任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その6-3


一騒動(3)

清々しい朝。
この日も温泉街にある、とある旅館で朝を迎えた真子と真北は、朝食を済ませて部屋に戻ってきた。

「今日も頂上に行きますか?」

真北が尋ねると、

「昨日ね、大浴場で他のお客さんに教えてもらったんだけど…」

真子はウルウルとした眼差しで真北を見つめた。

「えっと……それは……その……高い所…ですか?」

思わず真北は尋ねてしまう。

「高いと言えば、高くなるかも…」

何かを企んだような表情で応える真子に、真北は思わず警戒した。



真子は真北の手を引いて、とある店へと入っていった。

「ここなの!」

真子はニッコリ微笑んで、真北に言った。

「…高くなる…かもですか…」
「うん!」

その店こそ、猫を扱う商品が並ぶ、猫グッズ専門店だった。

先に見つけられた…か。

どうやら真北自身、この店のことを知っていたらしい。




ぺんこう運転の車が、特殊任務のビルへと入っていった。

「あの……」

警備員が車を引き留め、声を掛けてきた。
ぺんこうは窓を開け、

「真北さんは?」
「どちらさまでしょうか?」

ぺんこうの顔を知らないのか、警備員は警戒していた。しかし、運転席の後ろに座るくまはちに気付き、

「一週間の休暇を取ってます」

素早く応えた。
くまはちは、窓を開けた。

「本堂さんは、こちらですか?」
「そうですね、事務所の方で処理されてます」
「お尋ねしたいことが御座いますので、向かうこと伝えてください」
「かしこまりました」

警備員はゲートを開けた。
ぺんこうはアクセルを踏み、地下へと入っていく。



車から降りたぺんこう、くまはち、まさちん、そして、むかいんの四人は、ビルの玄関先に居る警備員に会釈をして、ビルへと入っていった。

「…くまはち…ほんまやったんやな」
「ん?」

ぺんこうの言葉に首を傾げる、くまはち。

「真北さんとの講義」
「あっ、いや、…まぁ、昔やけどな」
「任務関係の人とは、顔馴染みか?」
「全員な」
「そこまで、徹底せな、気が済まんのかよ…」

呆れたように言うぺんこうに、くまはちは微笑むだけだった。

「それも、利用してる車の車種とナンバーだけで、
 名前が直ぐに出るというのも……怖いな」
「そうしとかな、組長を守れん」

短く応えたくまはちは、慣れた感じでビルの中を歩いていく。
そして、ある一室へとやって来て、ノックもせずにドアを開けた。

「……おいおい、中は無防備かよ…」

入り口のチェックは厳しかったのに、ビル内のチェックは無い事に、まさちんは首を傾げた。

「部屋への出入りは簡単にしてあるだけや」

短く応えたくまはちは、すぐに目的の人物を見つけたのか、表情が険しくなった。

「本堂さん、お聞きしたいことがございますが、よろしいですか?」

低姿勢のくまはちに、警戒することなく近づいてくる本堂と呼ばれた大男。くまはちより一回り、体格が大きかった。

「なんでしょうか?」
「お忙しいところ、すみません。真北さんの行方を御存知ありませんか?」
「一週間の休暇と短く言って、姿は見せておりません。
 行き先までは、仰ってくださりませんでした」
「そうですか。…一昨日の午後四時頃、寝屋里高校の近くを
 走りませんでしたか?」
「いいえ」
「車種とナンバーが一致した車が、走っていたという目撃者が、ここに」

そう言って、くまはちは、ぺんこうを指さした。

「寝屋里高校の山本芯教師…」

本堂が口にした。

「おや? どうして、私の顔を見ただけで、名前が解るんでしょうか?」

ぺんこうは、少し恐れたような表情で尋ねてみた。

「何度か、真北さんと一緒に、見かけておりますので」
「そうですか。それで、何度も見かけるんですね、あなたの車を。
 真北さんの依頼ですか?」
「それには応えられません」
「真北さんと連絡が取れないんですよ。…もしかしたら、何か遭ったのでは
 ないかと思って…こうして、尋ねてきたんですが……ここも空振りですか…」

凄く落ち込んだ表情をして、ぺんこうが言った。

「どうしよう…俺……。真北さんに何か遭ったら……組長に……
 なんと伝えたら言いんだろう。……俺……俺……」

ぺんこうの声が震えた。

「大丈夫だと、言ってるだろ。真北さんの身は無事だって」
「それなら、なんで、連絡が取れないんだよっ!」

ぺんこうの目に、涙が浮かんでいた。

「……どうしたら……いいんだよ……」

涙を浮かべるぺんこうの表情を見て、本堂は焦り始める。

「組長の行方も解らないし……。俺……もう…」

そう言った途端、ぺんこうは側にあったグラスを手に取り、テーブルの角で割った。

「ぺんこうっ!」

突然の行動に、くまはちは手を差し伸べた。
グラスの破片の先を、ぺんこうは自分の喉に向ける。

「わぁっ!! 山本先生、駄目ですよ!! 真北さんも真子さんも無事ですから!
 お二人は、一緒に旅行中です!!」

本堂は思わず叫んでしまった。
その声は事務所内に居た任務の男達にも聞こえていた。
真北の行動を知っている者達が慌てたように、声を張り上げた。

「本堂、それは言うなぁ!!」

その言葉を聞いた途端、ぺんこうたちの口元が不気味につり上がる。

し、し、しまったぁぁぁ!!!!

誰もが引きつった表情に変わる。

「そういうことでしたか…」

そう言いながら、ぺんこうは、グラスの破片を壁に向かって投げつけた。
ぐっさりと刺さった破片に、誰もが目を奪われた。

「……それで…どちらに旅行中ですか……本堂さぁん?」

ドスの利いた声でぺんこうが尋ねる。
本堂の頬を冷たい汗が伝っていった。

く、く、く、くまはちさんより、怖い……。
いや、それよりも、何だか、誰かを感じる怖さだ…。
このままじゃ、俺………

「お二人は……」

本堂は、真北の行き先を応えていた。



くまはちたちが去った事務所内は、静けさが漂っていた。

「本堂…お前……言うなと命令されてるのに…」

そう言ったのは、真子に蹴りを食らった男のうちの一人だった。

「そう言われても、あの眼差しは、口を割るしかないだろが…。
 ここで暴れたら、それこそ、真北さんの怒りに触れる…」
「口を割ったことで、怒りに触れるだろが…」
「……その方が、まだ…ましだと判断しただけだ。考えてみろ。
 山本先生だけでなく、くまはちさんとまさちんさんと料理長が
 揃っていただろがぁ。四人から食らうより、真北さんの一人の方が
 まだましやろ…」
「…ま、まぁ、そうやけど…真子さんが絡んだ時の真北さんは
 いつも以上になるはずやで……それでも、ええんか?」
「うっ………」

言葉に詰まる本堂。
どうやら……。



ぺんこう運転の車がビルを出て行った。

「くまはちの言った通り、本堂さんは、涙に弱いなぁ」

得意気にぺんこうが言った。

「まぁなぁ。それは、俺達やからな。敵を前にしたとき、
 その敵が同じような手を使っても、本堂さんは折れないで」
「それにしても、ぺんこう、演技が上手いなぁ」

まさちんが感心したように言うと、

「そうじゃないと、教師は務まりませんからねぇ」

ぺんこうが得意満面に応える。

「体育教師だけちゃうもんな。ほんま、お前はオールマイティーやなぁ」
「誉めても何もあらへんで、まさちん」
「期待してへん」
「そうでっか」

今にも喧嘩が…という時だった。

「ぺんこう、俺、仕事に行く」

むかいんが、その場の雰囲気を変えるように言った。

「いいのか?」
「組長の行き先が解ったなら、俺は安心や。組長の為に
 仕事は休めないからさ」
「そうやな。ほな、ビルまで送るで」
「よろしく」

と言っても、ビルまでは五分もかからない所を走っているが……。



むかいんをビルまで送り、そのむかいんに見送られて、車は走っていった。

「まぁ、その旅館は、俺の出る幕無いからさぁ」

フッと笑みを浮かべたむかいんは、AYビルの受付へと向かっていった。

真子と真北が泊まる旅館の料理人こそ、むかいんが尊敬するおやっさんの弟子にあたる人物。
その料理人の腕は、むかいんが一番知っていた。
むかいんが、本部の横にある料亭で働いていた頃、色々とお世話になった先輩料理人。
だから、出る幕が無いと直ぐに悟ったのだった。

ぺんこうたちと向かったのは、真子への料理の為。しかし、それは、必要無いことが解ったら、真子のためにするべきことをするだけだった。ところが、店に到着した途端、思い出してしまった。

「あっ、停める役がおらへん……」

犬猿の仲の二人が暴れたら、二人をそれぞれ停めるのが日課。
しかし、自分が抜けたら、くまはちが一人で停めることになる。そうなると、くまはちの事。二人に鉄拳と強烈な蹴りを見舞うはず。その結果は見えている。

更に悪化……。

「……なるように、なるか…」

割り切った所で、料理人としての表情へと変わる、むかいんだった。



沈黙が続く車の中。
何やら、ぴりぴりとした物が漂っていた。

「お前ら、絶対に、やめとけや」

運転席の後ろに座るくまはちが、静かに言った。

「それは、解らんな」

ぺんこうとまさちんが、同時に応える。
その途端、更にぴりぴり……。
くまはちは、大きく息を吐いた。

「ぺんこう、引き返せ」
「なんでや?」
「俺が一人で迎えに行く」
「それは、させん」
「どうしても、行くんか?」
「行くに決まってる。それに、この車の運転は俺だけや」
「……はぁあぁあぁぁ…だったら、約束しろっ」

静かに言うくまはちから漂うオーラは、怒りを抑えているのが解るほど。
それには、ぺんこうも観念し、

「解った。かしこい俺が我慢しとく」

嫌味を含めて、そう言いきった。
それには、まさちんが、カチン……。

「………いいや、頭の良い俺が、大人しくしとくで」

負けじと、まさちんが応えた。
それには、ぺんこうが…。

「お互い、大人しくしとけや」

くまはちの怒りの『クギ』が先だった。

「かしこまりました…」

同時に応えた二人に、くまはちは、

「ええな」

念を押す。


そして、車は県境を越えていった。




「ありがとうございましたぁ」

店員の明るい声で見送られた真子と真北は、来た方向とは別の方向へと歩いていく。

「一度、荷物を置いて来ようよぉ」
「それも、そうですね…」

真北の両手には、大きな紙袋が二つずつ……。

「……ねぇ、真北さん」
「はい」

踵を返した二人は、旅館へ向かって歩き出す。

「荷物だけど、迎えに来る車に乗せられる?」
「まぁ、大丈夫ですよ」
「同じ人が来るの? えっと…本堂さんだよね」
「えぇ」
「くまはちより一回り大きな体格で、それでいて、怖い表情をするのに、
 すごく優しい人だよね。もしかしたら、涙に弱い…とか?」
「その通りですよ。あれ? 真子ちゃん、話をしたことあった?」
「無いけど、ここに来る間、少しお話して下さったでしょう」
「それだけで解るのかな…」
「なんとなく…だけどなぁ」

…まぁ、解りやすい性格と言えば、そうなんだけどなぁ。

真北は、ふと、嫌な予感が過ぎった。

「ところで、真子ちゃん」
「なぁに?」
「これだけ買って、どうするつもりですか?」
「みんなに使ってもらおうと思ったんだけど…」
「……似合わないと思いますよ……」
「かわいいのに…」
「真子ちゃんが使うから、かわいいのであって、あいつらが使うと
 にくいニャンコになっちゃいますよ…」

真北の言葉に、真子は、歩みを停めた。

「真子ちゃん、どうした?」
「……真北さん、やっぱり、何か遭ったでしょう?」
「何もありませんが…」
「…いや、絶対にあった。…そういや、私がお店で選んでいる間、
 ほんの少しだけ、外に出たけど…もしかして…」
「何も御座いませんでしたよ」
「……本当に、大丈夫なの?」

真子が何を心配しているのか、真北には解っていた。
両手一杯に紙袋を持っているが、その手で、真子を抱き寄せる。

「大丈夫」

真北の言葉は、真子にとって、とても安心できるもの。

「……うん……」

真北の胸に顔を埋めて、真子は返事をした。



その二人の様子を見ている男が二人…。
そのうちの一人・目つきがとても悪い男が、じたばたと足踏みをした。

「落ち着けや」

もう一人の男が言った。

「そんなん言うても、兄貴ぃ〜、あれは、許されへんっ」
「しゃぁないやろ。相手は真北さんやねんから、許しとけ」
「いややぁ、俺、いややぁ」
「けぇぇぇん〜」

少し低い声で言ったのは、えいぞうだった。
もちろん、兄貴と言った目つきの悪い男は、えいぞうと常に行動を共にしている健。
この二人とも連絡が取れないのは当たり前。
連絡できないようにと、こちらの二人も携帯電話を変えていた。
真子と真北が歩いていく様子を伺いながら、常に周りを警戒していた。

影でのボディーガード。

真北が安全だと言ったのは、この二人に頼んでいたからだった。
真北に言われれば、絶対に断らない二人。だからこそ……。

「健。昨日のことは、あれで許してもらったんやから、
 文句言うな」
「あれは、しゃぁないやんか。まさか、散在させるとは思わんかったし」
「一人だけ間に合わなかったのに、真北さん、よくあの中で
 いつもの行動をするとは、俺も思わなかったって」

えいぞうが、真子と真北から目を離さずに、健と話し込む。

「状況を解ってて、この行動って…真北さんは、まさか…」

健は、真北が真子を強引に連れ出したのは、敵を誘い込む作戦だと考えていた。

「それはない。…そのつもりだったら、俺達を呼ばないって。
 昔っから、そうやろ」

えいぞうに言われて、健は遠い昔を思い出し、そして、納得した。

「そうやったな…あっ」
「ん?」



どうやら、真子がソフトクリームをねだっているらしい。真北は、両手が塞がっていると訴えるが、真子は真北の懐から財布を取り出し、ソフトクリームを買おうとする。しかし、その財布は、真北によって取り上げられた。
真北の財布の中には、真子に見られては困る物が入ってる。
だからこそ、荷物を地面に置いてまで、真子から財布を取り上げたのだった。

「勝手に取らないでください」

そう言いながら、真北はソフトクリームの代金を手にしていた。

「二つください」

真北も食べたいらしい。



「ほんと、真北さんは、組長に弱いよなぁ」

健が、しみじみと言った。

「組長に本気で怒る奴は、誰も居ないって」

えいぞうは、少し寂しげに言う。

「兄貴……」

健は、そっとえいぞうに目をやった。
真子と真北を見つめる、えいぞうの眼差しは、とても穏やかで、遠い昔を見つめている、そんな雰囲気だった。

真北が作戦を行う時は、誰にも知らせず一人で行う。
それは、真子のため。
真北の作戦は、本当に危険を招くことが多い。その為には、かなりの犠牲も伴うこともある。
真子のための作戦だと、真子の周りの人間も参加することになり、周りの人間に危険が及ぶと、真子が心配する。そうなると、真子のための作戦は、真子の心に影響することになってしまう。
そうならない為にも、真北は、一人で行うことが多かった。
それを停め、影で支えるのは、えいぞうと健、そして小島家の人間達だった。

慶造の思いでもある。

真北が怪我をすれば、真子が心配する。
真子の笑顔が減らないようにという、慶造の思いだった。

誰もが、真子のことを考え、そして、誰にも知られないように行動する。
それは、あの日から行われていること……。

「…でも、あれだな。真北さんの場合、自分一人で行って
 結果に満足したいという思いもあるんだろうなぁ」

突然発したえいぞうに、健は項垂れた。
自分が思っていた事とは違う事を考えていた、えいぞう。

「兄貴……」

健は落ち込んだ。

「…あれ、あの車って…」

健が、少し遠くの道を走ってくる一台の車に気が付いた。
その車こそ、ぺんこうの車。

「わちゃぁ、予想通り、本堂さんへ泣き落としたか…」
「どうする、兄貴」
「そりゃぁ、向こうを阻止やろが」
「…そうやで!」

健の張り切りっぷりに、えいぞうは思わず微笑んだ。
悪戯っ子という言葉がぴったりな雰囲気。
その二人が、ぺんこうの車へと駆けていく。




ぺんこうの車は、温泉街の入り口にやって来た。

「ぺんこう、飛ばしすぎや」

まさちんが呟く。

「これでも、遅い方やっ」

ぺんこうが応える。
今にも…という時だった。

「!!! くまはちっ、すまんっ! 冗談やっ!!」

くまはちのオーラが急変したことで、まさちんとぺんこうは、突然笑顔を醸し出した。

「……あいつら、ここに居ったんか…。ぺんこう、停めろ」

くまはちの言葉で、ぺんこうとまさちんは、とある男の気配を感じた。

「真北さんの命令やろな…」

少しドスを利かせた、ぺんこうは、路肩へ車を停めた。
車が停まると同時に、えいぞうと健が側に駆けてきた。
くまはちとぺんこうが同時に車を降り、駆けてきた二人を睨み上げた。

「…意外と早かったな」

えいぞうが静かに言った。

「そりゃぁなぁ。休みやし、それに、早めに連絡せなあかん人を
 探しとったし。…その人を探すと、あらビックリ。事件解決や」

ぺんこうが、嫌味を含めた言い方をした。

「くまはち、泣き落としか?」

えいぞうが言った。

「さぁな。…で、真北さんに言われたのか?」

くまはちが睨み上げる。

「だったら、どうする?」

負けじと、えいぞうが睨んでくる。
真子の事が絡むと、敵味方関係ないのが、えいぞう。
相手が、真子にとって、優秀なボディーガードであろうと、容赦しない。
常にいい加減な男が、本気になる。
それに応えるかのように、くまはちが本能を露わにする。
そうなると、この場は……。
二人の様子を見つめていた健、ぺんこう、そして、まさちんは、本来のそれぞれの目的と違い、この二人を停める方法を考える。ここで暴れると、周りに影響するのは、じっくりと考えなくても解ること。

「あのなぁ……」

ここは、俺が!という感じで、小さく挙手して声を出したのは、ぺんこう。
ところが……。

「あれ? ぺんこう、まさちん、くまはち、…えいぞうさんと健まで。
 どうしたの?」
「組長っ!!!」

真子と真北に気付かれてしまった!!!
五人は、真子の隣に居る真北に目をやった。

てめぇぇぇぇるるるぁぁ…。
えいぞう、健……お前らなぁぁぁぁっ!!

真北の目が、そのように語っている。

や、やばいかも…。

「どうして、ここに居るの???」

そんな雰囲気とは違い、真子は五人が居ることを不思議に思っているらしい。
これは、チャンス!

「ドライブです」

まさちん、ぺんこう、くまはち、そして、えいぞうと健の五人は、声を揃えて、元気よく応えていた。
その姿といったら、凄く滑稽で、今にも怒りを露わにしそうだった真北が、大笑い。
その場の雰囲気が、一気に和んでしまった。




「五人でドライブって、珍しいね。大丈夫だった? なんとなく、
 車の中の雰囲気が解るんだけど…」

真子と真北が泊まる旅館に車を停め、部屋に向かって歩きながら、真子が言った。

「そうですか? たまには、珍しい事も、楽しいですよ?」

ぺんこうが、やんわりと応える。

「ぺんこう、仕事は?」

真子の隣を歩く真北が、冷たく尋ねた。

「明日まで休みですよ」

真北と同じように冷たく応える、ぺんこう。

「休みなの?」

真子が確認するように尋ねると、

「えぇ。だから、こうして、ゆっくりと羽休めに…」

ぺんこうが、笑顔で応えた。

「羽休め……。そうだ! ねぇ、真北さん」

真子が名前を呼んだだけで、真北には解った。

仕方ないか…。

「そうですね、あの部屋の大きさだと、五人増えても大丈夫でしょう」
「じゃあ、旅館の方にお願いしないと」
「先程、伝えておきましたよ」
「ほんと?! ありがとう!!」

真子の声が弾んだ。

「くまはち、まさちん」

真子が呼ぶ。

「はい」
「明日まで休暇だからね。仕事は無し」
「えっ、そ、それは…」
「無しだからね」
「は、はぁ…」

真子の強引さに、何も言えない…というか、すでに、命令されたも同然。

「えいぞうさん、健、明日まで時間いい?」

真子の言葉に、えいぞうと健は躊躇った。
すでに、一緒に行動していたに近いのだが…。
ちらりと真北に目をやった。

そうしろ。

真北の目が語っていた。

「そうですね。一日くらいは、時間を空けること可能ですよ」

えいぞうが、優しく応えた。
その途端、真子の表情が更に輝く。

「だったら、温泉で、疲れを取ってきてね!」
「はっ」

真子の勢いに押され、五人は声を揃えて返事をしてしまった。




お昼時。
大浴場に、六人の男が温泉に浸かっていた。
何やら、険悪なオーラが漂ってくる。
くつろぐというよりも、…緊張感が……。

「…あと一日くらい、我慢できへんのか?」

真北が、ぺんこうとまさちんの後頭部に向かって言った。

「何も内緒で行うこと、ないでしょう?」

ぺんこうが反抗する。

「連絡くらい、入れてください」

それにつられて、まさちんが言い放った。

「……まさちん…お前が言える立場か?」

真北の口調で、やはり、あの事を怒っている…と悟ったまさちんは、

「すみません…しかし、それとこれとは、別ですよっ」
「珍しく、口答えするんだなぁ」

そう言うやいなや、真北は、まさちんの腕を掴み、湯に沈めた。

「お前の激しい行動が、どれだけ、俺に負担を掛けたか
 反省するまで、出さんっ」

湯の中のまさちんは、もがいている……。

「ほぉら、やっぱり、怒ってた」

くまはちが、いつになく、軽い口調で言った。
ぺんこうは、くまはちの側まで近づいていく。

「まさちんの奴、いつも以上に激しかったみたいやな。
 あのひと、本気やで」

ぺんこうが、そっと言った。

「怒るどころが、心配してただけやで」

真北とまさちんのやり取りを楽しむように見つめている、えいぞうが言った。

「なんとなく、解るよ。…だからって、組長を連れ出すとは…。
 えいぞう、その件に関しては、詳しく説明してもらわな、
 俺が怒るで…」

恐れを知らないぺんこうは、えいぞうを睨み上げていた。
その表情が、急に変わる。

「それより、組長…一人で大丈夫なのかな…」
「大丈夫や。真北さん…そういうところも手を回してるから」

えいぞうの言葉に、ぺんこうは、安心する。

「俺、上がるで」

長湯は好まない為、ぺんこうは、さっさと上がっていった。

「って、こらっ、ぺんこうっ!」

ぺんこうの行動に気付いた真北は、湯に沈めたまさちんから手を離し、ぺんこうを追いかけて行った。
脱衣場へ喧嘩腰に向かっていく二人を、四人の男は、ただ、見送るだけだった。
ドアの閉まり方が、二人の気持ちを表していた。

「大丈夫かなぁ……」

健が言う。

「…組長が心配やな…」

えいぞうが呟いた。

「で、まさちん……生きてるか?」

湯にプッカリと浮いた感じのまさちんを見て、えいぞうが声を掛けた。
まさちんは、そっと手を上げる。
どうやら、生きているらしい。

「新記録やな……」

くまはちが呟いた。




湯上がりの真子と真北、ぺんこう、まさちん、くまはち、そして、えいぞうと健の七人は、夕食まで時間がある為、浴衣姿で、旅館の周りにある紅葉を眺めるように歩いていた。

「風情がある旅館なんですね」
「すごいでしょぉ。毎日、眺めてたんだよぉ」

ぺんこうと真子が語り合っていた。

「二人だけの時間、もっと欲しかったなぁ」

そう呟くように言ったのは、真北だった。

「いいじゃありませんか。二日も二人っきりだったんですから」

吐き捨てるように、ぺんこうが言うと、

「そうだ、真子ちゃん。夕食は…」

ぺんこうから引き離すように、真子の肩に手を回した真北。
それには、ぺんこうが、カチン…。
ぺんこうも負けじと、真子の肩に手を回し、自分の方へ引き寄せる。
真北は、ぺんこうから、真子を引き離すかのように……。
という風に、真北とぺんこうが真子を奪い合うものだから、真子は左右にゆらゆら……。
見兼ねたくまはちが、真北とぺんこうの腕を掴み、真子から引き離す。そして、真子を抱きかかえた。

「組長は、お二人のオモチャじゃありませんよっ!」
「解ってるわいっ」
「あのね……いつもいつも…」

くまはちのオーラが変化する。


「ありゃりゃ、ミイラ取りがミイラ…ってか…」

えいぞうが呟いた。
その声は、少し前を歩き、真北とぺんこうに怒りをぶつけているはずの、くまはちの耳に届いていた様子。くまはちが、ゆっくりと振り返っていた。

「いやぁ、紅葉が綺麗だなぁ、はっはっは」

誤魔化すかのように、えいぞうが言った。

兄貴……いつも以上に、変ですよ…。

健は言いたい言葉をグッと堪えた。
やっぱり付いていけない、まさちんは、前を歩く六人の様子を、ただ、眺めているだけだった。



(2007.5.24 UP / 改訂版2017.3.11)



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