぞ」 「全部か?」 「えいぞうの行動だけだ」 「真北さんとの行動は?」 「急に入る仕事が多いからなぁ、あのひとたちは。だから、そっちで くまはちに手伝いを頼んだと思ってるよ」 「その方が安心や……って、それ、いつまで続ける?」 くまはちの目線は、真子の頭を撫でるぺんこうの手に移っていた。 「お前が二人っきりに……」 「させんわ」 そう言って、くまはちはぺんこうの襟首を掴み上げた。 「ええやろが」 「二人が帰ってきたから、おしまいや」 「チッ…」 どうやら、まさちんとむかいんが帰ってきた様子。 この二人も、今日の栄三と真子の行動を耳にしたのか、既に風呂を上がったらしい栄三と、リビングで言い争っていた。 むかいんは、直ぐに二階へ上がってきた。 「お帰り」 くまはちとぺんこうが迎える。 「様子は?」 「気を張りすぎて疲れただけだから」 くまはちとぺんこうが同時に応えた。 「それなら、力の付くもの作ってから寝る…」 「ええって。明日は真北さんとくまはちが休みやし」 「駄目ぇ」 嬉しそうな感じで言った、むかいんは、直ぐに一階へと下りていった。 「仕事残ってるんやったら、交代させるで」 くまはちの優しい言葉だが、 「あいつの方が残ってるやろ。そっち手伝ってあげろよ」 やんわりとした言い方で、ぺんこうが応えた。 やはり二人っきりになりたい様子。 「ったく…自分のことをしてからにしろ」 「既に終えてる」 「…そりゃそっか。…ほな、頼むで」 「あぁ」 くまはちは、真子の部屋を静かに出て行き、向かいにある自分の部屋で着替えを済ませ、リビングへと降りていった。くまはちがリビングへ入ると、まさちんと栄三が書類を広げて、仕事中。 「あとはええで」 書類から目を離さないまま、栄三が短く応えた。 真剣。 こういう時は、本来の栄三のオーラを出している。 「真北さんの方、ええんか?」 「報告書は明日になると思う」 「ほな、そろそろ帰ってくるんちゃうか? さっさと終わらせるで、まさちん」 「増やすなっ、えいぞうっ」 「増えただけや」 「あのなぁ〜」 珍しく喧嘩腰の栄三とまさちんだった。 キッチンでは、むかいんが真子の為の力の付く料理を調理中。 二階では、ぺんこうが真子の側に付きっきり。 まさちんと栄三は、仕事中。 くまはちは……………暇だった…。 (2015.11.16 UP 改訂版2016.5.22. 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