任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その6-1


一騒動(1)

これは、真子が大学受験を前にした頃の、紅葉が真っ赤で美しくなった時期の話〜



まさちんの事件も一段落し、初めてカラオケの楽しさを知った真子は、その影響もあってか、受験生最後の夏休みが終わり、いよいよ本格的に勉強に身を入れなければならない…はずなのに、勉強だけでなく、ビルの仕事まで、更に新事業となる本屋ビルの方まで力を入れて、あまりにも、あまりにも張り切るものだから……。



寝屋里高校で教師をしている、ぺんこうは、真子の体調が気になり、真子の父親代わりである真北を学校に呼びつけよう…と思っていた矢先、時々、こっそりと学校に訪れている真北の姿に気付き、

「………!!!」

廊下の先に見つけた真子の姿に気を取られていた真北の腕を、ぺんこうは素早く掴み、応接室へと連れ込んだ。

「こるるぁ、いきなり何するねんっ」
「何してる…は、私の台詞ですよ! ったく、こちらから連絡しようと
 思っていた矢先に、何をしてるんですか」
「いつもの事やないかっ。お陰で、真子ちゃん…」
「組長は、今日も張り切って、勉強だけでなく、体育の授業も、
 休み時間も、全力で何かをしておられましたよ。休むことも
 大切だと申しても、聞き入れてくれない程…」
「………だからって、俺に言われても、無理やねんけど…」
「…そうでした、そうでした。すみませんでしたねぇ、無理な事を
 お願いしようとしてしまって」
「………なんか、チクチクと刺さる言い方やな…」
「そう思われるなら、そう思ってくださいね。言う相手を間違えました」
「まさちんに言っても無駄やぞ」
「くまはちか、むかいんに…」
「くまはちは真子ちゃん以上に張り切ってるし、むかいんは、更に
 栄養満点の料理を作ってる。…それでも、頼むつもりか?」

ぺんこうは、何も言えなくなってしまった……。

「何かあったら、俺に突っかかる癖…やめろ」

真北は静かに言って、応接室のドアノブに手を伸ばした。

「どうして……」

ぺんこうが、呟く。

「ん?」
「どうして、組長は、そこまで張り切ってしまうんですか?
 組長の夢……普通の暮らしは……」
「その為に、張り切ってるんだろが」
「それは、周りの為であって、組長自身には…」
「それが、真子ちゃんだろが。周りのことに気を遣って、
 周りの笑顔が増えれば、真子ちゃんの笑顔も増える。
 それが、真子ちゃんにとっての普通の暮らしだろが」
「それは、違いますよ」
「だったら、お前から、真子ちゃんに言えばどうや?」
「………組長の笑顔を観たら、何も言えなくて…」

ぺんこうの言葉に、真北は微笑んだ。

「今日は…何時になる?」
「いつもと同じで午後四時には終わりますよ」
「解った」

静かに返事をした真北は、応接室を出て行った。

「真北さん……」

この時、ぺんこうは、真子を迎えに来るのだろうと思っていた。
だから、その時は、気に留めなかった。
まさか、そんな………。



夕方四時。
生徒達が帰宅する中、真子の姿もあった。
ぺんこうは、職員室の窓から、真子が帰宅する様子を見つめていた。
真子が校門を出て、道路を渡っていった。そして、真っ直ぐ歩いて行く。

真北さんは、駅なのかな…。
それとも、えいぞうの店で??

先程、真北が気にしていた事を思い出しながら、窓の外を見つめていると、一台の車が、真子を追いかけるかのように猛スピードで角を曲がっていった。
光の加減でちらりと見えたマーク。
それは……、

遅れたって訳か。
ったく…任務の車を使って…。

真子を追いかけていく車こそ、真北が所属する特殊任務専用の車だった。

「山本先生、今よろしいですか?」

校長が、ぺんこうを呼ぶ。

「えぇ」

ぺんこうは、返事をして窓から離れた。



真子は駅に向かって歩いていた。
背後から接近してくる車に気付き、道路の端に身を寄せた。
その車は真子を追い越すと同時に、真子の進路を塞いだ。

…???

不思議に思うと同時に、車の後部座席と助手席のドアが勢い良く開いた。
車から降りてきた二人の男が、真子に手を伸ばす。

!!!!

真子は殺気を感じた。
その途端、体が勝手に動き、二人の男の腹部に蹴りを見舞っていた。
体勢を整えた時だった。
別の男が車から降りてきた。
真子は、その男に拳を差し出した!!!

!!!!

しかし、差し出した拳は腕ごと掴まれ、車の中に引き込まれてしまった。その途端、真子に蹴りを食らった二人の男が車に乗り込み、ドアを閉めた。

「出せっ」

真子の腕を掴んでいる男が声を発すると同時に、車は急発進をする。

「……ったく、蹴り一つで倒さない」

その声に、腕を掴む男を凝視する。

「ま、ま、真北さんっ!!! って、急に何?!?!?」

真子は驚いたように声を発した。

「お前らも、倒されるな…ったく……」

呆れたように言う真北は、真子から手を離す。

「想像以上に素早くて…」
「…それに、ずっしりと重たい蹴りでしたので、その…」

二人の男は、観念したように言った。

「ごめんなさい……必死だったから…その……本当に、ごめんなさいっ!」

真子は状況を把握したのか、恐縮そうに首を縮めながら言った。

「でも、真北さん、今日は…」
「例の場所に」
「はっ」

真北は、真子が尋ねる声を遮ってまで話を進めた。

「あの…真北さぁん」

真子が真北に呼びかける。

「なんでしょうか、お姫様」

ニッコリと笑顔で応えた真北。
その口から出てきた言葉に、真子は、この後に起こる事を、ちょっぴり予測していた。


それは、遠い昔の記憶にある。

『なんでしょうか、お姫様』

この言葉が真北の口から出るときは、決まっている。
そう………。





夕暮れ時。
まさちんが、帰宅する。
車を駐車場に停め、玄関へ向かう。

組長、帰ってるかなぁ。

鍵を開け、ドアを開ける。

「ただいま戻りまし…………帰ってない…」

玄関にあるはずの真子の靴が無い。

ったく……。

まさちんは、真子は理子と一緒に帰宅途中で寄り道をしてるのだろうと思い、自分の部屋へと入っていった。
着替えを済ませ、リビングへと降りていく。
今のところ、家には一人しか居ない。
こういう時は決まっている。

思いっきり『本来の自分』を表に出す瞬間。

ソファに、ドカッと腰を掛け、テレビのリモコンでスイッチを入れる。この時間は、どのチャンネルもニュースしかしていない。唯一、ニュースをしないチャンネルでは、子供向けのアニメが放映されているだけ。
ビデオデッキのリモコンに手を伸ばし、スイッチを入れた。
深夜に予約録画をしていた映画を見始める。
映画館で観たことのある作品だが、それでも再度観たいと思った作品。
タイトルが流れている間、飲物を用意して、リビングに戻ってきた。

時計を見る。

真子の門限までは1時間ある。
それまでに帰ってこないと、真北に怒られる。
まさちんは、気になるものの、真子が女子高生として過ごす時間は、大切にしてあげたい。だからこそ、迎えに行こうとは思わなかった。



くまはちが、珍しく早い時間に帰宅した。
玄関のドアが開いたことで、まさちんが迎えに出た。

「あれ?」

まさちんが驚いたように声を発した。

「あれ…って、たまには早く帰ってきてもええやろが」
「はぁ、まぁ…」
「組長は、まだなのか?」
「あぁ。あと五分で門限だけど、まだ帰ってこない」
「理子ちゃんと一緒か?」
「たぶん」

まさちんの応え方に、くまはちは、カチン……。

「……あのなぁ、いい加減な返事する前に、確認しとけや」
「あっ、そっか…」

未だ、完全復帰できていないまさちん。
それには当の本人さえ、気付いていなかったらしい。

「だから、無理するなと言ってるだろが。ゆっくり休んでおけ。
 俺が迎えに行ってくる」
「すまん…」

くまはちは、手にした荷物をまさちんに渡し、

「これでも、目を通しておけ」

そう言って、再び出掛けていった。
静かにドアが閉まる。
まさちんは、鍵を掛けてから、リビングへと足を運んでいった。
くまはちから預かった荷物から、書類の束を取り出す。
それは、真子が目を通すべき書類。
今は、真子の代行として動いているまさちん。取り敢えず、真子の代わりに目を通し、真子に伝えやすいようにと頭の中でまとめていく。
玄関が開いた…途端、

「まさちんっ」

くまはちが、リビングへと駆け込んでくる。

「あん?」

すっとぼけた顔で振り返ったまさちんに、くまはちは、項垂れた。

「もぉええわ。一人で探す」

そう言って、くまはちはリビングを出て行った。

「???? 探す????」

本当に、すっとぼけ状態。
暫く考え込んで、

!!!!!

まさちんは驚いたように立ち上がり、くまはちを追いかけるように外へ出る。

「あぁ、俺は寝屋里に当たるから、お前らは、橋先生とこを頼む。
 …いや、真北さんには、俺が。頼んだぞ」

虎石と竜見に連絡を入れたくまはちは、背後に居るまさちんに気が付き、

「公園の所で理子ちゃんに逢って、今日は一緒じゃなかったと
 言ったんでな。…もしかしたら…」

くまはちの表情は、かなり険しい。

「厚木関連は、すでに納まったやろ」
「学校帰りに直接狙うとは考えられないが、兎に角、足取りを追う」
「俺は…」
「お前は家で待機しとけ。その脳みそじゃ、動きにも支障が出る。
 それに、帰ってきた時の事も考えてだな…」
「そっか…」

まさちんの返事に、くまはちは、言葉を失う。

「…本当に、大丈夫か?」
「すまん。昨日から本調子じゃなくてな」
「お前の場合、能力の影響が大きいからな。体調不良もその分
 大きくなるんだろな。…だから、無理するな。お前が倒れたら、
 また、組長が心配するだろ。これ以上、組長に負担を掛けないでくれ」

そう言って、くまはちは、車で去っていった。
じっと見送るまさちんは、大きくため息を付いた。

「…まるで、能力を受けたような言い方だな…。そっか。
 あの能力との付き合いは、くまはちの方が長かったっけ…」

やっぱり、本調子じゃないまさちん。
頭をポリポリと掻きながら、家に入っていった。



既に帰宅しているだろうけど、くまはちは、寝屋里高校へとやって来た。
クラブ活動の生徒達が帰宅する姿を見かけるだけ。職員室の窓を見上げ、オーラを送る。
いつもなら、反応して顔を出す男が居るのだが、やはり、帰宅したらしい。
くまはちは駅前の喫茶店へと向かって、車を走らせた。
……珍しく、喫茶店は休み……。

休むとは、聞いてないぞ……ったく…。

携帯電話を手に、何処かへ連絡を入れるくまはちだった。



その頃……。



「あぁ、連絡するまで来なくていい。ありがとな」
「はっ。失礼します」

特殊任務の二人の男は一礼して、車に乗って去っていった。

「…………で、真北さん」

車が見えなくなった時、真子が口を開いた。
目の前には、旅館がある。そして、ここは、有名な温泉街。
突然の真北の行動に、真子は付いていけない……。
しかし、真北は、真子が尋ねる余地を与えないかのように、語り出す。

「もう少し早く到着する予定だったんですが、思った以上に
 道が混んでいましたねぇ。ほら、ライトアップされて、綺麗でしょう?」

真北に言われて、真子は見上げた。
確かに、ライトアップも加わって、真上にある紅葉は真っ赤に染まっていた。

「綺麗〜」

真子は尋ねたいことを忘れるほど、感動していた。

「いらっしゃいませ」
「予約している真北です。暫くお世話になります」
「連絡を頂いておりましたので、部屋の用意も出来ております。
 ご案内いたしますので、どうぞ、こちらに」
「ありがとう。行きましょうか、真子ちゃん」
「…う、うん……うん????」

真北に言われるがまま、真子は付いていく。



従業員が部屋に案内する。
部屋担当の従業員と入れ替わり、お茶菓子を出された。

「お夕食は、直ぐに御用意させていただきましょうか?」
「そうですね、お願いします」
「では、直ぐに御用意致しますので、暫くお待ち下さいませ」

従業員が出て行った。
真北は、お茶に手を伸ばす。

「う〜ん、うまいっ」

どうやら、出されるお茶は高級茶らしく、真北の口に合っている様子。

「……それで、真北さん? どういうつもり?」

真子は、ちょっぴりふくれっ面で真北に尋ねた。
真北は、ニッコリと微笑むだけ。

「真北さぁん?」

腕を組み、真北を睨む真子。

「羽休めですよ」
「真北さんの?」
「真子ちゃんの」
「私??????」
「えぇ」
「でも、私は…」
「まさちんの事件から、休み無しでしょう?」
「本部で、ゆっくりとしたよ?」
「本部では、ゆっくりと出来ないでしょう?」
「大丈夫だもん…」

真子は、ふくれっ面…。

「カラオケ、楽しかったんでしょう?」
「うん。初めてだったから、緊張したよぉ」
「目一杯楽しんだとお聞きしてますよ」
「……まさちんから?」
「えぇ」

真北はお茶を飲む。

「……だから、今日は一体…羽休めって、言われても、
 別にここじゃなくても…」
「たまには、二人っきりも良いでしょう?」

綻ぶ真北の表情に、真子は何も言えなくなった。

「お待たせ致しました」

従業員が食事を運んできた。




橋総合病院・橋の事務室。
カルテをまとめながら、橋は、くまはちの話に耳を傾けていた。

「見かけてないな。…それよりも、まさちんの方が心配やで」
「自宅待機させてるので、大丈夫だとは思うのですが…」
「それにしても、あの能力の影響は、計り知れないな…」
「えぇ。体内で何が起こってるのか、それさえ解れば……って、
 橋先生、だから、組長は…」
「来てないと言うたやろ」
「真北さんの行き先、御存知ですか?」
「あいつこそ、何を考えているか解らんやろ。それに…
 真子ちゃんの為やったら、無茶な行動にも出るやろが」
「……まさか、真北さん…俺達の知らないところで……。
 そういや、えいぞうの奴、臨時休業……」

くまはちは、深く深く考え込んでしまった。

…考えるなら、他の場所にしてくれよなぁ。
くまはちも、似てきたよなぁ、真北に……。

深刻に考える、くまはちの表情を楽しむ橋は、知っていた。
二人の行き先を……。



紅葉が美しい旅館の一室では、豪華な料理がテーブルに並んでいた。

「…橋先生の案…か。参ったなぁ」

真子が呟いた。

「少しの間だけでも、組から離れた方が良いという
 意見ですよ。…心配だったんですからね、真子ちゃん」
「気持ちは有難いけど……みんな心配してるんちゃうん?」
「それは、知りませんよ」

冷たく応える真北に、真子は首を傾げた。

「…真北さん、もしかして………何か遭った?」

真子の言葉に、真北は無表情になる。

「次の料理は、まだかなぁ」

何かを誤魔化すかのように、真北が言った。

「何か遭ったんだ…」
「…はぁ、まぁ………ちょっと…ね」

ちょっとじゃないのだが……。




真子の自宅。
くまはちは、一旦、帰宅する。そして、まさちんに状況を伝えた。

「そっか…真北さんとも連絡取れず…か」

まさちんは、深く考え込む。

「なぁ、くまはち」
「ん?」
「組長…何か言ってなかったか?」
「あの事件以来、何も無いんだが…」
「だったら、なんで、真北さんと連絡が取れず、滅多に休まない
 えいぞうが喫茶店を臨時休業させてるんや? もしかしたら…」
「それも考えた。しかし、どの組も、動きは停まってる……それは
 まさちんが、行った事も関わってるんやけどなぁ…だから、
 疲れてるんやろが」
「しゃぁないやろ。あいつら……言うこと聞かんかったから…」
「それでも、抑えろって…」
「……俺がせんかったら、くまはちがしとるやないか」
「ま、まぁ…そうやけど……それでもなぁ」
「ほっとけ」

そう言って、まさちんは、ふくれっ面になった。

「……取り敢えず、組長が行きそうな所、片っ端から
 当たってくる。家の方、頼んだで」
「あぁ」

くまはちが出て行った。
まさちんは、口を尖らせて深く考え込んでいた。
まるで、誰かさんそっくりの表情で……。




真子は旅館の大浴場で、のんびりとくつろいでいた。
真北も同じようにくつろいでいる。

あいつら、ばらしてないやろなぁ…。
真子ちゃんに負けるくらいやから、
あの二人が知ったら……口割るやろなぁ。

真北の心配は、別の所にあるらしい。

まぁ、でも、ええか。
あの二人に引っかき回されたようなもんやし。
……ほんま、手加減知らんからなぁ、あいつらは…。

真北は、湯に潜った。



部屋に戻った真子と真北は、湯上がりの飲物を手に、窓の外に見えるライトアップされた紅葉を眺めながら、ゆっくりと時を過ごしていた。こんなにのんびりするのは、久しぶり。そう思いながら、紅葉を眺める二人。
一枚の葉が、風に揺れながら、窓から見える露天風呂へと落ちていく。

「あっ、露天風呂……入っていい?」
「いいですよ」
「真北さんも一緒にどう?」
「私は、真子ちゃんの後で」
「どぉしてぇ? 昔は一緒に入ってたやん」
「昔と今は違うでしょうがっ」

焦ったように応える真北。

「じゃぁ、ここから観とく?」
「……駄目です。その時はカーテンを閉めますよ」
「見張り…」
「ここは安全ですから」
「だから、真北さんのオーラが違うんだ」
「オーラが違う??」
「うん。いつもなら、気を張り詰めるのに…」
「まぁ、そうですけど、私もたまには羽を伸ばしたいですからねぇ」
「私は羽休めで、真北さんは羽伸ばしなんだ」
「えぇ。一応、真子ちゃんのボディーガードですから」
「真北さんも羽休め!これ、決定ね!」

にっこり笑顔で言われたら、流石の真北も、硬直する……。

「そ、そうですね、そうしましょう」
「ほな、一緒にお風呂!」

真子は、真北の腕を強引に引っ張っていく。

「って、ちょ、ちょ、真子ちゃんっ!!」

焦る真北を楽しむかのように、真子は部屋にある露天風呂へと向かっていった。
タオルを体に巻いて、露天風呂に浸かる真子。真北もタオルを巻いているが、同じように湯には浸からず、真子に背を向けていた。

「気持ちいいぃぃぃ。ねぇ、真北さんも浸かったら? 寒いでしょう?」
「無理です」
「脱いだのに?」
「あっ、その…これは、真子ちゃんが…」

確かに、真子に強引に服を脱がされ…。

「一緒に入るからと約束したのに…」
「わ、わ、解りましたよ…」

真北は、真子に背を向けたまま、ゆっくりと湯に浸かり始めた。
湯が溢れ、流れ出す。

「真子ちゃん、約束ですからね」
「解ってる。でも、外の眺めが見えないよ?いいの?」
「真子ちゃんが楽しめるなら、それだけでいいですよ」
「駄目ぇ。真北さんも、こっち」
「し、しかし…その…」
「遠慮しなくてもいいのになぁ」
「……遠慮しますって…」

と言った真北だが、真子に腕を掴まれて、またしても、強引に…。
真子の隣に座る形になる真北。
目線は真っ直ぐのままだった。

「ね、ここから眺めるのも綺麗でしょぉ。一人じゃもったいないもん」
「ありがとうございます、真子ちゃん」
「お礼は私の方。…真北さん、ありがとう」

真子の優しい声が、真北の心を和ませた。
一枚の葉が、風に揺られて湯の中に落ちてきた。
真子はそれを拾い上げ、真北の肩に引っ付けた。

筋肉質の体は、昔に観ていた時よりも勇ましくなっていた。しかし、そこには、傷が増えている。綺麗に縫い合わされているが、それでも跡が残る程、大きな怪我をしたことは解る。
真北は、肩に引っ付けられた葉を手に取り、真子の肩に引っ付けた。
少し、ひやりとした。

「明日は、ゆっくりと紅葉を楽しみましょうね、真子ちゃん」
「うん」

そう言って、真子は真北の肩に寄り添った。
そんな二人を見ていると、恋人同士にしか見えない。
思わず真子の肩を抱き寄せる真北。

こんな姿、芯が見たら、怒るやろなぁ。

そう思いながらも、真子の肩から手を離さない真北だった。



真子が眠る。
真北は、そっと布団を掛けて、部屋の灯りを落とした。
テーブルの上には、露天風呂で遊んでいた一枚の葉が置いてある。
真北は、ため息を吐いた。

ったく…少しは自覚してくださいね、真子ちゃん。

真子の寝顔を見つめながら、いつものように、自分を取り戻す真北。
露天風呂では、我を忘れて、真子とはしゃいでしまった。
ふと弛んだ真子のタオルに気付き、真北は慌てて目を反らすが、真子はそのまま、真北の体にしがみついてきた。
膨らんだ胸が背中に当たる。
沸き立つ思いをグッと堪えて、真子に振り返り、

約束は?

露天風呂に入る前に交わした約束を口にする真北。それには、真子はふくれっ面になり、体のタオルを巻き直したが、再び、真北にしがみついてきた。

真子が何を思い、そのような行動に出るのか、真北には解っていた。
真子を力強く抱きしめ、そして、そっと呟く。
真子は、真北の胸に顔を埋め、小刻みに震えた。
真子が我を忘れるほど、自分に無理をしていた事が、解った瞬間。

大丈夫。私が付いてますから。

真北が優しく応えた途端、真子の震えが止まった。



真北は布団を敷いた部屋から出て、入り口の所で誰かに連絡を入れた。
思わず笑みが浮かぶ程の会話。
恐らく相手は、橋なのだろう。笑いを堪えながら、電話の電源を切った。
その電話には、着信履歴が表示されていなかった。
この電話こそ、真北が個人で持っている電話だった。
まさちんやくまはち、ぺんこうからの連絡は一切入らないもの。橋とのやり取りだけに使われる電話だった。
いつも使っている電話は……。



真北の職場。
真北のデスクの上で、着信のランプが光っていた。
夜勤の原が、それに気付き画面に見入った。

「まただよ……本当に、知りませんよ、真北さん」

電話に話しかける原は、この日の夕方から続くランプの点滅に、苦笑いをしていた。
着信相手は、くまはち、くまはち、くまはち、くまはち、まさちん、くまはち、くまはち………。

その頃、真北も眠りに就いていた。
…だけど、先程の露天風呂での事が、尾を引いていた。
未だに、背中に残る感覚。
それが、消えていなかった。



(2007.5.24 UP / 改訂版2017.3.11)



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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。



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