任侠ファンタジー(?)小説・光と笑顔の新たな世界 短編 その6-4


一騒動(4)

真子達の部屋に料理が運ばれてきた。
昨日より、テーブルが一つ増え、料理の量も凄く増え……。

「今夜もお楽しみくださいませ」
「ありがとうございます。いただきます」

真子達は手を合わせてから、箸を運び始めた。

「組長、毎日、この料理だったんですか?」

まさちんが尋ねると、

「毎日違う料理だよ。凄く美味しくて、心が和むんだよぉ。
 温泉に浸かった後だと、体もリフレッシュするよ!」

真子が嬉しそうに応えた。
その表情だけで解る。
本当に真子は心も体もリフレッシュしているのだということが。
真子の笑顔を観て、誰もが心を和ませる。
新たな料理が運ばれてきた。

「…昨日より、ペースが速くありませんか?」

真北が従業員に尋ねると、従業員は、こっそりと耳打ちで応えた。
それには、真北は苦笑い。

「お手数お掛けします。後で、料理長に…」
「後程、御挨拶に伺うそうです」

そう告げて、従業員は次の準備に取りかかる。
真北は、真子達に目をやった。
やはり…ぺんこうとまさちんは、料理の取り合い、その二人を止めるかのように、くまはちが睨み上げる。それでも二人は取り合っていた。えいぞうは静かに箸を運び、健は真子のために、おかずを運んでいた。その度に、真子が笑顔でお礼を言うものだから、健は自分が食べずに…。

「健、組長を太らせて、何するつもりや?」

えいぞうが静かに言うと、

「あっ……」

自分の前に料理が無い事に気付く。

「健も食べて、和んでね」

真子の言葉に、

「はいなぁ〜!」

いつも以上に張り切った返事をして、食べ始めた。

「組長と一緒に食べるん、久しぶりやわぁ」

健の表情が、更に綻ぶ。

「ほんとや。健って、店に居ない時が多いもん」
「しゃぁないやん。兄貴に買い物行ってこい言われるんやもん。
 人使い荒いわぁ」
「いつもの事やろが」
「いつもの事やけど、いっつも同じ時間に言うんやし…」
「しゃぁないやん」
「…もぉ、兄貴の意地悪ぅ…」
「……お前ら、静かに喰え」

ぺんこうが言った。

「すいません…」

食事中は静かに。
ぺんこうが育った環境は、そうだった為、こういう場でも、ついつい…。

「今日くらい、ええやろが」

まさちんが言うと、

「お前に言われたくない」

短く応えて、箸を運ぶ。

ったく、変わらんな…。

ふっと笑みを浮かべた真北は、真子に言われて、食事を再開。
が、料理は、ほとんど無くなっていた。

「………お前らなぁ、ペース早すぎるっ」

真北が言うと同時に、

「次をお持ちしましたぁ」

次の料理が運ばれてきた。

「こっちもペース早っ…」




「デザートです」

テーブルに並ぶデザートも豪華だった。

「……組長」
「……なぁに、健」
「毎日、こんなに豪華だったんですか……」
「今日は、更に…豪華だけど…」
「……兄貴、これ、店に…」
「それは無理」

健の言いたいことが解ったのか、言い終わる前に、えいぞうが応える。

「なんでぇなぁ。簡単そうやん」
「それでも駄目」
「………チェッ…解ったよぉ、もぉ」

健はふくれっ面になる。

「おいしぃ〜」

真子が言うと同時に、誰かが部屋にやって来た。

「失礼します。本日もありがとうございます。和んでいただきましたか?」

その声に振り返ると、誰もが口をあんぐり。
その人物は、この旅館で働く料理人。それも、ここに居る誰もが見たことのある料理人だった。

「就職先は、ここだったんですか!!」
「はい。真北さんから連絡を頂いてから、本当に困りましたよぉ。
 涼ちゃんの味に慣れてる真子お嬢さんを和ませる為に、
 どうすれば良いのか…って」
「えっ? えっ?? えっ?!?!?? どういうこと???」

料理人の言葉に驚く真子。

「隣の料亭で働いていた方ですよ」

やんわりと、ぺんこうが応えると、真子は素早く席を外れ、

「初めまして、真子です。この度は、本当に色々とたくさん、
 ありがとうございました。凄く、心が和みました」

姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「って、あの、その、真子お嬢様、その…あの……」

真子の態度に焦る料理人。
この真子の仕草は、むかいんから聞いていた。

これか…。

初めて逢う相手には、こっちが困るほどの丁寧さで挨拶をしてくださる。
それも、真北さんの教育らしいよ。

「どうでしたか?」

気を取り直した料理人が尋ねると、

「今日は一段と美味しかったです。更に量も多くなって、
 大変だったのではありませんか?」
「量が多いのは、慣れてますよ。料亭では、もっと凄い数で、
 さらに、種類も多かったですからねぇ」
「なぁ、このデザート、作り方教えてぇ」

健が突然、言った。

「お店のメニューにするんですね、健ちゃん」
「あったりぃ〜」
「後でレシピを持ってきますよ」
「やったねぇ」
「だけど、涼ちゃんの許可を取ってくださいねぇ」
「えっ…………………」
「だから、言ったんや。無理やぁって。観ただけで解るやろが」

どうやら、えいぞうは、デザートの雰囲気を観ただけで、誰の案だったのか、すぐに解ったらしい。

「このデザート、むかいんからなの?」
「えぇ。私の案は出尽くしましたので…」

照れたように応える料理人。

「やっぱり、涼ちゃんには、負けるよぉ」
「…むかいんの許可要るんやったら、無理や…」

和む真子達とは違い、健は急に落ち込んでいた。

「これを参考にしたら、ええんちゃうん?」
「そっか! そうしよっ!」

真子の言葉に何かを閃いたのか、健の表情が明るくなった。

「むかいんにばれたら、厄介やで…知らんぞ、俺は」

呟くように言って、デザートを口に運ぶ、ぺんこうだった。




夕食の片付けが終わり、部屋に布団が敷かれた。
が、
誰が、どこに寝るのかで、真北たちは悩み始める。
真子と真北の二人だけの日は、隣同士で良かったのだが、今は、五人も増えてしまった為、布団の並びも部屋一杯になっている。床の間に足を向けないようにと、床の間とは垂直に枕が並んでいる。入り口側に三つ、縁側の方には四つ並んでいた。
旅館は安全だが、部屋にはボディーガードが三人、警戒心の強い男が二人、増えている。誰もが、真子の安全を考えている為、まずは……、

「組長は、どこに寝ますか?」

まさちんが尋ねた。
真子は布団を見つめながら、暫く考え込んでいた。

「くまはち、ランニングに行く予定?」
「はい」
「ぺんこう、朝の稽古は?」
「体を動かしますよ」
「えいぞうさん、夜中出掛ける予定あるの?」
「こちらでは、無理ですね」

って、おいおい……。

誰もが普通にやり取りする言葉に、項垂れる。

「…それなら……」

真子がみんなの寝る場所を決めた。
真子は縁側の床の間に一番近い場所、その隣から、真北、まさちん、健と並び、入り口側の床の間から、くまはち、ぺんこう、えいぞうという感じになる。
ところが…。

「俺、端っこ嫌やぁ」

健が突然嘆き始める。

「あほっ。この順番が一番安全やろがっ」

えいぞうが健に言った。

「組長の……隣……」

健の思いは解っているが、そうなると、健の『癖』が出て、夜中に、真子の布団に潜りかねない。
そして、犬猿の仲であるそれぞれの二人を隣同士にさせるのは、一晩中、蹴り合いが起こる可能性も考えられる。それに、真北とぺんこうを隣り合わせにすると、二人のオーラで、真子が眠れなくなる。
頭が近いだけなら、大丈夫だろうという真子の考えでもあった。

「…駄目…なの?」

真子がウルウルとした眼差しで、健に言うと、

「これで、OKです!!!」

健は、ハキハキと応えた。

こりゃ、負けたな…。

誰もが、思ったことだった。



「お休みぃ〜」

そう言って、なぜか、真子の就寝時間に合わせて、誰もが床に就いた。
電気を消したくまはちが、布団に潜る。
暫くして、真子の寝息が聞こえてきた。
なぜか、まさちんと健も熟睡してしまう。
ここ数日、寝ずに動いていたことが解る。
まだ、目が冴えているぺんこうは、ふと思った。
まさちんよりも動き回っていた、くまはちとえいぞうは、眠る様子を見せていない。

なんか、寝づらいな…。

その二人に挟まれているぺんこうは、そう思った。
何かが動く気配がした。そして、冷蔵庫が開き、ガラスが当たる音がすると、冷蔵庫が閉まる。その後、縁側のドアが開く音が聞こえた。
冷たい風が、部屋を通り過ぎ、すぐに、納まった。
ぺんこうは体を起こした。
自分の頭の上の位置で寝てるはずの、真北の姿が消えていた。

「縁側や」

くまはちが、そっと伝えると、

「解ってる」

ぺんこうは、冷たく応え、布団に潜った。
顔を起こし、真子を見る。
真子は気付いていないのか、熟睡していた。

「…くまはち」
「ん?」
「毎晩、あぁなのか?」

真北の行動が気になるのか、ぺんこうが静かに尋ねる。

「時々な。酒に紛らせることがあるよ」
「昔は、そんなことせんかったやろ」
「四代目とよく飲んでいたよ」
「…慶造さんは、酒に弱かったのに?」
「翌朝は、大変だったって」
「……なぜ、酒に頼るんだよ……」

ぺんこうは、気になるのか、くまはちに尋ねる。

「知るかっ。自分で聞け」

そう応えて、くまはちは、ぺんこうに背を向けた。
暫く沈黙が続く。
ぺんこうは寝返りを打った。
えいぞうの方を向いた途端、起き上がり、足を忍ばせて、縁側に向かっていった。
縁側のドアが閉まった途端、くまはちとえいぞうが体を起こした。

「あらら……知らんで、俺…」

えいぞうが言うと、

「大丈夫や。組長が居る」

くまはちが自信満々で応えた。
えいぞうは、ちらりと真子を見る。

「そうやな。組長を起こすことになる」

そう言って、えいぞうは優しい笑みを浮かべた。


ぺんこうと真北の仲こそ、真子の心に強く影響する。
もし、二人がお互いに何かを起こせば、真子が激しく感情を乱してしまうだろう。
それは、誰もが知っていることだった。




一人縁側に腰を掛け、前日の真子との事をふと思い出しながら、酒を飲んでいた真北は、縁側にやって来た男に気付きながらも、何も言わずに、飲み続けていた。

「いつからですか」

縁側に出てきた男・ぺんこうが、真北の後ろに立って、尋ねた。

「いつからだろな」

真北は、冷たく応えるだけだった。

「はぁ…あのね…。あまり飲むと次の日に影響するでしょう?」
「大丈夫。俺は一週間の休暇やぁ。…本堂に聞いただろが」
「えぇ」
「…で、どうした? 眠れないのか?」

ちょっぴりからかうように、真北が尋ねると、

「あのメンバーで熟睡できるわけないでしょう!」
「そうか? まさちんと健は熟睡しとるやろ」
「二人は別でしょう! 両隣のオーラで、目が覚めますよ」
「しゃぁないやろ。くまはちは元から、えいぞうは、あぁ見えても
 真子ちゃんを守る為には、無茶をする男や」
「改めて言われなくても、解ってます」
「眠れないなら、俺の場所で寝ておけや」
「……それは、私を試してるんですか?」
「さぁ、それは、どうだかねぇ…」

軽く交わすように、真北は言って、振り返る。

「一緒に飲むか? こういう時くらいは、ええやろ」

ぺんこうを誘うと、

「そうですね。今日くらいは、お言葉に甘えますよ」

刺々しく応えて、ぺんこうは、真北の隣に腰を下ろした。
ぺんこうにグラスを手渡し、アルコールを注ぐ。
ぺんこうは、一口、口に含んだ。

「きつ…」

アルコール度数の高いもの。ぺんこうは、アルコールに強いが、度数の高い物を突然口にするのは、慣れていなかった。それでも、一口、二口と飲んでいく。その飲みっぷりに、真北は少し驚いていた。

「本当に強いんだな、ぺんこうは」
「家系でしょうね」

と言って飲み干すぺんこう。

「そうやな」

ぺんこうのグラスに新たに注ぐ真北は、姿勢を崩し、空を見上げた。

「このまま…無事に卒業できるんかな…」

真北が呟く。

「組長が無茶な行動をすると、それ以上に無茶な行動をする
 男達が居る限り、もう、何も起こらないでしょう?」

ぺんこうは、真北をちらりと見る。
真北は、笑みを浮かべていた。

「無事に卒業できますよ。担任の私が言うんですから」
「そうやな。…でも、その担任は、自分の思いから
 卒業させないかもなぁ…」
「…そういう手がありましたね…気付きませんでした」
「おいおい」

ぺんこうも空を見上げた。

「でも…そうするつもりなら、教師を辞めるとは言いませんよ」
「……心配掛けるなって…ほんとに」
「私の夢…でしたから。教壇に立って、組長を生徒に迎えて
 普通の暮らしをさせるということは」
「教師が夢だったろが」
「その夢は、組長のお陰で叶ったんですから、その先の夢ですよ」
「ほぉ、知らんかったなぁ」
「誰にも言いませんでしたから」

ぺんこうは、アルコールを飲み干した。

「今回の行動。…私は許しませんよ」
「お前には関係ないだろが」
「親が娘を無断欠席させるのは、教育上、良くありませんっ!」
「ほっとけ」
「…あぁのぉねぇぇぇっ。あなたは、どうして、いっつも…」
「俺の思いだ」

真北は短く言って、ぺんこうからグラスを取り上げ、アルコールを注ぐ。そして、一気に飲み干した。

「俺にとって、大切な人だ。周りの無茶な行動に
 振り回されるのは、御免だからなっ」
「本音ですか?」
「改めて聞くなっ」

荒れている。
真北にしては、珍しいこと。

「そんなに……まさちんの行動は…」
「あいつら、どこまで激しく動けば気が済むんや。…お陰で
 俺まで影響しとるやないかっ。……その跳ねっ返りが
 真子ちゃんを狙いそうな事くらい、予測付くだろが」
「今のまさちんでは、まだ、無理でしょう?」

ぺんこうが言うと、真北は首を傾げた。

「どういう意味や」
「連絡が取れない二人が、どういう行動を取るか。それも、
 そのうちの一人が、あなたなんですよ? 大体、想像できるでしょう?」
「そうやなぁ」
「なのに、探し回っていたんですから。組長の居る場所くらい、
 自然と嗅ぎつける男が、今回ばかりは、出来なかった。
 それは、組長が無事だということも関わってますが、いつもなら
 すぐに探し当てるはずでしょう」
「直ぐに見つかると思っていたのは、そうやけど…」
「だから、まだ、本調子じゃないんですって」
「…………そうは見えん」
「はぁ……あなたこそ、大丈夫ですか? よっぽどだったんですね」

呆れたように言ったぺんこうは、真北のグラスを取り上げ、アルコールを注ぎ、一気に飲み干す。まるで、誰かさんと同じ雰囲気で…。

「あの事件での後遺症でしょう。だからこそ、手加減も出来ずに
 そのような行動に出たとも、考えられますよ」
「ぺんこう…お前……」

真北は、鋭い眼差しで、ぺんこうを睨み付けた。

「なんですか」

冷たく応えたぺんこうは、負けじと真北を睨み上げる。
異様なオーラが、漂い始めた。
今こそ、始まる…。そんな雰囲気だった。




熟睡していた真子が、突然体を起こした。

「!!!!」

それに反応したのは、くまはちとえいぞう。同じように体を起こし、真子を見た。

「真北さん…ぺんこうっ!」

真子が布団に居ない二人に気付き、急に探し始めた。そして、縁側から感じる物に反応し、縁側に向かおうと腰を上げた時だった。

「組長っ!」

くまはちが、真子を抱きかかえる。

「…くまはち…真北さんとぺんこうが……また…」

声が震えていた。
くまはちは、真子を力強く抱きしめる。

「大丈夫ですよ。あの日、約束したでしょう? もう、しないと」
「解ってる。だけど……あの雰囲気……」
「大丈夫です」

くまはちの強い言葉に、真子は落ち着きを取り戻した。

「どうして、二人っきりにしたんよ…もう」

真子はふくれっ面になる。

「すみません。たまには、二人っきりの方が…と思ったんです…」
「こういう時くらい…いいよね…」
「えぇ」
「ありがとう、くまはち。えいぞうさん」
「お気になさらずに」

二人が同時に応える。
思わず笑みを浮かべる真子だった。

「本当に…大丈夫なの…?」

何となく、オーラが変わった事に、真子は心配する。

「それは、どうでしょう…」

それには、くまはちの自信がちょっぴり、崩れた。

「くまはち…二人のこと……」
「そうですね。そろそろ誰かが参加しないと、大変でしょうから」

そう言って、くまはちは真子から離れ、えいぞうに合図を送ってから、縁側に向かっていった。

「くまはちに任せておけば、大丈夫ですよ」

優しく言いながら、えいぞうは真子の側に腰を下ろした。

「眠りましょう」
「…眠れない……目が…覚めちゃった!」

真子がかわいく言うものだから、えいぞうは一瞬、我を失った。

「それでも、寝てください」

そう言って、真子を強引に寝かしつける。

「……久しぶりに…何か語ってよぉ」
「そうですね。何が良いですか?」

えいぞうは、真子の隣の布団に寝転び、肘を立て、真子に微笑む。

「懐かしい話がいいなぁ」
「かしこまりました。……では……」

えいぞうが小さな声で語り出す。
それは、面白可笑しいものだから、真子は時々笑っていた。




くまはちが縁側に出てきた。
ぺんこうと真北が振り返り、

「気にするな」

声を揃えて言った。

「組長が心配してますから」

やんわりと応えるくまはちに、二人は苦笑い。

「だから、途中で納めたのになぁ」

またしても、声が揃う。

「真北さん、代わりますよ。昨日までは、二人に任せていたんでしょう?」

真北が縁側に出てきたのは、見張りのため。

「お見通しかよ」

チッと舌打ちをして真北は、大きく息を吐いた。
真子と二人っきりの時は、真子にばれないようにと、えいぞうと健に旅館の周りを見張らせていたようで…。

「組長も御存知だと思いますよ」
「それは、無いさ」
「……組長に悟られないようにと、振る舞っていたら、そりゃぁ、ねぇ」

嫌味を含めて、ぺんこうが言った。

「ほっとけ」

真北はアルコールを飲み干した。
部屋から、真子の笑い声が微かに聞こえてくる。

「えいぞうに任せたんか?」

眉間にしわを寄せながら、ぺんこうが尋ねると、

「紛らわせるのに、一番向いてる」

真子の気を、縁側に向けさせない為の行動だと、くまはちは強調する。

「悪かったな…」

ふくれっ面で、ぺんこうが応えた。
それには、真北が思わず笑ってしまう。

「真北さんもですよ」

くまはちが短く言うと、真北の顔から笑顔が消え、

「反省してます……」

小さくふくれっ面になって、そう言った。
思わず笑いそうになる、ぺんこうとくまはちだった。

「真子ちゃん…眠ったみたいだな」
「えぇ」
「ぺんこうも、部屋に戻れよ」

真北が優しく言うと、

「そうですね、そうします。組長の隣をお借りしますよぉ。
 ごちそうさまでした、おやすみなさい」

ちょっぴり弾んだ声で言うと、ぺんこうは部屋に戻っていった。

「真北さん、組長の隣って…」

少し慌てたようにくまはちは言うが、

「……真子ちゃんの隣…空いてたらなぁ〜」

何やら解っているかのように、真北が応える。
その意味は……。



ぺんこうが部屋に戻ってきた。しかし……。

「………お前まで寝入るなよ……」

えいぞうが、真子に物語を語ったまま、自分も眠ってしまった様子。
それも、真子の手を握りしめたまま……。

ったく、こいつも………だからなぁ。
しゃぁないか。

ぺんこうは、忍び足で自分の布団までやって来て、そして、そのまま、床に就いた。
えいぞうに背を向ける形で……。



縁側の二人は、えいぞうの行動に気付いていたらしい。

「解りそうな事やろて…ったく」

真北は、空を見上げた。

「……で、くまはち」
「はい。真北さんの仰った通りでした。………」

くまはちは、静かな声で真北に何かを報告した。




明け方。
真子が目を覚ますと、隣に真北が眠っていた。
ふと頭を上げると、くまはちとぺんこうの姿は見当たらない。どうやら、二人は一緒にジョギングに出掛けた様子。真北の体を通り越して目をやると、まさちんと健も眠っていた。襖が開く音が聞こえた。

「ありゃ、組長、珍しく早起きですね」

えいぞうだった。
朝風呂に入ってきたのか、さっぱりした雰囲気の中、妙に浴衣姿が似合っていた。

「えいぞうさん」
「はい?」

真子に呼ばれて近寄ってきたえいぞうだが、

「…って!! ちょ、ちょっと、真北さんっ。何もしませんって!!」

真北に睨まれてしまった。

「組長、何ですか?」
「くまはちとぺんこうは?」
「二人揃って、ジョギングに行きましたよ。私も一緒に目覚めたんですが
 私は、ひとっ風呂浴びてきましたので、この姿です」
「やっぱり、二人揃って出掛けたんやなぁ。大丈夫かな…」
「大丈夫でしょう。…で、私に何か?」
「あっ、その………。……えいぞうさん…浴衣が似合ってる…」

真子が頬を赤らめて、そう言った。

「ありがとうございます〜と、私にとっては喜ばしい事やけど、
 直ぐに着替えますねぇ。これ以上、睨まれるのは嫌なのでぇ」
「私は良いのにぃ」

真子は、布団の上に座って、えいぞうに微笑んでいた。
いつの間にか目を覚ましていた、まさちんと健も、えいぞうを睨み上げていた…。



真子達は着替えを済ませ、布団を押し入れにしまい込んだ頃、くまはちとぺんこうが帰ってきた。

「悔しいなぁ」
「まだ言うかっ」
「体力、落ちてたんちゃうんかよ」
「あれから鍛え直したんや。直ぐに勘も取り戻した」
「あれ以上、スピード出すとジョギングちゃうしなぁ」
「お帰りぃ」

真子に出迎えられる。

「ただいま戻りました……組長、早起きですね…」

二人が驚いたように声を揃えた。

「毎日、この時間だったけど……早かったの??」
「えぇ」
「ねぇ、どうだった? 紅葉、綺麗だったでしょう??」

真子が輝く眼差しを向けてくる。

「えぇ。凄く綺麗でした。なので、思わず遠くまで足を伸ばしそうに
 なりました。…ぺんこうに引き留められなかったら、そのまま
 走っていきそうな感じでしたよ」

真子に負けじと、くまはちも、素敵な笑顔で応えていた。

「真北さん」
「なんでしょう」
「今日は、みんなで散歩しよう!」
「そうですね」
「じゃぁ、山頂!」

真子の言葉に、真北は絶句……。

「頂上から観てみたいですね、紅葉を」

真子の言葉に賛成するかのように、ぺんこうが言うと、

「頂上でゆっくりとしよう! ねっ、真北さん」
「は、はぁ……」

真子ちゃん…忘れてますね…。

真子と真北の数日を観ていた二人は、真北の顔色が、ちょっぴり青くなっている事に気付き、

組長、忘れてる…。

真北のことを考えて、そう言いたかったが、これは楽しいことがある!と踏んだのか、何も言わずに居た。

こりゃ、ぺんこうが反撃に出てるな…。

くまはちは、そう思いながら汗を流しに、露天風呂へと向かっていった。



真子達は朝食を済ませた後、暫くくつろいでから、真子が言った頂上へ向かって、歩いていった。
真子の足は軽やか。
まさちんは真子に付いていくように歩く。
ぺんこうは真子と一緒に並んで歩き、えいぞうと健は、辺りを警戒しながら歩いていた。
くまはちが、えいぞうと健に何かを告げる。

ジョギングがてら、片付けておいたから。
…って、ぺんこうも一緒にか?
しゃぁないやろ。止めても無駄やし。
だからって、ばれてないやろな。
ばれないようにと、この行動や。
確信犯やなぁ、ぺんこうは。

そんな会話は聞こえてるはずの真北だが、やはり、向かう先が、それだけに、余裕無し。

「ね、真北さん。凄く綺麗だったもんね!」

一度観た景色を話していたのか、真北にも話しかけてきた。

「えぇ。凄く…綺麗でしたよ」

行ったことを覚えているなら、忘れないでくださいぃ〜。

目で訴えるが、真子には通じない。
ちょっぴり哀願する真北の眼差しに、まさちんと健だけは気付いていた。

「……真北さん、二日酔いか?」

まさちんが健に、そっと尋ねる。

「いいや、そっちは大丈夫やろうけど、こっちがあかんのやろなぁ」

健は何となく嬉しそうな感じで答えていた。

「ふ〜ん」

さっぱり解らん。

このメンバーでは常に取り残されてしまう、まさちん。

「ねぇ、まさちん、まさちん」

真子が呼ぶ。

「はい何でしょう」

急いで真子の隣に歩み寄るが、ぺんこうに睨まれる。
その眼差しに気付き、負けじと、ぺんこうを睨み返す。
ぺんこうは、まさちんを睨み、まさちんは、ぺんこうを……。

「…お前ら、ええ加減にせぇや…」

くまはちのドスの利いた声が静かに響く。

「すみません…」

声が揃って、また、睨み合う……。
その後、少し鈍い音が聞こえた。



(2007.5.24 UP/ 改訂版2017.3.12)



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