〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



その1 最強の二枚目護衛人

くまはちっ!!!
一週間の休暇っ!


東京駅に到着した新幹線から、くまはちが降りてきた。
未だに耳にこびりついている、真子の言葉。

ったく、組長は……。


久しぶりに実家に戻りなさぁい!

真子の言葉の裏にある思いを悟り、くまはちは、真子の言葉に従った。

さてと。

持っていた鞄を片手に抱え、とある場所に向かって走り出すくまはちだった。




くまはちは、阿山組組本部の門を一人でくぐっていった。
門番が、くまはちの姿に気付き声を掛ける。

「あれ? くまはちさん、徒歩ですか?」
「いいや、走ってきた」
「…駅からですか?」
「まぁ、いつもの事だけど」
「そうですが、連絡頂ければお迎えに…」
「俺は、そういう立場じゃないからさ。……親父…居るのか?」

静かに尋ねるくまはち。

「いいえ、まだ、お帰りでは…」
「小島のおじさんと一緒だよな…」
「えぇ……組長が怒りそうな状態なんですけど…」
「すでに、怒った後」

そう言って、素敵な笑顔を向けて玄関へ歩き出す。

それでお一人ですか…。

門番は、ホッとした表情をして、仕事に戻る。


くまはちが、向かうのは、山中の部屋。廊下ですれ違う組員達は、深々と頭を下げる。くまはちは、軽く挨拶をするだけだった。



山中の部屋。
くまはちは、ドアをノックする。

「くまはちです」
『入れ』
「失礼します」

部屋にはいると、山中は深刻な表情をして書類を見つめていた。

「くまはち、本当に、こんなにも?」

静かに尋ねる山中。

「ほんの少しですよ。残りは、持参しましたが…」

と言って、山中の目の前に書類を山積みするくまはち。

ぎょっ……。

目が点になる山中だった。

「これ……全部、俺にやれと?」
「目を通していただくだけで大丈夫です。あとは、私が」
「あまり派手に動くと、俺が猪熊さんに怒られるだろが」
「先にお渡ししている分が関東方面なので、そちらだけお願いします」
「解ったよ。……あまり無茶するなよ」
「ありがとうございます」

山中は、一礼するくまはちを見つめていた。

「……なんでしょう?」

山中の目線に気付いたくまはちは、不思議に思いながら尋ねた。

「いいや、その昔の事を思い出してな……」
「昔……?」
「ちさとさんがご健在の頃だよ」
「………ほとんど記憶に無いんですが……」
「色々と遭ったもんな…くまはちも」
「えぇ」
「で、一週間、休暇なのか?」
「組長に怒られましたからね……」

苦笑いするくまはちだった。


くまはちが山中の部屋を出て行った。
山中は、くまはちから渡された書類に目を通し始める。

ほんと、八造くんは、昔っから凄腕で、優しいよな。

遠い昔を思い出す山中。

それよりも、未だにあの思いを抱いているのかな…。
忘れたような雰囲気だったけどな…。

そう思いながら、書類をまとめ始めた。




くまはちは、真子の部屋へと足を運ぶ。
真子の側に付く事になった頃、毎日足を運んでいた場所。
そして……。

真子に言われた品物を手に取り、鞄に入れる。そして、部屋を出て行った。
廊下から見える庭。そこから、少し目に留まりにくい場所には、出入り口があった。くまはちは、歩みを停めて、その場所を見つめていた。

よく……出入りしてたよな…。

くまはちの心の奥底に、未だにある思い。
それは、一生、遂げる事はないだろう。

気を取り直したくまはちは、玄関へ向かう。そして、素早く阿山組本部を出て行った。
行き先は………。




見慣れた道、そして、通い慣れた道。見慣れた屋敷が見えてきた。
大きな門の前に立つ。そして、そっと門戸を開け中へ入る。玄関の前に立ったくまはちは、何かを思い出した。
懐に手を入れ、キーケースを取り出した。
ケースを開け、中に納めている鍵を探る。そして、その一つを手に取り、じっと見つめていた。




もう、気にせずに、いつでも帰ってこい。
春ちゃんも待ってるからさ…。




そう言って、父の猪熊修司は、くまはちに自宅の鍵を手渡した。
それは、あの日…。
真子が記憶を失っていた頃…、そして、父親の思いに激怒したあの後、大阪に帰る前にもらった鍵……。



くまはちは、その鍵を差し込んだ。

静かに戸を開ける。

「…ただいまぁ」

誰も居ない事は解っているが、そこに居るだろう『心の人』に声を掛ける。

お帰りぃ〜八造!

声が聞こえた気がした。




くまはちは、家に上がる。そして、リビングに荷物を置き、和室へ足を運ぶ。
そこには、ひっそりと置かれている仏壇があった。
電気を付け、ろうそくと線香を立てる。

お母さん、ただいま。久しぶりに帰ってきましたよ。
組長に、休暇を頂いたので…。

手を合わせて、亡き母に心で告げるくまはち。

遺影の母が、優しく微笑んでいた。


部屋着に着替え、キッチンで飲物を用意する。そして、リビングに戻ってきた。
テレビのスイッチを入れ、チャンネルを替えていく。
飲物を一口飲む。
ソファにもたれかかり、背伸びをする。そして、くつろぎ始めた。
上着の内ポケットから、携帯電話を取り出し、テーブルの上に置いた。
連絡は入っていない。
それもそのはず。

くまはちは、休暇だから、誰も連絡するなっ!

と真子が、須藤達や組員に強く告げているから……。
くまはちは、ソファに寝転んだ。

そういや、昔、親父もこうしていたよな…。


真子の父・阿山慶造の仕える身の父。時々、休暇を与えられて、何もする事が無いのか、リビングのソファに寝転んで、のんびりとしてた事を思い出す。
ふと、窓の外の庭に目が移った。

手入れ………。

身に付いた何とやら。
くまはちは、起きあがって庭に出た。

庭木の手入れを始めたくまはち。
真子のボディーガードになる前まで、毎年正月には、この庭で家族揃って写真を撮っていた。
そして、ほんの数年前、久しぶりに写真に納まった。
それから五年。一度も納まる事はなく…。

今年は、久しぶりに……。
組長も、正月には帰ると言ってたもんなぁ〜〜。
………。
……………………。あっ!!!

本部に足を運ぶ仕事を思い出したくまはち。

組長に頼まれていたっけ……。
帰りでいいか…。

真面目なくまはちにしては、珍しい考えだった。


庭木の手入れも終え、その足で、家の奥にある道場へ向かう。
道場の中央に立ち、目を瞑って何かに集中する。
拳を突き出した。
蹴りを数発、差し出す。
回し蹴り。
肘鉄、拳を突き出す、蹴り上げる。

「ハッ!」

気合いを入れて、再び回し蹴りをする。
構える。
その時だった。
ふと目の前に誰かの気配を感じた。

えっ?!???

目を凝らす。
しかし、そこには、何もない。

まさかな……。

姿勢を正し、呼吸を整える。

あの日に決めた事……一生、実行出来ないよな…。

あの日、待っていた人物は、すでにこの世を去っている。
身に付いたモノは簡単に変える事は出来ない。
それは、あの日の事が、未だに心に引っかかっているから………。

身を挺して、大切な人を守る。

自分は、そうなりたくなかった。
だけど、いつの間にか、そうありたいと思うようになっていた。
自分でも解らない。

くそっ!!

くまはちは、連続で回し蹴りをしていた。



一汗流したくまはちは、シャワーを浴びて、上半身裸のまま、リビングへとやって来る。
大阪では、することの無い姿。
棚から、アルコールの瓶を取り出し、グラスと氷を用意する。
氷を入れ、アルコールを注ぐ。
そして、一口飲んだ。
ふと目に飛び込んだ飲物。

「あっ……」

自宅に戻って、自分で用意したものなのに、すっかり忘れていた様子。

やっぱり、ここに居ると、何かが狂うよ……。

ソファに寝転ぶくまはち。
大きく息を吐きながら、天井を見つめていた。

玄関の扉が開き、誰かが入ってきた。

「……あらら??? ……八造君、帰ってるのか?」

玄関に置いてある靴を見て、誰が帰ってきたのか解ったのか、一人の男が口にした言葉。しかし、誰も玄関先に姿を見せる様子が無い。男は、気になりながらもリビングへ顔を出した。
くまはちは、ソファで眠っていた。

「八造君、そのままだと、風邪引くぞぉ」

その声に、片目を開けるくまはち。

「三好さん……………何してんですか?」

そこに立つ男こそ、父の側近であり、猪熊家の世話係である三好という男だった。父と同じくらい歳を取っているが、元気な姿は、変わっていない。それよりも、すでに世話係を外されたと思っていたくまはちは、驚いたように声を掛けていた。

「それは、私の台詞ですよ、八造くん」

優しく声を掛ける三好。

本当に、変わってないな…三好さんも。

「組長に休暇をもらったので、久しぶりに……」
「……また、初心に戻りに来たんですね」

図星……。

「は、はぁ…組長に、言われてしまいましたので……」
「あまり、五代目に心配掛けないように」
「何度も耳にしてまぁす」

そう言って、笑い出すくまはちだった。

「それで、三好さんは?」
「私は、修司さんが帰ってくる準備…………あっ……」

三好は、内緒と言われていた事を想いだしたのか、慌てて口を噤んだ。

「知ってますよ。五代目に内緒で、小島のおじさんと海外ですよね」
「は、はぁ…まぁ……五代目、御存知だったんですか…」
「五代目ですから」
「そうですね」
「………親父、今日帰ってくるんですか?」
「そうですよ」
「……で、未だに……側に?」
「もしかして、八造君」
「はい?」
「私、お暇をもらったと思っていたとか……?」
「その通りです」

くまはちの言葉に、肩の力を落とす三好だった。

「ち、違ったんですか???」

焦ったように言うくまはち。

「大阪での抗争の後、四代目に言われたでしょう」
「えぇ。その時に、三好さんも…と思ったんですが…」
「確かに、そちらの世界には戻ってくるなと言われましたけど、
 修司さんのお世話係は、変わってませんよ」
「そうだったんですか。あれ、でも、正月……」
「…………八造くん」
「はい」
「御存知無いんですか…」
「な、何がでしょうか」
「…私、孫……居るんですけど…」

三好の言葉に、口をあんぐり開けたままのくまはち。
真子のボディーガードとして生きる為に、この家を出てからは、猪熊家の事を全く気にしてなかったくまはち。家族の事は、本当に頭に入っていない。

「本当に、五代目の事しか、頭に無いんですね……」
「あっ、いや、その……それが…私ですから…」
「本当に…真面目なんですね……」
「えっ?! 真面目……?!? 私がですか????」

こういうおとぼけの所…変わってませんね。

なぜか、嬉しく思う三好だった。

「さてと。そろそろお戻りになる頃ですね」
「本当に帰ってくるんですか…」
「夕方になると連絡頂きましたからね」

そう言って、キッチンへ立つ三好。

「八造くんの分も含めて四人分ですね。以前よりも食べますか?」
「三好さん、自分の分は、自分で作りますから」
「一人分増えるだけでしょう? 同じ作るなら、気にしませんよ」
「あっ、いや、その……俺………二人分…」
「………食べ盛りは過ぎたでしょうが……」
「すみません…やはり、私も…」
「……八造君、料理…」
「これでも、組長専属の暴れん坊料理人から、直々習ってますからね」

くまはちは、三好の隣に立ち、料理の用意を始めた。
その手つきに見惚れる三好。

「娘も、これくらい上手くなったらなぁ〜」
「娘さんですか?」
「男二人に女三人。賑やかですよぉ。まぁ、猪熊家には負けますけどね」
「お孫さんは?」
「子供達みんな所帯を持ちましたから、末広がりに増えてますよ」
「更に賑やかですね」
「楽しいですよ」
「そうでしょうね」

そう応えたくまはちは、美玖と光一の事を考えていた。




派手な服装を身につけた男が二人、阿山組本部から出てきた。
いい加減そうな雰囲気の男・小島隆栄と、二枚目に真面目も加わって、近寄りがたい雰囲気を醸し出している男・猪熊修司の二人だった。小島は、何かを楽しみにしているような表情をしているが、猪熊は、眉間にしわが寄っている。

「猪熊ぁ〜、そんな面すんなよ」
「うるさい」
「山中から聞いた途端、そんな雰囲気って…」
「あいつ…五代目の怒りに触れるようなこと……何度目だっ」
「って、怒りはそこかい!」
「あったりまえだっ!」
「そんなん言うてたら、猪熊の方が五代目に怒られるんちゃうか?」
「なぜだ?」
「若い者の指導だけに徹底するように…そう言われてたよなぁ」
「うっ……」

言葉に詰まる猪熊は、歩みを停めた。
目の前に、猪熊家の屋敷がある。なぜか、門をくぐる気持ちになれず、躊躇っていた。

「おいおい……」

そう言って、猪熊の腕を引っ張って、まるで自宅のような雰囲気で、小島は入っていった。



『たっだいまぁ〜』

キッチンで食事の準備をしていた三好とくまはち。

「…帰ってきた…」

くまはちが呟く。その声には少し緊張感がある。

「おう! 八っちゃん、とうとうクビかぁ?」

リビングに人の気配を感じ、くまはちは振り返る。

「おじさん……………」

言葉が詰まる、くまはち。握りしめる拳がプルプルと震え出す…。

「……何してんですかっ!! それよりも、その服装……」
「旅行帰りやもん。…ハワイぃ〜〜」

そう言って、フラダンスのように腰をくねくねし始める小島。
その小島の頭に拳を一発…。

「いてっ! 猪熊、お前なぁ〜」
「着替えてくる」

そう言って、猪熊は自分の部屋へ向かっていった。

『三好』
「はっ、すぐに」

呼ばれて直ぐに応対する三好。

「八造くん、後は並べるだけですから」
「解りました」

三好は、キッチンを出て行く。
くまはちは、三好に言われたように、出来上がった料理をテーブルに並べていく。そこに、小島が加わってきた。

「おじさん、いいですよ。座ってて下さい」

その声は、少し怒っている…。

「八っちゃん、怒ってるやろ?」
「どうしてですか?」
「滅多に見ない猪熊の姿見て」
「いいえ。別に。ただ、驚いただけですよ。あのように派手な服を
 着て帰ってくるとは思いませんでしたからね」
「まぁ、そうやなぁ。八ちゃんが物心付いた頃には、すでに、くそ真面目な
 ボディーガードだったもんなぁ〜猪熊は」
「初めて見る姿だったので。……おじさんの影響ですか?」
「ちゃうちゃう」
「……もういいです」

ふてくされたような表情で料理を並べていく、くまはち。小島は、そんなくまはちの肩に手を回した。

「なんですかっ!! おじさんっ!! ちょ、ちょっと!!」

まるで女性を口説くような感じで、くまはちの耳元に口を近づける小島。

「あんまり、猪熊を苛めるなよぉ〜」
「どういう意味ですか?」
「……やっぱし、八っちゃんは、覚えてないんか…」

そう言って、くまはちから離れ、椅子に座る小島。

「剛(ごう)ちゃんの年齢と猪熊の年齢、計算してみぃ」

小島に言われたくまはちは、父の修司の年齢と、長男の剛一の年齢を思い出し、計算し始めた。

「………十六………?」
「猪熊、俺よりも女に手ぇ付けたん早いんやでぇ。…確か、十二?
 小学六年生で、すでに春ちゃんとぉ〜………すまん…八っちゃん」

くまはちの表情が暗くなった事に気付いた小島は、がらりと雰囲気が変わり、真面目になる。

「…やっぱり、未だにそこ……」

小島は、くまはちの胸に人差し指を当てる。

「残ってるんだな…というより、押し込めたんだろ」
「おじさん…」
「……実はな、猪熊…未だに気にしてるからさ…」
「親父が?」
「あぁ。…だから、俺が誘って……こうして過ごしてるんだよ」
「…こうして……もしかして、親父に復帰を促したのは…」
「俺。…あの日、阿山が亡くなった後、五代目に言われただろ。
 生きて下さい…って。そりゃぁ、しばらくは、剛ちゃんや武史くんたちが
 居ったから、寂しさは紛れてたけどさ。子供達は巣立っていくだろ」
「そうですね。今は、この家には…」
「猪熊一人だろ。…賑やかだった家に、たった一人で住んでいるとなると、
 古傷が出てくるんだって。……やばかったんやからな…」
「…まさか、親父……」
「八っちゃんの思考回路には、無いやろ」
「……この身は、阿山家の為にある………なのに、親父…」
「まぁ、考えてもみりゃ、解るわなぁ。あいつが守るべき男は、すでに
 この世を去っただろ」
「えぇ」
「虫の知らせっつーの…本当にあるからなぁ。…久しぶりに遊びに来た時に、
 ちょぉ〜ど…………」

そこまで言って、小島は口を噤み、いつものいい加減な雰囲気に変わる。

「八っちゃぁん、ほんまに、クビになってんなぁ〜。料理まで覚えてからぁ」

小島の口調で、猪熊と三好が戻ってきた事に気付くくまはち。

「クビじゃありませんっ!!! 休暇を頂いただけです!」
「だってさ、猪熊」
「知るかっ」

冷たく応えて、猪熊は、ソファに腰を下ろした。三好がキッチンへ戻ってくる。そして、箸を並べ始めた。

「八造君は、休暇中は、ここ?」
「そうですね。……親父の見張りですよ」
「もしかして、五代目…」

小島が恐る恐る尋ねてくる。

「その通りです」

ハキハキと答えるくまはち。その言葉を耳にして猪熊は、肩の力を落としていた。


「いただきます」

くまはちは、静かに食べ始める。
父を目の前にして、ちょっぴり緊張してるくまはち。それでも、食べる量は、いつもと同じだった。


食後の珈琲を煎れる小島。
素敵な香りに心を和ませながら、リビングのソファに腰を掛けているくまはち、猪熊、そして、三好。
何話す事も無く、ただ、座っているだけの三人に、業を煮やしたのは小島だった。

「あのなぁ〜、久しぶりに顔を合わせた親子だろが。何か話せ」
「うるさい」

猪熊は短く応える。

「八造君、明日も、のんびりしておくか?」
「墓参り……」
「…修司さんも御一緒にどうですか?」
「…二人で行け」

…機嫌悪ぅ〜。

そう思いながらも、小島はコーヒーカップをそれぞれの目の前に置く。三人は同時にカップを手に取り、一口飲む。

「やはり、おじさんのコーヒーの方がおいしいですね」
「当たり前や。栄三のは、心がこもってへんからな。よくあれで
 客商売してるよなぁ〜」
「おいしいという評判ですよ」
「………て言うことは、もしかして、身内には…手ぇ抜いてるんか…。
 ったく、栄三らしいなぁ〜」

珈琲をすする小島。

「そや、八っちゃん、土産ぇ」

そう言って、鞄の中から、一冊のファイルを取り出す小島。それを、くまはちの膝の上に、ドカッと置いた。くまはちは、不思議に思いながらも、表紙をめくる。

「…っ!!!! おじさん、これ……」
「文字通りやねん。…それ、調べに行ってたんやぁ」
「ハワイにですか?」
「帰りに寄っただけ」
「さよですか…」

くまはちは、ページをめくっていく。そこには、くまはちも知らない驚く情報が事細かく書き込まれていた。

裏の組織の情報。
今はリックが、黒崎と協力して、ライ亡き後の組織を束ねている。しかし、あの壮絶な闘いの後、全世界に散らばった組織の残党が、未だに真子を狙ってくる。
何度となく、危機にさらされ、怪我を負っている。
その事で、先日、真子に怒られたばかり……。
くまはちが、まさちんの代わりをする事になり、まさちんが居た頃、くまはちが行っていた『影で守る』事を、キルが仕事がてら行う事に決定し、そして、今に至る。
くまはちが、真剣に目を通しているのを傍らに、猪熊は、珈琲を飲み干した。

「おかわり」
「はいよ」

絶妙なタイミングで珈琲を煎れる小島。

「おじさん、これ、どうするつもりだったんですか? 誰に…」
「山中に渡すつもりやった。だけど、八っちゃんが帰ってきたと聞いてだな、
 山中は、八っちゃんに…って。……何か遭ったんか?」

心配そうに尋ねる小島。

「いいえ、何も」

素っ気なく応えるくまはち。
しかし、その応え方は、どことなく、誰かに似てる…。

「…ほんま、八っちゃんは、猪熊にそっくりやなあ〜。似たらあかんって。
 こんなくそ真面目な男に」

言い終わると同時に、鈍い音が聞こえる。
猪熊の拳が、小島の腹部にめり込んでいた。

「!! って、親父っ! おじさんは…」
「腕の動き以外は、元に戻ってる。道先生の技術でな」
「だからって、何も、本気で…」
「大丈夫だって。軽いもんだしぃ〜」

ふざけた口調に、少し苛立ちを見せるくまはち。

「あぁ〜っ!! 今、栄三そっくりやと思ったやろ!!」
「っっっ〜〜っ!!! おじさんっ!!」

くまはちは、怒り任せに立ち上がった。

小島相手に、本気になるなって…ったく……。

小島とくまはちのやり取りを横目で見ながら、のんびり過ごす猪熊だった。


小島が帰ったのは、夜十一時を過ぎた頃。
迎えに来た男と一緒に帰っていく小島を見送って、

「はぁ〜〜あ、疲れた」

同時にため息と言葉を発した猪熊とくまはち。そして、同じような足取りでリビングへ戻ってきた。
すでに三好が片づけを終えている。

「三好さん、私が…」
「気になさらずに」

くまはちの言葉を軽く返す三好。

「三好、今日はどうする?」
「私も帰りますよ」
「送るぞ」
「……………隣なんですけど……」

直ぐに対応出来るようにと、猪熊家の隣に家を建てた三好。

「隣だったんですか?!?!」

三好の言葉に驚くくまはち。

「八造ぅ〜。ほんまに家族に興味ないんだな……」
「いや、その…親父……それは……」
「俺が言った事だから、仕方ないけど、片隅にでも
 置いておけよ」
「すみません……」

三好は、帰り支度をし始める。

「何かありましたら……」

と言いかけて口を噤む。

「八造が居るから、いい」

猪熊が言った。

「では、失礼します。お休みなさいませ」

三好も帰っていった。


リビングに残った親子は、本当に何も話さず、テレビを観ているだけだった。

「親父」
「ん?」

新聞を広げた猪熊は、軽く返事をする。

「あの情報……やはり…」
「例の男達の一人が海外に居るんだよ。それで」
「もしかして、何度か海外に足を運んでいるのは、その方に逢って
 情報を集めていたから…」
「あぁ。未だに、情報には長けているからさ」

沈黙が続く。

「……小島の奴…黙ってろって言ったのにな…。聞いたんだろ?」

猪熊が静かに語り出した。

「何をですか?」
「俺の事」
「…いいえ……」
「聞いたんだろ?」

強く言う猪熊に、くまはちは弱い…。

「聞きました。私が大阪に行った後の事を……親父…どうして?」
「…お前が大阪に行った。…剛一も事業を始めて、所帯を持って、
 そして、お前を追うように大阪に行った。…武史も修三も、社会に出て
 働き始めた途端、転勤が多くてなぁ」
「大阪で何度が見掛けました。…あの頃だったんですね」
「あぁ。八造、元気にしていたと…電話でな」

猪熊は更に語り続ける。

「志郎と章吾は、武史たちに負けないようにと頑張って暫く海外出張。
 正六も七寛も長い事、家に居たけど、ほとんど外出してた。
 …そして、あいつらが家を出た途端……寂しさが襲ってきた。
 その時に思ったよ……」

猪熊は、自分の両手を見つめる。

「どうして、俺が生きているのか……と」

親父……。

一度観た事がある、父親の激しい哀しみの表情。
くまはちは、猪熊を見つめていた。



(2004.12.4 『極』編・その1 最強の二枚目護衛人 改訂版2014.12.23 UP)






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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜任侠(?)ファンタジー小説〜光と笑顔の新たな世界・『極』編〜は、完結編から数年後の物語です。
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※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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